機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-25「福音が奏でる絶望の歌」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリアの遺体には死に顔の化粧を施してやる余裕は無かった為、取りあえず顔に付着した血だけは拭い、そして身なりを整えた上で、保冷装置付きの棺に納められた。

 

 無言のままガラスのケースに納められ、司令部を出て行くユーリアには、スカンジナビア軍の幕僚やミーシャが悄然としたまま付き従っている。

 

 本来であるなら、憎き暗殺者であるイスカ達に対する捜査線を張りたいところであるが、それをやる余裕は、今のスカンジナビアには無い。何しろこうしている間にも、海岸線には地球連合軍の大軍が迫っており、スカンジナビア軍の残存部隊やハイネ率いるザフト軍部隊は、絶望的な抵抗を続けているのだから。

 

 状況は加速度的に悪くなっている。イスカの存在は憎んでも憎み切れない程ではあるが、それでも今は放置する以外に方法は無かった。

 

「ごめん」

 

 ユーリアの葬列を見送りながら、キラはポツリとした声で呟く。

 

 奇跡の生還を果たし、間一髪でエスト達の危機を救ったキラだが、今はそれを素直に祝えるような気分ではない。

 

 ユーリアの死と言う事実が投げかける重い影は、否が応でも一堂にのしかかっていた。

 

「僕が、もう少し早く戻っていたら、こんな事にはならなかったのに」

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 消沈するキラに対して、エストは励ますようにして声を掛ける。もっとも、そのエストにしたところで、気分的には似たような物なのだが。

 

 ユーリア王女の護衛を依頼され、しかもすぐ近くにいながら全うできなかった事を考えれば、エストの心中における落胆はキラの比ではなかった。

 

 実のところ、スカンジナビアに到着した時点でフォックス・ファングの任務は終了していた。つまり、責任と言うなら、キラやエストがユーリアの死に対して責任を感じる必要性は無いのだが、それでも、共に旅をして心を通わせたユーリアを助ける事ができなかったと言う事実には、忸怩たる物を感じずにはいられなかった。

 

 そんなエストの袖を、リィスの小さな手がそっと掴んでくる。

 

 言葉少なな少女の心理は、僅かな言動から読み取る事は難しい。しかし、見上げるようにしてエストを見詰めてくる顔は、どこか憂色を浮かべているようでもあり、どうやら彼女なりに事情を察し、慰めてくれているらしい事が分かった。

 

 対してエストはリィスの頭を優しく撫でてやる。こういう時、どういう風に接すればいいのか判らないエストだが、何となく、自分がキラやラクスにしてもらって嬉しい事をしてやれば良いのでは、と思ったのだ。

 

 エストに頭を撫でられて、リィスはくーっと目を細める。どうやら気持ち良いらしい。

 

 そんな2人のやり取りを微笑ましそうに眺めながら見つめているキラに、カガリが声を掛けた。

 

「それよりキラ、お前、今までどこにいたんだよ?」

 

 今の今まで、行方をくらませていた「おとうと」に対し、カガリとしては文句の一つも言ってやらないと気が済まない気分だった。エストのように、何も特別な事をしなくても判りあえる、などと言う仲でもないのだから。

 

 そもそも、生きていたなら、なぜもっと早く帰って来なかったのか、と言う思いもある。

 

「実は、月での戦いの後、基地の爆発に巻き込まれちゃってね」

 

 キラは自分がMIAになった時の事を思い出しながら説明してやる。

 

 アッシュブルック基地の地下格納庫でレニが操るサイクロンと交戦したキラだが、乗機のデスティニーは、殆ど相打ちに近い形で撃墜された。しかし撃墜の直前、辛うじてコックピットを脱出する事に成功したキラは、吹き上がる炎と瓦礫を避けるようにして、身一つで基地内部を逃げ惑う羽目になったのだ。

 

 どうにか炎が収まり、捜索に来たオーブ軍と合流できたのは、戦闘が終わって3日後の事であった。

 

 そこでキラは、ムウの伝手を頼っていったんアシハラへ行き、そこから更にビリーブの航跡を追ってスカンジナビアへ入国したわけである。

 

 しかし、キラがスカンジナビアに降り立った時には、既にスカンジナビア軍と地球連合軍は交戦を開始しており、軍司令部に来るまでに時間がかかってしまったと言う訳だ。

 

「お前のMIAはもはや完全にお家芸だな。これからは『ミスターMIA』って呼んでやるよ」

「うわっ ひどっ」

 

 呆れ気味のカガリの言葉に、キラは苦笑交じりに肩を竦めた。

 

 そんなきょうだい同士のやり取りを、エストも微笑を浮かべて見つめる。

 

「・・・・・・何にしても、本当に、良かったです。キラが、無事で」

 

 キラの生存を疑った事は無かった。クライアスに対して言った事はエストの本心である事は間違いない。しかしそれでも、こうして実際に無事な姿を確認しない事には安心できなかったのも事実である。

 

 だが今、キラはいつも通りの姿で、エストの目の前に立っている。それが何よりも嬉しかった。

 

 ホッと息をつくエスト。

 

 同時に、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 エストは、自分の視界が急激に狭まるような錯覚に陥った。

 

 耳が遠くなり、話しているキラやカガリの声が小さく聞こえるようになる。その間にも視界は急速に暗くなり、何も見えなくなっていくのが分かる。

 

 今まで感じた事も無いような、ひどい脱力感に襲われるエスト。

 

 自分の体が急速に傾いている事すら、今のエストには判っていなかった。

 

 傍らのリィスが、何か声を掛けた気がしたが、それに答える間も無く、エストの意識は急速に闇の中へと落ちて行った。

 

「エスト!!」

 

 倒れそうになったエストの体を、キラはとっさに腕を伸ばして支える。

 

 抱きかかえると同時に、少女の特徴である羽のように軽い感触が、キラの掌に伝わってきた。

 

「エスト、しっかりして!!」

 

 完全に意識を失った事で、エストはキラの呼びかけにも反応する事無く目をつぶり続けている。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 そんなエストの様子に、カガリも慌てて覗き込んでくる。見れば、傍らのリィスもまた、心配そうにしているのが見える。

 

 キラのMIAから地球軍のスカンジナビア侵攻、クライアスの戦死、そしてユーリアの暗殺と、目まぐるしく動き続けた情勢の中で、キラが無事に生還したと言う事実で、少女の中で張りつめていた緊張の糸をプッツリと断ち切れ、とうとう限界が来たのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめんね、エスト」

 

 そう言って、キラはエストの前髪を優しく撫でてやる。

 

 パートナーだからと言って、この娘にあまりにも負担を掛け過ぎたような気がする。いかに常人よりも身体能力が優れているとは言え、エストも女である事には変わりはない。いくら本人が強がったところで、いつかはこのように限界が来る事は避けられなかったのだ。

 

 キラはエストの体を抱えると、カガリの方へ向き直った。

 

「カガリ。来る前に、ビリーブのトライン艦長と話を付けておいた。スカンジナビアを脱出するのに手を貸してくれるそうだよ」

 

 既に、スカンジナビアの陥落は免れない段階になっていた。騎士団の主力は壊滅し、精神的支柱だったユーリアとクライアスが死んだ事で、士気も崩壊している。このような状況で戦っても、1パーセントの勝機すら無い事は明白だろう。

 

 しかし、それでも尚、今は戦わなくてはならない時である。

 

 これまでは守る為の戦いだった。国を守る為に、民を守る為に、そして王女を守る為に。

 

 だが、その戦いに敗れた今、今度は生き残る為の戦いが必要になる。

 

「判った、任せろ」

 

 カガリは頷くと、キラの腕からからエストを受け取るようにして抱きかかえる。

 

 エストを渡す際にキラは一瞬躊躇った。女のカガリに、エストの体を持ち上げられるかどうか、心配だったのだ。

 

 しかし、カガリがエストを難なく持ち上げた事で、その心配は杞憂に終わった。元々カガリは軍隊経験者で、政治家になった今でも体は充分に鍛えている。体重が軽いエストを抱え上げるくらい、問題は無かった。

 

「エストをお願い。僕は出て、少しでも時間を稼ぐから」

「判った。お前も気を付けろよ」

 

 気遣った言葉を掛けてくるエストに対して、キラも微笑を返す。

 

「『ミスターMIA』なんて言う渾名は願い下げだからね」

 

 そう告げたキラの袖が、傍らから控えめな力でクイクイと引かれた。

 

 振り返ると、リィスが茫洋とした瞳でキラを見詰めてきていた。

 

 何か物言いたげな少女の瞳。

 

 キラもまた、静かにリィスの瞳を見つめ返す。

 

 きっと、倒れたエストの事を心配してくれているのだろう。

 

 この少女とエストとの間で何があったのかは、キラには判らない。だが、自分がいない間に、何らかの形で心を通わせるような事があったのだろうと推察できた。

 

 屈みこむようにして、キラはリィスの顔を覗き込むと、その頭を優しく撫でてやる。

 

「君も、一緒に行ってあげて。そうしたら、エストがきっと喜ぶだろうから」

「・・・・・・・・・・・」

 

 キラの言葉に対して、リィスは無言のまま、しかししっかりと小さな首を振る。

 

 その様子を見て、キラは微笑を浮かべて頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音、爆炎、そして悲鳴。

 

 オスロ市街地への攻撃を開始した地球連合軍により、美しい街並みは次々と破壊されていく。

 

 街にはまだ、避難を完了していない民間人達が多数残されているが、そんな彼等をも、瓦礫と炎は飲み込み、容赦なく命を奪っていく。そして、彼等を救うだけの力は、もはやスカンジナビアには残されていなかった。

 

 地獄だった。

 

 多くの尊い命が無為に失われていく様は、スカンジナビア王国と言う国が、最早救い難いであろう事を如実に表している。

 

 目を転じれば、炎と煙の向こう側に、崩れ落ちた王城の姿も見る事ができる。

 

 スカンジナビアを象徴する建造物ゆえであろうか? 王城は地球連合軍の徹底した攻撃に晒され、その優美だった外見は見るも無残に成り果てている。そこにいたアルフレート王達の運命など、考えるまでも無い話だった。

 

 落日を迎えた国、スカンジナビア。

 

 しかし、そのような絶望的な状況にあって尚、絶望に抗うべく戦い続ける者達がいた。

 

 カガリ達と別れた後、キラはその足で空港へと走った。

 

 既に砲声と爆炎は、すぐ近くで鳴り響いている。地球軍の攻撃が、指呼の間に迫りつつあるのであろう事は想像に難くない。

 

 最早、寸暇たりとも猶予は無かった。この空港はまだ、スカンジナビア軍の指揮下にあり、所属する兵士達も奮戦しているが、それもいつまで保つか判らないのが現状である。恐らく地球軍の総攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。

 

 滑走路の脇に駐機してあるシロガネに駆け寄ると、キラは空いていたコックピットの滑り込み、慣れた手付きでOSを立ち上げていく。

 

 クライアスのライトニングフリーダムが撃墜された以上、現在、スカンジナビア国内にある機体の中ではこれが最強である。もっとも、それでも地球軍の大軍相手にどこまで戦えるかは判らないが。

 

 キーボードを引き出してタイピングを行うと、モニターに各種ウィンドウが一斉に開き、押さえられていたスペックを限界まで引き出せるように調整されていく。エスト専用に設定されているOSを自分専用に書き換えているのだ。

 

 まっさらな新型機のシロガネだが、モーションパターンやシステム面に関しては既存のオーブ軍機の物をそのまま使っている。かつてはオーブ軍に所属していた経験のあるキラからすれば、問題なく操縦できるだろう。

 

 武装、OS、スラスター、装甲、問題無し。バッテリー残量は6割だが、一会戦分の戦闘行動に支障は無し。

 

 準備完了。戦闘行動可能。

 

 眦を上げるキラ。

 

 同時にスロットルを全開まで開き、白銀の機体を戦火の舞う空へと飛び立たせた。

 

 そのまま一気に高度を上げに掛かるキラ。

 

 だが同時に、眼下に広がった光景に、思わず絶句した。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 呻くように声を絞り出すキラの眼下で、オスロの街が燃えていた。

 

 既に上陸を果たした地球連合軍は、手当たり次第に攻撃を行い、片っ端から攻撃を行っているのが見える。

 

 上空を乱舞するモビルスーツは砲火を煌めかせ、建造物を瓦礫の山へと変えていく。

 

 彼等はそこに民間人がいるのもお構いなしである。正しく無差別攻撃と言える状況だった。

 

 人々は炎に巻かれ、あるいは瓦礫の下敷きとなって息絶えていくのが、空から見ていても判る。犠牲者の数は、今日1日で想像もしたくないようなレベルに達しているであろう。

 

 悪夢、としか言いようがない光景である。

 

 かつてはスカンジナビアの首都であり、北欧文化の中心でもあった美しい都オスロは、ただ1日の戦いで壊滅し、瓦礫と焦土の山と化したのだ。

 

 その様子を見て、

 

 キラはシロガネを駆って前へと出る。

 

 今は、悲しんでいる場合ではない。急がないと、いずれこの光景が、共和連合のあらゆる都市で見られる事になる。

 

 それだけは、その未来だけは、何としても食い止める必要があった。

 

「道は開くッ この手で!!」

 

 降下と同時にキラは、シロガネの全武装を展開して構える。

 

 両手のビームライフル、胸部ヤタガラス複列位相砲、ビームキャノン、レールガンを一斉に構えるシロガネ。

 

 解き放たれる7連装フルバースト。

 

 その攻撃を前に、シロガネに接近を試みようとしていたグロリアスは、手足や頭部を撃ち抜かれて戦闘不能に陥った。

 

 キラは更に、ビームライフルを持った両腕を水平に構え、自分を中心に対角線にいる機体を的確に撃墜していく。

 

 白銀の閃光が駆け抜けるたび、確実に地球連合軍は数を減らしていく。

 

 エストでは到底真似できないような戦闘技術を見せ付け、敵機を片っ端から撃墜していくキラ。

 

 しかしそれでも、敵は後から後から湧いてくる。

 

 舌打ちするキラ。

 

 今までも末期的な戦いは、何度も経験してきたが、今回のは極め付けである。

 

 何しろ、敵の数は多いと言うのに、掩護してくれる味方は1機もいない。

 

 キラはビームサーベルをシロガネの両手に装備すると、加速を掛けて斬り込んで行く。

 

 シロガネの急激な機動に追随できなかったのだろう。立ち尽くすグロリアスが、一瞬のうちに武装と頭部を斬り飛ばされて墜落していく。

 

 動きを止めるシロガネ。

 

 そこへ、地球軍は更に砲撃を集中させてくる。

 

 しかし、それらの攻撃をキラは、ヤタノカガミ装甲で受け止め、弾き返していく。

 

 キラの実力が世界最強クラスである事は疑いない事実だが、それでも限界と言うものはある。数100機の敵の進行を1人で押しとどめる事など不可能だった。

 

 ただ1機奮戦するシロガネを目障りに思ったのだろう。地球軍は距離を詰めつつ砲撃を浴びせてくる。

 

 キラが迎え撃つべく、眦を上げた瞬間、

 

 シロガネを掩護するように砲火が集中され、今にも攻撃態勢に入ろうとしていたグロリアスが、炎に包まれていった。

 

「あれはッ!?」

 

 驚いて視線を向けるキラ。

 

 そこには、オレンジ色のゲルググ・ヴェステージを先頭にして向かってくる、ザフト軍部隊の姿があった。

 

 ハイネの部隊だ。流石はザフトの精鋭部隊と言うべきか、ヴェステンフルス隊は、この絶望的な戦場にあっても尚、殆ど欠ける事無く、戦力を維持し続けていた。

 

 ヴェステンフルス隊に所属するザクやグフは、キラが見ている前で次々と戦線に加入し、数に勝る地球軍を、個々人の戦闘力で圧倒し押し返していく。

 

 そんな中で、ゲルググ・ハイネ機はシロガネの横に並ぶと、通信を入れてきた。

 

《戻って来たのか、エスト!?》

「ハイネ!!」

 

 返事を返したキラの声に対し、サブモニターの中のハイネが、一種ギョッとしたような顔をする。呼びかけに対して返された言葉が、予想外の人物の物であった為、驚いている様子である。

 

《キラ、お前、生きてッ ・・・て言うか、今までどこに? 何でそれに?》

「ハイネ、そんな事より!!」

 

 混乱して、纏まりが無い質問をしてくるハイネにかぶせるように、キラは自分の言葉を紡ぐ。

 

 とにかく、今は僅かでも時間が欲しい。カガリ達がビリーブに乗り込み、地球軍の包囲網を突破しなくてはならない。その為にはキラ1人の力では足りない。ハイネ達の協力は必要不可欠である。

 

 既にスカンジナビア騎士団は壊滅している。多少は生き残っているかもしれないが、戦力としては当てにできない。今現在、まともな戦力を保持している味方は、ヴェステンフルス隊のみだった。

 

《事情は判った!!》

 

 キラの話を聞いたハイネは、すぐに頷きを返した。

 

 既に状況が絶望的である事は、ハイネにも判っていた事だ。このまま戦っても勝ち目はない。故に、一刻も早く脱出する必要があると言う意見には諸手を上げて賛成である。

 

《なら、海上を目指すぞ!!》

「海に? でも、それじゃあ・・・・・・」

 

 海上には地球連合軍の艦隊が展開し、万全の包囲網を形成している。いかにビリーブがザフトの誇る最新鋭戦艦とは言え、単艦でそこを突破するのは無謀ではないかと思ったのだ。

 

 しかし、そんなキラの危惧に対し、ハイネは不敵に笑って見せる。

 

「だからこそ、だよ」

 

 追手から逃げる場合、方法は2つ考えられる。1つは、その場で反転し相手から遠ざかろうとするパターン。そしてもう1つは、あえて敵陣を中央突破するパターンだ。

 

 一見すると前者の方が理にかなっているようにも言える。敵が重厚な陣形を組んでいる場所へ、わざわざ突っ込んで行くのは愚の骨頂と思うであろう。しかし反転して逃げる場合、当然、背後から追手が掛かるため、相手の射程距離外に出るまでの間、背中から撃たれ続ける事になる。

 

 それに対して正面からの敵陣中央突破を行った場合、確かに正対している最中は敵の集中砲火を食らう事にはなるが、いったん敵の背後に抜けてしまえば、相手が陣形を再編成し反転してくるまでの間、こちらは攻撃を喰らう事無く、悠々と安全圏まで逃れられると言う訳である。加えて敵も、まさか追い詰められている側が正面から挑んでくるとは思っていないだろうから、意表を突く事も期待できる、と言う訳である。

 

 今回の場合も同様である。戦力差が圧倒的で既に包囲網も完成している以上、下手に背中を見せて逃げるよりも、正面から包囲網突破を試みた方が有利であると考えられた。

 

《海上で手薄な個所を捜して、そこに全戦力を集中させる。それでどうにか包囲網を抜けるんだ!!》

「判った!!」

 

 頷き合うキラとハイネ。

 

 方針を決めると、白銀とオレンジの機体は、翼を並べるようにして、海上へとひた走った。

 

 

 

 

 

 その頃、戦火を逃れたカガリ達は、どうにか敵の攻撃を掻い潜り、郊外の入り江に身を潜めるようにして停泊している戦艦ビリーブに乗船する事に成功していた。

 

 既にオスロの港は地球連合軍によって制圧され、徹底的に破壊されている。当然、在伯艦艇も破壊、撃沈の憂き目にあっている事は想像に難くなかった。

 

 アーサーはその事を予期して、いち早く艦を出航させ、この入り江に退避していたのだ。

 

 この近辺には港や軍事施設も無く、地球軍の攻撃ルートから外れている為、今のところは辛うじて発見を免れているようだ。しかし、それもいつまで保つか判らなかった。

 

 ブリッジに入ってきたカガリに気付くと、アーサーは踵を揃えて敬礼をしてきた。

 

「久しぶりだなトライン艦長」

「アスハ代表、いえ、大臣も、お元気そうで」

 

 かつて、ユニウス戦役開戦のきっかけともなったユニウスセブン落下事件、所謂「ブレイク・ザ・ワールド」の折、カガリはザフト軍の戦艦ミネルバに乗艦していたのだが、その際にアーサーとも知り合う機会があった。

 

 あれから3年が経ち、互いの立場も大きく変わってしまったものである。

 

「それで、状況はどうなっている?」

 

 カガリは早速とばかりに、アーサーに尋ねる。

 

 まずは、この場を切り抜けない事には、旧交を温める事も出来なかった。

 

 それはアーサーも同様の想いである。早速メイリンに命じ、戦場全体の状況をメインモニターに映し出した。

 

「現在、地球連合軍艦隊はオスロの南方海上を半包囲する形で展開し、脱出してくる部隊の捕捉に努めています」

 

 まさに水も漏らさない体勢とでもいうべきか、地球軍は大軍勢に物を言わせて、重厚な陣形を築いているのがモニター越しにも判る。いかに最新鋭戦艦とは言え、ビリーブ1隻であの艦隊を突破するのは難しいだろう。

 

「加えて、これです」

 

 アーサーがモニターを操作すると、別の画像に切り替わった。

 

 そこには、艦隊と共に展開する巨大な人影が多数映っているのが見える。

 

 ジェノサイドだ。傭兵部隊と近衛騎士団を壊滅に追いやった後、ジェノサイド部隊は後方に下がり、包囲網形成に参加していたのだ。流石に味方撃ちの危険を考えると、地球軍もあの巨大兵器をオスロ攻撃の最前線に立たせようとは思わなかったらしい。

 

 しかし、そうなると今度は、脱出するにしても厄介になってくる。地球軍艦隊に加えて、ジェノサイドまで展開しているとあっては、ますます包囲網突破は難しいだろう。

 

 容易ならざる状況である事は間違いない。

 

「キラとハイネからは、敵陣を中央突破する案が提出されています」

「私も賛成だ。ここは死中に敢えて活を求めない事には、生き残る道はあり得ないだろう」

 

 アーサーの言葉に、カガリも頷きを返す。

 

 どのみち、包囲網は完成した状況である。どこに逃げても同じ事だった。ならば、あえて敵の意表を突く方法を取った方が、却って生存率も高まるかもしれない。

 

 カガリの言葉に頷きを返すと、アーサーは胸を逸らして声を張る。

 

「抜錨ッ 出航用意!! 本艦はこれより、敵陣中央を正面突破する!!」

 

 アーサーの声が、鋭く響き渡る。

 

 しかし、如何に最新鋭戦艦であるビリーブの火力でもってしても、デストロイ級が相手では分が悪すぎる。

 

 生き残る為には、艦載機の援護が必要不可欠だった。

 

「頼むぞ、キラ」

 

 カガリは祈るような気持ちで、前方に展開した地球連合軍を注視していた。

 

 

 

 

 

 その頃、キラとハイネは、出航するべく回頭しているビリーブを眼下に見ながら、沖合に展開している地球連合軍目指して飛翔を続けていた。

 

 地球軍はまだ、ビリーブの動きに気付いていない。その為、通常通りの包囲網を展開して警戒に当たっているのみだった。

 

 だが、敵がこちらの意図に気付けば、阻止する為の部隊が殺到してくるだろう。そうなると、ますます脱出は困難になる。ヴェステンフルス隊も連戦続きで、余裕があるとは言い難い状況である。これ以上の交戦は可能な限り避けるべきだった

 

 目指すは一点突破。最大限の戦力を集中してぶつけ、ビリーブを逃がす事だけを考えるのだ。

 

《キラ、お前、デストロイ級とやり合った経験は?》

「1回だけ、月で」

 

 シロガネを駆りながら、キラはハイネの質問に答える。

 

 先のユニウス戦役の折、キラはダイダロス基地攻略戦でデストロイと交戦している。もっとも、あの時は奇襲に近い形となった為、殆どキラの一方的な勝利だった。そう考えると、正面からのぶつかり合いは今回が初めてと言う事になる。

 

 答えるキラに対して、ハイネの苦笑交じりの返事が返ってくる。

 

《俺は未経験だ。悪いが、アテにさせてもらうぜ》

「どこまで、役に立てるか、判りませんけどね!!」

 

 言った瞬間、

 

 2人の進路正面に展開した2機のジェノサイドが、一斉に砲門を開いた。

 

 アウフプラール・ドライツェーン、ツォーン、スーパースキュラ、スプリットビームガン、スーパーヒュドラ、12連装ミサイルランチャーを一斉展開し、強烈な砲撃でシロガネとゲルググを吹き飛ばそうとするジェノサイド。

 

 しかし、キラとハイネは、着弾直前に散開して全ての砲撃を回避、同時に速度を上げ、左右から挟み込むようにして斬り込んで行く。

 

 白銀とオレンジの機体が、それぞれ流星のような輝きを放ちながら突き進んで行く。

 

 対抗するように2機のジェノサイドも、ホバー走行を行いつつ、シロガネとゲルググを追撃しつつ、砲撃を行ってくる。

 

 従来のデストロイを遥かに上回る機動力だ。並みの機体では追いつく事も困難だろう。まして、その間に砲撃が雨霰と降り注いできた日には、取り付く前に撃墜されるであろう事は必至である。

 

「デカい上に素早いとはね。こう言うのはチートって言うんじゃないのか!?」

 

 砲撃が織りなす水柱を縫うように飛翔しながら、ハイネは言い放つとガトリングビームライフルを取り出してジェノサイドへ攻撃を仕掛ける。

 

 回転する銃身から、連続して放たれる光弾。

 

 しかし、その全てが、ジェノサイドの陽電子リフレクターに阻まれて弾かれるにとどまる。

 

 舌打ちしつつも、更なる接近を試みるハイネ。ここまでは、ある意味で予想通りである。デストロイ級を相手に遠距離からチマチマしても埒が明かないことくらい、初めから予想済みである。

 

「本命は、こっからってな!!」

 

 ジェノサイドの放つスーパースキュラ3連装複列位相砲を、バレルロールの要領で回避、同時にゲルググはツインビームランサーを抜き放ち、懐へと飛び込むべく更に接近する。

 

 ジェノサイドの方でも、ゲルググが懐に入るのを阻もうと、ホバー走行で距離を置こうとする。

 

 ホバー走行で海面を滑るように動きながら、両手の5連装スプリットビームガンでゲルググを牽制するジェノサイド。

 

 対してハイネは、跳ね上がるような機動でゲルググを上昇させると、ビームランサーを両手持ちで構え、一気に突き込んでくる。

 

「こいつでェ!!」

 

 振り下ろされる刃の切っ先。

 

 迫るゲルググの剣に対し、ジェノサイドも後退する事で刃をかわそうとする。

 

 上から下に向け、全速力で駆け抜けるゲルググの機影。

 

 刃の切っ先は、ジェノサイドの胸部表面装甲を斬り裂いた。

 

 スーパースキュラ三連装複列位相砲が斬り裂かれ、無残な斬り口が顔を覗かせているのが見える。

 

 その光景を見て、ハイネは不敵な笑みを見せた。

 

「貰ったぜ!!」

 

 言い放ちながら、ゲルググの手はビームガトリングライフルを掴んで構え、たった今できた装甲の裂け目へと銃口が向けられる。

 

 ジェノサイドのコックピットでも、ハイネの意図に気付いた。コマンダーが焦ったように回避の指示を出す。

 

 しかし、もう遅い。いかに機動力を高めようとも、これだけの巨体が機敏に動くには限界があった。

 

 ハイネが容赦なくトリガーを引くと、装甲の裂け目から入り込んだ光弾が、ジェノサイドの内部機構を食い散らかし破壊していく。

 

 いかに重装甲を誇るジェノサイドと言えど、内部から破壊されたのではひとたまりもない。

 

 一瞬、巨体が膨れ上がるように膨張したかと思うと、次の瞬間には爆炎を上げて弾け飛んだ。

 

 一方のキラは、7連装フルバーストを展開し、もう1機のジェノサイドに猛攻を仕掛けている。

 

 しかし、やはりと言うべきだろう。シロガネの砲撃は全て、陽電子リフレクターに阻まれるのみだった。

 

 もっとも、ハイネ同様に、この事はキラも先刻承知している。派手な砲撃は、あくまで目くらましだ。

 

 障壁に弾ける閃光が激しく瞬く事で、ジェノサイドの周囲に光の膜を形成、それが光学センサーを一時的に不能にする。

 

 キラが狙ったのは、その一瞬の隙だった。

 

 白銀の翼が駆け抜ける。

 

 次の瞬間には、シロガネはスラスターを全開まで吹かしてジェノサイドの懐へと飛び込んでいた。

 

「ここまで接近してしまえば!!」

 

 叫ぶと同時に、キラの中でSEEDが弾ける。

 

 強烈な砲撃が白銀の機体を捉えようと吐き出されるが、その全ては、シロガネが駆け抜けた海面を空しく叩くのみに留まる。

 

 その間にキラは、ジェノサイドのリフレクター内側へと機体を滑り込ませる。

 

 こうなるともはや、ジェノサイドの武装が、シロガネを捉える事はない。完全にキラの独壇場である。

 

 上から下に向けて駆け上がるように動くシロガネ。

 

 両手に持ったビームサーベルを振り上げた瞬間、ジェノサイドの両肩から突き出したアウフプラール・ドライツェーンが両断される。

 

 最大の火力を奪われたジェノサイドは、その場でよろけるようにして動きを止める。

 

 しかし、キラはそこでは止まらなかった。

 

 シロガネを急降下させると、その勢いのまま、再びビームサーベルを振るう。

 

 狙ったのは、ジェノサイドの右足。

 

 一閃される刃。

 

 立ち尽くしているジェノサイドの右足は、膝より下から斬り飛ばされる。

 

 次の瞬間、ジェノサイドの巨体は傾き、成す術も無く海底へと引き込まれていく。

 

「よし、これで良い!!」

 

 傾斜して、制御不能に陥っているジェノサイドを見ながら、キラは会心の笑みを浮かべる。

 

 ジェノサイドの足がホバーユニットである事を一瞬で見抜いたキラは、その足を破壊すれば、ジェノサイドは姿勢を保つ事ができなくなるだろうと考えたのだ。

 

 結果は大当たりだった。

 

 キラに足を斬り飛ばされたジェノサイドは、そのまま身動きする事すらできずに海面下へと沈み始めているのが見える。

 

 その間にも、どうにかシロガネを撃墜しようと残った砲門を盛んに撃ち上げて来るが、動く事はおろか姿勢制御すらままならなくなった砲撃が、機動力に勝るモビルスーツを捉える事はない。

 

 キラはその間に、悠々と安全圏まで機体を離脱させる。

 

 キラとハイネの活躍によって、ようやく地球軍の包囲網にも穴が開き始めた。

 

 その包囲網の穴を、戦艦ビリーブは可能な限りの全速力で駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 スカンジナビアを脱出する事に成功したビリーブは、進路をザフト軍のジブラルタル基地へと向けていた。まずは基地に立ち寄って、状況の報告をする必要があった。カガリの帰国やキラ達の去就について考えるのは、その後と言う事になる。

 

 ユーリアの遺体は、取りあえずビリーブに収容し、今は冷凍庫を間借りして保管している。いずれ、正式に葬儀を行い、しっかりした場所に葬ってやる必要があるだろう。

 

 そして、ある意味で今回の元凶ともいうべき人物もまた、ビリーブに乗り込んでいる。

 

 フィリップである。

 

 事件が発覚した後、自失状態で司令部に軟禁されていたフィリップだが、生き残った幕僚の1人が連れ出して、カガリ達と共にビリーブに乗艦させたのだ。

 

 もっとも、自ら国や家族を裏切ってしまった事や、それによってスカンジナビアが滅亡してしまったと言う事実から、完全に自責の念に捕らわれて塞ぎ込んだ状態であるが。

 

 自分の浅はかな行動が今日の最悪の結果を呼び込んだ事について、フィリップは心の底から打ちのめされている様子である。しかし無論、事情を知る者の中で、彼に同情する人間は少ないが。

 

 本当に大変なのは、寧ろこれからだろう。

 

 スカンジナビア王国の陥落は、たんに一国家の滅亡と言うだけにとどまらない。スカンジナビアの支援を当てにしている、欧州戦線の各軍や、ジブラルタルのザフト軍なども、これから苦しい戦いを強いられるであろう事は想像に難くなかった。

 

 キラはビリーブに着艦し着替えると、その足でエストの部屋へと向かった。

 

 気を失ったエストは、収容されるとすぐに医師の診察を受け、そして今は自分の部屋で休んでいる。

 

 しかし、キラが入ってきた事に気付くと、ベッドに横たわったまま振り返ってきた。

 

「キラ・・・・・・」

「あ、動かないで。そのままで良いよ」

 

 身を起こそうとするエストを、キラは押しとどめて寝かしつける。

 

 今はエストに、あまり無理をしてほしくなかった。

 

 キラが自分を気遣うような態度をするのを見て、エストも気付いてしまった。自分が抱えている「秘密」が、キラに知られてしまった事を。

 

「・・・・・・もう、聞きましたよね?」

「うん、まあね」

 

 エストの質問が何の事を言っているのかは、キラにも理解していた。

 

 そっと、エストはため息を吐く。

 

 艦に収容された際に診察を受けた為、エストが妊娠している事はカガリに知られてしまっている。そして、カガリの口からキラの耳に入るのは、自然な流れであると言えた。

 

「おかげで、カガリに怒られちゃったよ。『もっとエストを大事にしてやれ』ってさ」

「それは・・・・・・何と言うか、すみません」

 

 見ればキラの左頬が赤く腫れているのが見える。どうやら、カガリに1発殴られたらしい。

 

 そんなキラに対して、エストは引っ張り上げた布団で口元を隠すようにして尋ねる。

 

「・・・・・・・・・・・・その、怒ってますか?」

 

 オズオズと尋ねるエストに対して、キラは逆に問い返す。

 

「それは、何に対して? 妊娠したのを隠してた事? 体調悪いのに出撃した事? それとも、そのせいでカガリにぶん殴られた事?」

「その、それら含めて、全部と言いますか・・・・・・・・・・・・」

 

 こうして聞くと、随分と「罪状」が多い気がする。怒られても文句は言えなかった。

 

「怒ってないよ」

 

 あっけらかんと言うキラを見て、安心したようにホッと息をつくエスト。

 

 だがキラは、すぐに意地悪そうな笑顔を浮かべて続けた。

 

「まあ、もっとも、今から3時間くらい、みっちりとお説教してあげたい気分なのは確かだけどね」

「・・・・・・やっぱり、怒ってるじゃないですか」

 

 エストは少し、拗ねたような声を発する。

 

 そんなエストの様子を微笑して眺め、キラはそっと頭を撫でてやる。

 

「お説教するのは許してあげるから、その代り聞かせてほしいな。どうして、子供ができた事黙ってたの?」

 

 キラの問いかけに対して、エストはようやく口元を出して答える。

 

「私は、キラの相棒です。その私が戦線離脱したりすれば、キラの背中を守れる人がいなくなります」

「それだけ?」

 

 キラは全てを見透かしたように、さらに追及してくる。

 

 エストは観念したように嘆息すると、もう一つの理由を告げた。

 

「私はエクステンデットです。その私が産む子供が、本当に無事に生まれてくるのかどうか、不安だったのです」

 

 その答えは、キラもまた予想していた事だった。

 

 いかにキラが否定しようとも、エストがエクステンデットとして、幼少期に肉体改造を受けた事は消しようの無い事実である。それあるが故にエストが妊娠、出産について積極的になれないでいる事も無理の無い話であった。

 

「大丈夫だよ」

 

 キラは、安心させるようにエストの頭を優しく撫でてやる。

 

「僕と君が、愛し合って生まれてくる子供だ。たとえ、どんな子供であっても、僕にとっては大切な子だよ」

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 キラの言葉がエストにもたらした安心感は、計り知れない物だった。その一言が、エストの心を一気に軽くする。

 

「それにね。これから君は、僕にとってはパートナー以上に大切な存在になるんだよ」

「パートナー、以上に?」

 

 訝るエストのお腹を、キラは手を伸ばした優しく撫でてやる。

 

「これから産まれてくる、僕の子供の、お母さんに君はなるんだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 

 エストの瞳から、涙が零れるのを止められなかった。

 

 たとえ、これからどのような事が起こっても、この人と一緒にいれば乗り越えて行ける。

 

 そう思うのに十分だった。

 

「何にしても、これからも宜しくね、エスト」

「はい、キラ」

 

 そう言うと、2人は、ゆっくりと唇を合わせるのだった。

 

 その時だった。突然、壁に備え付けられている艦内通信機が鳴り響いた。

 

《キラ、いるか!?》

 

 出てみると、スピーカーからはカガリの声が聞こえてきた。何やら焦ったようなカガリの声に、キラは訝りながら聞き入る。

 

《大変だッ すぐにブリッジまで来てくれ!!》

 

 どうやら、何か大変な事が起きたらしいと言う事は、充分に伝わってきた。

 

 

 

 

 

 閃光、轟音、衝撃。

 

 吹き付ける爆風によって、海上を進むビリーブが激しく揺さぶられた。

 

 立っている者が、思わずその場に転倒するほどの衝撃だった。

 

 いったい、何が起こったと言うのか?

 

 モニターの大半が、強烈な光を浴びせられた為に焼き付き、使い物にならなくなっている。

 

 センサーもいくつか破損し、ノイズで埋め尽くされているモニターも少なくは無い。

 

 衝撃が収まると、皆がノロノロと身を起こす。

 

「すぐに、状況確認を!!」

「は、はい!!」

 

 アーサーの指示を受け、コンソールに飛びついたメイリンが、機器を操作してモニター画面の調整を行う。

 

 恐らく、手の攻撃によるものである事は間違いないだろうが、それが如何なる物であるのか、ビリーブでは全く探知できなかった。

 

 いったい、何がどうなっているのか?

 

「システム回復、メインモニター、復旧します!!」

 

 メイリンの声と共に、一同の視線がモニターへと集中する。

 

 その光景を見た瞬間、

 

 皆、思わず言葉を失って息を呑んだ。

 

 一面、炎の壁、としか形容のしようのない光景が、眼前に広がっている。

 

 視界全てが、立ち上る炎によって埋め尽くされ、それ以外の物が一切合財塗り潰されているのだ。

 

「こんな・・・・・・・・・・・・」

 

 誰かが、言葉を絞り出すが、その先からの言葉が続かない。

 

 思わず目を背けたくなるような光景は、つい先刻まで自分達がいた国で起こっていた。

 

 オスロが燃えている。

 

 まだ、あそこには多くの民間人達が残っていた筈。

 

 そのオスロが今、炎の中に沈み消え去ろうとしていた。

 

 誰もが、その光景に声を上げる事も出来ずにいる。メイリンなどは、直視する事ができず、固く目を閉じてそむけてしまっているくらいだ。

 

 あの炎の下で今、何千、何万と言う人間が焼き尽くされているか、想像する事も出来ない。

 

「クッ」

 

 後からブリッジに入ってきて、モニターを見たキラが舌打ちする。

 

 これが、地球軍の攻撃によるものである事は、考えるまでも無いだろう。彼等は今回の攻撃の最終段階として、スカンジナビアの全てを焼き尽くす攻撃を実行に移したのだ。

 

 しかし、悔しいが、今の自分達にはどうする事も出来ない。戻って地球軍を殲滅する事も、炎に焼かれている人々を救出する事も出来ない。そもそも、今さら戻ったところで、生存者が残っているとも思えなかった。

 

 自分達は、あまりにも無力だった。

 

 

 

 

 

 一方で、炎に焼き尽くされるスカンジナビアの光景を、満足げに眺めている人物もいる。

 

 カーディナルは仮面越しにモニターに映った炎の壁を眺めている。

 

 全ては、予定通りの光景。

 

 彼はこの為に、わざわざフィリップに取り入り、スカンジナビア軍の戦力を方々に分散させたのだ。万が一にも、妨害を受けないようにするために。

 

 更に作戦第二段階として、スカンジナビア軍の地上戦力の殲滅を行ったうえで、その仕上げとして、この攻撃を行ったわけである。

 

 これに先立ち、オスロ攻撃を行っていた地球軍部隊の退避は完了している。いくらなんでも、味方をあの攻撃に巻き込むほど、カーディナルは愚かではない。

 

「オラクル、第一次攻撃完了しました。続けて第二次攻撃に入ります」

 

 オペレーターが、淡々としゃべる声を、カーディナルは無言のまま聞き入っている。

 

 オラクル。

 

 地球連合軍が月基地で密かに建造を進め、そしてこのほど完成に至った大量破壊兵器は、期待通りの戦果を挙げてくれている。

 

 あれの実験を行うには、スカンジナビアは最適の地だった。国内に程よく大都市が点在し、そしてザフトやオーブに比べると宇宙戦力がそれほど多くない。まさにうってつけだった。

 

 オラクルは宇宙空間で使用する兵器である為、万が一にも宇宙戦力の妨害を入れるわけにはいかないのだ。

 

 しかし、充分に下準備をしただけの甲斐あって、作戦は大成功である。それは、炎に包まれたオスロの様子を見れば明らかだろう。

 

 この後オラクルは、ストックホルムやベルゲンと言ったスカンジナビア軍の各拠点にも攻撃を仕掛ける予定であるが、そちらも問題は無いだろう。もはやスカンジナビア軍に、地球軍に対抗できるだけの戦力は存在しないだろうから。

 

 これで、スカンジナビアは壊滅した。

 

「次は、オーブと、プラントだ」

 

 そう呟くと、カーディナルは仮面の奥でくぐもった笑い声を発するのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-25「福音が奏でる絶望の歌」      終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ      第1部 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・そうですか、スカンジナビアは、もう?」

 

 電話口の相手と話しながら、ラクスは沈痛な表情を浮かべている。

 

 相手はバルトフェルドである。彼はたった今、スカンジナビア王国が地球連合軍の攻撃によって壊滅した事を伝えてきた。

 

 攻撃した敵の正体は不明。ただ、オスロを含む複数の大都市が、一瞬にして焼き尽くされたと言う。

 

「それで、ビリーブは無事に脱出できたのですね? それにカガリさんとキラ、それにエストも乗っていると・・・・・・」

 

 そう言ってからラクスは、目下最大の懸案事項を尋ねた。

 

「それで・・・・・・その、お腹の子供は?」

 

 エストのお腹の中にいる子供と、そして何より彼女自身の体調の事が何よりも心配だった。

 

 無事だ、と言うバルトフェルドの言葉を聞いて、ラクスはホッと息を吐き、受話器を元に戻した。

 

 誰もいない執務室で、ラクスは沈思する。

 

 大変な事になった。

 

 今回のスカンジナビア陥落は、たんに一国家が滅亡すると言うだけの話ではない。彼の国の支援に大きく依存している欧州戦線の帰趨にもかかわってくる重大事だ。

 

 恐らく、欧州戦線の崩壊は免れないだろう。事によるとジブラルタルの放棄も検討しなくてはならないかもしれない。

 

 状況は、共和連合にとって絶望的と言っても良かった。

 

 ラクスは机の引き出しを開くと、中から1冊のファイルと、データチップを取り出した。

 

 チップは、今は無きユーリアがメンデルで手に入れた「デュランダルの遺産」である。彼女に委託された解析作業も着々と進み、間も無くデータを開示できると言うレベルにまでなっていた。

 

 だがこうなった以上、これは最早「ユーリアの遺産」と呼んでも良いかもしれない。彼女が命がけで手に入れ、そして守り通した物なのだから。

 

 そしてもう一つ。

 

 ラクスは、ファイルデータの方に目を向けた。

 

 そこに映しだされているのは、新型機動兵器の設計図である。

 

 全く新しい概念によって設計されたこの機体は、ザフトの技術の粋を結集しても、未だに完成するには至っていない。

 

 しかし、

 

「何としても、この機体を完成させなくてはなりません」

 

 ラクスは、固い決意と共に呟く。

 

「この、人の意志が炎のように交錯する世界の中にあって、それでも尚、自分達の意志を貫き通す為に」

 

 そう言って、ファイルを閉じるラクス。

 

 消える一瞬、画面には銀色の十字架が映し出される。

 

 そして、その中央には、燃え盛る炎のエンブレムが克明に刻み込まれていた。

 


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