機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
話は、オーブ軍と地球連合軍が戦闘を開始する、少し前まで遡る。
滑走路に、2機のシシオウが滑り込んでくる姿が見える。
ここでは珍しいと言う訳ではないが、それでも時期が時期であるだけに、その光景に違和感を覚える者も少なくない。
ここは大洋州連合カーペンアリア基地。地球上における、ザフト軍最大の拠点であり、プラントの在地球公使館が存在している場所でもある。
カーペンタリアはオーブの南側にある為、オーブの機体が往来する事自体は珍しい話ではないが、しかし、現在の状況を鑑みると、やはり奇異だと思う人間がいる事も仕方がない事だった。
現在、オーブ侵攻を目指す地球連合軍の大部隊が、パナマを発して南下している事はザフトでも掴んでいる。ここカーペンタリア基地でも、オーブへ送る増援部隊を組織する為に大わらわの状態である。
今回の事態、プラントにとっても他人事ではない。スカンジナビアが滅びた今、プラントにとってオーブは共和連合陣営の中にあって、最大の同盟国であると言える。他にも南アメリカ合衆国や大洋州連合など、共和連合構成国は存在しているが、それらにしたところでオーブに匹敵するものではない。
そのオーブが、万が一にも陥落する事になれば、強大な地球連合軍を相手に対抗できる国家は存在しなくなる。そして同時にそれは、連鎖的にプラントも地球軍の総攻撃に晒される事を意味していた。
それ故に、プラント政府は、カーペンタリアを通じてオーブに援軍を送るように指示を出していた。
そのような状況の中にあってオーブ軍の機体が、カーペンタリアに入った事は、確かにおかしなことである。
指定された場所にシシオウを着けると、キラはコックピットから地上に降り立った。
目を転じれば、後続して降り立ったシシオウからは、小柄な人影が下りてくるのが見える。
その人物は、キラの方に駆け寄ってくると、ヘルメットを取って並び立った。
リィスである。
ここに来るに当たり、誰か1人、信頼できるパイロットを連れて来るように言われたため、キラは彼女を連れて来たのだ。
信用できるパイロット、と言えば他にいくらでもいる。親友のアスランや、後輩のシンなどは、キラが背中を任せても良いと思える数少ない者達である。
しかし、今回のカーペンタリア行きに先立ち、エストに言われたのだ。「自分の代わりに、リィスを頼む」と。
エストとしては、リィスの事が心配でたまらないのだろう。
「同族相憐れむ」とは少し違うのだろうが、どこか昔のエストと同じ雰囲気を持ち、儚く危うい印象をしたリィスには、エストの中で保護欲にも似た物を感じさせているのかもしれなかった。勿論、エスト本人がそれを自覚しているかどうかは別の問題だが。
そんな訳で、キラはリィスを連れてカーペンタリアに来た訳である。
それにどっち道、地球軍の侵攻が差し迫っている中で、シンやアスラン級のパイロットを連れてくる訳にはいかないだろう。本来ならキラ自身も、今すぐに戻って防衛線に加わらなくてはならないところである。
一応、それまで乗機にしていたシロガネは、フリューゲル・ヴィントの新任第4中隊長に就任したラキヤ・シュナイゼルに預けてきている。彼の腕に関して、キラの中では未知数ではあるが、あのムウが太鼓判を押す程の人物であるなら問題は無いはずだった。
キラとしては焦燥のような物を感じずにはいらなかった。
あのジブラルタル攻防戦で戦った漆黒のジャスティス級機動兵器は、キラが乗ったシロガネを終始圧倒していた。
シロガネは最新鋭の機体であり、シンのエルウィングと並んでオーブ軍最強の機体である。そのシロガネですら、否、キラですらあの敵には敵わなかった事実に、キラ自身、戦慄を覚えずにはいられなかった。
自分には足りない物がある。その事を痛感したキラ。
それ故に今、キラはカーペンタリアに来ている。足りない物を補う為に。
「・・・・・・・・・・・・聞きたい事がある」
横を歩いていたリィスが声を掛けてきたので、キラの思考はそこで中断した。
雰囲気的には昔のエストと似た感じのするリィスだが、口調はだいぶ違う。エストは子供の頃から丁寧語で話す事が多かったが、リィスは言葉遣いも素っ気ない事に最近気が付いた。
とは言え、それが不快と言う訳ではない。今にして思えば、どちらかと言うとエストのしゃべり方の方が、少しおかしい気がしないでもないくらいだ。
「何かな?」
尋ね返すキラに対して、リィスはやはり素っ気ない口調と言葉遣いで質問をしてきた。
「エストとは、結婚とか、しないの?」
思わず、キラは返答に窮した。
その質問を、今ここで、この少女にされるとは思ってもいなかったのだ。
しかし、そう言われてみると、少し前に当のエスト自身から同じ質問をされた事があったのを思い出した。
「どうして、そう言う事を?」
「別に、ただ何となく・・・・・・・・・・・・」
どうやらリィス自身、自分がなぜこのような質問をしたのかについて、自覚はできていないらしい。恐らく、ただ何となく自分の中に浮かんだ疑問をキラにぶつけただけなのかもしれない。
とは言え確かに、事情を知らない者が見れば、今のキラとエストの関係は奇異に映るかもしれない。もうすぐ子供も生まれると言うのに、結婚していないのだから。そんな感じだからこそ、リィスはキラに尋ねたのかもしれなかった。
「結婚しようかって考えた事は何度かあったけどね。ただ、やっぱりこういう生活を続けているから、なかなか機会が無かったんだ」
傭兵として戦い続けると決めた時点で、結婚して人並みの幸せを得る事は難しいのかもしれない。
しかしだからこそ、キラとエストはいつまでも共にあり続けようと決めたのだ。
「でも、エストはきっと待ってる。キラが言ってくるのを・・・・・・・・・・・・」
リィスの言葉を、キラは無言のまま聞き、そして考えてみる。
エストと結婚し、やがて生まれてくる子供と共に生きていく生活。そんな生活も、確かに良いかもしれない。
しかし、
「いずれは、そうするのも良いかもしれないね。けど、その前にどうしてもやらなきゃいけない事があるから」
リィスの頭を撫でてやりながら、キラは視線を前方に向ける。
そこには、長いピンクの髪をした女性が、2人が来るのを待って佇んでいた。
「お待ちしておりました」
プラント最高評議会議長ラクス・クラインは、そう言うと柔らかく微笑んだ。
「久しぶりだね、ラクス」
「ええ、キラもお変わりなく」
そう言って挨拶を交わす2人。月面アッシュブルック基地攻撃に参加する為にプラントを出発して以来だから、半年ぶりとなる再会である。
彼女が、キラ達をカーペンタリアに呼んだ人物である。
次いでラクスは、キラの横にいるリィスへと目を向けた。
「あなたが、リィスですね。あなたの事は、エストから伺っておりますわ」
「・・・・・・・・・・・・あ、この前、テレビに出てた人」
恐らく、ラクスが演説か何かをしているのを番組でも見ていたのだろう。面白くも無い政治系の番組に対する子供の認識など、そんな物である。
しかしラクスは特に気にした風も無く、光栄ですわ、と言うとリィスに微笑みかけた。
取りあえず、立ち話も何なのでラクスは応接室に2人を招じ入れると、キラには紅茶を、リィスにはジュースを出して自分はその対面に腰掛けた。
リィスは初め、出されたジュースを不思議そうに眺めていたが、やがてコップを両手で持つと、小さな口でコクコクと飲み始めた。
その様子を横目に見ながら、キラはラクスに向き直って尋ねた。
「それでラクス、例の話って言うのは、本当なの?」
尋ねるキラに、ラクスは固い表情で頷きを返す。
『切り札』がある。
数日前に、カーペンタリアに来るよう書かれた指示と共に、キラはラクスからそのようなメールを受け取った。
彼女が切り札と言うからには、何か現状を打破できるだけの代物である事は間違いなかった。
「キラ、これを覚えていますか?」
そう言うとラクスは、1枚のデータチップをキラの前に差し出した。
「これは・・・・・・」
それを見てキラは、呻くように声を漏らした。
勿論、キラはそのデータチップの正体を知っている。何しろ、それを巡ってあちこち旅をして回り、その争奪戦を行ったのは、つい半年前の話なのだから。
「『デュランダルの遺産』・・・・・・・・・・・・」
キラの言葉に、ラクスは頷きを返す。
あのギルバート・デュランダルが残したと言われる遺産であり、この世界を一変し得るとさえ言われる力を秘めた代物だ。
「解析が、終わったの?」
「ええ」
ラクスが頷いた時だった。
「そこから先は、儂の方から説明させてもらおうかの」
突然の声に、キラは振り返ると、驚きのあまり目を見開いた。
そこには、予想していなかった人物が立っていたのだ。
「バルク!?」
傭兵斡旋業を営むバルク・アンダーソンは、キラに向かって親しげな笑みを見せて立っていた。
「もう、体は良いの?」
「うむ。流石はプラントの医療技術じゃの。撃たれる前よりも調子がいいくらいじゃ」
そう言ってバルクは、呵々大笑する。
メンデルで戦った際に凶弾を受けたバルクだったが、どうやら本当にもう大丈夫であるらしい。
ホッとするキラ。
そこでふと、バルクはソファに座ったままジュースを飲み終え、今度はテーブルの上にあるお菓子に鋭い目を向けているリィスに目をやった。
次いで、可哀そうな子を見るような目でキラを見る。
「キラ、流石にこいつは犯罪じゃと思うのだが?」
「いや、別に浚ってきたとか、そう言うのじゃないよ!!」
「だいたいお前さん、エストに子供までこさえといと、それよりも若い女に乗り換えるとは、なかなかな鬼畜外道じゃの。流石の儂も、そこまではやらなんだぞ」
「えっと、喧嘩売ってるのかな、バルク?」
笑顔のまま拳銃を抜こうとするキラ。
そう言えば、この老人がこんな性格であった事を今さらながら思い出して嘆息する。
そんな男達の阿呆なやり取りを放っておいて、リィスはラクスが差し出したお菓子をもそもそと食べていた。
バルクも現れた事だし、続きは歩きながらという事になった為、一同は応接室を出て格納庫へと向かう道を歩いていた。
「儂はかつて、メンデルの遺伝子研究所にいた事があった」
歩きながら話し始めたバルクに対し、キラは納得したように頷きを返す。
以前、メンデルに行った際にバルクが映った写真を拾った事があった為、半ば確信に至ってはいたのだが、やはり本人の口から真実を告げられるまで、半信半疑であったことは確かである。
「儂がコーディネイター研究の道を志したのは、24の時じゃった。その頃既に遺伝子研究家として将来にある程度筋道を立てていた儂じゃったが、あの時に受けたショックは、今でも忘れられんよ」
そう、あれは今からもう63年も前の話。
彼のファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが、木星探査に出発する前に行った、世界へ向けたメッセージ。コーディネイターと呼ばれる存在が、初めて世に現れた瞬間でもある。
その様子をテレビで見ていた当時のバルクは、愕然としたものである。
ジョージ・グレンの演説と共に配信された、彼の遺伝子の塩基配列パターンは、専門家の彼自身から見ても、飛躍的と言うより跳躍的と言って良い代物だったのだ。
世界の遺伝子工学よりも、軽く20年は先を行くような技術がそこにはあった。まるで自分が今まで学んだ来た事全てが、子供の落書き程度にしか思えなかったくらいである。
愕然とし、次いで激しく嫉妬し、そして最後に絶望した。
若いバルクは、もう二度と、自分が彼と同じ高みに至る事ができない事を知ってしまったのだ。
ナチュラルの研究家に過ぎないバルクにとって、コーディネイターのジョージ・グレンは、遥か天空を飛ぶに等しい存在だったのだ。
「じゃが、暫くして冷静になってから、儂は考えた。『彼と同じ高みを目指す事はできないかもしれない。しかし、彼を超える事ならできるのではないか』とな」
ジョージ・グレンは確かにファーストコーディネイターであり、人類の先を行く者であるかもしれない。だが、彼が最初の存在であるならば、その彼を作った者は、紛れも無くナチュラルであるはずだった。
ならば、彼を超える存在を生み出す事ができれば、それ即ち、自分はジョージ・グレンを超える存在になり得ると言う事だった。
その日以来、バルクは今まで学んできた既存の概念全てを捨て去り、コーディネイター関連の研究に没頭していった。関係あると思われる資料は全て取得し、裏から手を回してジョージ・グレンの塩基配列パターンも手に入れた。
そうして、第一次コーディネイターブームを迎える頃には、バルクは一廉のコーディネイター研究家として名を馳せるようになっていた。
だが、それでも尚、バルクは満足しなかった。
目指すは、あのジョージ・グレンをも超える存在である。そこに至るまで、息を吐いている暇など無かった。
「そんな年月が過ぎて行ったある日の事じゃった。とある若い研究家の夫婦が、コーディネイターを超える存在を生み出す事を目的として、L4宙域にあるコロニーに、大規模な遺伝子研究所の設立をすると言う話を聞かされ、儂もそこの研究員として誘われたのじゃ」
「それって・・・・・・」
その話を聞き、キラは思わず声を上げた。バルクの話が、キラの記憶にある事柄と一致したのだ。
その事を察し、バルクは頷いて見せる。
「その通り、それこそが、お前さんの両親、ユーレンとヴィアじゃった」
遺伝子研究所に移った事で、バルクの研究の効率は飛躍的に上がり、やがて悪戦苦闘の末ではあったが、数年後には「最高のコーディネイター」が誕生に至る。それがキラだった。
しかしやがて、時代の風向きがコーディネイターにとって辛く当たるようになった。
世界各地でコーディネイターを狙ったテロ行為が相次ぎ、メンデルの研究所も安全とは言えなくなった頃、キラの両親であるユーレンとヴィアは、ヴィアの妹にキラを、そして親交のあったオーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハに、ナチュラルの子供であるカガリを託す決断をした。
その時の事は、バルクも良く覚えている。
それで良いのか、と尋ねるバルクに対し、キラとカガリを腕に抱いたヴィアは力無い笑いを見せながら「これも子供達の為だから」と答えるのだった。
しかしその後、キラが乗った飛行機が事故で墜落したと言う話を聞いた時、ユーレンやヴィアが感じた悲嘆は計り知れない物があった。
「儂が、お前さんの生存を知ったのは、メンデルが閉鎖された後じゃったよ」
キラが行方不明となってからのバルクは、後悔と苦悩の日々だった。
大規模なテロ事件の後、メンデルの遺伝子研究所は徐々に縮小され、その混乱の中でユーレンやヴィアの行方も判らなくなっていった。
バルクはと言えば、自身がメンデルの研究員であった事実を隠す為に、故郷に戻って独自の商売を始め、それがやがて大きく大成していくことになる。
バルクには一縷の望みがあった。
それは、本当に些細な、それこそ茶飲み話で聞いた程度の風の噂だった。
それによると、とある飛行機事故に巻き込まれた赤ん坊が、奇跡的に生き残って現地のゲリラ兵に育てられたと言う話だった。
勿論、当時はそれがキラだと言う確証は何も無かった。そもそも、その噂が本当であると言う証拠すらなかったのだ。
「じゃが、儂は藁をも縋る思いで情報をかき集めた。それまでやっていた商売の軌道も修正し、戦争関連を扱う傭兵斡旋業者となってまで、お前さんの情報を集めた」
しかし、バルクがようやく、赤ん坊を拾ったと言う組織の事を探り当てた頃には既に手遅れで、組織は大西洋連邦軍の掃討作戦によって壊滅した後だったのだ。
再び、バルクは悲嘆にくれる日々を続けることになった。
そうして、失意の内に月日が流れたある日、見慣れない若い男女がバルクの元を訪ねてきた。
奇妙な2人だった。男の方は一向に傭兵らしくない優しげな眼をした線の細い男で、女の方はと言えば、なぜかメイド服を着た、見た目は10代前半くらいの少女だった。
だが、男の方が名乗った名前を聞いた瞬間、バルクは電撃に撃たれたように、その場に立ち尽くした。
『初めまして、僕はキラ・ヒビキ、こっちは、エスト・リーランド。えっと、バルクさん、で良いですよね?』
それは紛れもない、あのメンデルで生まれた子供だったのだ。良く見れば、母親であるヴィアに良く似た印象がある。
20年にも及ぶバルクの苦労が、報われた瞬間だった。
バルクは立ち止まって、キラに向き直った。
「改めて言おう、生きていてくれて、本当にありがとう」
「バルク・・・・・・・・・・・・」
キラも優しげな瞳で、老人を労わるように肩を叩く。
自分の知らないところで、自分をここまで思ってくれていた人物がいたのかと、今さらながら深い感慨を抱かずにはいられなかった。
説明を再開したバルクは、話を再びメンデル時代に戻した。
「メンデルには、当時に遺伝子工学者の最高峰が集められておったが、その中でやはり、あの男、ギルバート・デュランダルだけは群を抜いておったよ。正直、あの男の頭脳には、儂は逆立ちしても敵わんと思っておった。真に天才とは、奴のような者の事を言うのじゃろうな」
ここでようやく、デュランダルの名が出て来た事で、キラは表情を引き締めた。
恐らく、ここからが真の意味で話の核心なのだろう。
「奴があのまま遺伝子開発の研究を続けておったら、やがてはキラ、お前さんをも上回るコーディネイターを生み出したであろうと、誰もが言っておったよ」
だが、ある時から、デュランダルは別の研究に没頭するようになったと言う。
それこそが後に世界を震撼させる事になる、デスティニー・プランに関する研究だった。
「しかし、デュランダル議長は、デスティニー・プランの他に、もう1つ、研究していた事があった。そうですわね?」
尋ねたのは、それまで黙っていたラクスだった。どうやら、話が進んだところで、そろそろ自分の出番であると考えて口を挟んだようだ。
「それこそが、これです」
彼女はそう言うと、再び「デュランダルの遺産」が収められたデータチップを翳して見せた。
「この中にあるデータの解析をして判った事は、これが『SEED』に関する事だった、と言う事です」
「SEED・・・・・・・・・・・・」
ラクスの言葉を、キラは反芻する。
かつてマルキオ導師に言われた言葉がある。
『あなた方はSEEDを持つ者です』
その意味については、今に至るまで答えに辿りついていない。
だがまさか、自分達がその存在に至る前に、SEEDについて研究している人物がいたとは思わなかった。まして、それがあの、ギルバート・デュランダルだったとは。
「でも、SEEDって、いったい何なの?」
あの時、マルキオの話を聞いていたのは、キラとラクス、それにエストの3人だ。つまり、この3人が「SEEDを持つ者」と言う事になるが、キラは他にも、シン、アスラン、カガリの3人にも同様の物を感じている。恐らく彼等も「SEEDを持つ者」なのではないだろうかと思っている。
「それについては、詳しい事はまだ判っておらん」
バルクは険しい顔のまま首を振る。
「じゃが、デュランダルは言っておったよ。『人類はこれまで、多くの進化を経験し、自らの体を作り替え、その時の環境に合わせて生き延びてきた。もし、今再び人類が進化の時を迎えているのだとしたら、SEEDはその先駆けなのではないか』とな」
コズミックイラの世代に入り、人類は地球を飛び出して宇宙にまで生活圏を広げている。そしてこれから、更に躍進していくであろう事は疑いない。
しかし、宇宙は広い。その広大な宇宙を探索し、躍進する為に、人類と言う種が新たな進化を迎えようとしているのかもしれない。そしてSEEDは、その先駆けなのだとしたら、
まさに進化と言う花を咲かせる為の種子、SEEDであると言える。
「さて、説明は、もう宜しいでしょうか?」
ラクスが、足を止めて振り返る。
どうやら、だいぶ長い時間歩いていたらしい。いつの間にか4人は、巨大な扉の前に佇んでいた。
「デュランダル氏は、SEEDの正体を完全に掴むには至りませんでした。しかし研究を進める事で解析し、そして、その力を使いこなす術を開発するに至っていたのです」
そう言うとラクスは、ポケットからカードキーを取り出してスロットルに差し込む。
轟音と共に、開かれる扉。
中には広い空間が広がっており、奥の方は薄暗く見通す事ができない。
と、そう思った瞬間、まるで待ちわびていたようにライトが点灯され、暗かった奥を照らし出した。
それを見た瞬間、
「あッ・・・・・・・・・・・・」
キラは思わず、声を漏らした。
漆黒の空間に、ただ己の主に相応しい主人を待ちわびて佇む鉄騎。
その姿は見惚れる程優美で、どこか別世界の神を思わせるようだ。
恐らくPS装甲装備と思われ、表面は鉄灰色に染まり、背部には一対の翼と、対艦刀と思しき大振りな剣を2本装備している。
一見するとイリュージョン級機動兵器のようにも見えるが、他にもいくつかの機体の特徴が合わさっているのが見える。
「ZGMF-EX001A『クロスファイア』」
ラクスが、凛とした声で機体名を告げる。
「イリュージョン級機動兵器の設計をベースにしつつ、デスティニー級とフリーダム級の特徴を加味し、更に世界で初めてSEED専用として完成した機体です」
言ってから、ラクスは真剣な眼差しでキラを見た。
「現状考えられる限り、最強にして最後のイリュージョン級ですわ」
「クロスファイア・・・・・・・・・・・・」
キラは感慨と共に、その名を反芻する。
かつてキラが自分の戦いをすると覚悟を決めた時、ラクスが未来を切り開く剣として託してくれたのがイリュージョンだった。
そして今、再び立ち上がるキラの為にラクスが用意してくれた剣もまた、イリュージョン級だった。
キラとイリュージョン。
この二つはある意味、混迷たる世界を切り開く為に天が結びつけた因果であるのかもしれない。
と、感慨にふけるキラの袖を、控えめに引っ張る手がある。
振り返れば、リィスがキラの袖を掴み、見上げるようにしてキラを見ていた。
「・・・・・・みんな、待ってる」
そうだ、
リィスの言うとおり、今頃、皆がキラの帰りを待って戦っている。
カガリが、アスランが、シンが、ムウが、ラキヤが、
そして、エストが。
顔を上げるキラ。そして視線は、ラクスへと向き直る。
「ラクス、発進の準備をお願い」
リフトアップし、その姿を地上へ表すクロスファイア。
既に滑走路上では、誘導灯が点灯し、発進に向けた準備が進められている。
更に加えて、港の方ではザフト軍の増援部隊も出撃準備を進めている所である。彼等はクロスファイアの発進に合わせて、オーブへ向けて進発する予定だった。
立ち上がるクロスファイア。
その様子を、ラクスは管制塔から見守っていた。
これで良い。
これで、自分のすべき事は終わった。
後はキラが、自分達にとっての最後の切り札である彼が、必ずやってのけてくれるだろう。
「この意志の炎が交錯する時代の中で、それでも尚、己の信念を貫く為に、お行きなさい」
静かに語るラクス。
その視線の先に佇むクロスファイアのコックピットで、キラは慣れた手付きで機体を立ち上げていく。
ラクスの言った通り、イリュージョン級、フリーダム級、デスティニー級の特徴を掛け合わせた性能を持つ機体だ。
後席にはオペレーターとして、リィスが乗り込んでいる。
本来であるなら、キラが戦う以上、そこにはエストが座るべきだったのだが、しかし彼女は今、キラの子供を身に宿した為に戦う事ができなくなってしまっている。
だが、何の心配もいらない。リィスをキラに託したのは、他ならぬ、そのエストなのだから。
「行くよ。準備は良い?」
「・・・・・・うん」
尋ねるキラに対し、リィスは静かな、それでいてはっきりとした頷きを返してきた。
OS最適化完了、スラスター、武装、装甲、全てにおいて問題無し。
発進準備完了。
PS装甲を起動する。
装甲は蒼に、翼は白に染まる。
頷き合う、キラとリィス。
「キラ・ヒビキ」
「リィス・フェルテス」
「「クロスファイア、行きます!!」」
2
そして今、キラ達はここにいた。
周囲には、突如現れた謎の機体を目にして、呆然としている両軍の機体が取り巻いている。
眼下には、今にもオーブ軍の総司令部が置かれているアカツキ島へ攻撃を開始しようとしていたジェノサイド部隊がいる。
クロスファイアが到着したのは、その直前だった。
今まさに滅びを告げようとしている運命に、キラは辛うじて間に合ったのだ。
戦場にあるまじき静寂の中、
キラはゆっくりと、眦を上げた。
「さあ、始めようか」
静かに言い放った瞬間、
クロスファイアの背にある一対の翼が上下に開き、その中から白炎の翼が出現した。
次の瞬間、
クロスファイアの姿は掻き消えた。
否
見ていた人間には、掻き消えたように見えたのだ。
それほどまでに凄まじい速度で、クロスファイアが動いたため、目で追う事ができなかったのである。
次の瞬間、立ち尽くしていたグロリアス4機が、立て続けに頭部や腕を斬り飛ばされて戦闘力を奪われていた。
見ればクロスファイアは、背中に装備した2本のブリューナク対艦刀を抜き放ち、立ち尽くしているグロリアスを次々と斬り捨てていた。
我に返った地球軍も、反撃の為に砲門を開いて来る。
集中される無数の砲撃。
しかし、超高速で機動を行うクロスファイアを捉えられる物は一つも無い。
逆にキラは、両手にビームライフルを装備して地球軍部隊の中へと飛び込むと、的確な砲撃を浴びせて吹き飛ばしていく。
更に、それだけではない。
両手のビームライフル、腰のクスィフィアスⅤレールガンを展開したクロスファイア、一斉に砲撃を行う。
4連装フルバースト。一斉射辺りの火力としてはお世辞にも高いとは言えないが、その分、高い速射力でもって周囲の地球軍機を高速かつ正確に撃ち抜いていく。
瞬く間にそこら中で爆炎が閃き、直撃を受けた地球軍機が後退、あるいは落下していくのが見える。
2分。
戦闘開始、僅か2分で30機近い地球軍機が、被弾損傷して後退を余儀なくされた。
それを確認したキラは、再び背中からブリューナクを抜き放って装備、今度は急降下して海面付近を目指す。
「敵機、陣形パターン解析、攻撃最適データを転送した」
「了解、ありがとう!!」
後席のリィスが導き出した攻撃プランデータを受け取り、キラはそれを見ながら自身の戦術を組み立てていく。
後席のオペレーターが戦況予測を行い、前席のパイロットが操縦、攻撃を担当する。
イリュージョン以来のデュアルリンクシステムは、このクロスファイアでも健在である。
その行く手には、先のクロスファイアの先制攻撃によって、大多数の機体が損傷を負ったジェノサイド部隊が存在していた。
キラはブリューナクの柄尻を連結させてアンビテクストラスフォームにすると、回転するように振り翳して斬り込んで行く。
対してジェノサイド部隊も、生き残った砲門を開いてクロスファイアを撃墜しようと砲撃を行ってくる。
しかし、当たらない。
キラはジェノサイドから発せられるあらゆる攻撃を、クロスファイアの白炎翼を羽ばたかせ高機動を発揮し回避すると、双刃型になったブリューナク対艦刀を振るい、手足や砲身を次々と破壊していく。
たちまち、そこら中にクロスファイアの攻撃を受け、擱座し身動きが取れなくなるジェノサイドが続出する。
20機いたジェノサイドが、ただ1機のクロスファイア相手に手も無くひねられていく。
残りは1機。恐らく今まで、クロスファイアの攻撃を辛うじて受けない位置にいたのだろう。ほとんど無傷に近い武装を振り翳して攻撃してくるのが見える。
対してキラは、アンビテクストラスフォームの連結を解除、今度は刀身を並走させるように連結させる。
ツーハンデットソードのような形状に変化するブリューナクは、次の瞬間、鍔元から切っ先の更に先に至るまで大型のビーム刃を形成、それまで12メートル級の対艦刀だったブリューナクの姿が、一瞬でクロスファイアの全高をも上回る20メートル級の超大型対艦刀に早変わりしていた。
「行っけェェェェェェェェェェェェ!!」
振るわれる長大な対艦刀。
一閃。
ただ、それだけでジェノサイドは両足を一緒くたに叩き斬られ、そのままのけぞるようにして海面へと倒れていく。
苦し紛れにアウフプラール・ドライツェーンを天空に向けて放つが、それも無意味な事である。
やがて、高々と水柱を上げて海面へと倒れ伏した。
ジェノサイド部隊全滅。
スカンジナビアや西ユーラシアであれほどの猛威を振るった悪魔が、たった1機のモビルスーツを相手に僅かな間に全て叩き伏せられ、躯の如き残骸を戦場に晒している。
呆然。
戦場の空気を支配する言葉に、それ以外の物は見当たらなかった。
かつて1個の軍隊が、ただ1機のモビルスーツによってここまで翻弄された事があっただろうか?
あまりの事態に、誰もが言葉を失って成り行きを見守る事しかできないでいる。
そこへ、クロスファイアに向けて接近してくる、3機の機影があった。
《こいつ、これ以上好き勝手にやらせるもんか!!》
《あんまり熱くなりすぎないでよね》
《2人とも、油断するな。奴は危険すぎる!!》
ルーミア、ブリジット、シノブ、トライ・トリッカーズの3人が、それぞれの機体を駆ってクロスファイアへと向かっていく。
イントルーダー、インヴィジブル、イラストリアスは、螺旋を描くような機動を描きながら、ビームライフルを撃ち放つ。
対して、
「敵機3機、急速接近」
「連携攻撃かッ なら!!」
リィスのオペレーションに従い、キラはクロスファイアを急上昇させ、トライ・トリッカーズを引き付けるような機動を見せる。
「逃がすか、ブリジット!! シノブ!!」
《はいよ!!》
《了解だ!!》
ルーミアの指示に従い、急上昇を掛けるトライ・トリッカーズ。
インヴィジブルがアグニを撃ち放って掩護する中、ビームライフルを構えたイントルーダーと、シュベルトゲベールを構えたイラストリアスがクロスファイアに向かっていく。
その動きを、冷静に見極めたキラはクロスファイアの両腰からアクイラ・ビームサーベルを抜き放つ。
次の瞬間、向かってくるイントルーダーとイラストリアスをすり抜ける形でかわし、クロスファイアの姿はアグニを構えているインヴィジブルの真正面に出現した。
「そんな、馬鹿な・・・・・・」
インヴィジブルのコックピットで、ブリジットは驚愕の表情を浮かべる。
ルーミアも、シノブも、そしてブリジット自身も、クロスファイアの機動力に全く追随する事ができなかったのだ。
斬線が、数条に渡って迸る。
まさに、一瞬の早業である。
次の瞬間、インヴィジブルは両手両足を斬り飛ばされてしまった。
「「ブリジット!!」」
落下していくインヴィジブルを見て、ルーミアとシノブの声が重なる。
その隙を、キラは見逃さなかった。
2丁のビームライフルと、クスィフィアス・レールガンを展開、イントルーダーとイラストリアスへ砲撃を仕掛ける。
それに対して、ルーミアもシノブも成す術がない。
2機は一撃で頭部を吹き飛ばされ、更に砲撃を浴びて海面に向かって真っ逆さまに落下していった。
圧倒的、と言うべきなのだろう。
三位一体攻撃においては比類ない実力を発揮したトライ・トリッカーズですら、クロスファイアの前には歯が立たなかった。
一同が唖然として見守る中、
ただ1機、
全てを超越するように佇むクロスファイア。
その姿を見て、いきり立つ者がいた。
「お前はァ あの時のォ!!」
レニ・ス・アクシアはクロスファイアの姿を認めると、それまで交戦していたクレナイを振り切るような形で強引に反転して標的を変更する。
あの場に超然と佇む機体が何者であるのか、既にレニには判っていた。
「死の天使ィ お前かァ!!」
生きていた。
仕留めたと思っていたのに、本当に生きていた。
その想いが、レニの中で爆発するように膨れ上がる。
迎え撃つように、クロスファイアを振り返らせるキラ。
それに対抗するように、レニの中でSEEDが弾けた。
スラスター全開。
同時にレニはダインスレイブ複合銃剣、両肩の連装ビームキャノン、ガンバレル4基を展開し、クロスファイアへ砲門を向ける。
「死ねェ 死の天使ィ!!」
撃ち放たれる10連装フルバースト。
その砲撃を、キラは冷静な瞳で軌跡を見据え、
着弾の瞬間を見逃さず、白炎翼を羽ばたかせて回避する。
同時に両手のブリューナク対艦刀を構えるクロスファイア。
「こいつは、あの時の奴か!?」
キラは自身に向かってくるサイクロンを見据え、警戒心を滲ませて呟きを漏らす。
メンデルやアッシュブルック基地、それ以前にも何度か対峙した地球連合軍のシルフィード級機動兵器。月での戦いでは、当初は互角の戦いを演じながらも最後には追い込まれ、そして相打ちに持ち込んで尚、仕留めきれなかった敵。
「気を付けてリィス、あいつは強敵だ!!」
「うん」
背後の少女に声を掛けてから、キラはクロスファイアを操ってサイクロンを迎え撃つべく前へと出る。
サイクロンが盛んに撃ち放ってくる砲撃。
それらを回避しつつ、キラは白炎翼を全開まで広げてクロスファイアを加速、接近すると同時に正面からサイクロンへと斬り掛かる。
対してレニは、必死に機体を操りながら攻撃を回避、反撃の隙を伺ってダインスレイブを構える。
「この、程度ォ!!」
瞳にSEEDを宿しながら咆哮するレニ。同時に、ダインスレイブを対艦刀モードにしてクロスファイアめがけて斬り込んで行く。
対抗するキラもまた、ブリューナクを構え直して迎え撃つ。
互いの振り翳す合計4本の剣が、蒼穹の上で交錯し、次いでシールドによって弾かれる。
後退するクロスファイア。
キラはその状況で、腰のクスィフィアス・レールガンを展開、サイクロンめがけて牽制の砲撃を浴びせる。
その砲撃を辛うじて機体を傾ける事で回避するレニ。同時にダインスレイブをライフルモードにして、クロスファイアに撃ち放つ。
対してキラは、サイクロンの攻撃を上昇する事で回避してのけ、クロスファイアをターンさせながら斬り込むタイミングを計っている。
レニの中で、苛立ちが募っていく。
一度は倒したと思った死の天使。
その死の天使が、新たな力を手にして自らの目の前に再び立ちはだかっていると言う事実が、彼女の中で受け入れがたいくらいの苛立ちを呼び起こそうとしていた。
チラッと、レニは視線をコックピットの脇のコンソールに向ける。
このシステム。
これを使えば、あの死の天使を葬る事ができるだろう。何しろ、かつて一度は仕留めているのだから。
しかし、それはレニにとってもノーリスクとはいかない代物であり、カーディナルからは使用は極力控えるようにと言われている。
「・・・・・・・・・・・・」
逡巡は一瞬だった。
そもそも、リスク無しで勝てる相手だとも思っていない。ならば、己の全てを出しつくすのみだった。
『Victim Sistem Setup』
その表示が、モニターに現れる。
同時に感覚はより鋭く、反射はより速く、レニを構成するあらゆる要素が、超越した別の存在へと書き換えられていくのが分かる。
眦を上げるレニ。
その視線の先には、サイクロンと対峙するようにして双剣を構えるクロスファイアの姿がある。
「さあ、これで終わりだァァァァァァ!!」
低く呟くと同時に、レニはスラスターを全開まで吹かして突撃を開始した。
その変化に、キラもすぐに気が付いた。
「あれは、あの時の!?」
声を上げるキラの脳裏には、あの月での戦いの際にサイクロンが見せた超絶的な戦闘力が思い出される。
キラですら相打ちに持ち込むのがやっとだったあの戦闘能力を、相手は今再び使ってきたのだ。今度こそ、キラを完全に葬る為に。
「・・・・・・・・・・・・」
意を決する。
全てはぶっつけ本番になるが、仕方がない。
ラクスは自分を信じて、このクロスファイアを託してくれた。ならば自分は、その期待に応えるのみだった。
「リィス、システム移行、準備!!」
「判ったッ」
キラの指示に従い、リィスは自身に与えられた役割を全うすべく、コンソールの操作を行う。
その間にも、両手に構えたダインスレイブ複合銃剣で斬り掛かってくるサイクロン。
疾風の如き斬撃を、クロスファイアは白炎翼を羽ばたかせ、上昇する事で回避する。
「逃げるなァ!!」
上昇するクロスファイアを追い、レニは更に急上昇しようとする。
その動きを見据え、
キラは己の中に、
SEEDを発動させた。
次の瞬間、
増幅される感覚と共に、クロスファイアのOSが一気に書き換えられる。
『ExSeed System Mode《D》 Activation』
そう表示されたのを確認し、
キラはSEEDを宿した瞳を、ゆっくりと上げた。
「ここからは、僕のターンだ」
PHASE-05「進化の燈火」 終わり