機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-09「行き付く運命の、その先へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上を進む連絡艇に乗って程なくすると、その姿は島影からゆっくりと見えてきた。

 

 小山のような規模は、見る者が見れば、島の陰からまた別の島が現れたと思うかもしれない。

 

 甲板上から突き出した大砲の数々が、凶悪であると同時に、戦う船の優美さをストレートに表している。

 

 兵器としての暴力的な面と、機能美としての美しさが融合する形で同居した二律背反とも言うべき姿がある。

 

 竣工から6年が経ち、後継となる艦が続々と世に送り出されている現状にあっても、女帝の如き威厳を醸し出して、その艦は海上に佇んでいる。

 

 オーブ宇宙軍所属、大和型宇宙戦艦1番艦「大和」

 

 オーブ軍がかつて計画した「八八艦隊計画」の一環として建造された宇宙戦艦であり、開発コードは壱號艦。絶大な火力と強靭な防御力でもって、新世代の兵器であるモビルスーツに対抗する事を目的とした宇宙戦艦である。

 

 その後、時代は高速機動兵器中心の世代に完全に移行した為、時代にそぐわない八八艦隊計画は半ばで中止され、その後継となるべく進められていた宇宙艦隊建造計画も軒並み見直される事になった。

 

 しかし、時代遅れであろうと何だろうと、大和が今もって個艦の戦闘能力としては世界最強である事に変わりは無く、またその威厳も、建造当時からいささかも薄れず、海上に悠然とした姿を浮かべている。

 

「お前も、つくづく僕と縁があるね」

 

 徐々に大きくなり、自分ののし被さろうとしているかのような大和の姿を見詰め、ユウキは回顧の念を交えて笑みを浮かべる。

 

 ユウキにとって戦艦大和は、古い友人のような物である。

 

 今は亡きジュウロウ・トウゴウ名誉元帥が艦長を務めていたヤキン・ドゥーエ戦役の頃、ユウキは副長として大和に乗り組んでいた。更に、トウゴウが宇宙軍創設準備を行う為に艦長の職を離れた後、彼の後任として艦長も務めている。

 

 故にユウキにとって大和に再び乗ると言う事は、懐かしい我が家に戻るような物だった。

 

 舷側のタラップを上り、居並ぶ幕僚達に答礼を返しながら、ユウキは勝手知ったる艦内へと足を踏み入れる。本来なら、すぐにメインブリッジへ行くところなのだが、今日は事情が違う。先に行くところがあった。

 

 ユウキは頼まれていた用事を解決してから来た為に遅れたが、時間的には既に、予定されている作戦会議が始まっている時間である。

 

 既に状況はオーブにとって、と言うよりも世界にとって予断が許されないレベルになりつつある。その為、形式的な事は一切省略して、最短の道を最速で行く必要があった。

 

 メインブリッジ直下の第1会議室に入ると、居並ぶ面々がユウキに視線を向けてきた。

 

「来たか、待っていたぞ」

 

 そう言ってユウキに手を振っているのはカガリである。本来なら外務大臣であるカガリが軍の会議に出席する事はあり得ないのだが、彼女は先日のオーブ北部沖海戦において政府から直々に指揮官として抜擢されたため、この場に出席する事も求められていた。

 

 この場にいるのは他に、宇宙軍司令官のムウ・ラ・フラガ中将。更に同盟関係にあるザフト軍代表として、ビリーブ艦長のアーサー・トライン隊長もいる。

 

 ムウに関しては、宇宙艦隊を率いる関係からユウキの直属の上官と言う事になる。しかしムウはパイロットであり、その指揮方法も指揮官先頭型である為、戦場においては誰よりも早く戦場へ飛び込んで行く事になる。事実上、宇宙艦隊の運用はユウキに一任されているような物であった。

 

 アーサーは、本来ならザフト軍の総隊長であるアンドリュー・バルトフェルドが出席するところなのだが、彼が本国防衛で手が離せない為、その代理としてこの場に出席していた。

 

 ザフトからは他に、モビルスーツ隊長としてハイネ・ヴェステンフルスも出席している。

 

 その他に、オーブ軍の精鋭部隊であるフリューゲル・ヴィントの各中隊長も出席している。

 

 欧州撤退戦で多大な損害を被ったフリューゲル・ヴィントは、未だにスカンジナビア陥落前まで戦力が回復するには至っていない。しかしそれでも、各中隊長を新たに迎え、新体制をスタートさせていた。

 

 総隊長兼第1中隊長:アスラン・ザラ准将

 

 第2中隊長:キラ・ヒビキ一佐

 

 第3中隊長:シン・アスカ三佐

 

 第4中隊長:ラキヤ・シュナイゼル二佐

 

 それが現在のフリューゲル・ヴィントの体制である。

 

 所属機動兵器は、特機を含めて32機。フルメンバー時の6割強と言ったところであり、お世辞にも万全とは言い難い物がある。

 

 しかし、数はともかく、質と言う面では、錚々たるメンツをそろえた関係からユニウス戦役の結成当時に近いレベルにまで戻っていると言える。大兵力同士のぶつかり合いでも、一定以上の活躍ができると見込まれていた。

 

 それらの面々を見渡してから、ユウキは自分の席に座った。

 

「すまんなユウキ、復帰早々、面倒な仕事を押し付けてしまって」

「僕もまさか、復帰してすぐの仕事が古巣での情報収集だとは思わなかったよ」

 

 カガリの言葉に肩を竦めて見せてから、ユウキは用意してきた資料の入ったデータチップを居並ぶ全員に回していく。

 

 カガリからの要請を受けて艦隊勤務に戻る事を了承したユウキだが、手始めに命じられた仕事は、情報部に行ってある物に関する情報を可能な限り収集する事だった。

 

 ユウキは後方勤務に移る前は、艦隊勤務として前線で働く身だったが、それより更に前は情報部に所属していた。その事を踏まえ、カガリはユウキにある事について調べるように依頼したのだ。

 

「さて、全員に資料は行き渡ったな? じゃあ、会議を再開するぞ」

 

 議長役のカガリがそう前置きをすると、ユウキの登場によって中断されていた会議が改めて再開された。

 

 しかしこの場合の会議と言うのが、件のエンドレスに対する対策を考える事にある事は言うまでもない事だった。

 

「まず、初めに確認しておきたいんだが、あれは本当にデュランダルだったのか? 確かに似ていたとは思うが・・・・・・」

 

 カガリは言いながら、アーサーとハイネのザフト組に問いかけるように視線を向ける。

 

 カガリ自身、一度だけデュランダルと会った事はあるが、それでも彼等に比べれば彼に対する印象は薄いと言わざるを得ない。ここはやはり、より詳しいと言えるザフトの軍人に確認した方が早かった。

 

「少なくとも、かなり似ていたのは確かだな」

 

 答えたのはハイネである。

 

 ユニウス戦役時に既に特務隊Faithの称号を受けていたハイネは、デュランダルと接触する機会が何度もあった。その事から考えると、この中で最もデュランダルの事を知っているのはハイネと言う事になる。

 

「だが、あの映像だけじゃ何ともな・・・・・・」

「私も同意見です。声や顔形は似ていたかもしれませんが、そう言った物はいくらでも変えられますからね」

 

 アーサーも、ハイネの意見に賛同するように頷きながら言う。

 

 2人の意見はもっともだった。何しろ遺伝子まで組み替えて人間を「作ってしまう」時代である。顔は整形すればいくらでも変えられるし、声も、高性能のボイスチェンジャーが市販品として幾らでも出回っているくらいだった。

 

「俺もデュランダル前議長の事はある程度知っているが、やはり映像と音声だけで本人かどうかを確認する事は難しいだろうな」

 

 そう言って、アスランは難しい顔をする。アスランはユニウス戦役ではデュランダルの陣営であった為、彼の事はやはり良く知っている人物の1人であると言える。

 

 結局のところ、カーディナルがデュランダル本人か否かであるについて、この場では判断のしようがないと言うのが一同の一致した見解だった。

 

「じゃあ、その事は取りあえず置いておいて、次に連中に対する対策について移りたいと思う」

 

 カガリの言葉に従い、居並ぶ皆は頭の中を切り替える。

 

 あのオラクルによる北米大陸攻撃と、エンドレス決起宣言以降、同組織は不気味な沈黙を保ちつつ、その行方を完全にくらませている。

 

 現在、各国はエンドレスの行方を必死に捜索している状況だが、未だにその片鱗すら見えていなかった。

 

「問題は、オラクルか」

 

 ラキヤが腕組みをしたまま、難しそうな顔で発言する。

 

「スカンジナビアを壊滅させたオラクルの攻撃がどんなものか未だにわかっていないんじゃ、対応のしようも無いよ」

「それについてなんだが・・・・・・」

 

 ラキヤの発言を受けて、カガリは傍らに座るユウキに声を掛けた。

 

 頷いて立ち上がると、ユウキは自分の持っている端末を操作しながら説明に入った。

 

「先ほど、配った資料をご覧ください。それは僕が、アスハ大臣から命を受けて、ここ数日に渡って集めた各種の情報です」

 

 促されて、一同は自分の端末を操作して、先程ユウキから渡されたデータチップを差し込む。

 

 程無く、それぞれの端末にユウキが集めてきた資料の概要が映し出された。

 

「知っての通り、北米大陸に対する核攻撃からこっち、地球連合、特に核攻撃の対象となった大西洋連邦は、狼狽して成す術を知らない状況です。そのような状態ですから、当面の間、彼等の方から共和連合領に攻めてくる可能性は多分無いでしょう」

 

 ユウキの言葉に対し、安堵にも似た苦笑が漏れ聞こえる。

 

 核攻撃によって多くの犠牲者が出た事は辛いが、それでもそのおかげでオーブをはじめとした共和連合が一息つく事ができたのだから、まさしく痛し痒しと言ったところだった。

 

 ユウキの言葉を受け継ぐようにして、今度はカガリが発言した。

 

「で、そんな状態なもんだから、こっちとしては渡りに船ってところでな。オーブ政府は秘密裏に、大西洋連邦に対してオラクルの情報開示を要求したんだが・・・・・・」

 

 結果は、その先を聞かずとも誰もが予想できた。

 

 大西洋連邦からすれば、自国を裏切って核攻撃に及んだエンドレスの事は憎んでも憎み切れないし、オラクルがいかに危険な存在であるかは、わざわざ説明されるまでも無く判っている。

 

 しかしそれを抜きにしても、昨日までドンパチ撃ち合っていた相手をいきなり信用する事はできない、と言う事なのだろう。

 

「だから、情報開示には応じられないって事か。バカバカしい」

 

 ムウはそう言って肩を竦める。

 

 今の大西洋連邦、ひいては地球連合にエンドレスを押さえられるだけの余裕があるとは思えない。だからこそ、しがらみを取り払ってでも共和連合と地球連合は手を組み、共通の敵であるエンドレス討伐に当たるべきであると言うのに。

 

「恐らく地球軍側としては、共和連合とエンドレスがぶつかり合い、双方が共倒れにでもなってくれれば上々とでも思っているのでしょう」

「あいつらの考えそうな事だよな、それって」

 

 ユウキの言葉に、シンが悪態を吐きながら同意を示す。

 

 どこの国であろうと、自分のところで苦労して開発した技術や財産は他の者に見せたくないだろうし、自分が何もしないうちに他の奴らが勝手に潰し合いをしてくれるほど嬉しい事は無い。まして、今の地球連合はオラクルによる攻撃で混乱、弱体化している。だからこそ、共和連合とエンドレスの共倒れを狙って動くのは当然であると言えた。

 

「で、だ」

 

 カガリは少し悪戯っぽい笑みを浮かべてから、ユウキに目配せをする。

 

 それを受けて、ユウキもまた笑みを浮かべながら端末を操作した。

 

「教えてくれないなら、勝手に調べてしまおう、て訳です」

 

 言いながら開かれたページを見て、一同は思わず唸り声を上げた。

 

 何とそこには、オラクルの物と思われる詳細なデータが事細かに書かれている画面が映し出されていたのだ。

 

 ユウキがカガリの密命を帯びて、ここ数日に渡って調べていたのは、このオラクルに関する事だったのだ。恐らくオーブ情報部が総力を挙げて、地球軍のデータベースにハッキングを仕掛けたのだろう。そうでもしなければ、ここまで詳細なデータは手に入らないだろうから。

 

「一般的に言って、大量破壊兵器を成立させる条件は二つです」

 

 端末を見ながら、ユウキは大学で講義をするように説明を始める。

 

「まず一つは、『大出力の攻撃が可能である』事。敵の戦意を一撃で打ち砕く事が可能である威力が無い事には、大量破壊兵器の要件は満たせませんから」

 

 それは、核ミサイル、サイクロプス、ジェネシス、レクイエム、デストロイ、ジェノサイドなど、数々の大量破壊兵器を見ても明らかだった。

 

 都市を一撃で破壊し、その威力を見せ付ける事。それが大量破壊兵器成立の第一条件である。

 

「そしてもう一つは、『敵対する勢力からは、簡単には反撃を受けない』事です。大量破壊兵器は、それ自体は小回りが利き辛い場合が多いですからね。それだけに、隠匿手段や防衛ラインの強化によって、徹底的な防御手段を構築する必要があります」

 

 これも頷ける事である。

 

 大出力の大量破壊兵器と言うものは、得てして機動力とは縁遠い存在である場合が多い。それ故に「絶対に敵から攻撃されない環境」を作り出す事も、大量破壊兵器を成立させる上では重要な要素となる。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役で使われた大量破壊兵器の内、サイクロプスはアラスカ基地の地下深くに設置されていたし、ジェネシスはザフト軍の主力部隊が敷いた防衛線の内側で厳重に防御されていた。

 

 ユニウス戦役で使われた兵器のうち、レクイエムはプラントから見ると、手が出しにくい月の反対側に秘匿されていたし、デストロイは陽電子リフレクターやVPS装甲によって難くガードされていた。これは、後のジェノサイドにも引き継がれた設計である。

 

「オラクルは、機体内部に多数のミラージュコロイド生成装置を搭載し、電子機器、光学映像双方から、ほぼ完全に姿を晦ましたまま行動する事が可能となっています。スカンジナビアや北米大陸を攻撃した際に、誰もオラクルの姿を目撃しなかったのは、恐らくその為と思われます」

 

 ユウキの説明を聞き、一同は思わず息を呑んだ。

 

 情報によればオラクルは、小規模な要塞並みの巨体を誇っていると言う。それだけの巨体を完全に覆い隠すだけのミラージュコロイドを生成するとなると、かなり莫大な量の電力が必要となる筈だった。

 

「更にもう一つ、オラクル本体は勿論ですが、脅威と言う意味では、間違いなくこちらの方が危険度は高いと思われます」

 

 そう言うとユウキは、いよいよ核心に入るべく資料を進めた。

 

 一同の手元にある端末には、何やら円筒形をした物体の画像が映し出されている。

 

「コードネーム『メギド』。オラクルをプラットホームとして発射される、Nジャマーキャンセラー搭載型の核ミサイルです。使用方法は、オラクルである程度目標上空まで接近した後、座標を入力して発射。ミサイルは目標上空まで到達すると大気圏へ突入、そこでブースターを切り離して自由落下に入ります。その際にNジャマーキャンセラーとミラージュコロイドを起動、指定した高度まで達した時点で爆発します」

「つまり、大気圏突入まではブースター推進で進み、突入後は自由落下で目標上空に達するって訳か」

「そして、大気圏突入後はミラージュコロイドを使用するわけだから、探知、迎撃は事実上不可能と言う訳か」

 

 ユウキの説明を聞き、ムウとカガリはそれぞれ唸るように声を発する。

 

 その他の人間も、概ね反応は似たような物であり、皆、一様に険しい表情をしている。

 

「恐らくオラクルが宇宙で運用するように設計されたのも、このメギドの使用を前提としたからでしょう。大気圏を自由落下させるだけなら通常のミサイルのような推進システムは必要ない事に加えて、ミラージュコロイドの使用も問題ありませんから」

 

 ミラージュコロイドは万能に近いステルス素材だが、使用に際してはいくつか制限があるのも事実である。その最たる物が、姿「しか」消せないと言う事だ。その物質が放つ熱や駆動音、足跡等は消す事ができない為、仮にミサイルに搭載したとしても噴射炎は消す事ができないのだ。

 

 しかし、噴射炎を必要としない、自由落下なら話は別だ。噴射炎を発しないただの爆弾にコロイド粒子を付着させれば、完全ステルスの核爆弾が完成する事になる。

 

 それこそがメギド。

 

 地球連合軍が対共和連合戦線用に開発した切り札である。

 

 事実上、迎撃手段は存在しない。大気圏を突破されたら終わりである。

 

「迎撃するなら、宇宙空間にいるうちにやるしかない、か」

「さもなくば、オラクルを見付けて、それごとやるか、だね」

 

 キラとラキヤが、深刻な顔をして呟く。そのどちらの案も、ひじょうに困難である事は言うまでもない事であった。

 

 どちらの作戦も、まずはオラクルの所在を確認すると言う事が前提になっているが、そのオラクル自体がミラージュコロイドで身を隠している為、発見が非常に困難なのだ。

 

「オラクルの行動予想ですが、もしかしたらできるかもしれません」

 

 ユウキはそう言うと、資料の最後のページを開くように一同に言ってから説明に入った。

 

「オラクルは先に北米大陸攻撃を行った関係で、搭載しているメギドの残弾が少なくなっているはずです。となると、必ず補給に動くはず。しかし現在、メギドの完成品を所有しているのは、地球連合軍の月面アルザッヘル基地のみ」

 

 アルザッヘルと言えば、宇宙における地球連合軍最大の根拠地であり、宇宙艦隊の主力も駐留している拠点である。当然、警備のために常駐している部隊も最精鋭であるが。

 

 オラクルは元々、月で建造されている。当然、補給や整備等も月で行う事が前提だったはず。となれば当然、メギドのストック分が月にあるのも頷ける話だった。

 

「て事は、連中はアルザッヘルを襲って、メギドを奪うってのか?」

「その可能性は十分にあります」

 

 ムウの質問に対して頷きを返し、説明を終えたユウキは着席した。

 

 一同は配られた資料に目を落としながら、険しさと期待を同居させたような表情をしている。もし本当にエンドレスがメギドの完成品を奪う為に動くとしたら、これは彼等を捕捉する事ができる最初で最後のチャンスかもしれなかった。

 

「数日のうちに、ラクスが声明を発表するんだが・・・・・・」

 

 会議の場を締めるように、カガリは一同を見回して言った。

 

「我が共和連合はエンドレスの体制を認めない。彼等があくまで自分達の力によって世界を押さえつけようと言うのなら、私達は阻止する為に戦う事になる。皆も、どうかそのつもりでいてくれ」

 

 カガリの言葉に、一同は立ち上がって敬礼を向ける。

 

 決戦の日は、徐々に近付いてきている。

 

 その時に向けて、共和連合側の準備も着々と整いつつあった。

 

 

 

 

 

「カガリ」

 

 会議が終わった後、部屋から出て行こうとするカガリを、キラが呼び止めた。

 

 ここ数日、カガリもキラも多忙であった為、なかなか顔を合わせる機会が無かったのだ。お互い、責任ある立場になると、何かと思うようには動けなくなってしまう物である。

 

「ああ、キラ。どうだ、エストの調子は?」

「うん。医者の話では順調だって。この分なら、子供も予定通りに生まれると思う」

 

 答えるキラに対して、カガリは苦笑を向けて言う。

 

「お前も大変だな。こんな時期に、また出撃だなんて」

「全くだよ。この分じゃ、多分生まれてもすぐには子供に会えないんじゃないかな」

 

 そう言うと、キラは肩を竦めて見せてから、真剣な眼差しをカガリへと向けた。

 

「それで、カガリ。君に折り入ってお願いがあるんだけど」

「ん、何だ?」

 

 訝るように見つめてくるカガリ。

 

 それに対してキラは、自らの存念を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、エストは明るい日差しの中で読書に耽っていた。

 

 病院着を身にまとった少女が、病室で読書にふけると言う光景は、どこか、見る者に儚さを感じさせる。

 

 真剣な眼差しで、本を読み進めるエスト。

 

 ただそこにあるだけで、まるで1枚の風景画に抜き取ったかのような静かで、暖かな光景だ。

 

 その姿は、見る者を心の底から癒していくようである。

 

「性生活において最も避けたい事の一つがマンネリ化である。マンネリを感じていると言う事は即ち、男女双方が互いに飽きが生じている事を意味している。これは非常に危険な状態である。たんなる性生活の活力低下のみならず、それが悪化する事によって夫婦生活の冷却化も進み、最悪、別居、離婚の危機を迎える事にもなりかねないからである。それを回避するためにも、緩急を付けた性生活や、夫を飽きさせないテクニックを妻が身に着ける必要もある訳である」

 

 パタンと本を閉じるエスト。

 

「成程、勉強になります」

 

 ナニがだ?

 

 ちょうどそこへ、病室に入ってきた人物が呆れ気味に声を掛けた。

 

「何読んでんだよ、お前は?」

 

 声を掛けられてエストが振り返ると、そこにはあからさまに嘆息を交えたカガリがジト目で睨んでいる姿があった。

 

「珍しいですね、カガリが来てくれるとは」

「まあな。ちょっとだけ時間が空いたから寄ってみた。てか、何なんだよ、これは?」

 

 そう言うとカガリは、エストが今まで読んでいた本を手に取ってみた。

 

 『必勝テク 夫との生活を2倍楽しむ為の性生活マニュアル』

 

 何やら怪しげなタイトルを見た瞬間、カガリは無言のまま本を棚へと戻した。

 

「カガリも一冊どうですか、参考になりますが?」

「いや、いい。間に合ってるから」

 

 そう言うと、カガリはエストへ向き直る。

 

 1人で入院していて、よほど暇なんだろう、とカガリは自分の妹分にちょっとだけ同情を寄せる。

 

 そんなエストに対して、カガリは気を取り直して告げた。

 

「そんな事よりお前、こんなに天気が良いのに部屋に閉じこもってるなんて勿体ないぞ。ちょっと散歩に付き合わないか?」

「それは、構いませんが・・・・・・・・・・・・」

 

 怪訝になるエスト。カガリが来るなり突然そんな事を言った為、真意を測りかねているのだ。

 

 とは言え、言っている事自体は間違いではない。散歩などの軽めの運動をする事も、体調管理には重要な事である。ましてか、妊娠後期に入って、エストはちょっと体を動かす事も億劫になり始めている。その事を考慮して、カガリはエストを連れ出そうとしているのかもしれなかった。

 

「よし、じゃあ行くぞ。立てるか?」

「はい」

 

 頷くとエストは、重い体をベッドから降ろし、カガリに支えられるようにして病室の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 カガリはエストを連れて病院の中庭を横切り、奥まった場所にある建物へと向かっていく。

 

 そこは普段、リハビリテーションの一環として運動等を行う、内部が広い構造をした施設である事をエストは知っている。しかし、普段のエストは激しい運動をする事はできない為、足を向ける事は殆ど無かった。

 

「こんな所で何をする心算なのですか?」

「まあ、良いから良いから」

 

 カガリはそう言いながら、半ば強引にエストを引っ張っていく。

 

 そんなカガリに、不審な眼差しを向けるエスト。

 

 この姉貴分が強引な性格をしているのは、初めて会った頃から知っているし、もはや諦めてもいるが、今回の行動の突飛さは、そんなエストの目から見ても異様だった。

 

 いったい、カガリは何をしようとしているのか?

 

 そんな事を考えているとカガリはエストを連れて施設の中へと入り、更に奥へと進んで行く。

 

「カガリ、もう、これ以上は・・・・・・・・・・・・」

 

 いい加減焦れたように、エストが声を掛けた時だった。いくら多少の運動が必要だからと言って、限度と言う物もある。

 

 その事をエストが言おうとした時だった。

 

 奥にある部屋の扉を、カガリが開く。

 

「さあ、ここだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 訝るエスト。

 

 この部屋が、いったい何だと言うのだ?

 

 そう思って部屋の中を覗いた時。

 

「あッ!?」

 

 思わず、声を上げた。

 

 立ち尽くすエストの目の前。

 

 そこには、清楚な飾り付けが施された純白の衣装が飾られていたのだ。

 

 目が痛くなるほどの純白で無垢な生地に、花をイメージした飾り付けを施され、スカートはゆったりと長く裾が広がっている。

 

「・・・・・・・・・・・・ウェディング、ドレス?」

 

 眩しい純白に目を細めながら、エストは呆然と呟く。

 

 エストの目の前に置かれているのは、紛れも無くウェディングドレスだった。

 

「どう、気に入ってくれた?」

 

 不意に声を掛けられ振り返ると、そこには優しげな微笑を浮かべたキラが佇んでいた。

 

 しかし、その姿を見て、エストはまたも声を失った。

 

 キラはオーブ軍の軍服を着ている。しかし、その軍服はいつもの白地に青い染色が入った平時用の物ではなく、限りなく白に近い祭事用の軍服だった。

 

「キラ、その格好は・・・・・・」

 

 驚くエストに、キラは歩み寄った。

 

「君を驚かせたくてね、カガリに頼んでセッティングしてもらったんだ」

 

 間もなくキラは、エンドレスとの決戦の為に宇宙へ出撃する事になる。

 

 だが、その際に気がかりなのは、やはりエストの事だった。彼女を1人残して行く事もそうだが、このまま行けば出産も1人で行う事になるだろう。

 

 エストを連れて行く事はできない。

 

 だからこそ、自分とエストとの間に、何か繋がりのような物が欲しいと思った。

 

 そう考えたキラが達した結論が、「結婚式」だった。

 

 だからカガリに頼み、色々と準備をしていたのである。

 

 以前、エスト本人やリィスから言われた事もある、エストとの結婚。

 

 今までは優先事項が他にあった為、どうしても深く考える機会が無かったが、今、一時とは言えエストと離れなければならなくなった時、キラはエストと正式に結婚しようと決断したのだった。

 

「苦労したんだぞ。キラがいきなり『結婚式をやりたい』なんて言い出すもんだから。このドレスだって、エストに知られないように用意するのに、どれだけ苦労したか」

 

 そう言って、カガリは呆れ気味にキラを睨む。

 

 幸い、エストの体格は子供の頃から殆ど変化していないのだが、妊娠したせいでお腹が大きくなっている為、その差分を考慮に入れなくてはならなかった。

 

 ドレスは既存のデザインを踏襲しつつも、お腹の大きいエストでも着れるように、サイズは余裕を持って作ってある特注品だった。

 

 と、

 

「お、おい、エスト!!」

 

 慌てたように声を掛けるカガリ。

 

 見れば、エストは瞳からポロポロと涙を流し、純白のウェディングドレスを眺めていた。

 

「え、エスト、どうしたの? お腹痛いの?」

「違います・・・・・・・・・・・・」

 

 狼狽したように気遣ってくるキラに対して、エストは泣きながら否定の言葉を言う。

 

「嬉しい・・・・・・です・・・・・・とっても・・・・・・」

 

 キラと結婚する。

 

 口にこそ出さなかったが、その願いはエストの心の奥底で確かに息づいていた物だった。

 

 決して叶わないと思っていた。願ってはいけない事だと。

 

 しかし、それが今、実現しようとしている。

 

 その事が、エストの中で奔流となって溢れだしているのだった。

 

 泣きじゃくるエスト。

 

 対してキラは、優しく笑って、これから自分の妻となる少女を抱き寄せる。

 

「さあ、準備して。待っててあげるから」

「はい・・・・・・・・・・・・」

 

 キラの言葉に、エストは泣きながら笑顔で答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、人形のような少女がいた。

 

 

 

 

 

 人形のように育てられ、人形のように生きてきた少女がいた。

 

 

 

 

 

 少女はやがて、戦場の炎の中で、その儚い命を散らすかと思われた。

 

 

 

 

 

 他ならぬ、少女自身がそう思っていた。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな少女の運命を、1人の少年が変えてしまった。

 

 

 

 

 

 少年と触れ合う事で、少女には徐々に温かい感情が生じるようになっていった。

 

 

 

 

 

 やがて、少年に恋をするようになった頃、人形に過ぎなかった少女は、人間となって少年と共に歩んで行く事を願うようになった。

 

 

 

 

 

 少女はやがて、愛を知って女となり、子供を宿して母となった。

 

 

 

 

 

 そしてかつては人形に過ぎなかった少女は今、結婚して妻になろうとしていた。

 

 

 

 

 

 キラに手を引かれてホールに入ると、エストは思わず息を呑んだ。

 

 ホールには多くの人が居並び、入ってくるキラとエストを拍手で迎え入れている。

 

 カガリが、ラクスが、アスランが、ムウが、シンが、リリアが、ラキヤが、アリスが、サイが、その他多くの友人知人たちが集まって、手を打ち鳴らし、入ってきた2人を祝福している。

 

 会場全体が、既に本日貸切になっているのだろう。実際の結婚式場と見まがうばかりに、豪奢な飾り付けが施され、正面奥には誓いを行う壇や十字架まで設置されているのが見える。

 

 これも、キラがカガリと共に根回しした物だった。

 

 遠方に住んでいたり、事情があって来られない者達もいるが、可能な限り声を掛けて、今日集まってもらったのだ。

 

 正装したキラと、ウェディングドレスに身を包んだエストは、多くの人々の祝福を受けて、ゆっくりと進んで行く。

 

「おめでとう、エスト!!」

「バッチリ決めろよな、キラ!!」

 

 友人達が口々に祝いの言葉を投げながら、揃って歩いて行く2人に惜しみない祝福を投げ掛ける。

 

 ここに集まった者達全員、キラやエストにとってかけがえのない宝物である。

 

 やがて人々の輪を抜け、2人は正面奥へと足を進めていく。

 

 壇上では、なぜか司祭の姿をしたバルクが2人を待っていた。

 

「まったく、妙な役を押し付けてくれたもんじゃの」

 

 ぼやくように言うバルクに対して、ウェディング姿のエストはジト目になって睨む。

 

「あんまり似合っていませんね、他に人材はいなかったのですか?」

「こらこら」

 

 そんなエストの反応に、キラは苦笑してたしなめる。

 

 言いたい事は判るが、渋るバルクを説き伏せて司祭役をやらせるのに苦労したのだ。ここで、本人に臍でも曲げられたら元も子も無かった。

 

 式は厳かに進んで行む。

 

 司祭役のバルクは、内心はともかく、表面上では厳正な雰囲気を保ちながら、朗々と文言を読み上げていく。

 

「汝、キラ・ヒビキは、エスト・リーランドを妻として迎え、生涯愛する事を誓うか?」

「誓います」

 

 バルクは、今度はエストに向き直る。

 

「汝、エスト・リーランドは、キラ・ヒビキを夫として認め、生涯、支えて行く事を誓うか?」

「誓います」

 

 エストもまた、はっきりと頷きを返す。

 

 バルクは次いで、居並ぶ一同に向き直る。

 

「今、ここに永遠の愛を誓った2人に異議がある者は、この場にて速やかに申し出よ。異議無くば、永遠の沈黙を持って、その答えとせよ」

 

 居並ぶ一同もまた、厳かに沈黙を守って2人を見守っている。

 

 キラは、エストの顔を覆っている純白のショールを持ち上げて、普段は決して見る事ができない、薄く化粧を施された少女の顔を見詰める。

 

「綺麗だよ、エスト」

 

 対してエストは、少しはにかみながら俯いて微笑を見せる。

 

「嬉しい、です」

 

 そう言って、顔を近づける2人。

 

 目を閉じると、

 

 2人は互いの愛が永遠である事を誓い、口付けを交わすのだった。

 

 万雷の拍手が鳴り起こる。

 

 この瞬間、2人が夫婦となった事は、この場にいる全ての者達が証人となったわけである。

 

 同時に、それまで「エスト・リーランド」と名乗っていた少女は消滅し、新たに「エスト・ヒビキ」と言う存在が誕生したわけである。

 

 と、そこへ、トコトコと控えめな足音が聞こえてきた。

 

 振り返ると、珍しく、子供用の余所行きワンピースで着飾ったリィスが、花束を手に歩いてくるところだった。

 

「おめでとう、エスト」

 

 そう言って、花束を差し出すリィス。

 

「ありがとうございます。リィス」

 

 そう言うとエストは、笑顔を浮かべて少女から花束を受け取る。

 

 その様子を横で見ながら、キラは正装の内ポケットに手を入れた。

 

「実はね、リィス。今日は君にも、プレゼントがあるんだ」

「え?」

 

 訝りリィスに、キラは1枚の紙を差し出して見せた。

 

 何らかの書類と思われる紙には、このように書かれていた。

 

 

 

 

 

 夫:キラ・ヒビキ

 

 妻:エスト・ヒビキ

 

 長女:リィス・ヒビキ(養女)

 

 

 

 

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスは信じられない者を見るように、手にした紙と、キラとエストの顔を交互に見つめ返す。

 

 そこに書かれているのは、リィスがキラとエストの子供であると言う証明に他ならなかった。

 

「カガリに頼んで、こっちの方も用意してもらったんだ。これで君は、正式に僕とエストの娘って事になる」

 

 信じられない物を見るように、目を丸くするリィス。

 

 そんなリィスに、エストは優しく語りかける。

 

「嫌ですか?」

 

 尋ねるエスト。

 

 それに対してリィスは、激しく首を振る。

 

「そんな事、無い・・・・・・うれしい、とっても」

 

 そう言って、泣きながら笑顔を浮かべるリィス。

 

 戦場で生まれ、戦場の中で生きてきたリィスは、今まで家族の愛情も、温もりも知らないで育ってきた。

 

 だからこそ、そうした温もりに飢えていたのかもしれない。

 

 キラ、エスト、そしてリィス。

 

 ここに新たに誕生した一組の家族を、居並ぶ多くの友人達が温かく祝福していた。

 

 

 

 

 

PHASE-09「行き付く運命の、その先へ」      終わり

 


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