機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-12「騎士と傭兵と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同が見ている前では現在、壮大な「解体ショー」が執り行われている真っ最中だった。

 

 解体されているのはかつて「メンデル」と呼ばれていた廃コロニーだが、攻撃を開始してから1時間弱。既に原型を全くと言っていい程留めてはいなかった。

 

 度かなさる砲撃によって壁面は崩れ落ち、舞い上がる炎は真空の宇宙空間にあっても消える事は無い。遠望すれば内部の区画は剥き出しになっているのが分かる。戦艦の砲撃の凄まじさを如実に物語っていた。

 

 既にメンデルの崩壊は避け得ない物となりつつあるのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 コロニー1基が炎の中に崩れ去っていく様子を、砲撃を指揮していたジークラス・フェストは、鋭い眼差しで眺めていた。

 

「ジーク」

 

 傍らに立ったメリッサ・ストライドは、上官に対して愛称で呼びかける。

 

 他の者は、普通に名前で呼ぶが、ザフト軍時代から付き合いがある彼女だけは、傭兵となった今も当時からの愛称である「ジーク」と呼んでいる。

 

 今や、彼女以外に呼ぶ者がいなくなったその名前を、ジークラスは心地よい思いで聞き入る。メリッサがこう呼んでくれる時だけ、かつてザフト軍にいた時の気分になれるような気がするのだ。

 

「攻撃予定が終了したけど、まだ続ける?」

「そうだな・・・・・・・・・・・・」

 

 メリッサの言葉を聞いて、ジークラスはしばし顎に手を当てて考え込む。

 

 このまま続けるのも良いが、これ以上の攻撃を続けたら最悪、本当にコロニーが崩壊しかねない。この攻撃は、あくまで内部にいるユーリア一行をいぶり出す為の物だ。本当に壊してしまったのでは何の意味が無いのだ。

 

 一応、事前の調査で遺伝子研究所があったと思われる周辺は避けて砲撃しているが、それでも攻撃を重ねれば完全崩壊を誘発してしまうのは自明の理である。

 

 そうなる前に敵が外に出てくればベストなのだが、しかしだからと言って攻撃の手を緩めるべきではない。敵に息をつく暇を与えないでこそ、燻り出せる状況が作れるのだ。

 

 まさにジレンマである。何だかこれでは、包囲を仕掛けているこちらの方が心理的な陥穽に陥っているようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・続行すべき」

 

 低い声で囁くように告げたのは、レニ・ス・アクシアだった。

 

 弱冠19歳ながら、レニはファントムペインの中で、カーディナルに最も信頼されている兵士である。その為こうして、カーディナルが行くところに護衛として付き従う事が多かった。

 

 もちろん、ただ単に「お気に入り」であるから、という理由だけでカーディナルが連れまわしている訳ではない。

 

 レニは「高位空間把握能力」という稀有な素養を持つ少女であり、昨今では一般武装として多く出回り始めているガンバレルやドラグーンといったオールレンジ攻撃用の武装を、インターフェイスの補助無しで扱う事が出来る数少ない存在である。それによって実現した高い戦闘力は、ジークラスやウォルフといった部隊長クラスのエースパイロットとも互角以上に戦えるほどである。

 

 その高い戦闘力ゆえに、カーディナルもまた高い信頼を寄せ、少女に自らの護衛を一任しているのだった。

 

 増援が来た際に、カーディナルと共に合流した少女は、冷ややかな瞳で朽ち行くコロニーの様子を眺めている。その瞳からは一切の感情の流れを読み取る事はできな。ただあるがままの状況を受け入れている。そんな感じだ。

 

 それに対してジークラスは呆れたように肩を竦めて指摘する。

 

「それで、データまで吹き飛ばしてしまったら意味が無いだろ」

 

 自分達の任務は『デュランダルの遺産』に関するデータを持ち帰る事である。それができなかったら、何の意味も無いのだ。

 

 だが、対するレニは何でもないと言った調子で、ジークラスを見ずに応える。

 

「手に入れるのが難しいなら、一緒に吹き飛ばしてもかまわないはず」

「だが、手に入れられるようなら、それに越したことは無い。違うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジークラスの言葉に、レニは無言のまま視線を前方へと向ける。

 

 対してジークラスは肩を竦めながら、議論を打ち切る。この無口系少女がこういう性格であると言う事は知っていた為、今さら拘泥するには値しない。

 

 そんな2人のやり取りを面白そうに眺めていた男が、笑みを含んだ声で告げる。

 

「まあ、良いじゃないか。まだどっちに転ぶか決まったわけではない。ここでもう暫く、状況を見守るのも悪くないだろう」

 

 仮面をつけた男、カーディナルはそう言って2人を宥める。

 

 スカンジナビア王国における宮廷工作を務めていたカーディナルだが、ユーリアが遺産を求めて宇宙に出た事を知ると、腹心の部下に後事を託し、自分はレニを連れてシャトルでL4までやってきたのである。

 

 「遺産」は彼の計画の中で、どうしても手に入れておきたい代物である。それ故、一時的にスカンジナビアを離れてでも、「遺産」奪取の為に赴いたのである。

 

「なかなか強情だね、彼等も」

 

 炎に包まれて崩れていくメンデルを見詰めながら、カーディナルは感慨深げに頷く。

 

 実のところカーディナル自身、遺産の在り処についてはだいぶ前から、いくつか候補を絞って見当をつけていたのだ。その中には当然、メンデルの遺伝子研究所も含まれていた。

 

 世間ではあれこれ騒がれていた「遺産」の存在だが、その所在を探すのに、カーディナルはそれほど特殊な手法を用いたわけではない。単純に、生前のデュランダルが歩んできた足跡をたどれば、さほど難しい話でもなかった。

 

 しかし問題は在り処その物よりも、遺産を取り出す為の鍵、パスワードの有無だった。

 

 そのパスワードを知る唯一の人間の存在を知ったのは2年ほど前の話である。

 

 早速、配下の者たちを派遣し、デュランダルの研究者時代の同僚だったというその人物を捕える事に成功したカーディナルは、あの手この手の手段を用いて口を割らせようとした。

 

 しかし、その男はあまりにも頑なにカーディナルの要求を拒み続け、幾多の拷問にかけたにも関わらず、ついに口を割る事は無かった。

 

 そして見張りの兵士が少しだけ気を抜いた隙に男は脱走し、事も有ろうにスカンジナビア王家に保護されてしまったのだ。

 

 だからこそ、カーディナルは自らフィリップに取り入る形でスカンジナビアに潜り込んだのだ。スカンジナビアの第1王子が、妹姫に対してある種のコンプレックスを抱いている事は知っていた。そこのところを利用して、あたかも自分が、フィリップが覇権を取るのを手助けする為にやって来たように見せかけて。

 

 ようは「遺産」さえ手に入れば、カーディナルとしてはそれで良かった。フィリップの事も、スカンジナビアの事も、その後でどうなろうが知った話では無かった。ただ自分の目的を達成するまでの間、スカンジナビア王家に取り入る理由が得られれば良かったのである。

 

 実際、フィリップは良く踊ってくれている。彼は今や、カーディナルの真意については疑ってすらいない。そのくせ、権力はあるのだから、カーディナルとしては実に使い出のある「駒」だった。

 

「・・・・・・・・・・・・もう1回だ」

 

 考えた末に、ジークラスは答えを出した。

 

「もう1回、艦砲射撃のローテーションを行う。それでダメなら本攻撃を開始する」

「ああ、それで構わない」

 

 ジークラスの言葉に、カーディナルも頷きを返す。

 

 敵の機動兵器が高い戦闘力を持っているのは、これまでの戦闘で判っている。まともなモビルスーツ戦闘では数を揃えたとしても確実に勝てると言う保証は無い。だから、完全に包囲した上で、艦砲射撃を浴びせた方が効率的だった。

 

 戦艦部隊が、更なる砲撃を目指して攻撃位置に着こうとした。

 

 まさにその時。

 

 出し抜けにコロニーの外壁を食い破る形で吹き抜けた砲撃が、先頭を進む戦艦を直撃した。

 

「何ッ!?」

 

 艦橋に立つジークラス、メリッサ、そしてレニが思わず目を剥く。

 

 艦橋に立つ、他の者たちも同様である。突然の事態に、誰もが言葉を失っている。

 

 1人、動揺を見せていないのはカーディナルくらいである。彼はまるでこの事態を初めから予想していたかのように、泰然としたまま、轟沈する戦艦の様子を仮面の奥から眺めている。

 

 突然の攻撃により、直撃を受けた戦艦はひとたまりもなかった事だろう。そのまま直撃を受けた弾薬庫を誘爆させて、虚空に向かって炎を上げて爆散した。

 

 その様子を眺める一同の前に、

 

 コロニーに生じた巨大な破孔からから飛び出る形で、3機のモビルスーツが姿を現した。

 

 更にその後方からは、ツギハギをしたような外見の貨物船が、導かれるようにして進み出てくる。

 

「・・・・・・成程、港が塞がれているなら、それ以外の場所に出口を求めればいい、か。道理だね」

 

 皆が茫然として成り行きを見守る中、1人泰然としたカーディナルが感心したように呟く。

 

 恐らく艦砲を使って外壁に無理やり破孔を開き、そこから脱出したのだ。

 

 入り口が無ければ作れば良い。考えてみれば単純だが、あれだけ燻り出しが続く中で、とっさによくも考え付いたものだと感心してしまう。

 

 突然の状況に茫然としていたジークラスだが、そこは彼も歴戦の将である。すぐに我に返り、自分がするべき事を思い出す。

 

「出撃するぞ、異論は無いな?」

「ああ、頼む」

 

 確認を取るジークラスに対して、カーディナルは躊躇い無くうなずきを返す。

 

 是非も無い。敵が飛び出して来たのなら、迎え撃たねばならないだろう。

 

「行くぞ、お前等」

 

 カーディナルの許可を得た事で、ジークラスは颯爽と踵を返して歩き出す。

 

 メリッサとレニも、それに続いて艦橋を出て行く

 

 先頭を歩くジークラス。その口元には、不敵な笑みが浮かべられているのが見える。

 

 面白くなってきた。やはり、狩りはこうでなくてはなるまい。

 

 

 

 

 

 メンデルの壁面をフューチャー号の主砲で爆破し、そこから脱出すると言う荒業を実際に提案したキラとしては、その無謀さに反して成功確率はそれなりに見込んでの事だった。

 

 

 敵は戦力をコロニー前後の港口に集中させている。ならば、他の場所は手薄である可能性が高いと判断したのだ。

 

 フューチャー号は、地球連合軍の戦艦が標準装備している225センチ収束火線連装砲ゴッドフリート1基を後付け装備している。これを使えば、脆くなったコロニーの外装を破る事も不可能ではない。

 

 放った砲撃が壁を破るどころか、その外側にいた敵艦を直撃して撃沈に至ったのは、単なる偶然だが、それは僥倖というべきだろう。

 

《あまり時間が無いッ!!》

 

 デスティニーの前を行くフリーダムから、クライアスが通信機越しに切羽詰まった声で叫んでくる。

 

《港口の敵が反転してくる前に、何としても突破口を開いて船を逃がすぞ!!》

「了解!!」

 

 答えると同時にキラのデスティニーが、そしてエストのノワールグロリアスが速度を上げて前に出る。

 

 言われるまでも無く、両サイドの港口に張り付いている敵が戻ってきたら、再び包囲される事になる。その前に何としても、敵の阻止線を突破しないといけなかった。

 

 飛翔するデスティニー以下3機のモビルスーツ。

 

 それに対抗するように地球軍の艦艇からも、出撃してくる機影が見えた。

 

 ジークラスのグラヴィティとメリッサのハウリング。そしてレニのサイクロン。いずれも、精鋭ぞろいのファントムペインの中にあって、一騎当千と称しても良い猛者たちである。

 

 彼らの排除無くして、キラ達の脱出はありえなかった。

 

「そこをどいてもらおう!!」

 

 先行するのはライトニングフリーダム。

 

 叫ぶと同時に、クライアスはフリーダムの背から12基のフィフスドラグーン機動兵装ウィングを一斉射出して、グラヴィティ、ハウリング、サイクロンに差し向ける。

 

 5つの砲口を備えた12基のドラグーンは、攻撃位置に着くと同時に一斉攻撃を開始する。

 

 機動力のある移動砲台というのは、それだけで狙われた側は脅威である。反撃しようにも、圧倒的に小型である為なかなか照準が付けられないのだ。

 

 フィフスドラグーンは不断に位置を変えながら、息も尽かさぬ連続攻撃を放ってくる。

 

 入れ替わり立ち替わり、砲撃を行う12基60門の砲撃。

 

 たちまち、空間は多量の閃光によって塗りつぶされていく。

 

 だが、ジークラス達も音に聞こえたファントムペインである。これだけ派手な攻撃を展開されているにもかかわらず、臆する事無く飛び込んでくる。

 

 強敵を前にして、臆する者など初めからファントムペインにはいない。自らの血でもって墓碑銘を書き込む事こそが、彼等にとっての至上の栄誉と言える。

 

 解き放たれる砲火。

 

 対抗するように、キラ達もまた、それぞれに散開して迎え撃つ体勢に入った。

 

 

 

 

 

 真っ先に飛び出したレニが狙ったのは、フリーダムである。

 

 地上で既に、二度の対決を経て、あの機体が強敵である事は実感している。恐らくユーリア王女の護衛の中では、あれが最強の存在だろう。

 

 だからこそ潰す。一番先に。

 

 レニはサイクロンを加速させると、距離を詰めながら攻撃態勢に入る。

 

 2本のダインスレイブと、4基のガンバレルを展開。照準を、12翼を広げて向かってくるフリーダムへと向ける。

 

 合計6門による砲撃でフリーダムに襲い掛かるサイクロン。

 

 しかし、対抗するようにクライアスも、サイクロンの砲撃を上昇して回避。同時に反撃に転じるべく、12基の翼から一斉にドラグーンを射出する。

 

「行け!!」

 

 一斉に方向を転じ、サイクロンに向けて殺到するドラグーン。

 

 その様を見て、レニは思わず目を剥く。

 

「以前と、装備が違う!?」

 

 以前戦った時、フリーダムは地上戦用の装備だった為、レニは装備が違う事からくる戦術の変更に気付かなかったのだ。

 

 レニは驚きながらも、自身に迫る危機を回避すべく機体を操り、ドラグーンの射線から逃れようとする。

 

 放たれる一斉砲撃は、まるで光の檻のようにサイクロンを包み込んでくる。

 

 1基に付き5門。合計60門から成る全方位一斉攻撃。火力だけでも、サイクロンの10倍である。

 

 しかし攻撃を受けるレニもまた、凡庸のパイロットではない。フィフスドラグーンから放たれる無数とも言える閃光を一条毎に正確に見極め、僅かな隙間に機体をねじ込ませる事で回避していく。

 

 フリーダムの放つ圧倒的な砲撃。

 

 しかし、それを持ってしてもサイクロンを仕留めるには至らないと言う事態に、クライアスは苛立ちの籠った視線を向ける。

 

「こいつ、どこまでも逃げる気か!!」

 

 叫ぶと同時に、更に攻撃速度を速めるようにドラグーンに指令を送るクライアス。

 

 フリーダムのドラグーンはインターフェイス容量の増大により攻撃が自動で行える。その為細かい制御をする事は難しい物の、逆に言えばそれほど高い空間認識力は必要としない為、一般の兵士にも難無く扱う事ができる。

 

 クライアスが放ったコマンドを受けサイクロンを包囲、一斉攻撃を仕掛けるドラグーン。

 

 視界全てが、光以外見えない。

 

 今度こそ仕留めるか。

 

 クライアスが内心でそう思った瞬間、

 

 レニは機体をひねり込ませるように機動させると、真っ直ぐに伸ばした両手にライフルモードのダインスレイブ複合銃剣を構え、機体を回転させながら連続して撃ち放つ。

 

 正確な射撃が、砲撃体勢にあったドラグーンを次々と直撃する。

 

 瞬く間に5基のドラグーンを叩き落とすと、レニは空いた空間に無理やり機体をねじ込ませる事で、ドラグーンの包囲攻撃を回避した。

 

「馬鹿な!?」

 

 必殺と思っていた攻撃が思わぬ手段で反撃され、クライアスは思わず声を上げる。

 

 それでも構わず砲撃を行うが、やはり5基ものドラグーンが破壊されたのは大きい。

 

 数の減ったドラグーンの包囲網を、サイクロンはいともあっさりと抜け出し、反撃の体勢に入るべくダインスレイブを構え直す。

 

 サーベルモードのダインスレイブを振り翳して斬り掛かっていくサイクロン。

 

 一方のクライアスは、ドラグーンの数が減った事で遠隔攻撃は難しいと判断、フルバーストへの切り替えを行うべく、残った7基のドラグーンを引き戻してフリーダムの周辺に展開する。

 

 斬り掛かってくるサイクロンに対して、42門に減ったフルバーストを撃ち放つフリーダム。その威力は、全開時と比しても遜色無い物である。

 

 対してサイクロンは、大きく旋回して回避する事で奔流の如き砲撃を回避する。

 

 そこへ、

 

「隙だらけだ!!」

 

 一瞬の隙を見出したクライアスの叫びと共に、2本のビームサーベルを抜いて斬り掛かっていくフリーダム。

 

 交差するように振るわれた斬撃を、サイクロンは沈み込むようにして回避。同時に両手のダインスレイブをサーベルモードにして斬り上げる。

 

 空を切る互いの斬撃。

 

 しかし両者は構わず、互いに剣を振るい続けた。

 

 

 

 

 

 キラは飛び出すと同時にデスティニーの背中からシュベルトゲベール対艦刀を抜き放ち、ジークラスのグラヴィティに斬り掛かる。

 

 視界の彼方では、同様にハウリングと斬り結んでいるエストのグロリアスが見える。

 

 エストの方も、ワンオフ機相手では一筋縄ではいかないだろうから掩護は期待できない。こっちは何としても、キラが抑える必要があった。

 

 接近すると同時に大剣を一閃するデスティニー。

 

 オリジナル・デスティニーに比べると様々な面で簡易化されている量産型デスティニーだが、機動力だけはオリジナルと同等の物を与えられている。

 

 その為、射程外から一気間合いの内へと接近、勢いのまま斬り付ける。という戦術が可能となる。

 

 シュベルトゲベールを振り下ろすデスティニー。

 

 しかし、大剣の一撃は、グラヴィティを捉える事はない。その前にジークラスは、機体を上昇させてデスティニーの攻撃を回避する。

 

「おっと・・・危ねえ危ねえ」

 

 余りの攻撃速度を前に、危うく回避を見誤るところだったジークラスは、冷や汗交じりに苦笑する。

 

 対決はこれで2度目となるが、先の戦闘でも初見のグラヴィティと互角以上の戦いを演じたデスティニーである。油断はできなかった。

 

「なら、これでどうだい!?」

 

 機体を翻すと同時に、グラヴィティが手にしたビームライフル、更に肩のビームキャノンと胸部のスキュラをデスティニーに向けて一斉に撃ち放つジークラス。

 

 複数の閃光は、真っ直ぐに伸びる。

 

 しかし、

 

「それなら!!」

 

 キラはデスティニーの機動防盾を展開して防御。更に、追いつかない場合は比類ない機動性を発揮して全て回避して見せる。

 

 舌打ちするジークラス。

 

 デスティニーの機動性に、照準が追いつかない。グラヴィティの高い砲撃力も、撃てば撃つほど空しく空を切るだけだった。

 

 瞬間、キラは反撃に転じる。

 

 凄まじい加速と共に、真っ向から斬り込むデスティニー。

 

 対抗するように、グラヴィティもまたシールドと両腕、両足のビームクローを構えて迎え撃つ。

 

「ハッ!!」

 

 キラの鋭い声と共に、シュベルトゲベールを袈裟掛けに振りかぶり斬り掛かるデスティニー。

 

 ジークラスも同時に、4本のクローを振るう事で斬り掛かる。

 

 すれ違うデスティニーとグラヴィティ。

 

 互いにダメージは入らない。

 

 刃は全て、自分達の敵を斬る事は無かった。

 

 次の瞬間、僅かに生じた隙をキラは見逃さない。

 

 デスティニーは深紅の翼を煌めかせ、鋭い軌道を描いてターンさせる。

 

 向けられる、ハイブリットライフルの銃口。

 

 放たれたのは実体弾。

 

 その一撃は、ようやく機体を振り返らせたグラヴィティの胸部を直撃した。

 

「ぐおっ!?」

 

 直撃の激震に揺れるコックピット内で、たまらずに呻き声を上げるジークラス。

 

 更に生じたその隙を逃さず、キラは次の手を刻むべく動く。

 

 デスティニーの左手で肩からフラッシュエッジを抜き放つと、ブーメランモードでグラヴィティめがけて投げつけた。

 

 旋回して飛翔するブーメランに対し、グラヴィティは攻撃を回避した直後であり、すぐには動く事ができない。

 

 ブーメランは、そのグラヴィティの右足を斬り裂いて薙ぎ払った。

 

「クソッ!?」

 

 右足欠損の表示を見て、舌打ちするジークラス。

 

 バランスを失ったグラヴィティは、錐揉みするようにして流されていく。

 

 対してデスティニーは、戻ってきたフラッシュエッジを受け取ると、今度はサーベルモードにしてグラヴィティに斬り掛かる。

 

「舐めるなよ!!」

 

 対抗するように、3本のクローを展開して迎え撃つ。

 

 デスティニーとグラヴィティは、互いの刃を翳して斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 デスティニーVSグラヴィティ、フリーダムVSサイクロン、グロリアス・エスト機VSハウリング。

 

 これらの死闘が繰り広げる中、両者は一進一退の状況が続いている。

 

 互いにわずかずつダメージを蓄積しているものの、それが決定打と言えるほどには至っていない。

 

 このまま膠着したまま時間が推移するのか。

 

 そう思った時だった。

 

《ユーリア王女の護衛達に告げる》

 

 突如、宙域全体にオープン回線で通信が入った。

 

 妙に落ち着き払った声に、全員が今にも引こうとしていたトリガーに掛かっている指を止める。

 

 通信はさらに続いた。

 

《ユーリア王女の護衛達に告げる。ただちに武装を解除して、こちらの指示に従え。さもなくば、王女、および君達の母艦に乗る者達の命は保証しない》

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 

 キラ、エスト、クライアスに激震が走った。ほぼ同時に、3人はカメラアイをフューチャー号へと向ける。

 

 王女を乗せた継ぎ接ぎだらけの貨物船は、キラ達が戦っている隙に戦場を離脱しようとしている。

 

 だが、その周囲には10機以上のグロリアスが展開し、一斉にビームライフルを向けていた。

 

 まさに、状況は「チェックメイト」といった感じである。

 

《繰り返す》

 

 完全に勝ち誇ったカーディナルは、降伏勧告を繰り返す。

 

《ただちに武装を解除して降伏せよ。こちらの指示に従えば、王女と君達の身の安全は保障しよう》

 

 ギリッと歯ぎしりする音が、通信機越しに聞こえた。

 

 いかに強大な力を誇るキラやクライアスでも、守るべき対象である王女を人質にされていたのでは如何ともしがたい。

 

 中でも、騎士であるクライアスを襲った衝撃は計り知れなかった。

 

《ユーリア様!!》

「ダメだ、アーヴィング大尉!!」

 

 思わず前に出そうになっているクライアスを、キラはとっさに制する。

 

 ここで下手な動きをしては、却ってユーリア達の身を危険に晒す事になる。悔しいが、今はどうする事も出来ない。

 

「ここは、堪えて!!」

《・・・・・・・・・・・・クソッ》

 

 キラの指摘に対して、コンソールを強く拳で叩くクライアス。

 

 しかし、どうにもならない事はクライアスにも判っている。

 

 残念ながら、今のキラ達には他に状況を打開する術は無い。カーディナル達の要求に従うしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦ミカエルは、ローガン隊旗艦ガブリエルの同型艦であり、同クラスのネームシップに当たる。

 

 新鋭戦艦だけあり、主砲や装甲など戦闘に関する要素はもちろんだが、居住性等の内部設備も充実した物ばかりである。

 

 艦長室もまた同様である。高級ホテル並みに豪華と言う訳ではないが、充分な広さと機能的な快適さを実現していた。

 

 そのミカエルの艦長室で今、ユーリアは再び、かつて自分を誘拐した仮面の男、カーディナルと対峙していた。

 

「また、お会いできて光栄ですよ、ユーリア様」

 

 椅子に慇懃な調子で、語りかけるカーディナルに対して、ユーリアは対面に腰掛けたまま、毅然とした調子で仮面の男を睨み返す。

 

 この男とは既に一度対峙している為、その不気味さからくる存在感に飲まれる事は無い。

 

 だからこそ、ユーリアは真っ向から仮面の男に向き合う事は出来た。

 

「他の皆は無事ですか?」

「勿論ですとも。お約束した通り、丁重に扱っていますよ」

 

 予想していた質問であるかのように、カーディナルは淀みの無い口調で答えた。

 

 戦闘の後、ユーリア達は拘束され、このミカエルに連れてこられていた。

 

 キラ、エスト、クライアスを始め、フューチャー号に乗り込んでいたクルーやミーシャも今は連行され、艦内に拘束されている。

 

 彼等の身が案じられる所であるが、今のユーリアにはそれを確認する術がない。目の前にいる怪しい仮面の男の言葉を信じる以外になかった。

 

 そんなユーリアの心情を見透かしているかのように、カーディナルはさらに続ける。

 

「しかし無論、それが永久に保証されるわけではありません。我々としまして、このような場所まで物見遊山で来た訳ではありませんので」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 これはユーリアも予想していた事だ。

 

 拉致された時、カーディナルは「遺産」の事に言及してきていた。つまり、この人物も何らかの形でデュランダルの遺産について知っており、それを欲していると言う事である。そもそも、ユーリアが「遺産」を得る為にわざわざメンデルまで来た事自体、カーディナルに誘拐された事が起因しているのだから。

 

 そしてユーリアが出国した後も、地球連合軍は再三にわたって襲撃を仕掛けてきたことから考えると、これまでに起こった一連の事態の全てが、この男の手の上だったのだと考える事が出来る。

 

「渡していただけませんか、『デュランダルの遺産』を」

 

 容赦なく要求を突き付けるカーディナル。

 

 彼からすれば当然の要求であり、ユーリアにはそれ以外に交渉できるカードが無い事を知った上での要求である。

 

 そして、カーディナルの予定通りとでもいうべきか、

 

 その要求に対抗するだけの力は、もはやユーリアには残されていなかった。

 

 

 

 

 

 フューチャー号はミカエルに接舷した状態で停船していた。

 

 ただし機関は灯を落とし、システムも完全に停止状態に置かれている。

 

 クルー達の姿も無い。全員が既に、ミカエルに連行されていた。

 

 デスティニー、フリーダム、グロリアスの3機の艦載機もミカエルに収容されている為、格納庫内は閑散としている。

 

 動く物が何も無く、静寂のみが存在している格納庫の中で、

 

 不意に床板がずらされ、中から様子を伺うように覗き込む視線が複数現れた。

 

「・・・・・・誰も、いないみたいだな」

 

 サイは周囲を入念に確認し、見張りの兵が誰もいないのを確認すると、床板を開けて外へ出る。

 

 サイに続いて、整備用の繋ぎを着た者達が飛び出してきた。皆、フューチャー号に乗り組んでいる、スカンジナビアから来た整備班員達である。

 

 地球連合軍に拘束され船が接収された時、彼等はとっさに床板の下にある隠し部屋に身を隠し、息を殺して脱出の機会をうかがっていたのだ。

 

 この隠し部屋の事は、以前バルクから聞かされており、万が一の際にはここに隠れるように言われたのだ。

 

 時間が無かったせいもあるのだろうが、地球軍の兵士も、まさか床板にこのような仕掛けがあるとは思ってもみなかったらしい。その為、サイ達は拘束される難を逃れたのだ。

 

 恐らく地球軍の兵士は、機関部やブリッジ、CICの占拠に割り振られているのだろう。当分、格納庫の方に戻ってくる心配は無いと思われた。

 

「良いな。これから速やかに、船のコントロールを奪還するぞ。敵は俺達の存在に気付いていないだろうから、多分油断している。だが、充分慎重にな」

 

 サイの言葉に頷くと、整備班員達は予め決めていた担当に従って別れ、行動を開始する。

 

 武装貨物船であるフューチャー号は、万が一海賊等に乗り込まれた時の為に武器の隠し場所等も決められている。それらを確保できれば、反撃は充分に可能だった。

 

「で、でも班長・・・・・・」

 

 若い整備員が、不安そうな表情をサイに向けてくる。

 

「たとえ僕達だけで船を取り返せたとしても、アンダーソン船長やヒビキさん達が戻ってこないと、脱出もできないんじゃ・・・・・・」

「心配するな」

 

 怯える整備班員の頭をポンポンと叩き、サイは安心させるように笑顔を見せる。

 

「キラ達があの程度で参る筈が無い。必ず、すぐに戻って来るさ。その為に、俺達はあいつらが戻ってくる場所を取り返すんだ」

「はいッ!!」

 

 自身に満ちた班長の言葉を受けて、若い整備員も駆けだして行く。

 

 その背中を見送りながら、サイは表情を引き締める。

 

「頼むぞ、キラ・・・・・・」

 

 キラなら大丈夫。必ず戻ってくるはず。

 

 そう信じて眦を上げると、サイは今も脱出のために奮闘しているであろう親友を思い、自身も奪還作戦に加わるべく駆けだした。

 

 

 

 

 

 その頃、キラとクライアスは、手錠をされた状態で独房の床に転がされていた。

 

 2人とも、後ろ手に手錠をされ、更に鎖を交差させて互いの腕を拘束されている。ちょうど、二人三脚の腕バージョンと言った感じだ。勿論、現実はそんなのんきな状態ではないが。

 

 脱出しようにも、互いの体が邪魔になる為、立ち上がるどころか寝返りをうつ事すらままならない状態である。

 

 2人とも、顔には痣ができている。独房に放り込まれる前に、地球軍の兵士から散々殴られたのだ。

 

 カーディナルは身の安全を保障したが、末端の兵士の中には、血気逸って牢獄への駄賃とばかりに捕虜を殴りつける者も少なくなかった。幸い、骨が折れているような感触は無いが、それでもかなりの打撃を与えられた身体は、悲鳴を上げそうな激痛を発していた。

 

 同時に拘束されたエスト達が手荒な事をされていないか心配だったが、今は自分達の心配をしなくてはならない時である。

 

「どうだ?」

「何とかなりそうです・・・・・・もう少し、待ってください」

 

 尋ねるクライアスに応えながら、キラは後ろ手に回した手で何やらごそごそと動かしている。

 

 キラの手には、何やら細い針金のような物が握られていた。

 

 勿論、タダの針金ではない。これは、精巧に作られたチタン製の開錠ツールである。

 

 CE世代に入り、電子機器の機能が飛躍的に向上はしているが、手錠は未だに電子錠よりもアナログ式の方が主流である。電子錠の場合、正式な鍵が無くてもハッキングによりロックの解除が可能となるからだ。その点からいえば、精巧な作りのアナログロックは、鍵が無いと絶対に解除できない。

 

 もっとも、エラーはどこにでもある物で、ちゃんとした知識と開錠技術さえあれば、ロックを外せない事も無いのだ。

 

 以前、依頼により潜入捜査を行った経験があるキラは、その際にわざと捕虜になって敵の拠点に侵入すると言う荒業を使ったため、その際におぼえたのだ。もっともその後、脱出したは良いが、警備兵に見つかってしまい散々に追いかけまわされる羽目になったのは苦い思いでだが。エストが援護に来てくれるのがあと1分遅かったら、キラはそのまま天に召されていたかもしれない。

 

「なあ、一つ聞かせてくれ」

「何ですか?」

 

 作業を続けるキラに、背後からクライアスは話しかける。

 

 その間にもキラは、指を動かすのをやめない。どうにか、あと少しで最後のロックがはずれそうなのだ。

 

「キラ・ヒビキ、お前は何のために戦い続けているんだ?」

 

 それはずっと、クライアスの中でくすぶり続けていた疑問だ。

 

 キラは本来なら、何でも持てる立場にある。富、名声、権力。望めばあらゆる物を手に入れる事が、キラにはできた筈なのだ。それが許されるだけの事を、キラはしたということくらいは、クライアスにも分かっている。

 

 だが、キラはそれをしなかった。

 

 あえて全てを捨て、傭兵となって最前線を彷徨う道を選んだ。そしてそんなキラに、エスト・リーランドはついて行く事を選んだ。

 

 その事が、クライアスには理解できないのだ。

 

「そう言う事も、できた事は・・・・・・確かですけど、ね」

 

 作業の手を止めずに、キラは答える。

 

「けど、結局、そう言う事は僕には合わないって思いましたし・・・・・・それに、そう言う事ができる人は、仲間内にいくらでもいましたから」

 

 ラクスやカガリなど、権力を持たせれば、それをきちんと活用できる人間はいくらでもいる。だがキラは、本質的に自分が「戦士」であると自覚している。戦うならば、最前線に立つ事の方が性に合っていた。

 

 だから権力を持って光の道を歩むのはラクスやカガリに任せ、自分はあくまでも闇の道を進むと決めたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・やはり、俺には理解できん」

 

 クライアスは、こぼすようにそう呟いた。

 

 権力を持つ者は、それに伴う義務もまた生じる。それは民や国、そして主君を守り戦うと言う義務だ。それらは、権力があって初めてできる事。戦う理由を報酬に左右される傭兵には決してできない事だ。

 

 クライアスにはキラの選択が、たんなる責任放棄に見えていた。

 

 だがそれでも尚、この男を慕う者は多い。

 

 そう、エストのように。

 

 エストと言えば、クライアス自身、なぜあの傭兵の少女の事を思い浮かべるたびに、言いようも無く自分の想いが熱くなるのは自覚していた。

 

 この胸の内にある、少女への思いを吐き出してしまいたいと思えるほどに。

 

 だが同時に、それを口にすることを許されない事もまた判っていた。

 

 そんなクライアスに対し、キラは穏やかな口調で続ける。

 

「思う事、やりたい事、そしてできる事。それらは全部、違う物だからね。僕はただ、それらを秤に掛けて選択したってだけの話ですよ」

 

 キラがそう呟いた時だった。

 

 カチリ、と軽快な音がして腕が自由を取り戻す。キラが手錠の開錠に成功したのだ。

 

 2人は長く拘束されて、痛みが伴っていた手首を摩りながら立ち上がると、互いに視線を交わし合った。

 

「正直、俺はやはり、お前の事は理解できない」

 

 クライアスは、真っ直ぐにキラを見据えて言う。

 

「だがそれでも、今の俺達は、目的の為に協力できるはずだ」

「勿論です」

 

 そう言って差し伸べたクライアスの手を、キラは固く握り返す。

 

 騎士と傭兵。

 

 互いに相容れない信念を持つ存在。

 

 だが今、それぞれがそれぞれの大切な者を守る為に、互いに手を取り合っていた。

 

 ここからが、反撃開始である。

 

 

 

 

 

PHASE-12「騎士と傭兵と」      終わり

 


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