機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
アッシュブルック基地上空における戦いは、オーブ軍とザフト軍から成る、共和連合軍の勝利にて幕を閉じた。
基地は陥落。集結していた輸送船団も壊滅的な被害を出している。事実上、地球への降下は不可能となった事で、戦術的にも戦略的にも共和連合軍の勝利は疑いなかった。
そして現在、オーブ軍とザフト軍は基地上空に占位して警戒を厳にしつつ、残った地球連合軍の武装解除を行っていた。
生き残っていた地球連合軍部隊も、半数は降伏、もう半数は戦場を離脱、プトレマイオスやアルザッヘルを目指して落ち延びていった。とは言え、生き残っている部隊が基地奪還の為に反抗に出て来る可能性は否定できない為、警戒を解く事はできないのだが。
味方の大勝利に沸く、共和連合軍。
しかしその中で、戦艦ビリーブの艦内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
キラ・ヒビキMIA。
前大戦からの英雄であり、世界でも最強クラスの実力を誇るキラのMIAがもたらす衝撃は、関係者全員の口を重くさせるには十分だった。
《そうですか、キラが・・・・・・・・・・・・》
モニターに映ったラクスの顔も、鎮痛に曇っている。
それに対して、アーサーは直立不動のままラクスを見上げている。戦闘が終わり、本国との通信が確保された時、彼が最初にラクスに伝えた報告が、キラに関する事だった。
ラクスはキラとも縁が深い事は、この場にいる誰もが知っている。事情を話さないわけにはいかなかった。
ブリッジにいるのはアーサーの他に、メイリン、ユーリア、クライアス達の顔ぶれも見える。彼らの顔もまた一様に暗い。誰もがキラがいなくなったという事実を受け入れるのに、足りない時間を稼ごうとしているかのようだった。
エストはいない。キラMIAの報せを聞きショックを受けたのだろう。戦闘後彼女は、一時的に意識を失い、今はミーシャに付き添われて部屋の方で休んでいる。
「彼には、本当に申し訳ない事をしてしまいました」
暗い顔のユーリアが、悔恨の言葉を口にする。
敵機と戦いながら、ついに炎上する基地に飲み込まれて帰ってこなかったキラ。しかし、もとはと言えば、ユーリアがザフト軍の戦線に加わる事を言い出した事が原因でもある。
出撃を提案したユーリアが、その責任を感じるのも無理無い事である。
そんなユーリアに対して、画面の中のラクスは静かに首を横に振った。
《気に病んではいけません、ユーリア殿下。キラは傭兵としてあなたの決定に従ったまで。ならば、これもキラ自身の決断故であったと言えましょう》
「ラクス様・・・・・・・・・・・・」
その言葉で気分が晴れる訳ではないが、ユーリアとしても少しだけ軽くなったのは確かだった。
しかしそれよりも、ラクスにはどうしてもこの場で、ユーリアに伝えなくてはならない事があった。
《それよりもユーリア王女、あなたにとっては少々、火急の事態が起こりました》
ラクスは言葉を改めるようにして、ユーリアに対して話しかけた。
可憐な議長の眼差しは真剣な物であり、何らかの予期せぬトラブルが起こっている事を予想させる。
そして残念な事に、その予想は杞憂では無かった。
《よく聞いてください。御国の方で、お父上が倒れられたそうです》
「・・・・・・え?」
ラクスの言葉にユーリアは、否、彼女だけではなく、クライアスやアーサー達までが茫然としたまま聞き入っている。
アルフレート王が倒れたという事実に、誰もが理解が追いつかないでいる様子だ。
「馬鹿な!!」
いち早く自失から立ち直り、抗議するように声を上げたのはクライアスだった。
「国を出る時、陛下はあれほど元気だったのですよ、それがなぜ!?」
《詳しい事はわたくしにも・・・・・・ただ、オスロにあるプラント大使館からは、そのような報告が上がってきています》
つまり、プラント本国にも、まだ「アルフレート王が倒れた」という事実のみが伝わり、詳細は分かっていない状態なのだろう。それ以上の事は、ラクス達の方でも確認のしようがないのだ。
ユーリアは、思わずその場で崩れ落ちそうになるのを必死にこらえる。
無力。
その言葉が、王女の脳裏で容赦なく響く。
このように、本国から遠く離れた月の戦場にあっては、彼女は父親の急報を聞いても駆けつける事さえできない。ただ、指を咥えて情報を待つことしかできないのだ。そのもどかしさは、他人には想像する事すらできないだろう。
「姫様!!」
クライアスが、慌ててユーリアの体を支える。
しかし、それに礼を述べる事すらできないほどに、今のユーリアは打ちのめされていた。
目は虚ろに光を宿し、顔面は血の気が引いて紙のように蒼白になっている。まるで傍から見ると、彼女まで病気になってしまったかのようだ。
その様子を、画面の中でラクスは沈痛な面持ちで眺めている。ユーリアにはラクスも好感を抱いているし、現在の状況に対して同情もしている。何とか、力になってやりたかった。
やがて意を決すると、ラクスは視線をアーサーの方に向けて言った。
《トライン艦長》
「ハッ」
名前を呼ばれ、アーサーは直立不動のままラクスへと向き直る。
《ビリーブは補給が完了次第、ユーリア王女を連れて、スカンジナビア王国へ向かってください》
「・・・・・・ラクス様?」
顔を上げるユーリアに、ラクスはニッコリ微笑みを向ける。
《今回の戦いで、月の地球軍兵力は大きく勢力を減じました。今なら、あなた方を送り届けるくらいの余裕はあります》
実際の話、今回の戦いで地球軍が被った損害は計り知れない物がある。当面、彼等が宇宙方面で攻勢に出てくるであろう事は無いと思われる。その為、ビリーブ1隻と、その艦載機分の戦力が抜ける程度なら、宇宙戦線維持に支障はないと思われた。
《今回の件で、スカンジナビア軍の方々には、大変お世話になりました。これは、わたくしからの気持ちと思い、どうぞ受け取ってください》
そう言って、微笑むラクス。
アーサーもまた、口元に笑みを浮かべると、自分達の議長に対して敬礼を行う。
「承りました。戦艦ビリーブは、補給が完了次第、ユーリア王女ご一行を乗せて、スカンジナビア王国へと向かいます」
議長と艦長のやり取りを、ユーリアは信じられない面持ちで眺めている。
だが、彼等が本気である事は、ユーリアにも分かる。ラクス達は本気で、ユーリア達を送り届けるのに戦艦1隻を提供してくれると言っているのだ。
「・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・ございます」
ユーリアは、言葉にならない言葉を絞り出すようにしながら、ようやくそれだけを口にする。
全ての人々が、ユーリアの為に動いてくれている。その事が、彼女には言葉では表しきれない程に感動を呼び起こしているのだ。
泣き崩れそうになるユーリア。それを支えるクライアスもまた、胸に感じる熱さに極まっていた。彼の中でも、ラクスを始めザフト軍の人々に対する感謝の念が堪えなかった。
そこで、ラクスは再び話題を変えるようにユーリアを見ていった。
《あの、ユーリア王女・・・・・・エストの事なのですが・・・・・・》
言いにくいように、ラクスは切り出す。
エストが妊娠している事を知っているのは、この中ではラクスだけである。しかし、出撃に際しては、どうにか思いとどまるように説得したのだが、結局、エストは強引にラクスを振り切ってビリーブに乗船してしまったのだ。
こんな事になるなら、多少強引にでも強権を発動してエストをプラントに留めておくべきだったと思わなくもない。
だが、今回はキラの事もある。エストがショックを受けているのは想像に難くない。ユーリア達が国に戻るというなら、エストはプラントの方で預かった方がいいと、ラクスは考えたのである。
だが、ラクスがさらに続きを口にしようとした時だった。
「お話は伺いました」
突然、一同の会話に割って入るように、背後から淡々とした口調の声が投げかけられた。
振り返るとそこには、いつの間に来たのかエストが入り口付近に立っている。
その姿を見て一同は、息を呑んで見つめる。
キラを失ったエスト。
そのエストの心の中に、どれほどのショックを抱えているのか、想像できる者は誰もいない。
元々表情が乏しい少女である為、ショックから抜けたのかどうかについて、見ただけで判別する事はできない。しかし少なくとも「普段通り」に見える事だけは確かだった。
一同が見守る中、エストはゆっくりとした足取りで前へと進み出ると、ユーリアへと向き直った。
「スカンジナビアへ戻るのですね。なら、私も付き添います」
《エスト、それは・・・・・・》
ラクスが遮ろうとするが、エストは固い決意を滲ませる瞳でラクスに見返した。
「ユーリア王女の護衛は、私達が請け負った依頼です。ならばフォックス・ファングとして、彼女の護衛を継続するのは当然の事です」
エストは、そう言ってから更にもう一言付け加える。
「・・・・・・キラなら、そうするはずです」
《エスト・・・・・・・・・・・・》
その言葉を聞き、ラクスは次の言葉を告げる事が出来ない。
元々、プラントに滞在していた時ですら、説得に失敗しているのだ。ただのモニター越しの言葉だけで、この少女を止める事は出来そうも無かった。
嘆息するラクス。
何となく、娘の教育方針に失敗した母親のような気分になってしまった。
2
中部太平洋ハワイ諸島。
古くから風光明媚な南国の楽園として名高く、旧世紀以来人気の観光スポットである事は間違いない。コズミックイラの時代になってもその事に変わりは無く、毎年多くの観光客で賑わっている。
だが、それはハワイと言う群島が持つ、ほんの一面であるに過ぎない。
ハワイ諸島の歴史は、血塗られた歴史である。
旧世紀中ごろまでハワイには独自の文化と王朝が存在し、繁栄を謳歌していた。
しかしその繁栄は、侵略者によって踏みにじられる事になる。
当時、のちの大西洋連邦の礎となるアメリカ合衆国は、太平洋進出と、捕鯨用の拠点としてハワイ諸島を欲した事に端を発し、ハワイ併合運動が起こった。
言葉巧みにハワイ住民を先導したアメリカ合衆国は、当時のハワイ王国女王を謀略によって玉座から引きずりおろして、無理やり併合してしまったのだ。以来数世紀、アメリカ合衆国が国名を大西洋連邦と改変した後も、ハワイは重要な軍事拠点として機能し続けている。
第二次世界大戦において、ハワイはオーブのかつての宗主国である日本軍の奇襲攻撃によって多くの被害を出した事も有る。
風光明媚な観光スポットと言う表の顔とは裏腹に、幾度もの紛争において、血塗られた裏の顔を持つ場所。それがハワイ諸島である。
そのハワイが今、再び戦火に包まれようとしていた。
大西洋連邦軍が前進基地として使用している、このハワイ諸島へオーブ共和国軍は全戦力でもって攻撃を開始した。
旧国名時代からオーブの理念は「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の紛争に介入せず」とある。その理念からすれば、本来なら他国の領土へ軍を進める事はオーブの在り方に反する行為であると言える。
しかし、今回は事情が事情である。先日のオーブ本島襲撃事件以来、オーブ軍は本国防衛が手薄である事を露呈してしまった。
これは物量と言う意味においてオーブ軍の戦力自体が少ない事に起因している。度重なる紛争を経て、質においては世界最強レベルの軍隊を持つに至ったオーブだが、しかし反面、精鋭であっても少数でしかないオーブ軍は、守勢に回った場合、脆い一面を持っている。要するに、全ての防衛戦線に必要絶対数の戦力を回す事ができないのだ。
特に現状、喉元の匕首とでも言うべき存在が、オーブの北方に存在するハワイ諸島、そして東方に存在しているパナマだった。
地球連合軍は、このハワイを後方拠点とする事で、太平洋方面における大規模な軍事行動を可能としている。先に首都を襲った襲撃部隊も、攻撃後にハワイに帰投しているのが確認されていた。
そこで考えられたのが、今回のハワイ基地攻撃作戦である。
ハワイを占領、もしくは攻撃する事で徹底的な無力化を行う事ができれば、地球連合軍は中部太平洋における制海権を失い弱体化する事となる。
戦略的に見ても、ハワイさえなくなれば地球連合軍の主な進行ルートの内、北部太平洋ルートを潰す事ができ、オーブ軍としては残る敵拠点であるパナマ方面への備えとして、戦力を集中して運用する事ができると言う訳である。
以上の事を鑑み、オーブ共和国軍は地球連合軍の侵攻拠点であるハワイを潰すべく、大規模な軍事行動を起こしたのだった。
ただし、オーブ軍の戦力では、仮にハワイを占領したとしても、兵站線を確保できず、補給を続ける事ができない。そこで今回、オーブ軍が戦略目標としたのが「ハワイの戦略的価値を徹底的に破壊し、拠点としての機能を喪失させる」である。占領できないなら、完膚なきまでにに破壊してしまおうと言う考えたのだ。
ハワイ南方海上に展開したオーブ軍機動部隊から、次々とモビルスーツ隊が発艦していく。
ムラサメ、ライキリと言ったこれまで主力であった機体は勿論、ようやく前線に浸透し始めているシシオウの姿も若干数見られる。
それらの機体は、空母の飛行甲板を蹴って飛び立つと、曙光を浴びながら勇躍してハワイへと向かう。
勇壮なその光景は、オーブが世界に冠たる軍事大国である事を如実に表していると言えるだろう。
迎え撃つように、オアフ島やハワイ島と言ったハワイ諸島の主要な島々からは、空専用装備を施した地球軍の機体が迎撃のために飛び立ってくるのが見える。
襲撃された側も、ただでやられる気は無いと言う意思の表れである。
距離を詰める両軍。
砲火を開いたのは、ほぼ同時だった。
払暁の空で両軍の機体が入り乱れるように飛翔乱舞し、互いの命を削り合う。
迸る閃光が交錯するように蒼穹の上を駆け抜け、白いストレーキは空中に入り乱れ、たちまちの内に視界が染め上げられる。
そして、花開く爆炎。
その中では、確実に命の数が減っていくのが分かる。
両軍の兵士共に、ただ己の守りたい物を守る為に、相手の命を奪っていく。
まさに究極の矛盾とも言える行為だが、その矛盾を負の方向に凝縮して現出したのが戦争と言う行為でもある。それ故に、戦場にある全ての者達がその矛盾を黙殺するかのように、己の敵へ砲門を向け、トリガーを引き続けていた。
吹き上げる砲火の中、戦況は一進一退のままに推移し続けている。
しかし程無く、状況はやはりと言うべきか、地球連合軍の方がやや優勢に推移し始めた。
新型機を多数揃えている上に、数も多く、なおかつハワイは大西洋連邦のホームグランドである。言ってしまえば、質、量に加えて地の利も地球軍が得ているに等しい。
空中では舞い上がったグロリアスが、接近しようとするオーブ軍機に取り付き、砲撃を浴びせ撃墜していく。
一部のオーブ軍機は、地球軍の警戒ラインをすり抜けるようにして基地に接近し、攻撃を開始する部隊もある。
しかしそれらは、基地内で待ち構えていた対空砲や地上用の機体による強烈な迎撃を浴び、殆どの機体が目的を果たせないまま撃墜されていく。
オーブ軍に悲鳴が上がる中、対照的に地球軍には喝采が巻き起こる。
このまま地球軍がオーブ軍を押し返すかと思われた。
その時、
漆黒の旋風が駆け抜け、一気に戦場に舞い込んだ。
20機以上から成る黒い機体は、一糸乱れぬ統制を見せて戦場上空に飛び込むと、苦戦するオーブ軍を守るようにして攻撃を行い、次々と地球軍機を撃墜していく。
漆黒のシシオウ。すなわちコガラスを装備した部隊は、オーブ軍でもただ一つ。
オーブ共和国軍第13機動遊撃部隊「フリューゲル・ヴィント」のみである。
かつてはキラ、ラクス、エスト、ムウ、ライアと言った綺羅星の如きエースパイロット達が所属していたフリューゲル・ヴィントだが、キラ、エスト、ライアがそれぞれの理由で軍を去り、ラクスはプラントへ帰国、そしてムウは昇進に伴い宇宙軍の司令官に転任している。
その為、かつてのような威容は、今のフリューゲル・ヴィントには無い。
しかしそれでも尚、各部隊から精鋭を集めて結成された現在のフリューゲル・ヴィントが、地球圏最強クラスの特殊部隊である事に変わりは無かった。
通常編成におけるフリューゲル・ヴィントは、12人で1個中隊を形成し、これを合計4個中隊48名で構成されている。決して多いとは言えない数であるが、そもそも特殊部隊とは頭数を揃えればいいと言う物ではない。数は少なくとも高い攻撃力と、展開速度の下地となる機動力を求められる物なのだ。
今回、ハワイ攻略戦に投入されたフリューゲル・ヴィントは第1、第3の2個中隊24機。いずれも、幾多の戦いを生き抜いてきた強者のパイロット達であり、オーブ軍最強と言っても過言ではない猛者達である。
そして、中でも一際目を引くのが、蒼炎の翼を背に負った、純白の装甲を持つ機体。
第3中隊長シン・アスカ三佐の駆るエルウィングである。
味方が苦戦を強いられている戦場上空に到達するとシンは、エルウィングの背から長射程狙撃砲を跳ね上げ、今にもオーブ機に向かって砲門を開こうとしているグロリアスに向けて照準を合わせ、トリガーを引き絞る。
一瞬で大気を駆け抜ける閃光。
その一撃は、進撃していた地球軍の機体を正確に狙い撃ちに撃墜していく。
手足、頭部、武装を吹き飛ばされて、グロリアスは戦闘力を失い、海面へと落下していく。
更にシンは、エルウィングの両肩からヒエン・ビームブーメランを抜き放つと、サーベルモードにして構え、蒼炎翼をはためかせて斬り込みを掛けるべく突撃を開始する。
1機だけ、突出するようにして突っ込んでくるエルウィング。
それに対して地球軍は、ここぞとばかりに得意のフォーメーションを組んで砲火を浴びせ、迎え撃とうと、砲火を集中させてくる。
しかし、
「そんな物、当たるかよォ!!」
シンは迷う事無く更に加速、同時にデスティニー級機動兵器最大の特色とも言うべき、残像攪乱機能を起動させる。
空中に浮かびあがるエルウィングの残像。
それによって照準を狂わされ、地球軍の攻撃は悉く空を切る。
その間にシンは、一気に地球軍の陣形内に斬り込んでいた。
炸裂する、高速斬撃。
斬線が、縦横に駆け巡る。
次の瞬間、居並ぶグロリアスが、頭部や手足を斬り飛ばされて大地へと倒れ伏していく。
シンはさらにエルウィングを駆けると、地球軍の対空陣地に飛び込み、中で陣取っていた機体の戦闘力も容赦なく奪っていく。
中にはどうにか一矢報いようと、サーベルを掲げて斬り掛かってくる機体もあるが、それらも所詮、蟷螂の斧でしかない。逆にシンは、通常ではありえないような反応速度を示し、全ての攻撃を回避、あるいはシールドで弾くと、反撃の剣を繰り出し敵機を斬り飛ばしていく。
ものの数分。
たったそれだけの時間で、周囲にいる地球軍機はエルウィングによって撃墜され、戦闘力をまともに保持し得ている機体は1機も存在しなくなっていた。
オーブの守護者と言う異名で呼ばれるシンを前にしては、数を揃えただけの地球軍では、太刀打ちする事は不可能と言う事を証明している光景であると言える。
周辺の抵抗を排除したシンは、エルウィングの背から対艦刀ドウジギリを抜き放ち、掲げるようにして構えた。
「他の空域の味方を掩護するぞ。全員、続け!!」
《了解!!》
シンの活躍に鼓舞され、息を吹き返したオーブ軍。
速力を上げて攻め込んで行くエルウィングに続き、更に戦線の奥へと踏み込んで行った。
エルウィングやフリューゲル・ヴィントの予想外の活躍によって、勢力を盛り返しつつオーブ軍。
対照的に地球連合軍は、徐々に追い込まれ、その数を減らし始めていた。
既に体勢を立て直す事に成功したオーブ軍は、各戦線で反撃を開始している。中には基地施設への攻撃を開始している部隊もあるくらいである。
地球軍も必死の抵抗を続けてはいるが、こうなると、少数であっても精鋭が揃っているオーブ軍の方が有利である。地球軍側は展開した大兵力の指揮系統を維持できず、戦線が破綻する部隊も増え始めていた。
だが、
状況に比して、泰然としたまま戦況の推移を見守っている者達が、地球軍の中にいた。
司令官席に座っている人物は、モニターの中で自軍が壊滅していく様を、落ち着いた調子で見守っていた。
「なるほど、やはり奴等に出てこられたのでは、思うようにはいかんか」
ウォルフ・ローガンは、肘かけに頬杖を突きながら、謹厳な口調を崩さずにいる。
その様子は、目の前のモニターで繰り広げられている光景とは裏腹に落ち着き払い、味方が上げる悲鳴も基地が炎上する様も、まるで眼中に無いかのような態度である。
「予定通り、と言うべきでしょうな」
艦長席に座るフリード・ランスターは、そう言ってウォルフに目を向けてくる。こちらもまた、大して慌てた風も無く、モニターを見詰めている。
それもその筈。ウォルフやフリードが乗っている戦艦ガブリエルが現在いるのは、ハワイ諸島の東方海上。既に戦火は遥か後方に遠のき、彼等の元に飛び火する事は無い位置にある。
そのような場所から、殆ど観戦モードに近い形でウォルフ達は、オーブ軍に攻め込まれるハワイの様子を見詰めていた。
予定通り。
まさに彼等にとって、今回のハワイ壊滅は予定通りの出来事である。
「でも良いんですかね?」
訝るように尋ねたのは、ウォルフの背後に立っているルーミア・イリンだった。
ウォルフ直属に当たる彼女達トライ・トリッカーズも、今回のハワイ撤退に同行していた。
「あそこにいる連中だって、アタシらの仲間でしょ。それなのに見捨てちゃって?」
「構わん」
少女の懸念に対し、ウォルフは一切の躊躇を見せる事無く返事を返した。
「どのみち、必要な戦力の搬出は既に終わっている。今あの基地を失ったとしても、我々の受ける損害は微々たるものだ」
ハワイ放棄は、既に閣議でも決定した事項である。
オーブ軍が近く、大規模な軍事行動を起こす事を偵察情報で察知した地球連合軍だが、その目標がハワイになるのか、それともパナマになるのかまでは特定するには至らなかった。
敵がどちらかに来るかわからないのでは、戦略の立てようがない。両方の防衛ができればそれに越したことはないのだが、オーブ全軍相手に、二分した戦力でハワイとパナマ、双方を守るだけの力は太平洋方面軍には無い。
そこで協議を重ねた結果、戦力はパナマに集中させる一方で、ハワイは一時的に放棄するもやむなしと言う結論に至ったのだ。
パナマは太平洋と大西洋を繋ぐ運河がある上に、宇宙への港であるマスドライバーもある。その戦略的価値は、ハワイとは比べ物にならない。
一方ハワイも、中部太平洋の抑えとして重要な拠点である事は間違いないが、大西洋連邦からすれば、オーブやカーペンタリアと言った南太平洋方面への侵攻拠点を一時的に失うと言うだけの話であり、本国防衛には何の支障も無い。加えて、オーブ軍の国力、戦力を分析すれば、太平洋方面で攻勢に出られるのはハワイまでが限界であり、パナマを含む北米西岸まで戦力を繰り出す余裕はないとされている。
以上の理由から、ハワイ放棄、パナマ堅守の方針が決定されたのだ。
「もっとも、こちらの撤退が完了する前にオーブ軍が攻め込んできたのは、予想外だったがな」
そう言いながら、ウォルフは僅かに顔を顰めて見せる。
オーブ軍は動員可能な全戦力を集め、迅速な勢いでハワイへと攻め込んで来たのだ。その素早い行軍速度には、流石のウォルフも舌を巻かざるを得なかった。おかげで残って撤退待ちをしていた部隊は、絶望的な防衛戦をやる羽目になってしまったのだが。
「まあ、それでも怪我の功名と言うべきかもしれんがな」
呟くように言ったウォルフは珍しい事に、僅かに唇を歪めるようにして笑みを見せた。
その顔は、これから始まる「ショー」を心待ちにしているかのようである。
「何何? 何かある訳?」
めったに見られない上司の笑顔に興奮したのか、司令官席に身を乗り出しながら尋ねてくるルーミア。その子犬のような仕草を鬱陶しがることも無く、ウォルフは謹厳な面持ちに戻して答える。
「『置き土産』をしてきた。オーブの奴等に一泡吹かせるには十分だろうさ」
そう言うと、ウォルフは再び視線をモニターへと向ける。
間もなくだ。
もう間もなく、オーブ軍の奴らは地球軍の底力を嫌と言う程に知る事になるだろう。
その刻限は、もうすぐそこまで近付いていた。
ハワイ基地の大半がオーブ軍の砲撃に晒されている。
無事な基地は一つも無く、その多くが吹き上げる炎によって火炎地獄と化しているのが見受けられる。
モビルスーツだけではない。海岸線付近に接近したオーブ艦隊も艦砲射撃を開始し、基地施設に向けて巨弾を次々と叩き込んで行く光景が見られる。
基地の中は瓦礫の山と化し、破壊されたモビルスーツがいたるところに散乱している。滑走路には全て大穴が開けられて使用不能になり、司令部施設もまた、炎に包まれて落城寸前と言った感じである。
仮に地球連合軍がハワイを奪還したとしても、基地としての機能を回復するには、かなりの年月を必要とするであろう事は、火を見るよりも明らかだった。
「ハワイの戦略的価値を徹底的に破壊し、拠点としての機能を喪失させる」と言うオーブ軍の戦略目標は、完全に達成された事は間違いなかった。
その様子を、エルウィングに乗ったシンは上空から眺めていた。
「・・・・・・これで、作戦は終了か」
ハワイは陥落した。これで敵は、当面の間、オーブへ侵攻する為の拠点を失った事になる。
この結果には、シン自身も満足である事は間違いない。オーブには妹のマユを始め、多くの友人達が暮らしている。彼女達を守る為に戦っているシンとしては、今回の作戦でオーブが狙われる可能性が低くなった事はありがたかった。
炎に巻かれて死んでいった地球軍の兵士には多少の同情をしないでもないが、それでもやはり、自分の大切な人達と天秤に掛ける事はできなかった。
翼を翻し、シンは帰還の途につこうとした。
その時、
《隊長、あれを!!》
悲鳴に近い部下の声を聞き、シンは振り返る。
その視線の先には、
巨大なハッチを割り開かれる光景が見られた。
左右に開かれ、内部に黒々とした空洞が広がる竪穴は、まるでオーブ軍の全てを飲み込むべく開いた、地獄の口であるように思える。
まさに、
その口の中から、
巨大な悪魔が姿を現した。
リフトアップする漆黒の機影。それは、通常のモビルスーツのサイズを遥かに上回り、全長で倍以上、規模にすれば10倍近くありそうな巨体を誇っていた。
「まさか、あれは!?」
驚愕に呻くシン。
その機影には、シンも見覚えがあった。
かつて、ユニウス戦役の折に地球連合軍が実戦投入した、超巨大機動兵器。ただ1機で西ユーラシアの4都市を壊滅に追いやった最凶最悪の悪魔。
地球連合軍戦略装脚兵装要塞。開発コード「GFAS-X1」
「デストロイッ!? いや、後継機か!?」
その姿を見た、シンは素早くエルウィングを反転させる。
あれがデストロイ級機動兵器なら、一般兵士の手に余る相手だ。自分が相手をしなくてはならない。
エルウィングは、蒼炎翼を羽ばたかせて、突如姿を現したデストロイ級機動兵器の禍々しい姿を目指して飛翔する。
この時、シンの予想は全てにおいて正しかった。
ユニウス戦役において実戦投入されたデストロイは、戦艦を遥かに凌駕する大火力と、陽電子リフレクターの鉄壁の防御力を持ち、対峙したザフト軍に多大な損害をもたらした。
しかし反面、その巨体故に死角が多く小回りが利かない為に、小型のモビルスーツに一度懐に入り込まれてしまうと、殆ど抵抗らしい抵抗もできなくなると言う弱点を抱えていた。その為、一部では欠陥兵器と言う烙印まで押されていた。
しかし、初期にはザフト軍に大打撃を与えたと言う確たる実績を持ち、更にはその性能を惜しむ声が多数上がった地球連合軍は、デストロイの改良とバージョンアップに取り組んだ。
最大の欠点であった機動性の向上を図り、更に無駄に近い可変機構によって一部の兵器が使用不能になる欠点も解消する為、兵器配置の効率化も行った。
その結果誕生したのが、今シンの目の前にいる悪魔の後継である。
ほぼデストロイと同等の兵装を持ち、陽電子リフレクターとVPS装甲の鉄壁防御は健在、更に機動性も向上した恐るべき機体。
GFAS-X2「ジェノサイド」
その身に有り余る兵装が、一斉に解き放たれる。
肩に装備したアウフプラール・ドライツェーン、後部のツォーンmk-Ⅲ、胸部スーパースキュラ三連装複列位相砲、両手指の5連装スプリットビームガン、脚部にスーパーヒュドラビームキャノン、更に両腕、両足の張り出し部分に設置された12連装ミサイルランチャーが一斉展開した。
次の瞬間、
爆発、
としか表現のしようがない光景が、現出された。
ジェノサイドが全ての火器を一斉に放った瞬間、そこにあったのは、控えめに言って「人の形をした火山爆発」だった。
まるでジェノサイドそのものが自爆したような光景により、周囲の空間そのものが薙ぎ払われ、焼き尽くされ、粉砕される。
大気が薙ぎ払われ、あらゆる物が一瞬にして焼き尽くされていく光景は、正に地獄と形容して良いかもしれない。ジェノサイドは周囲を飛翔するオーブ軍機を攻撃したのだが、むしろ吹き飛ばされるオーブ軍機の方が「オマケ」であるような印象さえ受ける。
それほどまでに、常軌を逸した光景である事は間違いなかった。
被害はモビルスーツだけには留まらない。ハワイ基地に艦砲射撃を掛けるべく、不用意に海岸線に接近していたオーブ艦艇もまた、ジェノサイドの砲撃を浴び、爆炎を上げて吹き飛ばされる。
沈むくらいなら、まだ良い方であろう。中には直撃を受けた瞬間に凄まじい熱量に耐え切れず、消滅してしまった艦艇もあるくらいである。
更なる砲撃を続け、砲門から地獄の業火とも言うべき砲撃を吐き出すジェノサイド。
その絶望的な状況を打破すべく、
オーブの守護者は、蒼炎翼をはためかせて飛翔する。
「下がれッ そいつの相手は俺がする!!」
言い放ちながら、シンはドウジギリ対艦刀を振り翳してジェノサイドに真っ向から斬り掛かっていく。
自身に向かって突撃してくるエルウィングの存在に気付いたのだろう。ジェノサイドもまた、全ての砲火を向けて、撃ち落そうとする。
流麗な外見のエルウィングと、禍々しい姿をしたジェノサイド。正に、対照的な外見特徴を持つ両者がぶつかり合う。
ジェノサイドが撃ち放つ攻撃の軌跡をシンは的確に見極め、圧倒的な機動力でもって回避、一気に懐の内まで斬り込んだ。
デストロイ級の対処法は、全速力でもって懐に飛び込む。その際に一瞬でも躊躇うと、反撃の砲火によってハチの巣になる。その事は、シンも戦訓を読んで理解している。
もとより、シンに躊躇する理由があろうはずもない。
ジェノサイドの懐に飛び込んだシンは、一気にドウジギリ対艦刀を切り下げる。
しかし、
次の瞬間、思わず目を疑った。
必殺と思ったエルウィングの斬撃を、事も有ろうにその10倍近い巨体を誇るジェノサイドが、機敏な機動を見せ、紙一重で回避してのけたのだ。
ドウジギリの切っ先は、ジェノサイドの表面装甲にわずかに届かなかった。
「な、んだとォ!?」
ありえない機動性を見せたジェノサイドに、思わずシンは驚愕の目を向ける。
一方、エルウィングの攻撃を回避したジェノサイドは、そのまま海面上を滑るような動きで疾走する。
その巨体に似合わない滑らかな動きは、まるで巨大なミズスマシを思わせる。
「その動き、ホバー走行か!?」
一瞬で、相手の機動力の正体を看破するシン。
ドムトルーパーにも使われていたホバー走行機能は、地上や海上で高い性能を発揮する反面、扱いが難しく、それ故にドムトルーパーが兵器コンペにおいてザクに破れる一要因となった。
しかしどうやら、戦後になって地球軍は、安定した走行が可能なホバー機能の開発に成功したらしい。
その成果が今、ジェノサイドとなって表れている。ジェノサイドはその巨体にそぐわない高機動を見せ、機動性において圧倒的に勝るはずのエルウィングの攻撃を回避して見せたのだ。
「こいつ、デカ物の癖に!!」
シンは叩き付けるように叫ぶと、背部から長射程狙撃砲を跳ね上げて砲撃を行う。
しかし、モビルスーツを一撃で撃墜できる砲撃も、ジェノサイドの陽電子リフレクターの前には無力である。エルウィングが放った砲撃も全て、命中直前にシールドに防がれて雲散霧消してしまった。
その間にもホバー走行で海上を奔りながら、砲撃を繰り返すジェノサイド。
攻めあぐねるシンを尻目に、オーブ軍の被害が拡大していく。
一部のオーブ軍機は、機動力を発揮してジェノサイドの背後に回り込もうとする。火力の大半は前方に向けられている為、後方なら死角となっているだろうと判断したのだ。
だが、それは早計だった。
彼等がジェノサイドに攻撃を仕掛けようとした瞬間、
悪魔の背中に、無数の「目」が開き、彼等を睨みつけた。
一斉に放たれる閃光が、次々とオーブ軍機を貫いて撃墜していく。
ジェノサイドを開発した地球軍技術者に抜かりは無かった。彼等としても、ジェノサイドの背中が大きな死角になる事は充分に予想していたのだ。そこで、その死角を逆用して敵を引き付け、一気に殲滅を図ろうとしたのである。
イービルアイ自動対空砲塔システムと呼ばれる目を擬したビーム砲が約30基、ジェノサイドの背中には配備されている。それらの一斉攻撃に対抗できる機体など、存在する筈が無かった。
加速度的に損害を増していくオーブ軍。
仲間達が一矢も報いる事も出来ずに撃墜されていく様を見て、
「お前・・・・・・・・・・・・」
シンの中で、
「いい加減に、しろォォォォォォ!!」
SEEDが弾けた。
エルウィングは残像を引きながら、再びジェノサイドの懐へと斬り込んで行く。
ジェノサイドから撃ち放たれる、凶悪極まりない砲撃の嵐。
それらをシンは、ものともせずに回避し、急速に接近していく。
ジェノサイドの砲撃がエルウィングを捉える事はない。全ての攻撃が、残像を捕えるにとどまる。
濃密な砲撃。
シンはそれすら構わず、機体を砲撃の僅かな隙間にねじ込ませる。
エルウィングのありえない程の加速を前に、砲撃だけでは対処できないと感じたジェノサイドは、とっさにホバー走行で回避行動を取ろうとする。
しかし、シンはそれを許さない。
振りかざされる大剣の一閃。
その一撃が、ジェノサイドの右腕を斬り飛ばす。
更にもう一撃。今度は左腕を斬り飛ばした。
だが、それで終わりではない。ジェノサイドには多数の内蔵兵装がある。それらが未だに脅威である事は間違いない。
後退しつつ、更なる攻撃を敢行しようとするジェノサイド。
しかし次に蒼炎翼が煌めいた瞬間、
「これで、ラストだ!!」
閃光が、斜めに走る。
少なくとも、見ていた者達は皆、そう思った。
一瞬の静寂が支配する世界。
気が付けば、ジェノサイドは動きを止め、あれだけ熾烈だった砲撃も停止している。
誰もが、固唾をのんで見守る中、
やがて、止まっていた時が動き出す。
視界が、斜めにずれる。
否、ずれていたのは、ジェノサイドの機体の上半分だった。誰もがこの巨大兵器に注目していた為、視界が斜めにずれたように錯覚したのだ。
ジェノサイドは肩から腰に掛けて、一刀両断されていた。それが一瞬の静寂の後、斜めにずれたのだ。
轟音を上げて、海面へと倒れ陥ちるジェノサイド。
巨大な水柱を上げて、海面へと落下していく。
その背後から、
ドウジギリ対艦刀を振り抜いた状態で滞空している、エルウィングの姿が現れる。
そのコックピットの中で、シンは大きく息をついた。
PHASE-19「楽園に蘇る悪魔」 終わり
ちょっとばかり、方針の変更を検討中。
と言っても、ストーリーを変える訳じゃありませんけど。
少し、設定の勘定が合わない部分が出て来たので、そこら辺を補完する為に、やるつもりが無かった事をやろうかと思っています