機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-11「反撃の一手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バックヤードと言う基地が建設されたのは、ユニウス条約が履行されていたCE72年の頃である。

 

 当時、ザフト軍の軍備拡張路線を危惧した地球連合軍は、暗礁宙域内に密かに、自軍の拠点となり得る基地の建設を密かに進めていたのである。

 

 周囲から完全に隔離された状態で建造された同基地は、CE73年になって完成を見たが、その後ユニウス戦役が開戦し、戦線が月周辺に置かれるに至り、半ば顧みられる事も無いまま放置され続けていた。

 

 しかし、その事が功を奏する時が来た。

 

 ザフト軍とオーブ軍の攻撃によって月周辺の制宙権を失陥した地球連合軍が、一時的にこのバックヤードに身を寄せていた時期があったのだ。

 

 周囲を暗礁地帯によって囲まれ、航路からも完全に外れた場所にあるバックヤード基地は、落ち延びてきた地球連合軍が身を寄せるのには最適だったのである。あの壮絶を極めたメサイア攻防戦においても、地球連合軍最後の部隊は、この基地から出撃している。

 

 あれから4年が経ち、今のバックヤード基地は所有者を変更している。

 

 ユニウス戦役後、再び人々化に忘れ去られたかに見えたバックヤードだったが、所有者を変える事で、再度の日の目を見る事になっていた。

 

 北米大陸核攻撃とカーディナルの宣言を経て決起したエンドレスが、このバックヤードを占拠し、使用しているのだ。

 

 元々、建造した当の地球連合軍ですら存在を忘れていたような拠点である。ろくな防衛戦力を配備していなかった事も有り、基地は侵攻してきたエンドレスの大部隊を前にあっさりと降伏していた。

 

 とは言え、エンドレスはこのバックヤードを自分達の行動拠点として使用しているわけではない。そもそも、彼等が保有している大量破壊兵器オラクルは、それ自体が1個の移動要塞としての機能を有しており、数100機のモビルスーツを同時運用できる事は勿論、内部には整備、修理、製造工場まで有しており、更には数年に渡って寄港せずに作戦行動を続けられるだけの積載量も持っている。事実上、エンドレスは座標固定された拠点を持つ必要は無いのだ。

 

 そこでエンドレスは、このバックヤードを物資輸送の中継点として使用していた。

 

 いかにオラクルが移動要塞としての機能を有しているとは言え、人間が活動する以上、大量の物資が必要となるのは自明の理である。

 

 しかし、集めた大量の物資を直接オラクルに運んでいたのでは、その動きで場所を探られてしまう恐れがある。そこで、一時的にバックヤードに運び入れて集積し、そこから更にオラクルへと運ぶと言う二重構造を取っていた。これにより、共和連合軍や地球連合軍は、宇宙空間で姿を消したまま自在に行き来するオラクルの探知が難しくなるわけである。

 

 今も、バックヤードの港口には、1隻の輸送船が入港しようとしているのが見える。

 

 決起宣言以後、多くの兵力がこぞって参加を表明したエンドレスにとって、物資はいくらあっても足りないくらいである。その為、このバックヤードには連日のように物資を満載した輸送船が行き来していた。

 

 輸送船が基地からの誘導に従い、ゆっくりと港口へと入っていく。

 

 ここまで来れば、最早細かい操縦作業は必要無い。基地の方が自動で誘導してくれることになっている。

 

 輸送船のパイロットが、そう思って安堵した。

 

 次の瞬間、

 

 出し抜けに、数条の閃光が吹き抜けていく。

 

 うち1発が、輸送船のカーゴに命中して吹き飛ばしてしまった。

 

 一瞬のうちに炎に包まれる輸送船。

 

 同様の光景が、周囲でも一斉に起こっている。突如、謎の攻撃を受けた輸送船が、そこかしこで爆炎を閃かせているのが見えた。

 

 エンドレス所属の兵士達は、突如目の前で起こった光景に騒然となる。

 

 誰もが信じられない物を見るような面持ちでいる中、

 

 白炎の翼を羽ばたかせた青い機体が、基地の周囲を飛び交いながら、手にしたビームライフルや腰のレールガンを使用して、輸送船に片っ端から砲撃を浴びせていく光景が見えた。

 

「こちら、キラ・ヒビキ、奇襲成功。これより、第2次攻撃に移行します!!」

 

 キラは通信機に向かってそう告げると、クロスファイアを駆って更に基地へと接近していく。

 

 更にその後方からは、キラ配下のフリューゲル・ヴィント第2中隊が、次々と輸送船団に取り付いて砲門を開いている。それに対するエンドレス側の反撃は皆無に等しかった。

 

 先行するキラの視界の中では、多数の輸送船がひしめき合い、突然の攻撃に驚きながら退避しようとしている光景が見て取れる。

 

 しかし、それらの動きも、クロスファイアから見れば欠伸が出る程に遅い。

 

「マーク20から25に掛けての敵船、優先的に攻撃して。もう離脱しようとしている」

「了解、ありがとう」

 

 自らの後席から発せられた声を聞きながら、キラはクロスファイアを指示された方向へと向けて飛翔させる。

 

 キラの後席には、今や彼とエストの「娘」となった少女が、冷静にシステムを操って戦況予測している。かつて、彼女の「母親」がそうしていたように。

 

 リィス・フェルテス改め、リィス・ヒビキと名を変えた少女は、父親の戦いを助けるべく、デュアルリンクシステムを使用した戦況予測に挑んでいた。

 

 その頃になって、遅まきながら奇襲攻撃に気付いたエンドレス側も、迎撃行動を開始していた。

 

 10機近いグロリスが、クロスファイアの進撃を阻むべく向かってくる姿が見える。

 

 彼等の中には、先のオーブ攻略戦に参加した兵士もおり、それだけのクロスファイアの脅威を認識している者も少なくなかった。

 

 散開しつつ、クロスファイアを包囲するようにして攻撃を仕掛けてくるエンドレスのグロリアス。

 

 それらに対してキラは、両手のビームライフル、そして両腰のクスィフィアス・レールガンを展開して構える。

 

 しかし、今回はそれだけではない。

 

 クロスファイアの両翼。その上下のカバーユニットを構成する4カ所の部位が射出されたかと思うと、ターンして向きを変え、クロスファイアを囲むように空間に配置される。

 

 1門の大型砲と4門の小型砲を備えた、翼を模した機動ユニット。それはかつてライトニングフリーダムにも搭載されていた、フィフスドラグーン機動兵装ウィングである。

 

 ドラグーンの20門と、クロスファイア自体が展開する4門。

 

 合計24連装フルバースト。

 

 かつてのライトニングフリーダムには及ばないものの、それでもかなりの高火力である事は言うまでもない。

 

 一斉に放たれた砲撃によって、今にもクロスファイアに対して攻撃を開始しようとしていたグロリアスは頭部や武装を吹き飛ばされて戦闘不能に陥っていく。

 

 更に、それだけではない。砲撃は、彼等の後方にいた輸送船団にも浴びせられ、次々と破壊されていくのが見える。

 

 誰もが、クロスファイアの攻撃を前に、手も足も出せない状態だった。

 

 そこへ、今度は別の方向から、バックヤードへ向かおうとする部隊があった。

 

 先頭を進むのは、ジャスティスに似た深紅の装甲を持つ機体、アスランのクレナイである。

 

「全機、攻撃開始。特に輸送船は1隻の逃がすんじゃないぞ!!」

 

 アスランの命令を受けて、展開の完了したフリューゲル・ヴィント各機は、次々と翼を連ねてバックヤード基地へと向かう。

 

 それに対してエンドレス側も、慌てたように迎撃の砲火を撃ち上げてくるのだった。

 

 

 

 

 

 共和連合軍の突然の奇襲攻撃を前にして、バックヤード基地にいるエンドレス部隊は大混乱に陥りつつあった。

 

 殆どの者が、この事態を予想していなかった。

 

 このバックヤードは地球連合軍時代から秘密基地として機能し続けている。それ故、その存在は秘匿され、一部の関係者以外は存在すら知らなかったはずだ。にも拘らず、共和連合軍が奇襲攻撃を掛けてきたと言う事態に誰もが動揺を隠せないでいる。

 

 基地内の区画は混乱し、人々の怒号が行きかっている。

 

 基地全体が不規則に振動している所を見ると、どうやら既に共和連合軍の攻撃は基地自体にも及び始めているらしいと言う事が分かる。

 

 そんな中、ダークナイトは慌てたように駆け抜ける兵士達の間を抜け、司令部へと足を運んだ。

 

 中に入ると、そこも既に混乱の坩堝と化している。

 

 オペレーターや幕僚達の怒号が飛び交い、突然始まった攻撃に対応しようと、躍起になっているのが見える。

 

 それらを無視しながら、ダークナイトは見知った幕僚の元へと歩み寄った。

 

「どうなって、いる?」

 

 くぐもった声を向けられ、フリード・ランスターは振り返った。

 

 今ここには、フリードの他にもジークラスとメリッサの姿もある。

 

 ファントムペインのメンバーであり、戦艦ガブリエル艦長でもあるフリードは、このバックヤードへ収集したメギドの回収に来ていたのだ。そしてジークラスとメリッサ、それにダークナイトの3人は、メギドを無事にオラクルへ送り届ける為、ガブリエルの護衛任務を引き受けてこの場所に来ていたのだ。

 

 メギドはエンドレスにとって最重要な物品であり、これから新たな世界を構築していくうえで必要不可欠な切り札でもある。何としても、ここで失う訳にはいかなかった。

 

「共和連合軍の奇襲だ。どうやら、こちらの動きに感づいて攻撃を仕掛けて来たらしい」

 

 普段は冷静沈着なフリードも、苛立ったように言葉を返す。

 

 彼自身、ここを察知されるとは思っていなかったため、今回の共和連合軍の攻撃は、完全に寝耳に水の事態だった。

 

 共和連合軍の攻撃は、こうしている間にもさらに激しさを増している。既に外に停泊、あるいは入港待ちをしていた輸送船は半分近くが撃沈されていた。

 

 メギドを搭載したガブリエルは、共和連合側から見れば反対側の港に停泊している為、今のところは攻撃対象になっていない。しかし、それもいつまで無事でいられるか判らなかった。何しろ改アークエンジェル級戦艦は嫌でも目立つ。発見されれば攻撃の対象となるであろう事は疑いなかった。

 

「とにかくだ」

 

 傍らに立っていたジークラスが、苦い物を噛み潰すような表情で言う。

 

「フリード、お前は艦に戻って出航準備を進めろ。準備でき次第、出航だ。俺達の事は待たなくていいからな」

「判った」

 

 頷きを返すと、フリードは足早に司令部を出て行く。とにかく、事は彼等にとっても予断が許される状況ではない。敵の攻撃をが来る前に、ガブリエルを出航させなくてはならなかった。

 

 司令部から出て行くフリードの姿を見送ってから、ジークラスはメリッサ、そしてダークナイトに向き直る。

 

「俺達は出て迎撃だ。何としてもガブリエルが出航するまでの時間を稼ぐぞ」

 

 ジークラスがそう告げると、メリッサは険しい表情で頷きを返す。彼女もまた、この状況が自分達にとっていかに危うい物であるか、よく認識しているのだ。

 

 しかしダークナイトはジークラスの言葉に答える事無く、無言のまま踵を返して司令部を出て行く。どうやら、その足で乗機のある格納庫へ向かうつもりであるらしい。

 

 その漆黒の後姿を、ジークラスは舌打ち交じりに見送る。

 

 相変わらず、いけ好かない男である。取っ付き悪く、新参者であるにもかかわらず不遜な態度で周囲を見下しているのが分かる。

 

 しかし、ダークナイトは盟主であるカーディナルのお気に入りであり、何より、その実力の高さは数々の戦場ですでに実証されている。

 

 好悪の感情に関わらず、今この場にあってダークナイトの存在が力強い援軍になりうるであろう事は間違いなかった。

 

「行くぞ、メリッサ。俺達も出て、敵を迎撃する」

「了解!!」

 

 そう言うとジークライスは、ダークナイトに対する悪感情は取りあえず脇に置いて、自らも出撃するべく司令部を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は図に当たった、と見ても良いだろう。

 

 エンドレス所有の輸送船が、暗礁宙域にある一角で相次いで姿を消している。

 

 その事実から、その座標近辺にエンドレスの拠点があると推察する事ができた。

 

 しかし、肝心の拠点その物の位置が暗礁宙域の奥とあっては如何ともしがたく、せっかく掴んだ情報も無駄になるかと思われた。

 

 しかし、かつて地球連合軍に所属していたラキヤは、その暗礁宙域に裏庭(バックヤード)と呼ばれる秘密基地が存在している事を知っていた。

 

 アルザッヘル基地の決戦に間に合わなかった共和連合軍にとっては、僅かな希望であるに過ぎない。しかし今は、そのわずかな希望に縋る以外に道は無いのである。

 

 直ちにフリューゲル・ヴィントは特別攻撃隊を編成し、バックヤード基地へ奇襲攻撃を掛ける作戦を組み上げた。

 

 特機を中心とした部隊が先行して前路を啓開、更にその後方からは戦艦大和を中心とした本隊が進撃、混乱の渦中にあるバックヤードに艦砲射撃を仕掛ける。それが、作戦の骨子だった。

 

 果たして、賭けは成功した。

 

 この事態を予期していなかったエンドレスは完全に虚を突かれ、浮足立ったまま、奇襲攻撃を仕掛けるフリューゲル・ヴィントに蹂躙される事となったのである。

 

 シン・アスカの駆るエルウィングは、蒼炎翼を羽ばたかせて敵機の真ん中へと飛び込むと、手にしたドウジギリ対艦刀を振り回し、次々とエンドレス機を撃墜していく。

 

 エンドレスと一口で言っても、その多くが地球軍からの脱走組であり、ファントムペインのように必ずしも強大な力を持っていると言う訳ではない。単に、自分の現状の待遇に不満があって、軍を裏切ったと言う者も少なくは無い。

 

 そのような状態である。少数とは言え、歴戦のパイロットを揃えてきたフリューゲル・ヴィントの敵ではなかった。

 

 シンが何機目かのグロリアスを大剣で斬り捨てた時だった。

 

 突如、基地の方から真っ直ぐこちらに向かってくる機影がある事に気が付いた。

 

 明らかにグロリアスとは違う機影。

 

「あれは、特機・・・・・ファントムペインの奴等か!?」

 

 相手がファントムペインなら、如何にフリューゲル・ヴィントでも、手に余る可能性がある。ここは隊長クラスが相手取る必要があるだろう。

 

 そう判断したシンは、エルウィングをターンさせる。

 

 一方、蒼炎翼を羽ばたかせて向かってくるエルウィングの様子は、ジークラスとメリッサからも確認する事ができた。

 

「《オーブの守護者》か、相手にとっては不足ないな。奴を倒せば、時間は充分に稼げるはずだ!!」

《了解、やるよ!!》

 

 言うと同時に、メリッサのハウリングはミラージュコロイドによる分身を多数展開し、一斉攻撃を仕掛けるべくビームライフルを構える。

 

 「オーブの守護者」の噂は、地球連合軍内部では恐怖の対象にもなっている。オーブ軍の象徴的存在でありながら、如何なる戦場にも駆けつけて味方を救う存在。あのウォルフですら、何度も交戦しているにも拘らず決着を付けるには至っていないと言う。

 

 ジークラスもメリッサも歴戦のパイロットである事は確かだが、エルウィング相手に油断するのは自殺行為だった。

 

 メリッサがミラージュコロイドの眩惑機能を起動すると、たちまちの内に、シンの視界には無数のハウリングの姿が浮かび上がった。

 

 しかし、

 

「そんな虚仮脅しでェ!!」

 

 右手にはビームライフル、左手には狙撃砲を構えて砲撃を行うエルウィング。その一斉砲撃は、無数の浮かびあったハウリングを次々と捕捉、撃墜していく。

 

 しかしエルウィングが放つ全ての攻撃は残像を貫くにとどまり、効果を上げる事が無い。

 

 代わりに、ハウリングの攻撃が一斉にエルウィングへ向かって伸びてくる。

 

 その攻撃に対して、シンもまたエルウィングの残像を引きながら回避、同時にドウジギリを抜き放って接近戦を仕掛ける態勢に入る。

 

 遠距離からの攻撃では埒が明かないと判断し、接近戦に切り替えようと言うのだ。

 

 しかしその時、

 

「俺も忘れんなよ、青羽!!」

 

 シンから見ると情報から急降下するような勢いで、ジークラスのグラヴィティが斬り込んでくる。

 

 ジークラスは間合いに入る直前でグラヴィティを人型に変形させ、両手両足のビームクローを展開、エルウィングへと斬り掛かる。

 

 グラヴィティに攻撃を、後退する事で回避するシン。そのまま左手でビームライフルを構えて反撃しようとする。

 

 しかし、エルウィングが1発撃つ間に、ハウリングは100発近い反撃を繰り出してくるため、堪ったものではない。勿論、その全てが幻影であるのだが、どれが本物か判別する事ができないシンは、全ての攻撃に対応せざるを得ないのだ。

 

 そうして、ようやく全ての攻撃をかわしきったところで、再びグラヴィティがクローを振り翳して斬り込んでくる。この繰り返しである。

 

 ザフト時代からの相棒同士であるジークラスとメリッサ。その連携攻撃を前にしては、さしものシンでも苦戦を免れずにいた。

 

 

 

 

 

 その頃、キラもまた、自身に向かってくる敵の存在がある事に気付き、クロスファイアをそちらへと向かわせようとしていた。

 

 引き絞った四肢が特徴の、漆黒の機体。ダークナイトのエクスプロージョンである。

 

「あの機体は・・・・・・」

 

 全身全て凶器と化したかのようなエクスプロージョンの姿は、一度見たら忘れられる物ではない。

 

 キラは直ちに迎え撃つ決意を固めると、ビームライフル、クスィフィアス・レールガン、フィフスドラグーン機動兵装ウィングを展開、24連装フルバーストを撃ち放つ。

 

 縦横に駆け巡る閃光。

 

 しかし、それらの攻撃を巧みに回避し、ダークナイトはクロスファイアとの距離を詰めてくる。

 

 両手首、両脛、両爪先のビームソードを駆使して、クロスファイアに斬り掛かるダークナイト。

 

 対してキラは、クロスファイアを後退させる事でダークナイトの攻撃を回避、同時に両手にはブリューナク対艦刀を持ちかえて、接近戦の構えを見せる。

 

《キラ・・・・・・ヒビキ・・・・・・》

 

 まただ。

 

 キラは機体を操りながら、いら立ちを込めて苦い表情を作る。

 

 耳障りに響いてくる、しわがれた声。

 

 まるで地獄の底から響いて来るかのような、生理的な不快感を呼び起こす声は、聴いているだけで怖気が立つようだ。

 

《お前は・・・・・・絶対に・・・・・・殺す・・・・・・》

「あなたは誰だ!?」

 

 キラはブリューナクを横なぎに振るって、接近しようとしてくるエクスプロージョンを牽制しながら試みに問いかけを放つ。

 

 自分は誰からも恨まれる覚えはない。

 

 などと、無知な事を言うつもりはない。

 

 幼少期にはゲリラ部隊に身を置き、ヘリオポリスでの戦闘に巻き込まれた後もモビルスーツを駆って幾多の戦場を駆け抜けてきたキラである。

 

 1人や2人どころの騒ぎではない。間違いなくダース単位で換算できるほどの人間に恨みを買っているであろう事は想像に難くない。

 

 しかし、ダークナイトはキラの質問に答える事無く、再び距離を詰めて斬り掛かってくる。

 

 舌打ちするキラ。

 

 対峙するこの男が何者であるかは知らない。しかし、今ここで彼の恨みを成就させてやる気は無かった。

 

 キラの中でSEEDが弾ける。

 

「エクシード・システム モードD、アクティベーション!!」

「システム、移行開始!!」

 

 キラがOSを操作すると同時に、後席のリースが承認してシステム移行を承認する。

 

 同時に変化は起こった。

 

 蒼かった装甲は漆黒に染まり、翼は赤へと変色する。接近戦優位型のエクシードシステム・Dモードに移行した証である。

 

 残像を引きながら飛翔するクロスファイア。同時にキラはブリューナク対艦刀をアンビテクストラスフォームに連結させて斬り込んで行く。

 

 自身に向かって突撃してくるクロスファイアを、ダークナイトは視覚センサー越しに見据える。

 

 次の瞬間、エクスプロージョンもヴィクティムシステムを起動、対抗するようにクロスファイアに斬り掛かる。

 

 接近、斬撃、離脱。

 

 それらの動作を、殆どの一瞬のうちに行う両者。

 

 機体を振り返らせるダークナイト。

 

 エクスプロージョンの手には、抜き放ったビームダーツが光を放つ。

 

 投擲される3本のナイフ。

 

 その軌跡を正確に見極め、キラは腰のレールガンを展開し、後退しつつ斉射。命中前にダーツを叩き落とす。

 

 キラは再びブリューナクの連結を解除し、双剣モードにして構える。

 

 そこへ斬り込んでくるエクスプロージョン。

 

 ダークナイトは手首、爪先、脛の6か所だけでなく、両翼、膝、更には手にビームサーベルまで抜いて構え、都合12本もの刃を掲げ、クロスファイアへ斬り掛かる。

 

 全身から刃を出力したエクスプロージョン。

 

 変幻自在と称して良いダークナイトの攻撃。

 

 それに対してキラは、残像を引きながら距離を置きつつ回避、同時にビームライフルとレールガンを展開すると、4門の砲を駆使してエクスプロージョンへ速射に近い砲撃を浴びせる。

 

 撃ち放たれる砲撃は、しかし高速で回避行動を取るエクスプロージョンを捉える事はない。

 

 ヴィクティムシステムによって感覚を強化したダークナイトにとって、クロスファイアの攻撃でさえ遅く感じる程だ。

 

「全弾、命中無し」

「やるね」

 

 リィスのオペレーションを聞きながら、キラは苦笑を浮かべる。

 

 機体の機動力ならば、クロスファイアの方が勝っている。しかし、手数は完全に向こうの方が上である。加えて、互いに接近戦重視型同士の対決。特性が似通っている為、千日手に近い状態が続いているのだ。

 

《貴様が・・・・・・・・・・・・》

 

 再び、ダークナイトの声がオープン回線でクロスファイアのコックピットへと流れ込んでくる。

 

《貴様さえ・・・・・・・・・・・・》

 

 言葉をしゃべっている間も、エクスプロージョンの攻撃は止まらない。

 

 距離を詰めると同時に、足のビームソードを駆使して斬り掛かってくるのを、キラは紅炎翼を羽ばたかせて距離を置きながら回避運動に努める。

 

《貴様さえ・・・・・・・・・・・・なら・・・・・・俺は・・・・・・》

 

 おどろおどろしさすら感じるかのような声。まるで、本当に地獄の底から這い上がってきているかのようだ。

 

 込み上げる怖気を振り払うようにして、キラはクロスファイアを操る。

 

 互いに刃を翳し、真っ向から斬り掛かるキラとダークナイト。

 

 一瞬速かったのは、ダークナイトである。

 

 エクスプロージョンの斬撃が、クロスファイアを斬り裂く。

 

 機体のシルエットが、斜めに斬り裂かれた。

 

 次の瞬間、ダークナイトが見ている前でクロスファイアの機影が掻き消えてしまう。

 

 ダークナイトが仕留めたと思ったクロスファイアは幻影、偽物だったのだ。

 

 その間にキラは、上方にて武装を展開、ビームライフルとクスィフィアス・レールガンによる一斉砲撃を仕掛けるも、着弾直前でエクスプロージョンが回避行動を取った為、命中する事は無かった。

 

《貴様がいたなら、俺はァァァァァァ!!》

 

 叫ぶダークナイト。

 

 同時に、凄まじい勢いで斬り掛かってくる。

 

 複数のビームソードが織りなす斬線が、複雑に絡み合い、クロスファイアに斬り込んでくる。

 

 対抗するように、キラも残像機能を発動して高速回避しつつ、2本のブリューナクを振り翳す。

 

《貴様が、あの時いればァ!!》

「ッ!?」

 

 ダークナイトのその叫びを聞いた瞬間、キラは一瞬、自分の中に浮かんだ違和感に息を呑んだ。

 

 今対峙している相手が、自分に対して何らかの恨みをぶつけて戦っているのはキラにも判る。

 

 それはキラが彼の大切な物を奪ったからだとばかり思っていた。

 

 しかし、違う。

 

 キラが彼から何かを奪ったのではなく、キラが彼の大切な物を守ってあげられなかった故に、恨みをぶつけられているのだとしたら?

 

「まさか、あなたは!?」

 

 「その可能性」に思い至り、キラは思わず声を上げた。

 

 次の瞬間、

 

 出し抜けに、バックヤードの方向で巨大な閃光が吹き上がった。

 

 

 

 

 

 キラがダークナイトと激突している頃、先行するようにしてバックヤード基地に接近する機体があった。

 

 白銀の翼を持つ機体、ラキヤのシロガネである。

 

 かつてはここを拠点に活動していた事もあるラキヤにとって、ここは勝手知ったる庭のような物である。

 

 群がってくるグロリアスを砲撃で排除しながら、1機だけ先行するようにして基地の奥へと進んで行くシロガネ。

 

 時折反撃してくる機体はあるが、攻撃は全てヤタノカガミ装甲とビームシールドで防ぎつつ排除していく。

 

 そして何機目かのグロリアスをビームサーベルで斬り捨てた時、目指す物がラキヤの目の前に広がっていた。

 

 恐らく出航待ちをしていたらしい、エンドレスの艦隊がひしめき合っている。中には明らかに物資を満載していると思しき船も中にはあった。

 

「やっぱり、ここだったんだ」

 

 ラキヤが今いる港は、基地内部でも死角になっている場所であり、外側から多少探査した程度では見分ける事ができないのだ。

 

 重要な物を隠すならここだろうと踏んでやって来たが、どうやらビンゴだったらしい。

 

 ラキヤは自身の直感が当たった事に対し、口元に笑みを浮かべる。

 

 これら全てを潰す事ができれば、エンドレスに与えるダメージは計り知れないものになるだろう。そうなれば、彼等の動きを少なくとも当面の間は正中する事ができるかもしれなかった。

 

 地球軍の艦艇もシロガネの存在に気付いているが、自分達の基地の中と言う事もあり、攻撃を躊躇っている様子である。

 

 その間にラキヤは、悠々と攻撃準備を整える。

 

 ビームライフル、ビームキャノン、レールガン、ヤタガラス複列位相砲を展開、7連装フルバーストを開放する。

 

 たちまち、直撃を受けた艦艇が弾け飛び、あるいは爆炎に押されて壁面に叩き付けられていく。

 

 ラキヤは更に連続して砲撃を仕掛け、居並ぶ艦艇を容赦なく破壊、撃沈していく。

 

 無抵抗の者を撃つのは気が引ける。などと言う温い事を言っている暇はない。潰せる物は潰せる内に潰してしまわないと、いずれ自分達へと禍根となって戻って来る事になる。

 

 故にラキヤはシロガネを駆り、一切の容赦なく砲撃を浴びせて撃沈していく。

 

 それに対して、エンドレス側からの反撃は無い。港の中が炎に包まれるまで、ものの一分も掛からなかった。

 

「これで終わりか・・・・・・・・・・・」

 

 そう思って呟いた時だった。

 

 1隻だけ、港から離脱しようとしている艦がある事に気付いた。

 

 この状況で、味方の救援や反撃よりも、離脱を優先している船。見様によっては安全を図る為に港からの脱出を図っているようにも見える。

 

 しかし、同時にそれは「何か重要な物を搭載しているからこそ離脱しようとしている」とも判断ができた。

 

「・・・・・・そうか、お前が!!」

 

 瞬時に判断したラキヤは、シロガネを駆ってその艦を追撃する態勢に入る。

 

 直感的に、あの艦が「メギド」を搭載した艦だと判断したのだ。

 

 あの艦を潰す事ができれば、オラクルへのメギド供給を止められる。そうなると、上手くすれば、これ以上の地球への核攻撃を止める事もできるかもしれないのだ。

 

「お前を、逃がす訳にはいかない!!」

 

 一方、ラキヤの目の前で逃走しようとしている艦、ガブリエルの艦橋では、艦長のフリードが、自艦に向かって飛翔してくる白銀の機体の存在に気付いていた。

 

 砲火を閃かせながら、向かってくるシロガネを、フリードは冷静な眼差しで見据える。

 

 周囲の幕僚達は皆、反撃を開始するように慌てて指示を飛ばしている。

 

 しかし、

 

「これまで、か・・・・・・・・・・・・」

 

 諦念したように、瞳を閉じるフリード。

 

 向こうはモビルスーツ。対してこっちは戦艦。逃げられるはずもない。ならばせめて、最後は潔くしたかった。

 

 そこへ飛び込んできたシロガネが、全武装を開放してフルバースト射撃をガブリエルに叩き付けてくる。

 

 衝撃と炎が全館を覆い尽くす中、フリードは迫ってきた閃光にその身を委ねた。

 

 

 

 

 

 突如、基地全体が凄まじい閃光を沸き起こり、次いで飲み込まれていく光景が見て取れる。

 

 吹き上げた炎があらゆる区画を満たし、衝撃が周囲にまき散らされる。

 

 基地だけではない。周囲に点火していたエンドレスの部隊をも巻き込み、破壊は広がっていく。

 

 まるで、大威力のある爆弾を複数、同時に爆発させたような光景である。

 

《こちらラキヤ!!》

 

 爆炎から逃れるようにして、基地から離脱してくるシロガネの姿が一同の目にも確認される。

 

《メギド搭載と思しき艦を撃沈。任務完了、これより離脱する!!》

 

 どうやら、基地の配置を知っていたラキヤが先行して、目標の破壊に成功したらしい。

 

 バックヤード基地は壊滅。これで、エンドレスの補給システムの一部を破壊できたことになる。

 

《よし、今の内に離脱するぞ!!》

 

 オオデンタ対艦刀でグロリアスを斬り捨てながら、アスランが叫ぶ。

 

 基地壊滅と言う目的を達した以上、もはやここに留まって戦い続ける事に意味は無い。敵の増援が来ないうちに、一刻も早く撤退するべきだった。

 

 アスランの指示を受け、フリューゲル・ヴィントの各部隊は、砲撃を行いつつ爆炎を上げる基地から徐々に離れていく。

 

 グラヴィティ、ハウリングと対峙していたシンもまた、残像で攪乱しつつ離脱を図っている。

 

 そんな中で、キラのクロスファイアだけは、未だにエクスプロージョンと対峙していた。

 

 キラとダークナイト。

 

 クロスファイアとエクスプロージョン。

 

 奇しくも、機体は黒と黒。

 

 両者は無言の内に、互いに睨みあう。

 

 ややあって、キラが口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、あなたは」

 

 確証がある訳ではない。

 

 だが、今やキラの中では否定できる要素も見付ける事ができなかった。

 

「クライアス・アーヴィング・・・・・・・・・・・・」

 

 震えるような声は、かつて翼を連ねて共に戦った騎士の名を呼ぶ。

 

 クライアス・アーヴィング。

 

 かつて存在した、スカンジナビア王国において、最強の騎士と呼ばれた青年。

 

 常に誇り高く、自らの全てに自身に満ち溢れた騎士は、しかし、あの悲惨を極めたオスロ攻防戦において戦死したはずだった。

 

 だが、もし目の前にいる男がクライアスであるなら、あの時、あの場にいなかったキラを恨んでいたとしても不思議ではない。たとえそれが逆恨みであったとしても。

 

《貴様のせいで・・・・・・俺は、全てを失った・・・・・・それは、事実だ・・・・・・》

 

 再び、くぐもった声がスピーカーから響いてくる。

 

《だから・・・・・・今度は・・・・・・俺が、お前から、奪ってやる!! 何もかも!!》

 

 言い放つと同時に、再びビームソードを展開して構えるダークナイト。

 

 それに対抗するように、キラもまたブリューナクを構え直す。

 

 両者が、正に攻撃を開始しようとした、正にその時。

 

 出し抜けに起こった強烈な砲撃が、宙域全体を薙ぎ払うかのように吹き抜けていく。

 

 とっさに、お互い後退するクロスファイアとエクスプロージョン。

 

 いったい何が起こったのか?

 

 状況を確認しようと、キラがセンサーを巡らした時だった。

 

「急速接近する機影1、でも、これって!?」

 

 驚愕の声を上げるリィス。

 

「リィス、どうしたの?」

「敵機は1・・・・・・でも、反応、極めて大・・・・・・」

 

 尋ねるキラに対して、呆然と、呟くように報告するリィス。

 

 その時、デブリを縫うようにして巨大な機影が姿を現した。

 

 デストロイを思わせる巨体と、そこから突き出した多数の武装が、凶悪な印象を与えるフォルムを形成している。

 

 WSEF-X01「カタストロフ」

 

 先日、ただ1機でアルザッヘル基地の防衛線を砕いた最強最悪の機体が、初めて共和連合軍の前へと姿を現したのである。

 

「目標確認、これより攻撃を開始します」

 

 静かに言い放つと同時に、ドラグーンコンテナを一斉に開放するレニ。

 

 4基のコンテナが蓋を開くと、内部から一斉に40基のドラグーンが迸り、退避に掛かろうとしているフリューゲル・ヴィントに容赦なく襲いかかっていった。

 

 

 

 

 

PHASE-11「反撃の一手」      終わり

 


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