機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-14「いつか見た天使」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振動と共に、格納庫が破壊されたと言う報告を聞き、ミカエルの艦橋にいたジークラスは顔を顰めた。

 

 捕えた捕虜たちが集団で脱走し、艦内で暴れていると言う報告を聞いた時は、さして重要視はしなかった。こちらは訓練された兵士であるのに対し、連中は素人だ。多少、戦闘技術をかじっている人間がいるかもしれないが、数ではこちらが勝っている。負けるはずはないと考えていたのだが。

 

 しかし現実はこの通り。捕虜どころかスカンジナビアの王女まで奪還され、連中の脱出を許してしまった。

 

 しかも、件の貨物船に残してきた兵士とも、先程から連絡がつかなくなっている。どうやら、あちらの方でも何らかのトラブルが起きたであろう事は明白だった。

 

「クソッ 何だってんだよッ」

 

 苛立ちを吐き捨てるジークラス。

 

 まさか、あんな連中に、自分達が後れを取るとは思ってもみなかったのだ。

 

 しかし、まだ負けた訳ではない。

 

 連中の貨物船は、未だにミカエルの至近に停泊している。これを今から動かし、こちらの射程圏外まで逃れるまでには相当な時間がかかる。しかも当然、追撃は掛けるわけだから、簡単には逃げられない。

 

 今からでも逆転は、充分に可能だった。

 

「待機中の全モビルスーツを発進させろッ 連中を絶対に逃がすんじゃないぞ!! それからレニとメリッサに通達。連中をもう一度、俺達の前に引きずってこい!!」

 

 ジークラスのグラヴィティは、デスティニーとの戦闘で損傷を負っている為出撃する事はできないが、まだ地球軍には十分な数の戦力が残されていた。

 

 レニとメリッサはこの時、艦の外にいて警戒に当たっていた。

 

 勢力が入り乱れる宇宙では、どこでどのようにして敵に襲われるかわからない。その為、常に直掩機を配していく必要があるのだ。

 

 その2人が見ている前で、

 

 突如、旗艦ミカエルのフライトデッキに通じるハッチから爆発が起こり、中からモビルスーツが飛び出してくるのが見えた。

 

 赤い翼と青い翼を持った機体。デスティニーとフリーダムだ。

 

 飛び出すと同時に、キラは続いて出て来た連絡艇を守るようにして、ハイブリットライフルを構えて警戒に当たる。

 

「敵は僕とアーヴィング大尉とで押さえるッ エストはみんなを護衛して船の方へ!!」

《判りました!!》

 

 敵は低速の連絡艇や、武装の貧弱なフューチャー号を狙ってくる可能性は大いにある。その為にも、エストには直接護衛を担当させ、その間にキラとクライアスは間接護衛として、敵の目を少しでも引き付ける役目を負うのだ。

 

 エストの返事と共に、彼女のグロリアスが、飛び出してきた連絡艇の護衛に着くのが見える。エストはそのまま、連絡艇と並走する形で、フューチャー号へと向かっていくのが見える。

 

 あちらは任せておけば大丈夫だろう。

 

 キラは自分の役割に集中する為、視線を前方へ向ける。

 

「問題は、こっちか・・・・・・」

 

 呟くキラの視線の先には、再びこちらを捉えるべく、向かってくるサイクロンとハウリングを見る。

 

「厄介だね」

 

 冷や汗交じりに呟くキラ。

 

 あの2機が強敵である事もさることながら、問題は彼我の物量差である。いかにキラとクライアスが敵を押さえるべく奔走しても、全ての敵を相手取れるわけではない。必ず、脇を抜けてフューチャー号を狙う敵が現れるだろう。

 

 そうした連中を、エスト1人で相手取らなくてはいけない事になる。

 

 敵にぞろぞろと出てこられたりしたら、また先ほどの繰り返しになってしまうだろう。そうならない為にも、あの2機は素早く倒す必要がある。

 

《行くぞ、キラ・ヒビキ!! 連中の動きを押さえる!!》

「了解!!」

 

 クライアスの声に答えると、キラはサイクロンに向けてデスティニーを加速させる。

 

 それと同時に、クライアスはフリーダムを駆って、ハウリングと対峙した。

 

「そこをどいて貰おう!!」

 

 言い放つと同時にクライアスは、一斉にフリーダムのフィフスドラグーンを射出する。

 

 ドラグーンは先のサイクロンとの交戦で5基を失っているが、それでもまだ7基が健在である。それだけあれば、合計で35門。充分な火力を確保できる。

 

 7基のドラグーンは、その砲門の先にハウリングを捕え、合計35門の砲門で一斉射撃を撃ち放つ。

 

 数を減らして尚、脅威的な威力を誇る砲撃。

 

 それに対して、

 

「その程度の攻撃で!!」

 

 ハウリングを駆るメリッサは、愛機の持つ特性を一気に開放する。

 

 次の瞬間フリーダムのコックピットで、クライアスは思わず目を剥いた。

 

 視界の中には、無数のハウリングの姿が映し出されている。

 

 かつてオリジナルのデスティニーが持っていた、ミラージュコロイドを利用した残像戦術。その強化版、言わば分身機能とでも言うべきか。

 

 地球連合軍がザフト軍の技術を取得できたとも思えないので、これは彼等が独自に開発した技術であろう。しかし、照準を大いに狂わせるには十分だった。

 

 先にミラージュコロイドを軍事技術に転用する術を確立したのは地球連合軍である。その事を考えれば、その運用に関して、ザフトよりも地球軍の方に一日の長があるとも言える。

 

 分身ハウリングが、一斉に両手に持った複合防盾フェンリルに備わったビームライフルを構え、フリーダムに向けてくる。射撃を開始する。

 

 たちまち、無数の閃光によって視界が満たされてしまう

 

 その攻撃を、クライアスは舌打ちしながらも全速力でフリーダムを操り回避していく。

 

 勿論、ハウリングの攻撃は大半がダミーである。本物の攻撃は1つだけ。しかし、どれが本物であるか判らない以上、クライアスには回避に専念する以外に手は無い。

 

「厄介だな・・・ならば、これでどうだ!!」

 

 叫ぶと同時にクライアスは、スラスターを吹かせて一気に距離を開ける。

 

 同時に7基のドラグーンと、フリーダム自体の火力であるライフル、レールガン、カリドゥスを一斉展開し、フルバースト射撃を敢行する。

 

 合計42門の一斉射撃。

 

 それは、宙域を覆うようにして、無数の展開しているハウリングの残像を、一緒くたに吹き飛ばしてしまった。

 

 本物も偽物も関係ない。全て吹き飛ばせば結果は同じである。少々強引だが、この場合、フリーダムの火力と状況を釣り合わせれば合理的な選択と言えなくもない。

 

 フリーダムの砲撃が、次々とハウリングのダミーを吹き飛ばしていく。

 

 その中で、

 

 1機だけ、不自然に回避行動する機体がある事を、クライアスは見逃さなかった。

 

「そこか!!」

 

 フリーダムのビームサーベルを抜き放ち、斬り掛かっていくクライアス。

 

 対してメリッサも、自分の位置が看破された事を悟ったのだろう。とっさに、迎え撃つように対峙する。

 

 振るわれる、フリーダムの剣閃。

 

 その一撃を、居場所を看破されたハウリングは辛うじてフェンリル複合防盾を掲げる事で防いだ。

 

「まさか、こんな手でッ!?」

 

 コックピットの中で、メリッサは舌打ちする。このような力技で、分身戦術を破られるとは思ってもみなかったのだ。

 

 フリーダムの剣を強引に振り払うハウリング。

 

 だが、クライアスは逃がさないとばかりに、さらに踏み込んで斬り掛かった。

 

 

 

 

 

 ハイブリットライフルを放ちながら突撃してくるデスティニー。

 

 それに対してサイクロンは、4基のガンバレルと、両手に構えたライフルモードのダインスレイブ複合銃剣を向けて迎え撃つ。

 

 一斉に放たれる砲撃。

 

 しかし、デスティニーが紅翼を閃かせて上昇に転じると、全ての攻撃は空しく空を切った。

 

「悪いけど、付き合っている暇は無い!!」

 

 言い放つと、キラはデスティニーの背からシュベルトゲベール対艦刀を抜き放ち、サイクロンに斬り掛かる。

 

 真っ向から、サイクロンに向けて振り下ろされる一閃。

 

 対して、後退しながら大剣の剣先を回避するサイクロン。

 

 だが、間に合わずに、ガンバレル1基が大剣の刃に斬り飛ばされた。

 

 更にキラは、後退するサイクロンを追って、シュベルトゲベールを旋回させる。

 

「こいつッ 速い!?」

 

 後退しながらも、残った火力を集中させようとするレニ。

 

 5つの砲門が煌めき、ガインバレルやダインスレイブから放たれるビームは、デスティニーを捉えるべく虚空を走る。

 

 しかし、当たらない。

 

 キラはデスティニーをバレルロールの要領で急旋回させると、旋回する事で威力を上乗せした大剣の一撃を繰り出す。

 

 閃く刃がサイクロンに迫る中、

 

 レニは懸命に機体を操って、回避行動に専念する。

 

 焦りが、生じ始めていた。

 

 自分の攻撃は全くと言って良いほどに命中せず、翻って敵の攻撃はと言えば、的確と言って良いレベルでサイクロンに襲い掛かってくる。

 

 視界の中では、シュベルトゲベールを翳して、更に斬り掛かろうと迫ってくるデスティニーの姿が見える。

 

 強い。

 

 正直、これ程の敵と対峙した経験は、レニには無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・いや、違う」

 

 無意識の内に呟きながら、自身の中に浮かんだ考えをとっさに否定するレニ。

 

 出会った事が無い訳じゃない。かつて一度だけ、自分がどうあっても敵わないと思った敵が、1人だけ存在した。

 

 あれは、ヤキン・ドゥーエ戦役における最終決戦。第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。

 

 あの時に対峙した、鋼鉄の死の天使

 

 圧倒的な力の差を見せ付けて味方を蹂躙し、そしてレニ自身も、対決する事すら許されず一方的に打ちのめされた相手。

 

 あの時の死の天使と、

 

 いま目の前で大剣を振り翳して迫ってくるデスティニーが、

 

 イメージの中で、ピッタリと一致した。

 

「お前が・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然と呟くレニ。

 

「お前が、あの時のォォォォォォ!!」

 

 咆哮する少女。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、

 

 頭の中で思い描き、悪夢で見る程にまでレニを縛り続けた死の天使が、

 

 今、再びレニの前に立ちはだかり、斬り掛かってきていた。

 

 次の瞬間、

 

 レニの中でSEEDが弾けた。

 

 スラスターを全開、ダインスレイブを対艦刀モードにして斬り掛かるサイクロン。

 

 振りかざしたデスティニーのシュベルトゲベールは、サイクロンを捉える事無く空を切った。

 

「これはッ!?」

 

 自身の攻撃が予期せぬ動きで回避され、キラは呻き声を上げる。

 

 突然、動きが極端に鋭くなったサイクロン。それまでは拮抗しつつも、どちらかと言えばキラが押していたのだが、まるで何かに憑かれたかのように突然、サイクロンはデスティニーの動きに追随してくる。

 

 突撃と同時に放たれるダインスレイブ斬撃を、デスティニーは辛うじて後退する事で回避する。

 

「これなら、どうだ!!」

 

 後退すると同時にキラは、デスティニーの両肩からフラッシュエッジを抜き放ち、ブーメランモードで投げつける。

 

 旋回して飛んでくる2本のビームブーメラン。

 

 それを、

 

「それが、どうしたァッ!!」

 

 レニはダインスレイブで払いのけると、一切勢いを緩める事無く、デスティニーに斬り掛かっていく。

 

 対抗するように、キラもデスティニーのシュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かる。

 

 交差するような斬撃。

 

 デスティニーのシュベルトゲベールはサイクロンの脇を抜け、サイクロンのダインスレイブはデスティニーの足先を掠めるにとどまる。

 

 両者ダメージは無し。突撃の勢いそのままにして、互いにすれ違う。

 

「まだまだァ!!」

 

 キラよりも早く慣性制御を行い、機体の体勢を立て直したレニは、両手のダインスレイブを掲げて斬り込んで行く。

 

 ようやく見つけた元凶を前に、普段の冷静沈着振りをかなぐり捨ててくらいついて行くレニ。

 

 それは最早、悪鬼羅刹と称しても良い形相であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラがレニと、クライアスがメリッサとそれぞれ死闘を繰り広げている頃、何とかミカエルを脱出したクルー達は、あらかじめサイ達が奪還に成功していたフューチャー号を再起動し、どうにか脱出に向けて動き始めていた。

 

 船長であるバルクは脱出の際ユーリアを庇って負傷し、今は医務室に運び込まれている状態である。臨時に副船長が指揮を取ってはいるが、やはりバルクほどには機敏な操船はできない。

 

 それでも残ったクルー達は協力して、どうにかミカエルから離脱する事には成功していた。

 

 しかし、多少の改造を施しているとは言え、ただの武装貨物船とミカエル級戦艦とでは、火力、装甲、速力、全てにおいて差がありすぎる。もし本格的に砲撃を開始されたら、ひとたまりもないところである。

 

 更に悪い事に、キラやクライアスが戦っている隙に、他の艦から発進した地球軍機が、再びフューチャー号を捕えるべく向かってくる。

 

 それを迎え撃つ為に、エストのグロリアスがフューチャー号を守る位置に立っていた。

 

「やらせない!!」

 

 エストはグロリアスが装備したフラガラッハを振るい、近付いてきた敵機を斬り捨てる。

 

 敵の数はあまりにも多い。いや、普段のエストであるならば、決して臆するような数ではないのだが、今は背後にいるフューチャー号を守って戦わなくてはいけない為、動きをひどく制限されている状態である。

 

 フォーメーションを組んで向かってくる、地球軍のグロリアス。

 

 それらに対して、エストはビームライフルやフラガラッハを駆使して必死に応戦しているが、多勢に無勢の感が強い。エストが1機倒している間に、他の機体がすり抜けてくる有様である。

 

 それでもエストは諦めず、すり抜けようとする敵に執拗に食い下がっては背後から砲撃を浴びせ、戦闘力を奪っていく。

 

 地球連合軍側も慣れた物で、一隊でもってエスト機を包囲して押さえると同時に、他の部隊はフューチャー号に砲撃を浴びせていく。

 

 その為、護衛艦を改造しただけの武装貨物船は、あちこちに被弾して、盛んに煙を噴き上げているのが見える。

 

 フューチャー号の対空砲も、盛んに弾幕を張って接近を阻もうとしているが、所詮は旧式の改造船である。できる抵抗にも限りがあった。

 

 更に、フューチャー号に砲撃を浴びせようとして、一斉にライフルを構える地球軍のグロリアス。

 

 だが、

 

「ダメェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 エストはスラスターを全開まで吹かすと、包囲している敵機を強引に振り切る。

 

 両手に装備したフラガラッハを振り翳すと、今にもライフルを放とうとしいてる敵機を片っ端から斬り飛ばしていくエスト機。

 

 使っている機体は同じであるにも関わらず、圧倒的な戦闘力を見せ付けるエスト。

 

 だが、それでも尚、足りない。

 

 エストの奮戦をあざ笑うかのように、地球軍の機体は彼女の脇をすり抜けて、必死に逃れようとしているフューチャー号へと迫っていく。

 

 焦りが、エストの足首を捕えようとしていた。

 

 既にフューチャー号のあちこちから火災煙が吹き上がり、航行自体もノロノロと惰性で動くのみである。恐らく攻撃によって機関か、それに続く回路が損傷した為、エンジン出力が上がらなくなり始めているのだ。

 

 しかも、エスト自身、万全の状態ではない。

 

 またあの、得体の知れない倦怠感が、体を襲い始めていた。

 

「ッ・・・・・・こんな、時に!?」

 

 自由にならない自分の体を呪うように、エストは呻き声を吐き出す。

 

 いったい、自分はどうしてしまったと言うのか?

 

 肝心な時に自分を裏切ろうとする自身の体が、果てしなく恨めしかった。

 

 ちょっとでも気を抜けば、容赦なくぼやけた視界がエストを満たそうとする。

 

 熱のせいで、パイロットスーツの中の体はサウナに入ったように熱い。

 

 全快とは程遠い状態のエスト。

 

 しかしそれでも尚、屈する事無く戦い続ける。

 

 射撃は正確すぎる程に正確に放たれ、斬撃は近付いて来る敵を容赦なく切り飛ばす。

 

 キラもクライアスも手が放せる状態ではない。自分が、みんなを守らないといけないのに。

 

 このままじゃ、みんなが・・・・・・

 

 絶望的な気持ちに、エストが支配されそうになった。

 

 その時だった、

 

 突如、一斉に放たれたビームの嵐が、フューチャー号に取り付いていたグロリアスを吹き飛ばしていく。

 

 あまりに突然の出来事に、地球連合軍は対応が追い付かず、次々と爆発、四散していく。

 

 いったい、何が起こっているのか?

 

 突然の事態にとっさに理解が追いつかず、エストは呆然としたまま目の前の光景を眺めている。

 

 地球連合軍側も、突然の事態に理解が追いつかないようで、反撃もままならずに右往左往しているのが見える。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 驚くエストが視線を向ける先。

 

 そこには、新たに戦闘に加わろうとしている、モビルスーツの一団があった。

 

 見慣れない機体である。ザフト系モビルスーツの特徴とも言うべき重厚な胴体や頭部のモノアイが印象的だが、今まで戦線に姿を現したことは無いと思われる。

 

「報告を受けてきてみたら、妙な連中がいやがるな」

 

 部隊の先頭を進むオレンジ色に塗装された機体の中で、隊長を務める男は不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

 ニヒルに吊り上げられた口元に、浮かべた笑みは鮮烈な印象を見せる。

 

 ただ、そこにいるだけで、呼吸をするようにカリスマを振り撒いているかのような男は、まさに英雄の如き風格を醸し出していると言えよう。

 

 ハイネ・ヴェステンフルス。

 

 先のユニウス戦役において、ミネルバ隊、ヴェステンフルス隊等の歴戦の部隊を率いて戦った男である。

 

 ユニウス戦役が集結した後もハイネは、ザフト軍に残り、今もまだ最前線で戦い続けていた。

 

 アリス・リアノン、アスラン・ザラと言った大戦時に軍を支えたエース達がいなくなる中で、彼のような歴戦のパイロットはザフトの中でも貴重な存在となりつつある。その中でも特に、ハイネの持つ能力やカリスマ性と言った要素は、まさにザフトの次代を導く者として、多くの支持者が彼の元へと集まっていた。

 

 そのハイネは、哨戒任務中にL4宙域において、地球軍が妙な動きをしているとの情報を得てやって来たのだが、そこで今回の戦闘に出くわしたわけである。

 

「散開して、地球軍を攻撃。尚、連中と交戦している奴らを間違って攻撃するなよ!!」

 

 指揮下の部隊に指示を送ると、ハイネも愛機を駆って前へと出る。

 

 ZGMF-3000「ゲルググ・ヴェステージ」

 

 ザク、グフに続いて、ザフト軍が戦線に投入した、新型機動兵器である。設計はザクの流れを汲みつつ、各種ウィザード、シルエットに換装可能。より高い戦闘力を実現した機体である。

 

 突撃すると同時に、ハイネのゲルググも、手にしたビーム突撃銃で、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 戦線に加入したザフト軍の攻撃により、地球連合軍は明らかに浮足立っていた。

 

 それまで見せていた組織だった行動は完全に崩壊し、連携攻撃は崩されて、各々個別に戦うしかなくなっている。

 

 そして、そうなると個人戦技に勝るザフト軍の敵ではなく、次々と討ち取られる機体が続出していた。

 

 もはや、勝敗は火を見るよりも明らかである。これ以上戦闘を続けることに意味は無く、これ以上はいたずらに損害を増やすだけのように思われた。最悪の話、全滅も有り得る。

 

 しかしそんな中で、尚も1人気を吐いている者がいる。

 

 レニである。

 

 デスティニー

 

 あの戦場で出会った、鋼鉄の死の天使。

 

 ようやく出会えた仇を前にして、もはや自分を保つ事すらできないでいる。

 

 両手のダインスレイブ対艦刀を構え、旋回しながら回避運動を行っているデスティニーめがけて斬り込んで行くサイクロン。

 

 振り抜かれる2本の刃。

 

 しかし、当たらない。

 

 ダインスレイブの刃が届く前に、デスティニーは紅翼を広げて上昇。サイクロンの攻撃を回避する。

 

「逃げるなァァァァァァ!!」

 

 その様子を見て、悪鬼の如く叫ぶレニ。

 

 同時に、3基のガンバレルを展開して、自分の頭上にいるデスティニーめがけて一斉攻撃を仕掛ける。

 

「お前は、今日ここでェェェェェェ!!」

 

 激烈な火力を集中させるサイクロン。

 

 連続して放たれるビームの火矢が、次々とデスティニーへ襲い掛かる。

 

 だが、デスティニーを操るキラは逃げていた訳ではない。

 

 かつては彼自身の象徴として恐れられた紫の双眸は、緻密にレニの攻撃を見極め、

 

 そして、集中する一瞬、

 

「ここだ!!」

 

 キラの叫びと共に紅翼を広げ、デスティニーは一気に斬り込みを掛ける。

 

 両手で把持したシュベルトゲベールを振り下ろすデスティニー。

 

 振り下ろされる大剣の一撃。

 

 その攻撃が、サイクロンの右腕と右足を一緒くたに斬り飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 唇を噛む、レニ。

 

 ようやく会えた。

 

 ようやく、殺す事ができると思った死の天使。

 

 その仇を前にして仕留めきれなかった事が、悔恨となってレニを容赦なく打ちのめしていく。

 

「死の天使・・・・・・・・・・・・」

 

 5年前と同じ。またも、届かなかった。

 

「死の、天使ィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 レニの絶叫が、宙域全てに降り注ぐ。

 

 しかしそれは、どこまでも空しく響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 突然のザフト軍の襲来と、それに伴う戦線の崩壊により、地球軍の不利は今や明白と言っても良かった。

 

 前線では、次々と討ち取られる機体が相次いでいる。

 

 このままでは全滅も有り得るだろう。

 

「潮時のようだね」

 

 落ち着き払った、と言うよりは、必要以上に平坦な口調でカーディナルは言った。

 

 待ち望んだ獲物を目の前にして、取り逃がした事は流石のカーディナルでも痛恨と言って良かったのだろう。多くの犠牲者を出しながら、逃げ帰らなくてはならないと言う事実には受け入れがたい物がある。特に、あと一歩であったことを考えれば尚の事だ。

 

 しかし、このまま全滅してしまったりしたら、それこそ取り返しのつかない事である。前線で戦っている兵士達は、これからのカーディナルの戦いに必要な者達であるし、勿論、カーディナル自身も生き残る必要があった。

 

「撤退だ、ジークラス。これ以上ここで戦闘を行う事に意味は無い」

「・・・・・・・・・・・・了解した」

 

 ジークラスもまた、悔しさをにじませながら返事をする。

 

 彼もまた、受け入れがたいこの状況を受け入れる以外に、自分達が助かる道がない事を知っているのだ。

 

 撤退の為の指示を出すジークラス。

 

 その様子を横目に見ながら、カーディナルは考えていた。

 

 今回、「遺産」が手に入らなかったのは、確かに痛い。だが、キラ・ヒビキ、クライアス・アーヴィングと言った一騎当千の護衛達を排除しない事には、自分達の悲願成就には到達できないと認識できたことは、ある意味で収穫であったのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・やはり、使うしかないか、アレを」

 

 カーディナルの脳裏には、ある物の存在が示されていた。

 

 「Victim」

 

 そのようにコードネームを付けられた代物。できれば使用は控えたいと思っていた物だが、それでも状況を考えると、それ以外に手段は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-14「いつか見た天使」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、スカンジナビア王国首都オスロでは、大きな衝撃が走ろうとしていた。

 

 それは、ある日の夕暮時。

 

 いつものように、夕食を楽しんでいたアルフレート王が、突然苦しみを訴え、テーブルから転げ落ちるように倒れたのだ。

 

「父上!!」

 

 食事を共にしていたフィリップが、慌てた調子で駆けよると、父の体を抱き起す。

 

 アルフレート王は大きく目を見開き、開いた口からは白い泡が絶えず吹きだしている。明らかに、異常な状態だった。

 

「誰か!! 早く父を寝所の方へッ それから主治医に連絡をしろ!!」

 

 あまりに突然の事態に呆然としていた使用人たちも、フィリップの言葉で我に返り、慌てて行動し始める。

 

 やがて、アルフレート王はストレッチャーに乗せられ、壊れ物でも扱うかのような手つきで慎重に運ばれていく。

 

 その様子を、

 

 フィリップは薄笑いを浮かべて眺めていた。

 


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