機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-14「自由の矢を放て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「患者は20歳、女性。妊娠10カ月目に入っています!!」

「約15分前から容態が急変、腹部に痛みを訴えて倒れたとの事!!」

「バイタルは上昇中、現在、心拍100の、やや頻脈!!」

「予定日まで、まだ1週間ありますが早産の可能性ありッ 既に破水が始っています!!」

「産婦人科の先生が分娩室に向かっていますッ あと1分で到着の予定!!」

 

 ストレッチャーを運ぶナースが、矢継ぎ早に容体について報告を交わし合っているが、運ばれている当のエストは、その内容が自分の体にかかわる事であるにもかかわらず、1割も理解できてきていない。

 

 無理も無い話である。彼女は今ストレッチャーに横になり、これまでにないくらい苦しそうに顔を歪ませているのだから。

 

 普段は大抵の事では表情を動かす事が無いエストが、苦しげに眼を閉じて荒い呼吸を繰り返しているのだ。

 

 外的な暴力にだったら、エストはいくらでも耐えられる自信がある。今までそれほどヤワな鍛え方はしてこなかったし、死ぬような目にあっても、何度も切り抜けてきたのだから。

 

 しかし今回のこれは、エストにとって今まで経験した事も無いような痛みである。

 

 文字通り、腹の中から何かが飛び出してきそうな痛みに、エストは対処の仕方も分からず、ただ苦しげに呼吸を繰り返すことしかできない。

 

 朦朧とした意識の中でようやく、これがお腹の中の子供にかかわる事だという事だけは思い至った。

 

 しかし記憶が正しければ、出産予定日はもう少し先だったはず。それが今出てくるという事は、何らかのイレギュラー要素が加わった事を意味している。

 

 苦しげに呼吸を繰り返しながら、それでも苦笑は口の端に刻まれる。

 

 流石は自分とキラの子供、と言うべきだろうか? 随分せっかちな性分であるらしい。まさか、予定よりも早く、腹から出てこようとするとは思いもよらなかった。

 

 しかし、そんな憎まれ口を叩く余裕も今のエストには無い。こうしている間にも、腹部をさいなむ痛みに苦しめられ続けているのだ。

 

 ふとすれば途切れそうになる意識を、エストは必死になって繋ぎ止めようとする。

 

 今、初めてこの世界に出てこようとしている自分達の子供。

 

 その子供を無事に産み終えるまで、エストは一瞬たりとも気を抜かない覚悟だった。

 

「・・・・・・・・・・・・キラ」

 

 苦しげな声で、夫の名前を呼ぶ。

 

「・・・・・・・・・・・・がんばり、ます・・・・・・私・・・・・・」

 

 今も戦場で戦っているであろうキラ。そして、自分に代わって彼を支えてくれているであろうリィスの事を思い浮かべる。

 

 エストは夫と娘が帰ってくる場所を守る為に、これまで経験した事が無い戦いに臨もうとしている。

 

 やがて、エストを乗せたストレッチャーが、分娩室の中へと入っていく。これ以上なかへ入れるのは、関係者か、あるいは妊婦の夫だけである。

 

 分娩室の中へと消えて行くエスト。

 

 病室から付き添って来たフィリップと、そして彼の傍らには、車いすに座ったミーシャが寄り添い、閉じられる扉を見守っている。

 

 ミーシャは意識が戻ったばかりであり、本来なら絶対安静にしていなくてはならないところなのだが、エストの事が心配だったため、強引に車いすを借りてついてきたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・大丈夫、です」

 

 心配そうに分娩室の方を眺めるフィリップに対して、ミーシャは細い声でそう呟く。

 

 彼女自身、目覚めたばかりでまだ本調子ではない為、声を出すのも億劫なのだが、それでもフィリップを元気づけようとするかのように、精いっぱいの声で語りかける。

 

「エストさんは、とても強い方です。だから、きっと大丈夫、です」

 

 その言葉は、半ば自分に向けられたようなものだが、それでも不安を隠せないでいるフィリップを勇気づける事は出来た。

 

「そうだな、俺達は、彼女を信じて待とう」

 

 そう言って、フィリップはミーシャの手をしっかりと握りしめた。

 

 

 

 

 

 深淵の宇宙空間の中に浮かぶ、蒼き星。

 

 昔、初めて宇宙空間から地球を見た宇宙飛行士は、「地球は青かった」と語ったが、そのシンプルなコメントに、地球に対する愛と、自らが成した達成感、そしてこれから始まる壮大な宇宙の物語への期待が詰まっていたのだろう。

 

 水の星とも形容される地球は、旧世紀から変わる事無く、その姿を宇宙空間に留め続けている。

 

 遠望すれば、まるで宝石のようにも見える地球。

 

 しかし、その美しい地球を、人類が数十世紀にもわたって紛争で汚し続けて来た事も、また事実である。

 

 美しい姿とは裏腹に、地球は声成らぬ声を発して悲鳴を上げているのかもしれなかった。

 

 その地球に、

 

 今再び、不吉な影が迫ろうとしている事に、まだ誰も気付いてはいなかった。

 

「目標座標地点まで、あと300」

「上部、メインミサイルランチャー、全門メギド装填」

「ロケット燃料、充填完了」

「最終システムチェック良し。ミラージュコロイド、Nジャマーキャンセラー、定格起動確認」

「全てにおいて問題無し。発射に支障無し」

 

 オペレーター達が齎す報告を、カーディナルは無言の内に聞き入っている。

 

 既に、彼自身のトレードマークとも言えた仮面は脱ぎ去り、常に素顔を晒している状態である。あの決起宣言で素顔を晒したカーディナルにとって、もはや仮面で素顔を隠す必要性は無いのだ。

 

 かつてのギルバート・デュランダルその物と言って良い、カーディナルの素顔。

 

 その真相についてはカーディナル自身、一切真実を語ろうとしない為、未だに事情を知り得ている者は存在しないままだった。

 

 オラクルは現在ミラージュコロイドを展開し、姿を隠した状態でゆっくりと地球、大気圏上層へと近づいていくコースを通っている。

 

 ステルスを展開した完全無音航行状態である為、動きは非常に遅く、本来なら2日もあれば到達できる距離を、5日掛けて航行してきたのだ。しかしその甲斐あって、オラクルはここに来るまで一度も敵に発見される事は無かった。

 

 ミラージュコロイドを艦船に搭載し、まるで潜水艦のように姿を潜めながら宇宙空間を航行する案は、先の大戦時には既に存在した。あのアーモリーワンを襲撃した特殊戦艦ガーティ・ルーがそれにあたる。

 

 だがそれでも、これ程の桁外れの規模となると、誰も想像する事ができないだろう。何しろオラクルは、小規模な要塞並みの巨躯を誇り、内部には航行や戦闘に必要な区画は勿論、1000機のモビルスーツを搭載、整備する事が可能な格納庫や、兵器の製造工場、クルー全員が寝泊まりできる居住区画や娯楽区画まで存在しているのだから。

 

 宇宙戦艦や宇宙要塞と言う既存の言葉では言い表す事ができない、新たな概念の元に建造された巨大な構造物。それがオラクルであると言える。

 

 しかし、それらはオラクルと言う兵器を構成する、言わば枝葉に過ぎない。オラクルの本質はあくまで、その内部に搭載した凶悪極まりない大量破壊兵器に他ならなかった。

 

 オラクルの上面に設けられたセルのハッチが、一斉に開いていく。

 

 先述したとおり、オラクルは現在、ミラージュコロイドを使用したステルス状態にある。その為、恐らく傍から見ると何も無い空間に突然、口が開いたように見えるだろう。

 

 その内部には、巨大な弾頭を持つミサイルが、発射の時を待って鎮座しているのが見える。

 

 特殊核弾頭ミサイル「メギド」

 

 半年前にスカンジナビア王国を、そしてつい先日は北米諸都市を壊滅に追いやった兵器である。

 

 目標上空の座標位置まではロケット推進で飛翔し、大気圏突入後はロケットを切り離す。同時にNジャマーキャンセラーとミラージュコロイドを展開して完全ステルス状態となり、目標に突如、核の炎を現出させる。

 

 標的にされた人が気付いた時には既に手遅れ。自分達の頭の上から、突然巨大な炎が降って来る事になる。まさに、悪魔の兵器と称して良い代物である。

 

 恐らく、オラクルとメギドを開発した地球連合軍としては、これらのシステムを使って地球上の共和連合の拠点を破壊し尽くそうと考えていたのだろう。もしそうなっていたら、この戦争は共和連合の完全敗北で幕を閉じていた事だろう。

 

 もっとも、それで自国の都市を焼かれたのは、皮肉以外の何物でもないだろう。

 

「閣下」

 

 物思いに耽るカーディナルの元へ、イスカ・レア・セイランが歩み寄ってきた。

 

 先日のオーブ攻めにおいて大敗を喫したイスカだったが、カーディナルは特に彼女を咎めるような事はせず、そのままオラクルの艦長職に抜擢していた。

 

 勿論、オーブ戦における作戦の失敗の責任を問う声が無いでもないのだが、イスカに対して処罰を下す必要性を、カーディナルは感じていなかった。

 

 イスカは自身が指揮して、結果的に敗北した戦いに対する不満もあるのだろうが、あの戦いはオラクルによる北米攻撃を隠す為の囮に過ぎず、そう言う意味ではイスカは充分に自分の役割を果たしてくれたと言える。何より、彼女が持っているオーブに対する執念は貴重である。再びオーブと戦う時には大いに役に立ってくれる事だろう。

 

 それゆえ、カーディナルはイスカを処分する事無く重用し続けているのだった。

 

「攻撃位置に着きました。発射可能ですわ」

「ご苦労」

 

 イスカの言葉に、カーディナルは鷹揚に頷く。その視界の中には、青く輝く地球が映し出されている。

 

 エンドレスは現在、新秩序構成の為の新たなる活動を行うべく行動していた。

 

 北米大陸を壊滅させ、更に月の戦力も潰した事で、既に地球連合軍はエンドレスにとって脅威ではなくなっている。放っておいてもしばらくは問題ないだろう。

 

 だが、もう一方の勢力である共和連合、特にその最大構成国であるオーブ共和国とプラントは、未だに頑強な抵抗を続けている。

 

 エンドレスが世界の秩序を維持する為には、特定の勢力が大きな力を持った状態と言うのは、甚だ好ましいとは言えない。強すぎる力を持つ者は、必ずや自分達の主張を強引に押し通そうとする。

 

 故に、カーディナルは決断した。

 

 共和連合、特に地球上にあって未だに蠢動を続けているオーブを再び討伐すると。

 

 先の戦いの時は事前の準備不足が祟り、3倍近い大兵力で攻めかけたにもかかわらず、オーブの防衛線を突破する事ができなかった。

 

 しかし、今回は違う。ミラージュコロイドを展開したオラクルで密かに接近し、メギドの一斉攻撃で一気にけりをつけるのだ。作戦は必ず成功すると言う確証があった。

 

 その為の準備は入念に行った。

 

 メギドの確保は勿論だが、多数の戦力をオラクルに搭載して万一の事態に備え、更には入念な偽装も行っている。

 

 ミラージュコロイドを搭載しているオラクルは、秘匿性を高める為に、推進時は特殊ガスを用いて進む事ができる。しかし、そこでネックになるのが、その小型要塞並みの巨体である。

 

 その巨体故にオラクルは、ガス推進だけでは充分な加速力を得られないのである。それ故、方向転換時と初期加速時にはどうしても大型スラスターを起動させる必要がある。ここで問題なのは、もし、何らかの方法でそのスラスター噴射を観測されたりしたら、オラクルの進路が計算で割り出されてしまう可能性があると言う事だ。

 

 その問題を解決する為に、カーディナルは一計を案じた。

 

 まずはオラクルの進路を、プラントの座標方向へ向けてスラスターを吹かせる。ただし、これは偽装である。わざと広い場所でスラスターを吹かせる事で、万が一、敵に観測された場合に備えるのだ。

 

 そして観測からしばらくたった時点で、敢えて巨大なオラクルが航行するには不向きな暗礁宙域に侵入して観測の目を晦ませると、再度の方向転換を行い、オーブを目指す進路を取った。

 

 オーブ軍とザフト軍、双方を同時に相手どれるだけの戦力は、流石のエンドレスにもない。しかし、そのどちらか片方をメギドで焼き払う事ができれば、後は最大戦力を保持したまま、もう片方を滅ぼせばいいだけである。

 

 今、優先して潰すべきはオーブである。国力で勝るオーブさえ潰してしまえば、技術力が高い反面、国力的にはそれほどでもないプラントなど、あとでどうとでも料理できるはずである。

 

 それらの偽装により、オラクルはここに来るまで一切の妨害を受けていない。恐らく敵は、エンドレスの動きに全く気付いていないか、さもなくば気付いていたとしてもプラント方面に向かったと思い、慌てて戦力集中を行っている頃合いだろう。

 

 その事を想像して、カーディナルはほくそ笑む。

 

 せいぜい、慌てたいだけ慌てていればいい。その間にこちらはオーブを潰させてもらう。

 

 30発のメギドを用いた一斉攻撃である。これで、オーブの主要都市、およびオノゴロをはじめとした軍事施設を一気に叩き潰す。オーブ軍は宇宙にも拠点と戦力を持ってはいるが、それでも本国を潰してしまえば、あとは烏合の衆となる筈だった。

 

「閣下」

 

 促すようなイスカの言葉に、カーディナルは、かつてのギルバート・デュランダルと同様の顔で頷きを返す。

 

 まずはオーブを潰す。そしてプラントを潰せば、後はエンドレスと正面から戦える敵は、地球圏に存在しなくなる。事実上、カーディナルの天下だった。

 

 立ち上がるカーディナル。

 

 同時に、手は水平に振り抜かれた。

 

「発射始め!!」

 

 命令を受けると同時に、オペレーター達が一斉に動き出す。

 

「メギド、発射始め!!」

「命令承認を確認、特殊弾頭ミサイル、発射始め!!」

「目標点、オーブ共和国、オロファト、オノゴロ、アカツキ、カグヤ・・・・・・」

 

 次々と座標点が撃ち込まれ、発射シークエンスが進んで行く。

 

 1発で1都市を壊滅に追いやる事ができる、特殊核弾頭ミサイル、メギド。

 

 それが実に30発。

 

 これでオーブは、跡形も無く吹き飛ばす事ができるだろう。

 

 飛び立っていくミサイルを、カーディナルは満足そうに眺めて見送る。

 

 これで良い。

 

 間もなくメギドはオーブ上空に到達してブースターを切り離し、自由落下を開始する事になる。そうなったら、最早止める手段はない。Nジャマーキャンセラーを起動し、ミラージュコロイドで身を隠した核弾頭は、目標上空に地獄の業火を開放する事になる。

 

「さあ、行くのだメギド。破滅の福音を齎す為に」

 

 呟くカーディナルの視界の中で、ゆっくりと進み始める巨大ミサイル群。

 

 間もなくあのミサイル達が、エンドレスには福音を、オーブには破滅をもたらす事になる。

 

 事この段に至っては、ミサイルを止める手段は存在しない。

 

 やっと、全てが終わる。

 

 その時の事を夢想して、カーディナルは口の端に笑みを浮かべた。

 

 やがて、ミサイルは大気圏の上層近くにまで達しようとした。

 

 その時。

 

「後方より機影ッ 数は1、急速接近!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた声が、指令室の中へと響き渡った。

 

 思わず、とっさにカーディナルも顔を上げて確認する。

 

 そこには、オラクルを後方から追いかける形で飛翔してくる機体が、克明に映しだされていた。

 

「あれは・・・・・・・」

 

 呻くように声を漏らすカーディナル。

 

 漆黒の宇宙空間を翔ぶ、流麗な機体。

 

 白炎の翼を広げた青いモビルスーツ。

 

 キラ・ヒビキの駆るクロスファイアである。

 

 キラは不可視状態のオラクルを追い越す形で飛び行くと、そのまま地球へ向かって飛び行くメギドを高速で追撃する。

 

 その様子を、カーディナルは僅かに目を細めて見据えながら、腹の底では笑みを浮かべる。

 

 無駄だ、もう遅い。

 

 あくまでも自らの行く道に立ち塞がろうともがく者がいる。

 

 そして、それはやはりと言うべきか、あのキラ・ヒビキであった。ここまでは、カーディナルの予想通りである。

 

 恐らく、飛んでいくミサイルを、モビルスーツの火力で吹き飛ばそうと言うのだろう。彼はかつて、そのやり方で2度にわたってプラントを救っている。

 

 しかし、彼がやろうとしている事はしょせん無駄な足掻きに過ぎない。

 

 既にメギドは、大気圏突入まで秒読みの段階に入っている。いかにキラ・ヒビキが人類史上最高の能力を誇り、そしてあの機体がエクシード・システムを搭載していたのだとしても、たった1機のモビルスーツで、動き始めた破滅を止める事など不可能である。

 

 間もなく、オーブにはスカンジナビアと同等の、否、それ以上の災厄が降り注ぐことになる。

 

 それは最早、何人たりとも止め得る事などできはしないのだから。

 

 そう思った瞬間、

 

 クロスファイアを駆るキラは、地球に向かって飛翔するメギドを捉えると同時に、己の内の中で、SEEDを発動させた。

 

「オーブは、撃たせない。絶対に!!」

 

 叫ぶキラ。

 

 その声にこたえるように、クロスファイアに変化が起こった。

 

 だが、その変化は、今までとは明らかに状況の異なる物であった。

 

 これまでのエクシードシステム・Dモードを起動した際、クロスファイアの装甲は漆黒に、翼はデスティニーのように赤く染まっていた。

 

 しかし今、新たなる変化を遂げたクロスファイアの装甲は、初雪を思わせるような純白に染まり、翼は目が覚めるような蒼になっている。

 

 Dモードが、どこか魔王めいた印象を感じさせるものであったとに対し、こちらは天界最高位の熾天使を連想させる。

 

『ExSeed System Mode《F》 Activation』

 

 モニター内に文字が躍る中、

 

 キラはクロスファイアの背にある4基のフィフスドラグーン機動兵装ウィングを射出、更にビームライフル、クスィフィアス・レールガンを展開し、24連装フルバーストの体制を取る。

 

 同時にコックピット内では、マルチロックオンシステムが起動、地上に破滅を振り撒くべく飛翔を続けるメギドを一斉にロックしていく。

 

 解放。

 

 撃ち放たれる24連装フルバースト。

 

 通常を遥かに上回るロックオン速度。

 

 圧倒的なまでの砲撃力と速射力。

 

 ただ真っ直ぐ飛翔する事しかできないミサイル群に、クロスファイアの攻撃から逃れる手段は無い。

 

 全てのミサイルが、クロスファイアの攻撃に撃墜されるまで、ものの1分も掛からなかった。

 

「メギド、全弾消失ッ 目標突入前に破壊されました!!」

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 その報告には、流石のカーディナルも絶句せざるを得なかった。

 

 まさか、あの状況から逆転されるとは、思っても見なかったのだ。

 

 更にキラの行動は、そこでは止まらない。蒼炎翼を羽ばたかせるクロスファイアを反転させると、ミラージュコロイドに包まれて姿を隠しているオラクルへと向かう。

 

 勿論、その巨体を視覚で捉える事はできない。今もキラの目には、何も無い宇宙空間の映像が見えているだけである。

 

 しかし、そんな物は今のキラには関係なかった。

 

 エクシードシステム・モードF

 

 モードDがデスティニー級機動兵器の特性を顕し、接近戦能力を強化した形態であるなら、モードFはフリーダム級機動兵器の特性を持ち、砲撃戦能力を強化している。

 

 モードFはモードDに比べて機動性や接近戦能力では劣るものの、砲撃戦能力、特に重要なロックオン能力、砲撃の威力、発射速度に優れており、一時に約200の目標を同時捕捉が可能。更に高性能センサーが使用可能になる為、ステルス機能を使用して隠れている目標も捕捉できるようになる。

 

 装甲の色が白に変色するのは、装甲強度のレベルをギリギリまで削り、余剰分を砲撃の威力に上乗せしている為である。一応、高機動発揮時の自壊を防ぐために、内部骨格強化分のエネルギーは残してあるが、それ以外のエネルギーは全て砲撃に回されている。

 

 飛翔するクロスファイア。

 

 そのコックピットに座したキラの目には、既に闇の中に隠れているオラクルの姿がハッキリと映し出されていた。

 

「敵機接近、砲撃体勢に入りました!!」

 

 悲鳴じみたオペレーターの声が響く。

 

 それを受け、カーディナルはとっさに叫んだ。

 

「いかんッ 攻撃中止、隔壁閉鎖だ!!」

 

 カーディナルが叫ぶのと、キラがマルチロックオンを完了させるのはほぼ同時だった。

 

 オラクルに向けて解き放たれる、クロスファイアの24連装フルバースト。

 

 それは、闇の中に隠れているオラクルの表面に次々と襲い、装甲を貫き、内部の機構を直撃していく。

 

 間一髪、カーディナルがとっさに出した命令が功を奏し、今にも発射体勢に入っていたメギドのハッチを閉じてガードした為、核ミサイルの誘爆と言う致命的な事態は避けられたものの、それでも無視しえないレベルで被害が積み重なっているのは事実であった。

 

 たちまち、オラクルの表面に破壊の爆発炎が吹き荒れ、立ち上る。

 

 こうなると、もはやミラージュコロイドは使用できなくなる。姿を隠して逃げ回る事は不可能だった。

 

 更に、

 

「後方より、艦隊接近!! 共和連合軍です!!」

 

 オペレーターからの報告を聞き、カーディナルは内心で舌を打った。

 

 キラ・ヒビキが現れた時点である程度予測はしていたが、やはり共和連合軍の本隊が追随してきていたらしい。

 

 オラクルの航路に関しては徹底して偽装を施していた為、こちらの動きが捕捉される可能性は低いと高を括っていたのが仇となった。

 

 接近する共和連合艦隊を見据え、目を細めるカーディナル。

 

 どうやら、共和連合軍にも相応の切れ者がいるらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、始めようか」

 

 オーブ共和国軍宇宙艦隊旗艦大和の艦橋で、艦隊司令官のユウキは気負いを全く感じさせない声でそう呟く。

 

 同時にユウキは、自身の予想が的中していた事に対して安堵と会心、双方の感情を抱いていた。

 

 当初、共和連合軍はエンドレスの攻撃目標をプラントだと想定していた。

 

 先に齎されたオラクルのスラスター噴射炎から得られた航路予測データ、更に盟主国であるプラントが壊滅した場合における共和連合が受ける、物心双方のダメージ。それらを勘案すれば、エンドレスがプラントを攻撃するという予測は自然なものであると考えられた。

 

 だが、それに異議を挟んだ者がいる。ユウキである。

 

 カーディナルはこれまで周到に準備を進め、自身の正体ですら、決起直前まで隠し通していたほどの男である。そのような男が、スラスターの噴射炎から自分達の攻撃目標を暴露する、などという単純なミスをするだろうか? というのがユウキの主張である。

 

 もし万が一、プラント攻撃がブラフだとすれば、当然、エンドレスの真の狙いはプラント最大の友好国ともいうべきオーブという事になる。

 

 実のところ、プラントよりもオーブを潰された方が、共和連合が受けるダメージは大きい。国力的には地球に本土がある分オーブの方が大きいし、保有兵力の質、量も今やオーブ軍はザフト軍に引けを取らない。

 

 正直な話、プラントを潰されたとしても、共和連合は尚暫くは戦い続ける事が出来る。しかしオーブを潰されたらそれまでである。後はジリジリと押し切られるのは目に見えていた。

 

 以上の事を考えると、プラントよりもオーブがエンドレスの攻撃目標となる可能性が高いと判断したのだ。

 

 当然この意見には、ザフト軍側から反論が多数寄せられた。

 

 予測の根拠が曖昧すぎる。確証が無いのなら、実際に航跡がプラント方面へ向かっている以上、敵がプラントに来る可能性の方が高いのではないか? というのが彼らの主張であった。

 

 双方の意見に一長一短ある為、方針を決める会議は決め手に欠いたまま、紛糾が続いた。

 

 殊にユウキがオーブ人である事にも問題があり、彼が自国のオーブ可愛さの為に、荒唐無稽な論理展開をしているのでは、という中傷めいた非難まで寄せられる始末だった。

 

 共和連合軍も、長引く戦乱で疲弊している。オーブとプラント、双方を同時に守れるだけの戦力は残されていないのだ。危険な賭けはできなかった。

 

 険悪になりかけた空気を一掃したのは、他ならぬプラント最高評議会議長である、ラクスの鶴の一声だった。

 

 ラクスは言った。共和連合軍艦隊は、まずは全力でオーブを守るように、と。

 

 どの道プラントは、本国防衛軍だけは予備戦力として残さなくてはならない。万が一エンドレスがプラントを襲ってきた場合、本国防衛軍が応戦している隙に、共和連合艦隊が引き返してくれば助かる可能性は十分にあった。

 

 それがいかに危険な賭けであるか、他ならぬラクス自身がよく心得ている。下手をすると、戦力を分散した揚句、プラントと共和連合艦隊が各個撃破される可能性すらあった。

 

 しかし、もはや時間が残されていない。こうしている間にも、オラクルは攻撃目標に向けて接近しているのだ。

 

 共和連合艦隊は、ラクスの指示に従いオーブ所有の宇宙ステーション、アシハラにひそかに集結、オラクルを待ち構える体勢を整えた。

 

 果たして、待ち伏せを始めてから数日、宙域内に大量に設置したミラージュコロイドデテクターが異様な反応を示したのだ。

 

 ユウキ達は、賭けに勝ったのである。

 

 勇躍して出撃した共和連合艦隊の前に、クロスファイアの先制攻撃を喰らって、姿を顕にしたオラクルの巨体が姿を見せている。

 

 表面装甲が損傷した為、新たにミラージュコロイドを展開して姿を隠す事ができないのだ。もっとも、この段階まで来たら、もはやステルスの有無は関係ない。熱紋照合だけで充分に位置を割り出す事ができるし、何よりあれほどの巨体である。撃てば当たる状態だった。

 

「全艦、攻撃開始。モビルスーツ隊、全機発進せよ!!」

 

 ユウキの声が、鋭く響き渡る。

 

 今、

 

 まさに、

 

 最後の決戦の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 大和の格納庫では、シンのエルウィングが発進の順番を待ってカタパルトデッキへ進もうとしていた。

 

 先のバックヤード攻防戦で大損害を被ったフリューゲル・ヴィントは、編成替えを行い、部隊指揮能力に優れたアスランとラキヤが小隊を率い、キラとシンはそれぞれ自由に動けるようにしてある。

 

 消耗が激しいフリューゲル・ヴィントの中で、適性を考えた結果の配置である。シンとしても文句は無い。むしろ、あの2人に任せておけば問題は無いし、何よりシン自身、フリーハンドで動ける分、他に気兼ねなく戦う事ができるのはありがたかった。

 

 既に先行したキラのクロスファイアは、オラクルへの直接攻撃を行っている。

 

 シンの発進順も、間も無くやって来た。

 

 と、その時、通信機が起動し、モニターには繋ぎ姿のリリアの姿が映った。

 

《シン》

「リリア、お前、大丈夫なのかよ?」

 

 モニターの中のリリアの姿に、シンは思わず絶句しながら尋ねる。

 

 この決戦の為に、各機体の整備を入念に行ってくれたリリアは、少しくたびれたような顔を見せている。髪はぼさぼさにほつれ、普段はそれなりに身だしなみを整え、どこか凛とした感のある顔には機械油がこびりついている。彼氏としては少々残念な格好だった。

 

 だが、その姿を見て、シンは苦笑を漏らす。

 

 こんなになるまで自分達の機体の面倒に奔走してくれたリリアの気持ちが、純粋に嬉しかったのだ。

 

《シン、手短に言うけど、サイに頼んでデータ貰って、エルウィングにもエクシード・システムを搭載したわ》

「え、マジか?」

 

 キラのクロスファイアが発揮する絶大な戦闘力は、シン自身も目撃しており、その戦闘力を支える一端が「デュランダルの遺産」こと、エクシードシステムである事は知っている。

 

 確かに、あれが使えるなら、エルウィングの性能も大幅に向上するのだが。

 

《もっとも、時間無かったからハード面にフィードバックできなかったの。せいぜいOSの処理速度が速くなるくらいだけど、それでもかなりの戦力アップになる筈よ》

 

 無理も無い話だ。クロスファイアはエクシードシステムの存在が発覚した時点で設計が変更され、それに対応した構造に作り替えられているのに対し、エルウィングにはそのような設計は無い。それでもこの短時間でOS面だけでも対応可能にしたリリアの能力は大したものだろう。

 

「サンキューな、リリア」

 

 シンはそう言って、恋人へ微笑みかける。

 

 キラも、アスランも、ラキヤも、ユウキも、ムウも、皆、愛する者を残して、この戦場へ来ている。そんな中でシンとリリアだけが、こうしてともに戦場にあり、支え合って戦う事ができる。

 

 その事が堪らなく幸せに思えるのだった。

 

《行ってらっしゃい、シン。必ず帰ってきてね》

「ああ、勿論だ」

 

 力強く頷くシン。

 

 同時にカタパルトデッキに灯が入り、発進準備が整った。

 

 眦を上げるシン。

 

「シン・アスカ、エルウィング行きます!!」

 

 コールと同時に打ち出される機体。

 

 装甲は白に、翼は蒼に染め上る。

 

 シンは鋭く蒼炎翼を羽ばたかせると、仲間達が戦う戦場へ飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

PHASE-14「自由の矢を放て」      終わり

 


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