機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-07「天から降り注ぐ破滅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロスファイアを着陸させ、コックピットから降り立ったキラは、後から降りてきたリィスの脇に手を入れて持ち上げ、地上に降りるのを手伝ってやる。

 

 周囲を見渡せば、戦いを終えたオーブ軍やザフト軍の機体が次々と滑走路に降りてくるのが見える。

 

 機体から降りてくるパイロットや、駆け寄ってくる整備兵たちの間には笑顔があふれている。正に、苦難を乗り越えた達成感に満ち溢れた者達の顔である。

 

 オーブ北方沖の戦いは、オーブ、ザフトから成る共和連合軍の勝利に終わった。

 

 来襲した地球連合軍は、戦略目標だったオーブ占領を諦めて撤退、その際に500から600機の機動兵器と、そのパイロットを失ったと思われていた。戦闘開始前は1500機以上の機体を有していた地球軍全体から見れば、決して多いとはいえないかもしれないが、軍隊というものは2割の損害を食らえば、指揮系統に破綻が生じ始める者である。そこに来て3割以上の損害を与える事に成功したのならば、まさに妨害の大戦果であると言える。

 

 対して共和連合軍の損害は100機に満たない。オーブ防衛に成功した事から考えても、戦略的、戦術的双方において共和連合軍の勝利は間違いなかった。

 

 機体から降り立ったキラ達は、そのまま着替えをする為にロッカールームのある待機所へと向かおうとした。

 

 と、そこへ小走りしながら駆け寄ってくる人物がいる事に気付いた。

 

「おおキラ、ここにいたのか。無事だったんだな」

「サイ、どうして?」

 

 親友であるサイ・アーガイルの登場に、キラは思わず目を丸くした。

 

 元はスカンジナビア軍の技術士官だったサイは、キラ達と共にプラントに赴いた際、成り行きでそのまま残留する事になったのだ。その為、スカンジナビア王国滅亡の際にも、その場に居合わせる事がなかった為に難を逃れたのだ。

 

 駆け寄ってきたサイは、並んで立つ2人を見てから、感慨深くクロスファイアを見上げて行った。

 

「お前達がクロスファイアで出撃したって聞いてな。それで、後から追いかけて来たんだ。何しろ、こいつのコックピットシステムの開発、俺がやらせてもらったからな」

「ええ!? て事は、エクシード・システムを!?」

 

 これには、流石のキラにも驚いた。

 

 確かにサイが技術者として優秀である事は知っていたが、まさかあれほどのコックピットシステムを作り上げるとは思ってもみなかった。

 

 キラの驚く顔を見て、サイは少しだけ照れくさそうに頭をかく。

 

「と、言っても俺は例のデータチップに入っていた情報をもとに組み上げただけだけどな」

「いや、それでもすごいよ・・・・・・」

 

 実際の話、エクシード・システムの雛型は、既にデュランダル自身によって作り上げられていたらしいのだが、キラですら読み解く事が困難だったデータを、時間がかかったとはいえ解析して、実際にコックピットシステムとして完成させたのは大したものである。

 

「クロスファイアの内部構造は結構複雑だから、俺達の方で整備させてもらえるようにオーブ軍には許可を取った。だから安心してくれ」

「助かるよ」

 

 製作者のサイ達が実際に機体の整備をしてくれるなら、キラとしても安心だった。

 

 やがて、可動式のメンテナンスベッドに乗せられて、クロスファイアが格納庫の方へと運ばれていく。

 

 リィスと並んでその様子を眺めながら、キラはぼんやりと考え事をしていた。

 

 今回の戦いで地球連合軍に大打撃を与えて押し返す事が出来た。しかし、それでもまだ、地球連合にこの戦争を諦めさせるほどの打撃を与えたとは言い難いだろう。

 

 戦いはまだ、続く事になる。そうなると、自分やリィスは、再びクロスファイアに乗って戦う事になる。

 

 願わくば、その時こそ最後の戦いとしたいものだった。

 

 と、

 

「キラ、リィス!!」

 

 背後から呼び止める声に振り返ると、軍服姿のカガリが手を振りながら走ってくるのが見えた。

 

「やっぱり、こいつに乗ってきたのはお前達だったか」

「カーペンタリアからまっすぐこっちに来たんだけど、何とか間に合って良かったよ」

 

 息を切らせてまで走ってきたカガリの様子に、キラは苦笑を返す。

 

 正直、キラ達が戦場に到着した時、正にジェノサイドがアカツキ島のオーブ軍司令部に攻撃を開始する直前だった。もしクロスファイアの到着が遅れ、ジェノサイドの砲撃が行われていたら、その時点でオーブ軍の戦線崩壊は免れなかっただろう。その事を考えると、いかに今回の勝利が薄氷を踏むような危ういものであったか判る。

 

「お前も、よく頑張ってくれたな」

「ん」

 

 そう言う髪をかき混ぜるようにして撫で回すカガリに、リィスは少しだけ目を細めて返事を返す。

 

 エストよりも乱暴な手つきで撫でられた為、少し不快感を感じたようだが、それでも振り払うほどの音でもないらしい。リィスはそのまま、カガリにされるがままになっている。

 

 エストが戦えなくなった事で、リィスの存在はキラにとって無くてはならないものとなりつつあったが、今回、正式にクロスファイアのオペレーターとなった事で、その立場はより重要性が増したと言える。

 

 実際リィスに、後席に座らせてオペレーターをやらせてみたが、特にやりにくさは感じなかった事から考えても、これからの戦い、リィスに引き続きオペレーターをやらせても問題は無さそうだった。

 

「それで、お前達はこの後、エストのところに行くのか? だったら移動用の足を用意してやるぞ」

「うん、お願いするよ」

 

 本当の病院に入院しているエストに、早く戦いが終わった事を教えてやりたいと思っているキラにとって、カガリの申し出はありがたかった。

 

 一応、今は軍人の立場であるキラにも、報告書やら何やら書かなくてはならない書類があるのだが、それならば別の場所でも書く事はできるはずだった。

 

「さあ、行こうリィス。エストが待ってるよ」

「うん・・・・・・・・・・・・」

 

 リィスを連れて待機所へと向かうキラ。

 

 その時だった。

 

「アスハ大臣、こちらでしたか!!」

 

 1人の兵士が、カガリに向かって走ってくるが見えた。

 

 ふと、キラも足を止めてその兵士に見入る。何やら血相を変えて走ってくる兵士の様子に、容易ならざる事態が起こったであろう事が想像できた。

 

「どうした?」

「い、一大事ですッ すぐに司令部までお戻りください!!」

 

 顔を見合わせるキラとカガリ。

 

 何か良くない事が起こっている。それだけは、直感的に理解できた。

 

 

 

 

 

 白銀の機体が、順番を待って滑走路へと滑りこんでくる。

 

 シロガネである。オーブ軍の中では特に目立つカラーリングである為、遠目に見てもかなり目立っているのがわかる。

 

 ラキヤは機体を指定された位置に停止させると、OSを停止させ息を吐いた。

 

 目標となった輸送船団は壊滅に成功、途中で自身の古巣とも言うべきファントムペインが襲撃を仕掛けてきたが、これも辛うじて撃退する事に成功した。ラキヤにとって、オーブ軍として初めての戦いとなったわけだが、結果としては十分手応えを得られたと言える。

 

 特命を帯びてカーペンタリアに向かったキラが、自分を見込んでシロガネを託して行ってくれたが、その性能も充分に引き出せていたと思う。

 

 軍を抜けてから4年のブランクがあった事から、当初は自分の腕が鈍っていないか不安もあったが、今やそれは完全に払拭されていた。今や十分「復活した」と自信を持って言えるレベルである。

 

 とは言え、

 

 ラキヤはシロガネを着陸させながら、口を突いて出る苦笑を抑えられなかった。

 

 自分ほど、おかしな経歴の持ち主も珍しいのではないだろうか?

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の時はザフト軍、ユニウス戦役の時は地球連合軍、そして今回はオーブ軍と来た。僅か6年の間に、世界でも代表的な軍隊を3つも渡り歩いている。しかも、傭兵のようにフリーな立場ではない。全て正規の軍人としてである。事情を説明されなければ、誰もが自分の正気を疑うのではないだろうか?

 

 そんな事を考えながら、メンテナンスベッドに固定した機体を降りるラキヤ。

 

 と、そこへ聞き覚えのある足音が近付いてくるのが聞こえた。

 

 振り返らずとも、足音だけで誰が来たかは分かる。この弾むような足音は、ラキヤの最愛の妻が奏でる物だった。

 

「ラキヤ!!」

 

 名前を呼ばれ、口元に笑顔を浮かべながら振り返る。

 

 案の定そこには、彼の妻が可愛らしい笑顔を浮かべて走ってくるのが見えた。

 

「おかえりなさい、ラキヤ。無事で良かった」

「当然でしょ。僕を誰だと思ってるの?」

 

 そう言って、アリスに対しておどけて見せるラキヤ。

 

 もっとも、今回は少し危なかったのも事実である。ダークナイトと対峙したラキヤは、かなりの苦戦を強いられている。今度戦う時までに、何らかの対策を練る必要があるだろう。

 

 とは言え、今は心配してくれる妻を安心させる為にも、強がって見せる必要があった。

 

 ラキヤはそっと優しく、片腕しか無い妻の体を抱き寄せる。

 

「大丈夫。僕はどんなに危険な場所からでも、君の所に帰ってくるから」

「ラキヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 夫が自分を励ましてくれている事は、アリスにもわかる。

 

 かつて自分は、彼と同じ場所にいた。モビルスーツを駆って戦場に立ち、最前線で敵と砲火を交わす立場だった。

 

 だが右腕を失くしてモビルスーツに乗れなくなり、そして出撃した夫を地上で待っている立場となってから、アリスの物の見方が変わった。

 

 共に闘う立場から、信じて待つ立場へと。

 

 これもまた、ある意味で一つの戦い方であると言えるだろう。

 

 ラキヤがアリスの肩を抱き、待機所へと向かおうとした時だった。

 

 2人が歩いて行こうとする先で、立ち尽くしているザフト兵士がいる事に気付いた。

 

 訝るように顔を上げるラキヤとアリス。

 

 対して、そのザフト兵士は、驚愕に満ちた声を絞り出した。

 

「・・・・・・アリス・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 ザフト軍の赤いパイロットスーツを着た女性、ルナマリア・ホークは2人を見て呆然と立ち尽くしている。

 

「る、ルナ?・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、アリスもまたルナマリアを見て立ち尽くす。

 

 アリスとルナマリア。

 

 かつては共に肩を並べて戦った者同士が、奇縁とも言うべき再会をしていた。

 

 そしてそれは、アリスの傍らに立っているラキヤも同様である。もっとも、こちらはアリスやルナマリアほどには取り乱している様子は無い。どこか、いつかはこうなる事を予想していたかのような感じだ。

 

「取りあえず、久しぶり、かな・・・・・・ルナ」

「・・・・・・お兄ちゃん」

 

 義兄に対しても、ルナマリアは複雑な目を向ける。

 

 かつてユニウス戦役の折、奇妙な邂逅を果たした3人が、今再び時を超えてめぐり合う運命を享受していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は特に日差しが良かった事も有り、病室から出て病院の庭を散策していた。

 

 南国にしては少し涼しい風が吹き抜ける中、エストは大きくなったお腹を抱えて、花壇の脇のベンチへと腰を下ろした。

 

 奇妙な物である。

 

 ほんの少し前までは自由自在に動かす事ができた自分の体が、今はちょっと腰を下ろす事すら大儀で仕方が無かった。

 

 時折、通りかかる人がエストに対して奇異な目を向けて行くが、こちらから視線を送ると、まるで取って付けたように笑顔を張り付けて会釈してくる。

 

 それに対して会釈を返しながら、エストは内心で嘆息する。

 

 この反応は、ある意味、無理もないものであると、半ばあきらめていた。

 

 年齢的には20歳になったエストだが、外見はどう見ても13~4歳の少女である。贔屓目に見ても10代後半には見えない。そんな「女の子」が、こんな大きなお腹をしていれば、誰だって奇異に思う事だろう。

 

 10代前半で成長を止めてしまった自分の体については、ある程度の見切りをつけたつもりだったが、それでもやはり、こうしていると見世物動物にでもなったようで、あまり居心地が良いとは言えなかった。

 

「・・・・・・まったく、可笑しなことになったものです」

 

 嘆息するように言いながらエストは、自分のお腹の中にいる子供の父親を思い出す。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 エストにとっては、世界で一番大切な青年であり、長い間一緒に戦ってきた相棒でもある。

 

 しかし、初めの出会いの事を考えれば、どうして今のような関係になってしまったのか、当のエストですら良く判らない、と言うのが本音だった。

 

「本当に、可笑しなものですね・・・・・・」

 

 そう呟くと、自分のお腹を愛おしそうに撫でる。

 

 この中に、自分とキラの子供がいる。そう思うだけで、とても幸せな気分になった。もしかしたら、こんな想いを持つ事こそが、「母親になる」事へのステップなのかもしれない。

 

 そして、心の底からそう思っている自分がいる事に対しても、また可笑しさを感じていた。

 

 そんな事を内心で考えていた時だった。

 

 ふとエストは、何やらおかしな物を見たように顔を上げて目を凝らした。

 

 振り上げた視線の先。

 

 そこには、力無い足取りで中庭を歩く1人の青年がいた。

 

 まるで生ける屍のようなフラフラとした足取りで歩き続ける青年は、時折、行き交う人と肩をぶつけながら、それでもある方向へと歩いていく。

 

 それは、エストも入院している、特別病棟のある方角だった

 

「あれは、確か・・・・・・・・・・・・」

 

 その人物には、エストも見覚えがあったが、しかし、同時にこの場にいるような人物でもない事も知っていた。

 

 エストは訝るようにしながら青年の行動を見つめていると、やがてその人物は特別病棟の入口へと入っていくのが見えた。

 

「・・・・・・これは、ただ事ではないかもしれません」

 

 青年の様子にただならぬものを感じたエストは、意を決すると重いお腹を難儀そうに抱えて立ち上がり、青年の後を追って特別病棟へと入って行った。

 

 

 

 

 

 世に重罪人は数いれど、この男を上回る罪を犯して、尚も法によって保護され、命を永らえている者は少ないかもしれない。

 

 フィリップ・シンセミアは、祖国スカンジナビアが滅びてから今日に至るまで、なおも命を保ち続けてきた。

 

 フィリップはスカンジナビア滅亡の原因を作った張本人である。

 

 疑心暗鬼から父と妹を疑い、それとは知らなかったとは言え、地球軍の首魁ともいうべきカーディナルを自分のブレーンとして重用した結果、彼が真に何を企んでいたか、最後の段階になるまで気付かなかった。

 

 そして、気付いた時には既に手遅れ。

 

 スカンジナビアは滅亡し、父アルフレート、そして妹ユーリアは帰らぬ人となった。

 

 ただ1人、事の張本人であるフィリップのみが生き残った形である。

 

 以来、フィリップはオーブに匿われ、今日まで生き延びてきた。

 

 もっとも、それは国を滅ぼしてしまった責任ゆえに、自ら償う方法を模索する為、という前向きの理由からでは無い。生きているのは辛い。しかし、自殺するだけの勇気も無いという後ろ向きな惰性の元に生き延びてきたにすぎなかった。

 

 そんなフィリップは、ある病室の前まで来ると、扉を開けて中へと入った。

 

 清潔感漂う個人用の病室。その中央に置かれたベッドの上で、小柄な少女が点滴のチューブにつながれて眠りについていた。

 

 ミーシャ・キルキス

 

 かつて、妹ユーリアの元でメイドをしていた少女である。

 

 フィリップも何度か顔を合わせた事がある。活発で、どこか小動物を思わせるような愛くるしさがあったのを覚えている。

 

 もっとも、あの頃のフィリップは、目障りな妹に仕えているメイドの事など歯牙にも掛けていなかったが。

 

 しかし今、国を失い、こうして異郷の地にて1人佇むフィリップにとって、ミーシャだけが唯一の「同胞」であった。

 

「・・・・・・私は、とんでもない事をしてしまった」

 

 ベッドの傍らに立ち、フィリップは眠り続ける少女へと語りかけた。

 

「・・・・・・国を滅ぼし、父を、ユーリアを、そして多くの者達を死なせた上に、わたし1人が生き残ってしまった」

 

 人生には往々にして取り返しのつかない物という物は存在するものだが、フィリップが犯してしまった罪は、たとえどのような事をしたとしても、最早取り返すことはできないものだった。

 

 国を滅ぼし、家族を殺し、そして尚且つ自分だけが生き残ってしまった男に、いったいどんな贖罪の手段があるというのだろう?

 

「生きている気にはなれず、さりとて、死ぬだけの度胸も無い・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリップは、眠っているミーシャへ顔を近づけた。

 

「俺は・・・・・・私は一体、如何すればいいのだ?」

 

 元王子が悲痛に問いかけるのに対して、メイドの少女は何も答えず、ただベッドの上で静かな呼吸を繰り返しているのみである。

 

 フィリップにはそれが、自分に対するミーシャの無言の抗議であるように思えた。

 

 自分を妹のように可愛がってくれたユーリア。そのユーリアを殺したフィリップに対する糾弾。

 

 それをする権利が、ミーシャにはあった。

 

 その時、

 

 入口の方で物音がした為、フィリップはとっさに振り替えると、そこには大きなお腹を抱えた少女が、開いたドアに縋りつくようにして、難儀そうに荒い息を吐きながら立っているのが見えた。

 

「・・・・・・やはり、思う通りに体が動かないというのは、きついものです」

 

 言いながらエストは、額に浮かんだ汗を拭ってフィリップを見据える。中庭で休んでいたエストだが、まるで夢遊病患者のように歩くフィリップの姿を見つけて追いかけて来たのだ。

 

「・・・・・・お前は?」

「エスト・リーランド。ユーリア王女の護衛を務めていた傭兵です。あなたとは、一度会ってますよ。スカンジナビアの王宮で」

 

 と、言っても覚えてはいないだろうと、エストは考えていた。

 

 だが、

 

「ああ、フォックス・ファングの・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリップの意外な発言に、エストは軽く驚いて目を見開いた。

 

「覚えておいででしたか?」

「何となく、な。忘れずにいたようだ・・・・・・」

 

 そう言ってから、フィリップは自嘲的に笑って見せる。

 

「お前も、私を罵りに来たのか?」

 

 そうされても仕方がない、とフィリップは思っていた。いっその事、罵られた方が気分的には楽なくらいである。

 

 対してエストは、手近な椅子を引っ張って難儀そうに腰掛けると、簿うような瞳でフィリップにまっすぐ向き直った。

 

「罵ってほしいのなら、そうします。けど、それよりももう少し、話を建設的な方向にしませんか?」

「建設的?」

 

 エストの言葉の意味がわからず、訝るフィリップ。

 

 対してエストは、いつも以上に淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

 

「あなたのせいでスカンジナビアは滅びた。それは、今更悔やんだところでどうしようもありません。後悔するだけ時間と労力の無駄です」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 持ち前の毒舌を絶好調に発揮するエストに対して、フィリップは何も告げる事が出来ずに沈黙するしかできない。

 

 エストの言っている事は紛れもない事実であり、それに反論する権利はフィリップには無かった。

 

 打ちひしがれるフィリップ。

 

 それを見ながら、エストはさらに続ける。

 

「ただ、あなたには、あなたにしかできない事がまだ残っています。それをするべきなのではないですか?」

「・・・・・・それは」

 

 スカンジナビア王家の生き残りとして、祖国奪還の旗印となる。それが、今のフィリップにできる役割だった。

 

 しかし、祖国を裏切った自分に、皆が力を貸してくれるかどうか判らない。それがフィリップには怖かった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そんなフィリップの心中を見透かしたように、エストは柔らかく笑みを浮かべて見せる。

 

「勇気を持って、まずは一歩を踏み出す。そうすれば、心ある人は必ず付いてきてくれるはずです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 正直、それほどうまくいくかどうか判らない。

 

 しかし、なぜかフィリップは、この不思議な少女と話しているうちに、本当にそうなるような気がしてくるのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・なるほど、そうだったんだ」

 

 コーヒーを飲み終える頃、説明し終えたアリス達に、ルナマリアは悲痛な表情を浮かべて頷いた。

 

 ここはラキヤとアリスが借りているアパートの一室である。今ここに、借主であるラキヤとアリスの他にルナマリア、そして偶然居合わせたレイの姿もあった。

 

 レイもまた、かつてはアリスと肩を並べて戦った1人である。普段はあまり感情を表情に出さないが、それでもアリスが生きていた事については何か思うところがあるらしく、この場に同席していた。

 

 アリス達はメサイア攻防戦の後、自分達に起こった事のあらましを2人に説明した。

 

 最後の戦いの後、大気圏に落下したデスティニーは、辛うじて地上に降りる事に成功したものの、そこで力尽きる事になった。

 

 そして乗っていたアリスも右腕を切断するほどの重傷を負っており、その治療とリハビリに長い時間がかかってしまったのだ。

 

「レイも。どう、あれから体の調子は?」

「問題無い。とりあえず今のところはな」

 

 レイの体が、クローニングの影響で徐々に崩壊して行っている事を、アリスは知っている。それだけに心配をしていたのだが、こうして無事な姿を見る事が出来たのはうれしかった。

 

 レイ自身、ラクスの伝手でいくつかの研究機関から新薬を優先的に受け取れる契約をしている。その為、クローニングによる老化を完全に払拭するには至っていないものの、それでもかなりのレベルで抑えることには成功しており、少なくとも、あと20年ほどは普通の生活を行えるのでは、と医者からは言われていた。

 

「・・・・・・どうしてよ?」

 

 話を聞いていたルナマリアが、俯くようにして声を絞り出したのはその時だった。

 

「ルナ?」

「どうして、今まで連絡くれなかったのよ?」

 

 ルナマリアは目に涙を浮かべ、アリスの右腕があった場所を見つめる。

 

「あたしも、メイリンも、おじさんやおばさんだって、みんなあんたが死んだと思って、すっごい悲しかったのよ。それなのに、そんな体になってまで、2人だけで苦労背負い込んで、あんたっ達って、どこまで馬鹿なのよ!?」

「ルナ、それは・・・・・・」

 

 感情を爆発させて叫ぶ義妹の様子を見て、ラキヤもまたばつが悪そうに眼をそらしつつ、傍らのアリスに目をやった。

 

 対してアリスも、困ったような眼でラキヤを見上げてくる。自分達には自分達の事情があったのも事実だが、そのせいでルナマリア達を悲しませてしまったのは曲げようもない事実だった。

 

 その時、援護射撃を放ったのは意外にもレイだった。

 

「彼らの気持ちも察してやれ、ルナマリア」

「気持ちって・・・・・・」

「考えてもみろ。彼は元ザフト軍で、かつては地球軍にも所属していた。という事は、少々言い難いが、俺達にとっては脱走兵の裏切り者という事になる。無論、彼を知る者はそうは思わないだろうが、客観的に見れば、そう言う事になる」

 

 レイの言う通りだった。

 

 ザフト軍からすれば、ラキヤもアリスも脱走兵という事になる。加えてラキヤはファントムペインの元副隊長であり、あのアーモリーワン襲撃事件やフォックス・ノット・ノベンバーにも参加した、立派な裏切り者である。プラントに戻れば極刑は免れないだろう。

 

 だからこそ、ラキヤとアリスはプラントへは戻らず、自分達だけで生きていく道を選んだのだった。

 

「だからって、連絡くらいなら・・・・・・」

「できるわけないじゃん。そんな事したら、ルナやメイリンにだって、すっごい迷惑がかかっただろうしさ・・・・・・」

 

 アリスは言いにくそうに言ってから、そっぽを向く。

 

 自分達の行為がルナマリア達を傷付けてしまった。その事に対して申し訳ないという気持ちはある。だが同時に、あのときはこうするより他に方法がなったとも思っていた。

 

 一同の間に、重苦しい沈黙が舞い降りてくる。

 

 どうしようもない事だったのは分かっているが、それでも尚且つ、何か他に手段は無かったのかと模索せずにはいられない。そんな感じだった。

 

 いつまでそうやっていただろうか?

 

 唐突に、ラキヤが持っている携帯電話が着信を告げて鳴り響いた。

 

「・・・・・・はい、もしもし? あ、隊長?」

 

 どうやら、相手はムウであるらしい。オーブ軍所属になってからも、ラキヤはムウの事を「隊長」と呼び続けている。本人としては地球軍時代の慣れた呼び方をしたいところだったが、まさか中将相手に「大佐」と呼ぶ事も出来ないので、隊長と呼んでいるのだった。

 

「え、テレビですか? 判りました」

 

 電話を切るとすぐに、ラキヤはリモコンを手にとってテレビのスイッチを入れる。

 

 すると、そこには、驚愕するべき映像が映し出されていた。

 

 立ち上る巨大な火柱。

 

 あらゆる物を焼きつくす地獄の業火。

 

 何者も存在することを許さない、圧倒的な炎の壁が、映像の中に出現していた。

 

 恐らく核による攻撃。映像内での対比を見るに、かなり距離がある場所から撮られている事は分かっているが、しかしそれでも実際に立ち上る炎が確認できるあたり、炎の規模が想像を絶するレベルであることが分かる。

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

 

 アリスが絶句したまま、声を詰まらせる。

 

 ルナマリアも同様に、口元に手を当てて、込み上げようとする悲鳴を堪えている。

 

 普段は冷静なレイですら、目を見開いて見守っている。

 

 テレビのテロップには、「LIVE」の文字が躍っており、それが現在、リアルタイムで起こっている光景である事を示している。

 

「どこの、出来事!?」

「えっと・・・・・あった、北米大陸、カリフォルニアって書いてる!!」

 

 尋ねるラキヤに、アリスは震える声で答える。

 

 北米大陸といえば、地球連合軍の盟主である大西洋連邦の本拠地が置かれている場所だ。

 

 いったい、何が起こっているのか。

 

 映像の中の光景を、一同は茫然としたまま見守っていた。

 

 

 

 

 

PHASE-07「天から降り注ぐ破滅」      終わり

 


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