機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE―16「月面動乱」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車から降りると、すぐに補佐官が駆け寄って来た。

 

 挨拶もそこそこに交わし足早に会議室へと向かうラクスの傍らには、エストの小柄な影が付き従っている。

 

 急な仕事の関係で、議事堂に来なくてはならなくなったラクスだったが、エストの今の精神状態では家で1人残すのは心配だったため、一緒に連れて来たのだ。

 

 どの道、今回の件はエストにとっても無関係では無い。連れてくるのは間違いではなかった。

 

「先方に連絡入れましたか?」

「はい。既に会議室の方でお待ちです」

 

 補佐官の言葉を聞きながら、ラクスは歩く足を速める。

 

 事態は一刻を争う。手遅れになる前に、行動を起こす必要があった。

 

 会議室に入ると、ザフト軍総隊長のバルトフェルドの他に、ユーリア、キラ、クライアスと言ったスカンジナビア組の姿がある。

 

 更にもう1人、短く切りそろえた銀髪を持つ、鋭い眼光の青年もいる。

 

 イザーク・ジュールだ。

 

 先のユニウス戦役ではジュール隊を率いて前線を戦い抜いた歴戦の将であり、戦後は政界に転じ、国防委員会役員を務めている。

 

 元々、誠実で正義感が強く、自分にも他人にも厳しい半面、周囲の人間に対する思いやりも忘れないイザークである。軍人から政治家になった後も、その一本気な性格をいかんなく発揮して、不正や怠慢を許さない政治家を目指して活躍している。

 

「お待ちしていました、議長」

 

 ラクスの入室を確認すると、イザークが素早く駆け寄って来る。

 

 そちらを向き直ると、ラクスは前置きをする時間も惜しいとばかりに話を切り出す。

 

「現状の説明をお願いします」

 

 言いながら、チラッと視線を向けると、エストがキラの傍らに立つのが見えた。

 

 とりあえず見た限り、先ほどまでのような精神的な不安定さは見られないようなので一安心である。勿論、油断は禁物だが。

 

「月艦隊が放った偵察機からの報告です」

 

 説明を始めるイザークの声に、ラクスの意識は再び引き戻された。

 

 エストの事は心配だが、今は仕事の方を優先しなくてはならない。

 

「月面、アシュブルック基地の周辺に、地球連合軍の宇宙艦隊が集結を始めています。数は既に3個艦隊以上。恐らく、新たなる攻勢の前触れであると思われます」

 

 地球連合宇宙軍は、ユニウス戦役時に一度、壊滅の憂き目に遭っている。

 

 しかし、大西洋連邦は豊富な資源と資金を投入する事で、宇宙艦隊をわずか1年弱で再建し、さらに翌年には壊滅していたアルザッヘル、プトレマイオスの両基地を再建し、再び月周辺の制宙権を回復するに至っている。

 

 それに対し共和連合軍は、オーブ所有の宇宙ステーション、アシハラや、ザフト軍がユニウス戦役後に建設した軍事ステーション「キャメロット」に艦隊を集結させて、月の地球連合軍と対峙していた。

 

「目的は、欧州への派兵、ですか?」

「恐らくな」

 

 ラクスの言葉を受け継ぐようにして肯くバルトフェルドの顔も、険しい色を湛えている。

 

 月は地球連合軍にとって、軍事拠点であると同時に巨大な生産工場でもある。地球軍は月を基点にして共和連合の宇宙における攻勢を支えつつ、その地下では続々と新戦力の投入を行えるのだ。

 

 まさに、豊富な物量を誇る地球軍だからこそできる芸当だった。

 

「予想される投入戦力は3個軍団以上。それらが欧州の戦線に登場すれば、パワーバランスは一気に崩れる事になる」

 

 報告するイザークの声も苦りきった調子である。

 

 共和連合との戦いで消耗が激しい地球連合軍が、まだこれだけの増援勢力を用意できたと言う事実が信じられない様子だった。改めて地球連合軍の底の深さを思い知らされた感がある。

 

「何とかして、この戦力が欧州に着くのを阻止したいのですが・・・・・・」

 

 現在、欧州の戦況は共和連合と地球連合は、一進一退の戦況を齎している。しかしもし、月基地に集結した地球軍が欧州戦線に投入されたら、パワーバランスは一気に傾く事になる。

 

 増援阻止の失敗は、そのまま西ユーラシアの失陥につながる。そして西ユーラシアの失陥は共和連合の敗北に直結する。

 

 だからこそ、何としても月基地に集結した地球軍を叩かねばならなかった。

 

 ラクスはチラリと、ユーリアの方を見る。

 

「申し訳ありません、ユーリア王女。このままでは、御国の方にもご迷惑が掛かる事になってしまいます」

「クライン議長・・・・・・」

 

 頭を下げるラクスに対して、ユーリアは恐縮したように首を振る。

 

 欧州の共和連合軍は、事実上スカンジナビアによって支えられていると言っても良い。他にも大きな拠点としては、ザフト軍のジブラルタル基地が存在してはいるが、ジブラルタルとて、後方の補給基地が無ければ立ち枯れになるのは目に見えている。

 

 言ってしまえば、スカンジナビアは共和連合の欧州方面軍にとって、巨大な水源に等しいのだ。

 

 しかしもし、西ユーラシアが失陥するような事になれば、海峡を隔てただけで領土が隣接しているスカンジナビアが連鎖的に失陥する事が考えられる。

 

「諦めずに、何か手を捜しましょう」

 

 そんなラクスに対して、ユーリアは強い光の籠った瞳で言った。

 

「諦めるにはまだ早いです。敵はまだ月に集まっている最中であるなら、どうにかして、これを阻止する事は充分に可能なはずです」

「ユーリア王女・・・・・・」

 

 確かに、ユーリアの言うとおりだった。

 

 敵は確かに強大だが、まだ宇宙空間にいるうちは、充分に捕捉は可能なはずだった。

 

「既に、アシハラのオーブ軍からも、月基地攻撃に向けた作戦参加部隊の選出を始める旨が届いている。彼等と力を合わせれば、地球軍に対抗する事は充分に可能だろう」

 

 バルトフェルドは、そう言うと、一同に説明を始める。

 

 地球軍が部隊を展開しているのは、アルザッヘル、プトレマイオスと言った主要基地ではなく、アシュブルックと呼ばれるそれまではあまり戦力上重要視されなかった基地である。

 

 CE77現在、コペルニクスなど一部の中立都市を除き、月はほぼ全面が地球連合軍の支配下に置かれている。そこには大小いくつかの基地が点在しているが、アシュブルック基地は他の拠点と比べると小規模であった為に、今までザフト軍の戦略から見逃されていた拠点である。

 

 だからこそ、共和連合軍の裏をかけたと言えよう。事実、共和連合はアッシュブルック基地に地球軍が大軍を終結させていると言う事に、直前になるまで気付かなかったのだから。

 

「ようは、こいつを叩けばいい訳だ」

「だが、戦力的にはこっちが不利だ。まともなぶつかり合いでは消耗戦になるぞ」

 

 イザークの言葉を聞いて、バルトフェルドは即座に否定の言葉を投げる。

 

 アシュブルック基地に集結している地球連合軍だけなら、ザフトとオーブ、両軍の戦力を叩き付ければ勝てない事は無い。だが、それによって多くの戦力を消耗してしまったら、以後の宇宙戦線維持にも支障が出る事になる。

 

 宇宙にいる地球連合軍の戦力は、アッシュブルック基地に集結している分だけではないのだ。ここでザフト軍とオーブ軍が消耗すれば、結果的に増援部隊を叩けたとしても、以後は宇宙での戦いは守勢に回らざるを得なくなるだろう。

 

「大軍で敵の目を引き付けておいて、高速部隊で敵の中枢を叩くってのは、どうかな?」

 

 それまで黙って聞いていたキラが、一同を見渡して発言した。

 

 キラが提示した作戦は、いたってシンプルであるが、同時に効果的でもある。

 

 大軍を擁する本隊が派手に攻勢を掛けて敵の目と戦力を引き付ける一方、少数精鋭の高速部隊が間隙を突いて突入し、敵の中枢を叩くのだ。

 

 戦術的には、そう珍しい物ではない。ユニウス戦役時にはミネルバ隊がその手を使ってダイダロス基地と大量破壊兵器レクイエムを陥落させている。キラが言った作戦は、言わばその焼き回し版である。

 

「それがベストだろうな。あとは、投入する戦力だが・・・・・・」

 

 イザークが言いかけた時だった。

 

「あの、クライン議長、宜しいでしょうか?」

 

 ユーリアは、遮るようにして口を開き、ラクスを見た。

 

「その作戦に、わたくし達も加えてはいただけないでしょうか?」

「姫様!!」

 

 驚いて声を上げたのはクライアスである。

 

 この作戦は、オーブ軍とザフト軍が手動で行われる事になる。そこに、スカンジナビア軍である自分達が介入するのはどうかと思われたのだが。

 

 だが、ユーリアは毅然とした調子でクライアスを見て言った。

 

「クライアス。今回の件。スカンジナビアも無関係ではありません。オーブ軍やザフト軍の方々を信用していない訳ではありませんが、もし彼等が何らかの形で失敗した場合、本国の方にも累が及ぶ事になります。それを阻止する為にも、わたくし達の方からも戦力を出すべきだと、わたくしは考えます」

「は・・・・・・・・・・・・」

 

 ユーリアの言葉に、クライアスは恭しく頭を下げて引き下がる。

 

 ユーリアがそこまで言うならば、騎士である自分はそれに従うまでだった。それに王女の言う事にも一理ある。今回の件はむしろスカンジナビアにこそ、直接的に関わりがある事である。ならば、自分達が無関心を決め込む事はできないだろう。

 

「キラ、エスト、あなた方も宜しいですか?」

「判りました」

「問題ありません」

 

 ユーリアの質問に対し2人も、即座に返事を返す。どのみち、自分達はスカンジナビアから雇われた護衛である。彼女が行くと言うのなら異存は無かった。

 

「ありがとうございます、ユーリア王女」

 

 そのやり取りを見ていたラクスが、深々と頭を下げる。

 

 実際の話、彼等の戦力が参加してくれるなら、ラクスとしてもありがたい話だった。

 

 しかし、

 

 ラクスはチラッと、視線をエストに向ける。

 

 唯一、懸念材料があるとすれば、エストの事だけだった。

 

 もし本当に、エストが妊娠しているのなら、出撃させるのはとても危険だった。万が一の事があったら、お腹の子供にも悪影響があるかもしれない。どうにかして、彼女だけでも出撃はやめさせたいところである。

 

 だが、エストは大人しそうに見えて、根はかなり強情な所がある。一度決めたら頑として意見は曲げず、ラクスはおろかキラの意見にすら耳を貸そうとはしない。

 

 果たして、彼女を説得できるかどうか、ラクスは頭を悩ませざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦信濃は、竣工以来数奇な運命を辿ってきた戦艦である。

 

 元々はオーブ連合首長国が国の威信を賭けて建造した大和型宇宙戦艦の3番艦であり、同クラスの中では特に、艦載機搭載量に重点が置かれた設計がされている。

 

 その艦載機搭載量は戦艦の枠を大きく外れ、半ば「戦艦空母」とカテゴリしても良い代物になっている。

 

 まさに、発達を続けるモビルスーツ技術に対応した、次世代型の戦艦であった。

 

 しかし、その運用は必ずしも、建造当初の目的にかなった物ではなかった。

 

 信濃は竣工直後に、オーブ内戦が勃発し、そのままオノゴロ島を実効支配したセイラン軍の指揮下に収められる事となった。そしてセイラン軍が地球連合軍の要請に従いスエズ派兵を行った際、派遣艦隊旗艦として従軍する事になったのである。

 

 しかし、クルーの技量未成であった信濃は、ろくな戦果も挙げる事ができず、損傷を負って帰国する事となった。

 

 その後、内戦は政府軍の勝利で幕を閉じ、信濃も政府軍の指揮下に収められ、以後の戦いで活躍する事になったのである。

 

 ユニウス戦役を戦い抜いた信濃は、その後も宇宙艦隊旗艦として活躍を続けていたが、その艦様は、竣工時に比べて大きく変化している。

 

 まず、3基あった巨大な主砲塔の内、第1砲塔が撤去されている。これに伴い、艦内の格納庫が大幅に拡張され、搭載機数も増大した。

 

 大和型戦艦の中でほぼ原形に近い形で現存しているのは1番艦の大和くらいの物だろう。2番艦の武蔵はメサイア攻防戦時の損傷が大きく、戦後になって除籍解体されている。また、戦前にオーブ軍が計画していた、大和型戦艦の後継となる大型戦艦の建造計画も全て見直され、艦隊戦力は中型の高速戦艦や艦載機の多い航空母艦、あるいは護衛用の小型艦艇を中心とした建造計画に切り替えられていた。

 

 時代は既に、巨大戦艦による艦隊戦よりも、モビルスーツを用いた高速機動戦術へと完全に移行している。また、モビルスーツの火力増大に伴い、戦艦の分厚い装甲も殆ど意味を成さなくなりつつある事も大きな理由だった。信濃の改装は、それらの情勢を見据えて行われた物である。

 

 しかし如何に旧式化が進もうと、信濃は尚もオーブ軍の象徴であり、そして宇宙艦隊の旗艦として君臨し続けている事実に変わりは無かった。

 

 その信濃の艦橋で、1人の男が、迫り来る衛星の白い大地を、真っ直ぐに見据えて立っている。

 

 豊かな金髪の下からは、猛禽を思わせる精悍な相貌を光らせ、その顔に奔った傷跡が、歴戦の戦士としての雰囲気を醸し出していた。

 

 男の名はムウ・ラ・フラガ中将。

 

 現在、オーブ宇宙軍司令官の職にある人物である。

 

「フラガ司令、全艦、攻撃配置につきました!!」

「ああ、ご苦労ッ」

 

 オペレーターの報告に対し、ムウから威勢の良い声が返された。

 

 かつてはアークエンジェルにおいてキラ達と共に戦い、一時期は戦死した物と思われていた男は、その後、奇跡の生還を遂げ、戦後はオーブ軍の中枢として戦い続けている。

 

 ナチュラルでありながらコーディネイターを遥かに上回る戦闘力と指揮能力を誇り、あらゆる不利な戦場においても常に逆転の一手を刻む事から「不可能を可能にする男」と言う異名で呼ばれているムウ。

 

 そのムウは今、月にある地球連合軍艦隊を攻撃すべく、指揮下の艦隊を率いて遠征してきていた。

 

 既にザフト軍からの情報により、地球連合軍が集結を始めていると言う情報は掴んでいる。その数はかなりの量にのぼり、連中が地球に降下する事を許せば、共和連合軍が決定的に不利になる事は間違いなかった。

 

 それ故に何としても宇宙にいるうちに大打撃を与え、地球降下を断念させる必要があった。

 

「よし、ここは任せるぞ。俺も前線に出る!!」

「ハッ!!」

 

 幕僚達の敬礼を背に受けてムウは踵を返すと、足早に格納庫へと向かう。

 

 数において劣っているオーブ軍だが、士気は決して低くない。それは、指揮官であるムウが、常に戦場では先頭に立って兵達を鼓舞しているからに他ならなかった。

 

 戦場における「指揮官先頭」は既に古い思想である。

 

 現代の戦場における常識では、指揮官は常に後方の安全な場所にあって、戦場を俯瞰的に見渡せる立ち位置にいるべきとある。これは、指揮官は直接的な戦闘よりも、全軍の指揮に専念するべきであると言う思想を徹底している事と、万が一敵の攻撃が指揮官を狙った場合の事も限られる。指揮官にもしもの事があったりしたら、それが原因で全軍崩壊につながる事も考えられるからだ。

 

 しかし、ムウが指揮するオーブ軍宇宙艦隊にあっては、その法則は当てはまらない。

 

 ムウは常に全軍の先頭に立って、自らも兵達と共に戦っている事をアピールし、持って士気高揚につなげているのだ。

 

 これは、元々彼自身がパイロット出身である事が大きな要因なのだが、それによってオーブ軍の戦闘力が充分に上がっている事を考えれば、あえて常識の枠に当てはめる必要性は無いように思えた。

 

 パイロットスーツに着替え格納庫に行くと、愛機のコックピットへと滑り込む。

 

 ふと、コンソールの脇に目をやると、ムウはフッと顔を綻ばせた。

 

 そこには1枚の写真が貼られており、赤ん坊を抱いた1人の女性が微笑みかけてきている。

 

 ムウの妻であるマリューと、長男のミシェルだ。2人とも、ムウにとっては宝石のように大切な存在である。

 

 そして、もう1人、

 

 今、マリューのお腹には、2人目の子供が宿っている。どうやら、今度は女の子らしい。その為にマリューは、一時的に予備役に編入して軍務から離れているのだ。

 

 本音を言えば今度の戦い、マリューにもついてきてほしかったとムウは思っている。彼女が後方で艦隊を指揮してくれれば、ムウは後顧の憂いなく、モビルスーツを駆って前線で戦う事ができたのだが。

 

 しかし今、マリューは子供を産むために頑張っている。

 

 ならば自分は、彼女達の未来を守る為に戦うのみだった。

 

 カタパルトに灯が入り、発進準備は整った。

 

「ムウ・ラ・フラガだ。アカツキ、出るぞ!!」

 

 コールと共に、機体が射出される。

 

 漆黒の宇宙空間に飛び立つ、黄金の機体。

 

 ORB-01「アカツキ」

 

 かつてはカガリ専用の機体として設計され、オーブ軍の旗機としての役割を担って建造された機体は、その後、ムウに託されて、今も戦い続けている。

 

 既にロールアウトから3年が経過した旧式機ではあるが、徹底的に改修され、3年前から比べると、見た目は同じだが、中身は完全に別物と言って良い機体になっている。

 

 ムウのアカツキは、速度を上げて全軍の先頭に立つ。

 

 その正面には白く輝く月と、それを背景に展開する地球軍の大部隊の姿があった。

 

 かなりの数である。視界の殆どが地球軍部隊によって遮られ、月のシルエットは見えなくなってしまっている。

 

 だが、恐れる必要はどこにもない。敵が強大であるならば、自分達は全力を持ってこれを打ち破るだけだった。

 

「全軍、続け!!」

 

 先頭切って飛び出すアカツキ。

 

 続く、オーブ軍部隊。

 

 ほぼ同時に、地球連合軍もオーブ軍を迎え撃つべく進撃を開始する。

 

 両軍は射程距離に入ると同時に、互いに砲火を閃かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツの発展は、いくつかの段階に分けられる。

 

 これを世代と表現すると、第1世代はザフトが最も初期に投入した、ジン、ディン、グーン、バクゥと言った機体がそれにあたる。

 

 その第1世代の機体に対抗すべく、地球連合軍が携行型ビーム兵器、PS装甲と言った新装備を投入して完成させた機体、所謂Xナンバーや、それの量産型に当たるダガーシリーズが第2世代に当たる。

 

 そして第3世代のなると、機体の性能は確信と言っても良いレベルで飛躍的に上昇する。その理由としては、Nジャマーキャンセラーの登場によって、核エンジンが解禁された事にある。つまり、フリーダム、ジャスティス、イリュージョン等の機体がこれに当たる。その性能の高さは、ユニウス戦役時にイリュージョンが見せ付けた圧倒的な戦闘力からも推察できるだろう。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役が終結し、世界は一時的に軍縮の時代を迎える中、各国はモビルスーツの性能向上を行う事で数の低下を補おうとした。この時各国で開発された機体は、地球軍のウィンダム、オーブ軍のムラサメ、ライキリ、ザフト軍のセカンドステージシリーズ、ニューミレニアムシリーズであるが、これらが第4世代の機体に相当する。

 

 やがてユニウス戦役が激化するにつれて、より高性能なワンオフ機が戦場で求められるようになる。そうして誕生したのが、フェイト、ストライクフリーダム、トゥルース、アカツキ、デスティニー、レジェンド、インフィニットジャスティス、ジャッジメント、レヴォリューションと言った特機の数々である。これらの機体が、言わば第5世代の機体に当たる。

 

 そして今、欧州戦役が激化するにつれ、各国は新型機の戦線投入を急ピッチで進めている。しかし今だ旧世代の機体が活躍している現状を鑑みると、第4から第6世代が混在している状態であると言えた。

 

 そしてそれは、この月の戦線においても同様である。

 

 一斉に吹き上げる砲火を、オーブ軍の機体は次々と翼を翻して突き進んでいく。

 

 圧倒的な密度を持って吹き抜けてくるビームの嵐。

 

 だが、オーブ軍の熟練パイロット達の能力も、彼等に比べて決して劣っていると言う訳ではない。

 

 次々と翼を翻して接近し、攻撃位置に着くと同時に一斉に反撃を開始する。

 

 ザフト軍、地球軍、オーブ軍。この3つが世界でもトップクラスのモビルスーツ開発技術を持つ、言わば「モビルスーツ・ブランド」とも言うべき存在である。しかし、面白い物で、3つのブランドは、それぞれが独自の特徴を持っているのが分かる。

 

 たとえばオーブ軍ならムラサメ以来、戦闘機形態への可変機構を持つ機体を重要視しているのに対し、ザフト軍と地球軍は、可変機に対してはあまり大きな関心を寄せていない。その代り、この両軍は背部のコネクタによって武装を変換できる機体を、多数世に送り出している。

 

 では、地球軍とザフト軍の機体の差は何かと言えば、最大の特徴はやはり、頭部だろう。地球軍はカメラアイを大きく取ったバイザータイプを好むのに対し、ザフト軍はモノアイヘッドの機体を開発している。

 

 これは機体性能と言うよりも、ナチュラルとコーディネイターの能力差であると考えられる。モビルスーツの頭部には、人体と同じで各種センサーや情報処理システムが集中している。バイザータイプのようにセンサーを大きくすれば、それだけ情報取得量が多くなるが、その分火器管制や処理速度に低下が生じる事になる。

 

 ナチュラルはコーディネイターに比べると、どうしても劣っている面が多い為、地球軍は大型のカメラアイを機体に装備する事で情報取得能力を強化しているのだ。対してコーディネイターならば、それほど情報取得面においての強化は必要なく、あえてセンサーを減らし、余剰のシステム面を他の火器管制等に回した方が有利であると考えているのだ。

 

 それが、地球軍とザフト軍で、機体の頭部形状が違う理由である。

 

 オーブ軍の機体は、大半がライキリやムラサメである。若干数、新型のシシオウの姿も見られるが、ようやく配備が始まったばかりの機体である為、未だに全軍に浸透しているとは言い難い。

 

 それに対して地球連合軍は、ほぼ全部隊が新型機であるグロリアスへの更新を終えている。機体の性能差と言う意味では、明らかに地球軍側が勝っている。加えて数も多い事から考えて、この戦い、オーブ軍の不利は否めなかった。

 

 たちまち、陣形を組んで飛翔していたムラサメ数機が直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 ライキリもどうにか斬り込もうと速度を上げて接近していくが、地球軍の正確な砲撃に押し返される形で、次々と討ち取られていく。

 

 ムラサメやライキリも、ロールアウト初期に比べれば幾度ものバージョンアップを重ね性能強化を図ってはいるが、グロリアスとの開発時期に3年もの時間があったのでは、流石に性能差を埋められる物ではない。

 

 たちまち前線では、撃墜、撃破される機体が続出する。

 

 一部、少数配備されているシシオウは善戦を示して味方を鼓舞するような光景が見られるが、それも焼け石に水に過ぎない。

 

 オーブ軍の隊列には次々と穴が開き、戦線も程なく崩壊するかと思われた。

 

 その時、

 

 戦場をあまねく照らし出す、黄金色の機体が最前線に降り立った。

 

「これ以上、やらせるかよォ!!」

 

 ムウは咆哮すると同時に、アカツキを全軍の正面へと向かわせる。

 

 当然、地球軍の攻撃は、アカツキへと集中される。最前面に立っている上に、金色の機体である。嫌でも目立ってしまう。

 

 一斉に吹き上げる砲撃は、真っ直ぐにアカツキを目指す。

 

 直撃。

 

 しかし次の瞬間、全ての閃光が鏡に当たったかのように弾き返された。

 

 たちまち地球軍の中に、自分の放った砲撃によって被撃墜する機体が続出する。

 

 その様子を見て、ムウはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

 ヤタノカガミ装甲。あらゆる光学エネルギー系の武装を反射する、アカツキ最大の防御兵装である。かつては戦艦の陽電子砲すら弾き返した事があり、その防御力は折り紙つきである。

 

 昨今のビーム兵器全盛の時代にあっては、むしろPS装甲よりも効率的な装備であり、まさに「守り」を主体とするオーブの理念を最大限に体現した装備である。

 

 あらゆる攻撃を弾く事に成功したムウは、すかさず反撃に転じる。

 

 背中に背負った装備から、7基のドラグーンを射出して攻撃に向かわせる。

 

 シラヌイパックと呼ばれるこの武装は、ユニウス戦役時からあるアカツキの専用装備である。7基のドラグーンを装備しているのが特徴であり、ムウの得意戦術であるオールレンジ攻撃が可能となっている。

 

 一斉に放たれるドラグーンの攻撃は、隊列を組んでいるグロリアスを次々と撃ち抜いていく。

 

 機体のレストアは完了しているアカツキだが、新型の装備に関しては、まだ完成に至っていない。しかし機体自体が別物と言って良いレベルまで強化されている為、装備の新旧に関しては何の問題も無かった。

 

 ドラグーンを用いたムウの猛攻を前に、それまで整然と隊列を組んでいた地球連合軍の一角が突き崩される。

 

 そこへ更に、オーブ軍のムラサメ隊が殺到、次々と砲火を煌めかせて孤立したグロリアスを討ち取っていく。

 

 更にムウは双刃型のビームサーベルを抜き放つと、7基のドラグーンを従える形で前へと出る。

 

「全軍続けッ 敵の防衛線を打ち破るぞ!!」

 

 士気は嫌が上でも高まる。

 

 オーブ軍は劣勢の状況にあるにもかかわらず、ムウ・ラ・フラガと言う稀代の名将を頂き、自分達よりも強大な敵へ果敢に挑みかかっていく。

 

 月の動乱は、両軍とも一進一退のまま、次の局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 オーブ軍が盛んに攻め立てるアッシュブルック基地の地下格納庫では、1機の機動兵器が目覚めの時を迎えようとしていた。

 

 ボディは、メンデル戦でデスティニーと交戦して大破したサイクロンの物である。

 

 しかし、その両肩には大ぶりな装甲が張り出し、その下部には2基の砲門が備えられている。

 

 その生まれ変わった機体の中で、レニ・ス・アクシアはゆっくりと目を開いた。

 

 視界が広がるにつれて、自分の感覚そのものが解放されるかのような錯覚を味わう。

 

 この感覚は今まで感じた事は無く、恍惚の快感とも言っても良い物だった。

 

《調子はどうかな、レニ?》

 

 スピーカーから聞こえてくるのは、敬愛するカーディナルの声である。

 

 メンデル戦でユーリア一行を取り逃がした後、カーディナルはレニと、彼女の愛機であるサイクロンを伴って、このアッシュブルック基地を訪れていた。

 

 目的はサイクロンの修理と改修を行うためである。

 

 そして今、新品同然、否、それ以上の代物に生まれ変わったサイクロンに、レニは乗っていた。

 

「問題ありません、マスター。全て良好です」

《頼もしい事だ。君の役目も間もなくやって来るだろう。それまで待機していたまえ》

 

 そう言うと、カーディナルからの通信が切れる。

 

 それを確認すると、レニはコックピットの操縦桿を愛おしげに撫でる。

 

 この機体。

 

 この機体があれば、あいつにだって勝てるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・鋼鉄の、死の天使」

 

 脳裏に浮かぶのは、メンデルでレニを退けたデスティニーの姿。

 

 かつて、レニに絶望を与えた者。

 

 だが、忘れるな。

 

 今度絶望を味わうのは、お前の方だ。

 

 暗いコックピットに座したまま、レニは心の中でひとり呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE―16「月面動乱」      終わり

 


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