機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-11「始まりの地に眠る物」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニウス戦役には、多くの謎があるとされている。

 

 それは大戦後期における混乱によって、多くの資料が失われてしまった事に起因していた。

 

 特に大きな要因となっているのが、最終決戦の舞台となったザフト軍の要塞メサイアが、オーブ軍の攻撃によって壊滅してしまった事である。その際にザフト軍の作戦に関わる重要資料なども同時に焼失してしまった為、戦史を形成するうえで必要な資料も同時に失われてしまったのだ。

 

 亡失した資料で最も多かったのは、当時の最高評議会議長ギルバート・デュランダル氏に関わる物である。

 

 たとえば、メサイア攻防戦において、同要塞が搭載していた大量破壊兵器ネオ・ジェネシスについてだが、一般的には発射されたと言うのが通説になっている。しかし、発射に至った経緯については「議長が発射を指示した」「軍部が議長の指示を待たずに発射した」「オペレーターの操作ミス」と諸説出されている。

 

 中には「そもそも発射はされていない」と主張する者までいる。両軍入り乱れた戦闘中では、そうした錯誤は付き物である。ましてか正確な資料も失われてしまったのでは、確認のしようもないのだ。

 

 また、議長自身についても実際に死亡の場に立ち会った者が少ない事から、実は生き延びていた、などと言う話も終戦当初はかなり有力な説として唱えられていた。勿論、今に至るまでデュランダルが公的な場に一切姿を現していない事から、その説が事実無根である事は間違いないが。

 

 中で学者達がこぞって研究のテーマにしているのが「デュランダルは、デスティニープランを施行する事で、どのような世界を目指したのか」である。

 

 このテーマについては、特に多くの議論を呼んでいるらしい。

 

 そもそもデュランダルは、デスティニープランを施行する気が本当にあったのか? 施行したとして、本当にそれで平和が来ると信じていたのか? あるいは施行するパフォーマンスをして、自身の政権を強化しようとしただけなのではないか? とする説を唱える者もいる。

 

 デスティニープランに関するデータや資料の大半も、メサイアと一緒に失われてしまったため、真実は誰にも知る事ができない。

 

 そのような中で、一つ、戦後になって大きな波紋を呼んでいる物がある。

 

 曰く「世界のどこかに、ギルバート・デュランダルが残した『遺産』が存在している。それはこの世界における常識を、全て覆す物である」と言う。

 

 この説は、故人の巨大さもあって、人々の想像力を掻きたて、様々な憶測が飛び交っている。

 

 だが、その正体については誰も知る者はいなかった。

 

 彼が残した莫大な軍資金やそれに類する貴金属であるとする説、何か強大な兵器の設計図であるとする説、世界中の情報を集めた文書とする説等、様々である。

 

 中で最も有力なのは、世界中から集めた人々の遺伝子をデータベース化して保存した「デスティニープランのバックアップ用データ」であった。

 

 デュランダルが生涯を掛けてデザインし、世界に対して言わば挑戦状を叩き付けたに等しいのがデスティニープランだ。しかし先述した通り、プランに関するデータはメサイア陥落の際に全て失われている。そして、デュランダルは極度の秘密主義者だったらしく、重要データのほとんどは自分自身で管理していた為、バックアップデータは未だに発見されるに至っていない。

 

 もし本当にデスティニープランのバックアップデータが存在するなら、デュランダルの遺産として、これ程相応しい物は他にないだろう。

 

 だが結局のところ、当の遺産自体が見つかる気配は無く、どの説も決定的な証拠が無いまま時間だけが過ぎ行き、遺産はその存在すら疑問視されるようになっていた。

 

 そのような中にあって、その遺産を求める者達が、L4にあるコロニー・メンデルに辿りついていた。

 

 スカンジナビア王国王女ユーリア・シンセミアと、彼女を護衛する者達である。

 

 自身に度重なるようにして発生した災厄が、図らずも存在を知るに至った「デュランダルの遺産」にあると考えたユーリアは、それまでのように襲撃をかわして身を隠すと言う受け身の行為をやめ、自ら「遺産」を手に入れる為に動くと決めたのだった。

 

「メンデルの遺伝子研究所、か・・・・・・」

 

 キラは廃墟と化した施設の前に立ち、苦い感慨と共に呟きを洩らした。

 

 朽ち果て、全ての歴史から忘れられたように風化が始まっている施設。

 

 ここに「未来」は無く、ただ、「過去」の残骸として、施設という抜け殻が存在しているだけだった。

 

 キラは知らずの内に、ゴクリと生唾を飲み込む。口はカラカラに乾き、苛立つような不快感に包みこまれている。

 

 はっきり言って、ここにはあまり良い思い出は無い。

 

 かつてキラやエストが所属していたL4同盟軍が、このメンデルを拠点にしていた頃、この施設には一度だけ入った事がある。

 

 そこでキラは自分の出生に関わる秘密と、それに纏わる闇とに強制的に向き合わされることになった。

 

「キラ・・・・・・」

 

 そんなキラの様子を見て、エストは心配そうに声を掛け、自身の相棒へと寄り添う。

 

 エストには、今のキラの気持ちが痛いほどに分かっていた。

 

 あの時、あの場にはエストもいた。それ故に、エストもまたキラが内面に抱えている闇に対して無関心ではいられないのだ。

 

 あの時、真実を知ったキラは、ある意味自暴自棄となり、エストの制止も聞かず、死に急ぐように戦い続けた。もしエストがいなかったら、あの時のキラは本当に死ぬまで戦っていたかもしれない。

 

 それほどまでに、「真実」はキラを容赦なく打ちのめしたのだ。そして、その時の事が、今なおキラの中でトラウマとして残っている事を、エストは知っていた。

 

 心配そうに見上げてくるエスト。

 

 そんなエストに対して、キラは優しく笑いかける。

 

「ありがとう。大丈夫だよ」

「・・・・・・はい」

 

 キラの言葉に、頷きを返すエスト。

 

 そんなエストから視線を外し、キラはもう一度施設を見上げる。

 

 かつて、希望を見出す為に絶望を積み重ねた場所。

 

 人の飽くなき夢。

 

 最高のコーディネイターを作り出す為に、非人道的な実験が、この場で繰り返された。

 

 多くの命が産まれたばかりで失われ、悲劇と言うにもおぞましい行為が平然と行われていた。

 

 人は人として、どこまで残酷になれるかという事を具現化したのが、この遺伝子研究所であると言える。

 

 そうした悲劇の繰り返しの末に生み出されたのが「キラ・ヒビキ」と言う存在である事を考えれば、いかに自分が呪わしい物であるかが分かる。

 

 だが、それでも・・・・・・

 

 キラは、そっと、エストを抱く腕に力を込める。

 

 自分の「出生」は呪われた物であったかもしれない。

 

 だがそれでも、自分の「人生」まで呪われていたとは思っていない。その証拠が、傍らに立ってくれている少女の存在だ。

 

 彼女がいてくれたからこそ、自分は自分に掛けられた呪いを打ち払う事が出来たのだ。

 

 背後から足をとが近付いてくるのに気付き振り返る。

 

 視線を向けると、ユーリアとミーシャ、クライアスの3人が並んで歩いて来るのが見えた。

 

 ユーリアは手ぶらだが、クライアスは一応念のためにとライフルを持って構え、ミーシャは背に大きなザックを背負っている。こちらはどうやら、必要な機材を詰め込んでいるようだ。

 

 バルクやサイなど、他のクルー達はフューチャー号に残っている。大勢で入っても意味は無い為、この5人が遺伝子研究所に入って「遺産」を取って来る事になったのだ。

 

「ユーリア様、準備できました!!」

「ご苦労様、ミーシャ」

 

 大きなザックを背負ったミーシャに、ユーリアは笑いかける。

 

 メンデルは既に破棄されて久しい。内部の空気は抜けており、あらゆる装置は停止している。その為一同は、パイロットスーツや宇宙服を着てこの場に立っている。

 

 更に内部を進むために必要な電灯や、システムを動かす為のバッテリー等も持っていかなくてはならない。ミーシャが背負っているのは、それらの道具であるらしい。

 

 しかし、エストと比べても遜色ない程の小柄なミーシャである。背中のザックがいかにもアンバランスで重たそうだった。

 

「大丈夫? 僕が持とうか?」

「いえ、大丈夫です。任せてくださいッ これもメイドのお仕事です!!」

 

 気遣うキラに対して、ミーシャは力強く返事を返す。どうやら、自分も役に立てると言う事態が嬉しいらしい。ザックを誇らしげに背負ってみせる。

 

 ミーシャの返事にキラは納得して肯くと、メイド少女に笑いかけて引き下がる

 

 まあ、本人が嬉しそうにしているなら良いだろう。

 

 そうしている内に、内部に入る準備は整ったようだ。

 

「さあ、参りましょう。聞いた話によれば、遺産はこの奥にあるとの事です」

 

 そう言うと、先頭に立って歩き出すユーリア。

 

 他の4人も、彼女の後に続いて研究所の廃墟の中へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 廃棄されて久しい研究所の内部は、手入れする人間もいない為、荒れ放題のまま放置されていた。

 

 慣性重力制御も働いていないようで、様々な物が空中に散乱して巻き散らかされている状態だ。それらをかき分けながら進むのは意外に骨が折れる事である。

 

 進めど、見えるのは闇ばかり。先頭を進むキラが持った電灯だけが唯一の光源であった。

 

 人の気配が全くしない闇の空間は、まるで特集番組に出て来る心霊スポットの廃墟を連想させる。

 

 空気その物がへばりつくような不快感が伝わってくる。

 

 魔窟の如く存在している研究所の中を、5人はライトの明かりだけを頼りにして奥へ奥へと進んで行く。

 

 先頭にはキラが立ち、次にクライアスがライフルを持って続く。更にその後方に、ユーリア、ミーシャが続き、エストが最後尾で警戒に当たっている。襲ってくる物がいるとは思えないが、万が一の事が起こった場合、非戦闘員2人を守れるような体勢である。

 

「姫様」

 

 クライアスはキラの後から続きながら、背後にいるユーリアに話しかけた。

 

「その、私にはイマイチ良く判らないのですが、その『デュランダルの遺産』と言うのは、いったいどういった物なのでしょうか?」

 

 クライアスの疑問は、この場にいる全員が共通する事である。

 

 何しろ、存在自体が不確定な都市伝説に近い代物だ。多くの憶測が無責任に垂れ流されている事は知っているが、そのどれも確証を得るには至っていない。

 

 ただそれだけに、今まで直接興味が無かった者でも、いざそれに触れるとなればその正体について無関心ではいられなかった。

 

「・・・・・・詳しい事は、わたくしも判りません。わたくしに遺産の所在を伝えた方が、詳細を言う前に他界されてしまいましたので。ただ、」

 

 一同が耳を傾ける中、ユーリアは歩きながらゆっくりと語り始めた。

 

 宇宙服を着たままでの会話なので、少し聞き取りづらいが、それでも聞き取れないわけではなかった。

 

「昨今では、政治家としてのイメージが強いデュランダル氏ですが、若い頃には、遺伝子工学の研究者であった事は、意外と知られていません」

 

 確かに、3年前の政治家としての鮮烈な活躍が目立つ為、デュランダルについての「その他」に当たる部分は、影のように目立たなくなってしまっているのは確かだ。

 

 この遺伝子研究所に、かつてギルバート・デュランダルが在籍していた時期があると言う。確かに、仮に「遺産」とやらが隠されている場所としては、相応しいと言える。

 

「デスティニープランに見られるように、彼がそのまま遺伝子研究科として大成していたのなら、恐らく1000年先にも語り継がれる程の学者となっていたとさえ言われています」

 

 だが、運命は彼を学者として生きる事を許さず、うねりの中で翻弄された結果、デュランダルは稀代の政治家として名を残す結果となった。

 

「わたくしに『遺産』の在り処を教えてくれた方は、かつて彼と共に、この遺伝子研究所で働いていた方でした。彼の言葉によると、デュランダル氏はデスティニープランの計画と共に、それとは別の事についても研究も行っていたと言う事でした」

「別の事?」

 

 デュランダルはかつて、あれほど慎重かつ緻密に世界の在り方をコントロールし、リードし続けたほどの策謀家である。その為に、自分が必要と思うあらゆる手を打ったであろう事は想像に難くない。

 

 恐らくその中のデータが、「遺産」と言う形でまだ残っているのかもしれなかった。

 

「百聞は一見にしかずですね。ここですわ」

 

 やがてユーリアは、扉の前で足を止めた。

 

 その扉の脇には、「Gilbart・Dhurandal」の名前が彫られたプレートがはめ込まれているのが見える。つまりここが、研究者時代、デュランダルが使用していた研究室と言う訳だ。

 

「ここが?」

「ええ、デュランダル氏が当時使っていたお部屋です」

 

 尋ねたキラに対してそう答えると、ユーリアは扉を開けて部屋の中へと足を踏み込んだ。

 

 途端に、視界の中には浮遊する書類やら、用途不明の器材やらが散乱する光景が飛び込んでくる。

 

 以前、ラクスの要請を受けて、マーチン・ダコスタが調査を行った時には、既に何者かの手によって徹底的にデータの消去が行われた後だったと言うが、あれからさらに時が過ぎ、内部の荒れ具合は手が付けられない程になっている。

 

 周囲に散乱する物をかき分けながら、ユーリアは探るような足取りで壁面のパネルの方へ歩いて行く。

 

 パネルに取り付いたユーリアは、あちこち手で触れながら何かを探している。どうやら、システムを立ち上げたいらしい。程無く、探し当てた壁面のスイッチを入れるが、やはり明かりが付く事は無い。完全に電源が落ちているのだ。

 

 もっとも、それは初めから予想していた事態である。

 

「ミーシャ、お願い」

「はいッ」

 

 王女の言葉に侍女は元気に頷くと、テキパキと準備を進めていく。

 

 背負ってきたザックから一抱えもありそうな大きさのバッテリーを取り出し、続いて取り出した端末と接続、更に追加用のケーブルを伸ばして室内のメインコンピューターのコネクタと接続する。

 

 どうやら、足りない分の電力をバッテリーで補い、コンピューターを起動させる心算らしい。ザックに入る程度のバッテリーでは長時間の使用はできないが、それでも、必要なデータを抜き取る時間には十分だろう。

 

 ミーシャが準備を進める中、キラは何気なく周囲に視線を巡らせてみた。

 

 以前聞いていた通り、既に殆どの資料は持ち去られてしまっていたらしい。表のプレートが無ければ、ここがデュランダルの部屋であった事すら気付けなかったかもしれない。

 

 デュランダルは極度の秘密主義であったと言う噂は聞いているが、この状況を見る限り、あながち眉唾でもなさそうだった。

 

 ふと、キラはテーブルの上に目をやった。

 

 無造作に積み重ねられた器材やら雑誌やらが適当に置かれているのが見える。

 

 だが、その下に隠れるように、何か異質な物がはみ出ているのが見えたのだ。

 

「・・・・・・写真?」

 

 木枠の写真立てに収められた写真は、恐らく研究者達の集合写真なのだろう。白衣に身を包んだ男女数人が並んで映っていた。中央より、少し右側にはデュランダルの姿もある。

 

 メディアで見た姿よりも、少し若い感じである。恐らく、彼と同時期に研究所に在籍していた研究者達だろう。資料の下に埋もれていた為、工作員が回収しそびれたのだ。

 

 何気なく視線を巡らせるキラ。だが、他には何も、目新しいと思える物は移っていなかった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・これは」

 

 写真を見ていてある事に気付いたキラが、声を上げた時だった。

 

「ユーリア様、準備できました」

 

 ミーシャの声に、そちらの方を振り向く。

 

 室内に備え付けられたコンピューターに、端末とバッテリーを接続。それにより、一時的にコンピューターを起動できるようにしたのだ。そうして取り出した情報データを端末に取り込み、差し込んだデータチップにコピーするのだ。

 

「始めてください」

「はいッ」

 

 ユーリアの指示により、端末を起動するミーシャ。

 

 程無く電源が入る。それと同時に、永い眠りから覚めるように、コンピューターの内部OSが低い唸りを上げ始めた。室内が、モニターの鈍い明かりがともされる。

 

 モニターに灯が入り映し出された画面によって、それまで暗がりに閉ざされていた室内が、鈍い灯りによって照らし出された。

 

 一同がモニター覗き込む中、ミーシャは端末を操作して情報を読み取っていく。

 

 しかし、程なくミーシャは難しい表情で顔を上げた。

 

「あちゃー 誰かが殆どの情報を消去してしまった後みたいですよ」

 

 予想していた事だ。恐らくデュランダルの配下にいた者が、彼の足跡を消す為にデータの消去を行ったと思われる。

 

 これでは「遺産」に関するデータも消されているのではないかと思われた。

 

 しかし、ユーリアは承知していたように、頷いて見せた。

 

「大丈夫です。その方が言うには、データは機密ファイルに圧縮されて隠されているとか。パスワードを打ち込めば、ファイルを拾う事ができるそうです」

 

 そう言うと、ユーリアは端末に近付いていく。

 

 一同が見守る中、王女の細い指が優雅な手つきでキーボードに触れていく。

 

『定められし運命は、全ての人に導きを』

 

 どこか祈りにも似た文言がモニターに打ち込まれる。

 

 注目の視線がモニターに集中する中、変化は劇的に起こった。

 

 一同が見つめる画面の中で、次々とファイルのページが立ち上がり、高速でアップロードが始まる。膨大な情報量があっという間に流れていき、必要なファイルが急速に形成されていく。

 

「これが・・・・・・・・・・・・」

 

 クライアスが思わず呻き声を上げる。

 

 他の皆も、大なり小なり似たような反応を示している。

 

 ギルバート・デュランダルが残した、この世界を変える程の持つ遺産。

 

 「世界を変える」とまで言われる程の噂に上りながら、都市伝説と呼ばれ、その正体については誰も知り得なかった「デュランダルの遺産」が、目の前に出現しようとしているのだ。興奮しない方がおかしい。

 

 その間にも次々とファイルページが立ち上がり、必要なデータが形作られていく。その全容を把握する事はとてもできないだろう。こうして流れていくデータを見ているだけで精いっぱいである。

 

 だが、デュランダルがこの研究所に在籍していたのは、もうかなり昔の話だ。そのような前から世界を動かせるだけの力を持っていたのかと思うと、改めて彼の人物の大きさを思い知らされる。

 

 更にデータが進んでいくと、やがて1つのファイルに圧縮されてモニターの一角に映し出される。そのファイルを、持ってきたメモリーにドラッグして収納し、コネクタから抜き取ると、全ての作業は完了した。

 

「どうぞ、ユーリア様」

 

 ミーシャが差し出したメモリーチップを受け取ると、ユーリアは感慨深く受け取って眺める。

 

「これが・・・・・・デュランダルの遺産・・・・・・・・・・・・」

 

 自分に課せられ、それ故に命まで狙われるに至った重大な代物が今、ユーリアの手に渡っていた。ある意味、彼女にとっては、この旅の一つの終着点とも言える代物である。

 

 後は、これを破壊するか、それとも別の用途で使うのかは、ユーリアの意志一つである。

 

 その時だった。

 

 突如、激震が立っている足元をを大きく揺さぶった。

 

「キャァッ!?」

 

 悲鳴を上げて、床に転倒するミーシャ。

 

 ユーリアもまた、辛うじて壁に手を突いて堪えている。

 

 キラ、エスト、クライアスは優れたバランス感覚を発揮して、どうにか転倒するのを免れているが、突然の事で驚いているのは3人とも同じである。

 

「地震かッ!?」

「いや、そんな筈はないッ」

 

 ここは宇宙空間に浮かぶコロニーの中。地震など起きようはずもない。考えられるのは、何らかのシステム異常によってコロニーが不規則な振動を起こす事だが、既に廃コロニーになって久しいメンデルでは、それもあり得ない。

 

 考えられる可能性は、1つのみ。

 

「敵襲・・・・・・・・・・・・」

 

 エストが低い声でポツリと漏らした言葉が、状況の緊迫感を引き上げていた。

 

 

 

 

 

 警戒をしていなかったわけではない。

 

 だが、この状況は、バルク達にとっても不測の事態であると言えた。

 

 突如始まった攻撃が、自然現象でない事はすぐにも判る。

 

「クッ 敵影は見えるか!?」

 

 舵輪にしがみついて転倒を免れながら、バルクはクルーに尋ねる。

 

 敵の攻撃を受けている。前提条件としてそれは瞬時に理解できたが、問題はどの程度の敵が来ているか、と言う事だ。

 

「センサーの大半が、先の攻撃に巻き込まれましたッ ただ、生き残った物からの情報では、敵は港口付近で攻撃を行っているようです!!」

 

 程無くオペレーターからの報告に、バルクは内心で舌打ちする。

 

 これあるを警戒して、あらかじめコロニーの外周には無人の監視用センサーをばらまいておいたのだが、先の先制攻撃によって大半が故障するか吹き飛ばされてしまったらしい。これではこちらは、目隠しをされたに等しい。

 

 状況は、控えめに言っても最悪である。

 

 ここは廃コロニーだ。経年劣化によって外壁は通常のコロニーよりも脆くなっている。外から戦艦の艦砲射撃やモビルスーツによる攻撃を受けたりしたらひとたまりもない。それ以前に戦艦やモビルスーツの攻撃に耐えられるような設計もされていないだろうから、最悪、崩壊するコロニーに巻き込まれる可能性すらある。

 

「機関始動、緊急発進準備!! 中に入った連中には、すぐに船に戻るように言うのじゃ!!」

「了解!!」

 

 バルクの命令を受けて、慌ただしくクルー達が動き出すフューチャー号のブリッジ内

で、バルクは焦りを隠せずにいた。

 

 脱出を急ぐ必要がある。だがそれにしても、キラ達が戻ってこない事にはどうにもならなかった。

 

 しかも脱出するにしても、簡単に行くとは思えない。敵は恐らく、コロニーの港口をモビルスーツ隊で完全に封鎖しているだろう。ノコノコ出て行ったりしたら、それこそ集中砲火を喰らってアウトだ。言わば、今の自分達は袋の鼠に近い状態である。

 

「頼むぞ・・・・・・皆・・・・・・」

 

 全員無事に脱出する。それこそが、バルクの願いに他ならなかった。

 

 ブリッジで脱出に向けた準備をしている頃、フューチャー号の格納庫ではサイを陣頭にした整備班も、急ピッチで機体の発進作業を進めていた。

 

「急げッ 3人が戻ったら、すぐにでも発進できるように準備するんだ!! フリーダムにはドラグーン装備、グロリアスのノワールも、初めから装着しておけ!!」

 

 作業を監督しつつ、矢継ぎ早に指示を出すサイ。

 

 キラ達が100パーセントの力を発揮できるかどうかは、サイ達の腕一つに掛かっていると言っても過言ではない。それだけに手は抜けない。まして今回は奇襲を喰らった形であるから、状況的には万全とは言い難い。だからこそ、せめて機体だけでも万全にして出してやりたかった。

 

「班長、レールガン用の弾丸ですが、定数の補充まで、あと5分掛かると・・・・・・」

「馬鹿!!」

 

 報告に来た若い兵士に対して、サイは普段の温厚な態度をかなぐり捨てるようにして怒鳴り付けた。

 

「この状況だぞッ 俺に報告に来る前にさっさと補充を始めろ!!」

「は、はいッ!!」

 

 普段は温厚な整備班長に怒鳴られ、若い整備兵は一目散にかけていく。

 

 その背中を見送り、サイは唇を噛みしめる。

 

 厳しいようだが、これは必要な事である。戦場においては一瞬の対応の遅れが命取りになる事もある。報告義務がある事項や判断が難しい事なら報告して指示を仰いでもらわないと困るが、弾丸の補充のように、絶対に必要な事までいちいち判断を仰がれたのでは話にならない。そう言う事は、サイを通さなくても現場の判断でやるべきなのだ。

 

 要は、報告が必要な事と、そうでない物の違いを判断する事が重要なのだ。

 

 とは言え、それを口で説明する時間すら今は惜しい。あの若い兵士が、今回サイに怒鳴られた事を糧にして今後の仕事に活かしてくれる事を願うだけである。

 

 その間にも、コロニーの振動は大きくなりつつある。敵の艦砲射撃が激しくなりつつあるのだ。

 

「頼む、キラ・・・・・・早く戻ってくれ・・・・・・」

 

 焦燥に駆られるサイは、未だに戻らない友に思いを募らせる。

 

 いかにサイ達が入念に整備しても、パイロットがいなければ機体を動かす事も出来ない。

 

 その為にも、キラ達には早く戻ってきてもらいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の逃げ道を塞いだうえで、あぶり出しを行うのは狩りの鉄則だ。地球連合軍が取った作戦は、その鉄則に則った物である。

 

 まず大兵力を持つモビルスーツ隊で、コロニー前後にある港口を封鎖する。これで、内部にいるユーリア一行は袋の鼠である。

 

 そうしておいて、3隻の戦艦でコロニーに直接艦砲射撃を浴びせていた。

 

 コロニーの外壁は脆い。このまま砲撃を続けたら、程なく構造を保つ事ができずに崩壊する事になるだろう。当然、内部にいる彼等も無事では済まない。

 

「ノコノコ出てきて討ち取られるか、それとも艦砲でコロニーごと吹き飛ばされるか、か。あんたもなかなか、やる事がえげつないよな」

 

 ジークラスは肩を竦めながら、司令官席に座っているカーディナルを見やった。

 

 先の戦闘において、ライトニングフリーダムの攻撃で大損害を受けたフェスト隊だが、その後、増援を受けて戦力の立て直しに成功していた。

 

 もっとも、その増援部隊を率いて現れたのが、ファントムペインを束ねるカーディナル本人だった事には驚いたが。

 

「何事も徹底的にやるべきなのだよ。さもないと、悔いを千載に残す事になりかねないからね」

 

 仮面の奥からくぐもった声を発してくるカーディナル。

 

 この燻りだし作戦は、カーディナル自ら考えた事である。逃げ道を塞いだ上でゆさぶりをかけると言う意味では、確かに最適な作戦である。中にいる人間は、今頃恐怖で震えあがっている事だろう。

 

 後ろに立っているメリッサや、カーディナルの護衛としてついてきたレニ・ス・アクシアも、炎に包まれるメンデルの様子を黙って眺めている。

 

 彼女達もまた、カーディナルのやり方に反対ではないらしい。

 

「まあ、俺達のボスはあんただ。あんたのやり方に異は唱えないよ」

 

 そう言うと、ジークラスは腕組みをしてコロニーに視線を戻す。

 

 敵の運命は2つに1つ。すなわちコロニーに押し込まれたまま、巻き込まれて死ぬか、それとも自暴自棄になって港から飛び出し、集中砲火を喰らって死ぬか、だ。

 

 だが、ジークラスは思う。

 

 先の戦いではあれほどの戦闘力を発揮した敵だ。できれば、そんなつまらない死に方はしてほしくない。是非とも、自分の前に現れて砲火を交わしたいと思っていた。

 

 そう言う意味で「第3の可能性」があるなら、敵にはそれを選択してほしいと思っていた。

 

 

 

 

 

 崩れる研究所から、ユーリアとミーシャを守って脱出する事に成功した一同は、激震する人口の大地を蹴ってどうにかフューチャー号に辿りつく事に成功していた。

 

 すぐに待機していたクルーにユーリアとミーシャを預けると、キラ、エスト、クライアスの3人は、機体が待つ格納庫へと駆けこむ。

 

 元々パイロットスーツを着ていた為、着替える手間はいらない。すぐにそれぞれの機体のコックピットへと滑り込んだ。

 

《だが、実際の話どうする?》

 

 機体を立ち上げる傍らで、サブモニターに映ったクライアスが話しかけてくる。向こうも顔を上げずに話している所を見ると、機体の立ち上げを急ピッチで進めているらしい。

 

《恐らく港口は敵に封鎖されているだろう。そこをノコノコ出て行けば、集中砲火を食らうのがオチだぞ》

 

 確かに、クライアスの言う通りだ。いかにフリーダムやデスティニーの機動力を持ってしても、狭い場所、つまり港口を抜ける際にはどうしてもスピードを落とさなくてはならないし、使えるルートも限られている。

 

 その状態でノコノコ出て行こうとするものなら、砲火を集中されて一巻の終わりである。

 

 敵の意図は、おおむね把握している。恐らくは「燻り出し」を期待しているのだろう。

 

 今のところ敵は、コロニーの中にまでは侵入してきていない。これは即ち、こちらが焦れて出て来るのを待っているのだ。

 

《しかし、このままではどのみち、嬲り殺しにされるような物です》

 

 エストも現状に対し懸念を表明する。

 

 砲撃はますます激しくなりつつある。メンデルの構造もいつまでも保つと言う保証は無かった。

 

 待っていれば崩壊に巻き込まれ、出て行けば集中砲火。

 

 まさに、行くも地獄、退くも地獄と言った感じだ。

 

 2人の言葉を聞きながら、キラは沈思する。

 

 せっかく「デュランダルの遺産」を手に入れたのだ。ここで死んでしまったら元も子も無い。何としてもユーリア達を守り、この場を脱出しなくてはならない。

 

 だが、どうする? 留まる事も出て行く事も出来ない。

 

「・・・・・・何か・・・・・・何か他に手段は無いのか?」

 

 苦しい状況の中、必死に頭を回転させるキラ。

 

 3つ目の選択肢が、必ずどこかにあるはずなのだ。

 

 ここに留まるのは絶対にできない。そうなると当然、ここから出て戦うと言う選択肢があるのみである。

 

 問題は、どうやって外に出るか、だ。そこさえクリアすれば、生き残る道も開けて来るだろう。

 

 前後の港口が封鎖されている中、外に出るのは・・・・・・・・・・・・

 

「ッ!!」

 

 次の瞬間、キラの中で天啓のように閃く物があった。

 

「そうだ、これなら!!」

 

 エストとクライアスが訝る視線を送る中、キラは確信に満ちた目を見せていた。

 

 

 

 

 

PHASE-11「始まりの地に眠る物」      終わり。

 


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