機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
全長2000メートル、全幅3500メートル。
見る者が見れば、深淵の宇宙を泳ぐエイのようにも見える。
一説によれば、ハネクジラをイメージして設計されたとする説もあるが、詳細は定かではない。
元地球連合軍所属、特殊要塞艦オラクルは、今や武装組織エンドレスに移動本拠地と役割を変え、漆黒の宇宙空間を悠然と航行していた。
カーディナルはオラクルの艦内を1人歩きながら、ある場所へと向かっていた。
エンドレスの決起宣言から数日、既に地球連合軍の各部隊から参集した者達が、このオラクルに続々と集まり出している。
この日の為にカーディナルは行った根回しは完璧に近く、北米大陸への核攻撃と、それに伴う地球連合内部の混乱に乗じて、ほぼ全部隊がオラクルに集結している。更に、集まった大軍勢を運用するに足るだけの物資の集積も予め終えていた。
一旦オラクルに入ってしまえば、後はこっちの物である。ミラージュコロイドを使用できる、この要塞艦を捕捉する事は不可能に近い。
現在、オラクルに収容している艦載機は約500機。残るは月面、アルザッヘル基地襲撃へと向かっている。
今回、唯一カーディナルでも事前にどうにもならなかった事がメギドの存在である。こればかりは、アルザッヘル基地に厳重に保管されていた為、カーディナルとしても事前に確保する事ができなかったのだ。
その為、カーディナルは決起すると同時にジークラスを司令官に据えて、アルザッヘル攻略部隊を月へと向かわせた。
これは同時に、エンドレスが宇宙で活動しやすい環境を作る布石でもある。
アルザッヘルは地球連合軍宇宙艦隊の司令部があり、当然、駐留している兵力も大きい。北米大陸に続いて月の戦力を壊滅させる事ができれば、以後、地球連合軍はエンドレスにとって脅威とは言えなくなる。そうなると、残る敵である共和連合に専念する事ができるわけである。
とは言え、そううまく運ぶ事はないだろう。
地球連合軍もエンドレスがメギドを補充する為に動く事は予想している筈だ。当然、アルザッヘル基地には相応の防衛ラインが構築されていると考えるべきである。いかにジークラスと言えど、これを突破するのは容易な話ではない。
故に、カーディナルはその事を見越して次の手を打つつもりだった。
ある部屋の前まで来ると、カーディナルは迷う事無く中へと足を踏み入れた。
薄暗い室内には、無数の機械が並び、その中央にはガラスケースが安置されている。
そして、そのガラスケースの中に満たされた水に浮かび、裸身の少女が静かに目を閉じていた。
レニである。
彼女は今、次の戦闘に合わせて調整を行っている最中だった。
レニ・ス・アクシアと言う少女は、本来ならひどく不安定な存在である。技術が確立されていないクローン体として生まれ、身体強化と言う名目はあったもののエクステンデットとしての改造を施され、今日まで生かされてきたのだ。
極めつけは「ヴィクティムシステム」である。
ヴィクティムシステムは、本来なら発揮不可能な身体能力を、システムが外部から強制的に引き出すシステムだ。それによってパイロットは、人知を超えた戦闘力を発揮する事が可能となる訳である。
しかし当然の事ながら、そのような強引な底上げシステムが、パイロットに負担を掛けない筈が無い。ヴィクティムシステムを使うたびに、レニの体は徐々にダメージを蓄積して行っているのだ。
本来ならカーディナルとて、いたいけな少女をそのような危険な目に合わせるのは本意ではない。それでも、その危険なシステムに頼らないといけないのが現状だった。
「レニ・・・・・・」
外部から静かに声を掛けるカーディナル。
すると、水の中に浮かぶレニが、うっすらと目を開けてカーディナルを見た。
見つめ合う2人。そこには、他人には決して測れないような信頼関係が見て取れる。
「君の助けが必要だ。やってくれるね?」
尋ねるカーディナル。
それに対してレニは、一瞬も迷う事無く、首を縦に振った。
今まで使っていたサイクロンとは、随分と毛色の違う機体である。
パイロットスーツに着替え、コックピットに乗り込みながらレニはそのような感想を抱いた。
これまでに似たようなコンセプトの機体が無かった訳ではないが、それでも異色であるのは確かである。
だが、しかし。
レニの脳裏には、先日のオーブ戦での事が思い出される。
あの死の天使。
倒したと思っていたあいつが、再び現れて、またもレニに屈辱を味あわせて行った。
何度も、何度も、何度も倒したと思ったのに。
圧倒的な戦闘力で、レニですら子ども扱いにした、あの死の天使。
あいつを倒すなら、これくらいの機体を用意しないとダメなのは、レニにも判る。
ならば、四の五の言う前に乗りこなして見せる。その結果、自らの全てが、機体に食い潰されたとしても後悔は無かった。
機体が宇宙空間に放出される。
この機体は、そうしないと発進できないのだ。
「レニ・ス・アクシア、カタストロフ出ます」
低い声で放たれるコール。
同時に、レニを乗せた機体は漆黒の宇宙空間を高速で飛び去って行った。
2
後の世に「カーディナルの乱」と呼ばれる事になる欧州戦役の後半戦は、多くの部分が謎に包まれ、終戦から200年経った後にも、ほんの一部の情報しか開示されていない状態である。
カーディナルと呼ばれる謎の人物によって先導された、元地球連合軍第81独立機動群ファントムペイン、および地球軍内部において多数に上ったとみられるカーディナルシンパの者達は、自らを「終わりなき世界を作りだす者」エンドレスと称し、新たなる秩序を構築すると表明した。
彼等が何を思い、そのような声明を発表したのか、今日に至るまで解明されていない。
ただ、彼等がCEと言う時代を生き、彼等の信念に従って戦ったと言う事は紛れもない事実である。それは同時に、エンドレスが今この時代に存在した確たる証拠でもあった。
アルザッヘル。
ユニウス戦役時から地球連合軍が宇宙における最大の拠点としている基地であり、宇宙における最大の軍事施設でもある。
ユニウス戦役後期にはザフト軍の攻撃によって壊滅した同基地だが、地球軍は戦後になってこのアルザッヘルを再建し、再び基地として使用している。
地球連合軍最大の軍事基地。
そのアルザッヘルに今、エンドレスの部隊が大挙して押し寄せていた。
狙いは、同基地の地下施設に格納してある、戦略核弾頭「メギド」のストック確保にある。
核爆弾として必要充分な威力と、ミラージュコロイド、Nジャマーキャンセラーを揃えたメギドは、1発当たりのコストが非常に高価であり、いかにエンドレスと言えど簡単に量産できるような代物ではない。ましてか、追撃部隊を差し向けて来るであろう共和連合や地球連合に対応する為に、モビルスーツ等の通常兵器の量産を行わなくてはならないのが現状である。無駄な資源を使っている余裕は無かった。
ならば話は簡単。作るのが難しいなら、完成品を奪ってしまえばいい。
と言う訳で、エンドレスはメギドの完成品を保有しているアルザッヘル基地へ攻撃を仕掛けて来た訳である。
基地上空では多数のモビルスーツが乱舞し、そこかしこで爆発が織りなす光の花が咲き乱れる。
北米大陸へ核攻撃を受けた意向、地球連合軍の狼狽ぶりは目を覆いたくなるほどである。中央からは指示が全く届かず、末端の部隊はどのように動けばいいのかすら判らない有様だ。
そのような状況下であるが、地球連合軍、特に直接的な被害を蒙っていない宇宙軍は、エンドレスが近い将来、メギドを獲得する為に動くと予測して待ち構えていたのだ。
そこへ、ファントムペインの精鋭を中心としたエンドレスの大部隊が襲いかかったのである。
たちまち、両軍の間で激しい砲火の応酬が交わされる事となった。
「第3機動群、出撃します!!」
「第53機甲大隊、西部方面でエンドレスの部隊と交戦中!!」
「敵艦隊、基地上空からの艦砲射撃を継続中!!」
「第8機動部隊が迎撃に向かいます!!」
アルザッヘル基地の司令本部では、刻々と移りゆく戦況が、オペレーターによって伝えられてくる。
奇襲攻撃によって立ち上がりを制された地球連合軍だが、物量ではエンドレスに勝っている。体制を整えて正面からぶつかれば、決して負ける筈が無かった。
「良いぞ、その調子だ。そのままどうにか、敵の進行を押さえるんだ!!」
戦況を映したモニターを見ながら、基地司令官が祈るような気持ちで呟きを漏らす。
当初は勢いに押されて不利な状況にあった地球連合軍だが、時間を追うごとに体勢を立て直し、今や完全にエンドレスに対して優位に立っている。
このまま行けば、自分達の勝利は間違いないだろう。
それに、地球連合軍には切り札もあるのだ。
「ジェノサイドの発進、どうなっているか!?」
「ハッ 間もなく、発進可能との事です!!」
オペレーターからの返事を聞き、司令官はほくそ笑む。
アルザッヘル基地には、これあるを見越して8機のジェノサイドが配備し、出撃の時を待っている。ジェノサイドの火力をもってすれば、エンドレス如き、一息の内に粉砕できるだろう。あるいは完全勝利すら夢ではないかもしれない。
「もうすぐだ。待っていろ、貴様等の作った兵器の威力、貴様等自身の命で存分に味わうが良い」
愉悦を浮かべた表情で、司令官は呟きを漏らす。
ファントムペインを含むエンドレスの部隊は確かに脅威だが、しかし所詮、数では地球連合軍の方が勝っている。多少暴れさせたところで、最終的な勝利が地球軍の物になるのは疑いようのない事だった。
エンドレスの前線部隊を率いるジークラス・フェストは、愛機であるグラヴィティを駆って戦い続けている。
しかし、歴戦の指揮官であるジークラスを持ってしても、アルザッヘル基地の防衛ラインを抜くには至っていなかった。
「流石の物量差、と言うべきだな。そう簡単にはいかんか」
近付いてきたグロリアスをビームクローで斬り捨てながら、ジークラスは苦笑交じりに斬り捨てる。
今回のアルザッヘル攻めに対して、エンドレスは全戦力を投入しているわけではない。結成したてで、戦力の再編成中である為、全軍の3分の1以下である250機が投入されたのみであるのに対して、アルザッヘル基地からは800機近い機動兵器が迎撃の為に出撃している。
物量差は圧倒的であり、いかにファントムペインの精鋭達が一騎当千の実力を発揮したとしても、戦力差を補い得る数ではないのは明白である。
《ジーク》
メリッサのハウリングが、グラヴィティに並ぶ形でフェンリル複合防盾に内蔵されたビームライフルを放っている。
ファントムペインからはジークラスとメリッサの他に、ダークナイトとトライ・トリッカーズがこの戦いに参加している。ウォルフとロベルトはオラクル防衛の為に出撃を見合わせている。
戦力的には万全とは言い難い状況である。本来ならもっと戦力を集め、全軍を持って攻めかかるべきところであるの。
しかしそれでも尚、今は組織を盤石とする為に攻めなければならない時だった。
「メリッサ、間も無く増援が来る。それまで何としても保たせるぞ。俺は右翼へ回るから、お前は左翼を頼む」
《了解》
ジークラスの指示に頷きを返すと、メリッサのハウリングが離れていくのが見える。
とにかく、もう間もなくしたら増援部隊が来る予定なのだ。それまでは何としても持ち堪える事ができれば、勝機は十分にあった。
「全軍、ここが正念場だぞ!!」
ジークラスの声が通信波に乗って、エンドレス全軍に響き渡る。
その声に煽られたかのように、勢いに乗ってアルザッヘル基地へと迫るエンドレスの部隊。
だがその時、基地の内部にある大型のハッチが開き、その中から巨大な影がリフトアップしてくるのが見えた。
その光景に、ジークラスは思わず目を見張った。
「ジェノサイド、だとぉ!?」
ギリッと、歯を噛み鳴らす。
あの巨大兵器の恐ろしさは、誰よりも自分達が良く判っている。ジェノサイドを用いてスカンジナビアを、そして西ユーラシアを蹂躙してきたのは、他ならぬ自分達なのだから。
オーブ戦の時には、途中から参戦したクロスファイアの猛攻の前に、20機のジェノサイドが短時間の内に撃墜、壊滅すると言う事態はあったが、それでも尚、あの機体の火力が驚異的である事は言うまでもない事である。
数は8機。
その高火力が、一斉に解き放たれる。
たちまちの内に、エンドレスの部隊はジェノサイドが放つ火力に絡め取られ、爆炎を上げて虚空に散っていく。
悲鳴を上げる間も無く、次々と破壊の砲火に包まれていくエンドレス兵達。
まさにスカンジナビアや西ユーラシアで、共和連合軍に襲い掛かった悲劇が形を変えて再現されたような物である。
その様子は、1機だけ離れた場所で見守っていたダークナイトの目にも、見る事ができた。
「・・・・・・・・・・・・」
無言のまま、ダークナイトは破壊をまき散らすジェノサイド部隊を見据える。
彼の耳には、味方兵士が上げる断末魔の悲鳴など、一切入って来ない。
ただ、視覚センサーの奥にある瞳は、己が倒すべき敵を見据えているのみ。
次の瞬間、エクスプロージョンを駆って、ダークナイトは前へと出た。
両翼、両腕、両脛、両爪先にビームソードを展開、寄ってきた地球軍のグロリアス3機を瞬く間に解体する如く斬り捨てる。
更に、隊長機と思しきグロリアスには、膝のビームソードをニーキックの要領で突き刺し、コックピットを焼き潰す。
その間、僅かに20秒足らず。
更にダークナイトは、両腰からビームダーツを抜き放って投擲、距離を置こうとしているグロリアスに正確に命中させて撃墜する。
自分の目の前に立つ者は、何人たりとも逃がしはしない。そう意思表示しているかのような、苛烈で容赦のない攻撃である。
周辺の敵機を一掃したダークナイトは、そのまま眼下で破壊をまき散らしているジェノサイドを見据える。
エンドレス部隊が必死に攻撃を仕掛けているが、やはりジェノサイドの性能は驚異的である。展開した陽電子リフレクターを前に、全ての攻撃は悉く弾かれ、逆に強烈な砲撃を喰らって撃墜する機体が続出している。
背後からまわり込もうとする部隊には、イービルアイ自動対空砲塔システムが無数の閃光を噴き上げて、光の中へと絡みとっていく。
味方であった時はあれほど頼もしかった攻撃力が、今や完全なる脅威となってエンドレスの前に立ちはだかっていた。
そのジェノサイド部隊を見据え、ダークナイトは一気にエクスプロージョンを急降下させた。
ジェノサイドのオペレーターが、自身に向かってくるエクスプロージョンの存在に気付き、砲撃を集中させてくる。
しかしダークナイトは、全ての攻撃を紙一重で見切り、一気に懐へと飛び込む。
一閃するビームソード。
その一撃は、ジェノサイドのコックピットの場所を正確に見極め、そして刺し貫いた。
内部にいた4人の操縦者達は、自分達に何が起こったのかすら認識できなかった事だろう。
剣を引き抜きながら、後退するダークナイト。
次いで、思い出したように大爆発を起こして横転するジェノサイド。
ジェノサイド1機撃墜の報告に、沸き立つエンドレス部隊。
しかし、まだ安心はできない。ジェノサイドはまだ7機残っており、未だにエンドレス部隊に対して砲撃を繰り返しているのだから。
そこへ、フォーメーションを組んで接近していく3つの機影がある。
「ダークナイトなんかに負けるんじゃない。あたし等もやるよ、ブリジット、シノブ!!」
《オッケーよ!!》
《了解した!!》
ルーミアの指示に、ブリジットとシノブは唱和しながら機体の速度を上げる。
イントルーダー、インヴィジブル、イラストリアスによって編成されたトライ・トリッカーズは、オーブの戦いでクロスファイアに撃破されたものの、その後修復が完了し、更に新装備を持って戦線に復帰していた。
今までは3人それぞれの特性に合わせ、エール、ランチャー、ソードの装備をそれぞれ装備していたが、修復に当たっては武装の統一を行っている。
トライアングルストライカーと呼ばれる装備は、上記3装備の武装を統一した、いわばIWSPやノワールストライカーの後継に当たる装備である。
高機動を発揮して接近したインヴィジブルがジェノサイドの照準を翻弄している隙に、イントルーダーは強烈な砲撃を浴びせてジェノサイドの武装を破壊、そこへ、トドメとばかりに対艦刀を振り翳したイラストリアスが斬り掛かる。
武装を全て潰された上に、表面装甲を真っ向から斬り裂かれるジェノサイド。
「今だよ!!」
ルーミアの指示の元、トライ・トリッカーズはフォーメーションを組んでビームライフルを構え、表面装甲を斬り裂かれて青息吐息状態のジェノサイドに砲撃を浴びせる。
トライ・トリッカーズの攻撃によって、ほとんど身動きすら取れなくなっているジェノサイドには、もはや成す術は無かった。
砲撃を浴びて炎上、そのまま巨体は崩壊していく。
喝采を上げるエンドレス。
しかし、その昂揚感も長くは続かない。数は未だに地球連合軍が圧倒しているし、ジェノサイドも6機が健在である。
いかに奮戦したとしても、この不利はそう簡単には覆せないのか?
そう思った時だった。
基地上空から急降下するように、戦場に向けて何かが急速に迫ってくるのを、展開している両軍各機のセンサーが捉えた。
しかし、センサーを見た誰もが、唖然として口を開けてしまう。中には砲火を撃ちあっている相手同士、思わずお互い攻撃の手をやめてしまった者達までいるくらいだ。
彼等を唖然とさせた物、それは接近してくる機体のサイズである。
かなりの巨体である。戦艦サイズと言う訳ではないが、その大きさはジェノサイドと比べても、勝るとも劣らない物があった。
言わば、宇宙用のデストロイ級機動兵器、とでも言うべきだろうか?
前後にやや長いシルエットをしたその機体は、背部には戦艦クラスの大型スラスター4基を備え、側面の上下左右には張り出すようにしてコンテナのような物が設置されている。
センサー系が集中していると思われる頭部の横には、アウフプラール・ドライツェーンと思われる砲門が前方に向かって突き出し、さらにその下にはジェノサイド同様の腕が伸びているのが見える。
WSEF-X01「カタストロフ」
Widearea Strategy Extermination Fortress(戦略広域殲滅要塞)の名前が付けられた、地球連合軍の手によって開発された新型モビルアーマーである
凶悪なまでの巨体とフォルムを持つ機体。
それ故に、嫌でも注意を引く事になる。
残存する6機のジェノサイドが、そして生き残っていた地球連合軍が、それぞれ我に返り、急速接近してくるカタストロフに一斉に攻撃を集中させる。
しかし、その攻撃がカタストロフに到達するかと思われた瞬間、その全てが不可視の障壁に阻まれて霧散してしまった。
デストロイ以来となる陽電子リフレクターによる防御は、このカタストロフでも健在である。
ジェノサイドを含む多数の機体から攻撃を浴びせられたにもかかわらず、その全ての攻撃を陽電子リフレクターで弾き返しながら、カタストロフは小揺るぎすらせずに進撃を続けている。
そして、その巨体が基地上空まで進撃した瞬間、今度はカタストロフの方から仕掛ける。
機体周囲に張り出した4基のコンテナが一斉に射出される。
そのコンテナの蓋が、一斉に開いたかと思うと、そこから小型のユニットが次々と射出され、方向を変えてアルザッヘル基地へと向かっていく。
ドラグーンである。ただし、その数は半端な量ではない。
コンテナ1基に付き10基。つまり、合計で40基ものドラグーンが一斉に戦場へと向かう計算になる。
次々と飛翔して行き、目標を捉える形で攻撃位置に着くドラグーン。
そこから解き放たれる一斉攻撃。
次の瞬間現出された光景は、正に広範囲に張り巡らされた「光の投網」とでも言うべき光景だった。
カタストロフが射出したドラグーンは全て、1基に付き9門の砲を備えている。
つまり、全て発射すれば合計で360門。
解き放たれる360連装フルバースト。
それは最早、1機の機動兵器が搭載できる火力を超越し、1個艦隊にすら匹敵する火力である。
抵抗、と言う言葉を吐く事すら無意味とも思える圧倒的な光景である。
物量差も、ジェノサイドの高火力も、最早一切関係が無い。
そこにあるのは、ただ等しく降り注ぐ破滅に過ぎなかった。
アルザッヘル上空に展開していた地球軍部隊は、ドラグーンの一斉攻撃を前に、成す術も無く貫かれ、爆炎の花を咲かせていく。
後方に待機していた艦艇も、攻撃を喰らって火球へと転じる。
ジェノサイドですら例外ではない。
いかに陽電子リフレクターで防御しようとしても、ドラグーンはシールドの隙間を縫うようにして攻撃を仕掛けてくるのだから堪ったものではない。
モビルスーツよりも小型で小回りが利くドラグーンが相手では、ジェノサイドの機動性も用を成さない。
生き残っていた6機のジェノサイドは、たちまちの内に四方八方から浴びせられた砲撃を食らい、爆炎に包まれて擱座していく。
更にカタストロフの攻撃は、そこで留まらない。
基地上空に占位すると、アウフプラール・ドライツェーン、ツォーンmk-Ⅲ、スーパースキュラ三連装複列位相砲、シュツルムファウスト、更に後部の全ミサイルランチャーを開放、加えて40基のドラグーンを一斉展開すると、アルザッヘル基地へと一斉攻撃を仕掛ける。
ただ1機。
たった1機だけによる攻撃。
しかし、ただ1機だけで、その火力は1個艦隊をも凌駕する。
先の攻撃によって、既に防衛部隊を壊滅させられていたアルザッヘル基地には、成す術が無い。
一斉に放たれた強烈な攻撃を前にして、基地はあっという間に炎上、爆発していく。
その攻撃は、司令本部にまでおよび、内部にいた司令官や幕僚達も一瞬のうちに焼き尽くされてしまった。
炎が吹き上げ、全てを呑み込んで行く。
抵抗する事には、何の意味も無かった。
あらゆる物をふみ潰し、あらゆる物を食らいつくし、そして粉砕していくその光景を前に、誰もが戦意を喪失した事は言うまでもない事だった。
やがて、カタストロフが全ての火力を停止した時、アルザッヘル基地はそこかしこから爆炎を噴き上げ、完全に沈黙していた。
「攻撃完了、目標の沈黙を確認」
淡々とした声で、報告が成される。
そのコックピットで、レニ・ス・アクシアは冷静に状況を見据えていた。
3
地球連合軍アルザッヘル基地陥落。
その報告は、直ちに共和連合軍側にももたらされる事となった。
共和連合も、エンドレスの活動開始に合わせて、宇宙に兵力を展開し始めた、正にその矢先の出来事であった為、出鼻をくじかれた感があった。
「しくじったね。もう少し早く行動するべきだったか」
戦艦大和の艦長席に座したまま、ユウキは舌打ちを漏らした。
大和は現在、マスドライバー・カグヤを用いて宇宙へ進出し、後続して上がってくる本隊の先遣隊として、エンドレス探索に当たっている最中だった。
その格納庫には、フリューゲル・ヴィントに所属する各機体が格納され、出番を待っている状態である。
ユウキの考えとしては、エンドレスが確実にやって来るであろうアルザッヘルの周辺、たとえばコペルニクス等の中立都市に身を隠し、エンドレスが襲来するのを見計らって、その後背を突こうと考えていたのである。
しかしその作戦も、エンドレスが予想を上回る速度で進撃した為、発動する前にとん挫してしまった。
「さて・・・・・・どうしようか?」
背もたれに身を預けながら、ユウキは自身の頭脳をフル回転させて次の一手を模索していく。
彼の周囲には、アスラン、キラ、シン、ラキヤと言ったフリューゲル・ヴィントの各中隊長、そしてキラの傍らには、彼の「娘」となったリィスが寄り添うように佇んでいるのが見える。
「何か、彼等に関する他の情報は無いのか?」
尋ねるアスランの声を聞きながら、ユウキは自分の中にある情報を逐一検索していく。
決定的な物でなくても良い。何か、エンドレスに繋がるような情報が僅かでもあれば、それを辿れば彼等の元へ辿りつけるかもしれなかった。
「・・・・・・・・・・・・確証がある訳じゃないんだけど、こんな情報が入っている」
ユウキは皆に、今ある情報の中で自分自身が可能性が僅かなるとも「ある」と踏んでいる物を語ってみた。
それによると、北米への核攻撃以降、一部の輸送船がエンドレスによって接収されて運用されていると言う。
それくらいならば、誰もが予想した物である。エンドレスと言えど霞を食んで生きるわけでもないのだから、運用にはそれなりの物資が必要となる。そして、その物資を運ぶために輸送船を用いるのは当然の事だった。
だが、共和連合軍の一部の部隊が、偵察を兼ねてその輸送船を追跡したのだが、暗礁宙域のある場所まで辿りついた時点で見失ってしまったと言う。
1回か2回くらいなら、せいぜい偶然で片付けられただろうが、既に複数回、同じ場所で輸送船を見失っている事から、その周辺にエンドレスの補給基地があるのでは、とうわさされ、何度か偵察部隊を送り込んではいるのだが、未だに基地の発見には至っていなかった。
「その座標が、ここ」
ユウキが手元のコンソールを操作すると、メインモニターに宙域図が映し出され、その一点に明滅する点があるのが分かった。
恐らくそこが、輸送船が「消える」ポイントなのだろう。
しかし、単純に暗礁宙域と言っても広大である。大和1隻とフリューゲル・ヴィントだけで全域を捜索するのはかなり効率の悪い話である。
ここは、本隊に応援を頼んだ方が得策かと思われた。
と、
「あれ、ここは・・・・・・」
ラキヤが訝るように首をかしげながら声を上げた。
その瞳は、険しく細められながら宙域図をくまなく眺めている。
「ラキヤ、何か知ってるの?」
「・・・・・・うん、もしかしたら」
尋ねるキラに応えながら、ラキヤが顔を上げた。
「僕は、この場所を知っているかもしれない」
ある種の確信を込めて、ラキヤは頷きを返した。
PHASE-10「怒涛の如く」 終わり