機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-13「怪人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独房を脱出することに成功したキラとクライアスは、看守から武器を奪うと、直ちに行動を開始した。

 

 2人だけでこの場を切り抜けたとしても、ユーリアを初め他のメンバーも救い出さないうちは脱出する事はできない。その為、まずは彼等を救出するところから始めなくてはならなかった。

 

 一方の地球軍側の方でも、看守が倒されている事で2人の脱走に気付いたのだろう。鳴り響く警報の中を、脱走者を捕縛すべく保安要員を差し向けてきた。

 

 狭い艦内で、容赦なくライフルの弾丸が飛び交い、銃声が交錯する。

 

 近代的な宇宙戦艦の艦内は、たちまちの内に血飛沫を上げる凄惨な戦場と化す。

 

 しかし、織り成す銃弾の嵐は、たった2人の標的を捉える事は無い。

 

 クライアスは軍隊仕込みの正確な射撃術を披露し、焦ったようにライフルを撃ちまくる保安要員を1人ずつ確実に打ち倒していく。

 

 キラはと言えば、クライアスの援護に合わせ、持ち前の高い身体能力を駆使して一気に距離を詰め、近距離からの銃撃や体術を駆使して、敵を無力化していく。

 

 モビルスーツ戦においても高い実力を持つ2人だが、生身の白兵戦でも、並みの人間には後れを取らないと言う事を実地で証明していた。

 

 騎士と傭兵と言う、たがいに相容れない立場にいるキラとクライアス。しかし今、2人は共通の目的を果たす為に互いに手を組み共闘している。

 

 戦い慣れしている2人の戦闘力を前に、地球軍の兵士は対抗する事も出来ずに倒され、床に転がされる。

 

 まさに、一騎当千と言うべきか、キラとクライアスの進撃を阻める者はいなかった。

 

 これまでに殆ど、連携らしい連携をした事が無いキラとクライアスが、互いに背中を任せて戦うと決めた時、想像を絶するほどの力を発揮しているのだ。

 

「エスト達は、たぶん独房にいると思う!!」

「それなら、恐らくこっちだ!!」

 

 クライアスが指し示す方向へ、2人は駆ける。

 

 脱出は時間との勝負だ。地球軍が体勢を立て直す前に、何としても脱出しなくてはならない。

 

 2人が駆けるその先には、小さな入り口が開いているのが見えた。

 

「と、止まれ!!」

 

 見張りと思われる兵士は、キラ達が近づいてくるのを見てライフルの銃口を向けようとする。

 

 しかし、

 

「悪いけど・・・・・・」

 

 身を低くして床を蹴り、殆ど、飛翔に近い形で加速するキラ。

 

 瞬きする間に、相手の懐へと飛び込む。

 

 兵士はそんなキラの姿に驚いて銃口を向けようとするが、その動きはキラにとって欠伸が出る程に遅い。

 

「急いでいるんだよ!!」

 

 兵士の眼前で床を踏み込むと同時に、ひざ蹴りを相手の鳩尾に容赦なく叩き込んだ。

 

「グッ!?」

 

 くぐもった呻き声と共に、体をくの字に折り曲げる兵士。肺から一気に空気が抜け、呼吸困難に陥ったのだ。

 

 そのまま崩れ落ちて動けなくなった兵士を脇によけると、キラは急いで独房ルームの中へと飛び込んだ。

 

 並んで存在する独房の中、

 

 目指す人物は、両手に手錠をされて備え付けのベッドに腰掛けていた。

 

「エスト!!」

「キラ!?」

 

 駆け込んでくるキラの姿を見つけて、立ち上がるエスト。

 

 安堵して溜息をつくキラ。見たところ、何かしらの暴行を加えられた様子は無い。

 

「下がってエスト、牢を破る!!」

 

 エストが壁際に下がるのを確認してから、キラは迷う事無く格子の電子錠に2発発砲しロックを破壊する。

 

 独房の中へと駆けこむと、キラは予め奪っておいた鍵束を使って、エストの手錠を外してやる。

 

「大丈夫? 怪我は無い?」

 

 手錠を嵌められていたエストの手を、キラは優しく摩ってやる。

 

 エストの細い手首には、金属製の手錠の跡が、赤い痣となって無残に残ってしまっている。もともと透き通ると思えるくらいに肌が白い少女である為、一層痛々しい感じになってしまっている。

 

「はい、特に暴行は受けませんでしたので」

 

 そう言うとエストは手を伸ばして、安心させるようにキラの頬を撫でる。相変わらず無表情で分かりづらいが、心配してくれているのだろう。

 

 キラの顔は拘束された際に殴られて、ひどく腫れていた。顔の半分は赤黒く染まり、一部では出血も見られる。痛々しいと言う意味では、キラの方がエストよりひどいくらいである。

 

 そんなエストに、キラは優しく笑いかける。

 

「大丈夫だよ。ちょっと痛むけど、暫くすれば治るから」

「・・・・・・そうですか」

 

 頷きを返すエスト。それ以上追及しようと言う気配は無い。

 

 キラの顔をざっと見ても、骨折していたり目に影響を及ぼすような傷が無いのが判り、エストはホッとため息を吐いた。

 

 長い付き合いである。やせ我慢でもなんでも、キラは「自分は大丈夫」言った以上、絶対に他人に弱みを見せない事をエストは知っていた。だからエストは、口で心配の言葉を掛けるよりも、こうして本当に大丈夫なのかどうかを自分の目で確かめる事にしているのだ。

 

 その時、パタパタと軽快な足音を立てながら、クライアスに伴われたミーシャが駆け込んで来た。

 

「お二人とも、ご無事だったんですね。良かった!!」

 

 ミーシャはキラ達を見て、安堵の笑みを浮かべる。

 

 ミーシャも怪我をしたり、着衣の乱れなどは無い。ただ、敵の中に捕まって不安だったのだろう。ひどく、顔が青ざめている様子が見て取れた。かつては敬愛する王女を救う為に、たった1人でキラ達の元に掛け込んで来た少女でも、今回の事は恐ろしかったのだろう。

 

 彼女の後から、バルクを始めフューチャー号のクルー達も続いて出て来る。どうやら、彼等もここに監禁されていたらしい。

 

「こっちも、皆無事じゃわい。やれやれじゃの」

 

 そう言ってバルクは、拘束されていた腕を摩る。どうやら彼等も全員無事であるらしい。多少暴行をされた形跡はあるが、重傷と言う程ではない。

 

 しかし、集まった中には最も肝心な人物の姿は無かった。

 

「ユーリア様の姿が無い。どこか、別の場所に連れて行かれたのかもしれん」

 

 クライアスは悔しそうに顔を顰めて漏らす。

 

 彼としては、最優先に守らなくてはならないユーリアが見当たらない事に、苛立ちを覚えているのだろう。

 

 だがユーリアと、そして彼女が持っている「デュランダルの遺産」は、何としても守り通さなくてはならない。このまま捨て置く事はできなかった。

 

「エスト、君はバルク達を連れて、先に格納庫に行くんだ。僕とアーヴィング大尉は、ユーリア殿下を捜して連れて行く」

 

 ユーリアがどこにいるのか判らない以上、彼女を捜して大人数で動くのは危険すぎる。それよりもエスト達には、先に格納庫に行って奪われた機体の奪還と、退路の確保をしておいてもらった方が良いだろう。その間に戦闘力の高いキラとクライアスが単独で動き、ユーリアを救い出して脱出するのだ。

 

「判りました。気を付けて」

 

 エストはそう言うと、ミーシャを気遣うようにして歩き出す。

 

 それを確認すると、キラとクライアスは彼女達とは反対の方向に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、フューチャー号の艦内では、突如、どこからともなく姿を現したサイ達の奇襲攻撃によって、居残っていた地球連合軍の兵士達は大混乱に陥っていた。

 

 地球軍側はバルク達を拘束した後は、既に船の中には誰もいないと思い込み、警備の兵士以外はあまり大人数を配置していなかったのだ。

 

 その事が完全に裏目になった。

 

 突如、武器を持って現れたサイ以下の整備兵達の前に、瞬く間に撃ち倒され、艦内の重要区画は次々と奪還されていったのだ。

 

 サイ達は整備兵である為、個人としての戦闘力は戦闘職の軍人には劣るかもしれない。

 

 しかし、奇襲をかけた事に加えて数も多く、またフューチャー号の艦内では地の利もサイ達の方にある。状況全てが、サイ達に味方しているに等しかった事からも、奪還は思った以上に簡単にいった。

 

 激しい銃撃音が鳴り響いたのは、ほんの30分前後の事であった。

 

 サイ自らが指揮するチームがブリッジに飛び込み、最後の兵士をライフルで撃ち倒すと、フューチャー号にいる地球軍兵士は、完全に一掃されていた。

 

「すぐに艦を起動させろッ 手順は判っているな!!」

「はいッ!!」

 

 サイの指示を受け、整備兵達は操舵席、オペレーター席、火器管制席へと走る。士気のクルー達が戻ってくるまではサイが指揮して出航準備を進め、バルク達が戻り次第、すぐに脱出できるようにするのだ。

 

 幸い、元々機械いじりが専門である為、計器の操作自体は難しくない。継ぎ接ぎのように改造されている為、多少はマニュアルと違うところもあるが、そこは長年の経験と直感でどうにかなりそうだった。

 

 程無く、ブリッジの計器類やモニターが次々と点灯し、眠っていた船が息を吹き返すようにブリッジ内に明かりが灯っていく。

 

 思わず、その場にいた全員がガッツポーズを見せる。

 

「班長、いけそうです!!」

「よし、出航準備のまま待機だッ 火器類もすぐに使えるようにしとけ。敵はすぐに来るぞ!!」

「了解!!」

 

 眦を上げるサイ。

 

 これで、こちらの準備は整った。あとは、キラ達が戻ってくるのを待つだけだった。

 

 

 

 

 

 以前にも感じた事ではあるが、ユーリアは目の前に座るカーディナルと言う男に対して、不気味な印象をぬぐえずにいた。

 

 それは単に、仮面を被って素顔が見えないからと言うだけの話ではない。

 

 得体の知れない言動に、あまりにも落ち着き払った態度。そして仮面の奥からでも感じる、全てを見透かすような視線。

 

 それら全てがカーディナルと言う人物を形成し、まるで魔物のような印象を見る者に与えているかのように感じていた。

 

「そもそもですな、ユーリア殿下」

 

 カーディナルは怯えを必死にこらえるユーリアに対し、嬲るように仮面の奥から語りかける。

 

「あなたは、『遺産』の正体が何であるか、ご存じなのですかな?」

「・・・・・・・・・・・・いいえ」

 

 唇を噛みしめるようにして俯きながら、ユーリアは否定の言葉を絞り出す。

 

 実際の話、ユーリアは『遺産』については何も知らない。それが、過去のデュランダルの研究についての事であろうと言う事が、辛うじて判っている程度である。

 

 そんなユーリアに対し、カーディナルは仮面の奥で含み笑いを浮かべてみせる。

 

 まるで挑発その物と言った笑みを浴びせられたことに気付きユーリアは、せめてもの抵抗を示すように、僅かに顔を顰めてカーディナルを睨み返す。

 

「ならば、あなたには判っているとおっしゃるのですか、『遺産』とは何なのか?」

 

 それはユーリアとしては、ただの質問のつもりだった。答えが返る事を期待していた訳ではなかった。

 

 そもそもの前提条件からして、遺産の正体を知っている人間がいるとは思えない。

 

 だからこそ、意味を求めての質問であったわけではなく、ただ会話の主導権を、僅かでも自分の元へと引き寄せようとする為の、探りの手段でしかなかった。

 

 だが、次のカーディナルから返された言葉は、ユーリアの予想とは完全に違っていた。

 

「勿論ですとも」

 

 自信たっぷりなその言葉にユーリアは、愕然を禁じ得ない。

 

 何気ないユーリアの質問に対し、カーディナルは微塵の躊躇も無く肯定の返事を返したのだ。

 

 たとえそれがハッタリや虚勢の類であったとしても、カーディナルは僅かの躊躇すら見せなかった。

 

 仕掛けたユーリアの方が、逆に動揺を来してしまう程である。

 

「そんな・・・・・・『遺産』は都市伝説みたいに不確かで、正体については誰も判らないと・・・・・・・・・・・・」

 

 必死に体勢を立て直そうと、ユーリアは言葉を紡ぐ。今のカーディナルの一言で、完全に打ちのめされた状態になっている。このままでは、まともな交渉もできないまま、ズルズルと押し切られてしまう事になりかねない。

 

 そもそも「デュランダルの遺産」とは、世間一般では存在すら疑問視されているような代物だ。中身については、憶測以上の物は出回っていない。

 

 だが、カーディナルは全く余裕を崩さずにいる。彼自身、この対話における勝敗が決した事を悟っている様子である。あとは、ゆっくりと追い込むだけである。

 

「確かに、世間の人間からすれば、そのような認識でしょう・・・・・・」

 

 うちのめされている王女の無知を嘲笑うように、カーディナルは笑みを含んだ声で続ける。

 

「しかしそれは、こうは考えられませんか? 『資格が無いからこそ、中身を知る事も出来ない』と」

 

 その言葉に。ユーリアは眉を顰める。

 

 資格。つまりこの場合、遺産を受け取るべき者、と言う意味であると解釈できる。

 

 ならば、と、ユーリアは最後の抵抗を示すように口を開く。

 

「・・・・・・あなたには、その資格がある、と?」

「さて、どうでしょう?」

 

 尋ねるユーリアに対し、カーディナルははぐらかすように言う。

 

「いずれにしても、私が『遺産』の内容を、何がしかの理由で知り得る立場にいるのは事実ですよ」

 

 そう言うと、カーディナルはユーリアに向けて手を伸ばした。

 

「さて、お話はもう良いでしょう」

「・・・・・・・・・・・・」

「『遺産』をこちらに渡してください。正しき物は正しき者の手にこそ帰するべきなのです」

 

 ユーリアは無言のまま、ギュッと膝の上で手を握り締め、差し出されたカーディナルの手を見詰める。

 

 目の前の男は、あまりにも危険な存在。それは、これまでのやり取りや戦いを見れば、火を見るよりも明らかである。彼に『遺産』を渡す事はできない。仮に、その中身がどのような物であったとしても、何らかの形で悪用されるであろう事は想像に難くなかった。

 

 だが、渡さなければ、捕らわれているキラ達の身に、どんな危険が降り注ぐか判らないのも事実である。

 

 思えばこの戦い、初めからユーリアに勝ち目など無かったのだ。カーディナルは人質と言う、いわば最強のワイルドカードを初めから握っている状態だったのだから。

 

 それに対して、ユーリアが交渉の場に出せるカードは、自分が手にした「デュランダルの遺産」のみ。これでは状況を覆すどころか、初めから勝負にすらならない。

 

 渡すしかないのか。

 

 そう思い、服のポケットに入れてあるデータチップを取り出そうとした。

 

 その時、

 

 備え付けられたドアホンが鳴り響く。

 

 何事かと、カーディナルが僅かに苛立ちを見せた。

 

 その時だった。

 

 突如、蹴破るような勢いで部屋の扉が開かれ、外から2人の人影が飛び込んできた。

 

 キラとクライアスだ。

 

 飛び込むと同時に、キラは手にした銃のトリガーをカーディナルへと向けて2度、引き絞る。

 

 銃声と共に飛び出して行く弾丸。

 

 その内1発は、カーディナルがとっさに身を翻した為、壁に当たって跳ね返る。

 

 もう1発は、

 

 真正面からカーディナルに向かい、

 

 そして身を逸らそうとしていたカーディナルの、仮面の額を掠めて壁へと弾かれた。

 

 その様に、僅かに舌打ちするキラ。

 

 仕留め損ねた。その外見にそぐわず、かなり高い身のこなしである。

 

 だが、それで構わない。一瞬の隙ができれば、こちらはそれで良いのだ。

 

「姫、今の内に!!」

「クライアス!!」

 

 クライアスはソファに駆け寄ると、姫君の手を引いて部屋の外へと駆け出す。

 

 それを確認すると、キラも牽制の射撃を射かけながら、2人に続いて部屋を出て行く。

 

 まさに、疾風の如き出来事だった。要した時間は1分も掛かっていない。流石のカーディナルも、最高クラスの実力を誇る騎士と傭兵コンビを相手にしては分が悪かった。

 

 開け放たれた部屋の扉を、1人残されたカーディナルは苛立たしげに見つめる。

 

 あと少しだったと言うのに、とんだ邪魔が入ってしまった物である。

 

 キラ・ヒビキ。あの男が、ユーリア・シンセミアの護衛に着くと聞いた時点で、この結果も、ある意味で予測の内だのだが、しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・遠回りをしている時間は、無いと言うのにな」

 

 独り言のように呟くと、カーディナルは追撃の指示を出す為にインターホンを手に取った。

 

 

 

 

 

 キラとクライアスがユーリアを守りつつ格納庫に到着すると、そこではエスト達が機体を確保しながら彼等が来るのを待っていた。

 

 格納庫内では、激しい銃撃戦が繰り広げられている。脱出のために銃を奪ったバルク達と、駆け付けた警備兵との間で戦端が開かれていたのだ。

 

 数の上では、エスト達は地球軍の兵士達に大きく劣っている。物量で攻められたら持ちこたえられないだろう。モビルスーツの火力を使えば、歩兵くらい一掃できない事も無いのだが、それで艦に穴が開いて空気が抜けたりしたら、それこそ一大事である。

 

 とにかく、キラ達がユーリアを連れて戻るまでは、この場を死守しなくてはならない。

 

 一同がその願いを抱きながら、銃を撃ち続けている。

 

 そして、彼等の想いは相応に報いられようとしていた。飛び交う銃弾を避けるようにして、待ち望んだ人影が走ってくるのが見えたのだ。

 

「ユーリア様!!」

 

 敬愛すべき王女の無事な姿にいち早く気付き、歓喜の声を上げるミーシャ。捕まっている間、王女の身柄が無事かどうか気が気ではなかったのだろう。ミーシャはユーリアの元へ真っ直ぐに駆け寄って飛び込んで行く。

 

「ミーシャ、無事で良かった」

「ユーリア様も、ご無事で良かったです!!」

 

 優しく抱擁を交わす主従。取り戻した温もりを、互いに感じ合う。

 

 だが、あまり時間を掛けている暇は無い。そうしている間にも、敵の数は増えているのだ。

 

「僕達はモビルスーツで出て時間を稼ぐ。みんなは連絡艇で脱出するんだ!!」

 

 こんな場所は、さっさと出て行くに限る。

 

 キラは皆に指示を出し、クライアスとエストを連れて奪回に成功した機体へと駆けると、その間にユーリア達は、格納庫の隅に停めてある連絡艇へと駆け寄る。それを奪って、フューチャー号まで戻るのだ。

 

「こっちじゃ、急げい!!」

 

 バルクは手にしたライフルを撃ち、近付いて来る敵を牽制しながら、背後に向かって叫ぶ。

 

 他のクルー達は皆、人垣を作ってユーリアとミーシャを守って駆けて来る。万が一にも彼女達を傷付けるわけにはいかない。その想いは、皆同じである。

 

 何としても、彼女達を守ってこの場を脱出する。その想いの元、バルク達は一丸となって戦い続ける。

 

 あと少し。

 

 あと少しで、脱出できる。

 

 そう思った瞬間、

 

 連絡艇の陰から、生き残っていた地球軍兵士が飛び出すのが、バルクの視界に見えた。

 

 兵士の動きは、流石に訓練されているだけあって素早い。とっさの対処が追いつかないうちに、銃口はユーリアへと向けられていた。

 

「いかん!!」

 

 バルクは、とっさにユーリアを庇うように、その身を銃口の前へと躍らせる。それと同時に、兵士はトリガーを引き絞った。

 

 放たれる銃弾。

 

 弾丸は真っ直ぐにバルクの肩へと命中し、老人はもんどりうって床へと倒れる。

 

「バルクさん!!」

 

 悲鳴に近い声を上げるユーリア。

 

 撃った兵士は、ただちに反撃を食らって倒されたが、こちらが蒙った損害は深刻である。

 

 ユーリアは顔を青褪めさせ、崩れ落ちたバルクへと駆け寄った。

 

「バルクさん、しっかりなさってください!!」

 

 叫び声をあげて取り乱すユーリア、あのカーディナルと対峙した時でさえ、彼女がここまで我を忘れる事は無かったはずである。

 

 自らの服が血で汚れるのも厭わず、バルクを抱き上げようとするユーリア。

 

 そんなユーリアに対し、バルクは力を振り絞って顔を上げ、王女の顔を見詰める。

 

「ば・・・・・・馬鹿もん・・・・・・わ、儂は良いから、早く、逃げんかッ」

「そんな事は、できるわけないじゃないですか!!」

 

 ユーリアはそう言うと、傷ついたバルクを脇から抱え上げようとする。どうやら、そのまま抱えて連絡艇まで運ぶつもりらしい。

 

 しかし、非力な少女の細腕では、老人とは言え大の男を抱え上げるのは難しい。

 

 それでもどうにか、ミーシャにも手伝ってもらい、クルー達が時間を稼いでいる隙に、連絡艇に乗り込む事ができた。

 

 後は扉を開いて脱出するだけである。

 

 一方その頃、キラ達はどうにか、それぞれの機体に乗り込む事に成功していた。

 

 調べてみると、特に何らかの細工をされた様子は無い。流石に地球軍でも、短時間の内に機体を弄る事はできなかったらしい。

 

 ここまで来れば、もはや脱出は成ったも同然である。あとは目の前のカタパルトデッキに続くハッチ。これを開くだけである。

 

 しかし当然、これを開くには特定の操作が必要になるのだが、今から外に出て開閉操作をする余裕が無いのは語るまでも無い。

 

 となると、方法は1つ。何気に二番煎じ的な感が無くは無いが、この場では特に有効である事は間違いなかった。

 

「2人とも、下がって!!」

 

 キラはクライアスとエストに通信を入れると、デスティニーを格納庫のハッチの前に立たせる。

 

 脱出するにしても、このハッチを破らなくてはならない。だが下手な武装を艦内で使ったりしたら惨事を引き起こしかねない。だが、幸いと言うべきか、デスティニーにはこういう事には最適な武装が装備されている。

 

 掲げたデスティニーの左腕が、白色に発行するのが見える。

 

 その様子を見て、キラが何をするのか悟ったのだろう。それまで脱出を阻止しようとライフルを振り翳していた兵士達が我先にと、格納庫の外へ慌てて出て行くのが見える。

 

 だが、彼等が退避するのを待つ義理はキラには無い。

 

 キラはデスティニーの左手に装備したパルマフィオキーナを起動すると、迷う事無くハッチへ叩き付けて、遠慮無く吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「怪人」      終わり

 


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