機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
ビリーブの艦砲射撃と、それに続くモビルスーツ隊の攻撃、特にフリーダムの猛攻を前にして、既にアッシュブルック基地内部は大半が炎に包まれようとしていた。
突然の奇襲攻撃の前に狼狽した地球連合軍は、ろくな抵抗もできないまま蹂躙されていく。
もはや基地の陥落は免れない。地球連合軍の敗北は火を見るよりも明らかだった。
そんな中にあって、格納庫からは小さなシャトルが発進準備を終えようとしていた。
「本当に、これで宜しいのですか?」
そのシャトルのコックピットで、パイロットの兵士は自分の背後に座っているカーディナルに対して恐る恐ると言った感じに尋ねる。
カーディナルはシャトルに乗り込んでくるなり、この基地を放棄して脱出すると告げたのだ。
戸惑うのも無理は無い。外ではまだ、味方が必死に防戦を続けている。基地内でも敗北を食い止めようと、司令官以下、幕僚達は知恵を絞っている最中である。そのような中にあって、自分達だけがしっぽを巻いて逃げると言う状況に納得ができなかった。
だが、そんな兵士に対し、カーディナルは事も無げに言った。
「どのみち、どれだけ足掻いても、もう敗北は免れんよ」
自分の言葉に兵士がギョッとするのを横目に見ながら、カーディナルは仮面の奥で嘆息していた。
こうなる事を予想して、基地司令には何度も警戒網を強化するように言っておいたのだ。しかし基地司令は、自軍の戦力が圧倒的である事を理由に、カーディナルの意見具申を退け続けた。
その結果がこれである。最早アッシュブルック基地の陥落は免れない。
一つ残念な事があるとすれば、この基地に集結した戦力を無為に失ってしまう事だろう。本来ならここの戦力を欧州戦線に投入し、戦局を一気に決してしまおうと考えていたのだが。しかし、事この段に至っては、もはや彼等を救う手段はカーディナルでも持ち合わせていなかった。
「・・・・・・まあ良いさ」
パイロットには聞こえないように、カーディナルは呟いた。
既に次善の策は用意してある。今回の敗北も、自分達の計画にとってはほんの小さな瑕疵に過ぎないのだから。遅れを取り戻すのは、後からでも十分可能だった。
それにもう一つ、カーディナルは自身の中で満足を覚えている事がある。
オラクル
この月基地で開発していたあの兵器を、戦闘開始前に他に移す事ができたのは幸いだった。仮にこの基地の全戦力を失ったとしても、あれさえ無事なら何の問題も無かった。あれがあれば、地球連合軍の全戦力と引き換えにしてもお釣りがくるくらいである。
そこまで考えた時だった。
《マスター》
通信機から、少女の声が聞こえてきた。
相手はレニだ。彼女は今、地下格納庫でサイクロンの発進準備を進めていた筈である。そのレニからわざわざ通信があったと言う事は、何かしらの不測の事態が起こったと推測できた。
《敵機接近中。数は2、そのうち1つはデスティニーです》
その名前を聞き、カーディナルは仮面の奥で僅かに顔を顰める。
やはりキラ・ヒビキ。あの男が、自分の前に立ちはだかる事になるのか。
この先、計画を進めていくうえで、必ずや最大の障害になるであろう人物は、キラ・ヒビキ以外にはありえなかった。
「レニ、彼の相手を頼む」
《はい、マスター》
カーディナルの指示に対して、レニは迷う事無く返事を返してきた。
レニがデスティニーのパイロット。キラ・ヒビキに対して何らかの執着を持っているのは知っている。
だが、素のままのレニの実力ではキラ・ヒビキには敵わない。レニの実力の高さは知っているが、それでも最高のコーディネイター、キラ・ヒビキを相手にするには、実力不足は明白である。
だからこそ、底上げは充分にしておいた。レニ自身にも、そして彼女が操るサイクロンにも。
徹底的な改修を行った為、その力を使えば事実上、キラ・ヒビキとも充分に戦えるはずだった。
キラ・ヒビキは、今後の戦いで必ずや自分達の障害になるであろう事は想像に難くない。だからこそ、排除できるうちに排除しておくべきと考えていた。
地下格納庫に到着すると、キラとエストの目の前には無数の輸送船が発進を待って停泊している様子が飛び込んできた。
見渡す限り、格納庫いっぱいに停泊した輸送船は膨大な量である。アッシュブルック基地は、プトレマイオス基地やアルザッヘル基地に比べると小規模だと思われていたが、地下にはこれ程大きな格納庫を抱えていたとは知らなかった。
恐らく地球軍は、ここの基地を共和連合軍の目を欺くための秘密基地とするべく、ひそかに拡張を続けていたのだろう。
ここにある輸送船全てに、増援用の機体や物資が山と詰めこまれていると考えられる。これらが地球に降下した場合、欧州の戦況は一気に地球連合勝利で決するのは火を見るよりも明らかだった。。
「エスト、やるよ!!」
《はい!!》
頷き合うと、キラとエストは輸送船への攻撃を開始した。
デスティニーとグロリアスはライフルを手に接近すると、次々と砲撃を行い、輸送船の腹に大穴を開けていく。
相手は装甲も武装も何もない、ただの輸送船である。モビルスーツの攻撃一つで簡単に撃破できる。
何も輸送船その物を完全破壊する必要は無い。ようは発進や航行が不可能になる程度のダメージを与えればそれで良いのだ。この基地から飛び立てなくなれば、それで事は足りるのだから。
更に言えば、全ての輸送船を撃破する必要は無い。ここにある内の半分も撃破できれば、敵は効果的な増援を送り出す事ができなくなる。戦果としてはそれで充分だった。
エストが10隻目の輸送船を撃破し、次の輸送船に銃口を向けようとした時だった。
センサーが、急速に接近してくる機影を捉えた。
「あれは・・・・・・・・・・・・」
接近する機影を見据え、エストは迎え撃つべくグロリアスの両手に装備したフラガラッハを握り直す。
2本のダインスレイブを構えて向かってくる機影。
これまで何度か交戦した事がある、地球連合軍のサイクロンである事は間違いなかった。
しかし、
「装備が、違う!?」
向かってくるサイクロンの姿を見て、エストは警戒心を強める。
サイクロンとは既に何度も対峙している。見間違えようも無い。しかし、今向かってくるサイクロンは、両肩に大きく張り出した装甲が見える。恐らくメンデルでキラと戦って大破した後、何らかの改修、強化を受けた物と思われた。
しかし向かってくるならば、戦うのに躊躇いを覚える理由は無い。
グロリアスは両手のフラガラッハを構えて斬り掛かっていく。
その姿は、サイクロンを駆るレニの目にも見えていた。
「排除する」
短く呟くと、サイクロンの両肩に装備した連装ビームキャノン、4基のガンバレル、ライフルモードのダインスレイブ複合銃剣を構え、一斉射撃を敢行する。
都合10門。フリーダムのフルバーストを髣髴させる、強力な攻撃である。
サイクロンのフルバースト攻撃を前に、エストはとっさに斬り込むのを諦めると、ライフルを抜き放って応戦する構えを見せる。
両手のビームライフルをサイクロンに向けて放つグロリアス。
しかし、レニは余裕の動きでサイクロンを操り、エストの攻撃を悉く回避していく。
「遅い。その程度・・・・・・」
低い呟きと共に、4基のガンバレルを伸ばし、グロリアスを包囲して攻撃を仕掛ける。
四方八方から襲い来るビーム攻撃。
それをエストは巧みな機動で回避、どうにかして距離を詰めようとする。
だが、ビーム回避の為にエストが見せた一瞬の隙を、レニは見逃さなかった。
「そこッ」
短い呟きと共に、再び解き放たれる10連装フルバースト。
その攻撃を、エストは回避しようとして、
間に合わなかった。
「あうっ!?」
襲ってきた衝撃に、悲鳴を上げるエスト。
見れば、部位欠損警報が出ている。サイクロンのフルバーストは、グロリアスの両足を一撃で吹き飛ばしてしまったのだ。もう少し射線が上にずれていたら危ないところであった。
「まだですッ」
それでも、どうにか反撃しようとして、グロリアスの右手に持ったライフルを持ち上げるエスト。
だが、
その前に距離を詰めたレニは、対艦刀モードのダインスレイブを斬り上げ、グロリアスの右肩を根元から斬り飛ばしてしまった。
戦闘力を奪われたグロリアス。
それを前にして、サイクロンのツインアイが鋭く光る。
「これで、終わりです」
レニの低い声と共に、切っ先を振り上げるサイクロン。
それが振り下ろされようとした、次の瞬間、
「やめろォォォォォォォォォォォォ!!」
突如、横合いから豪風が旋回するように、大剣の刃がサイクロンに襲い掛かった。
とっさに、機体を後退させる事で回避するレニ。
そこには、エストの危機を救うべく駆け付けたデスティニーが、シュベルトゲベールを振り翳して滞空していた。
「キラ!!」
《エストは下がって!! こいつの相手は僕が!!》
キラはそう言うと、ハイブリットライフルを放って、サイクロンの動きを牽制している。
グロリアスは両足と右腕を失い大破のダメージを受けてはいるが、メインカメラとスラスターだけはまだ生き残っている。この場を離脱するだけなら、辛うじて可能だった。
指示を出しながら、キラはシュベルトゲベールを振り翳して、サイクロンへと斬り掛かっていく。
かつては高火力型のストライクフリーダムに乗っていた関係から、あの手の機体の恐ろしさは心得ている。特に、距離を置いての戦闘は危険だった。ここは、エストの安全を確保する為にも、キラはインレンジでの斬り合いに徹する必要があった。
シュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かってくるデスティニー。
対抗するように、レニもダインスレイブ複合銃剣を対艦刀モードにして迎え撃つ。
「お前・・・・・・死の天使ィィィィィィ!!」
迫ってくるデスティニーの姿を見て、レニは歓喜の雄叫びを上げる。その様は、とても最前まで、冷静な戦いぶりを見せていた少女と同一人物であるようには見えない。
まるで野獣か何かが乗り移ったかのように、レニは双剣を構えてデスティニーへと斬り掛かっていく。
デスティニーの大剣と、サイクロンの双剣が交錯する。
互いに、刃は相手の機体には届かない。
離れる両者。
同時に、サイクロンは連装ビームキャノン、ガンバレル、ダインスレイブを構えてフルバーストの体勢に入ろうとする。
だが、
「悪いんだけど、時間が無い。一気に決めさせてもらうよ!!」
キラは言い放つと同時に、SEEDを開放した。
放たれる、サイクロンの10連装フルバースト。
しかしキラは、その一撃一撃を全て正確に見極めると、紅翼をはためかせて回避、大剣を振り翳して斬り掛かっていく。
一閃。
振り下ろされる斬撃に対して、レニはとっさに回避行動を取る。
機体をスライドさせて回避しようとするサイクロン。
だが遅い。回避しきれずに、右肩の追加装甲をシュベルトゲベールに斬り飛ばされた。
その衝撃で、サイクロンはバランスを崩す。
「次で、終わりだ!!」
叫びながらキラは、再びシュベルトゲベールを振り上げる。
サイクロンはまだ、機体のバランスを欠いたままである。今ならば、トドメを刺せるはずだった。
振り下ろされる大剣は、確実にサイクロンを斬り裂くコースにある。
これで終わりだ。
キラがそう思った瞬間、
「まだ、だァァァァァァ!!」
叫んだ瞬間、
レニの中でSEEDが弾けた。
一瞬。
ただそれだけで、キラには閃光が縦に走ったようにしか見えなかった。
次の瞬間、デスティニーの両腕が、妙に軽くっている。
「なッ!?」
思わず、呻き声を上げる。
視線の先では、刀身の半ばで叩き折られたシュベルトゲベールの姿がある。
そして、キラにすら目視不可能な速度で大剣を叩き折ったレニは、鋭い瞳でデスティニーを睨み据えた。
「・・・・・・・・・・・・行きます」
低い囁き。
同時にレニは、両手のダインスレイブでデスティニーへ斬り掛かる。
対して、
「こいつ、動きが急に!?」
突然、鋭い機動を見せるようになったサイクロンを前に、キラは戸惑いながらも後退、デスティニーのハイブリットライフルで攻撃を仕掛ける。
ビームと実弾を混ぜた、間断の無い攻撃。
しかしレニは、一切の躊躇なく火線の中へと飛び込むと、ダインスレイブ2本を掲げてデスティニーに斬り掛かる。
対抗するようにキラも、デスティニーの肩からフラッシュエッジを抜き放ち、サーベルモードにして迎え撃つ。
サイクロンの斬撃を、シールドで防ぐキラ。
そのまま弾きながら、下から救い上げるようにしてフラッシュエッジを繰り出す。
迫るデスティニーの斬撃。
対してレニは、機体を急上昇させて回避。同時に左肩に残った連装ビームキャノンと4基のガンバレルを展開して、デスティニーへ砲撃を仕掛ける。
「速い、けど!!」
サイクロンの一斉攻撃を見極め、キラは紅翼をはためかせて回避。そのまま、機動のベクトルを前方へと変換して斬り込んで行く。
凄まじい加速力。
キラは後退しようとするサイクロンに追いつくと、フラッシュエッジを横薙ぎに一閃、左足を斬り飛ばした。
「・・・・・・・・・・・・まだ」
迫り来るデスティニーの攻撃を見据えながら、レニはコックピットの中で呟く。
4基のガンバレルを一斉展開。デスティニーを包囲するようにして四方から砲撃を仕掛ける。
しかし、それらの攻撃は何の用もなさない。
包囲されながらもデスティニーは、ガンバレルの攻撃を巧みに回避すると、両手のビームブーメランを投擲、瞬く間に2基のガンバレルを斬り裂いてしまった。
「・・・・・・・・・・・・まだ」
戻ってきたビームブーメランを受け取り、再びサーベルモードにして構えるデスティニー。
対抗するようにレニもまた、ダインスレイブ複合銃剣を対艦刀モードにして構える。
互いの剣を同時に繰り出す両者。
デスティニーは腕が霞む程の高速斬撃を展開。その内の一撃が、サイクロンが左に持ったダインスレイブを叩き折る。
「・・・・・・まだ、足りない!!」
後退しながらレニは、叫び声を上げる。
こんなんじゃ、全然足りない。
「・・・・・・・・・・・・倒す」
この程度では、こいつを、
死の天使を倒すには及ばない。
「・・・・・・・・・・・・倒す」
ならば捨てよう。
こいつを倒す為に不必要な物は、全て捨てよう。
「倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す、倒すゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
狂ったように叫ぶ。
同時に、叩き付けるようにして弾いた指は、コックピットのシステムを操作、新たに組み込まれたシステムを起動する。
「お前は、絶対に、私が、倒すんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
次々と立ち上がるシステム。
同時に、画面内にシステム機動を告げる画面がポップアップする。
『Victim Sistem Setup』
眦を上げるレニ。
睨み据える先には、剣を構えて更に斬り込もうとしているデスティニーの姿がある。
「お前は、倒す、今日、ここで、私が!!」
一方のキラはと言うと、ここで勝負を掛けるべく、サイクロンとの距離を詰めに掛かっていた。
スラスターを全開。紅翼を羽ばたかせて飛翔するデスティニー。同時に左腕を振り翳し、パルマ・フィオキーナを起動する。
掌が光を帯びて輝く。
「これで、終わりだ!!」
突き込まれる、デスティニーの左腕。
パルマ・フィオキーナでサイクロンの頭部を潰す。それで戦闘力を失い停止するはずである。
デスティニーの掌がサイクロンに迫った。
次の瞬間、
デスティニーの左腕は、肘から先が、突如として消失した。
「え!?」
驚愕の表情を、キラは浮かべる。
まさか、と思った。
あの一瞬で、まさか逆転されるとは思っても見なかった。
しかし現実に、デスティニーはサイクロンに左腕を斬り飛ばされていた。
そのサイクロンはと言えば、デスティニーの攻撃を防いだ後、一瞬にして距離を置き、再び攻撃態勢に入っているのが見えた。
「逃がさない!!」
キラはデスティニーの右手にハイブリットライフルを構えると、追撃の砲火を次々と放つ。
しかし、
「見える!!」
レニはデスティニーの攻撃を完全に見切り、的確に回避していく。
反撃にと放たれたダインスレイブの一撃が、デスティニーの左足を直撃して吹き飛ばした。
「何だ、また、動きが!?」
サイクロンの攻撃を必死に回避しながらも、キラは戸惑いを隠せずに呻き声を発する。
突如として機敏な動きを見せるようになったサイクロン。しかも、先程の動きよりも、更に鋭く、劇的に変化しているのが分かる。
焦ったように放たれるキラの攻撃は、サイクロンを捉える事ができずに空しく駆け抜けていく。
状況不利と感じたキラは、とっさに離脱して体勢を立て直そうとするが、レニはそれすら許さずに追随してくる。
「お前は!! 倒す!! 今日!! ここで!!」
生き残っている全ての砲を総動員して、デスティニーに猛攻を仕掛けるレニ。
それに対してキラは、効果的な反撃を見いだせず、ただ闇雲に回避運動を繰り返すしかなかった。
「驚いただろう、キラ・ヒビキ?」
離脱を始めるシャトルの中で、カーディナルはここにいない相手に対して独り言のように囁きかける。
今頃、レニがキラ・ヒビキを追い詰めている事は、この仮面の男には容易に想像できた。
「彼女の存在は、言わば君と言う最高のコーディネイターがいたからこそ、生み出されたと言っても良い」
かつて、1人の男が己の欲望を満たす為に、自らのクローンを作り出す事を考えた。
しかし様々な問題から、クローン作製は難航を極め、ようやく完成した1体も結局は失敗作としか言いようがない出来だった。
その中にいくつか、遺伝子だけでなく性染色体にも手を加え女性体として完成した個体が存在している。その多くは実験の過程でエラーが発生して失われてしまったが、中で1体だけ、死亡せずに生き残った個体が存在した。
それが、レニである。
とは言え、レニもまた様々な問題を抱えて誕生しており、そのまま普通に生きていたら、生後1年を迎える事無く死亡していただろうと思われた。
そこで、彼女を引き取った施設は、彼女の肉体を徹底的に強化する道を選んだ。
技術者たちは、後のエクステンデット開発に使われる各種技術を用いてレニの体を徹底的に強化、改造し、彼女の延命を図った。
勿論、そのような事をすれば、幼い少女の肉体は耐えきれずに、死に至る事は明白だった。
しかし技術者達からすれば、そんな事は知った事ではない。成功すれば儲け物。仮に失敗したとしても、元々この世にいる筈が無い子供がいなくなるだけの話である。幼い魂を死地に放り込む事について、誰1人として良心を痛ませる必要を感じた者はいなかった。
結果、レニは死すべき運命を免れて今日まで生き延びているばかりか、常人では得られないような身体能力まで持つに至っている。
彼女の能力はいかなる人間をも凌駕し、あの若さと女の細身でありながら、屈強な兵士をも素手で殴り殺せるほどの怪力を誇っている。
だが、それだけでは、あのキラ・ヒビキには届かないだろう。「最高のコーディネイター」とは、およそ「ヒト」と言う概念では測れない、隔絶した存在であるのだ。
だからこその「ヴィクティムシステム」である。
あれは「人間が人間のまま、あらゆる限界を超越する為」に作られたシステムである。
レニの能力とヴィクティムシステム。その双方が重なれば、必ずやキラ・ヒビキをも打ち倒せるはずだった。
「キラ・ヒビキ。君ほど、新しい時代を迎えるに、相応しい生贄は他にいないだろう。せいぜい派手に散って、新しき世を迎える為の礎となってくれ」
そう呟くとカーディナルは、仮面の奥でほくそ笑むのだった。
2
クライアスが操るライトニングフリーダムは、地下格納庫に飛び込むと、12基のフィフスドラグーンを一斉に射出、狭い格納庫内で全火力を開放する。
たちまちの内に、居並ぶ輸送船が次々と爆炎に飲み込まれていくのが見える。
圧倒的な火力を前にして、装甲皆無な輸送船など張子以下の存在でしかない。
しかも独立稼働する砲台を持つ機体は、こうした目標が多い戦闘では特に重宝するものである。
ものの1分もしないうちに、周囲の輸送船は全て炎に包まれていく。
これで、このアッシュブルック基地に集結した地球連合軍は、壊滅的な被害を受けた事になる。スカンジナビア王国や西ユーラシアも救われる事だろう。
「それにしても・・・・・・・・・・・・」
フリーダムのコックピットで、クライアスは訝るように呟く。
先行して攻撃を開始したはずの、デスティニーやグロリアスの姿が見えない事が気になっていたのだ。
本来なら、クライアス達が地上の敵の目を引いている内に、キラとエスト、輸送船団を叩いていた筈なのだが。
そう思った時だった。
視界の隅で、何かがフラフラと飛翔してくるのが見えた。
とっさにライフルを向けるフリーダム。
しかし、それが四肢を吹き飛ばされたグロリアスである事に、すぐに気が付いた。
「エスト・リーランド!!」
とっさに機体を泳がせるようにして、大破したグロリアスに辿りつく。
エストの機体は戦闘力は完全に喪失しているようだが、コックピットやスラスターは何とか生き残っており、辛うじてここまでたどり着いたようだった。
「大丈夫か? いったい何があった!?」
必死の形相で、クライアスはエストに問いかける。
あのエスト・リーランドが、ここまでボロボロにされる程の敵がいたと言う事には、戦慄を禁じ得ない。しかも、一緒に行ったはずのデスティニーの姿が見えない事も気になっていた。
《わ、私の事よりも・・・・・・・・・・・・》
ややあって、グロリアスから途切れ途切れに通信が入ってきた。
《キラを・・・キラを助けてください・・・・・・》
「キラ・ヒビキを?」
《キラは、この奥に・・・・・・あの敵は、強力すぎます。キラでも、危ないです》
エストの言葉に、クライアスは緊張のあまり生唾を飲み込む。
あのキラですら危険な相手が、この奥にいると言う。
行けば、クライアスでも危ないかもしれない。
しかし、
「判った。任せろ」
眦を上げて、クライアスは答える。
「お前はこのまま地上に出ろ。ハイネ・ヴェステンフルスの部隊が、外で待機しているから、そこで保護してもらえ」
《判りました、お願いします》
エストに指示を出すと、クライアスはフリーダムの蒼翼を広げて、更に奥へと向かっていく。
急がなければならない。手遅れになる前に。
既に炎は、基地全体を包み込もうとしている。
溢れだした爆炎は地下格納庫を完全に覆いつくし、そこにある全てを呑み込んで行く。
そんな灼熱の火炎地獄と化した地下格納庫の中にあって、
デスティニーとサイクロンは、尚も激しく激突を繰り返していた。
とは言え戦況は既に、キラにとって不利な物となりつつあるのは明白だった。
最大の痛恨事は左腕を失った事だろう。これによりデスティニーは、シールドとパルマ・フィオキーナ、防御の要と近接戦闘用兵装を一時に失ってしまった事になる。
勿論、サイクロンも無傷ではない。ガンバレル2基に追加装甲、左足も欠損状態である。
しかし、それでも尚、レニの有利は動かない。
キラの反応速度をも超える機動力を発揮して、攻撃を繰り返してくる。
キラはデスティニーの残った右腕にハイブリットライフルを装備し、サイクロンに向かって撃ちかける
しかし、当たらない。
レニはデスティニーの攻撃を巧みに回避、ダインスレイブ、右肩の連装ビームキャノン、2基のドラグーンと、合計5門による砲撃を行ってくる。
とっさに回避行動を取るキラ。
しかし、
「そこだァァァ!!」
狙いを定めたレニが、デスティニーに向けてライフルモードのダインスレイブ複合銃剣を撃ち放つ。
真っ直ぐに伸びる閃光。
それは、デスティニーが持つハイブリットライフルを貫いた。
舌打ちするキラ。同時に、ハイブリットライフルをパージする。
一瞬の間をおいて、ライフルは爆発、消失した。
「何なんだ、こいつは一体!?」
呻き声を上げながら、フラッシュエッジを抜き放つ。
その間にも、レニはサイクロンを駆って、デスティニーとの距離を詰めに掛かってくる。
対抗するように、フラッシュエッジをブーメランモードにして投げつけるキラ。
飛んでいくブーメラン。
対してレニは、ダインスレイブを振るって飛んできたブーメランを切り払った。
成す術も無く、真っ二つになるブーメラン。
しかし一瞬出来た隙を、キラは見逃さない。
「貰った!!」
キラは、残った最後のフラッシュエッジを抜き放ちサーベルモードにすると、スラスターを全開にして斬り掛かる。
ブーメランを払った直後で、動きを止めているサイクロン。
今度は、デスティニーの方が早かった。
振り上げるように斬り付ける剣閃。
その一撃が、サイクロンの左腕を、肩から切断してしまった。
更に追撃を。
そう考えて、キラが剣を振り上げた。
次の瞬間
突如、背後から凄まじい衝撃が襲ってきた。
「ウワァァァァァァ!?」
吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を立て直そうとするキラ。
見れば、デスティニーの右翼が欠損している。
キラが斬り込んでいる隙に、背後のまわり込んでいたサイクロンのガンバレルが、砲撃を浴びせて吹き飛ばしたのだ。
「・・・・・・・・・・・・強い」
ここに来てキラは、認識せざるを得なかった。
目の前の敵は強い。恐らく、現状のキラの実力をも凌駕しているであろう事を。
だが、
「僕も・・・・・・・・・・・・」
エストの為、
世界で一番大切な、あの娘を守る為に!!
「ここで、負けるわけにはいかない!!」
フラッシュエッジを振り翳して斬り込んで行くデスティニー。
対抗するように、サイクロンもまた、残った砲撃全てを開放する。
クライアスがライトニングフリーダムを駆って、戦場へやって来たのは、正にその時だった。
しかし、そこで彼が見た物は、立ち上る炎に巻かれ、今にも崩れ落ちる基地施設の下で激しく斬り結ぶデスティニーとサイクロンの姿だった。
「戻れ、キラ・ヒビキ!! ここはもう危ない!!」
オープン回線で、必死になって呼びかける。
しかし、キラはまるでクライアスの声が聞こえていないかのように、剣を振り翳して斬り込んで行く。
サイクロンから放たれる砲火がデスティニーを捕え、頭部を、スラスターを、ボディを、次々と破壊していく。
「キラ・ヒビキ!!」
空しく響き渡る、クライアスの声。
その視界の先で、
デスティニーの剣が、サイクロンを捉えた。
次の瞬間、
崩れてきた瓦礫と吹き上げた炎が、激突するデスティニーとサイクロンを容赦なく飲み込んで行った。
PHASE-18「炎の生贄」 終わり