機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-17「殴り込み作戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月面アッシュブルック基地上空におけるオーブ軍と地球連合軍の攻防戦は、未だに一進一退の状況を示していた。

 

 戦闘を開始した当初は、質、量ともに勝る地球連合軍が圧倒的な勝利を収めるかと思われていたが、しかしオーブ軍は、ムウ・ラ・フラガ中将直接指揮の元で粘り強い戦線を示し、当初は押され気味だった戦況を五分にまで巻き戻している。

 

 質や量では劣っていても、技量と士気の面でカバーする。

 

 勿論、それだけで戦況を覆すには至っていないが、当初オーブ軍、と言うより共和連合軍が意図したとおり、戦線を膠着させる事に成功している。幾度となく滅亡の危機から這い上がってきた、オーブ軍ならではではあると言えよう。

 

 シシオウ、ライキリ、ムラサメなどのオーブ軍機は高機動を発揮して、陣形の隙を突いて突入を図ろうとしてくるのに対し、グロリアスを中心とした地球軍機は重厚な陣形を組んでオーブ軍の進行を阻もうとしてくる。

 

 基地上空で、互いに一歩も退かずに砲火を交えるオーブ軍と地球連合軍。

 

 状況の変化は、程なくして起こった。

 

 どうにかオーブ軍の進撃を阻もうと、分厚い砲火を浴びせている地球連合軍。

 

 その地球軍の陣形内で突如、横合いから撃ちかけられた激しい砲撃によって、次々と爆発、炎上する機体が続出し始めたのだ。

 

 驚いた地球軍兵士達が向ける視線の先。

 

 そこには、砲火を煌めかせて進撃してくるザフト軍の姿があった。

 

 ザクが、グフが、そして新型機であるゲルググが、接近しながら砲撃を浴びせてくる。

 

 これには地球軍も、ひとたまりも無かった。

 

 放たれる砲火に反撃しようと、機体を振り向かせて陣形の再構築に奔ろうとする地球連合軍。

 

 しかし、ザフト軍機はその前に突入して来ると砲火を次々と閃かせて、陣形改変にもたついている地球軍機を撃ち落としていく。

 

 それに対する地球連合軍の動きは、呆れる程に遅い。なまじ、重厚な陣形を組んでオーブ軍と対峙していたのが仇となり、正面に戦力を集中し過ぎた結果、側面の警戒が疎かになっていたのだ。

 

 その手薄な側面を、ザフト軍は容赦なく突いてきた形である。

 

 吹きぬける砲撃によって、グロリアスは次々と撃ち抜かれていく。

 

 ザフト軍の兵士は、言うまでも無く全員がコーディネイターである。多少の機体の性能差など問題にはならない。更に本国が宇宙にあるザフト軍兵士は、本質的に地球連合軍やオーブ軍よりも宇宙空間における戦闘に長けている面がある。その為、多少機体性能で劣っていても、互角以上に戦う事ができる。

 

 数の差もものともせず、一気に地球軍の隊列へと斬り込んでいくザフト軍部隊。たちまち地球軍は大混乱に陥り、隊列を乱す者が続出する。

 

 後退しようとする者や、指示が無い為に次の行動にまごつく者、中には勇敢にも踏みとどまって戦おうとする者もいるが、そうした者達はごく僅かである。大半の機体はジリジリと後退しながら、牽制の為の砲撃を行っているだけで、精いっぱいの有様である。

 

 踏み止まる者達は悲惨である。勇敢な彼等はしかし、他の味方が後退したせいで前線に取り残される形になり、そこへ容赦無く砲撃を集中させたザフト軍によって討ち取られていく光景が、そこかしこで展開されていた。

 

 地球連合軍の戦術上における持ち味は、物量を活かした連繋戦術にある。能力に勝るザフト軍機に対し、複数の機体がフォーメーションを組んで掛かる事で、質の差を覆すのだ。

 

 しかし、陣形がこうまで乱れた状況では、得意の連係戦術を取る事も叶わない状況である。

 

 ザフト軍が援軍に現れ地球軍の隊列に乱れが生じた様子は、オーブ軍からも確認する事ができた。

 

「おうおう、頼もしいお歴々が来てくれたねえ!!」

 

 アカツキが手にしたビームサーベルでグロリアスを斬り捨てながら、ムウは笑みを含んだ声で援軍の到来を歓迎する。

 

 これまで苦しい戦いを強いられて来たオーブ軍だが、これで少しは楽もできるだろう。

 

 ムウは更に、向かってくるグロリアスを迎撃するべく、予め射出しておいたドラグーンに命令を飛ばす。

 

 飛翔する7つの黄金色をしたドラグーンは、一斉砲撃を開始、立ち塞がろうとしていたグロリアスを撃ち抜いて撃墜する。

 

 それを確認してから、ムウはオープン回線を開いて全軍に向かって叫ぶ。

 

「ようし、頼もしい方々が応援に来てくれたぞ!! みんな、もうひと踏ん張りだ!!」

 

 ムウがそう言うと、オーブ軍兵士達の間で笑いと鼓舞が沸き起こる。

 

 総司令官の言葉にしては、随分と威厳を欠いたものであるかもしれない。しかし「親しみやすく」「判りやすい」。これもまた「フラガ流」とでも言うべき指揮方法だった。

 

 事実として、オーブ軍の士気は、今や天をも衝かんばかりに吹き上げられているのが分かる。

 

 黄金色の光を従えて飛ぶアカツキを先頭に、オーブ軍は進撃を再開する。

 

 同時にザフト軍も距離を詰めに掛かる。

 

 2正面から迫るザフト軍とオーブ軍。それに対する地球連合軍は、どうにか体勢を立て直すべく、ジリジリと後退するしかなかった。

 

 

 

 

 

 漆黒の宇宙空間にも映える純白色をしたその戦艦が、かなりの速度で航行している事は傍目にも見る事ができた。

 

 全体の細さに比して、後部には大型のエンジンを多数搭載し、それが破格の高速力を発揮する要因となっているのだ。しかも、ただ速いと言うだけではない。甲板から突き出した多数の砲塔や、両舷に張り出したカタパルトデッキが、その戦艦に「戦う船」としての造形美を与えていた。

 

 戦艦「ビリーブ」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役の二大戦役において、一貫してラクス座乗の旗艦として活躍した戦艦エターナルの設計データをベースにして、ザフト軍が建造した新型のエターナル級高速戦艦である。

 

 ビリーブは設計に際し、エターナルの欠点を徹底的に改良している。

 

 まずはエターナルには無かった大気圏突入能力と、大気圏内航行能力の付加する事によって、行動の幅を大きく広げている。これにより、エターナルでは不可能だった、地上での戦闘も可能となった。

 

 更に、武装面も強化されている。

 

 エターナルでは対艦用の武装は最低限すら搭載されておらず、攻撃に関しては艦載機に依存している面が強かった。

 

 しかしビリーブでは、トリスタン連装主砲を5基10門。イゾルデ3連装副砲を2基6門搭載し、砲撃力を大幅に強化している。

 

 更にカタパルトも両舷に2基装備し、艦載機数もエターナルより増加している。もっとも、これらの改装により、エターナルよりも全長で50メートル伸長し、重量も倍以上に加算されてしまったが。

 

 これらの設計変更は全て、当初は重量の増加を招き、エターナル級戦艦の最大の持ち味である高速性能の低下が懸念されていた。しかしエターナルの竣工から5年が経過し、艦船用のエンジンもより出力の高い物が開発されている為、速度性能は殆ど低下しなかった。

 

 そのビリーブは今、月に向けて全速力で航行していた。

 

 目的地は月面地球連合軍アッシュブルック基地。そこを攻撃するべく急行している所である。

 

 既にプラント所有の宇宙ステーション・キャメロットからザフト軍の主力艦隊が、アシハラからはオーブ軍宇宙艦隊が出撃している。ビリーブは、その両軍から離れ、独自の航路で月を目指している所であった。

 

 そのビリーブの艦内。

 

 宛がわれた部屋の中で、エストは1人ベッドに腰掛けて沈思していた。

 

 間もなくビリーブは、月の防空圏内に入る。そうなるとエストも出撃する事になるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、

 

 エストの手はそっと、自分のお腹を愛おしげにさする。

 

 この中に今、新しい命が宿っている。

 

 あの後ラクスは、キラには内緒でエストを医者に連れて行き、妊娠検査を受けさせた。

 

 結果は「陽性」。

 

 妊娠3か月。エストは間違いなく、キラの子供を身籠っていた。

 

「・・・・・・妊娠・・・・・・私が・・・・・・・・・・・・」

 

 意識をすれば、それだけで命の息吹が、自分の中から聞こえて来そうだった。

 

 だが、

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 暗い表情のまま、エストはそっと呟く。

 

 このままじゃ、自分がキラに対して負担になってしまう。

 

 エストにとっては、子供ができた嬉しさよりも、そちらの方がより深刻だった。

 

 キラの性格からして、エストに子供ができたと知れば必ず戦線離脱させようとするだろう。

 

 そうなると、いったい誰がキラの背中を守ると言うのか。

 

 今回の出撃にしてもそうだ。ラクスはエストを出撃から外そうと色々と言ってきたが、エストは無視して強引に出撃して来たのだ。

 

 冗談ではない。こんな事でパートナーとして戦場に立てなくなるのなら、何の為にキラと一緒にいるのか判らなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・隠さなければ」

 

 静かな決意と共に、エストは呟く。

 

 今はとにかく、妊娠した事実をキラに知られるわけにはいかない。少なくとも、今やっている仕事がある程度落ち着いて、エストが戦線を抜けても支障が無くなるまでは。

 

 エストは己の中で、密かな決意を固めて頷いた。

 

 部屋に備え付けのインターホンが鳴り響いたのはその時だった。

 

《エスト、ちょっと良い?》

 

 相手は、当のキラだった。

 

 エストがロックを解除すると、キラは部屋の中に入ってきて、座っているエストの前に立った。

 

「どうか、しましたか?」

 

 なるべく平静を保ちながら、エストは尋ねる。とにかく、普通にこれまで通り接していれば、キラが妊娠の事に気付く事も無いだろう。

 

 思った通りキラは、エストの変化に未だに気付いていないようで、特に気にする風も無く自分の要件に入った。

 

「ちょっと、見てほしい物があるんだ」

 

 そう言うとキラは、持って来た物を差し出した。

 

 エストは受け取るとすぐに、それが木枠に収められた写真である事に気付いた。。

 

「・・・・・・写真、ですか?」

 

 中には、白衣を着た数人の男女が並んで映っている。

 

 中央、やや右寄りに立っている男はデュランダルだ。白衣を着ている所を見ると、研究者時代の写真であるらしいが。

 

「メンデルで拾ったのですか?」

「うん。見てほしいのはここなんだけど・・・・・・」

 

 キラはそう言うと、左端に立っている、白衣を着た男性を指差した。

 

 他のメンバーよりも、明らかに高齢であり、既に老境と言っても差支えが無い外見をしている。

 

 しかし、その姿を見て、エストはキラが何を言わんとしているのか理解した。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 その人物は、キラとエスト、双方の知り合いによく似ていたのである。

 

「バルク、だよね? やっぱり」

 

 キラの言葉に、エストは躊躇いながらもはっきりとした頷きを返す。

 

 キラが指で示している人物は、現在はプラントの病院で療養しているはずのバルク・アンダーソンに間違いなかった。

 

「と言うより、こんなセクハラ顔の老人が2人もいたら、私が嫌です」

 

 エストの淡々とした口調に、キラは苦笑を漏らす。

 

 普段からバルクのセクハラ被害に遭っているエストの気持ちを考えれば当然だが、なかなかにひどい発言だった。

 

「しかし、どういう事でしょう? バルクは以前、メンデルの研究所にいたと言う事でしょうか?」

「うん・・・・・・これを見る限りは、そう言う事になるんだろうけど・・・・・・」

 

 言い淀むキラ。

 

 だが、これが本当にバルクだとして、なぜ今まで自分達にその事を明かしてくれなかったのかが分からなかった。

 

 確かめようにもバルクは今、意識不明の重体であり、プラントの病院にて加療中である。老齢で体力にも衰えがある為、意識が戻るかどうかは微妙な所だと言う。

 

「バルク、良くなるといいんだけど」

「そうですね」

 

 憂慮するキラの言葉に、エストは頷きを返す。

 

 エストとて、別にバルクが憎い訳ではない。歳の離れた友人として、彼の回復は願っている。ついでにセクハラ行為を控えてくれれば尚良いのだが。

 

 そんな事を考えた時だった。

 

 突如、ビリーブの艦内に、警報が鳴り響いた。

 

「エスト」

「はい」

 

 阿吽の呼吸と言うべきか、2人とも、ほぼ同時に何事が起ったのか理解した。

 

 月の防空圏内にビリーブが到達したのだ。間も無く戦闘が開始される事になる。

 

 2人は頷き合うと、機体が待機している格納庫に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間もなく交戦域に突入すると言う段階にあり、ビリーブの艦内は緊張に満ち溢れていた。

 

 クルー達は艦内を駆けまわって自分達の持ち場へと迫り、格納庫では機体の発進準備が急速に整いつつある。

 

 その中で、艦の頭脳とでもいうべきブリッジでも、戦闘開始に向けて急ピッチに準備が進められていた。

 

 ビリーブの艦橋システムには、かつて、ユニウス戦役時にザフト軍旗艦として活躍した戦艦ミネルバと同じものが採用されている。その為、通常時の航行用艦橋の他に、戦闘時にはCICと兼用になる装甲艦橋へ移行が可能となる。

 

 既に戦闘形態への移行は完了しており、暗い環境の中でモニターやコンソールの光だけが照らしだしている。

 

 艦長席には20代後半ほどの青年が座っている。彼が高速戦艦ビリーブの艦長である。

 

 一見すると優しげな顔立ちで、およそ戦闘とは無縁そうな雰囲気がある。軍人と言うよりも、どこかの大学の研究員の方が似合ってそうな雰囲気である。

 

 しかし外見に関わらず、彼が歴戦の艦長である事は周知の事実である。それは彼の胸に光っているFaithバッジからも明らかだった。

 

 ザフト軍特務隊フェイス。最高評議会議長直属の特殊部隊員である事を現すあかしであり、人格、能力共に認められた、ザフト軍の中でも精鋭中の精鋭である事の証明でもある。

 

 高速戦艦ビリーブ艦長アーサー・トライン。

 

 かつてユニウス戦役時、戦艦ミネルバで副長を務めた青年である。

 

 戦後、一時期士官学校で教官を務めていたアーサーだが、その後、ビリーブの完成に伴い、艦長職に任命されたのだった。

 

 かつてはタリア・グラディス艦長の元で副官を務め、有能ではあるものの、どこか頼りない雰囲気が先行しがちだったアーサーだが、月日が経ち、今や立派な艦長として勤めていた。

 

「本隊、戦闘を開始しました。メインモニターに投影します!!」

 

 報告するオペレーターは、鮮やかな赤い髪をツインテールに結った可愛らしい印象の女性である。

 

 彼女の名前はメイリン・ホーク。アーサー同様に、かつてミネルバでオペレーターを務めていた少女である。彼女もまた、ビリーブの竣工に伴い、オペレーターとして配属されていた。

 

 程無く、モニターに基地上空の戦況が映し出される。

 

 数において劣る共和連合軍だが、それでも果敢な攻撃を展開する事で地球連合軍を圧倒しているのが分かる。

 

 しかし地球連合軍もまた負けてはいない。すぐに予備隊を戦線に投入し、陣形の再編を行っているのが見える。やはり、物量と言う意味では地球軍は共和連合軍を遥かに凌駕している。

 

 しかし、これで作戦の前提条件は全て整った事になる。

 

 アーサーは背後にある司令官席に向き直った。そこには、戦場には似つかわしくない少女の姿があった。

 

「これより本艦は、戦闘を開始します。宜しいですね?」

 

 丁寧な口調でアーサーが尋ねた相手は、ユーリアである。

 

 今回、スカンジナビア軍も同じ共和連合として参戦する事になっている為、ユーリアもまた、戦況を見守るべく、ビリーブへの乗艦を許可されたのだ。

 

 とは言え「スカンジナビア軍」と言っても、戦闘要員はキラ、クライアス、エストの3名と、モビルスーツ3機のみである。ユーリアと、彼女の御付として同行したミーシャは、ただのお飾りに過ぎない。

 

 しかし、パイロット達は一騎当千とも言うべき実力者達であり、ザフト軍としては一万の援軍を得たに等しい物である。

 

「よろしくお願いします、トライン艦長」

 

 元より、スカンジナビア軍代表としてこの場にいるユーリアだが、軍事知識が皆無に近い彼女には、戦いに対して意見を言う事はできない。この場にはあくまで「旗印」として存在しているだけだった。

 

 アーサーもその事は理解しているのだろう。無言のままユーリアに対して頭を下げると、再び指揮に専念すべく前方に向き直った。

 

「回頭30、主砲、左砲戦準備ッ 敵基地に対して艦砲射撃を行った後、モビルスーツ隊を発進させる!!」

 

 地球軍の主力は今、オーブ軍とザフト軍の本隊が引き付けてくれている。となると、基地自体は手薄である可能性が高い。ビリーブの艦載機だけでも攻撃は可能であると思われた。

 

 やがてビリーブは緩やかに右へと回頭し、同時に5基10門の主砲の内、左舷側に指向可能な4基8門が基地へと向けられる。

 

 今頃、基地内は大混乱に陥っている事だろう。正面の敵に集中していたら、側面から別働隊が現れたのだから。

 

 だが、それこそがこちらの狙いでもあった。その混乱に乗じて、一気に敵の中枢、および地球へ向かう予定の増援部隊を叩くのだ。

 

「照準完了!!」

「エネルギー充填良し!!」

 

 報告が次々と、アーサーの元へともたらされる。同時にビリーブの攻撃態勢は整った。

 

 眦を上げるアーサー。

 

「トリスタン、撃てェ!!」

 

 号令一下。

 

 ビリーブは8門の主砲から、閃光を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 突然、基地に降り注いだ砲撃が、エネルギータンクを直撃して大爆発を起こした。

 

 砲撃は更に続き、降り注ぐ艦砲射撃は、アッシュブルック基地の地上施設を容赦なく破壊していく。

 

 炎上する基地施設。

 

 同時に、大混乱が生じた。

 

 爆炎に吹き飛ばされる者、消火しようと奔走する者、可燃物をどかそうとする者。その行動はさまざまである。

 

 中でも、司令部の混乱は大きかった。

 

 正面に展開したザフト軍とオーブ軍に対応する為に、主力隊を出動させた地球軍だが、まさか、その間隙を突く形で、ただ1隻の戦艦が奇襲を掛けて来るとは思いもよらなかったからだ。

 

 砲撃は矢継ぎ早に降り注ぎ、基地の施設は破壊されていく。

 

 今や基地の地表部分全体が、炎に覆われようとしていた。このままでは、より重要な地下施設にまで炎が及ぶのも時間の問題のように思われる。

 

「いったい、どうなっているのだ!?」

 

 激震に耐えながら、基地司令官は大声で叫ぶ。

 

 その間にも砲撃は続き、基地は破壊されていくのが分かる。このままでは、基地の機能まで破壊されてしまう。

 

「マーク20、チャーリーに敵戦艦!! 熱紋照合に該当ありません。敵の新型と思われます!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた報告と共に、メインモニターには砲撃を続行するビリーブの様子が映し出される。

 

 ザフト軍が過去に建造したエターナル級戦艦に似ているが、武装は大幅に強化されている。どうやら後継艦であるらしい。

 

「残ってる部隊を、全て出撃させろ。敵を迎撃するんだ!!」

 

 基地司令もまた、狂ったように命令を発する。とにかく、敵が来るなら迎え撃たないといけない。

 

 同時に、焦りが急速に湧き上がり始めた。

 

 今現在、基地の地下格納庫には、地球に向けて発進するべく待機している大輸送船団が存在している。本来なら既に発進を始めている所なのだが、その前に共和連合軍との戦闘が開始した為、損害を避ける為に地下に待機させていたのである。

 

 その輸送船団を撃滅する為に攻撃を仕掛けてきた共和連合にとっては、正にギリギリのタイミングだった訳である。

 

 地球軍としては、共和連合軍を撃退した後に改めて発進させるつもりだったのだが、このまま座していれば、被害は船団にも及ぶかもしれない。そうなったらおしまいである。この基地も、基地司令自身も。

 

「ですから、申し上げたではないですか。敵軍の奇襲に対する備えは万全にするべきだと」

 

 背後から慇懃な声を投げ掛けられ、基地司令は屈辱感に肩を震わせる。

 

 彼の背後には、この危機的状況を悠然と眺めている仮面の人物がいる。

 

「カーディナル・・・・・・貴様・・・・・・」

 

 自分に対する侮蔑を隠そうともしないカーディナルを、基地司令は憎しみの籠った瞳で睨みつける。

 

 ファントムペイン司令を務めるこの仮面の男は、その胡散臭さから地球軍内部では嫌っている者も多い。特に自身に付き従う者なら、コーディネイターでも積極的に登用している点において、ナチュラル至上を掲げる地球軍内部では忌避する者は多かった。

 

 しかし、その状況判断力や指揮能力は本物であり、彼の正体はともかく、実力を疑う者はいなかった。

 

 得体の知れない実力者、と言うのが地球軍内におけるカーディナルに対する評価である。だからこそと言うべきか、この得体の知れない男が助言した時も、基地司令は素直に聞く事ができなかったのだ。

 

 共和連合軍との戦端を開くに当たり、予め十分な量の予備隊を基地に残し、敵の奇襲に備えるべきではないか、と具申したカーディナルに対し、基地司令は自軍の方が兵力的に勝っている事を理由に却下したのだ。

 

 予備隊は残しては、薄くなった戦線を突破され基地に被害が及ぶかもしれない。と言うのが基地司令の主張だったが、こうして敵の奇襲を受けてしまった以上、カーディナルの主張の方が正しかった事になる。

 

「主力隊を早めに引き戻した方がよろしいと思いますが?」

「そんな事は貴様に言われずともわかっている!!」

 

 叩き付けるようにしてカーディナルに返すと、基地司令は頭を抱え込むようにして考え込む。

 

 何か、何かないのか? この状況を一発で逆転できる手段が何か?

 

 現状で基地のこれ以上の被害を防ぐには、主力隊の一部を引き戻すしかない。しかし、主力隊を戻せば、それだけ前線を守る兵力が薄くなり、現状の均衡状態が崩れてしまうかもしれない。何より、目の前にいる怪しい仮面男の言いなりになるのも癪だ。しかし、主力隊を戻さないと基地の被害が拡大してしまう。そして、時間もそれほど残っているわけではない。

 

 深刻に思案しながら考え込む司令官。

 

 しかし焦った頭は、考えれば考える程に空回りを起こして思考を妨げていく。人間、こうなると最早、どんな簡単な計算式であろうと解けなくなってしまう物である。たとえ最適解が目の前に転がっていても、その前を素通りしてしまう事になる。

 

「敵艦、モビルスーツの発艦を開始しました!!」

 

 オペレーターが悲鳴じみた報告も、基地司令の耳には届かない。

 

 カーディナルはその様子を冷ややかに見つめながら、

 

 静かに席を立ち、司令部を出て行った。

 

 

 

 

 

 キラがデスティニーを駆って基地上空に到達すると、激しい対空砲火が吹き上げられてきた。

 

 目を転じれば、基地の敷地内に陣取った複数のグロリアスが、上空にいるデスティニーに向けて砲火を放ってきているのが見える。主力が出払っているとは言え、守備用の部隊くらいは残しているだろう。もっともこれは、初めから予想していた事である。

 

 キラは上空を旋回しながらそれらの機体の居場所を素早く確認すると、デスティニーの手に装備したハイブリットライフルを構え、実弾による射撃を連続して行う。

 

 トリガーを引いた回数は3回。

 

 放たれた砲撃は、殆どタイムラグ無しでグロリアスの武装を吹き飛ばす。

 

 腕やメインカメラを吹き飛ばされ、戦闘不能に陥るグロリアス。

 

 更にキラは、シュベルトゲベール対艦刀を背中から引き抜いてデスティニーの両手で持つと、紅翼を羽ばたかせて斬り込んで行く。

 

 地球軍もまた、デスティニーの接近を阻もうと、対空砲火を振り上げて応戦してくるが、キラはそれらの火線を全て見極めてデスティニーを操ると、懐に入ると同時にシュベルトゲベールを振るい、片っ端からグロリアスを斬り飛ばしていく。

 

 3年前に造られた旧式の機体とは言え、デスティニーは当時ザフト軍内で最強を誇った機体である。その戦闘力は現時点でも世界最強クラスと言って間違いなかった。

 

 だが、地球軍も必死だ。自分達が危機的状況にある事が分かっているだけに、デスティニーの進行を、どうにか食い止めようと必死に防戦を続けている。中には、腕や頭を吹き飛ばされながらも、残った腕にライフルを持ちかえて反撃してくる者までいる。

 

 その様子を見て、キラは短く舌打ちする。

 

 奇襲をかけたとは言え、こちらは少数だ。戦闘が長引けば巻き返される可能性があるし、何よりも敵の主力が引き返してくる可能性がある。

 

「一気に、突破するしかないか」

 

 決意を固めたキラはそう呟きながら、デスティニーのシュベルトゲベールを抜いて構える。

 

 その時だった。

 

《何をしている、キラ・ヒビキ!!》

 

 通信機から聞こえてきた声に、機体を振り返らせると、12枚の蒼翼を広げたライトニングフリーダムが、デスティニーを追う形で背後から追いかけてくるのが見える。

 

 フリーダムはデスティニーと並ぶようにして滞空すると、カメラアイをこちらへ向けて話しかけてきた。

 

《こういう事は、俺の役割だ。任せろ!!》

 

 クライアスが言い放つと同時に、フリーダムは12枚のフィフスドラグーンを射出、更にビームライフル、連装レールガン、カリドゥスを構え、フルバーストモードに移行する。

 

 一斉発射される67門の砲撃。

 

 文字通り、全てを粉砕する意思を込めたようなフルバースト射撃は、僅かに残っていた地球連合軍の反撃を、根こそぎにしていく。

 

 閃光は縦横に入り乱れ、爆発は視界全てを炎の中に沈めていく。

 

 フリーダムのフルバーストは基地施設にも被害を出し、そこかしこで大爆発が発生する。生き残っていた地球軍の機体も、今の攻撃で殆どが全滅した事は間違いない。

 

 その様子を、キラは無言のまま見つめている。

 

 気分が良い光景、とは正直なところ言い難い。敵とは言え圧倒的な力で蹂躙するのは、キラとしては本意ではないのだ。

 

 とは言え、綺麗言を言うつもりも無い。自分ができるだけ不殺に心がけているからと言って、それを他人に強要する事はできないし、そもそもキラ自身からして、これまで完璧な不殺ができてきた訳ではない。やむを得ず奪ってしまった命は数知れない。他人の事はとやかく言えなかった。

 

《キラ、今の内に行け!!》

 

 デスティニーのすぐ横に並んだ機体から通信が入る。オレンジ色のゲルググはハイネの機体である。

 

 今回、ビリーブが出航するに当たり、ハイネは自分の直属部隊を率いて同行してきたのである。

 

 ハイネのゲルググに続いて、彼の部下が操縦する機体も、基地施設に取り付いて攻撃を開始しているのが見える。

 

 彼等は的確に陣形を展開すると、それぞれの目標に向けて攻撃を開始する。

 

 今、ハイネが率いている部隊の者達は皆、ユニウス戦役後に軍士官学校を出た者達ばかりである。彼等は、その優秀な成績と、実戦力の高さ、何より人格の高さから軍内外で高い評価を受けている。

 

 一般に「グラディス教室の生徒達(グラディス・チルドレン)」と呼称される彼等は、現在ではザフト軍士官学校で主任教官を務めている、ハイネのかつての上官、タリア・グラディスが手塩に掛けて育てた、将来のプラントを担う新星達である。

 

 勿論、彼等を率いるハイネもまた、負けてはいない。

 

 ハイネ機は、手にしたガトリングビームライフルで、向かってくるグロリアスをハチの巣にしながら、キラに向かって叫ぶ。

 

《敵機は俺達が抑える。キラ、エスト、お前達は、その間に格納庫を叩け!!》

「判った、エスト!!」

 

 キラは傍らに滞空するエストのグロリアスに通信を入れ、デスティニーを飛翔させる。

 

 確かに、感慨にふけっている暇は無い。今は敵の増援部隊を叩く事を考えなければ、ここまで来た意味が無かった。

 

 ハイネのゲルググは、ライフルをしまうと、ビームランサーを構えて斬り込んで行く。

 

 圧倒的な戦闘力を示すハイネのゲルググは、瞬く間に3機のグロリアスを斬り捨てる。

 

 洗練された戦闘力の冴えを見せ付けるハイネ。

 

「舐めるなよ、グフとは違うのだよ、グフとは」

 

 唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを見せる。

 

 そこへ、砲撃が集中され、とっさに回避行動を取る。

 

「て、カッコつけてる場合じゃねえな!!」

 

 慌てたように言いながら、それでも尚、正確無比な射撃によってグロリアスを次々と討ち抜いていく。

 

 ハイネの実力と、新型機ゲルググの圧倒的な戦闘力。

 

 この2つが合わせれば、いかに地球軍の新型であっても、敵し得るものではなかった。

 

 ハイネの奮戦に後押しされたように、次々と攻撃を行い、地球軍機を撃破していくザフト軍部隊。

 

 その光景を背に見ながら、デスティニーと、それに追随する形でエストのノワールグロリアスが、基地の更に奥を目指して飛翔していった。

 

 

 

 

 

PHASE-17「殴り込み作戦」      終わり

 




今回で月の戦いは終わらせるつもりだったのですが、予想外に長くなり過ぎたので、一旦ここで切ります。
全部で2万文字とか、あり得ん(汗 校閲作業だけで3時間はかかりそうだ
因みに、これでも1万文字

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