機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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※ここから先、少し鬱な展開が続きます。ご注意を


PHASE-21「オワリノハジマリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込むと同時に、エストは手にした銃の引き金を躊躇無く引き絞る。

 

 ユーリアと対峙する形で銃口を向けている仮面の男。今まで直接会った事は無いが、この男こそがカーディナルであろうと一目で核心に至った。

 

 ならば、躊躇う必要はどこにもなかった。

 

 銃声とともに放たれた弾丸。

 

 致死の威力を秘めた拳銃弾は真っ直ぐに飛翔し、

 

 そして、カーディナルが着ているローブ状の外套に弾かれて、防ぎ止められた。

 

 その光景に、思わずエストは目を剥く。どうやらカーディナルの着ている外套は、防弾使用であったらしい事が、弾丸を弾かれて初めて判った。

 

 用意周到な男である。自分が襲撃を受ける可能性も充分に考慮に入れていたようだ。

 

 エストの奇襲を退けたカーディナルは、一同に向き直ると仮面の奥から笑みを向けてきた。

 

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 その視線は、真っ直ぐにエストへと向けられている。

 

 少女と仮面の男は、互いに銃口を向け合ったまま対峙する。

 

 攻撃が効かない事はエストも承知しているが、しかし牽制の為にも銃口は剥けておくに越したことはない。いざとなったら銃撃でカーディナルの動きを拘束しつつ、接近戦を仕掛ける心算だった。

 

 そんなエストに対し、カーディナルは悠然とした態度で告げた。

 

「流石は、エスト・リーランド。彼の『ヴァイオレット・フォックス』が、自分の伴侶に選んだだけの事はある」

「なッ!?」

 

 カーディナルのその言葉に、エストは思わず銃口を向けたまま絶句した。

 

 キラがかつてテロリスト「ヴァイオレット・フォックス」として、世界を相手に暗躍していた事を知っている人間は少ない。殆どのデータはキラとエストで手分けして消去したはずだし、後はカガリやアスラン、ラクスなど一部の仲間達が知っている程度である。

 

 しかし目の前の男は、まるでキラの正体を知っているかのような口調だった。

 

「なぜ、その事を・・・・・・」

「データはうまく消去したみたいだね。流石の私も情報を取得するのに時間がかかってしまったよ。だが、いずれは敵対する事が分かっている者の事を調べ無い訳にはいかないさ」

 

 そう言って、カーディナルは肩を竦めて見せる。

 

 エストとキラは、長い時間を掛けて、あらゆるデータボックスの中にある「ヴァイオレット・フォックス」に関する情報を消去した。それはかつて、エストが所属していた大西洋連邦の特務機関にある物だけでなく、他の機関に流れた物や、個人で持ち出された物まで追跡して行われた。

 

 その結果、「ヴァイオレット・フォックス」に関わるほとんどのデータは、もはや世界中のどこを探しても残っていないはずである。

 

 しかしどうやら、このカーディナルと言う男は、その中でわずかに残っていたデータを見つけ出していたらしい。

 

 愕然とするエスト。そこまでするカーディナルの執拗さには、彼女も舌を巻かざるを得なかった。

 

 しかし今は、その事を考える時ではない。

 

 改めて銃を構え直すエスト。目の前の男が危険であると再認識できた以上、尚の事油断はできなかった。

 

 しかし、そのように警戒心をあらわにするエストの事など、まるで眼中に無いかのようにカーディナルは力を抜き、そして銃を降ろした。

 

「まあ、良いでしょう」

 

 カーディナルはそう言うと、一同を見回して笑みを見せた。

 

「貴様、何が可笑しい!?」

 

 クライアスは叫びながら前へと出て銃を構える。

 

 同時にエストも油断なく銃口を向けながら、ユーリアやカガリを守れる位置へと移動する。カーディナルがが、少しでも不審な動きをしたら即座に行動を起こして制圧する。そんな態度だ。

 

 だが、歴戦の2人が向ける銃口を前にしても、カーディナルは動じる事無く泰然としている。致死の力を秘めた銃も、まるで自分には脅威にならないといった態度だ。

 

 実際、先程エストの奇襲を退けたように、カーディナルにとっては拳銃弾など脅威にはならないのだろう。

 

 しかしカーディナルが生身での戦闘術にどれほど精通しているかは知らないが、エストとクライアスが2人で掛かって勝てない相手だとは思えなかった。

 

「『遺産』が手に入らなかったのは残念ですが、まあ、それはそれ、と言う事にしておきましょう。他に手段が無い訳ではありませんし」

 

 言ってから、カーディナルはスッと目を細めた。

 

「しかし、落とし前くらいは付けさせてもらいますよ」

 

 そう言うと、カーディナルは床に向かって何か丸い物を放った。

 

 次の瞬間、強烈な閃光が室内で炸裂し、一同の視界を一気に白色に染め上げてしまった。

 

「閃光手榴弾!?」

 

 叫び声を上げるエスト。

 

 そのまま銃を構えて撃とうとするが、トリガーを引く直前で思いとどまった。

 

 ここは狭い室内である。下手に撃てば跳弾となって誰か別の人間を直撃する可能性がある。その上、閃光のせいで視界も効かなくなっている。これでは正確な照準など望むべくもなかった。

 

 そこへ、カーディナルの嘲笑が鳴り響く。

 

「間もなく、この国の全ての人々の上に福音が鳴り響く事でしょう。圧倒的なまでの救いを齎す福音がね。その時まで皆さんがご健勝である事を心からお祈り申し上げますよ!!」

 

 やがて、閃光手榴弾の効果も弱まり、視界が徐々に元に戻っていく。

 

 しかし、当然の如く、その場には既にカーディナルの姿は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・何て事でしょう」

 

 イスカが険しい表情のままつぶやく。

 

 イスカだけではない。皆が皆、突然の事態に戸惑いを隠す事も出来ないでいた。

 

 大胆不敵にもスカンジナビア王家に入り込み、「デュランダルの遺産」奪取を狙ったカーディナルは、去る時もまたこの上ないほどに大胆に姿を消して見せたのだ。

 

 まるで高度な奇術を見せられたかのように、その場にいる全員が呆気に取られていた。

 

 それに、気になる事は、カーディナルが最後に残した台詞である。

 

「『福音』とは、何の事を言っているのでしょう?」

「さあな。随分と勿体つけたような言い方だったが、何の事かはさっぱりだ」

 

 首をかしげるエストに、カガリはそう言って肩を竦める。

 

 「福音」と言うのが、そもそも何を差しているのか判らなかった。ただの言葉の綾か、それとも何か、別の意味を持っているのか。

 

 いずれにしても、このまま座視する事はできそうに無かった。

 

「とにかく、すぐに非常線を張りましょう。彼が何者であるにせよ、決してこの国から出さないようにします」

 

 混乱から立ち直ったユーリアはそう言ってから、チラッと傍らの兄を見やった。

 

 フィリップは今や、全ての力を失ったように呆然としたまま、床に座り込んでいる。

 

 見るからにショックを受け、打ちひしがれた様子のフィリップだが、ショックを受けたと言う意味では、ユーリアはそれ以上である。

 

 信じていた、愛していた兄に裏切られたと言う思いは、ユーリアの心を否応なく痛めつけ、絶望の淵へと叩き落とそうとしている。こうして今も毅然としているように見えるが、その内心では決して穏やかとは言い難かった。

 

 しかし、今はそれに構っている時ではない。いずれフィリップには相応の処罰をしなくてはならないだろうが、それよりもまず、先にやらなくてはいけない事が山積していた。

 

 その時だった。

 

「も、申し上げます!!」

 

 一人の若い騎士が、慌てたように室内へと駆け込んで来た。

 

 そのあまりの慌て振りは、ここが王の部屋であると言う事も忘れているかのようである。忠誠と規律を重んじるスカンジナビア騎士にはあるまじき態度である。

 

「控えろッ ここは王の寝室だぞ!!」

 

 たちまち、クライアスからの叱責が飛ぶ。何があったのかはさておいても、この騎士の態度はあまりにも目に余る物があったのだ。

 

 だが騎士は、クライアスの叱責にも拘らず、荒い息のまま膝を突き、ユーリアとフィリップを向いて首を垂れた。

 

「い、一大事です!!」

「何事ですか?」

 

 対するユーリアは、落ち着き払った態度で騎士の報告に応じる。カーディナルとの事があって、ユーリアも心中平静ではいられないのだが、王族として最低限の立ち居振る舞いまでは忘れてはいなかった。

 

 そんなユーリアを見上げ、騎士は驚愕の事実を口にした。

 

「近海哨戒中の部隊から報告ですッ 地球連合軍の大部隊が我が国の哨戒線を突破、真っ直ぐにこの首都へ向けて進撃中との事です!!」

 

 その報告に、誰もが色を失うのが分かる。

 

 まさか!?

 

 このタイミングで!?

 

 誰もが、血の気を引く思いで立ち尽くす。

 

 カーディナルが捨て台詞で告げた「福音」とは、この事だったのか。

 

 今まさに、スカンジナビア王国に対し絶望の嵐が吹き荒れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイルランド、ヘブンズベース基地を発した地球連合軍は、水上艦艇200隻、機動兵器800機の大部隊でもって、北海方面からスカンジナビア王国首都、オスロへと迫ろうとしていた。

 

 正に圧倒的とも言える大兵力である。

 

 これは単純に計算しても、スカンジナビア王国軍全軍にほぼ匹敵する戦力であり、地球連合軍が大西洋方面に展開している部隊の、約6割にも相当する。

 

 しかし、これ程の大部隊を、地球連合軍は如何にして用意したのか?

 

 いかに強大な物量を誇る地球連合軍でも、艦隊やモビルスーツが湧いて出るわけではない。殊に、最近では欧州戦線、太平洋戦線、宇宙戦線でそれぞれ共和連合軍に押され、苦しい戦いを強いられている。その事を考えれば、これ程の大軍を簡単に用意できる筈が無かった。

 

 答えは、太平洋方面の戦線縮小である。

 

 ハワイ攻撃作戦時にシンが感じた違和感は、決して杞憂ではなかった。

 

 オーブ共和国軍によるハワイ攻撃を察知した地球連合軍は、その状況を利用して、一気にスカンジナビア王国を滅ぼす作戦を立案したのだ。

 

 まずオーブ軍の進行に合わせてハワイの戦力を引き上げて、パナマへと再配置する。ただし、これはあくまでも囮だ。本命は、引き上げた戦力を再編成し、スカンジナビア侵攻軍を組織する事にあった。つまり地球連合軍は、ハワイ放棄によって浮いた兵力全てを、そっくりそのままスカンジナビア侵攻の為に用いた訳である。

 

 本来なら、これに月基地に待機していた部隊も戦線に加わる予定だったが、その貴重な戦力はオーブ、ザフト両軍によって出撃前に叩き潰されてしまった為、地球軍の作戦は半ば片肺飛行に近い形になってしまった。

 

 しかし、それでも尚、戦力面で地球軍が圧倒的に有利である事に変わりは無い。これほどの大軍をすぐに展開できる軍隊は、今の共和連合軍には無かった。仮に展開するにしても、オーブ、プラント、スカンジナビア、いずれかの連携が必要不可欠となる。

 

 更に加えて、スカンジナビア軍の状態も万全とは程遠い状況であった。奇襲を受けたせいで、戦力の大半が各戦線に散らばっている状態なのだ。

 

 スカンジナビア側も、今回の事態を予測していなかったわけではない。地球軍が大軍を終結させている事は知っていたし、それに備えて物資の集積や傭兵の新規雇用など、準備に余念は無かった。

 

 しかし現在、欧州戦線の主戦場は西ユーラシアである。その為、スカンジナビア軍も主力の大半を西ユーラシアに出撃させてしまっており、本国の防衛線は手薄に近い状態である。ストックホルム、ベルゲン、トロンヘイムと言った軍事拠点には大規模な駐留部隊がいるし、首都オスロにも防衛用の部隊は配置されているが、戦力的に分散してしまっているのは事実だった。

 

 現在、首都に駐留しているスカンジナビア王国軍は、戦闘艦艇約30隻、機動兵器は100機強。

 

 刻一刻と迫り来る地球連合軍の大部隊に対し、スカンジナビア王国軍は、ほとんど絶望的な戦いを強いられようとしていた。

 

 ユーリアの行動は素早かった。

 

 直ちに、カガリ、エスト、クライアス、ミーシャ、イスカと言った面々を伴って軍司令部に赴くと、自身が直接指揮を取る体勢を整えるべく、関係各所に通達。急速に、迎撃態勢を整えて言った。

 

「とにかく、1日です」

 

 作戦地図を囲む幕僚達を前にしながら、ユーリアは力強く言い放つ。

 

「1日。それだけ持ちこたえる事ができれば、ベルゲンやストックホルム、更には西ユーラシアの戦線から増援が来る事も望めます。そして、それだけ持ちこたえるくらいなら、現在の戦力でも可能なはずです」

 

 とにかく現状のスカンジナビア王国軍は、戦力もそうだが、士気もガタガタの状態である。国王の昏倒に続いて、突然開始された地球連合軍の総攻撃と、悲報が続いている状況では、それも仕方のない事であろう。

 

 フィリップに関しては一応、見張りの兵士を付けて軍司令部の一室に軟禁してあるが、その理由については公表を控えている。

 

 もし、フィリップが裏切りを働き、地球軍と呼応して王に対して害をなしたなどと知れたら、それこそスカンジナビア軍の士気は修復不能なまでに崩壊する事になりかねない。このような状況である、戦力の事は仕方ないにしても、これ以上士気が下がる事だけは、何としても防ぎたかった。

 

「防衛部隊、配置はどうなっています?」

「ハッ 既に手筈通りに。使用可能な全戦力の展開を終えつつあります」

 

 ユーリアの質問に対し、幕僚の一人が的確に応える。

 

 現状の劣勢が否めない以上、使える戦力は何でも使わねばならない。その為、主力であるモビルスーツのみならず、自走砲や戦闘機と言った旧式化しつつある兵器も引っ張り出して戦闘準備を進めていた。

 

 幸いな事に、この首都に駐留している部隊は、王族を守護する近衛騎士団。つまり、スカンジナビア騎士団の中でも精鋭中の精鋭である。数は多いとは言えないが、質の面では大いに期待できる。

 

「民間人の避難状況は?」

「あまり進んでいません。皆、突然の事態に動揺している様子でして・・・・・・」

 

 そちらの報告には、幕僚も言葉を濁す。

 

 軍の展開に合わせて、民間人にも避難命令を出しているのだが、部隊の展開と違い、そちらは機敏に動くと言う訳にもいかない様子だ。

 

 無理も無い。今までスカンジナビアは、敵からの侵略によって国土が被害を受けた事は殆ど無いのだ。その為、大半の国民にとっては寝耳に水の事態と言って良かった。殆どの者には迫る危機感は伝わらず、その為に避難行動も思うように進んでいなかった。

 

「急がせなさい。もう、それほど時はありません」

「ハッ」

 

 国民にとって慣れない事態であるのは確かだが、それでも現状、自分達の身を守る為に迅速に動いてもらう必要があった。

 

「姫様、港には新規に公募した、傭兵達が待機しておりますが?」

「すぐに出撃させてください」

 

 幕僚の報告に対し、ユーリアは間髪入れずに命令を返した。

 

 今回の件で、唯一不幸中の幸いだったのが、傭兵を新規に雇用していた事だろう。数は決して多いとは言えないが、それでも貴重な戦力である事は間違いない。彼等を出撃させて騎士団と呼応させれば、戦力として充分に期待できるだろう。

 

 報告は更に続いた。

 

「殿下、ザフト軍、戦艦ビリーブより通信です」

 

 オペレーターからの報告に振り返ると、大型のメインパネルにはアーサーの顔が大写しになった。

 

《ユーリア王女、状況は予断を許されないみたいですね》

 

 地球軍接近の報告は、ビリーブでも聞いているのだろう。普段は優しげなアーサーの顔にも、緊張の色が見て取れる。

 

 ビリーブはユーリア王女を送り届けた後は、補給を受けて、ザフト欧州方面軍司令部のあるジブラルタル基地へ帰還する予定になっていた。

 

 しかし、補給作業が概ね終わり、そしていざ出発しようと言う矢先に、今回の地球軍の進行と言う事態になってしまったのだ。このままでは、ビリーブも地球軍の攻撃に巻き込まれる事になりかねなかった。

 

「トライン艦長、状況は見てのとおりです。既に地球連合軍は内海への侵入を開始しています。脱出が可能な内に、ビリーブは国外への退避をなさってください」

《いえ、ユーリア王女》

 

 急き込むようなユーリアの言葉を遮るようにして、アーサーは落ち着いた言葉を返した。

 

《これよりビリーブと、その艦載機部隊は、スカンジナビア軍の戦線に加わり、オスロ防衛の為に出撃します》

 

 はっきりした声で告げるアーサー。

 

 それに対してユーリアは、驚いた表情でアーサーを見やった。

 

「そんな、トライン艦長。危険です!!」

《危険は充分に承知しています。しかしこれは、特務隊Faithの一員として、私が自ら決断した事です》

 

 ザフト軍特務隊Faithは、戦場にあって何物にも縛られず、独自の行動を許可されている。アーサーはそのFaithとしての権限を行使し、スカンジナビアの戦線に独自に参加しようとしているらしい。

 

 元より、スカンジナビア王女のユーリアには、ザフト軍人のアーサーに対して命令を下す事はできなかった。

 

《これが本当の、「乗り掛かった船」という奴ですかな? とにかく、敵が地球連合軍である以上、我々に戦わない理由はありません。どうぞ安んじて、我々にお任せください》

「トライン艦長・・・・・・・・・・・・」

 

 冗談めかして笑顔を浮かべるアーサーに対して、ユーリアは深々と頭を下げる。

 

 現在の劣勢な状況を鑑みれば、彼等の戦線加入はスカンジナビア軍にとってありがたい事この上ない。正に万軍を得たに等しい思いであった。

 

 アーサーからの通信が切れると、今度はカガリがユーリアに向き直った。

 

「ユーリア王女、私も出撃する」

「アスハ大臣、あなたもですか!?」

 

 驚いてユーリアは声を上げる。

 

 カガリがヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役における英雄であり、モビルスーツのパイロットとしても高い能力を持っている事は承知しているが、まさかこの状況で出撃を言い出すとは思っても見なかったのだろう。

 

 周囲の人間もユーリアと思いは同じらしく、唖然とした表情でカガリを見ている。まさか同盟国の外務大臣が、この状況で出撃するなどと言い出すとは、思ってもみなかったのだ。

 

 それに対してカガリは、如何にも心外だと言いたげに顔を顰めて見せる。

 

「何だよ。私じゃ不満なのか? ちゃんと機体だってあるんだぞ」

「い、いえ、そう言う訳では・・・・・・・・・・・・」

 

 ユーリアは唖然としたまま言葉を濁す。

 

 カガリの腕が不満であるのではなく、一国の外務大臣がホイホイと戦場に出撃するのは如何な物なのか、と言いたいのである。

 

 そんなカガリに対して、背後に控えていたイスカが恐る恐ると言った感じに声を掛けた。

 

「あの、大臣、どうかご自愛なさってください。大臣にもしもの事があったりしたら、わたくしは悔やんでも悔やみきれません」

「そうは言うがな、こういう時の為にアレを持って来たんだろ。それに、今は1機でも味方が欲しいはずだ」

「それは、そうなんですけど・・・・・・」

 

 カガリの言葉に言い淀むイスカ。

 

 確かに、今は1機の機体も惜しいところである。そしてカガリは、万が一敵の襲撃を受けた時に備え、本国からロールアウトしたばかりの新型機動兵器を持って来ている。それの性能なら、現状で大きな力になる事は間違いないのだ。

 

 ここでカガリが出撃すれば、スカンジナビア軍にとって大きな助けになる事は間違いない。しかし同時にイスカは立場上、カガリを止めなくてはならないのも、また事実だった。

 

 全く持って、行動力溢れる人物の秘書をやると言うのは大変な事である。そのうちイスカは、胃に穴を開けて倒れるのではなかろうか?

 

「相変わらずですね」

 

 ため息交じりに淡々とした言葉が投げられたのは、その時だった。

 

 振り返ると、エストがやれやれとばかりに肩を竦めながらカガリを見ている。

 

「何だエスト? お前も何か文句でもあるのか?」

「文句なら色々と。ただ、時間もありませんので」

 

 エストはそう言うと、カガリに手を差し出した。

 

「カガリ、その機体、私に貸してください。カガリが出撃するより、私が出撃する方が問題は無いかと」

 

 カガリを軽んじるわけではないが、やはり一国の大臣が簡単に戦場に立つべきではない。そう言う意味で言えば、傭兵のエストなら出撃するに当たって何の問題も無かった。

 

 それに対して、カガリが何か言うよりも先に、イスカが前に出てエストの手を取った。

 

「よろしくお願いします!!」

「よろしくお願いされました」

 

 自分の秘書と妹分に結託されたのでは、流石のカガリもぐうの音も出ないらしい。

 

 暫くガリガリと頭を掻いていたが、やがて諦めたように、服のポケットに手を突っ込んだ。どうやら、エストの主張の方にこそ理があると言う事は認めざるを得ないようだ。

 

「判った判った、私の負けだ」

 

 そう言うとカガリは、エストに向かってモビルスーツの起動キーを投げてよこした。

 

「機体は私達が乗ってきた輸送機の中に格納してある。場所はイスカに聞け」

「判りました」

 

 そう言うと、エストはイスカに続いて司令部を出て行く。

 

 やがて見えなくなる小さな背中を、クライアスはじっと見つめていた。

 

 エストは尚も戦おうとしている。その身に新たな命を宿しながら。

 

 それがキラ・ヒビキに対する愛ゆえなのか、それともいずれ母親になる者の強さなのかは、クライアスには判らなかった。

 

 そんなクライアスを見て、ユーリアが声を掛けた。

 

「ではクライアス、あなたはモビルスーツ隊の指揮をお願いします」

「・・・・・・ハッ」

 

 短く、頷くクライアス。

 

 今、スカンジナビアを襲う未曽有の危機を前にして、クライアスは別の意味で揺れ動こうとしていた。

 

 しかし、こちらにはまだクライアスがいる。エストがいる。ハイネが、アーサーがいる。

 

 苦しい状況ではあるが、決して絶望的ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェトランド諸島沖を経由して北海海上へ進軍した地球連合軍艦隊は、海を埋め尽くす程の艦艇数を誇り、推進器が奏でる白い航跡が海面に幾条もの筋を作っている。

 

 上空からその光景を見た者は、恐らく度肝を潰す事だろう。何しろ、海面の面積よりも艦艇が占める面積の方が遥かに多いのだから。

 

 だが実際の話、その光景を上空から見る事は叶わない。

 

 なぜなら、上空には艦隊を発した無数の機動兵器群が、乱舞し、僅かでも接近しそうな飛行隊があれば即座に殺到して、官民の所属を問わず無警告で撃墜しているからだった。

 

 その進軍を阻む者は存在しない。

 

 まさに王者が奏でる、死の行軍と言うべきだった。

 

 地球軍が進路をスケガラック海峡の入口へと向ける頃には、大艦隊の威容は、既に多くの民間人が目撃するに至っている。

 

 流石にこれだけの大艦隊ともなると、行動を完全に秘匿する事は不可能だったが、それもまた、地球軍にとってはさじに過ぎない。これだけの大艦隊、進軍を阻める者など居はしないのだから。

 

 進軍する地球軍艦隊の光景は、スカンジナビア側からだけでなく、その対岸である西ユーラシア沿岸からも確認する事ができた。

 

 誰もが、降って湧いたように現れた大艦隊を目にして、度肝を抜かれている様子である。

 

 しかしその中で一組だけ、冷静な眼差しで地球軍艦隊の進軍を見守っている男女がいた。

 

 奇妙な2人組である。

 

 歳は若い。恐らく2人とも、まだ20前後だろう。

 

 ただし、誰もが浮足立っているこの状況下にあって、妙に落ち着き払った印象を感じさせた。まるで、目の前の異様な光景に見慣れていると言う感じである。

 

 更に目を引くのは、女の右腕だろう。

 

 海風になびく彼女の右腕は、吹きさらしのように揺れているのが分かる。つまり、中身が無いのだ。

 

 妙に落ち着き払った雰囲気の青年と、隻腕の女性は、険しい表情のまま沖合を進む艦隊を見詰めている。

 

「地球軍、だよね?」

「うん」

 

 女性の声に、青年は頷きを返す。

 

 これまでも何度か、スカンジナビア海軍と地球軍艦隊が北海で戦った事はあったが、今回は今までと比べて、あまりにも雰囲気が違った。

 

 あれだけの大艦隊が東へ向かっていると言う事は、狙いは恐らくスカンジナビアの首都と思われる。地球軍の総攻撃が始まろうとしているのだ。

 

「今回は、少し危ないかもしれない。戻って、逃げる準備を始めておこう」

「判った」

 

 そう告げると、青年は女性の肩を庇うようにして駆け出す。

 

 その背中では、尚も進撃を続ける地球軍艦隊の威容が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 リィス・フェルテスが10歳と言う若さで傭兵をやっている理由は、実は本人にも判っていない。物心ついた時から戦場に立っていたリィスにとって、銃の撃ち方は字を書く事よりも先に教え込まれたのだから。

 

 程無く、リィスがいた村は戦場となり、理由を考える暇も与えられないままに戦火の中へと放り込まれる事になった。

 

 以来、戦う事は彼女にとって日常であり、それ以外の事を考える余裕は、この少女が生きていくうえで必要の無かった事である。世界中の戦場を転々としてきたリィスにとって、既に戦うと言う事は一種の常態と化していた。

 

 今回、スカンジナビア王国で新たな傭兵の公募が行われた時も、彼女は特に意識してスカンジナビアへ赴いたわけではない。ただ、自分が必要とされるなら行こうと思っただけの話だった。

 

 周囲は皆、リィスよりもずっと年齢の高い者達ばかり。体も大きく、如何にも「歴戦の兵士」と言った感じの者達ばかりである。小柄なリィスなど、彼等の間にはいれば埋もれて見えなくなってしまう程だ。

 

 そんなリィスだったが、出番は思ったよりも早くやって来た。

 

 何でも、地球連合軍が突如、スカンジナビア本土に攻め寄せた為、西ユーラシアの戦線に投入されるべく待機していた傭兵部隊は、そのまま首都防衛戦力に転用される事になったらしい。

 

 そのような事情を受けて、リィスは他の傭兵達と共に出撃していた。

 

 リィスの操るザクは、グゥルに乗って編隊の中ほどを進んでいる。3年前から使っている機体であり、使い古されたロートル機ではあるが、その分、使い馴染んだ扱いやすい感触が頼もしかった。

 

《ヘヘ、願ったりな状況じゃねえか》

《腕が鳴るぜ》

 

 通信機越しに、周囲を飛翔する傭兵達の声が、耳障りに聞こえてくる。彼等もまた、リィスと同時にスカンジナビアに雇われた者達である。

 

 中には緊張感皆無な卑猥なやり取りをしている者も少なくない。

 

 呑気、とリィスは内心で呟く。

 

 これから命のやり取りをしようと言う時に、彼等には緊張感と言う物がまるで感じられなかった。

 

 リィスが見たところ、集まった者達の中で本当に腕の良い傭兵はほんの一部だけで、後は、最近戦局的に優勢な共和連合の勝ち馬に乗ってやろうと言う連中ばかりだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、大きく深呼吸する。

 

 他の連中がどうだろうと、そんな物は関係ない。自分は自分であり、ただ目の前の敵を倒す事だけを考えていればそれでいいのだ。

 

 そう呟きながらリィスは、他の傭兵達と共に進撃をつづけていく。間も無く、会敵予想ポイントである。そろそろ、敵の姿が見えてくるころではないだろうか?

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

《う、ウワァァァァァァァァァァァァ!?》

 

 突然、耳をつんざくような悲鳴が、通信機から飛び出してきた。

 

 思わず、とっさに顔を上げる。

 

《あ、悪魔だッ 悪魔がいるゥ!!》

 

 声を発した者は、気が狂ったのかもしれない。

 

 聞いているリィス自身、まるで取り付かれたような狂気の叫びに、神経を侵されるかのような錯覚に陥ってしまう。

 

 やがて、

 

 「悪魔」は、皆の前にその姿を現す。

 

 遥か先、遠望する海上の彼方に、無数に立つ人影。

 

 距離を置いて尚、その姿をはっきりと捉える事ができるシルエットからも、その存在がいかに巨大であるかが伺える。

 

 デストロイ級機動兵器。かつて地球連合軍主導の元で開発され、ザフト軍を相手に猛威を振るった超巨大兵器が、今再び禍々しい姿を現していた。

 

 しかも、数は1機や2機ではない。

 

 黄昏の水平線に、等間隔に並んで10機以上。

 

 まるで葬列のような影を落とし、真っ直ぐこちらへと向かってくるのが見える。

 

「ッ!?」

 

 声を発する事も出来ず、ただ湧き上がる恐怖に目を見開くリィス。

 

 次の瞬間、視界の彼方で閃光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 コックピットに座り、エストは素早く機体を立ち上げていく。

 

 ようするに、コンセプト的にはフリーダムと同じと言う訳だ。

 

 砲撃戦用の機体で、マルチロックオン機能搭載、武装はやや簡略化している物の、設計自体はシンプルで信頼性は高い。更にビームシールド、ヤタノカガミ装甲を採用している事で、鉄壁に近い防御力を実現している。

 

 まさに、オーブの持てる技術の粋を結集した、新世代の機体であると言える。

 

 システムを立ち上げ、急速に発進準備を整えていく。

 

 だが、エストにも不安はある。

 

 今、キラは彼女の傍にいない。

 

 勿論、先にクライアスに言った事は、エストの本心である。

 

 キラは死んでいない。必ず自分の元へ帰ってきてくれるはずだ。

 

 しかし、今これから始まる地獄へ自分一人で飛び込むに当たり、込みあげる不安は抑えようも無かった。

 

 エストはそっと、自分のお腹に手を当てて、いつくしむように撫でる。

 

「・・・・・・お願いします・・・・・・どうか、私に、力を貸してください」

 

 まだ見ぬ我が子に、そう語りかける。

 

 普段の彼女なら、決してこのような事はしない。ただキラを助ける事に集中し、己に課せられた任務の事だけを考えて行動するはずだ。

 

 しかし今、キラ抜きで出撃せざるを得ない状況にあって、エストを支えるのはただ1人、自分のお腹の中にいる子供だけだった。

 

 やがて、発進準備は整った。

 

 格納庫のハッチが開き、視界が開ける。

 

 眦を上げるエスト。

 

 全ての不安を振り切り、今はただキラの分も戦うだけだった。

 

「エスト・リーランド、シロガネ行きます!!」

 

 コールと共に、黄昏の空へと打ち出される白銀の機体。

 

 左右に水平に伸びた大ぶりなスタビライザーと、両肩、両腰に備えた4門の大砲、2基のビームライフルを装備した機体。

 

 ORB-03「シロガネ」

 

 オーブが期待を掛けて建造した最新鋭の機体が、勇躍して飛び立っていった。

 

 

 

 

 

PHASE-21「オワリノハジマリ」      終わり

 


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