機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-06「人を超えた先に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風向きが、変わりつつあった。

 

 クロスファイアと言う強力な援軍を得たオーブ軍は、戦線各所において反撃を開始し、地球連合軍の大軍を押し返しつつあった。

 

 対照的に地球連合軍は、ただ1機現れて鬼神の如き活躍を示すクロスファイアに恐怖し、戦意を失いつつあった。

 

 そもそもからして今回の戦い、彼等、地球軍兵士達にとっては必ずしも乗り気であったわけではない。

 

 西ユーラシアでの戦乱がようやく終結して、まだ1カ月も経っていない。普通なら大規模な作戦行動が終わった時点で兵士達には一定期間の休養が与えられるのが当たり前である。これは軍隊と言う特殊な性格を持つ組織を成立させるために必要な事なのだ。モチベーションが落ちた兵隊は、戦場ではただの的である。

 

 だが、今回はそれをしなかった。兵士達は強制的に休暇を取り上げられ、戦場から次の戦場へと直行する形となった。

 

 無論、今回の件に関して特別報酬の支給は成されるのだが、それも命あっての物種である。いくら金を貰っても、死んでしまったら意味の無い話である。

 

 そのような事情があるから、地球軍の士気は始める前からかなりの割合で低迷気味だった。

 

 それがクロスファイアの戦線介入によって、一気に噴出した感じである。

 

 圧倒的な戦闘力を発揮して、今や地球軍の象徴とも言える存在となったジェノサイド部隊を全滅させ、更にトライ・トリッカーズの3人も撃墜、その他にも数十機の機体がクロスファイア1機によって戦闘不能に追い込まれている。

 

 今や地球軍の士気は地に堕ちていると言って良い。こうなると、空を埋め尽くす程の大軍も、身動きもままならない瀕死の巨象に過ぎなくなる。

 

 クロスファイアの奮戦に後押しされたオーブ軍機が、各戦線において一斉に反撃に転じる。

 

 たちまちの内に、攻守を逆転した状況が展開される。

 

 大軍だが戦意の低い地球軍は、少数ながら国を守ると言う信念の元、天をも衝くほどに士気を高めたオーブ軍の攻撃を受けて、徐々に数を減らしながら後退するしかできないでいる。

 

 それでも、数の上では尚、地球連合軍はオーブ軍の倍以上を誇っている。

 

 今は勢いに乗って一時的に押しているオーブ軍だが、それもいずれは息切れを起こす時が来る。その時に反転して攻勢に転じれば、たやすく勝利できるはず。

 

 地球軍の誰もが、そう思っていた。

 

 その前提が崩れたのは、布陣するオーブ軍とは別の方向から砲撃が浴びせられた時だった。

 

 突如、防御姿勢のままに応戦していた数機のグロラスが、爆炎を上げて吹き飛ばされる。

 

 誰もが驚いて振り返る先には、地球軍に向けて砲門を開きながら接近してくる部隊があった。

 

 その大半が、正式採用され量産の完了したゲルググ・ヴェステージによって構成された部隊。

 

 カーペンタリアからクロスファイアを追う形で派遣されてきた、ザフト軍部隊である。

 

 その先頭を進むオレンジ色のゲルググの中で、ハイネ・ヴェステンフルスは率いてきた全軍に向けてオープン回線にて叫ぶ。

 

「全軍、これよりオーブ軍を掩護する。散開後は各自の判断で攻撃を開始しろ!!」

 

 そう告げると、先頭切って突撃を開始するハイネ。

 

 そのハイネのゲルググに続いて、他のザフト機も次々と速度を上げて地球軍部隊へと斬り込んで行く。

 

 この時参戦したザフト軍部隊は、数的には決して多いとは言えない。せいぜい150機を出る程度である。

 

 しかし、オーブ軍の猛攻に苦戦させられていた地球軍からすれば、この新たなる増援は、更なる士気の低下を招こうとしていた。

 

 少数ながら、圧倒的な戦闘力を発揮して攻撃を開始するザフト軍を前に、地球連合軍の前線は一気に壊乱状態へと落ちいった。

 

 なまじ、大軍である事が完全に仇となってしまっている。

 

 意思の伝達の遅れや、陣形改変の遅延、移動の不自由。

 

 それらの要素が折り重なり、地球軍の各部隊は碌な反撃もできないまま、徐々に徐々に突き崩されていく。

 

 戦闘に介入し、オーブ軍を掩護するザフト軍。

 

 その中で2機、見慣れない機体があった。

 

 白と赤にそれぞれ塗装された機体は、ゲルググに比べると細い四肢を持ち、同時に頭部もかなり細い形状をしている。その頭部にはザフト軍機特有のモノアイを防御するフェイスガードが騎士の面覆いよろしく装着され、頭頂部には大ぶりなアンテナが設けられている。

 

 フォースシルエットを装備した白い機体と、ブラストシルエットを装備した赤い機体は並んで飛行しつつ、地球軍部隊を目指している。

 

「まさか、こんな形で出番が来るなんてね」

 

 赤い機体を操縦する女性は、どこか楽しそうな口調で皮肉めいた言葉をしゃべる。

 

 自分達がオーブ軍を助けるためにこの地に来ているという事実は、彼女にとっても、良い意味で皮肉を感じずにはいられなかった。

 

 たいして、白い機体からは冷静沈着な男性の声が返る。

 

《オーブ軍だけで戦線を維持するのは難しい。後のことを考えれば、ここで援護することは決して無駄にはならない》

「判ってるわよ。あたしが言いたい事は、後で何が起こるのかなんて、全然わからないものなんだなって事」

 

 男性の冷静な指摘に対して、女性はやはり可笑しそうに微笑を浮かべながら返事をする。

 

 ルナマリア・ホーク、そしてレイ・ザ・バレル。

 

 かつて戦艦ミネルバに所属し、ユニウス戦役を戦い抜いた歴戦のパイロットたちである。

 

 戦後、最高議長警護官としてラクスの身辺警備を担っていた2人だが、今回の地球軍によるオーブ侵攻に伴い、特命を受けて派遣されてきたのだ。

 

 2人が駆る機体は、まだザフトのどこの部隊にも配置されていない新型である。

 

 かつてのインパルスの設計を踏襲し、合体分離機構やVPS装甲を採用、その他に新技術を多数盛り込んだ機体であり、コストよりも性能優先で建造された機体である。

 

 ZGMF-3001「ギャン・エクウェス」

 

 ザフト軍の中で特に異彩を放つギャンの姿には、地球軍側も警戒するように見守っている。

 

《行くぞ、ルナマリア》

「オッケー!!」

 

 2人は頷き合うと、速度を上げて地球軍部隊の直中へと切り込んでいく。

 

 たちまち、集中される砲撃。

 

 しかしレイとルナマリアは、巧みにそれらの攻撃を回避して、手にしたビームカービンライフルを振い、未だに反応できずに立ちつくしている地球軍機を撃破していく。

 

 基本となる性能はゲルググをも上回り、事実上のワンオフ機に近い性格を持つギャン相手に、地球軍の兵士達は対抗する事もできずに一方的に撃破されていくしかなかった。

 

 さらにルナマリアは、背部のブラストシルエットに装備したケルベロス長射程ビーム砲を展開、ギャンの圧倒的性能を前に、未だに右往左往している地球軍機を撃破していく。

 

 そうして地球軍がひるむ中、フォースシルエットを装備したレイのギャンは、高機動を発揮して切り込み、ビームサーベルでグロリアスを次々と斬り捨てていく。

 

 正に、長年共に闘ってきたコンビだからこそできる、阿吽の呼吸というべき連携だった。

 

 ルナマリアとレイ。そしてザフト軍の戦線介入により、戦況は徐々にオーブ軍優位に転換されつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変化は、劇的だった。

 

 クロスファイアの姿が、それまでとは変わっている。

 

 基本となる形状に変化はないが、それまで蒼かった装甲が闇より削り出したような漆黒染まり、白き炎によって形成されていた翼は、鮮やかな深紅に染まっている。

 

「エクシードシステム、モードD、起動完了」

 

 呟くキラ。

 

 次の瞬間、

 

 仕掛けた。

 

 両手に装備したブリューナク対艦刀を翳して一気に駆け抜け、尚もクロスファイアに対して敵愾心をむき出しにしているサイクロンに斬り掛かる。

 

 Xを描くように、左右から振るわれる斬撃。

 

「そんな物で!!」

 

 ブリューナクによる鋭い斬撃は、しかしサイクロンがいち早く後退した事で空を切る。

 

 その様子を見ながら、自身の中で急速に反撃プランを組み上げるレニ。

 

 先程見せられた機体の変化が何を意味しているのかは、レニには判らない。

 

 しかし、いかに姿が変わろうが、そんな物はただの虚仮脅しに過ぎない。ヴィクティムシステムを発動して、人を超えるだけの力を手に入れた自分に敵うはずはないのだ。

 

 接近戦を仕掛けつつ、相手の体勢を崩し、その上でフルバーストによる砲撃でトドメを刺す。

 

 そうレニが考えた瞬間だった。

 

 漆黒の風が、サイクロンを吹き飛ばす勢いで吹き付けた。

 

「ッ!?」

 

 思わず、息を呑むレニ。

 

 殆ど一瞬で、距離を詰めたクロスファイアが、既に攻撃態勢に入っていたのだ。

 

 回避は、間に合わない。

 

 とっさにそう判断したレニは、シールドを掲げてクロスファイアの斬撃を防御しにかかる。

 

 ぶつかり合う剣と盾。

 

 キラは突撃の勢いそのままに、ブリューナクを振り抜きにかかる。

 

 押し負ける形で、大きく吹き飛ばされるサイクロン。そのまま錐揉みするようにして、海面へ真っ逆さまに落ちていく。

 

 そこへ追撃を掛けるべく、紅炎翼を羽ばたかせて迫ってくるクロスファイア。

 

「このォ 舐めるな、死の天使ィ!!」

 

 叫びながらレニは機体を強引に立て直すと同時に、ダインスレイブ複合銃剣をサーベルモードにする。

 

 既に砲撃戦のできる距離ではない。どうにかしてクロスファイアの攻撃を接近戦で凌ぎ、体勢を崩した上で反撃に出る以外、レニには手段が残されていなかった。

 

 スラスター全開で突撃するサイクロン。

 

 視界の中では、双剣を構えるクロスファイアの姿が迫ってくる。

 

「今度、こそォ!!」

 

 その間合いの内側にクロスファイアを捉えた瞬間、ダインスレイブを横薙ぎに振るい斬り捨てる。

 

 刃は間違いなく、クロスファイアを捉える。

 

 斬り裂かれる漆黒の機体。

 

 しかし、

 

 手応えの無さに、レニは思わず愕然とする。

 

「これは・・・・・・残像だとォ!?」

 

 叫んだ瞬間、レニが斬ったクロスファイアは幻のように大気に溶けるようにして消え去ってしまう。彼女が本物だと思って斬ったクロスファイアは、空中に浮かんだ残像にすぎなかったのだ。

 

 では、本体はどこに行ったのか?

 

 そう思った瞬間、

 

 センサーが背後に立つ反応を捉えた。

 

 レニが機体を振り返らせるのと、キラがブリューナクを振るうのは、ほぼ同時だった。

 

 水平に振り抜かれる対艦刀の一閃。

 

 しかし間一髪、レニが直前で後退したことにより、クロスファイアの攻撃はサイクロンの表面装甲を斬り裂くに留まった。

 

「こんな・・・・・・こんなバカな!?」

 

 レニは自分自身に起こっている事が信じられず、激しい苛立ちに襲われる。

 

 ヴィクティムシステムを起動し、人を超越する力を振るうレニ。

 

 そのレニですら、今のキラには僅かに及ばない。

 

 あの、クロスファイアの装甲が蒼から黒に変わった瞬間、全ての状況が一変してしまった。

 

 そもそも、あの変化は何だったのか?

 

 かつて、まだモビルスーツが黎明期だったころと違って、今のキラにとってPS装甲とは、必ずしも必要不可欠というわけではない。そもそも敵の攻撃はシールドで受けるか、そうでなければ回避してしまった方が効率的であると考えているくらいだ。

 

 だが、クロスファイアが搭載するシステムを扱う上で、PS装甲は必要な存在だった。

 

 「エクシード・システム」と名付けられたこのシステムは、パイロットがSEED因子であった場合、その発動を感知する事により、機体性能を従来の3~5倍近くまで引き上げることができる。これによりクロスファイアの機動力は向上、使用兵器の威力、更にOSの処理速度も向上する事になる。

 

 ただしデメリットも存在し、それだけの能力を発揮するとなると、当然、機体にかかる負荷も半端な物ではなく、最悪の場合、自壊してしまうことも考えられる。それを防ぐ為に、PS装甲は必要なのである。

 

 普段は蒼い装甲が、エクシードモードに移行した場合黒く変化するのは、PS装甲の強度が最大レベルにまで上がった為である。そうまでしないと、クロスファイアは自分自身の能力から自らを守る事ができないのである。

 

 そして、何を言おう、このエクシードシステムこそが、ギルバート・デュランダルが世に残し、ユーリア・シンセミアが命がけで守り通した「デュランダルの遺産」に他ならなかった。

 

 自身の研究の中でSEEDについて調べていたデュランダルだが、その生涯において、ついにその正体に至る事はできなかった。

 

 だが、研究を進めていく中でデュランダルは、SEED因子が持つ、いくつかの遺伝子パターンを発見し、更に脳波パターンにおいてもいくつかの特徴がある事を突きとめていた。

 

 SEED発動を感知し、その能力を機体へアクティブにアプローチするシステム。それこそがエクシードシステムの正体である。そして、そのエクシードシステムを搭載する事で完成したのがクロスファイアだった。

 

 ダインスレイブ複合銃剣、ガンバレル、連装ビームキャノンを展開、10連装フルバーストを撃ち放つサイクロン。

 

 その攻撃を、キラは正確に見極めて回避していく。

 

「このッ 当たらないッ・・・・・・当たらないッ・・・・・・何で当たらない!?」

 

 苛立ちを直にぶつけるようにして、更なる砲撃を繰り返すレニ。しかし、それらの攻撃は何の意味もなく、全てクロスファイアの残した残像のみを貫いていくだけだった。

 

 現在起動している「エクシードシステム モードD」は、デスティニーの特徴とOSパターンへ切り替えを行い、接近戦能力を強化したバージョンである。それ故、高速機動と残像機能を駆使した戦術を前に、流石のレニも苦戦を免れないでいるのだった。

 

 業を煮やしたレニが、攻撃手段を切り替えるべく、一時的に攻撃の手を止める。

 

 その一瞬の隙を見逃さず、キラは動いた。

 

 クロスファイアの両手に装備したブリューナク対艦刀の柄尻を連結し、アンビテクストラスフォームにするキラ。

 

 そのまま斬りかかるのか、と思われた瞬間、

 

 そうではなかった。

 

 クロスファイアはボディを大きく捻り込むと、あろう事か連結状態のブリューナクをサイクロンめがけて投げつけたのだ。

 

「なっ!?」

 

 その光景には、さすがのレニも思わず声を上げ、思わず動きを止める。

 

 飛翔するブリューナクは回転しながらビーム刃を形成、まるでチャクラムのような形状となってサイクロンへと迫る。

 

 次の瞬間、立ち尽くすサイクロンの両足が、一緒くたに斬り飛ばされた。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりにも予想外の状況に、茫然と呟きを漏らすレニ。

 

 だが、キラの攻撃は、そこでは止まらなかった。

 

 紅炎翼を羽ばたかせ、一気にサイクロンへと迫る。

 

 しかし、クロスファイアは、手に何も持っていない状態である。

 

 空手で一体、何をしようというのか? そう思った瞬間、

 

 クロスファイアの両手掌部から、ビーム刃が形成された。

 

 パルマ・エスパーダ掌底ビームソード

 

 デスティニー級機動兵器が装備していたパルマ・フィオキーナ掌底ビーム砲の改良型であり、接近戦仕様にした武装である。長さ的には通常のビームサーベルよりも短く、せいぜいクロスファイアの前腕程度の長さでしかないが、それでも接近戦武装としては十分な間合いを持っているといえる。

 

 斬線が数度に渡って瞬く。

 

 その間にサイクロンは、ダインスレイブを、両肩のビームキャノンを、腕を、頭部を、ガンバレルを次々と斬り飛ばされ破壊されていく。

 

 戻ってきたブリューナクを、余裕の動きで受け取るキラ。

 

 それを待っていたかのように、バラバラに解体されたサイクロンの残骸が、海面へと落下していく。

 

 勝敗は、決した。

 

 落下していく、サイクロン。

 

 そのコックピットブロックが海面に落着しようとした直前、掬い上げるようにしてそれを受け止める機体があった。

 

《ここまでだな。撤退するぞ》

 

 サイクロンのコックピットブロックを受け止めたヴァニシングのコックピットで、ウォルフは低い声で唸るように告げた。

 

 すでに各戦線で地球軍は劣勢になっている。これ以上戦ったとしても勝機は無かった。

 

 背を見せて後退しようとするヴァニシング。

 

 その姿を見ていたキラだが、自分に向けて接近してくる機影がある事に気が付き振り返る。

 

 漆黒のジャスティス級機動兵器。ダークナイトが操るエクスプロージョンである。

 

 ダークナイトは速度を上げてクロスファイアに向かうと、両手首、両脛、両爪先、両翼に装備したビームソードを展開して斬りかかる。

 

「こいつは、ジブラルタルに現れた!?」

 

 相手がジブラルタルで対峙した機体だと看破したキラは、とっさに後退しながらダークナイトの攻撃を回避しつつ、クロスファイアの両手に双剣モードのブリューナクを装備して構える。

 

 向かい合う両者。

 

 今しがた倒したサイクロンも強敵だったが、このエクスプロージョンも侮りがたい敵である事は先の戦いでも判っている。そのため、いかにエクシード・システムを起動しているとは言え油断はできなかった。

 

 互いに剣の切っ先を向け、どちらかが動いたら、その時はもう一方も動けるように準備をする。

 

 キラは無言のまま、エクスプロージョンを見据える。

 

 来るか。

 

 そう思って緊張を強めた瞬間、

 

 ダークナイトはそのまま、戦意を失ったようにエクスプロージョンの腕を下ろした。

 

 訝るキラ。

 

 その時、クロスファイアのコックピットに、オープン回線で通信が入ってきた。

 

《キラ・ヒビキ・・・・・お前は、必ず、殺す・・・・・・・・・・・・》

 

 かすれたような、ひどく聞き取り辛い声。

 

 しかし、どこか鼓膜にへばりつくような、粘着質を感じる声は、妙にキラの耳にいつ迄も残っていた。

 

 やがてエクスプロージョンも、背中を見せて撤退していく。

 

「あれは、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟くキラ。

 

 勝つには勝ったものの、またひとつ、自分の中に疑念が生じた事を自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「何でだ!? 何でこうなるんだよ!? 誰か説明しやがれ!!」

 

 地球軍艦隊旗艦の艦橋で、イスカ・レア・セイランは週に当たり散らし、減るはずもない苛立ちを拡散させていた。

 

 戦況報告には、次々と味方の苦境が飛び込んでくる。

 

 既に各戦線は、共和連合軍の猛攻の前に崩壊し、砲火の一部は艦隊にまで及びつつある。

 

 ここまで敵の攻撃が来るのも、もはや時間の問題だった。

 

「総司令ッ 味方部隊が撤退の許可を求めていますが・・・・・・・・・・・・」

「ハァ!? 馬鹿言ってんじゃねえよクズが!!」

 

 控えめに進言してきた幕僚に対して、イスカは口汚く罵り声をたたきつける。

 

「あとちょっとでオーブを落とせるんだ。それくらい言われなくても判れよな!!」

「し、しかし・・・・・・」

「しかし、じゃねえよ!! 無駄口叩いている暇があったら前線に行って役立たずの兵士どもを前に進ませて来い!!」

 

 もはや、地球軍の戦線が維持できないレベルになっている事は、誰の目にも明らかである。

 

 しかしイスカには、それが見えていない。否、見えているのに見ようとしていない。

 

 圧倒的な大兵力。史上類を見ない規模での侵攻作戦。

 

 その指揮を任されながら、オーブ本土を見る事すらできずに戦線崩壊を来たしている現状が、彼女には受け入れがたかった。

 

 そこへ、追い打ちをかけるように更なる悲報が舞い込んできた。

 

「後方の輸送船団より入電!! 『我、敵の攻撃を受く。被害甚大、護衛部隊全滅、輸送船団8割を喪失』!!」

 

 オペレーターの声が、悲痛に響き渡る。

 

 この時、ファントムペインが撤退した事でフリーハンドを得る事が出来たシンとラキヤ率いるフリューゲル・ヴィントが、地球軍艦隊後方に遊弋していた輸送船団に対して大々的に攻撃を仕掛け、これを壊滅に追いやったのだ。

 

 輸送船団には、戦闘遂行に必要不可欠な物資や食糧が積み込まれていた。もともと準備不足で始めた今回の戦いだったが、そのなけなしの物資すら焼き払われてしまったのだ。

 

 これにより、地球軍の戦線崩壊は決定的な物となった。

 

 輸送船団壊滅の報は瞬く間に全軍に広まり、地球軍は完全に大混乱に陥った。

 

 勝手に撤退する者、何をしたら良いか判らず、いたずらに司令部との交信を試みようとする者達が続出する。

 

 そこへ共和連合軍は容赦なく攻撃を仕掛け、次々と地球軍機を討ち取っていく。

 

「こんな・・・・・・馬鹿な・・・・・・」

 

 崩壊していく自軍の姿に、イスカは茫然とした呟きを洩らす。

 

 こんな筈ではなかった。

 

 圧倒的な大群で持ってオーブを攻め滅ぼし、その上で、かつて自分を追放したオーブという国への復讐を完成させる。

 

 その事を夢想してきたイスカにとって、目の前の状況はあまりにも受け入れがたいものだった。

 

 その時、

 

「オーブ軍機、まっすぐこちらに向かってきます!!」

 

 オペレーターの報告に、はじかれたように眼を上げると、そこには地球軍艦隊に対して攻撃を開始しているオーブ軍機の姿がある。

 

 黄金と深紅の機体。ムウのアカツキと、アスランのクレナイである。地球軍の戦線が崩壊した事により、本隊上空まで攻め込んできたのだ。

 

 アカツキが上空から砲撃を浴びせ、その間にクレナイがオオデンタ対艦刀を振り回して斬り込んでくる。

 

 たちまちのうちに、海上には撃破された艦が漂流を始めるのが見える。

 

 最早、勝敗は明らかだった。

 

 地球軍の各戦線は、完膚なきまでに粉砕されつくしてしまっている。

 

 イスカは尚も、強硬に抗戦を主張していたが、それが無理なのは子供の目にも判る事である。

 

 やがて、イスカは幕僚たちに無理やり押さえつけられ、地球軍艦隊は反転を始める。

 

 しかし、既にオーブ領深くにまで入り込んでいる彼等である。完全に撤退を完了するまでに、更なる損害を食らうであろうことは想像に難くなかった。

 

 この日、オーブ領に侵攻した地球連合軍は、多大な損害を食らって撤退していった。

 

 オーブは6年前に地球軍の侵攻によって国を滅ぼされた借りを、見事に返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーディナルは自室の椅子に座ったまま、ゆっくりと考え事をしていた。

 

 状況は既に、彼の思い描いた通りに進もうとしている。ここまで来れば、たとえ相手が誰であろうと、彼の歩みを止める事など不可能である。

 

 とは言え、ここに来るまでの道のりは長かった。

 

 そっと、指先が自らの顔に触れる。

 

 確かに感じる、金属の感触。

 

 この仮面を被ると決めた日から今日に至るまで、幾多の困難を乗り越えてきたが、その成果が間もなく得られようとしている事を考えれば、その苦労もやがて感動に変わるだろう。

 

 間もなく始まる事になる。自分が真に目指す世界の構築が。そして、仲間達が願う世界を作る事ができる。

 

 誰もが自分の望むものを手に入れる世界だ。

 

 その為であるならば、自分が今まで築いてきた全ての物を捨て去っても惜しくは無いとカーディナルは考えていた。

 

 この世界は、長く戦乱に明け暮れてきた。

 

 平和への試みはこれまでも何度も行われ、そして今も行われている事であるが、それが身を結ぼうとする兆候は、未だに見られない。

 

 当然だろう。これは利害や欲望を超え、人間と言う種の本質が織りなしている事なのだから。

 

 人間は本質的に、戦いを欲する生物である。

 

 他者より強く、他者より賢く、他者より偉く、他者より遠くに。

 

 人が2人集まれば諍いが起こる。10人集まれば争いが起こる、そして100人集まれば戦争が起こる。

 

 人間とは本質的に争いを好む生き物である。それでも平和を望もうとするのは、たんなる現実逃避に過ぎないのだ。結局のところ、人間が人間である限り、この世から争いの火種を消す事はできないと言う事だろう。

 

 ならば、今の現実に即した、新しい世界の構築を目指すべきだった。

 

 艦内の通信機が鳴ったのは、その時だった。

 

《カーディナル、緊急報告です!!》

 

 ブリッジに詰めているオペレーターからの報告だった。何やら慌てている所を見ると、よほどの事態が起こったらしいと推察できる。

 

「どうかしたのかね?」

《ただ今、オーブ派遣軍から入電しました。読みます。『我、オーブ北方沖にて共和連合軍と交戦、被害甚大、攻略の目途立たず』》

 

 オペレーター自身、信じられないと言った風情で電文を読み上げている。

 

 無理もあるまい。今回のオーブ攻めには、地上における地球連合軍の半分近くを投入したのだ。オーブとの戦力差は実質的に3倍にも達する。これで負けると言う事の方が想像の埒外であった事だろう。

 

「判った。引き続き続報があったら、報告してくれ」

《ハッ 現在判っているその他の詳細につきましては、データにてそちらに転送いたします》

 

 通信機を切ると、カーディナルは再び1人になって考え込む。

 

 自軍が敗北した報告を聞いたにも拘らず、その態度はいつも通り落ち着き払っている。仮面を被っている為に傍からでは判りづらいが、報告の内容そのものについては、カーディナル自身、別段驚いてはいなかった。

 

 今回の敗北は、カーディナルにとって、ある意味予想済みの事だった。

 

 いかに大軍を率いたとは言え、相手はあのオーブ軍だ。これまで何度も苦しい戦いを経験した彼等は、今や質的には世界最強と言っても過言ではない。無策に突っ込んで勝てる相手ではない事は先刻承知済みである。

 

 加えて、今回は準備期間も短すぎた。西ユーラシア平定直後で、地球軍も決して万全とは言い切れない。そこに来てあれ程の大作戦を実行するとなると、本来であるならば3カ月は待ちたいところである。

 

 それでもイスカの執念の能力をもってすれば、オーブ攻略も可能かと思われたのだが、やはりそれだけでは如何ともし難かったらしい。

 

 そう考えた時、コンピューターが作動して、何らかのメールを受信したのを告げる。

 

 恐らく、オーブ戦における戦闘詳報だろう。現在判っている分だけ、まとめて取り急ぎ送ってきたのだ。

 

 ファイルを開いて読み進めていくカーディナル。

 

 内容に関しては、おおむね予想通りである。当初は大兵力で持って攻め寄せた地球軍だったが、オーブ軍も万全の態勢で待ち構えていたため、攻勢は思うに任せる事が出来ず、やがてザフト軍も戦線に加わるに至り、敗北は決定的となった、とある。

 

 中で、カーディナルが目を留めた一文がある。

 

「レニが・・・・・・敗れたか・・・・・・・・・・・・」

 

 これには、多少の驚きを隠せなかった。

 

 レニ・ス・アクシアは、カーディナルが最も信頼し、自身の直接護衛まで任せている少女である。作戦に万全を期すために、今回のオーブ行きに同行させたのだが、そのレニが、まさか撃墜されるとは思わなかった。

 

 報告によるとレニは、敵のエース機と戦って敗れたという。

 

 あり得ない。並みのパイロットでは、レニに敵うはずはないのだ。

 

 レニはエクステンデットとしての身体能力を持っている事に加えて、この世界では数少ないSEED因子である。パイロットとしての能力はスーパーエース級と言って良いだろう。

 

 加えて、サイクロンに搭載している「ヴィクティム・システム」の事もある。

 

 あれはサイクロンに搭載してあるOSが、パイロットに対して強制的に働き掛ける事により、身体能力や神経伝達速度、反応速度を通常の数倍から数十倍まで増幅させる装置である。これによりパイロットは、人間でありながら人間を超えるだけの能力を得る事になる。

 

 反面、当然の事ながらパイロットにかかる負担も半端な物ではない。ヴィクティム・システムは使うたびに、パイロットの心身を蝕んでいくのだ。それ故、今のところ稼働している機動兵器の中で搭載しているのは、サイクロンとエクスプロージョンだけだった。

 

 しかし、そのレニが敗れた。

 

 となると、

 

「相手はやはり、キラ・ヒビキ、彼か・・・・・・・・・・・・」

 

 キラ・ヒビキが生きていたという報告は既に受けている。そして、それをレニが見過ごすはずがない事も予想済みであった。

 

 しかしレニはかつて一度、キラ・ヒビキを破っている。SEED因子とヴィクティム・システムを持ってすれば、簡単に負けるはずはない。

 

 報告では、敵のエース機に敗れたとあるが・・・・・・

 

「・・・・・・『デュランダルの遺産』か」

 

 カーディナルの考えがそこに行きつくのは自然の流れであると言えた。

 

 SEED発動をキーとして起動する、機体強化機能「エクシード・システム」。

 

 その正体について、カーディナルはかなり前から把握しており、メンデルの遺伝子研究所に隠されている事も判っていた。しかし、起動する為のキーワードがどうしても判らなかったため、今まで手出しができなかったのだ。

 

 SEEDの存在は、やがて世界をも変える存在だと考えられている。しかしそれを抜きにしても、エクシード・システムの存在がカーディナルの世界構築の役に立つことは間違いない。だからこそ、入手する為に色々と画策したのだが、結局、全てが徒労に終わってしまった。

 

 エクシード・システムのデータが手に入らなかったのは、カーディナルにとっても痛恨の一事であったと言える。まして、それが宿敵の手に渡ったとなればなおさらである。

 

 だが、こうなった以上は仕方がない。次善の策を実行する以外にはなかった。

 

 その時、艦内通信機が着信を告げ、カーディナルの思索を一時的に中断した。

 

《カーディナル、間もなく時間です。ブリッジまでおいでください》

「判った、すぐ行くよ」

 

 そう言って立ち上がるカーディナル。

 

 いずれにしても、賽は投げられた。最早後戻りはできないし、元よりするつもりもなかった。

 

「さあ、行こう。望む世界を、手に入れる為に」

 

 

 

 

 

PHASE-06「人を超えた先に」      終わり

 


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