機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-15「その鐘の音は祝福か、それとも」

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙に浮かぶ砂時計とも称される巨大な構造物。

 

 コズミック・イラ世界における人類の英知を結集したと言っても良い大型コロニーは、不安定なその外見とは裏腹に、内部における完璧で快適な居住性を実現していた。

 

 1基で大都市に匹敵する人口を収容可能な砂時計型コロニー。

 

 そして、そのコロニーの集合体とも言える国家「プラント」はまさに、コズミックイラと言う時代を象徴する建造物であると言っても過言ではない。

 

 まさに、人類が次代へ羽ばたく事を目指した、夢の結晶であるとさえ言えるプラント。

 

 にも拘らず、その歴史は真っ赤な血に浸かり切っていた。

 

 かつてプラントは、幾度となく戦火に巻き込まれ、その度に多くの罪の無い犠牲者を出してきた。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の発端となった、ユニウスセブンに対する核攻撃、所謂「血のバレンタイン事件」は今や歴史の教科書に載るほど有名な事件である。更に、ユニウス戦役中における地球軍の大量破壊兵器レクイエムの照射では6基のコロニーが一瞬で壊滅。こちらは血のバレンタインを上回る数の犠牲者を出している。

 

 人類の英知を謳いながらも、血腥い印象の拭えない場所。それがプラントであると言える。

 

 ならば、そのプラントを滑る彼女はさしずめ、伏魔殿の主とでも言うべきだろうか?

 

「などと言う事は、おっしゃらないでくださいね」

 

 そう言うと、居並ぶ一同を前に、ピンク色の髪をした女性は、柔らかく微笑んでみせる。

 

 かつては天使とも称される容姿と美声を誇っていた少女は、年月を経るにつれて、落ち着いた女性としての魅力を備え始めていた。「花も恥じらう美しさ」とは、正に彼女の為にあるような言葉である。

 

 彼女の名は、現プラント最高評議会議長ラクス・クライン。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役時にはL4同盟軍を率いて戦争終結に奔走、ユニウス戦役時にもオーブ軍の象徴的な立場として、常に最前線で戦い続けた女性である。

 

 思想的な旗頭としての立場もさる事ながら、自身もモビルスーツパイロットとして超一級とも言える腕前を持ち、その戦闘力においてはキラ、アスラン、シンと言ったスーパーエース級と比べても同格とさえ言われている。

 

 そのラクスの前にキラ、ユーリア、クライアスは座っていた。

 

 メンデルでの戦いを終えたキラ達は、戦闘の結果辛うじて地球軍を退ける事には成功したもの、蒙った損害もまた大きかった。

 

 何より痛かったのは、母艦であるフューチャー号の損傷だった。地球軍のモビルスーツの攻撃や、艦砲による攻撃を喰らったフューチャー号は、エンジンやシステムが破壊され、ほぼ航行不能に近い状態に陥っていたのだ。

 

 その為、キラ達は自分達の身分を明かし、掩護に入ったザフト軍に救助を求めたのだ。

 

 部隊を指揮していたハイネは仰天した。まさか、調査に赴いた先の戦場でスカンジナビアの姫君がいるとは露とも思っていなかったのだから当然である。

 

 しかし、何はともあれ、相手はプラントの同盟国であるスカンジナビア王国の王女である。丁重の上にも丁重に扱う必要があるし、何より、敵味方を問わず漂流者を助けるのは、宇宙に生きる者の義務である。

 

 ハイネは母艦でフューチャー号を曳航するように指示すると、彼等をプラントへ導いたのだった。

 

 一応、デスティニーやグロリアス等の、曰く有りなモビルスーツの入手経緯について、何らかの尋問を受ける事を覚悟していたキラ達だが、ユーリアの立場故か、特にそのような事も無く、丁重な扱いを受けてプラントに辿りついたのだ。

 

 そして今、最高評議会の議事堂へと通され、ラクスと対面する運びとなっていた。

 

 プラント側からはラクスの他に、ザフト軍司令の地位にあるアンドリュー・バルトフェルド。そしてメンデルで共闘したハイネの姿もあった。

 

 ラクスもさることながら、キラにとってはバルトフェルドとも久方ぶりの再会となる。

 

「キラ、お前さん、相変わらず突拍子の無い登場の仕方をするな。今度はスカンジナビアのお姫様と一緒にご登場とは。ずいぶんと度肝を抜かれたぞ」

「ええ、まあ」

 

 隻眼の顔に冷やかし混じりの笑顔を浮かべるバルトフェルドに対し、キラも苦笑でもって応じる。

 

 バルトフェルドとのこれまでの奇縁を考えれば、確かに「突拍子の無い」と称されるべきなのかもしれないが。

 

 今でこそザフト軍司令の要職にあるバルトフェルドだが、かつてはラクス同様にキラ達と共闘する間柄だった。だが、さらに遡れば、ザフト軍の隊長としてキラと死闘を繰り広げた経歴を持つ。

 

 「砂漠の虎」と言う物騒な異名で呼ばれるバルトフェルドだが、何かと面倒見の良い性格である為、キラにとっては「親父」のような印象がある。勿論、本人にそんな事を言ったら「俺はまだ若い」と怒られそうだが。

 

 キラはバルトフェルドから視線を外すと、今度は心配そうな眼差しでラクスに向き直った。

 

「ラクス、エストの容体はどう?」

「もう、だいぶ良いみたいです。今朝頃から、起きて食事も普通にしていますよ」

 

 微笑みながら答えるラクスの返事に、キラは少しだけ気分が軽くなったような気がして息をついた。

 

 エストは今、ラクスの家で療養している。

 

 メンデルでの戦闘を終えた後、エストは緊張の糸が切れたように倒れ、そのまま意識を失ってしまったのだ。幸い、数時間眠った後で意識は回復したのだが、その後も倦怠感が続き、プラントまでの移動中は、殆どベッドから起き上がる事も出来なかった。

 

 しかし、久しぶりにラクスに会えるのが嬉しかったのだろう。プラントに到着する頃には体調も回復し、自分で歩ける程度にはなっていた為、ラクスが便宜を図り、自分の家で預かったのだ。

 

 エストの他に、負傷したバルクも病院に収容され集中治療室に入っていた。こちらの方はエスト以上に重傷である。そもそも86歳と言う高齢であり、体力的にも若いエストに比べると衰えが目立っている。その為、治療後も意識は回復しないままだった。

 

 メンデル戦の後、敵が追撃してくる気配を感じる事は無かった。地球連合軍も流石に、鉄壁の防衛ラインを誇るプラント首都に強襲を掛ける事はできないらしい。ひとまずは、安心と言ったところである。

 

 そして、スカンジナビア出発以来、常に緊張の日々を強いられて来たユーリア達にとっては、ようやく人心地付けた感じである。

 

「それにしても、『デュランダルの遺産』か。まさか、本当に存在したとはね・・・・・・」

 

 話を聞き終えたハイネが、皮肉げな苦笑を浮かべて呟いた。

 

 この中で亡きデュランダル議長と、最も縁が深かったのはハイネである。それだけに遺産の存在について思うところもあるのだろう。

 

「だが、本当にそれが遺産その物であると言う確証もあるまい」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 バルトフェルドの冷静な指摘に対し、ユーリアは言葉を詰まらせたようにして、視線を俯かせる。

 

 確かに、実際の「遺産」がどのような物であるのか、その正体を知っている人間はいない。それは即ち、ユーリアが手に入れた遺産が本物であると言う証明もまた、誰にもできないと言う事を意味していた。

 

「しかし」

 

 そんなユーリアに助け舟を出すように、クライアスは口を開いた。

 

「このデータを狙って地球軍が何度も攻撃を仕掛けてきたのは事実です。その事を考えれば、姫様の持っているデータが本物であると言う信憑性は高いと考えます」

 

 ここに至るまでに払った犠牲は、決して小さなものではない。その上、目指す遺産が偽物であったなどとは、思いたくは無かった。

 

 逆を考えれば、地球軍、ひいてはカーディナルがあれほどまでに執拗に手に入れようとした物である。仮に遺産でなかったとしても、それ相応の価値がある物である事は、充分に考えられた。

 

 つまり確証こそ無い物の、「遺産」としての状況証拠は充分に揃っているわけである。

 

 クライアスの言葉に頷きを返すと、ラクスはユーリアに向き直った。

 

「それで、ユーリア姫。そのデータが如何なる物であるか、判りましたか?」

「いえ、それが・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスの言葉に対し、ユーリアは言葉を濁らせる。

 

 実のところ、メンデルに行ってデータを入手して見たものの、その中身が何であるかはいまだに判っていなかった。

 

 プラントに到着するまでにまで幾度か中身のデータに目を通してはみたが、基本的な知識に欠けているユーリアには、何について書いているのかさっぱり判らなかった。これについてはキラ達も同様で、何度も目を通しては頭をひねらせたが、結局、内容の1割も読み解く事ができなかった。

 

「それで、クライン議長、その事についてお願いがあります」

 

 ユーリアは、ラクスを真っ直ぐに見つめると、手に持ったデータチップを差し出しながら言った。

 

「このデータについて、プラントで解析をお願いしたいのです」

「姫様、それは・・・・・・」

 

 驚いて声を上げたのは、ユーリアの傍らで控えていたクライアスである。

 

 あれだけの犠牲を払い、苦労して手に入れた「遺産」を、他国の者の手に委ねてしまう事が、彼には理解できなかったのだ。

 

 それについてはラクスも同感であるらしく、スッと目を細めてユーリアを見つめ返した。

 

「宜しいのですか? そのような事をしては・・・・・・」

 

 先にクライアスが上げた物と、似たような質問をラクスは発しようとする。それだけ、今、ユーリアが手に持っている物の重要性は計り知れないのだ。あるいはこのデータこそが、今の世界全てに影響を及ぼす事ができる、ジョーカーとでも呼ぶべき存在なのかもしれない。

 

 だがユーリアは、それら全てを承知した上で頷いた。

 

「良いのです。どのみち、持ち帰ってもスカンジナビアにある施設では、中身の解析はできない可能性が高いです。それなら、プラントの方でお願いした方が良いでしょう」

 

 確かに、世界最高の技術と英知を誇るプラントの科学力なら、「遺産」の中身を解析できるかもしれない。逆を言えば、万が一プラントでも解析ができなかったら、今現在、どの国家の研究機関に持って言っても、「遺産」のデータの解析は不可能であるかもしれない。

 

「それに、私が持っていたりしたら、またあの、カーディナルに狙われる可能性があります。それならば、プラントの方で厳重に守ってもらいたいのです」

 

 カーディナルの執拗さを、ユーリアは嫌と言う程に思い知っている。もしまた狙われたりしたら、今度こそ「遺産」は彼等の手に渡る事にもなりかねない。

 

 それならば、プラントで預かってもらった方が得策である。プラントならば、スカンジナビアとは比べ物にならないくらいセキュリティが頑丈であるし、その軍事規模を考えれば、カーディナルと言えども無暗と手出しはできないだろう。

 

「・・・・・・判りました」

 

 ユーリアの固い決意を知り、叛意させるのは難しいと考えたラクスは、差し出されたデータチップを慎重な手つきで受け取る。

 

 掌に載せると、殆ど重さを感じさせないような、小さなチップ。

 

 しかし今、この中には、あのデュランダル前議長が、その生涯を掛けて生み出そうとした「遺産」が隠されている。

 

 それを託されたラクスの責任は、重大であると言えた。

 

「約束します。必ずや、このデータを解析し、プラントやスカンジナビア、そして多くの人達の役に立つようにいたします」

「よろしくお願いいたします」

 

 ラクスに対して、そう言ってユーリアは頭を下げる。

 

 その表情は、どこか晴れがましく、一つの役割を終えて、肩の荷を下ろした者の達成感が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクス達との会談を終え、評議会議事堂のホールに出たキラは、ある物を見付けて足を止めた。

 

 それはホール正面に巨大な石版として飾られている、何らかの生物の骨格。鳥のような、クジラのような、少なくとも人類がこれまで遭遇した如何なる生物とも、特徴的には一致しない未知の生き物の化石。

 

 通称は「クジラ石」、あるいは「羽クジラ」とも呼ばれている、未知の生物の化石。

 

 正式な呼称は「エヴィデンス01」。

 

 かつて、ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが、木星探査から帰った際に持ち帰った化石で、これ自体が地球外生命体の存在を示す証拠に他ならない。

 

 故に証拠(エヴィデンス)と言う訳だ。

 

「・・・・・・思っていたよりも、ずっと大きいな」

 

 石版を見上げながら、キラは感慨深く呟いた。

 

 実物を見るのは初めての事である。

 

 クジラ石と言う呼称があるくらいだから、かなり大きい事は予想していたのだが、想像していたよりも大きい物である事が分かる。ずっと見上げていると首が痛くなってくる程だ。

 

 このエヴィデンス01を取りに行く直前。ジョージ・グレンは自らの出自を明かし、そして「コーディネイター」と言う言葉が生み出された。そしてそこから生じた、ナチュラル、コーディネイターと言う格差が、のちに大きな社会問題になり、大規模な紛争に発展していく事になる。

 

 それを考えると、このクジラ石こそが、長きに渡る戦乱の元凶であるとも言える。

 

 しかしそれでも尚、この石が人類の更なる躍進を目指す道標であると言う認識は、キラの中でも同意見だった。

 

 暫くそのまま見詰めていると、背後から近付いて来る足音が聞こえてきた。

 

「よう、ここにいたのか」

 

 振り返ると、先程の会談で同席していたバルトフェルドとハイネが、並んで歩いてくるところだった。

 

 バルトフェルドとハイネは、年齢的にも一回り違い、外見にも共通する部分は全くないのだが、まとったオーラが似ている、とでも言うべきか、こうして並んで歩いているのを見ると、どこか似たような雰囲気を醸し出しているような気がした。

 

 バルトフェルドとは昔から親しい間柄にあるキラだが、ハイネともメンデルからプラントまで共に来る間に何度か顔を合わせる機会があり、ハイネ自身の気さくさもあって、今ではすっかり打ち解けた雰囲気になっている。

 

 2人はキラの横に並んで立つと、揃ってクジラ石を見上げる。

 

「そう言えばお前さん。ここに来るのは初めてだったな」

「ええ」

 

 バルトフェルドの言葉に、キラは頷きを返す。

 

 今までラクスやバルトフェルドを尋ねてプラントに来た事は何度もあったが、この議事堂に入ったのは今回が初めてである。それだけに、クジラ石だけでなく、周囲の雰囲気その物が珍しい物ばかりである。

 

 と、

 

「なあ、やっぱりこれ、クジラには見えないよな?」

 

 バルトフェルドが隻眼でクジラ石を見上げながら、そう尋ねてくる。

 

 そう言えばかつて、初めて会った時も、バルトフェルドは同じような質問をキラにぶつけてきたのを思い出した。

 

 曰く「クジラの背中に翼は無い」との事だが。

 

「ま~た言ってんのかよ」

 

 ハイネは呆れ気味に言うと、やれやれとばかりに肩を竦める。

 

「どう見ても、これはクジラだろ。全体的に見れば一番近いんだから」

「いや、しかしだな。どうにも俺には、あの羽が気になるんだよ」

 

 尚も納得のいかないバルトフェルドが、首をかしげながら抗弁している。

 

 どうやら「クジラ肯定派」のハイネと、「クジラ否定派」のバルトフェルドとで意見が分かれているらしい。

 

 何に対しても興味を持って深く追求したがる性格のバルトフェルドである。恐らく、今までもこうして、2人で何度も同じような話を繰り返したのではないだろうか。

 

 そんな2人の様子を、キラは苦笑しながら眺めている。

 

 その議論、どう考えても答えが出るとは思えなかった。そもそもからして、この生物が何なのか証明する手段は、今の人類には無いのだ。そこに来て正体が何であるか議論するのは時間の無駄でしかない。

 

 しかし、その無意味な事について熱く議論している当の2人の様子は、実に楽しそうである。どうやらこれも、彼等にとっては「遊び」の一環であるらしい。

 

 と、

 

「なあ、キラ。お前さんはどう思う?」

 

 1人、蚊帳の外にいる風だったキラに、バルトフェルドが不意に振り返って話しかけてきた。

 

 それに便乗するように、ハイネも振り返ってキラを見る。

 

「そうだな。ここは白黒はっきりさせるためにも、誰かにジャッジしてもらった方が良いな」

 

 おいおい、

 

 キラは心の中で突っ込みを入れる。自分達の議論を、こっちに飛び火させないでくれ、と言いたいところである。

 

 しかし、迫ってくる2人の表情は鬼気迫るものがあり、韜晦やその場凌ぎを許してくれそうになかった。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 視線を泳がせるキラ。

 

 何でこんなことになったのだろう、と自問してみても答えは出そうにない。そもそもからして、この2人の議論に道理を求めるのは、犬に向かって「ニャー」と鳴け、と言うくらいの無茶振りであるように思えた。

 

 暫くして、キラは答えた。

 

「・・・・・・どっちでも無い、未知の生物、て言うのはどうでしょう?」

 

 我ながら、的を射た意見だ、とキラは心の中でガッツポーズを作る。

 

 そもそも、正体が分からないのだから、人類が想像すらしていなかった生物である可能性もまたある。一概に、既知の生物の括りに入れてしまう必要も無いように思えたのだ。

 

 これで、無意味な議論も終止符を打てるのではないか、と期待する。

 

 そんなキラの回答に対して、

 

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 ハイネは何やら、意味深且つ不敵な笑顔を浮かべてキラを見詰めてくる。

 

「それは俺達に対する挑戦と受け取って良いな?」

「確かに。キラ、お前もなかなか、事態を面白くする方法を心得て来たじゃないか」

「ええ!?」

 

 なんでそうなるッ 

 

 再び突っ込みを入れるキラ。どうやらキラは、2人にとっての共通の「敵」と認識されてしまったようだ。半ば勝手に。

 

 そんなキラの反応にひとしきり笑った後、

 

「なあ、そう言えば聞いた話なんだが・・・・・・」

 

 ハイネが改まった口調で、キラに話しかけてきた。

 

「何ですか?」

「お前、前の戦いの時はフリーダム級に乗っていたらしいな」

 

 確かに、キラはユニウス戦役時、エストと共にストライクフリーダムを駆って戦い、その圧倒的な戦闘力によって、オーブ軍の勝利に大きく貢献した物である。

 

 そのストライクフリーダムも、今はもう無い。戦後になって、専属パイロットとオペレーターだったキラとエストが除隊し、更に損傷も激しかったので、修理、維持を行うメリットは少ないと判断され解体されたのだ。

 

 ハイネは更に続けた。

 

「オレンジ色のデスティニー級に、覚えはあるか?」

「・・・・・・ええ、それが?」

 

 ハイネの質問に対し、キラは首をかしげながら頷きを返す。

 

 確かに、ハイネの言うオレンジ色のデスティニーには覚えがある。メサイア攻防戦の最終局面において、キラ達が対峙した相手だ。

 

 戦闘終盤で対峙した相手だったが、戦端を開いた時点で、キラもエストもかなり消耗を重ねた状態だった為、かなり苦戦を強いられたのを覚えている。互いに身を削り合うような死闘の末に辛うじてキラ達が勝利したのだ。

 

 しかし、続いてハイネが言った言葉に、キラは思わず絶句した。

 

「アレのパイロットは、俺だよ」

「なッ!?」

 

 かつて、互いに命を懸けて激突した者同士が、時と場所を変えて再び対峙した事になる。

 

 あの時の戦いでは、キラが勝利した。辛うじてだったが、コックピットを潰す事無く勝利できたことも覚えている。だが、助かったとはいえ、その相手が自分を恨んでいないはずはないと考えていた。

 

 その懸念が、今まさに、目の前で現実になろうとしていた。

 

「あの時の借り、今この場で返してもらおうか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 スッと目を細め、睨み据えてくるハイネに対し、身を固めるキラ。

 

 自分がした事が間違っていたとは思っていないが、それでもその行為に対して恨みを持つ者が現れるのは不思議な事ではない。

 

 ここは、一発ぐらい殴られるのは覚悟しなくてはならないだろう。

 

 そう思った瞬間、

 

「いい加減にしとけ」

 

 やれやれとばかりに、バルトフェルドはため息交じりに言うと、ハイネの頭を軽く叩いた。

 

「イテッ 何だよ、もうちょっと楽しませろよな」

 

 叩かれた頭を押さえながら、ハイネは抗議の声を上げる。

 

 最前までハイネから発散されていた、さっきにも似た空気は完全に雲散霧消し、代わって、元通りの気さくな空気が醸し出されていた。

 

 そんな2人のやり取りを、キラはポカンとして見つめている。今の今まで張りつめていた緊張感はどこへやら。ハイネはまるで何事も無かったかのように笑顔をキラに向けていた。

 

「冗談だよ冗談。本気にすんなって」

 

 呆気に取られるキラを見て、バルトフェルドも苦笑を浮かべる。

 

「すまんな。こういう奴なんだよ。悪い奴じゃないんだから、お前も気楽につきあってやってくれ」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も釈然としない様子のキラの肩を、ハイネがポンとたたく。

 

「そう言う事。あれはもう過ぎた事だろ。それに俺もお前も自分達の信じる物の為に戦ったんだ。だからお互い、胸を張ろうぜ」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 ハイネの力強い言葉に、キラもようやく笑顔を浮かべて応じる。

 

 戦争は、確かに悲劇の連鎖である。多くの命を奪い、それに数倍する悲劇が産まれ落ちる事になる。

 

 だからこそ、生き残った者達は、自分達が報じた道を信じて歩み続ける事が求められる。

 

 今のハイネを見ながら、キラは改めてそのように思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国のトップを務めているほどの人物なら、住んでいる家も、かなりの豪邸を想像する事だろう。一等地に建てられた、誰もが羨むような宮殿のような家を、誰もが思い浮かべるのではないだろうか?

 

 しかし、プラント最高評議会議長などと言う仰々しい肩書の割に、ラクスが住んでいる家は意外なほどに小さい。せいぜい、通常の一戸建てよりも少し大きい程度の敷地面積を持つ程度だ。

 

 鮮やかな白い壁面と、季節の花が咲く少し広めの庭に関しては、ラクス自身が特に注文をして作ってもらったのだが、あとは一般的にある住居と大差はない。

 

 周りの人間からは、最高議長の威を示す為にも、もう少し大きな家に住んではどうかと何度も進められてはいるが、ラクスは微笑したままそれらの意見を謝辞し続けている。ここにはラクス1人しか済まないし、あとはせいぜい、時々遊びに来る友人が泊まっていく程度である。自分の書斎兼寝室と、リビングやダイニング、キッチンの他には、後は部屋が3つもあれば十分だった。

 

 そんな、想像以上に質素な生活をしているクライン邸に、今日は珍しく客の姿があった。

 

「気分はどうですか、エスト?」

 

 政務服ではなく、カーディガンにロングスカートと言う家庭的な服を着て、その上からエプロンをかけたラクスは、久しぶりに会う事ができた友人の少女に、そう言って笑いかける。

 

 プラントに到着したエストは、ラクスの計らいで彼女の家に泊めてもらっていたのだ。

 

 プラントに着く頃には、だいぶ体調も回復していたエストだが、まだ少し出歩くには難があるらしい。その為、ラクスがいない間も終日、家の中で過ごしていた。

 

「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「いいえ。そんな事は気にしてはいけませんよ」

 

 淡々と頭を下げてくるエストに対して、ラクスは微笑を浮かべて応じる。

 

 ラクスにとっても、エストは妹のような存在である。昔に比べれば、だいぶマシになっては来ているが、それでもまだ、見ていて放っておけない印象がある。それ故にラクスとしては、ついついエストに対して世話を焼きたくなってくるのだ。

 

「さ、リビングの方にいらしてください。今日はユーリア王女やミーシャさんをお招きして、夕食にしましょう。エストが好きな物もたくさん作りましたからね」

「はい」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役が終わったと、暫くの間、エストとラクスはマルキオ導師の庵で一緒に暮らしていた時期がある。その為、ラクスはエストの好みを完璧に把握していた。

 

 先程から、良い匂いが漂ってきている。

 

 ラクスの作ってくれる料理は美味しい。久しぶりに食べられるのは、エストとしてもうれしかった。

 

 だが、その時だった。

 

「ッ!?」

 

 漂ってくる匂いを嗅いだ瞬間、エストは強烈な嘔吐感に襲われ、とっさに口を押えた。

 

 ラクスを押しのけるようにして洗面所へ駆け込み、流し台を覗き込むと、込みあげて来た物を吐き出す。

 

 まだ、体調が戻っていなかったのか。

 

 苛立つように、心の中で呟くエスト。自由にままならない自分の体が、ひどく恨めしく思えた。

 

 まだユーリア王女の護衛の最中である。このままでは、その任務すら全うできるかどうかわからない。

 

 口元を水でゆすいでも、尚も体を苛む違和感の為に、顔を上げられずにいる。

 

 と、その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・エスト?」

 

 背後からラクスに声を掛けられ、エストは顔を上げる。

 

 鏡に映ったラクスの可憐な顔。

 

 それは、エストが見た事も無いくらい、青褪め困惑に染め上げられていた。

 

「ラクス、どうしました?」

 

 訝りながら振り返るエスト。

 

 それに対してラクスは、

 

「エスト・・・・・・あなた、まさか・・・・・・・・・・・・」

 

 驚愕に染まった表情で、己の中に湧き上がった疑念を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・妊娠、しているのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクスが継げた言葉は、驚愕と言う色で染め上げられている。

 

 普段から泰然として、殆ど慌てると言う事が無いラクスですら、目の前の状況から導き出された答には、驚きを隠せないでいる様子だ。

 

 だが、ここの所続いていたと言うエストの体調不良。そしてたった今見た光景は、ラクスに対して確信めいた答えを導き出していた。

 

「・・・・・・・・・・・・にん・・・・・・しん?」

 

 対してエストは、呆然としたまま声に出して呟く。少女のたどたどしい言葉遣いは、まるで言葉の意味すら分かっていないかのようだった。

 

 エストは瞳を大きく見開き、揺れる視線でラクスを見ている。

 

 いったい、ラクスは何を言っているのか?

 

 脳が事実の浸透を拒んでいるかのように、エストはラクスに言われた言葉の意味を理解するのに時間を擁していた。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 やがて、意味を理解するに至り、エストの中では動揺が静かに、しかし急速に己の中に広がっていく。

 

「そんな・・・・・・そんなはずは・・・・・・」

 

 思わず後じさり、洗面台にぶつかって手を突く。

 

 妊娠?

 

 自分が?

 

 なぜ?

 

 そんなまとまりのない思考が、エストの中でグルグルと駆け廻っていく。

 

 自分の中で起きていた体調不良。それがこのような結末に行きつくとは、思いもよらなかったのだ。

 

 そのまま崩れ落ちそうになる。

 

「エスト!!」

 

 そこへ、ラクスは慌てて駆け寄って、少女の体を支えた。

 

 もし本当に妊娠しているなら、無理をさせるのは禁物だった。

 

 ラクスはエストの体を抱きかかえるようにして立たせると、そのまま寝室の方へと連れて行った。

 

 相変わらず、華奢で小さい女の子である。こんな小さな子の体の中に、今、別の命が宿っているかもしれないと思うと、とても不思議な気分だった。

 

 ラクスは、取りあえずエストをベッドの上に座らせると、急いでキッチンに取って返し、ミルクを温めて持って来てやった。

 

「はい、どうぞ。熱いから、気を付けて飲んでください」

「すみません」

 

 エストはラクスからミルクの入ったカップを受け取ると、ゆっくりと口に運ぶ。

 

 口に入れると、舌に熱い感触と共に、仄かな甘みも伝わってくる。恐らく、砂糖も入っているのだろう。

 

 やがてそれを飲み干す頃には、体の中からポカポカと温まり、気分も落ち着きを取り戻していた。

 

「落ち着きましたか?」

「・・・・・・はい」

 

 横に座り、ラクスはエストの頭を撫でてやる。

 

 ラクスの手の感触を頭に感じ、気持ち良さそうに、くーっと目を細めるエスト。

 

 こうしてラクスに頭を撫でてもらうのは嫌いじゃない。ずっとこうしていたくなってくる。

 

 そんなエストに、ラクスはゆっくりと話しかけた。

 

「お腹の子、父親はキラですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスの質問に対し、エストは黙ってうなずきを返す。

 

 エストはキラ以外の男と肌を重ねた事など一度も無い。もし自分が本当に妊娠しているなら、相手はキラ以外には考えられなかった。

 

 同時にエストは、まだ信じられない面持ちだった。

 

 キラが父親になる事について、そして、何より自分が母親になる事についても。

 

 無理も無い。何しろ今まで、そう言った事には無縁の生活を送ってきたのだから。

 

「そうだッ」

 

 何かを思いついたように、ラクスは笑顔を向けてきた。

 

「この事、キラにも伝えてあげましょう。きっと喜びますわ!!」

 

 そう言って立ち上がろうとするラクス。こうした事は、一刻も早く伝えてやった方が良いだろう。

 

 だが、

 

「待って!!」

 

 これまでに無いくらい、エストは強い口調で制してラクスの腕を掴んだ。

 

「待って、ラクス・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず振り返るラクスを、エストはまるで怯えるような瞳で見つめている。

 

「お願い・・・・・・キラには、まだ言わないで・・・・・・」

 

 今まで見せた事も無いくらい、弱々しい口調でエストは懇願するエストに、ラクスも戸惑いを隠せずに尋ねる。

 

「なぜですか? キラなら、きっと喜んでくれるはずですよ」

「・・・・・・それは・・・・・・判っています」

 

 キラはあの通りの性格だ。エストに子供ができたと知れば、大喜びするのは間違いないだろう。

 

 だが、今のエストには、その事を素直に喜ぶ事ができない事情があった。

 

 まず時期が悪い。胎児の事を考えれば、エストは今すぐにでも加療安静に入るべきなのだろうが、今はスカンジナビアの王女を護衛する任務の最中である。しかも、ユーリア自身が現在進行形で狙われている事を考えれば、エストが抜けた事で生じる穴は、あまりにも大きいだろう。

 

 そして、理由としては、もう1つある。それは、何を言おう、エスト自身の体の事だった。

 

 エストは地球連合軍が過去に作り出したエクステンデットのプロトタイプだ。幼少期には過酷な薬物投与や肉体改造を受けている。

 

 その自分が産む子供である。出産時にどのような悪影響があるか、判った物ではなかった。むしろ、今まで自分自身の体に異常が起きなかった事の方が奇跡だったのだ。

 

「エスト・・・・・・」

 

 俯いてしまったエストに、ラクスは何と言って声を掛ければいいのか判らず、困惑してしまう。

 

 ラクス自身、出産の経験は無い為、子供ができると言う事がどのような物であるかは判然としない部分もある。だが女性であるなら、一度は憧れる行為である事は間違いないだろう。

 

 エストが子供を身籠ったという事実を、ラクスは純粋に嬉しく思っている。だが、同時にエストが抱えている不安も、ラクスには痛いほど理解できた。

 

 そっと、エストを抱き寄せるラクス。

 

 エストもまた、そんなラクスに甘えるように身を委ねた。

 

 温かい温もりが、エストを包み込む。

 

 こうしていると、今まで取り乱していた気分が、まるで落ち着いていくようだ。

 

 あの、逃亡を続けるアークエンジェルで出会って以来、エストとラクスは強い絆で結ばれ続けてきた。ラクスはエストの事を大切に思い、そしてエストは、そんなラクスを姉と言うよりは、まるで母のように想い慕ってきた。

 

 そのエストが今、子供を身籠り、そして自分自身も母親になろうとしている事は、ラクスにとっても、感慨が強い事だった。

 

 暫くの間、2人でそうしていた時だった。

 

 机の上に置いておいた、ラクスの携帯電話が着信を告げて鳴り響いた。

 

 手に取って耳に当てると、相手はバルトフェルドからだった。

 

「もしもし、どうかなさいましたか?」

《ラクス、えらい事になったぞ!!》

 

 普段から飄然としている事の多いバルトフェルドが、いつも以上に慌てた様子を見せている。

 

 その声を聞きながら、ラクスは何か良くない事が起こっている事を悟った。

 

 

 

 

 

 

PHASE-15「その鐘の音は祝福か、それとも」     終わり

 


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