機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
解き放たれたコンテナから、合計40基のドラグーンが一斉に解き放たれる。
その様はまるで、強大な花が一瞬で開花するかのような美しい光景だ。
宇宙に咲き誇る大輪の花。
一種、幻想的とも思える姿。
しかし、それは同時に死を招く美しさである。
花弁1枚1枚が一斉にターンして、フリューゲル・ヴィントへと向かってくる。
その光景を見た瞬間、
「駄目だ、みんな逃げろ!!」
ダークナイトと対峙していたキラは、半ばとっさに叫んでいた。飛んでくる花弁。その1枚1枚がドラグーンである事に、いち早く気づいたのだ。
しかし、その艦に全てのドラグーンが攻撃位置に着いてしまう。
1基につき9門、合計360門の一斉攻撃。
縦横に飛び交う光が、格子のように取り囲みながら迫ってくる。
回避行動を取ろうとするフリューゲル・ヴィントの各機。
キラが、シンが、アスランが、ラキヤが、それぞれ自分達に向かってくる攻撃の軌跡を見極めて回避行動をとる。
流石は歴戦の精鋭部隊というべきか、フリューゲル・ヴィント機の大半は、ドラグーンからの一斉攻撃を回避する事に成功した。
しかし、全てが幸運に恵まれた訳ではない。
部隊の中で最も先頭の3機が僅かに動きを遅らせてしまう。最前線にいた為、安全圏に逃げるまでに時間がかかりすぎたのだ。
不用意に深く踏み込み過ぎていた3機に、カタストロフの攻撃は容赦なく襲い掛かる。
吹き荒れる砲撃が織りなす、光の牢獄。
展開された光の格子は、その3機を容赦無く絡め取って吹き飛ばしてしまった。
その様子を見て、アスランは舌打ちを放つ。
フリューゲル・ヴィントは少数とは言え、オーブ軍の精鋭特殊部隊だ。しかし、結成以来、常に激戦区に投入され続けた為、兵力の補充もできずにいる。
その貴重な戦力が、またしても3人失われた事が痛かった。
だが、それを嘆いている暇は、今のアスランには無い。
「各機、防御陣形を維持しつつ、無理な戦闘は回避しろ。攻撃は各中隊長に一任!!」
カタストロフの戦闘力を目の当たりにして、相手が尋常では無い戦闘力を持っていると判断したアスランは、フリューゲル・ヴィントの隊員達では対抗できないと判断したのだ。
アスランの指示を受けて、4機のモビルスーツが動く。
シロガネとクロスファイアが砲撃で援護する中、対艦刀を掲げたエルウィングとクレナイが斬り込んでいく。砲撃戦能力の高い2機が援護を担当し、接近戦能力に優れる2機が斬り込みを担当するパターンである。
クロスファイアがフィフスドラグーン、ビームライフル、クスィフィアス・レールガンを振り上げ、シロガネがビームライフル、ビームキャノン、レールガン、ヤタガラス複列位相砲を撃ち放つ。
強烈な砲撃による援護を受けたエルウィングがドウジギリを、クレナイがオオデンタを振り上げて突撃していく。
しかし、フリューゲル・ヴィント最強の4人が繰り出す攻撃も、迫り来るカタストロフの威容を前には霞んでしまっている。
たちまち、迎え撃つように放たれる360門の砲撃の前に、キラ達は這う這うの体で後退する事を余儀なくされる。
命中した砲撃は全て陽電子リフレクターによって阻まれ、斬り込んだ2機も度を超える数を誇るドラグーンの一斉砲撃を前に接近を阻まれてしまう。
「何て威容だ!!」
「攻撃可能経路、算出不能・・・・・・」
舌打ちするキラに同調するように、後席のリィスも焦燥を滲ませた声で報告してくる。
いかにクロスファイアと言えど、物理法則を越えられる訳ではない。あれだけ苛烈な砲撃を前にしては、攻め手を探る事すらできなかった。
かつて、ただ1機でこれ程の火力を有する攻撃を、ここまで完璧に操った機体は存在しない。クロスファイアもこれまでの常識を覆す革新的な機体である事は間違いないが、殆ど既存の技術の組み合わせに過ぎないカタストロフが、そのクロスファイアを圧倒していた。
その間にもラキヤ、シン、アスランが砲撃武装で攻撃を仕掛けているのが遠望できるが、やはり効果を上げているようには見えない。ドラグーンの砲撃に阻まれて有効な攻撃位置に着けない事に加えて、仮にカタストロフ本体に届いたとしても、砲撃は全て陽電子リフレクターに阻まれてしまうのだ。
更に、敵はそれだけではない。
漆黒の機影が斬り掛かってくるのが見えた瞬間、キラはとっさに紅炎翼を羽ばたかせて回避行動に移る。
目を転じれば、全身から刃を生やしたエクスプロージョンが、執拗に向かってくる姿が見える。
距離を取るべく後退するクロスファイア。迎え撃つにしても、いったん仕切り直して体勢を立て直したいところである。
しかし、そう簡単にキラの思惑を許すダークナイトではない。
スラスター全開でクロスファイアに追いつくと、多数の刃を繰り出して追撃を掛けてくる。
対してキラはエクスプロージョンの進撃を阻むべく、フィフスドラグーン、ビームライフル、クスィフィアス・レールガンを駆使して応戦する。
放たれる砲撃が、軌跡を描いてエクスプロージョンへ向かう。
しかし、元々Dモードのクロスファイアは接近戦重視型であり、砲撃戦能力はシステム起動前と比べてそれほど上昇するわけではない。
放った攻撃はダークナイトによってあっさりと回避され、間合いの内まで斬り込まれてしまう。
振るわれるエクスプロージョンのビーム刃。
「クッ!?」
とっさにクロスファイア左手のビームシールドを展開、エクスプロージョンの斬撃を振り払うキラ。同時に右手は腰からアクイラ・ビームサーベルを抜いて斬り上げるように一閃する。
キラが振るった斬撃は、しかし一瞬早くダークナイトが後退した為、エクスプロージョンを斬り裂く事は無かった。
「なぜだ!?」
右手にアクイラ・ビームサーベル、左手にブリューナク対艦刀の片割れを持ち、変則的な二刀流を構えながら、キラはダークナイトに向かって叫びを上げる。
「何故なんだ、アーヴィング大尉!? スカンジナビアにあれほど忠誠を誓っていたあなたが、なぜ今、国を滅ぼした地球軍にいる!?」
あれだけ祖国を愛し、主君を敬愛していたクライアス。
そのクライアスがなぜ、今、地球軍にいるのか? そしてなぜ、ユーラシア虐殺に加担するような真似をしたのか?
あまりにも判らないことだらけの状態に、キラも動揺を隠せないでいる。
《問答・・・・・・無用だ!!》
キラの叫びに対して、しわがれた声で叫びを上げるダークナイト。
その機体から再び無数の刃が発振し、クロスファイアを迎え撃つように対峙した。
アスランは自身に向かって飛翔してくる砲撃を直前で感知、紙一重で回避して見せる。
主の意志に従い、漆黒の闇の中で深紅の装甲を煌めかせて巧みな回避を行うクレナイ。
更に連続して飛来してくる砲撃を、アスランは更に回避し、あるいはシールドで弾いていく。
ダメージ無し。自身に向かってきた奇襲に近い砲撃を全て、アスランは的確に回避してのけたのだ。
砲撃が一時的に止んだところを見計らい、相手の位置を探るべくセンサーに目を走らせるアスラン。
しかし、反応は無い。どうやら、かなり遠距離から砲撃を行っているらしい。
「・・・・・・・・・・・・スナイパーか」
呻くように、アスランは呟く。
周囲はデブリだらけだ。隠れようと思えば隠れられる場所は、それこそ無数に存在している。恐らくスナイパーは、それらの内のどこかに隠れているのだろうが、それを探し出すのは事実上不可能に近い。
さて、どうするか。
思案するアスランだが、現実はそれほど悠長に構えている余裕も無かった。
更に飛翔してくる砲撃。
それをアスランは、オオデンタ対艦刀を振り回して斬り弾く。
神業に等しい技術だが、既にSEEDを発動しているアスランからすれば、このくらいは慣れた手品の内に過ぎない。
アスランがスナイパーに掛かっている間にも、カタストロフの強烈な攻撃は続いている。今はシンとラキヤが応戦する事で、辛うじて押さえているが、2人だけでは突破されるのも時間の問題であるのは明白だ。
本来なら、今すぐにでも援護に行きたいところではあるが・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
感覚を研ぎ澄ます。
焦りは何も生まない。ただ失うだけだ。
カタストロフをシンとラキヤが抑えているのなら、そちらは今のところ大丈夫と言う事。ならば自分は、スナイパーを片付ける事に集中するべきだった。
アスランはSEEDを宿した瞳で、深く、更に深く集中力を高めていった。
2
ラキヤが砲撃で掩護している間に、シンが斬り込みを掛ける。
砲撃と接近戦の役割分担をした、鉄板とも言える布陣でシロガネとエルウィングはカタストロフに攻撃を仕掛けているが、残念ながらそれが功を奏しているとは言え無いのが現状である。
遠距離からの攻撃は全て陽電子リフレクターに阻まれ、斬り込もうとしてもドラグーンの包囲網が阻んでくる。その繰り返しだ。おかげで2人は、先程から全くと言って良いほど距離を詰める事ができないでいる。
何機かのドラグーンを撃ち落とす事には成功しているが、それでも焼け石に水でしかない。未だにドラグーンは30基以上の数を維持しながら攻撃を続行してくる。そこから放たれる砲撃の嵐は、尚も光の壁と称して良い密度で、2機を絡め取ろうとしてくる。
「このォ!!」
焦れたように、シンは蒼炎翼を羽ばたかせ、残像を引きながら突撃を開始する。相手の視覚を攪乱しながら、接近戦を仕掛けるのだ。
無数のビームがエルウィングの残像を斬り裂く中、トップスピードで突撃しながらドウジギリを振り翳すシン。
しかしデスティニー級機動兵器の代表的な戦術である残像機能も、これだけの物量差が相手では分が悪すぎる。複数の攻撃を回避したとしても、次の瞬間にはその3倍から4倍の砲撃に晒されるのだから堪った物ではなかった。
進路を阻まれた上、更に四方からドラグーンが迫ってくる。
たちまちシンは、吹き抜ける閃光に進路を阻まれて後退せざるを得なくなった。
だが、ドラグーンは逃がさないとばかりにエルウィングの背後に回り込んで、砲撃体勢に入ろうとする。
と、次の瞬間、エルウィングに対して攻撃を仕掛けようとしていたドラグーンが、砲撃を浴びて吹き飛ばされる。
《シン、無理をするな!!》
ラキヤがシロガネのフルバーストモードで、後退するエルウィングを掩護している。
シロガネが放つ速射に近い砲撃を浴びて吹き飛ぶドラグーン。
とっさの事態には対応が効かないのか、たちまち10基近いドラグーンが炎を上げて吹き飛ぶ。
それが無かったら、如何にシンの能力であったとしても、ドラグーンに包囲されて袋叩きにされたかもしれなかった。
砲撃が数機のドラグーンを一時に叩き落とすと、シンはその隙を突いて脱出する事に成功した。
「悪い!!」
ラキヤに礼を述べながら、改めて体勢を立て直すシン。
しかし、状況は相変わらずである。尚も無数の砲門を向けてくるドラグーンを前にして、シンもラキヤも完全に攻めあぐねていた。
そこに来て、攻撃密度は更に増す。ドラグーンに加えて、カタストロフ本体の攻撃も加わって攻め立てて来ているのだ。
カタストロフが装備するアウフプラール・ドライツェーン、ツォーン、スーパースキュラ三連装複列位相砲、後部のミサイルランチャーが一斉発射され、エルウィングとシロガネへ降り注いでいく。
これにはさすがの2人も攻撃どころではなく、回避に専念せざるを得なかった。
しかも、敵はカタストロフだけじゃない。ジークラスとメリッサに率いられたエンドレス部隊が、フリューゲル・ヴィントの部隊に攻撃を仕掛けているのが見える。
事前にアスランが防御指示を出したため、フリューゲル・ヴィントは無理な攻撃を控えている。そのおかげでどうにか未だに戦力は保っている様子だが、それもいつまで保つか判らなかった。
一方、カタストロフを操るレニは、徐々に自らの中で苛立ちを募らせていた。
視界の彼方では、ダークナイトのエクスプロージョンと交戦しているクロスファイアの姿が見える。
その紅炎翼を羽ばたかせる姿を見詰め、ギリッと歯を噛み鳴らした。
死の天使。
かつて、自分に屈辱を味あわせ、先日もまた、良い用意あしらわれた憎き相手。
あいつは私の獲物だ。
あいつを仕留めるのは私でなくてはならないのだ!!
だと言うのに、自分は矮小のような敵2人に足止めされ、身動きが取れないでいる。
敵は微々たる攻撃を繰り返しながら、それでもどうにかカタストロフに取り付こうと躍起になっている。
それがレニには、堪らなく不快だった。まるで羽虫が飛び回り、肌に直接取り付かれているあのような感覚に陥る。
「なァァァめェェェるゥゥゥなァァァァァァァァァァァァ!!」
急激に負荷を増した脳波が、ヴィクティムシステムを通じて全てのドラグーンへと伝達される。
地球連合軍がパイロット強化用に開発したヴィクティムシステムには、いくつかの使い道があり、設定次第で得られる効果を変える事ができる。
たとえば砲撃能力を強化する、あるいは機動性を極限まで上げる。といった具合に、そのパイロットが望む特性に応じて設定変更が可能である。
カタストロフを受領するに当たり、レニはドラグーンのコントロールに必要不可欠な伝達能力と空間把握能力を極限まで強化するように設定している。それ故に、都合40基360門ものドラグーンを同時に操る事ができるのである。
急激に攻撃速度を増すドラグーン。
その攻撃を前にして、シンとラキヤはますます防戦一方に追い込まれつつあった。
「こいつ、何で急に動きが!?」
より鋭く、より正確になったドラグーンの攻撃をビームシールドで受けながら、どうにかエルウィングを後退させるシン。
ラキヤは攻撃をヤタノカガミ装甲で受けては弾き返す、と言う行動でしのいでいるが、いずれにしても反撃の機を掴めないでいるのは確かだった。
その間にカタストロフは、強引に前へ出ようと進んで行く。
そのまま突破されるか、そう思った瞬間だった。
《2人とも、上手くよけろよォ!!》
突如、威勢の良い声がスピーカーから飛び込んできた。
何が、と思った瞬間。
黄金の閃光が、漆黒の闇の中で煌めいた。
ドラグーンの束の中へと飛び込んで行った黄金の光は、次の瞬間、一斉にビームを放っていく。
その黄金の輝きがドラグーンであると認識した瞬間、驚くべき事が起こった。
黄金のドラグーンは、互いにビームをぶつけあいながら閃光を反射し、無限とも言える重囲陣を築き上げていくではないか。
自ら放ったビームを他のドラグーンにあてる事で反射され、更にそのビームがまた反射して別方向へと向かって飛んでいく。
それを繰り返した結果、無数のとも言える光の重囲陣が形成される。
展開された黄金の檻は、カタストロフが打ち出したドラグーンの群れを丸ごと内側へ取り込んで包囲すると、圧倒的な火力を形成して攻撃を行う。
それに対して、レニは成す術がない。
次々と飛来する閃光を前にして、カタストロフのドラグーンが急速に数を減らしていくのが分かる。
「おのれッ!!」
対抗するように、レニもまたドラグーンによる攻撃を再開する。
しかし、それも無意味な事である。
それ自体がヤタノカガミ装甲で覆われているドラグーンは、カタストロフが放った攻撃をも反射して、逆に撃ち返していく。砲撃を行えば行う程、却ってカタストロフの方がダメージを負う有様である。
たちまちの内に、カタストロフ側のドラグーンは数を減らしていく。
そこへ飛来する、黄金色の翼と装甲を持つ流麗な機体。
そのような機体は、地球圏にはただ1機しか存在しない。
ムウはアカツキを駆って戦場へ到着すると、全武装を開放して攻撃に加わる。
ただし、その装備はこれまでアカツキの標準装備だったオオワシやシラヌイなどの武装と異なっている。
金色の大きな翼と、腰に備えたビームキャノンと思しき大砲。更に、背中には8基のドラグーンを備えている。どこか、オオワシとシラヌイ、双方の特徴を掛け合わせているかのような姿である。
オオトリパックと呼ばれるこの武装は、オーブを出国する前に受領したアカツキの新武装であり、オオワシの機動力とシラヌイの火力を掛け合わせたのが特徴である。
「行くぞォォォォォォ!!」
ムウは咆哮を上げると、自身の前方へと黄金のドラグーンを射出、カタストロフのドラグーンを次々と排除していく。
無論、カタストロフの方でも反撃のドラグーンを放つが、それらには何の意味も無い。
アカツキのドラグーンはそれ自体がヤタノカガミである為、ビーム攻撃を全て弾き返してしまうのだ。
「こんな、こんなァッ!!」
焦りを覚えるレニ。
そのままカタストロフの全火力を開放しようと、アウフプラール・ドライツェーン、ツォーン、スーパースキュラ、ミサイルランチャーを開放しようとする。
だが、その瞬間をムウは見逃さない。
「今だ、ラキヤ、シン!!」
叫ぶムウ。
シンとラキヤは同時に動いた。
ラキヤはビームライフル、レールガン、ビームキャノン、ヤタガラス複列位相砲を展開し、7連装フルバーストをカタストロフに仕掛ける。
目を見開くレニ。
今にも攻撃を開始しようとしていた事が、完全に仇になってしまった。攻撃態勢に移行していた為、機体前面の陽電子リフレクターを解除していたのだ。
そこへ、シロガネの砲撃が容赦なく襲い掛かる。
直撃を受けて吹き飛ばされるアウフプラール・ドライツェーン
エネルギーの誘爆が起こり、砲身そのものが根元から折れ飛んでしまう。
更にそこへ、残像を引きながらエルウィングが猛スピードで斬り込んでくる。
目を見開いてエルウィングを凝視するレニ。
しかし、今のレニには、シンの攻撃速度に対抗できるだけの力は無い。
対艦刀が振り下ろされる。
圧倒的な加速力を前にしては、さしものカタストロフと言えど、回避も防御も間に合わない。
「これで、どうだ!!」
ドウジギリ対艦刀を振り上げるシン。
真っ向から振り下ろされたその一閃は、カタストロフの胸部を真っ向から斬り付けた。
ロベルト・グランは冷静にスコープを見据え、自身の標的を狙い撃っていた。
ロベルトは歴戦の傭兵である。若い頃からスナイパーとして頭角を現し、ライフル一丁を相棒にして、多数の戦い抜いてきたのだ。
ロベルトのスナイパーとしての腕は、モビルスーツに乗るようになってからも変わる事は無く、幾多の標的を撃ち抜いてきた。
彼のホークアイは、狙撃に特化した機体である。機動性は無きに等しく、搭載火器も狙撃砲以外は申し訳程度の自衛火器しかない。
しかし、こと狙撃に関する限り、世界最強の機体であると自負している。長大な射程を誇る狙撃砲と、照準に特化したOSは他の追随を決して許さない。そこに来てロベルトと言う歴戦のスナイパーの腕前が加われば、エース級を上回る事も決して不可能ではない。
更に、機動力が低い事はここではハッキリ言って関係ない。周囲はデブリだらけで、身を隠す場所には全く困らないのだから。まさにスナイパー向けの戦場であると言える。このまま身を隠しての攻撃に徹していれば、一方的に相手を攻撃する事が可能なはず。
今も、標的にしている機体は、逃げる事も反撃する事も出来ずに立ち尽くしている。どうやら敵の隊長機らしいその深紅の装甲を持つ機体は、ホークアイの姿を捉える事ができないでいる様子だった。
「このまま、嬲り殺しにしてやんよ」
そう嘯きながら、再びスコープを見据えてトリガーを引き絞る。
放たれる攻撃。
しかし、それが一瞬の後には、標的に着弾、掲げたシールドによって弾かれた。
舌を打つロベルト。
敵は隊長機だけあり、かなり勘が良い。先ほどからロベルトの攻撃は空振りを繰り返してばかりだった。
だが、それもいつまで続けられるか。
どのみち、奴にはこちらの位置など判る筈が無いのだから。
そう思った瞬間だった。
突如、標的の目が、鋭く、そして真っ直ぐにロベルトを睨みつけた。
『見 つ け た ぞ』
声の無い言葉にそう囁かれた気がして、思わず「うっ」と声を詰まらせるロベルト。
カメラアイ越しにも感じる程、鋭い視線。
それが単なる錯覚であると判っていたとしても、のけぞらずにはいられない、強烈な眼光。
次の瞬間、相手は真っ直ぐにホークアイ目指して飛翔してきた。
「ッ!?」
慌てたロベルトは、標的めがけて次々と砲撃を撃ち放つ。
飛翔するクレナイを迎え撃つように飛んでいく光弾。
流石はベテランのパイロットと言うべきか、焦って攻撃したにもかかわらず、その狙いは正確極まりない物である。
しかし、クレナイを操るアスランは、そのロベルトの照準力すら上回る操縦技術で回避、あるは対艦刀で光弾を弾きながら、一切速度を緩める事無く距離を詰めてくる。
「この、野郎!!」
狙撃砲の攻撃では埒が明かないと考えたロベルトが、ホークアイが両手に構えたライフルとマシンガンをクレナイに向けようとする。
しかし、遅い。
ロベルトが焦って攻撃手段を切り替えようとしている隙に、一気に距離を詰めたアスラン。
そのままオオデンタを振り上げる。
「位置の割れたスナイパーなどッ」
振り下ろされる大剣。
「ただの的だ!!」
それに対してロベルトができる事は、
何も無かった。
真っ向から振り下ろされた対艦刀。
それはホークアイの機体を、袈裟懸けに斬り下ろして行った。
遅まきながら、形勢は逆転しようとしている。
ダークナイトの攻撃を回避しながら、キラはそのように感じていた。
先程まで視界の中で縦横に駆け巡っていたカタストロフの砲撃は減ってきているし、反撃を開始したフリューゲル・ヴィントによって、エンドレスの部隊は押し返されつつある。
だが、そんな中でもダークナイトは執拗にクロスファイアへの攻勢を強めてきている。まるで、周囲の状況など眼中に無いと言わんばかりだ。
「やめるんだ、アーヴィング大尉!! あなたはこんな事をする人じゃないはずだろ!!」
《黙・・・・・・れ!!》
しわがれた声の中に、いら立ちを含んだような響きでダークナイトはキラに対して言葉を返す。
《貴様・・・などに・・・何がァ!!》
突っ込んでくるエクスプロージョン。
その動きを、キラは冷静に見据え、
次の瞬間、クロスファイアは残像を引きながらエクスプロージョンの攻撃を回避、そのまま背後へ回り込もうとする。
《逃が・・・さん!!》
機体を振り向かせようとするダークナイト。
しかし、キラの方が動きは速い。
叩き付けられるブリューナク対艦刀。
対してダークナイトは、回避は間に合わないと判断し、とっさに防御を選択する。
真っ向から振り下ろされたクロスファイアの攻撃を、ダークナイトはビームシールドを展開して受け止めようとする。
振り下ろしたキラの剣と、展開したダークナイトのシールドがぶつかり合い、視界が激しくスパークを起こす。
一瞬、ぶつかり合ったまま動きを止める両者。
キラはその瞬間を逃さずに動く。
空いていた左手のパルマ・エスパーダを起動すると、鋭く斬り上げエクスプロージョンに斬りつける。
《ぬゥッ!?》
予想していなかった密着状態からの攻撃を前に、思わず呻き声を上げるダークナイト。
しかし、ヴィクティムシステムによって強化された彼の視力と身体能力は、クロスファイアの動きをわずかに上回った。
エクスプロージョンを全速で後退させるダークナイト。
吹き抜ける、クロスファイアの掌から延びる刃。
しかし、当たらない。
キラの斬撃は、後退するエクスプロージョンの表面装甲を僅かに斬り裂くにとどまった。
互いに距離を置き、剣を構え直すクロスファイアとエクスプロージョン。
「・・・・・・・・・・・・簡単にはいかないか」
必殺の攻撃を回避され、キラは舌打ちにも似た呟きを漏らす。
その脳裏には、オーブ沖で撃墜したサイクロンの事が思い出されていた。
これまでの戦闘で、エクスプロージョンがかなり高い性能を持つ機体である事は判っている。それはエクシードシステムを起動したクロスファイアでも、なかなか仕留めきれない事から見ても明らかだった。
エクシードシステムを起動したクロスファイアとも互角に戦えるとなると、あの機体と同じシステムをエクスプロージョンも使っているのだろうと思った方が自然だ。
となると、簡単に勝負は付く事は無いだろう。長期戦も覚悟する必要があるかもしれない。
そう思って、ブリューナクを構え直した時だった。
《・・・・・・・・・・・・これでも、まだ、足りないか》
憎しみの籠った瞳で、ダークナイトは呟きを漏らす。
かつてとは比べ物にならないくらい、強力な力を手に入れた自分。
しかし、それでも尚、キラ・ヒビキを相手にするには足りない物が多すぎる。
更なる力を。
もっと強力で、何物をも破壊し尽くすだけの力を手に入れなくては。
ダークナイトは機体を反転させると、スラスターを全開まで吹かして離脱しにかかる。
「アーヴィング大尉!!」
キラが呼びかけるも、その声に返る返事は無い。
カタストロフを始め、他のエンドレス機も形成我に非ずとして後退を始めている。どうやら、これ以上の戦闘は双方にとって意味が無い物であると悟ったらしい。
去って行くエクスプロージョンの背中を、コックピットの中でキラはいつまでも見つめ続けていた。
PHASE-12「狂気の片鱗」 終わり