機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-22「白銀の希望」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍によるスカンジナビア王国総攻撃。作戦コードは「オペレーション・トールハンマー」

 

 自らを北欧の神が奏でる雷になぞらえ、全てを撃ち滅ぼす槍と化して叩き潰そうと言う意思の現れであった。

 

 この戦いに、地球連合軍が戦線投入したX2ジェノサイドは、全部で12機。

 

 ユニウス戦役中に地球軍が戦線に投入したデストロイが全部で10機。そのうち、一回の作戦で集中して投入された数が5機だった事を考えると、破格の大兵力である事が分かる。

 

 ジェノサイド12機が齎す火力は絶大であり、ただの一撫でで小国程度なら灰燼に帰せる程である。

 

 その地獄の業火の最初の犠牲となったのは、地球連合軍の進撃を阻止すべくオスロ沖の海上に展開していたスカンジナビア軍傭兵部隊であった。

 

 傭兵部隊に所属するモビルスーツは100機前後。数的には地球軍の10分の1ほどでしかなく、また傭兵としての性格故か、彼等は殆ど連繋らしい連繋行動はしておらず、進撃に際してもバラバラに隊列を組んでいた。

 

 正規軍に比べれば、お世辞にも戦力的にまとまっているとは言い難い傭兵部隊だが、それでも寡兵のスカンジナビア王国軍にとっては頼もしい味方になる筈だった。

 

 しかし、

 

 水平線上に並んだデストロイが、一斉砲撃を敢行した瞬間、彼等の存在はあらゆる意味において無意味と成り果てた。

 

 大気その物を灼熱の坩堝へと叩き込む、地獄の業火。

 

 視界全てを焼き尽くす閃光の嵐を前にしては、彼等は塵以下の存在でしかなかった。

 

 最初の一撃で、半数の傭兵が原子レベルにまで粉砕された。彼等は己に起こった運命も知らないまま、この世から文字通り「消滅」させられたのだ。

 

 次の一撃の時は、もう少し犠牲は少なかった。ただしそれは傭兵部隊が攻撃を回避したからではなく、最初の一撃で大多数の傭兵が死に追いやられていた為、砲撃によって破壊される対象が無くなっていた、と言う意味である。

 

 いずれにしても僅か一瞬のうちに、スカンジナビア軍が貴重な戦力の大半を喪失した事は間違いなかった。

 

 だが、その事を嘆くのは、まだ早いだろう。何しろ悲劇はまだ、幕を上げたばかりなのだから。

 

 完全に立ち上がりを制された上に、戦力の過半を喪失した傭兵達は完全に散り散りになっている。中には早くも戦意を喪失し、その場から逃げようとしている者もいるくらいである。

 

 しかし、それこそが地球連合軍の狙いでもあった。

 

 数を減らし、組織的な行動力を完全に喪失した傭兵部隊。

 

 そこへ、ジェノサイド部隊の後方で待機していたグロリアス部隊が、一斉に襲い掛かった。

 

 地球連合軍の作戦は単純である。まず、ジェノサイドの圧倒的な砲撃によってスカンジナビア軍の陣形を崩し、そこへ主力となる高速機動兵器群を投入して、各個撃破に努めるのだ。

 

 大兵力を投入しているからと言って、それに安んずるような事はしない、堅実な作戦である。

 

 ジェノサイドの圧倒的な砲撃を辛うじて逃れる事ができた傭兵達だったが、彼等の大半は結局、僅かに自分の寿命を引き延ばしたにすぎなかった。

 

 10倍近い大兵力で攻めてくる地球連合軍を前に、数を減らした傭兵など物の数ではなかった。

 

 機体性能にも勝るグロリアスに追い回された挙句次々と討ち取られ、散華する傭兵があちこちで続出する。

 

 そのような状況下にあって、リィス・フェルテスが未だに命脈を保っていられたのは、全くの偶然の産物であっただろう。

 

 彼女の駆るグゥル付きのザクは、たまたまジェノサイド部隊の射線から外れていた為、初めの一斉攻撃から、辛うじて逃れる事ができたのだ。

 

 その後で始まった地球連合軍の一斉攻撃の中を、巧みに機体を操って回避し、時折、手にした突撃銃を放って反撃を行っている。

 

 既にリィスは、向かってくるグロリアス3機を返り討ちにしている。

 

 旧式で性能的にも劣るザクを用いて、最新鋭機であるグロリアスを撃墜する辺り、10歳と言う幼さに似合わず、リィスが高い戦闘力の持ち主である事が伺える。

 

 今また1機、グロリアスがリィスのザクに狙いを定め、ビームライフルを放ちながら向かってくるのが見える。

 

 その攻撃を、沈み込むようにして回避、お返しにと突撃銃を放つ。

 

「だいじょぶ・・・・・・落ち着いて・・・・・・」

 

 自分に言い聞かせるように、リィスは静かな呟きを漏らしながらも、脳裏では状況を冷静に分析していく。

 

 初めに見たデストロイ級機動兵器の一斉攻撃。あれはもう来ないと見て良い。

 

 周囲には地球連合軍と傭兵部隊が入り乱れて砲火を交えている光景が見られる。これだけ敵味方が入り乱れていたら、如何に地球連合軍と言えど大火力の投入はできないだろう。彼等としても味方を巻き込んでまで攻撃はしたくないだろうから

 

 ならば、目の前のモビルスーツの攻撃を切り抜ける事さえできれば、生き残る道も開けるはずである。

 

 しかし、のっけから既に状況は最悪に近い。

 

 敵の数は多く後から後から増えてくるのに対して、味方は今こうしている間にも減り続けている。今やリィスの周りには、味方機はほとんどいない状態だった。

 

 それでもリィスは、ザクの手にビームトマホークを装備すると、近付いてきたグロリアスを、すれ違いざまに勢い良く斬り捨てていた。

 

 幼さに似合わぬ奮戦ぶりである。地球連合軍の兵士も、まさか自分を撃墜したパイロットが10歳の少女だとは夢にも思わない事だろう。

 

 しかし、その奮戦もいつまでも続けられる訳ではない。

 

 味方の数が減ると言う事は、必然的にリィスに集中される攻撃の数も増える事を意味している。

 

 集中される砲火を、リィスはそれでも巧みにザクを操って回避していく。

 

 高い操縦技術である。これまで数々の激戦区を戦い抜いてきたからこそ自然に身についた物だ。

 

 砲火を掻い潜り、ビームを回避して、更に時折、反撃を食わる。

 

 ザクの砲撃を受けて、吹き飛ばされるグロリアス。

 

 しかし、勝利の喝采に浸る間もなく、敵は次から次へと押し寄せてくる。

 

 雲霞の如く、とでも言うべきか、それらは既にリィス1人が奮戦した程度では収まるような類の状況ではなくなりつつあった。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 焦りが、知らずの内に口を突いて出る。

 

 既に味方の戦線は崩壊寸前。殆どの傭兵は撃墜され、残っている者達も可能な者は我先にと逃げ出している。

 

 リィスも逃げたいところだが、周囲は既に地球連合軍によって包囲されている。この時のリィスは自分でも気付かないうちに機位を見失い、敵陣に深く入り込み過ぎていたのだ。

 

 全方位から一斉に放たれる砲撃を、尚も巧みに回避していくが、それももはや限界寸前と言った感じである。

 

 そしてついに、グロリアスが放った1発のビームが、ザクの右肩に命中し、特徴的なショルダーアーマーを吹き飛ばした。

 

「あうッ!?」

 

 大きな振動と共に、コックピット内で悲鳴を上げるリィス。

 

 同時にザクはバランスを崩し、大きく高度を下げた。

 

 そこへ、戦力を集中させる地球連合軍。

 

 墜落しそうになるザクの中で、リィスはどうにか体勢を立て直そうと必死になるが、その前に地球連合軍は距離を詰めて包囲してくる。

 

 これで終わりか?

 

 そう思った瞬間、

 

 出し抜けに放たれた複数の閃光が、今にも攻撃しようとしていたグロリアスの頭部や腕、スラスターを一斉に直撃、吹き飛ばしてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 顔を上げるリィス。

 

 もたらされるはずだった衝撃が、いつまで経っても訪れない事を不審に思い、視線を向けた先。

 

 そこには、

 

 白銀の姿をした鉄騎が、両手のライフル、肩のビームキャノン、腰のレールガン、胸部の複列位相砲を展開したフルバーストモードで滞空していた。

 

 目が覚めるような、銀色の装甲を持つ流麗な機体。

 

 見覚えは無い。スカンジナビアの新型だろうか?

 

 驚いたのは地球連合軍も同様であるらしい。突如現れた、該当データの無い機体に警戒心を強めている様子が見て取れる。

 

 リィスの危機を救った白銀の機体は、そのまま両手にライフルを構えて地球軍部隊の中へと踊り込んで行った。

 

 ORB―03「シロガネ」

 

 オーブ共和国軍が次期主力機動兵器開発計画の一環として建造した、新型のモビルスーツである。主にフリーダム級の設計思想を受け継ぎ、高機動砲撃戦を主眼に置いた戦術を目的に組み上げられている。

 

 その戦闘能力は、たった今、実地で証明されつつある。

 

 シロガネは並み居る敵を、装備した7門の砲を駆使してなぎ倒していく。

 

 両腕を水平に伸ばし、手にしたビームライフルで対角線上のグロリアスを撃ち抜く。

 

 腰のレールガンを斉射してフライトユニットを撃ち抜き、敵機を撃墜。更にビームサーベルを抜いて斬り込むと、グロリアスの頭部や手足を次々と斬り飛ばしていく。

 

 まさに、鬼神の如き活躍ぶりである。

 

 無論、地球軍側も黙ってはいない。突如現れた敵に対して、一斉に攻撃を開始する。

 

 シロガネに向けて、四方から一斉に放たれる、地球軍の攻撃。

 

 それらに対して、シロガネを操るエストは冷静な瞳で見つめる。

 

「騎士団の戦闘介入まで、およそ3分。それまで、何としても持たせます」

 

 呟いた次の瞬間、エストの中でSEEDが弾けた。

 

 放たれた砲火は、全てシロガネに命中する。

 

 しかし、それら全てが一斉に、鏡に当たったかのように反射し弾き返された。

 

 アカツキ同様、ヤタノカガミ装甲を持つシロガネ相手に、ビーム攻撃は何の意味も持たない。

 

 たちまち自分の放った砲撃によって、損傷、撃墜するグロリアスが続出する。

 

 エストは、更に追撃を掛けるべく動いた。

 

 両手のビームライフル、肩のビームキャノン、腰のレールガン、更に胸部の備えたヤタガラス複列位相砲を一斉展開して撃ち放つ。

 

 都合7門によるフルバースト。

 

 虹を思わせる七色の閃光は、地球連合軍の機体を直撃し、次々と戦闘不能に陥れていく。

 

 ただ1機のモビルスーツが放つ圧倒的な砲撃を前に、数に勝る地球連合軍も成す術がない様子である。

 

 更にエストは、シロガネの腰からビームサーベルを抜き張って斬り込んで行く。

 

 グロリアスでは決して追随できない加速で斬り掛かるシロガネ。

 

 その閃光の刃が旋回する度に、地球軍機は斬り裂かれていく。

 

「・・・・・・・・・・・・すごい」

 

 奮戦するシロガネの様子を見ていたリィスが、呆然とした調子で呟く。

 

 自分があれだけ苦戦したにもかかわらず、殆ど倒す事ができなかった地球軍の機体を、あとから閃光のごとく現れたシロガネがあっという間に倒していく光景は、爽快ですらあった。

 

 いったいどのようにすれば、あんな風に戦う事ができるのだろうか?

 

 その間にもエストは、シロガネを駆って戦い続ける。

 

 地球軍も、シロガネを脅威と判断して次々と戦力を投入してくる。単一部隊では敵わないと見て、周辺にいる味方部隊を根こそぎ、対シロガネに投入して来たのだ。

 

 圧倒的な物量で攻めてくる地球軍が相手では、流石のエストでも抗いきる事はできないか。

 

 そう思った瞬間、

 

 今にもシロガネに対して攻撃を開始しようとしていた地球軍部隊が、横合いからの砲撃に吹き飛ばされて、次々と陣形を崩していくのが見えた。

 

 見れば12枚の蒼翼を広げたライトニングフリーダムを先頭に、大編隊を組んで向かってくる部隊が見える。

 

 スカンジナビア王国騎士団である。

 

 彼等は傭兵部隊やエストが時間を稼いでいる隙に、どうにか出撃準備を整える事に成功し、そしてようやく戦場となっている空域に辿りついたのだ。

 

《待たせたな。エスト・リーランド。あとはこちらに任せてもらおう!!》

 

 スピーカーからは、クライアスの力強い声が聞こえてきた。

 

 同時に、騎士団の先頭を進むフリーダムが攻撃を開始する。

 

 地球に戻ってきたため、フィフスドラグーンを装備した宇宙戦闘用のバックパックは使用できない。その為フリーダムは、元の大気圏内戦闘用装備に戻しての出撃となった。

 

 機動性の低下は無いが、火力は大幅に減じ、宇宙戦闘用の6分の1になってしまっている。

 

 しかし、それでもフリーダムの戦闘力が、現状の地球圏最強クラスである事には一切の変わり無い。

 

 4門のバラエーナ・プラズマ収束砲、2基のビームライフル、2基のクスィフィアス改連装レールガン、腹部カリドゥス複列位相砲。

 

 合計11門から成るフルバーストを展開、一斉攻撃を開始する。

 

 シロガネの砲撃をも上回る11連装フルバーストは、今にも突撃を開始しようとしていた地球軍部隊に襲い掛かり、容赦なく粉砕していく。

 

 たちまち、複数の機体が撃墜され、残った部隊も散り散りになっていく。既にシロガネの奮戦によって壊乱寸前だった地球軍の陣形はそれによって、更に大きく崩れる事になった。

 

 ビームや砲弾によって、打ち砕かれ、刺し貫かれるグロリアスの部隊。

 

 一部の部隊はフリーダムの攻撃を避けて、接近を試みてくる。

 

 しかし、その動きも、クライアスの目からは逃れられない。

 

 ビームサーベルを抜き放ち斬り掛かっていくと、向かってくるグロリアスを迎え撃つようにして片っ端から斬り捨てる。

 

 奮戦するフリーダム。

 

 エストも黙ってはいない。クライアスの奮戦と合わせるように、自身も前に出て攻撃に加わる。

 

 7連装フルバーストを振り翳すシロガネ。

 

 ほぼ同時に、フリーダムも11連装フルバーストを展開する。

 

 合計18連装フルバースト。

 

 放たれる砲撃が、尚も進撃を強行しようとしているグロリアスを直撃する。

 

 ただ一撃で、10機以上のグロリアスが吹き飛ばされ、海面へと落下していくのが見えた。

 

 そこへ、後続してきたスカンジナビア騎士団も戦闘に加わり、次々と砲門を開いていく。

 

 数こそ、スカンジナビア騎士団は地球連合軍に劣っているが、士気の面では決して劣っているとは言い難いだろう。

 

 自分達の背後には愛する祖国がある。守るべき民達がいる。敬愛する王や王女がいる。

 

 その想いが、騎士団1人1人に力を与え、津波のように押し寄せる地球軍に対して強硬に抗わせていた。

 

 更にそこへ、戦線に加わる者達の姿がある。

 

 オレンジ色のゲルググを先頭に進撃してくる部隊。ハイネが率いる、ザフト軍ヴェステンフルス隊である。

 

《全機、散開しつつ攻撃を開始。スカンジナビア軍を掩護しろ!!》

 

 指示を下すと、ハイネもまたフォースシルエット装備のゲルググを駆って、前線に躍り出る。

 

 ハイネ機の手にしたガトリングライフルの攻撃を受け、部隊の先頭を進撃していたグロリアスが、ハチの巣のように装甲を穴だらけにされて撃墜する。

 

 通常のライフルよりも、高密度な弾幕形成が可能なガトリングライフルなら、複数の敵機を一時に絡め取って撃墜に追いやる事ができる。

 

 そうしてハイネが作った編隊の穴に対し、他のザフト軍もまた飛び込んで行き、次々と敵機を撃ち落としていく。

 

 それに対して地球連合軍の部隊は、徐々に追い込まれ防戦一方になりつつある。

 

 オスロ南部海上における戦闘は、辛うじてだがスカンジナビア軍が体勢を立て直し、侵攻してきた地球連合軍を押し返そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍とスカンジナビア王国軍の本格的な戦闘が開始された頃、戦場南側海上に展開している地球軍艦隊は、未だに静寂の内にあった。

 

 オスロ沖ではスカンジナビア騎士団と地球連合軍の攻撃部隊が激しい砲撃の応酬を行っているが、その砲火が地球軍艦隊に届く事は無い。

 

 現状、スカンジナビア王国軍は戦力を各所に分散し、首都近隣が手薄になっている事は事前情報で知っている。防戦に徹するスカンジナビア王国軍には、地球軍艦隊に対して攻撃を仕掛けて来るだけの余裕は無い。その事を完全に把握しているが故に、余裕の雰囲気で戦況を見守る事ができるのだった。

 

 しかし、

 

「なかなか、粘るではないか」

 

 ウォルフ・ローガンは、戦況を映したモニターを見ながら、重々しい口調で呟いた。

 

 ローガン隊旗艦であるガブリエルは現在、地球軍艦隊の中央付近に遊弋し、自分達の出番を待っている状態である。

 

 戦況全体としては地球連合軍優勢に進んでいるが、ここに来て押し返されている感がある。先鋒部隊は壊滅に追い込んだものの、その後はスカンジナビア騎士団が戦線投入された事で、再び勢いを取り戻されているのだ。当初の予定では一気に余勢を駆ってオスロまで雪崩込むつもりだったのだが、未だに戦線突破に成功した部隊はいなかった。

 

「流石は、音に聞こえたスカンジナビア騎士団、と言ったところですな。少数であっても、我が軍に対して勇猛果敢に攻め立てているようです。おかげで、未だに戦線を抜けないでいる」

「しかも、連中は首都を守る為の精鋭部隊だ。当然、スカンジナビア軍の中でも選りすぐり、精鋭中の精鋭だろう」

 

 フリード・ランスターの言葉に、ウォルフは頷きながら答えを返す。

 

 どこの国でも、首都中枢を守る為の特別部隊と言う物は存在している。それはオーブや大西洋連邦であっても例外ではない。そうした部隊は得てして、その国の最強部隊である事が常だった。

 

 その事を考えると、数で勝っているからと言って地球連合軍が有利であるとは、一概に言い切れない。むしろ地の利が無い分、地球軍が不利と言える面もあった。

 

 地球軍は長駆侵攻して来ており、現在は敵の領土の近海まで攻め込んでいる状態である。当然、補給線は伸びきっているし、他部隊からの支援も期待できない。長引けば地球軍が不利になるのは明らかだった。

 

 その時、

 

「しかし、それも場合によりけりと言ったところだよ」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返ると、ウォルフとフリードは、揃って敬礼をした。

 

 そこには、彼等の上官であるカーディナルが佇んでいたからだ。スカンジナビア王宮でのやり取りの後、非常線が張られる前に脱出を果たし、その足で展開している地球軍艦隊と合流したのだ。

 

 カーディナルは艦橋中央にある司令官席に腰を下ろすと、ウォルフへ向き直った。

 

「どうかね、状況は?」

「ハッ 今だ、一進一退と言ったところです。当初は我が軍が優勢でしたが、その後は再び盛り返され、攻めあぐねている状況です」

 

 ウォルフの言葉を聞き、カーディナルは鼻を鳴らすように頷く。

 

 現状はカーディナルにとって、概ね想定通りの展開だと言える。

 

 彼自身、正面突破でスカンジナビアの首都を簡単に陥とせるとは思っていない。相手は曲がりなりにも共和連合の主要構成国であり、列強の一国でもある。

 

 勿論、力押しでも最終的には数に勝る地球軍の勝利は動かないだろうが、精強を誇るスカンジナビア騎士団が相手では、そこに至るまで多大な出血を覚悟しなくてはならないであろう事は想像に難くない。力攻めはこの際、下策であると言えた。

 

「何か、策がおありで?」

「ああ」

 

 尋ねたフリードに対し、カーディナルは仮面の奥で笑みを浮かべて見せる。

 

 確かに、現状は一筋縄ではいかないだろう。しかし、強固に見える物ほど、内側は意外なほど脆い物である。そして強固な壁を内側から突き崩す為の猛毒は、既に彼の国の中へ仕込んである。

 

「『S』を置いてきた。あとは状況が変化するのを待つだけで良い」

 

 毒は間も無く、決定的な一撃をスカンジナビアに加える事になる。こちらはそれを待てば良いだけの話だった。

 

 もっとも、

 

 カーディナルは、仮面の奥で僅かに笑みを見せる。

 

 ある意味、そこが今回の戦いにおける最高のショーとなるだろう。その場に居合わせる事ができない事だけが、唯一残念ではあった。

 

「ならば、私も出撃に備えます。そろそろ、出番でしょうから」

「頼むよ。ああ、ただし・・・・・・・・・・・・」

 

 出撃を告げるウォルフに対して、カーディナルは釘を刺すようにして呼び止める。

 

「間もなくオラクルの攻撃が始まる。それに巻き込まれない為にも、深追いする事は禁止する」

「どのみち、騎士団以外の戦力は雑魚でしょう。連中さえ潰せれば、後は正規軍の連中だけで事が足りますので」

 

 そう告げると、ウォルフは大股な歩調でブリッジを出て行く。

 

 ファントムペインの今回の任務は、あくまでもてきの第一級戦力である騎士団の壊滅である。それ以外の事には興味が無い。ウォルフはそう告げているのだった。

 

 ウォルフの背中を見送るとカーディナルは、今度は反対側に首を巡らせてフリードに向き直った。

 

「それで、そのオラクルの状況は?」

「定時連絡が先ほどありました。既に攻撃位置に到達して準備を進めているとの事です」

 

 フリードの言葉に満足して頷くと、カーディナルは再び戦況を映しているモニターに向き直った。

 

 映像の中では、シロガネやフリーダムを中心にして奮戦するスカンジナビア王国軍の姿がある。どやら彼等の奮戦があればこそ、スカンジナビア騎士団も頑健な抵抗を示していると言える。

 

 その様子を見て、カーディナルは酷薄な笑みを浮かべた。

 

 健気な物である。その先に待っておるのが地獄とも知らずに。

 

「滅びを告げる福音に、果たしてどこまで抗えるか、見せてくれたまえスカンジナビアの諸君」

 

 そう呟く声は、どこまでも絶望的な響きを齎していた。

 

 

 

 

 

 当初はジェノサイドの一斉攻撃と、地球連合軍の物量の前に、戦線崩壊を仕掛けたスカンジナビア軍だったが、シロガネやライトニングフリーダムの奮戦、そして騎士団の精鋭が戦線に登場した事で、どうにか、崩れかけた防衛線を再構築する事に成功していた。

 

 物量で攻め立てようとする地球連合軍に対して、スカンジナビア騎士団は果敢に突撃を仕掛け、祖国を荒そうとする敵を討ち取っていく。

 

 ウォルフが睨んだとおり、彼等は首都オスロ防衛用の精鋭部隊。スカンジナビア風に表記するならば「近衛騎士団」に当たる。

 

 スカンジナビアの行政中枢であるオスロ、ひいてはそこで暮らす王族を守護する為に編成された最強部隊。

 

 彼等こそがこのスカンジナビアを守る為の、最強にして最後の盾でもあるのだ。

 

 そして、その先頭に立つのは、12枚の蒼翼を広げたライトニングフリーダムである。

 

 クライアスはフリーダムの高機動を発揮して戦場を飛び回り、バラエーナ・プラズマ収束砲、クスィフィアス連装レールガン、ビームライフル、カリドゥス複列位相砲、ビームサーベル等を駆使して、近付いて来る地球軍のグロリアスを撃墜していく。

 

 ライトニングフリーダムが駆け抜けるたび、地球連合軍の重厚な陣は確実な綻びを見せていく。

 

 ただの1機として、彼の背後へ抜けられた地球軍機は存在しない。全て、クライアスの手によって撃墜されている。

 

 そんなフリーダムの活躍に触発され、他の騎士団の機体も反撃に転じ、次々とグロリアスを討ち取っていく光景が見て取れる。

 

 この分で行けば、押し返す事は充分に可能なように思えた。

 

 今回は大気圏内の戦闘であり、フィフスドラグーンは使えないと言うハンデがあるとはいえ、それでも尚且つこの戦闘力である。この活躍振りを見れば、万民をしてライトニングフリーダムが世界最強の機体であると認める事だろう。

 

 目を転じれば、エストが駆るシロガネもまた、装備した全砲門を展開して砲撃を敢行し、地球軍機を撃墜しているのが見える。エストの戦闘力も凄まじい物がある。クライアスの活躍には及ばないものの、それでもスカンジナビア軍の中では頭抜けた戦火である事は間違いない。

 

 その様子を見ながらクライアスは、あの港でのエストとのやり取りを思い出していた。

 

『私のお腹には、キラの子供がいます』

『私はキラが戻ってくるのを待たねばなりません』

 

 判らない。

 

 なぜ、エスト・リーランドは、ああまでキラ・ヒビキが生きていると頑なに信じているのか?

 

 クライアスは確かに、デスティニーが炎の中に消えるのを見た。あの状況で生きているとは、とても思えなかった。

 

 しかしそれでも尚、エストの心は折れないでいる。それほどまでに、キラとエストの絆は強固だったのだ。後から現れたクライアスが入り込む余地など全く無い程に。

 

 その事が、クライアスにはたまらなく悔しかった。

 

「・・・・・・なぜだ?」

 

 解き放たれる11連装フルバースト。

 

 直撃を喰らった5機のグロリアスは、刺し貫く閃光によって爆散し跡形も無く消し飛んだ。

 

 吹き上がる爆炎に横顔を照らされながら、クライアスはフリーダムを駆って更に敵陣深くへと斬り込んで行く。

 

「・・・・・・なぜ、俺ではダメなのだ?」

 

 両手にビームサーベルを構えるフリーダム。

 

 振るわれる二振りの剣閃は、サーベルを手に向かってきたグロリアスの銅を斬り裂き、返す刀でコックピットを刺し貫く。

 

 成す術も無く爆散するグロリアス。

 

 その光景を、クライアスは何の感慨も無く見つめる。

 

「なぜ、あいつなのだ!?」

 

 叫ぶクライアスの脳裏に浮かぶ、1人の傭兵。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 突如、自分の前へと現れた傭兵の青年。

 

 オーブのアスハ家やプラントのクライン議長と縁故であり、自身が3ケタに届く程の撃墜数を誇るエースパイロットにして、ヤキン・ドゥーエ、ユニウス両戦役を終結に導いた英雄。

 

 望めばあらゆる栄光と称賛を一身に受ける事ができる存在でありながら、その全てに背を向けて彷徨い続ける変わり者。

 

 なぜ、エスト・リーランドが、それほどまでにあの男を慕うのか、クライアスには理解できない。

 

 自分の方が、キラ・ヒビキよりも多くの物を持っている。

 

 自分の方が、キラ・ヒビキよりも多くの物を彼女に与えてやれる。

 

 自分の方が、キラ・ヒビキよりも彼女を幸せにしてやる事ができる。

 

 あのような男について行っても、エストの行く先に待っているのは困難な道のりしか無いはず。だが、自分と共に来れば、あらゆる栄光と称賛と、何よりも安定した生活が待っているのだ。

 

 しかし、その全てを承知した上で、エストはクライアスよりもキラを選んだ。

 

「なぜなんだッ エスト・リーランド!?」

 

 苛立ちをそのままぶつけるように、解き放たれたフルバーストは、前方に展開していた地球軍部隊を根こそぎ打ち払っていく。

 

 その閃光が晴れた時、地球軍の陣形にはぽっかりと大きな穴が開いていた。

 

 コックピットの中で、荒い息を吐くクライアス。

 

 心が、乱れている。

 

 何かを考えるたびに、脳裏にはエストとキラの事ばかりが浮かんでくる。そのせいで戦いに集中できなかった。おかげでフリーダムは、ほとんど無意識のうちに敵の陣営深くへと攻め込んできてしまっていた。

 

 少し後退して、味方と合流した方が良いだろう。流石に周囲に援護する味方が全くいない状況のまま単独で戦い続けるのはクライアスでも危険だった。

 

 そう思って、蒼翼を翻そうとしたクライアス。

 

 その時だった。

 

《だ、隊長、助け、ギャァァァァァァァァァァァァ!?》

《な、何だこいつらは!?》

《速いぞ!! 迎撃を・・・ウワァァァァァァ!?》

 

 突如、スピーカーから飛び出してくる断末魔の悲鳴。

 

 その声に、クライアスは我に返って振り返る。

 

 その視線の先では、

 

 水平線上に展開したジェノサイド部隊から、一斉砲撃を浴びるスカンジナビア騎士団の姿があった。

 

 クライアスは絶句する。

 

 いったいいつの間に、そのような事になったのか?

 

 気付かないうちに、スカンジナビア騎士団は地球連合軍が綿密に組み上げた包囲網の中に引きずり込まれていたのだ。

 

 常軌を逸したような砲撃に晒されるスカンジナビア騎士団。

 

 いかに最精鋭の近衛騎士団であっても、大火力を誇るジェノサイド部隊が相手では、成す術も無かった。

 

 多くの騎士達が、断末魔の悲鳴を上げて閃光の中に消えて行く光景を、クライアスはただ呆然としたまま眺めている事しかできないでいる。

 

 そして、全ての光が晴れた時、

 

 そこには、新たに戦線に加わろうとしている、地球軍の増援部隊の姿があった。

 

「さあ、これで終わりだ」

 

 新たな地球軍部隊。

 

 その先頭を進撃するヴァニシングのコックピットで、ウォルフは重々しく呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE-22「白銀の希望」      終わり

 


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