機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-23「葬送の送り火」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今こそスカンジナビア軍は、先の地球連合軍の第1次攻撃が、地獄のほんの序章に過ぎなかった事を思い知らされていた。

 

 ジェノサイドによる一斉砲撃から、ファントムペインを中心とした部隊の投入。

 

 最前まで奮戦していたスカンジナビア軍だったが、それらの要素により戦線は破綻、状況は完全に地球軍優勢に傾こうとしていた。

 

 そして、一度傾いてしまえば、あとは奈落の底までまっしぐらである。もはやスカンジナビア王国軍に、地球軍の大軍を押し返すだけの力は存在しなかった。

 

 スカンジナビア軍近衛騎士団は確かに、首都オスロを守る為に配備された最強部隊であり、王族を守護する事を目的に、各軍から選び抜かれた精鋭中の精鋭達によって構成されている。スカンジナビアには、近衛騎士団を超える戦闘力を持った部隊は存在しない。それは紛れもない事実である。

 

 しかしそれは、あくまでもスカンジナビア内部のみの話に過ぎない。

 

 他の列強各国が保有する精鋭部隊、ザフト軍特務隊Faith、オーブ共和国軍第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィント、そして地球連合軍第81独立機動群ファントムペイン。

 

 これらは皆、スカンジナビア軍とは比べ物にならない程に高度な戦闘力を持つ精鋭部隊である。ましてか、現在スカンジナビア攻撃軍に加わっているのはファントムペイン最強を謳われるローガン隊である。彼等からすれば、スカンジナビア近衛騎士団の存在など、地方警備隊に毛が生えた程度の存在でしかない。

 

 次々と飛来した地球軍の機体を前に、それまで我が物顔で戦場の空を支配していたスカンジナビア騎士団は一転、狩る者と狩られる者とが逆転し、悲鳴を上げながら炎の巻かれていく機体が続出する。

 

 それはまさに、悪夢と呼ぶべき光景だった。

 

 スカンジナビア近衛騎士団は、オスロを守る最後の盾である。彼等が敗れれば、もはや首都を、そしてユーリアをはじめとした王族達を守れる者は誰もいなくなってしまう。

 

 それでもどうにか体勢を立て直そうと、騎士達が奮闘している光景はそこかしこで見られるが、それもやがて、押し寄せる地球連合軍の大軍の中に、1人、また1人と飲み込まれ消えて行った。

 

 

 

 

 

 部隊を再編し、迫り来る地球連合軍を阻止すべく、スカンジナビア騎士団は陣形を組み直そうとしている。

 

 先のジェノサイドの一斉攻撃で、既に過半数の機体は灰燼と期しているが、それでも尚、諦めるわけにはいかない。首都を守る為、そこに住む人々を守る為、そして何より王や王女を守る為に。たとえただの一兵に成り果てようとも、騎士団はこの場を退く気は無かった。

 

 しかし、そんな彼等の決意も、地獄のような戦場の中にあってはたんなる自己満足以上の物には鳴り得なかった。

 

 部隊を再編成し、防衛線の再構築を行おうとするスカンジナビア騎士団。

 

 そんな彼等の元に、太い閃光が連続して飛来し、正確無比な照準で、次々とコックピットを撃ち抜き撃墜していった。

 

 中にはシールドを掲げて防ごうとする者もいるが、砲撃はそのシールドすら貫通して機体を直撃、哀れなスカンジナビア騎士を次々と死に追いやっていく。

 

「この程度か、スカンジナビアの騎士よ」

 

 厳格な言葉の中にも、隠しきれぬ侮蔑を込めてウォルフは呟きながら、指はトリガーを引き続ける。

 

 吹き抜ける光線は、向かってくるスカンジナビア騎士団の機体を更に撃墜する。

 

 ウォルフの駆るヴァニシングは、手にしたペネトレイトライフルの砲撃により、次々と正確無比な射撃を繰り出し、スカンジナビア機を撃ち落としていく。

 

 通常のビームライフルによる攻撃よりも威力を高めた攻撃は、如何なる防御をも貫通し、敵機を確実に撃墜していった。

 

 騎士達もどうにか反撃しようと、ヴァニシングとの距離を詰めながら砲撃を行ってくる。

 

 しかし、ウォルフはその一撃一撃を正確に見極め、攻撃全てを回避、代わって放たれるペネトレイトライフルの攻撃は、正確にスカンジナビア機のコックピットを撃ち抜いていく。

 

 彼等とファントムペイン隊長との戦力差は、あまりにも歴然としていた。

 

 

 

 

 

 首都の空港を飛び立ったスカンジナビア軍の一部の部隊は、味方を救援するべく、戦場へと急いでいた。

 

 既に戦況が一変したと言う情報は届いている。通信機からはひっきりなしに、味方の悲鳴が飛び出してきている。

 

 このままでは全滅も考えられる。何とか、急いで彼等の元へ駆け付けなければならなかった。

 

 だが、そんな彼等の前に異形のモビルアーマーが立ち塞がった。

 

「ここはとーせんぼってな。行きたければ、身ぐるみ置いて行ってもらおうか!!」

 

 おどけた調子で言い捨てながら、ジークラス・フェストはグラヴィティの持つ全火力を開放、向かってくるスカンジナビア機に容赦なく浴びせていく。

 

 この奇襲攻撃を事前に予測し、回避行動ができた騎士は1人も存在しない。たちまち砲撃を食らって炎上したり、光線にコックピットを貫かれる機体が続出する。

 

 だが、スカンジナビア騎士団もやられてばかりと言う訳ではない。中には奇襲からいち早く立ち直り、グラヴィティの攻撃を迂回して戦場へ向かおうとする者達もいる。

 

 しかし、

 

「おいおい、逃げんなよ。ゆっくり遊んで行けよ!!」

 

 圧倒的な加速で追いつくジークラス。そのままグラヴィティを人型へ変形させ、両手両足のビームクローを展開、逃げようとするスカンジナビア機を、容赦無く切り刻んで行った。

 

 一部の機体は、離脱は難しいと判断し、ビームサーベルを抜いてグラヴィティに斬り掛かろうとする者もいる。

 

 しかし、それらに対してもジークラスは容赦しない。

 

 絶大な加速力で向かってくるスカンジナビア機に取り付くと、ビームクローを用いて次々と斬り捨てて行った。

 

 

 

 

 

《う、ウワァァァ!? 何だこいつはァ!?》

 

 1機のスカンジナビア機が狂ったように、手にしたビームライフルを振り上げて四方八方へ放っている。

 

 だが奇妙な事に、それらの攻撃は全て、何も無い明後日の方向へと空しく飛んでいくばかりである。

 

 傍から見れば、気が狂ったとしか形容のしようがない光景である。

 

 しかし、それもある意味無理も無いのかもしれない。

 

 なぜなら彼が座るコックピットのモニターには、本来ならいるはずの無い無数の機影が映り込んでいるのだから

 

 恐怖から立ち尽くし、ビームライフルを乱射するスカンジナビア騎士。

 

 そこへ、メリッサ・ストライドはハウリングを駆って飛来すると、フェンリル複合防盾からビームサーベルを発振、尚も乱射を続けているスカンジナビア機を、容赦無く真っ二つに斬り捨てた。

 

「・・・・・・脆いですね。この程度とは」

 

 侮蔑の言葉と共に、メリッサは、墜ちていくスカンジナビア機を見詰めていた。

 

 同時にミラージュコロイドを利用した残像機能を稼働させ、無数の分身を空中に作り出す。

 

《う、撃て撃て!! 全部撃ち落すんだ!!》

 

 幻影に惑わされたスカンジナビア機は、幻のハウリングを撃ち落とそうと、躍起になって砲撃を繰り返す。しかし、それらがハウリングを捉える事は決してない。

 

 その間にメリッサは余裕で機体を操ると、砲撃によってスカンジナビア機をあっさりと撃ち落して行った。

 

 

 

 

 

 トライ・トリッカーズはある意味、ローガン隊の中で最も戦果を挙げている者達であろう。

 

 何しろ、彼女達が齎す高度な三位一体の戦術は、現状、どのような軍隊であっても真似する事の出来ない高度な連繋プレイなのだから。

 

 攻めれば後退しながらの死角の無い砲撃戦を、退こうとすれば高速で追いすがり、眩惑するような機動で斬り込んでくる。

 

 トライ・トリッカーズの連繋プレイを前に、スカンジナビア騎士団はただただ翻弄される一方となっている。

 

「ほらほらほら、アンヨはお上手ってね!!」

 

 ルーミア・イリンのイントルーダーが高機動を発揮して、向かってくるスカンジナビア軍の攻撃を悉く回避。お返しにと撃ち放つライフルやサーベルによる攻撃が、確実に自身の敵を撃墜していく。

 

 かと思えば、後方に配置しているブリジット・ハーマンのインヴィジブルは、アグニを使用した長距離攻撃によって、イントルーダーに気を取られたスカンジナビア機を吹き飛ばす。

 

「ウフフ、もーらいっと」

 

 気軽な声と共に引かれるトリガー。

 

 アグニから吹き抜ける太い閃光は、動きを止めていたスカンジナビア機を容赦なく吹き飛ばした。

 

 そして、動きを止めたスカンジナビア軍の隊列の中へ、シノブ・リーカが駆るイラストリアスが、シュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かる。

 

「遅いぞ、その程度!!」

 

 鋭い声と共に振るわれた大剣が、スカンジナビア機を袈裟懸けに斬り飛ばした。

 

 更にリーカは、振り向きざまに大剣を一閃し、背後から迫ろうとしたスカンジナビア機を胴斬りして撃墜した。

 

《う、ウワァァァ!? 何だこいつらは!?》

 

 自分達には決して真似できないような高度な連繋を行うトライ・トリッカーズの猛攻を前に、完全に逃げ腰になったスカンジナビア軍は這う這うの体で逃げようとする。

 

 しかし、

 

「こらこら、立派な騎士様が逃げちゃダメなんじゃないの?」

「もうちょっと、お相手してくれなきゃやーよ」

「卑怯者共めが!!」

 

 三者三様の叫びを上げながら、容赦なく追い詰めていく。

 

 それに対してスカンジナビア軍は、成す術が無かった。

 

 

 

 

 

 突如、部隊を指揮する隊長の機体が、どこからともなく飛来した砲撃を受けて爆発する。

 

 驚く、スカンジナビアの騎士達。

 

 砲撃は更に連続して行われ、スカンジナビア機は何もない空中で次々と爆炎の花を咲かせていく。

 

《ちょ、長距離狙撃だ!!》

《スナイパーがいるぞ!!》

 

 姿無きスナイパーの存在が齎す恐怖感は、想像を絶する物がある。

 

 たちまち、混乱に陥るスカンジナビア軍。

 

 しかし、それこそが正にねらい目とばかりに、速度と制度を増した狙撃が、次々とスカンジナビア機を撃ち抜き撃墜していく。

 

「トーシロ以下だな。話にならんぜ」

 

 ロベルト・グランは、専用のスナイパー装備をしたグロリアスの中で、呆れ気味に呟いた。

 

 彼が覗くスコープの中では、突然の攻撃で右往左往するスカンジナビア軍の様子が見て取れる。

 

 彼等は尚も混乱から立ち直ってい居ないらしく、陣形を組む事も出来ずにてんでバラバラの方向に逃げようとしている。中には明後日の方向へとビームライフルを向けようとする者もいるが、無駄な話だ。ロベルトがいる場所は、ビームライフルの射程外なのだから。

 

「ま、何にしても、こいつはボーナスゲームだ。なら、気楽にやらせてもらうさ」

 

 そう言うとスコープを覗き込み、再びトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライアスにとって目の前の光景は、悪夢以外の何物でもなかった。

 

 精強と信じたスカンジナビア騎士団。

 

 その中でも最精鋭と名高い、近衛騎士団。

 

 王を守護する為の、最強の剣にして最後の盾である存在。

 

 その近衛騎士団が、今まさに、目の前で敵の攻撃を食らい、成す術も無く壊滅していこうとしている。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿な・・・・・・・・・・・・こんな馬鹿な」

 

 クライアスの絶望にも満ちた声は、破壊音と、騎士達が奏でる断末魔の悲鳴にかき消され、誰にも聞かれる事無く消え去っていく。

 

 クライアスが呆然と立ち尽くす中、スカンジナビア機が炎を上げて海面へと落下していく。

 

 騎士団の壊滅。

 

 それは同時に、国の滅亡への一里塚でもある。

 

 スカンジナビアの陥落は、最早止めようも無い段階に迫りつつあった。

 

 絶望は最早、押しとどめる事すら敵わない段階に来ている。

 

 だが、不幸な事に、

 

 クライアスにとっての絶望は、まだ序曲に過ぎなかった。

 

 とにかく、少しでも味方を助けなければ。

 

 そう思って機体を翻した時、フリーダムのセンサーが、こちらに向かって急速に接近してくる機影を捉えた。

 

 その機影に目を向けた瞬間、

 

「あれは!?」

 

 クライアスは思わず、目を疑った。

 

 黒いボディに、両肩に張り出した装甲、そしてバックパックに背負った4基のガンバレル。

 

 それは間違いなく、今まで何度も自分達の前に立ちはだかり、ユーリアの命を狙ってきた地球軍の機体、サイクロンに他ならなかった。

 

「何で・・・・・・何で、貴様がここにいる!?」

 

 あの時クライアスは、確かに見た。アッシュブルック基地の地下で斬り結ぶサイクロンが、キラの駆るデスティニーと共に炎の中へ消えて行くところを。

 

 キラが戻らなかった事から、サイクロンもまた、炎の中に消えた物だと思っていた。キラがその命と引き換えにして相打ちに持ち込んだのだと。

 

 だが、現実としてサイクロンはクライアスの目の前に存在していた。それも、修復を行ったらしく、ほぼ無傷に近い形で。

 

「フリーダムを確認。これより戦闘を開始します」

 

 サイクロンを駆るレニ・ス・アクシアは、淡々と呟くと、ライフルモードのダインスレイブ複合銃剣を撃ち放つ。

 

 サイクロンから伸びてくる二条の閃光。

 

 それをクライアスは、機体を傾ける事で回避、自身もフリーダムの両手にライフルを構えて反撃に転じる。

 

「貴様・・・・・・貴様がァァァァァァ!!」

 

 叫びながら、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス改連装レールガン、カリドゥス複列位相砲、ビームライフルを構え11連装フルバーストを撃ち放つ。

 

 対抗するようにレニも、ライフルモードのダインスレイブ複合銃剣、4基のガンバレル、両肩の連装ビームキャノンを展開、10連装フルバーストで対抗してくる。

 

 中間で激突する、両者が放った閃光。

 

 行き場の無いエネルギーが対消滅を起こすと、周囲に拡散、溢れだした閃光が海面にぶち当たり、巨大な水柱を打ち立てる。

 

 吹き上がる水飛沫。

 

 跳ね上がる水の壁を突き破る形で、クライアスはビームサーベルを引き抜いてフリーダムの右手に装備、サイクロンへ斬り掛かる。

 

 接近し間合いに入ると同時に、横薙ぎに振るわれるサーベルの斬撃。

 

 しかしレニも、そのフリーダムの攻撃は事前に読んでいた。

 

 とっさに後退する事で、フリーダムの斬撃を回避。同時に肩の連装ビームキャンでフリーダムの動きを牽制しつつ、更にガンバレル4基を展開して包囲攻撃を仕掛ける。

 

 対抗するようにクライアスも、4門のバラエーナを放って反撃するが、レニはその攻撃を見極めつつ、後退しながら回避。尚且つガンバレルとビームキャノンを使い、間断無い攻撃をフリーダムへ仕掛けてくる。

 

 フリーダムとサイクロンは互いに入り乱れるような機動を見せながら、接近と後退を繰り返し、砲火を交わし合う。

 

 とは言えこの戦い、明らかにクライアスの方が不利である。

 

 フリーダムの砲門は11門であるに対し、サイクロンは10門。火力の差は殆ど無くなっている。

 

 加えてフィフスドラグーンが使えなくなったフリーダムは、直線的な攻撃しかできなくなっているのに対し、サイクロンのガンバレルは地上でも使える為、全方位からのオールレンジ攻撃は問題なく健在である。

 

 その差が、大きく現れようとしていた。

 

 間断の無いサイクロンの攻撃に対して、フリーダムは徐々に追い込まれ、時折、反撃を散発的に行う事しかできないでいる。

 

 更に押し込むようにして行われるサイクロンの砲撃を、フリーダムは辛うじて回避する。

 

「クソォッ!!」

 

 苦し紛れに放つフルバースト。

 

 しかし、それすらサイクロンが直前で上昇して回避した為、目標を捉える事無く駆け抜けていく。

 

 攻撃を回避したレニは、更にガンバレルを飛ばし、回避行動を取ろうとするフリーダムを執拗に攻め立てていく。

 

 対するクライアスは、必死に回避行動を取る事しかできない。

 

「せめて、せめてドラグーンが使えたら!!」

 

 67連装フルバーストと言う比類ない火力を使う事ができたなら、この程度の危機は簡単に切り抜けられると言うのに。

 

 苦しげにつぶやきを漏らすクライアス。

 

 その時、

 

《・・・・・・もう飽きました。この程度で最強とは》

 

 スピーカーからオープン回線で聞こえてくる女の声。

 

 それが、今現在対峙している敵機から発せられている事に、クライアスはすぐに気付いた。

 

「貴様ッ!!」

《笑わせてくれます。まるでチンピラの喧嘩ですね》

 

 淡々と発せられるレニの声に、クライアスは沸騰しそうなほどの怒りを爆発させる。

 

「貴様ァッ!!」

 

 クライアスは怒りに叫びながら、フリーダムの持つ全武装を無理やり展開、フルバーストモードに移行する。

 

「スカンジナビア騎士を、舐めるなァァァ!!」

 

 解き放たれる11連装フルバースト。

 

 その迫り来る閃光を正面から見据え、

 

《余興を長引かせるつもりはありません。これで終わりにします》

 

 レニの中でSEEDが弾けた。

 

 次の瞬間、サイクロンはまるですり抜けるようにして、フリーダムの強烈な攻撃を悉く回避してしまった。

 

 そしてライフルモードのダインスレイブを斉射。フリーダムの両手にあるビームライフルを同時に吹き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 ライフルを失った事で、状況は不利と判断したクライアスは、とっさに後退しながらビームサーベルを抜き放つと同時に、腰の連装レールガンを放って、サイクロンの動きを牽制しようとする。

 

 だがレニは、飛んでくる砲弾をシールドで弾くと、サイクロンの全武装を展開、10連装フルバーストを解き放つ。

 

 奔流の如く駆け抜ける、閃光の嵐。

 

 対してクライアスも、シールドを展開してサイクロンのフルバーストを防ごうとする。

 

 しかし、全てを防ぎきる事はできない。

 

 直撃を受け、フリーダムの右足が吹き飛ばされてしまう。

 

「おのれッ!!」

 

 それでも構わず、クライアスはビームサーベルを振り翳し、崩れたバランスのままサイクロンに斬り掛かっていく。

 

 振り下ろされるビームサーベル。

 

 しかし、フリーダムは機体のバランスが崩れているせいで、繰り出す斬撃にも僅かに鈍りが見える。

 

 そして、レニにとってその動きは、ひどく遅い物でしかなかった。

 

 フリーダムの斬撃をシールドで防ぎ、そして難無く弾き返すサイクロン。

 

「ぬおっ!?」

 

 弾き返されたところで、再びバランスを大きく崩すフリーダム。

 

対してレニは両肩の連装ビームキャノンを展開、尚も体勢を立て直そうともがいているフリーダムに向けて撃ち放つ。

 

 直撃する閃光。

 

 サイクロンの砲撃を正面から受け、フリーダムの特徴とも言うべき、12枚の蒼翼の下半分が溶け落ちる。

 

「おのれェェェェ!!」

 

 クライアスは怒りに任せて、腹部のカリドゥスを放とうとする。

 

 だが、今のレニにとっては、そんな物は欠伸が出る程に遅く感じる。

 

《騎士の国、などと威張ってみたところで、所詮はこの程度・・・・・・》

 

 殆ど至近距離から放たれた複列位相砲を、サイクロンはあっさりと回避する。そして対艦刀モードのダインスレイブを一閃、フリーダムの左腕を斬り飛ばした。

 

《肥大した自尊心を持て余した結果が、この体たらくです》

 

 ガンバレルによる攻撃が、フリーダムの右足を吹き飛ばす。

 

《ならば幕引きには、せいぜい派手に焼け落ちればいい・・・・・・》

 

 勢いに任せて、サイクロンの足がフリーダムの頭部を蹴り付ける。それだけでフリーダムの顔面はひしゃげ、首はあらぬ方向に捻じ曲げられた。

 

《及ばずながら、葬送の送り火は、私が焚いてあげます》

 

 もはや、殆どコントロール不能に陥ったフリーダム。

 

 そこへレニは、サイクロンの全武装を展開、10連装フルバーストを叩き付ける。

 

「う、ウオォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 雄叫びを上げるクライアス。

 

 しかし、もはやどうにもならない。

 

 迫り来る光の奔流を前にして、彼はあまりにも無力だった。

 

「さようなら、スカンジナビア最強の騎士」

 

 低い声で囁くレニ。

 

 次の瞬間、フリーダムの残骸は海面に叩き付けられ、高々と水柱を噴き上げた。

 

 

 

 

 

 スカンジナビア最強の騎士、クライアス・アーヴィング敗れる。

 

 この事実は、実際に機体を1機失った以上の効果を、スカンジナビア軍にもたらした。

 

 クライアスは掛け値なしに「スカンジナビア最強」だった。

 

 彼はまさにスカンジナビア軍の象徴であり、言ってみれば心の拠り所だったのだ。

 

 クライアスがいたからこそ、スカンジナビア軍は劣勢のこの状況下で尚、戦場に留まり、絶望的な戦闘をしていられたとも言える。

 

 そのクライアスが敗れた。

 

 それはすなわち、スカンジナビアの心が完全に砕かれた瞬間でもあった。

 

《あ、アーヴィング大尉がやられたァ!!》

《も、もう駄目だァ!!》

《逃げろォ!!》

 

 騎士としての誇りも、王族への忠誠心も全てかなぐり捨て、騎士達は散を乱して逃げ惑う。

 

 勿論、地球軍も黙って見ているわけではない。

 

 ローガン隊の奮戦に触発された地球軍部隊が、再び戦線に参入し、今や統制も士気も無くなったスカンジナビア騎士団に取り付いて、次々と討ち取っていく。

 

 それは最早、戦闘ではなく、正しく「虐殺」と呼べるものだった。

 

 誇りある近衛騎士達が、雑兵とも言うべき一般兵士達に打ち取られていく様は、哀れと呼ぶ意外に形容のしようが無く、このスカンジナビア王国の運命を如実に表していると言って良かった。

 

 一方その頃、エストはまだシロガネを駆って戦場に留まっていた。

 

 とは言え、現状ではもはや、彼女にできる事は少ない。

 

 いかにシロガネに乗っているとは言え、圧倒的な大軍を1機で押しとどめる事などできるわけが無く、せいぜい、逃げる騎士団の殿を務め、損害を少しでも減らすだけだった。

 

 ビームライフル、ヤタガラス複列位相砲、ビームキャノン、レールガンをそれぞれ展開して、7連装フルバーストを展開、迫り来る地球連合軍に痛撃を与えて、僅かでも追撃の手を鈍らせる。

 

 とは言え、こんな事をしても、もはや何の意味もない事はエストにも判っていた。

 

 クライアスは敗れた。それはエストも見ていた事なので、疑いようがない事実である。

 

 そしてクライアスの敗北に伴い、士気が瓦解したスカンジナビア軍は総崩れになっていた。このままでは早晩、地球軍はオスロまで攻め込んでくるだろう。

 

 スカンジナビアは陥ちる。

 

 それは最早、変えようの無い未来だった。

 

 だが、その前にどうしても、やらなくてはならない事がいくつかあるのは確かだった。

 

 向かってくるグロリアスを、エストはビームサーベルで斬り捨てて撃墜する。

 

 まずはスカンジナビア軍を少しでも多く逃がす事。負けるにしても、再起を期すためには、ある程度の戦力は確保しなくてはならない。

 

 その為にエストは今、シロガネを駆って奮戦している。

 

 そしてもう1つ。こちらはより重要で、深刻である。

 

 王族、すなわちユーリアを国外に逃がすのだ。

 

 いずれ再起を期すためには、戦力を保持するだけではダメだ。旗頭となる王族を生き延びさせ、求心力を保持しなくてはならない。

 

 その為には、今回の災禍を招いたフィリップや、病床にあるアルフレートよりも、ユーリアの方が適任だった。

 

 考えている内にも、地球軍の攻撃は激しさを増していく。

 

 これ以上留まって戦線を保持するのは、如何にエストでも限界だった。

 

 離脱するべく、機体を翻すエスト。

 

 その時だった。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 視界の彼方に、ノロノロと飛行しながら、必死に戦線離脱しようとしているザクの姿があった。

 

 見覚えがある。あれは確か、先頭に介入した序盤で助けたザクだったはず。

 

 どうやら乗っているグゥルは被弾のせいで出力低下を来し、離脱しようにも思うに任せないらしい。

 

 それでも必死に、陸地を目指して飛翔するザクに対し、まるでそれをいたぶるように地球軍のグロリアスが群がっていくのが見える。

 

 このままでは、あのザクが撃墜されるのは時間の問題だろう。

 

 エストの決断は、素早かった。

 

 シロガネを駆って一気に駆け抜けると同時に、全武装を展開、7連装フルバーストを解き放つ。

 

 一斉発射された閃光。

 

 それらは的確に、ザクを包囲して撃墜しようとしていたグロリアスを捉え、撃ち落していく。

 

 更にエストは、シロガネの手にビームサーベルを抜き放つと、スラスター全開で距離を詰め、残っていたグロリアスを全て斬り捨ててしまった。

 

 周囲の敵を全て排除したエストは、そのままザクの手を取って、機体を陸地へと向け、戦場から離脱する進路を取る。

 

《な、何!?》

「逃げますよ。しっかり掴まってください」

 

 戸惑った声を発する相手に対し、エストは有無を言わさずに引っ張り、スラスター出力を全開まで高める。

 

 いくつかの砲火が追いかけて来るが、全て、シロガネを捉えるには至らない。

 

 その間にエストは、一散に戦場を離脱してオスロを目指す。

 

 最早、寸暇すら猶予は無く、瞬きする一瞬すら惜しい状況である。

 

 この絶望的な状況で、尚も希望にすがる為に、エストは走り続けた

 

 

 

 

 

PHASE-23「葬送の送り火」      終わり

 

 


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