機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

41 / 53
PHASE-13「未来を掛けた出撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バックヤード基地陥落の報告を聞いた時には、流石のカーディナルも若干の落胆を感じた事は禁じえなかった。

 

 オラクルは現在、エンドレスの次の作戦目的に従って移動を行っている最中であるが、凶報はそんな最中に、基地から敗走してきた者達によってもたらされた。

 

 エンドレスの後方補給基地として重要な役割を担っていたバックヤード基地が、フリューゲル・ヴィントを中心とした共和連合軍の奇襲を受けて陥落、集積していた物資も全て失われたと言う。

 

 更にカーディナルを驚かせたのは、その際の戦闘でフリード・ランスターとロベルト・グランも戦死したと言う報告である。

 

 2人の死は、単なる兵士の戦死とは聊か事情が異なる。精鋭部隊であるファントムペインの幹部から、初の戦死者が出たと言う事になるのだ。

 

 フリードは一見すると目立たない人物であったが、ファントムペインの移動手段を預かる人物として得難い人材であった。

 

 ロベルトもスナイパーの腕は超一流であり、その特性上、戦場で目立つと言う事は無かったが、それでも支援戦力としては得難い人材であった。これからまだまだ戦場で活躍してもらおうと思っていた矢先の事である。

 

 2人の戦死は、カーディナルとしても痛恨と言って良い損失である。

 

 それに、折角集積した物資が、基地ごと失われたのも痛かった。軍隊において補給の重要性は語るまでもない事であるが、結成してまだ日が無いエンドレスにとって、恒久的な補給線の確保は重要課題の一つである。

 

 そう言う意味で、デブリ帯の奥にあるバックヤード基地は、秘匿性の面から言えばうってつけだったのだが、まさかそこを探り当てられるとは思っても見なかった。

 

 何より、メギドのストック分が失われてしまったのも痛かった。

 

 エンドレスにとっての移動拠点であるオラクルは、そもそもメギドの発射用プラットホームである。メギドが無ければ、たんに姿を隠す事ができるだけのデカい的でしかない。勿論、それだけでも利用価値は充分すぎるほどにあるのだが、それでもエンドレスの存在を世界に示し続け、尚且つ抑止力としての力を保持し続ける為には、メギドの存在はどうしても必要不可欠だった。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、良い」

 

 カーディナルは一言つぶやくと、リラックスしたように体を椅子に埋めた。

 

 その思考は既に切り替えられ、失われた物から、未来の建設的な方向へと向けられていた。

 

 バックヤード基地が失われたのは確かに痛かったが、メギドも物資も、既にオラクルに運び込んだ分だけでも相当な量になる。これだけあれば、エンドレスはまだまだ戦えるはずだった。補給拠点の問題も、次の作戦の後に、新たな候補を探して確保すれば何の問題も無いだろう。

 

「そして、次の標的も、既に決まっている・・・・・・」

 

 呟きながら、カーディナルの目はモニターの方へと向けられる。

 

 そこには、自分達の次の攻撃目標が映し出されていた。オラクルは既に、その場所を攻撃する為に移動を開始している。もう数日の内には攻撃可能圏内に到達する予定だった。

 

 だが、当然と言うべきか、憂慮すべき事柄は存在している。

 

 自分達の動きを共和連合軍が見過ごすとは到底思えない。必ず妨害する為に現れるだろう。現状、オラクルはミラージュコロイドを展開した無音航行をしているが、それでもどこから情報が漏れるかはわからない。現に秘匿性の高いバックヤード基地は敵に発見されて陥落している。油断はできなかった。

 

 エンドレスの戦力も無限ではない。彼等と正面からぶつかって勝てる保証はどこにもなかった。

 

 ならば、こちらとしても可能な限り手を打つ必要があった。

 

「やはり、これを使わねばならんかね・・・・・・・・・・・・」

 

 そう呟きを漏らすと、カーディナルは手元の端末を操作する。

 

 程無く映し出される映像。

 

 そこには「X999Z」と言う文字と、1機の機動兵器の画像が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 機体を着艦させてコックピットから降りると、ダークナイトは足音も荒く歩いて行く。

 

 バックヤード基地の攻防戦に敗れたダークナイト達は、複数個所の中継ポイントを経由して、オラクルのエンドレス本隊と合流を果たしていた。

 

 周囲を見回せば、ダークナイト同様、バックヤードの戦いから戻ってきた者達が自分達の機体を各々のメンテナンスベッドに固定させている光景が見られる。

 

 しかし、その多くが傷つき、そして疲れ果てた様子を見せている。控えめに言っても、敗残者の群れにしか見えない。

 

 バックヤードの戦いは、エンドレスにとっては完全な敗北と言って良かった。

 

 奇襲を受けて基地は喪失、フリードやロベルトをはじめ多くの人材を失い、そして集積してあった物資も失っている。

 

 敵に若干の損害を与える事には成功したものの、それでも全体から見ればエンドレスの敗北は明らかだった。

 

 もっとも、ダークナイトからすれば自軍の敗北などどうでも良い話である。苛立っている理由は、他にあった。

 

 先の戦闘、ダークナイトの相手は、あのキラ・ヒビキだった。しかし正直、戦闘の内容については不満が残る物であったことは確かである。

 

 互角に戦えたと言う自負はある。戦闘自体の内容を吟味すれば「勇戦した上での引き分け」と取る事も出来るだろう。しかし、それは結果論にすぎず、ダークナイト当人からすれば、あの戦いは完全に自分の負けであったと思わざるを得なかった。

 

 相手はあのキラ・ヒビキ。普通に考えれば、引き分けに持ち込んだだけでも奇跡に近い。

 

 しかし、かつてジブラルタルでまみえた時には、終始、ダークナイトはキラを圧倒していた。しかし今回の戦いでは互角、いや僅かにダークナイトの方が押され気味だった。その事を考えれば、どちらが勝利したかは考えるまでもない事である。

 

 これは許されざることだった。

 

 自分が負けるなど、まして、相手があのキラ・ヒビキだなどと、決して許されない事である。

 

 キラ・ヒビキは憎んでも憎み切れない相手である。

 

 スカンジナビアが滅びた後、撃墜されて意識を失ったまま海上を漂っていた自分は、カーディナル配下の部隊に回収され、そして治療を施された。

 

 その過程でスカンジナビアが滅びた事、主君であったユーリアが死んだ事を聞かされた。

 

 絶望感に取り付かれた自分に、カーディナルは囁きかけたのだ。

 

『スカンジナビアが滅びてしまったのは確かに悲しいが、それよりも、その怒りを他にぶつけるべきではないのか』

 

 と、

 

 始めは、その言葉には耳を貸そうとしなかった。国を滅ぼした当の本人が、何を持ってそのような恥知らずな事を言うのか、と。

 

 しかし、毎日のように繰り返し囁かれ続けた結果、ダークナイトは徐々に自分の中の考えに変化が起こっていくのを感じた。

 

 自分達の国は滅びたのに、世界は今ものうのうと変化なく回り続けている。自分達は地獄を経験したと言うのに、世の中には与えられた安寧を貪るだけの存在があまりにも多すぎる、と。

 

 地獄の淵で絶望している自分と、それを顧みる事無く惰眠をむさぼっている世界。

 

 その落差の、何と罪深い事か。

 

 ならば滅ぼそう。少なくとも、自分達と同じ苦しみを世界中の人間も味わうべきなのだ。それを成してこそ、ユーリアを始め、あの戦いで散った多くの者達への慰めになると思った。

 

 味方になったダークナイトに対して、カーディナルはあらゆる物を与えてくれた。

 

 世界最高クラスの性能を誇るモビルスーツ、エクスプロージョン、そのコックピットシステムであるヴィクティムシステム、更にファントムペイン幹部としての地位。

 

 ダークナイトが今着ているスーツとフルフェイスの仮面にしてもそうだ。一見すると奇抜な格好に見えるが、ここにはれっきとした意味がある。これは人の五感を増幅させ、より最適な形でヴィクティムシステムを操る為に開発された、いわばスーツ型の端末なのだ。

 

 レニ・ス・アクシアがかつて、サイクロンに試験的に搭載する事で使用を可能にしたヴィクティムシステムを、ダークナイトはより完璧に近い形で使用する事ができるのだ。もっとも、使用に際して生じる身体的なダメージは払拭する事はできないが、そんな物はダークナイトにとって些細な問題に過ぎない。

 

 肉体を破壊するシステムの衝撃は、世界に対する憎悪に変化させる事によって、いくらでも耐える事ができた。

 

 これらの力を得た結果、今やダークナイトは地球連合軍、否、エンドレスの中でも最強クラスの実力を持つに至っている。

 

 しかし、これらの力をもってしても、あのキラ・ヒビキを仕留めるには至らなかった。

 

 まだ、足りない。これでも尚、あの男には届かない。

 

 ならば、今以上の力を手に入れるまでの話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンドレスが次の作戦に向けて兵力の終結を行っている頃、共和連合軍もまた、バックヤード基地攻撃隊を収容して、戦力の結集を図っていた。

 

 バックヤード攻防戦について、共和連合側の認識は「取りあえず、勝つには勝った」と言った感じである。

 

 受けた損害は大きかった。

 

 奇襲攻撃に参加したフリューゲル・ヴィントは合計で32機。

 

 しかし、戻ってきたのは特機を含めても19機でしかない。実に13人ものパイロット達が、バックヤードを巡る攻防戦で命を失った事になる。そして、このような情勢下である為、当然、補充などできよう筈も無い。

 

 再結成当初、48人のパイロットが所属していた事を考えれば、これはもはや壊滅と称して良いだろう。

 

 それでも、バックヤード基地を壊滅させ、集積していたであろう物資やメギドのストックを焼き払う事ができた事は大きい。これで、僅かなりともエンドレスの行動に制限を掛ける事ができたと期待される。

 

 状況的に言って、共和連合軍にとってバックヤード攻防戦は、戦略的勝利、戦術的にはギリギリ敗北と言ったところだった。

 

「すいません、俺の責任です」

 

 フリューゲル・ヴィント総隊長であるアスランは、そう言ってムウに頭を下げる。

 

 その脳裏では、バックヤードの戦いでの事が思い出されていた。

 

 当初はフリューゲル・ヴィントの奇襲の前に狼狽し、成す術も無かったエンドレスだが、後半になって増援を受けた後の盛り返しは凄まじい物があった。

 

 特に驚異的だったのが、あのカタストロフの存在だろう。後半に受けた損害の大半は、あれ1機によってもたらされたと言っても過言ではない。もし、ムウが援護に駆け付けてくれなかったら、フリューゲル・ヴィントはあの場で全滅していたかもしれなかった。

 

「まあ、そう気負うなよ。それを言うんだったら、遅れちまった俺にだって責任はある」

 

 ムウは気さくにそう言って、アスランの肩を叩く。

 

 本来であるなら、あの時、ムウの戦場到着はもう少し遅れるはずだった。

 

 ムウはオーブ軍本隊をまとめ上げると同時に、ザフト軍が提供してくれたクロスファイア用の新装備を受領していた為、駆け付けるまでに時間がかかってしまったのだ。しかし、本隊を率いてノコノコやって来たのでは到底間に合わないと踏んだ為、自分1人、アカツキを駆って先行して来た訳である。

 

「とにかく、敵さんの基地は壊滅できたんだ。戦果としては、今はそれで充分なんじゃないの?」

「はい」

 

 気を使うムウに対して、アスランは肩を落として引き下がる。

 

 戦果は上げたものの、やはり多くの部下を死なせてしまった事が悔しいのだろう。だが、戦争である以上、前線で兵士が死ぬのはある意味で当たり前の事である。

 

 アスランとて長く戦ってきた身であるから、その事は充分に弁えているはず。いずれ、そう時間を置かずに自分なりに立ち直る方法を見出す事だろう。

 

 それよりも、まだやるべき事は山積されていた。

 

「ユウキ、説明頼む」

「はい」

 

 ムウに促され、ユウキは前に出ると、一同に対して説明を始めた。

 

「みんながバックヤードを攻撃している内に、フラガ中将に頼んで、オラクルの行方について調査を行ってもらったんだ」

 

 そう言いながら、壁面のディスプレイを点灯して説明を始める。

 

 ユウキが説明するには、こうである。

 

 いかにミラージュコロイドで姿を隠し、隠密で動いているとは言え、あれだけの巨体を動かすには相応の推力が必要なはず。そしてそれは秘匿性の高いガス噴射航行だけでは足りず、必ず初期加速する際にはスラスター噴射を行う筈。ならば、何らかの大型の物体が移動した形跡を発見、解析する事ができれば、エンドレスの次の行動が判る筈である、と。

 

「それで数日前、観測機器によって、得られた映像が、これだよ」

 

 そう言ってユウキは、1枚の写真を取り出した。

 

 そこには、漆黒の宇宙空間の中にあって、一筋だけ長く尾を引く炎の噴射跡が見られる。周囲に対象物が無い為、具体的な大きさは測り辛いが、写真の横に掛かれている倍率の数字から計算すれば、明らかに、何か巨大な物体が移動しようとした後だと思われた。

 

「そして、これが進む先にあるのは、プラントだ」

 

 ユウキの発した言葉に、一同は息を呑む。

 

 敵はプラントに狙いを定めて攻撃しようとしている。

 

 プラントには多くの民間人が、今も平和の内に暮らしている。何よりプラントは、共和連合の盟主国でもある。

 

 現プラント最高評議会議長ラクス・クラインは絶大なカリスマ性と、強力な指導力を発揮して、劣勢の共和連合を率いて今日まで戦争を戦い抜いてきた。もし今、プラントが陥落すれば、共和連合は求心力を失って空中分解する事も考えられる。

 

 何としても、それを許すわけにはいかない。

 

「・・・・・・・・・・・・そんな事は、絶対にさせない」

 

 キラの低い呟きに、一同は無言のまま頷きを返す。

 

 決意を固める一同。

 

 今、破滅の未来に抗うべく、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、キラは思わず苦笑を漏らした。

 

 普段はキラ1人で使っている部屋に、予想外の来客者がいたのに、少しだけ驚いてしまったのだ。

 

 来客者は待っている間退屈だったのか、部屋の隅に置かれたベッドの上で静かに寝息立てている。

 

 リィスは、まるでキラの匂いを確かめようとするかのように、小さな両手でシーツをしっかりと握って目を閉じていた。

 

 エストといる時は彼女と一緒のベッドで眠る事も多かったが、エストが同行できない為、その代りキラの所に潜り込んで来たらしかった。

 

 静かな寝息を立てている少女。

 

 キラが手を伸ばして髪をそっと撫でてやると、リィスはくすぐったそうに笑顔を浮かべる。

 

 そのあどけない寝顔を見ていると、何となくかつてのエストを思い出してしまい、思わずキラは微笑を浮かべてしまう。

 

 昔のエストは、とにかく取っ付きにくい性格で、尚且つキラを敵視していた頃に至っては、油断ない眼差しを常に向けて来た物である。

 

 しかし眠れば、ちょうど今のリィスのように、あどけない寝顔を見せてくれたのを覚えている。

 

 あれから何年も経ち、エストの性格からかつての険は取れて丸くなったものの、それでもあどけない寝顔は今でも変わっていない。いや、そこに愛おしさもプラスされるため、キラの中では補正が掛かってより可愛らしく見えているくらいだ。

 

 まあ、もっとも、

 

 キラは苦笑を漏らす。

 

 このまま行けば何となく、自分の未来は家族大好きな暴走パパになりそうで、それはそれで怖いのだが。

 

 だが、間違いなく断言できる事がある。

 

 それはこの先、自分は、エストも、リィスも、そしてこれから生まれてくる子供も、全てを愛して守り通していくと言う事である。

 

 愛娘の寝顔をひとしきり堪能した後、キラはおもむろに手を伸ばしてリィスの細い肩に手をやった。

 

「リィス、起きてリィス」

 

 揺り動かして程無く、リィスは眠そうな声を上げながら、ゆっくりと目を半開きにした。

 

「・・・・・・ん、んみゅ、キラ?」

 

 猫のような声を上げるリィス。

 

 苦笑するキラ。こんな所までエストにそっくりである。時々、キラですら2人が本当の母娘なんじゃないかと疑ってしまうくらいだった。

 

「どうか、した?」

 

 眠い目を擦りながら訪ねてくるリィスに、キラは微笑みながら語りかける。

 

「出撃だよ。オラクルの行先が分かったから、僕とリィスがクロスファイアで先行する事になったんだ」

 

 言ってからキラは、少し気遣うようにしてリィスを覗き込む。

 

「どうする? 眠いならもう少し後で出撃するように変更してもらうけど?」

「ん・・・だいじょぶ・・・・・・」

 

 そう言うと、リィスはピョンとベッドの上から降りて立ち上がった。

 

 その様子にふらついたりする感じは無い。どうやら完全に目を覚まして立っているようだった。

 

 リィスは手を伸ばすと、そっとキラの手を掴んだ。

 

「行こ」

 

 リィスはそう言うと、驚くキラの手を引っ張って歩き出す。

 

 それにつられるように、キラも苦笑しながら「娘」に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 クロスファイアを発進させ、ゆっくりと出撃位置に進ませる。

 

 既にPS装甲は起動され、装甲は蒼く、そして背には白炎の翼を羽ばたかせている。

 

 周囲に取り巻くのは共和連合軍の大艦隊。既にオーブ艦隊とザフト艦隊は合流を終え、来たる決戦に向けて出撃の号令を待っている状態である。

 

 キラが視界を巡らせると、他の艦の陰に隠れるように1隻の戦艦が航行しているのが見える。

 

 アーサーが指揮を取っている、改エターナル級戦艦ビリーブである。

 

 今はハイネ達が母艦にしているビリーブは、今回、クロスファイア用の新装備を搭載しての参戦である。

 

 決戦用の装備と位置付けられたその武装だが、スペックを見てキラは絶句してしまった。

 

 とてもではないが、いきなり実戦投入する事が許されるような代物ではない。それは試作品と呼ぶのも憚られるような「未完成品」だった。本来なら入念なテストと整備を重ね、安全性を保障した上で戦線投入するべきだった。

 

 しかし、情勢はそれを許されるような物ではない。キラ達にはこの際、切り札とも言うべきその装備を使いこなすだけの技量が要求されていた。

 

 とは言え、流石にいきなり使う事は憚られる代物であるのは確かだった。

 

 やがて発進準備を全て整えると、キラはそっと、コンソールを愛おしそうに撫でた。

 

 タンデム複座式のコックピットシステムは、イリュージョン級機動兵器の特徴である。

 

 何もかもが、あの頃と変わっていない。

 

 かつて、エストと共に戦っていた頃と同じ。

 

 変わっているのは、自身の相棒の存在だけだ。

 

 身重の妻に代わり、今は娘が補佐に回ってくれている。

 

 だからこそ、憂うべき後顧は何一つとして存在しなかった。

 

 眦を上げるキラ。

 

「行くよ、リィス」

「はい、キラ」

 

 父の言葉に、娘は小さく、しかしはっきりと頷きを返した。

 

 GOサインが下りる。

 

 全ての準備は整った。

 

 後は飛び立つだけである。

 

「キラ・ヒビキ」

「リィス・ヒビキ」

「「クロスファイア行きます!!」」

 

 飛び立つと同時に、一気に加速する。

 

 キラとリィスを乗せ、今、クロスファイアは最後の戦場目指して飛び立っていった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「未来を掛けた出撃」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和連合とエンドレスが戦闘を開始されようとしている頃、

 

 エスト・ヒビキは自らの大きなお腹を抱えるようにして、ミーシャの病室を訪れていた。

 

 予定日が間近に迫っているエストにとっては、本来なら他人の心配をしている場合ではないのだが、それでも意識が戻らないミーシャの事が心配で、2日と開けずに病室に通っているのだ。

 

 病室に入ると、エストは軽く驚いて足を止める。そこには既に、先客がいたからだ。

 

「・・・・・・また、いらしていたのですね」

 

 声を掛けると、ミーシャのベッドの脇に佇んでいたフィリップは振り返り、力無い瞳をエストに向けてきた。

 

 ここ数日、フィリップとは何度もここで会っている。どうやらエストが来れない日も来ているらしかった。

 

「・・・・・・ああ、君か、エスト・リーランド」

 

 そう呟くと、フィリップは自分が座っていた椅子をエストに譲り、眠っているミーシャに向き直った。

 

 エストが結婚した事を知らないフィリップは、未だに旧姓で呼んでくるが、エストも敢えてその事を訂正しようとは思わなかったのでそのままにしている。

 

 そんなエストから目を離し、ベッドの上のミーシャへと目を戻すフィリップ。相変わらず、その瞳には力が無く、ただ惰性のままに生きている事が伺われる。

 

 エストに奮起を促されたものの、未だにその気が起きない。と言ったところだろうか?

 

「・・・・・・考えているんだ」

 

 そのフィリップは、ミーシャを見詰めながら、誰に話すでもなく語り始めた。

 

「大罪を犯した私が、その罪を贖うためにはどうすれば良いのか・・・・・・いや、違うな。たとえ一生かけたとしても、私が犯した大罪を贖う事のできるような、そんな都合の良い贖罪の道があるのか、という事をな・・・・・・」

 

 道を捜そうとしているだけ、以前よりましであるかもしれない。しかし、その道を見付ける事ができずに挫折している様子だった。

 

「多くの者を殺し、それに数倍する人々を悲しみの淵に落とした私に、いったい何ができると言うのだ?」

「判りません」

 

 悩むフィリップに対し、エストはいっそ拍子抜けするくらいあっさりと言い放つ。

 

「それらは全てあなた自身の問題であり、あなたが自分で道を見付けなくてはいけません。私にも、ミーシャにも、そして他の誰かにも道を探すのを手伝ってあげる事はできないのです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エストの言いたい事は、フィリップにも判る。

 

 結局、どのような道を進むか決めるのも、フィリップ自身でなくてはならない。その道に誰かが賛同してくれるかどうか、と言うのはまた別の問題なのだ。

 

「私も、キラも、これまで多くの人を戦場で殺してきました。贖罪の仕方が分からないと言うのなら、私達も同じです。しかし、だからこそ、最後まで自分達ができる事をしようと決めています」

「・・・・・・自分達に、できる事?」

「戦い続ける事です。それによって、新たな犠牲者を生む事は避けられないかもしれません。しかし、途中で投げ出してしまう事は、一緒に戦った人にも、そして殺してしまった人に対しても、最も無責任な行動であると思っていますので」

 

 戦場でのぶつかり合いに正義などは存在しない。どこまで突き詰めても、主義と主義のぶつかり合いでしかない。

 

 戦場で生き残れば自分の主張が通り、倒れれば潰えるだけの話である。

 

 しかしだからこそ、と言うべきだろう。生き残った側は途中で投げ出す事は許されない。敵味方を問わず、死んでいった者達全ての想いを背負って戦い続けなくてはならないのだ。

 

 もし、キラやエストが贖罪の道を求めるとしたら、それ以外には考えられなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・俺に、できる道」

 

 ポツリと呟くフィリップ。

 

 それは即ち、スカンジナビアの復興を目指すこと以外にはありえない。

 

 しかし現在、スカンジナビアはオラクルの核攻撃によって、大半が人の住める土地ではなくなっている。戦勝国である地球連合でさえ、占領統治を諦めて駐留軍も撤退させ、事実上放棄に近い扱いをしている。辛うじて放射能の影響が少ない北部に、細々と人々が暮らしている程度である。

 

 対して、今のフィリップは何も持っていないに等しい。資金も、兵力も、個人としての力さえ無い。

 

 そんな自分に、いったい何ができると言うのか?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、

 

 フィリップの手が、小さな力でキュッと握られた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず、目を見開く。

 

 その視線の先には、

 

 ベッドの上で微笑みかける、ミーシャの姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・いっしょに、探しましょう・・・・・・フィリップ、様」

「ミーシャ、お前!!」

 

 思わず身を乗り出すフィリップ。

 

 エストも驚きで目を見開いている。

 

「意識が、戻ったのですか?」

 

 問いかけに対してミーシャは弱々しく、しかしそれでいてハッキリとした頷きを返す。

 

「・・・・・・・・・・・・良かった」

 

 ミーシャの手を握り、泣き崩れるフィリップ。

 

「・・・・・・本当に、良かった」

 

 スカンジナビアの陥落から半年。

 

 ユーリアが死んでから、今日に至るまで眠り続けていたミーシャが、まるで迷うフィリップを支えようとするかのように目を覚ましていた。

 

 懺悔をするように膝を突くフィリップと、それを優しく見守るミーシャ。

 

 その様子を、エストは傍らで安堵の気持ちと共に見つめる。

 

 これで良い。

 

 これで、少なくとも1人は、フィリップの味方になってくれそうな人が現れた事になる。あとはこれをきっかけにして、フィリップがいかに立ち直っていくかがカギとなる筈だった。

 

 そう、考えた瞬間だった。

 

 ズクンッ

 

「ッ!?」

 

 突如、エストの腹部を強烈な痛みが襲ってきた。

 

 これまで感じた事も無いような、まるで内から込みあげてくる痛みに、思わずエストは顔を顰めて腹に手を当てる。

 

「い・・・・・・いた、い・・・・・・・・・・・・」

 

 そのまま椅子に座っている事も出来ず、ズルズルと床に滑り落ちて座り込むエスト。

 

「エストさんッ」

「お、おい、どうした!?」

 

 突然苦しみだしたエストの様子を見て、ミーシャとフィリップが慌てて声を掛けてくる。

 

 だが、それに答える力も無く、エストは込み上げてくる痛みに、ただ翻弄されていった。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。