機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-08「終わりなき世界」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は混乱の渦に巻き込まれ、誰もがもがきながら沈みゆく世界に身をゆだねるしかなかった。

 

 地球連合の「本土」というべき北米大陸を突如襲った悲劇には、敵である共和連合ですら愕然とせざるを得なかった。

 

 1日で、サンフランシスコ、フィラデルフィア、ロサンゼルス、フロリダ、アンカレッジと言った大型の軍事施設がある都市が攻撃を受けて壊滅。居住していた多くの民間人と共に炎に焼きつくされた。

 

 正に、半年前にスカンジナビア王国を襲った悲劇が、場所を変えて再現された形である。

 

 北米大陸はスカンジナビアに比べると面積が広い為、大陸全体として考えた場合の被害はスカンジナビアを下回るが、それでも「まだマシ」というレベルでしか無い事は言うまでもない事だろう。

 

「続報、まだ入らないか!?」

 

 アカツキ島の軍本部で陣頭指揮にあたっていたカガリは、オペレーター達を叱咤するように報告の催促を行う。

 

 彼女自身、今回の事態がいったい何を意味しているのか測りかねている所である。

 

 状況としては、半年前のスカンジナビア王国陥落時に酷似している事は、既にカガリも理解している。複数の都市を一瞬で壊滅させたとなると、正体はやはり、例のオラクルだろう。

 

 しかし、そうなるとどうしても判らない事が出てくる。

 

 そもそもオラクルは、地球軍が開発した兵器のはずだ。それがなぜ、味方の本拠地を攻撃するのか? 考えたくは無い事だが、先のオーブ戦の報復として、オーブ各島を攻撃する、という方が、まだ話は分かるのだが。

 

 未だに正体の片鱗程度しか見えていないオラクル。その存在の不気味さ、そして操っている者の存在には戦慄を禁じ得なかった。

 

 その時だった。

 

「カガリ様!!」

 

 オペレーターの1人に名を呼ばれ、カガリは顔を上げて振り返った。

 

「北米大陸攻撃の首謀者と名乗る者が、全世界に向けてメッセージを発しています!!」

「何ッ!?」

 

 カガリがメインモニターに目を向けるのと、画面が切り替わるのはほぼ同時だった。

 

 そこに映り込んだ人物を見て、カガリは思わず目を見張った。

 

 画面に映った人物は、カガリも見覚えがある、あのカーディナルと呼ばれた仮面の男だったからだ。

 

《突然の事で失礼する。どうにも、世間の皆さんをお騒がせしたみたいで、申し訳ない》

 

 カーディナルの言葉は、そんな、どこかとぼけた調子で始まった。

 

《私はカーディナルと呼ばれ、つい先日まで地球連合軍の一部隊を任されていた者でした。そして同時に、今回の北米大陸に対する同時多発テロの実行犯でもあります》

 

 やはり、とカガリは顔を顰める。

 

 大胆不敵、と言うべきだろう。

 

 それまで味方だった国の都市を同時に焼き払い、その直後に堂々とメディアに姿をさらすとは。しかもご丁寧に、大西洋連邦首都ワシントンは無傷である。

 

 つまり、これは壮大な宣戦布告であると同時に、かつての自国に対する決別のパフォーマンスと言う訳だ。自分達は自分達の道を行くと言う意味のメッセージを、メディアを通じて共和連合や地球連合の首脳部に伝えているのだ。

 

《多くの方々は、我々の真意を測りかねている事でしょう。しかし、敢えて言います。我々の行動は、あくまでも秩序を保ち、この世界を存続させる為にあると言う事を》

 

 カーディナルの発言に対して、カガリはギリッと奥歯を噛み鳴らす。

 

 核攻撃を実行しておいて、どの口が言うのか、と誰もが言いたいのを堪え、カーディナルの次の言葉を待った。

 

《そもそも、「平和」とは何なのか、皆さんは考えた事がありますでしょうか? 有史以来、多くの人々が「平和な世の中を作る」事を目指してきました。しかし誠に残念な事に、今日に至るまでに「平和」が実現した事は無く、それを目にした人間もまた存在しません。誰もが平和を望みながら、誰もが平和な世の中を成し得る事ができなかった。それは厳然として存在している事実であります》

 

 確かに、人類は今日に至るまで平和を謳いながら、常に他者と争う歴史を刻み続けてきた。そこから考えても、平和とはいかに実現が難しい物であるかが良く判る。

 

《それでは、なぜ多くの為政者達は、平和を謳い人々を戦争への道へ駆り立て続けるのか。それはすなわち、戦争と言う特殊な環境下が齎す莫大な利益を得んが為に他なりません。今まで多くの紛争で失われた命は、彼等の利益をもたらす為に、その儚い命を無為に散らして行ったと言えるでしょう。最早「平和な世の中」を作ると言う言葉自体が、多くの人々を欺き、死に駆り立ててきた偽善であると言えましょう》

 

 かつて、ロゴスと呼ばれた組織があった。

 

 旧世紀から連綿と、世界を裏から牛耳り、戦争をコントロールする事で自分達の利益を守り続けてきた彼等は、先のユニウス戦役時にギルバート・デュランダルによって、その存在を暴露され、そして世界中の人々から糾弾され壊滅した。

 

 今、カーディナルが言った事は、正にそのロゴスの事を言っていると言える。

 

《では、平和とは、絵に描いた餅なのでしょうか? 決して掴む事ができない蜃気楼のような物なのでしょうか? いいえ、決してそのような事は無いはずです。なぜなら、私は自らの意志で、平和を実現する為の力を手に入れ、そして実行したのですから》

 

 カーディナルは続けて言う。

 

《既に皆様にも、北米大陸の被害状況の詳細は届いている事でしょう。あの状況を作り出したのは、我々が保有する兵器、オラクルによるものです。オラクルは地球上のどこにでも、核の炎を出現させる事ができる、人類史上最高の兵器です。今後、紛争を行おうとする者、そして我々に逆らおうとする者達は全て、このオラクルによる報復があると考えていただきたい》

「馬鹿な、そんな理屈があってたまるか!!」

 

 演説を聞き、カガリは激昂して声を上げる。

 

 力で押さえつけ、逆らう者は容赦なく焼き尽くす。そんな物が平和である筈が無い。

 

 だが、そんなカガリの憤りに応えるように、カーディナルは更に続ける。

 

《無論、これが真の意味で平和とは呼べない事は、我々とて理解しております。しかし、強すぎる力を持てば、それを振るわずにはいられないのは、悲しい事に人類にとっての事実です。だからこそ、我々は共和連合が疲弊したところを見計らい、もう一方の強者である地球連合、特にその最大の国家である大西洋連邦を壊滅に追いやりました。それらは全て、新たなる秩序を作り出し、そして維持するための布石であると言わせていただきます》

 

 大きな力を押さえるのは、より大きな力を見せ付ける。北米大陸の各都市を攻撃しながら、敢えてワシントンを残したのは、やはりカガリが睨んだとおり警告の為だったのだ。

 

《勿論、平和に暮らす人々の上に、我々が核の炎を振らせる事は決してありません。その点に関しては、お約束いたします。しかし強すぎる力は、そぎ落とし、より秩序を維持する為に必要な体制を築き上げる。それは我々にとって、急務でもありました。だからこそ、一刻も早く地球連合軍の力を削ぎ落す為に、敢えて今回の攻撃に踏み切った事はご理解いただきたい。共和連合は欧州での戦争で疲弊し、今また大西洋連邦が壊滅した事で地球連合も力を失いました。これにて、新たな秩序を迎え、平和な世の中を実現する為の下地は出来上がったと言えましょう》

 

 強すぎる力を持った共和連合と地球連合と言う二大組織の力を疲弊させ、削ぎ落し、自分達の持つ強大な力で押さえつける事によって、新たなる秩序を維持する。

 

 カーディナルが言いたい事は、つまりそう言う事なのだ。

 

 それは確かに平和ではない。隷属の上に成り立つ平和などあり得ないからだ。

 

 しかし、あくまでも現在の状態を維持する「秩序」と言う意味では、有効な手段であると言える。無論、多くの国々において噴出する不満は避けられないだろうが、それを押さえつける為のオラクルであり、ファントムペインなのだろう。

 

 共和連合が疲弊し地球連合が壊滅した今、世界最強の武装集団は間違いなく彼等である。それ故に、ここまで大胆な事ができるのだろう

 

《我らの名は「エンドレス」。終わりなき世を作り出す為、あらゆる困難を乗り越えて戦い続ける者達であります》

 

 そう言うと、

 

 カーディナルはゆっくりと手を伸ばし、

 

 自らの仮面に手をやった。

 

《申し遅れた、私は、エンドレス最高指導者にして、秩序の維持された世界を目指す者・・・・・・終わり無き秩序の実現を夢見る求道者・・・・・・》

 

 その仮面が、

 

 ゆっくりと外される。

 

 次の瞬間、

 

 カガリが、

 

 否、

 

 映像を見ていた、全ての人類が息を呑んだ。

 

 切れ長の瞳に、ゆったりとした髪。色白の肌に整った顔立ちをした男性。

 

 怜悧であり、どこか底知れない静けさを漂わせた男。

 

 その人物の事は、多くの者が知っていた。

 

 4年前、圧倒的な指導力と頭脳を持って人々をリードし、世界を掌握する一歩手前まで行った人物。

 

 道半ばで倒れたものの、未だに彼を慕い、敬う者は、今尚数多いと聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《私の名は、ギルバート・デュランダルです》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、世界に嵐が起こった事は言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅に戻ると、ユウキ・ミナカミは着替えるのもそこそこにキッチンの方へと向かった。

 

 ちょうど夕食時である。妻は今頃、食事の準備をしている頃だろうと思ったのだ。その証拠に、良い匂いが台所の方から漂ってきていた。

 

 この家のキッチンは、車椅子に座ったライアでも問題なく調理ができるような作りになっている。その為、今ではすっかり、料理もライアの趣味の一つになっていた。たぶん今日も、ユウキの好物を作って待ってくれていたのだろう。

 

 暫くそうしてライアの背中を見詰めていると、ふと気配に気づいたらしいライアが振り返り、笑顔を向けてきた。

 

「あ、ユウキ、おかえり。ご飯もうすぐできるから、着替えて待っててね」

「・・・・・・ああ、ただいま」

 

 料理する妻の笑顔を見詰めながら、ユウキは静かな声で返事を返す。

 

 元は部隊を率いる程の実力を持ったエースパイロットでありながら、ユニウス戦役時に足を負傷し一線を退いたライア。そんな昔のライアを知っているだけに、ユウキとしては彼女の転身振りには、今でも時々、違和感のような物を感じずにはいられなかった。

 

「・・・・・・ライア」

 

 そんなライアの背中を見ながら、ユウキは静かに声を掛けた。

 

「どうしたの?」

「・・・・・・ちょっと、話があるんだ」

 

 改まった口調のユウキに訝りながらも、ライアは料理の火を止めて車いすをターンさせると、居間の方へと向かった。

 

「どうかしたの?」

 

 ソファーに座ったユウキの元まで行くと、ライアは話を促すようにして声を掛ける。

 

 そのユウキはと言えば、今まで見た事も無いくらいに険しい顔をしたまま腕を組んでソファーに座っている。

 

 これは珍しい事である、人の良い性格をしたユウキがここまで険しい顔をするなど、少なくともライアの記憶にある限りは無い事だった。

 

「ライア、君も、例の放送は見たよね」

「・・・・・・うん」

 

 ユウキの質問に対し、頷きを返すライア。

 

 ユウキの言う例の放送とは、昼間に行われた、あのメディアジャック放送である事はライアにも判っていた。

 

 北米大陸を壊滅に追いやったと言う、エンドレスと名乗る組織。

 

 戦争する者や、自分達に逆らう者には大量破壊兵器を用いた討伐を行う方針発表を行ったあの組織は、最後の最後でとんでもない爆弾を投下していった。

 

 最高指導者と名乗る男が取った仮面の下にあったのは、死んだと思われていたプラント前最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏の顔だったのだ。

 

 その瞬間、世界が受けた衝撃が計り知れない物であった事は言うまでもない事であろう。何しろ、死んだと思っていた人物が生きて、再び世界中の人間の前に姿を現したのだから。

 

「あの後、カガリから正式に要請があった。前線に復帰するようにって」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ユウキの言葉を、ライアは無言の内に受け止める。

 

 いつかは、こんな日が来るだろうと覚悟していたような顔である。

 

 先のオーブ北部沖での戦いで勝利する事はできたものの、未だにオーブを取り巻く状況そのものは改善されたとは言い難い。そこにきて新たに、エンドレスなどと名乗る組織まで現れたのだ。状況は以前にもまして複雑化したと言えるだろう。

 

 そのような状況である。ユウキ程の人材を遊ばせておけるほど、軍にも余裕があるとは思えなかった。

 

「・・・・・・僕は、この話を受けようと思う」

 

 言ってからユウキは、悲痛な表情のままライアから視線を逸らす。

 

 その顔を見ただけで、ライアには判る。たぶん夫は、その決断をするまでに相当悩んだのだろう。そしてユウキを悩ませた原因についても、ライアには既に見当がついていた。

 

 ユウキが迷わざるを得なかった理由、それが自分自身にあると言う事を。

 

 自力では歩けない体になって既に4年になり、車いすと言うハンデを負った生活にも慣れて来た所ではあるが、それでもライアにとって、自分の存在そのものがユウキの足かせになっている事を考えると、どこまでも自由にならない自分の体が恨めしかった。

 

 だからこそユウキが決断を下した時に、ライアが取るべき態度は初めから決まっていた。

 

「・・・・・・判った」

 

 そう言って、ライアは頷きを返す。

 

「行ってらっしゃい。あたしの事は心配しなくていいよ。もう、大抵の事なら、アタシ1人でもできるし、大変な時はヘルパーさんに来てもらうから、大丈夫」

 

 言ってから、ライアは柔らかい微笑を夫に向ける。

 

「ずっと、思ってたんだ。後方勤務なんて、ユウキには似合わないって」

「ライア、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 ライアの言葉に、ユウキは言いにくそうに顔を上げると、年下の妻の満面の笑顔が視界の中へと飛び込んできた。

 

「だって、あたしの旦那様は宇宙戦艦の艦長でしょ?」

 

 この4年間、ライアにとってはとても幸せな日々だった。

 

 4年前、ユウキがライアの事を思い、自ら後方勤務に配置換えを申請した事は、ライアは今でも嬉しく思っている。

 

 だが逆を言えば、自分の存在がユウキを地上に縛り付けてしまっていたと言う思いもまた、ライアの中ではあった。

 

 この4年間は、ライアにとって夢のような日々だった。

 

 だが、夢から覚めたのなら、今度は現実を生きなくてはならない。また、夢を見る為に。

 

 ユウキは立ち上がると、そっと妻の体を抱きしめる。

 

「ごめん、ちょっと行ってくるよ」

「うん、待ってるから。なるべく早く帰ってきてね」

 

 そう言うと2人は、互いの温もりを忘れまいとするかのように、いつまでも硬く抱擁を交わし合っていた。

 

 

 

 

 

 寝る前にコーヒーを飲む。と言うと、誰もが奇異に思う事だろう。

 

 これから寝ると言う時にカフェイン物質を取れば、却って頭が覚めてしまうのは子供でも分かる事である。

 

 しかし喫茶店経営を始めてから、夜眠る前にコーヒーを飲むと言うのは、ラキヤとアリスにとって習慣となりつつあった。

 

「あれって、ほんとに議長だったのかな?」

 

 ラキヤが淹れたコーヒーを左手で受け取りながら、アリスはぼんやりと呟く。

 

 下着の上からYシャツを羽織るだけと言う、いつもの寝間着姿をしたアリス。片腕になってしまったのだから、わざわざそんな着替えにくい格好をしなくても良いと思うのだが、どうやら昔から慣れ親しんだこの格好が一番寝やすいらしく、今でもスタイルを変えようとはしなかった。

 

「アリス的に見て、どう思った? 正直、僕はデュランダルに会った事なんて、死ぬ直前のあの時だけだったから、良く判らないんだけど」

 

 ラキヤは陥落直前のメサイアで、一度だけデュランダルと接する機会があったのだが、流石にあれだけでは印象が薄すぎて、判別がつかなかった。

 

 対してアリスは、ザフト軍時代にデュランダル直々に見いだされ、インパルスのパイロットに抜擢されており、更に戦争後期にはFaith認定も受けている事から、デュランダルと接する機会も特に多かった。少なくとも、ラキヤよりは彼の事を良く知っているだろう。

 

「ん~・・・・・・」

 

 アリスは顎に人差し指を当て、天を仰ぐようにして考え込んだ。

 

「少なくとも、似てたのは確かだよ。でも、それで本人かどうかって言われちゃうと・・・・・・」

 

 そこで言葉を詰まらせるアリス。

 

 やはり、あの映像だけでは、単なるそっくりさんなのか、それとも本当にデュランダル本人なのかは判然としない感じである。

 

「ごめんね、役に立てなくて」

「いいよ、そんなの気にしなくても。あれだけで判る筈が無いんだから」

 

 謝るアリスに、ラキヤはそう言って笑いかける。

 

 別段、ラキヤとしても確証が欲しくて聞いたわけではない。あまりにも自体が突拍子なさ過ぎるので、誰か知っている人間に尋ねてみただけであり、そう言う意味でアリス以上に最適な人間はラキヤの周りにはいなかったと言うだけの話だ。

 

「その事もなんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、アリスは無くなってしまった右腕を掴むようにして肩に手をやる。

 

「こんな体じゃなかったら、ボクもラキヤと一緒に戦う事ができたのに」

 

 間もなく、決戦が始まる。その事はアリスにも判ったいた。

 

 エンドレスが行った、あのような宣言をラクスやカガリが座視するとは思えない。必ず近いうちに討伐の為の兵を挙げる事になるだろう。そして、その中にはラキヤも加わるであろうことは言うまでもない事である。

 

 自分が万全の体で出撃する事ができれば、必ずラキヤの助けになれた筈。

 

 そう思うと、アリスには言いようの無い悔しさが浮かんでくるのを止められなかった。

 

 俯くアリス。

 

 そんなアリスの顔を、ラキヤは持ち上げ、

 

 そして、そっと唇を重ねた。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 声を上げようとしてアリスは、塞がれた唇の中でくぐもらせる。

 

 ややあって唇を離すと、ラキヤは不安がる妻にそっと笑いかけた。

 

「僕も、アリスが一緒に戦ってくれたら心強かったんだけどね。けど、君を守る為に出撃する。そう思えば、僕はいくらでも強くなれる、そう思っている」

「ラキヤ・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫。僕は今まで色々な形で死の淵から這い上がってきた。だから、今度も必ず戻って来るよ」

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

 子供のように、こくんと小さく首を振って頷くアリス。

 

 その様子があまりにも可愛らしかったため、ラキヤは思わず苦笑してしまった。

 

 その手が、剥き出しになっているアリスの太腿を滑り、Yシャツの裾へと潜り込んで行く。

 

「あ・・・・・・や・・・・・・」

 

 込み上げてくるむず痒い感覚に、思わず声を上げるアリス。

 

 しかし、抵抗する素振りは見せず、そのままされるがままになる。

 

 2人に今まで子供ができなかったのは、ラキヤがアリスの体調を気遣って控えていたからなのだが、ここまで気持ちが昂ると、互いに最早細かい事は気にならなくなってしまう。

 

 アリスの体をベッドに押し倒すラキヤ。

 

 そのまま2人は、互いの温もりを感じ合うように肌を重ね合った。

 

 

 

 

 

「え、フィリップ王子に会ったの?」

 

 明るい日差しが病室の中に差し込む中病室に飾られた花瓶の水を取り替えてきたキラは、エストから話を聞いて、思わず目を見開いた。

 

 一緒に連れてきたリィスはエストに手伝ってもらいながら、ベッドの上で何やら一生懸命に絵を描いている。だが悲しいかな、どうやらリィスには絵の才能が無いらしく、紙の上には正体不明の生物(らしき物)が並んでいる所が描かれているだけだった。

 

 まあ人には向き不向きと言うものがあるし、そこは仕方がないだろう、とキラは苦笑する。将来、リィス本人が芸術の道に進みたいと言い出したら、止めるか応援するかで悩みそうだったが。

 

 そんな中で、ふと思い出したようにエストが、先日この病院でフィリップに会った事を伝えてきたのだ。

 

「はい、どうやらミーシャのお見舞いに来ていたようでした」

 

 エストはその時の事を思い出しながら言う。

 

 病院で昏睡状態のまま眠り続けるミーシャの傍らに立ち、己の罪を懺悔するようにしていたフィリップ。

 

 オーブに来てからのフィリップが、無気力の内に時を過ごしていると言う噂はキラも聞いていた。

 

 彼の犯した罪は、決して許される事ではない。彼が軽挙な事をしなかったら、スカンジナビアや西ユーラシアで失われなくて済んだ命が、それこそ数十万単位で存在したのだから。

 

 だが、だからこそ、と言うべきだろう。事がこの段階に至った以上、もはやフィリップ1人が命を捨てれば許されると言うものでもなくなってしまっている。

 

 その事は、他ならぬフィリップ自身が自覚していた事なのだろう。それ故に、今のフィリップは自分にどのような償いができるか、模索している所なのだろう。

 

「本来なら、なるべく早いうちにスカンジナビアを含む旧領を奪還する為に動きたいところなんだけど」

 

 花瓶の水を取り替え終わったキラは、椅子に腰かけながらぼやくように言った。

 

 しかし、現実問題として、それができる状況ではない。

 

「例のエンドレスの問題ですね。私もテレビで見ました」

「あのカーディナル・・・・・・デュランダルが宣言した秩序を維持する為に、抵抗する全ての勢力を力で押さえつけるてのは、どう考えても容認する事ができないからね。たぶん、優先順位的に行けば、これからの主敵はエンドレスになると思う」

 

 戦力的な面から見れば、脅威度はエンドレスよりも地球連合軍の方が高い。戦力と言う面から見ても、地球連合軍は共和連合軍の3倍以上の戦力を未だに保持していると言われている。

 

 しかし、地球連合は盟主である大西洋連邦が本土の壊滅によって狼狽は成す所を知らず、未だに混乱から立ち直る兆しすら見えない。そのような状態で地球軍が、オーブを含む共和連合領に攻め込んでくることはあり得ないだろう。

 

 となると、やはり事実上最大の脅威は、エンドレスと言う事になる。

 

 エンドレスは北米大陸やスカンジナビア王国を壊滅に追いやった謎の大量破壊兵器オラクルに加えて、旧ファントムペイン、更には地球連合軍からも多数の離脱者が加盟していると言う。どうやらカーディナルは、決起の日に備えて、かなり周到に用意を進めていたらしい。

 

 エンドレスの宣戦布告からわずか数日しか経っていないと言うのに、既にその規模は単なるテロリスト集団とは言い切れない規模になりつつあった。

 

「エスト、僕達はまた、近いうちに出撃する事になると思う」

「判っています」

 

 キラの言葉に対し、エストも静かに頷きを返す。

 

 もう昔のように、子供みたいな駄々をこねて、キラを困らせるような事はしない。エストはただ静かに、出撃を告げるキラを見つめ返している。

 

 キラが自分達を守る為に出撃するのなら、自分はキラの子供を産み、守るのが役割である。

 

 その事を、エストははっきりと認識していた。

 

「必ず、帰って来るから」

「はい」

 

 頷くエスト。

 

 そのエストの頭を、キラは優しく撫でてやる。

 

 気持ち良さそうに、くーっと目を細めるエスト。大人になったようでいて、こう言う仕草は子供の頃から全く変わっていない。

 

 そんなエストを、そして傍らで謎の絵を描くリィスを、キラは優しく見つめる。

 

 間もなく出撃する。

 

 先程、エストに告げた言葉は間違いない。

 

 だが、

 

 キラはどうしても、出撃する前にやっておきたい事があるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-08「終わりなき世界」      終わり

 


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