機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
《成程、作戦は失敗したわけだね》
モニターに映っている仮面の男に目を向けながら、ウォルフは謹厳な眼差しを崩さずにいる。
不気味な仮面の男を前にしながらも、ウォルフの泰然とした態度は崩れる事は無い。
カーディナルと名乗るこの男の正体は、ウォルフも知らない。その表情ですら、常に仮面に覆われている為、誰も見た事は無いのだ。
得体の知れない謎の男。それが地球軍内部における、カーディナルに対する認識である。
ただ、その能力は疑う余地は無い。1年程前に自分達の上官として赴任して以来、カーディナルは指揮官として高い能力を示し続けている。
前線に出る事は殆ど無いが、戦略、戦術眼において高い能力を示し、味方に勝利を齎している。何よりカーディナルはウォルフの指揮官としての能力を認め、独立部隊を任せてくれている。部隊指揮官として、これほどありがたい事は無い。
実績さえ上げれば、多少の怪しさは許容される。ようは能力さえ高ければ、全ては許されるのだ。
「申し訳ありません。全ては、私の責任です」
静かな声で確認してくるカーディナルに対して、ウォルフは一切の弁明も良い訳もする事無く、粛然として頭を下げる。
自分達が敗北して、任務を全うできなかったのは事実である。その事について、言い訳をするつもりはない。処分は甘んじて受ける心算だった。
だが、続いて返されたカーディナルの言葉は意外な物だった。
《なに、気にする必要は無い》
仮面の奥から、カーディナルは落ち着いた声で告げた。その表情を伺う事はできないが、余裕を崩していない時の声である。
どうやら、本当に失敗の罪をとがめる心算は無いらしい。
《「S」から連絡が入った。王女一行はメンデルに向かったらしい。十中八九、例の物もそこだろう》
例の物、と言うのが、カーディナルが求めている「デュランダルの遺産」である事は想像できた。だが、その遺産が如何なる物であるかは、ウォルフは聞かされていない。
しかしこれで、ユーリア王女一行が本格的に遺産を獲得するべく動き出した事になる。まさに、カーディナルの思惑通りというわけだ。
それにしても、
「メンデル、ですか、確かL4の一角にある廃コロニーでしたな。ヤキン・ドゥーエ戦役前に廃棄された・・・・・・」
バイオハザードで壊滅したコロニーの名前は、ウォルフも知っている。かつてヤキン・ドゥーエ戦役の折、そこで地球軍やザフト軍の小規模な激突があったらしいという事も。
当時ウォルフは地上にいて、ザフト軍のカーペンタリア基地包囲軍に加わっていた為、戦闘に直接関わってはいないが、その際に地球軍とザフト軍との間で、内密な取引があったと言うのは、まことしやかに囁かれている秘密である。
《ああ、何かと因縁がある場所だよ、あそこも》
ウォルフの言葉に、どこか笑みを含んだようにカーディナルは言った。
そんなカーディナルの様子を、ウォルフは謹厳な顔を崩さずに見返している。メンデルの事を話すカーディナルの態度が、少し自嘲めいているように思えたからだ。
あらゆる情報全てが謎に包まれているカーディナルだが、メンデルに対して何がしか思うところがあるのかもしれない。
だが、その事をウォルフが尋ねる前に、カーディナルの方から口を開いた。
《そちらは私に任せてくれ。こちらの方は、私がいなくても何とかなりそうだからね。ユーリア王女には私自らが対応する事にする。君は次の作戦の為に、部隊の再編を急ぐように》
「は・・・・・・・・・・・・」
カーディナルの言葉に、ウォルフは僅かな悔しさを滲ませる。
ここまで追ってきた敵を取り逃がすのは、ウォルフとしても本意ではない。できれば、このまま追撃に加わりたいくらいである。
だが実際の話、ローガン隊は再度の戦闘に耐えられる状態でないのは確かだ。
先のオーブ襲撃戦で損傷した機体も多く、戦力は低下している。補修と補給、整備を行わなければ再出撃は厳しいだろう。
無理もない。一個部隊で一国に襲撃を仕掛けたのだ。全滅していたとしてもおかしくは無いところを、襲撃を断念したのち、どうにか部隊の撤退を完了させている事も、ローガン隊の強さを如実に表していた。
「しかし、連中が既に宇宙に上がったのなら、今から追っても間に合わないのでは?」
王女一行は、そのままオーブのマスドライバーで宇宙に上がっただろう。対してこちらはまず、パナマかヴィクトリアに行き、そこから宇宙に上がってL4を目指すと言う行動をしなくてはならない。完全にタイムロスである。恐らく、メンデルに着く頃には王女一行は既に立ち去っているのではないだろうか?
だが、カーディナルは心配ないと言う風に頷いて見せる。
《判っている。だから、こっちからも梃入れはしておいた》
「梃入れ、ですか?」
《適材適所と言うだろう。連中が宇宙に上がるのなら、それに相応しい刺客を用意させてもらったのさ》
そう言うと、カーディナルは仮面の奥で笑ったような気がした。
カーディナルは今や、ファントムペインの全戦力を指揮下に収めている。恐らく、その中から宇宙戦用の部隊を差し向けるのだろう。
舞台は宇宙へと上がる。
いよいよ、戦いも佳境へ移りつつなると感じていた。
《もうすぐだ、ウォルフ》
カーディナルは、仮面の奥から重々しい声で告げてくる。
《もう間もなく、我々が望む世界がやって来る事になる。それはもう、あと一息の場所まで来ているのだ》
カーディナルの言葉に、ウォルフは僅かに目を見開く。
カーディナルの言う「自分達の望む世界」。それこそが、ウォルフ達が、この仮面の男につき従う最大の理由である。
その理想の世界を実現する為に戦い、そして多くの者が命を失った。
だからこそ、自分達は立ち止まる事は許されない。理想郷の実現の為に、どこまでも進み続けるのだ。
「カーディナル」
ウォルフは謹厳な声で、画面の中へと語りかける。
「あなたが目指す未来こそが、我らの理想。この先、いかなる困難が待ち受けようとも、あなたが理想の未来を作ってくれるならば、我らは一兵率に至るまで、自分の命を惜しみはしません」
《ああ、期待させてもらうよ》
カーディナルとウォルフは、画面越しに頷き合う。
そこにあるのは、上官と部下の関係ではない。
戦い続ける先にある未来を目指す、同志の物であった。
また、あの場所に行く事になるとはね。
フューチャー号のブリッジから星々の海を眺め、キラは柄にもなく感慨にふけっていた。
L4宙域、コロニー・メンデル。
かつて、ヤキン・ドゥーエ戦役を終結に導いたL4同盟軍が旗揚げした地であり、バイオハザードによって閉鎖されるまでは、世界最高峰の遺伝子研究所があった場所でもある。
そして、もう記憶に残らない程遥か昔、
キラとカガリが産まれた場所でもある。
キラ達は今、そこを目指して星の海を航行していた。
「敵よりも先に『デュランダルの遺産』を手に入れる」と言うユーリアの決断を受けて、キラ達は再びフューチャー号に乗り込み、マスドライバー・カグヤを使って宇宙へと飛び立ったのだ。
そしてオーブを出てから3日。フューチャー号はL4コロニー群を目指して、その中古の船体で漆黒の宇宙空間をひた走っていた。
「懐かしいかの?」
傍らで舵輪を握るバルクが、じっと見つめるキラに対してそう問いかけてくる。
自分がメンデル出身である事は、既にこの船に乗っている全員に話してある。いわば今回のメンデル行きは、キラにとっては「里帰り」と言う事になるのだが。
「別にそんなんじゃないよ」
キラはそう言うと、力無く笑った。
正直な話、キラにとってあの地にはあまり良い思い出がある訳ではない。
初めて立ち寄ったのは、ヤキン・ドゥーエ戦役のさなかだったが、そこで見たおぞましい光景は今でも忘れられない。
壁一面にホルマリンに漬け込まれて並んだ胎児の死体。そして、ある人物から告げられた自身の出生の秘密。
かつて、自分と言う「最高のコーディネイター」を生み出す為に、そこで行われていたおぞましい実験の数々。
壁に並んだ「きょうだい」になる筈だった胎児達の標本の数々は、今でもキラのトラウマとなって残り続けている。
こんな事が無かったら、再びメンデルに足を向ける事は無かっただろう。
だが、今回は事情が事情である。
ギルバート・デュランダルは、一時期、メンデルの遺伝子研究所に所属していた時期があった。あのデスティニー・プランも、その当時に構想された物であるらしい。
ならば、彼が当時研究していた何かが「遺産」と言う形で、ここに残されていたとしても不思議は無い。
「・・・・・・・・・・・・メンデルか」
前方から目を離さずに、バルクはポツリとつぶやいた。
どこか哀愁のような、それでいて郷愁を感じさせるような、そんな呟き。
声に導かれるようにキラが振り返ると、老人は何かを懐かしむような目をしているのが見えた。
「バルク?」
老人の様子に何かを感じ取ったキラが声を掛けようとする。
だが、その言葉はブリッジに入ってきた人物によって遮られた。
「ここにいたのか」
クライアスはキラ達から少し離れた場所に立つと、真っ直ぐにキラへ目を向けてきた。
部下の騎士達を敵の襲撃で失った事で、半ば気落ちしていたクライアスだが、ユーリアが遺産を受け取る為にメンデルに赴くと知ると、再び護衛の任に着く事を申し出た。
部下は全て失ったが、自分はあくまでもスカンジナビアの騎士であり、ユーリアを守る役目がある。それを放棄する事はできない。
クライアスに残る騎士としての矜持が、彼を奮い立たせたのだ。
そんなクライアスは、鋭い眼差しをキラへと向けてくる。
「それにしても、まさか本当に、オーブのアスハ家と関係があったとはな」
「・・・・・・・・・・・・」
クライアスの言葉に、思わず黙り込むキラ。
正直、今、最も話題に出してほしくない事柄だった。
キラやエストが、カガリと関わりがあると言う事は、既にクライアスも知っている。しかも、キラはオーブ軍で二佐、つまり中佐の階級を持っており、クライアスよりも階級は上だった。
今まで「卑しい傭兵」「得体の知れない連中」などとキラ達を蔑んでいたクライアスよりも、キラの方が出自的にも階級的にも上だと言う事が知られてしまったわけである。
おかげでオーブを出てから数日、船内の空気が必要以上に重くなっていた。今まで軋轢を避ける為に自分自身の事は話さないでいたのだが、それが却って裏目に出てしまった感がある。
勿論、キラとしてもあまり気分が良いとは言えない。何だか今まで隠していたみたいで、微妙な後ろ暗さがあった。
そんなキラに対し、クライアスは詰め寄ると、長身の視線から見下ろすようにして言った。
「先に断っておくが、俺が仕えるべきは、ユーリア様お1人だ。いかに階級が上であろうと、所属の違うお前に指図を受けるいわれはないからな」
相も変らぬ居丈高な態度を崩そうとしないクライアス。その態度は、以前と全く変わらない物である。
まるで階級差など無いと言っているかのようなクライアスの態度に、キラは思わず苦笑してしまうと同時に、わざわざそんな事を言いに来たのか、と呆れてしまう。
だが実を言えば、クライアスのその態度はキラにとってもありがたかった。
「ええ、構いません。てか、僕もその方が助かりますし」
苦笑しながら、キラも応える。
正直、立場が逆転したからと言っていきなり態度を改められても困るし、だいいち、元々キラは軍にいた頃から指揮下の部下は持たず、戦場にあっては独立行動をする事が多かった。これは当時のキラ自身が、あまり指揮官向きの性格をしていなかった事もあるが、キラの超絶的な戦闘に追随できる兵士がいなかった事も原因である。
それらを考えれば、クライアスには独自の行動を取ってもらった方が、キラとしても何かと動きやすいのだ。
そんなキラのあっけらかんとした態度に拍子抜けしたのか、クライアスはポカンとして見つめている。
しかしやがて、気を取り直して咳払いをすると、再度向き直った。
「と、とにかく、俺が言いたいのはそれだけだ!!」
吐き捨てるようにそう言うと、クライアスは大股でブリッジを出て行く。
その様子を見送ると、バルクは可笑しそうに口元に笑みを浮かべてキラに向き直った。
「何と言うか、お前さんも苦労しとるな」
「慣れてるから」
対してキラはそう言うと、軽く肩を竦めて見せた。
ブリッジを出たクライアスは、苦い顔をしたまま自分の部屋へと向かっている。
思い出すのは先ほどまで顔を突き合わせていた、あのキラ・ヒビキの顔である。
全く気に入らない。いったい、何なのだ、あの男は?
これまでの戦闘を見て、只者ではない事は既に分かっている。確かに、戦闘時におけるセンスはずば抜けているし、状況判断力が高いのも確かだ。
おまけに戦闘中、神業とも言うべき技術で殆どの敵を殺さずに済ませている。どんな余裕があれば、あんな戦い方ができると言うのか、クライアスには見当もつかない。
だが、奴はしょせんは傭兵だ。正規の軍人であり、誇り高きスカンジナビアの騎士である自分が、あのような男に負ける要素などあるはずがない。
そう思っていた。今までは。
だが、その現実は、あっさりと打ち砕かれた。
アスハ前代表のきょうだいで、元オーブ軍二佐。ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役両大戦における英雄にして、世界でも最強クラスのエースパイロット。
輝かしい戦歴と経歴の持ち主である。誰もが彼を褒め称え、望めばあらゆる栄光と称賛が彼の元へ舞い込む事は間違いない。
だが、同時に「なぜ?」と思う。
そんな男がなぜ、泥沼のような戦場で傭兵をやっているのか?
なぜ、全ての特権を捨ててまで最前線を彷徨うような事をしているのか?
判らない。
いくら考えても、あの男の気持ちが分からなかった。
その時、
「おっと」
「あ・・・・・・・・・・・・」
考え事をしながら歩いていたら、曲がり角の向こうから来た人物とぶつかってしまった。
相手はクライアスよりも小柄な人物だったようだ。ぶつかった時の衝撃で、相手が抱えていた物が無重力中に散らばってしまう。
「おっと、すまない」
「い、いえ・・・・・・」
小さな声が返される。
クライアスは自分がぶつかった相手が誰なのか理解すると同時に、思わず息を呑んだ。
エストである。オーブにいた頃は、原因不明の体調不良に悩まされていた彼女だが、出発前にどうにか体調も元に戻り、今回のメンデル行きの同行していた。
クライアスは呆然とした感じでエストを見詰める。彼女もまた、現在進行形でクライアスを悩ませている人物である事は間違いない。
エストを見るたびに、クライアスは自分の心が締め付けられるような、そんな苦しさを覚えてしまう。まるで自分が、何も知らない青臭い子供に戻ってしまったかのように、湧き上がる感情に振り回されてしまう。
この気持ちが何なのか、実のところ、クライアスには既に分かっている。
だが、判っていながらも、それを認める気持ちにはなれないでいた。
相手は少女とは言え傭兵。クライアスにとっては、取るに足りないと思っていた存在である。そのような人物に対し、自分が特別な感情を抱いているなどと思いたくなかったのだ。
見れば、エストは宙に散らばった書類を一生懸命集めようとしている。だが、彼女の小さい体では、周りに散らばった書類を集めるのに苦労しているようだ。
それを見ると、クライアスも我に返って拾うのを手伝ってやった。
書類は機体の整備に関するものである。
宇宙に出るに当たり、各機体の整備は入念に行われている。特にクライアスの愛機であるライトニングフリーダムは、宇宙戦用の装備に換装が行われるため、システムチェックは入念に行われているところである。
「ほら」
「すみません」
拾った書類を渡してやると、エストはペコリとお辞儀を返した。
その様子を、クライアスはじっと見つめている。
聞いた話では、エストもまた、ヤキン・ドゥーエ戦役の頃からキラに付き従っていると言う。しかも、初めの頃は敵同士だったとか。そんな彼女ですら、今ではキラのパートナーとして共に戦い続けている。
実に多くの人間が、キラの周りに集まっているのが分かる。
つまり、キラ・ヒビキとはそれだけ大きなの存在だと言う事なのだろうか?
「全く判らん」
「何がですか?」
独り言のようなクライアスの呟きに、エストは怪訝な面持ちで尋ねる。突然訳の分からない事を言い始めたクライアスの事を不審に思っている様子だ。
だが、それに答える事無く、クライアスはエストを見て逆に尋ねた。
「エスト・リーランド。君はなぜ、キラ・ヒビキと共にあるんだ?」
クライアスの質問に対し、エストはキョトンとした表情を返す。
自分でも馬鹿な質問をした、とはクライアスも自覚している。だが、あの男が持っていて自分に欠けている物が何なのか判らない為、あの男に最も近しい人物に聞いてみたくなったのだ。
エストは暫くの間、立ち止まってクライアスを見ていたが、やがて視線を戻してさっさと歩き始めた。
「お、おい!!」
無視するかのようなエストの態度に、クライアスは苛立って叫ぶ。まるで小馬鹿にされたような態度が、クライアスの感情を刺激したのだ。
呼びかけに対してエストは足を止めると、振り返らずに口を開いた。
「・・・・・・キラだからです」
ややあってエストは、あっさりと呟くようにして言った。
「何・・・・・・・・・・・・」
突然のエストの発言に、クライアスは思わず呆気に取られたように聞き返す。
対してエストは、淡々とした口調のまま続ける。
「私はかつて、愛と言う物を知りませんでした。キラはそんな私に人を愛すると言う感情を教えてくれました。だからキラは、私にとって愛する存在なのです」
それだけ言うと、エストはまた歩き出す。
クライアスは立ち尽くし、そんなエストの小さな背中を見詰める。
キラとエスト。
2人の間にある、圧倒的なまでに強固な絆を垣間見たような気がしたのだ。
その時だった。
艦内に警報が鳴り響いた。
2
目標となった船を発見すると、コックピットに座した男は軽く舌なめずりをした。
ジークラス・フェストは、地球連合系列の傭兵である。
コーディネイターが地球軍の傭兵をしていると奇異に感じるかもしれないが、今の時代は別に珍しいとも言えなくなりつつある。
ジークラス自身に限って言えば、かつてはザフト軍の隊長を務めており、ヘブンズベース攻防戦やアルザッヘル襲撃戦、更にメサイア攻防戦にも参加した歴戦の勇士である。
しかし戦後になってラクス・クライン体制になると、一転、プラントはそれまで敵対関係にあったオーブと協調する路線を取り始めた。その事に反発してザフトを離反した兵士は少なくない。ジークラスもそうして傭兵になった1人である。
そして今回の欧州大戦が開戦すると、共和連合と敵対する地球連合側の傭兵として戦うようになったわけである。
そんな元ザフト兵士達を迎え入れてくれたのが、現在ファントムペインを束ねているカーディナルと言う仮面を被った男だった。
一見すると胡散臭い男である事は間違いないが、元々は敵対関係にあったジークラス達を迎え入れた事についてはありがたく思っているし、新型の機体を惜しみなく提供してくれることに関しても感謝している。
恐らく他の地球軍の指揮官であったら、ここまでの優遇は期待できなかっただろう。元ザフト軍の傭兵など、粗末な装備で最前線に配置された挙句、鼻紙の如く使い捨てられて終わりだったはずだ。
つまり、少なくとも兵の使い方を心得ていると言う点に関しては、カーディナルと言う男は実に信用できるのだ。
ジークラスが今回カーディナルから受けた任務は、オーブを出発したユーリア王女一行の捕捉だった。その為にジークラスは、部隊を率いてやって来たのである。
カーディナルから命令を受け、オーブからL4に至る最短のルートを見張っていたが、どうやら賭けは成功だったらしい。
一応、ここまでは作戦通りと言う訳だが、油断はできない。相手は強敵だ。何しろ、あのウォルフ・ローガンが数度にわたって襲撃を掛けながら、ついに倒す事ができなかった相手だと言うのだから。
「用意は良いか、メリッサ?」
並行するように飛行するメリッサ・ストライドの機体に通信を入れる。
ザフト軍時代より自身の副官をしている女性は、軍を抜ける時も迷わずついてきてくれた。今はモビルスーツを駆って、ジークラス機の斜め後方にぴったり張り付いて追随している。
《攻撃準備完了、いつでも行けるわよ》
普段通り、冷静沈着な声が返されたのを聞いて、ジークラスは笑みを浮かべる。
2人の後方からは、多数のグロリアスが追随している。これだけの布陣だ。たった1隻の貨物船に搭載された戦力に負けるはずがないと思わないでもないが、先述したとおり、決して油断の出来る相手でないのは確かだった。
フェスト隊は、速度を上げて貨物船へと接近していく。
その貨物船からは2機のモビルスーツが発進してくるのが見える。流石に、これだけ近付けば向こうも気付くらしい。
その様子を見て、ジークラスは訝るようにして首をかしげた。
「2機、だと?」
確か、報告では敵の支援機動兵器は3機だったはず。1機足りない。
「温存のつもりか? 舐めた真似をしてくれる」
苛立ちを吐き捨てるように、ジークラスは呟く。
自分達の相手は2機で充分とでも言いたいのか、それとも、他に何か事情でもあるのか。
「まあ良い」
気を取り直したように、口元の笑みを強めるジークラス。
敵が戦力を小分けにしてきたなら却って好都合だ。それだけ、仕事もやりやすくなる。
「全機、攻撃開始、モビルスーツは排除して構わん。ただし、船の方は推進器を潰して鹵獲しろ!!」
ジークラスの命令を受けて、グロリアスは次々と加速していく。
その様子を見詰めるジークラス。
「さあ、楽しい狩りの始まりと行こうじゃないか」
そう呟くと、獣の如く鋭い笑みを浮かべた。
一方、逃げるフューチャー号の側は、突然の地球軍の襲撃に、完全に虚を突かれた感がある。
出撃できたのは、キラのデスティニーと、エストのグロリアスのみ。フリーダムは宇宙戦用装備の最終調整が済んでいない為、まだ出撃できずにいた。
「エスト、とにかく時間を稼ぐよ。バルク達が戦場を離脱するまで!!」
《了解です》
今回、デスティニーはオーブ軍から提供された追加装備を使用している。
1つはソードストライカーでも使用している対艦刀シュベルトゲベールである。これはストライク級機動兵器と同じ装備であるが、システム面は更新され、オリジナルの物よりも斬撃の威力は上がっている。モビルスーツの身の丈もある大剣だが、デスティニーは元々、更に巨大なアロンダイトを振り回せるように設計されている為、使用に際して問題は無かった。
もう1つはハイブリットライフルと呼ばれる試作型の装備で、銃口が縦に2つ存在し、片方はビーム、片方は実弾を発射できる。オーブ軍ではモビルスーツ用の新装備として、トライアルが進められている代物だ。
そのデスティニーの後方からは、エストが操縦するノワールストライカー装備のグロリアスが続く。こちらは鉄板とでもいうべき装備であり、信頼性は充分だった。
攻撃を開始する、デスティニーとエスト機。
並走するようにしてライフルを構えると、殆ど同時にトリガーを絞る。
迸る閃光が宇宙空間を駆け抜け、精緻極まる照準の元、地球連合軍に襲い掛かった。
砲撃を浴びた地球軍機は、たちまち3機が頭部や腕を吹き飛ばされて戦闘力を低下させる。
反撃は、直ちに返された。
地球連合軍も小隊毎にフォーメーションを組むと、手にしたライフルを構えて一斉の砲撃を開始する。
圧倒的な密度を持って吹き抜けてくる閃光。
無数に飛び交うビーム。
その中を、デスティニーとグロリアスは高速で駆け抜けながら、次々と回避して距離を詰めていく。
「そんな物で!!」
地球軍の陣形内に接近すると同時に、ハイブリットライフルを構えて放つデスティニー。
素早いビームの2連射は、接近しようとするグロリアスを次々と吹き飛ばす。
凄まじい機動力を前に、地球連合軍のパイロット達は照準も追いつかず、次々と討ち取られていく。
エストもノワールグロリアスを駆って前に出ると、ビームライフルを振るって、向かってくる敵を片っ端から倒していく。
地球軍と同じ機体を駆っているエストだが、その能力、経験からくる戦闘力は次元が違うと言っても良いレベルに達している。
ビームライフルやフラガラッハを駆使し、向かってくるグロリアスの戦闘力を次々と奪っていく。
2人の圧倒的な戦闘力の前に、攻めあぐねる地球軍。
その間にも、フューチャー号は徐々に戦場から離脱していく。
中古の改造船に過ぎないフューチャー号だが、エンジンは最新型の物を使っている為、速度はそれなりに速い。その速度を活かして、徐々に戦場から遠ざかっていく。
その様子をキラは、地球軍の攻撃を回避しながらカメラ越しに見詰めている。
このままなら逃げ切れるか。
そう思った瞬間だった。
突如、視界外からデスティニーに向かって猛スピードで接近してくる機影があった。
「何ッ!?」
速い。
センサーが捉えた瞬間には、既に至近距離まで迫ってきていた。速度だけなら、フリーダムやデスティニーにも匹敵するかもしれない。
思わず目を剥き機体を後退させるキラ。
そこには、異形の姿をしたモビルアーマーがいた。
突き出した4本の鉤爪は、かつてのイージスを髣髴とさせるが、よりコンパクトかつシンプルな変形機構を有しており、むしろザフト軍が開発したカオス級機動兵器を連想させるものがある。左右から突き出した大砲は、まるで猛牛の角のようだ。
GAT-X343「グラヴィティ」
イージス級機動兵器の流れを組む、ジークラスの専用機である。
モビルアーマー形態でデスティニーへ掴み掛るグラヴィティ。
「貰ったぞ!!」
鉤爪の先端からビームソードを展開する。
斬撃は、文字通り四方から襲い掛かってくる。
対してキラは、グラヴィティの攻撃を上昇して回避。同時にハイブリットライフルを構えて反撃に出る。
2射される閃光。
その攻撃を、ジークラスは機体を加速させる事で、後方に逸らさせる。
「照準が甘いな、そんな物では俺を捕えられんぞ!!」
自分の照準が外されるとは思っていなかったキラは、思わず目を見張った。
「外した!? そんな!?」
対してジークラスは駆け抜けると同時に、グラヴィティをモビルスーツに変形させ、肩のビームキャノンと、手に持ったビームライフルを一斉に放つ。
閃光は鋭く、デスティニーに向かって伸びてくる。
それを回避すると同時に、キラはデスティニーにシュベルトゲベールを装備させ、紅翼を展開して斬り込んで行く。
グラヴィティに向けて、真っ向から袈裟懸けに斬り込まれる大剣の一撃。
その攻撃を、ジークラスはグラヴィティのビームシールドで防ぐ。
「速い、な!!」
大剣の強力な攻撃を前に、笑みを浮かべながらも余裕なく冷や汗をかくジークラス。デスティニーのあまりの攻撃速度を前に、反撃の手が追いつかなかったのだ。
紅翼を広げたデスティニーは、徐々にグラヴィティを押し込んでくる。
旧式の量産機とは言え、デスティニーが元々持っている高い戦闘力は新型機とも互せるだけの力がある。そこにキラの操縦技術も加わるのだ。現状の地球圏において、最強クラスの実力である事は間違いない。
だが、
「舐めるなよ!!」
ジークラスの叫びと共に、密着状態から胸部スキュラを発射するグラヴィティ。
至近距離から迸る閃光。
ジークラスにとっては、必殺の一撃である。
本来であるならば、直撃は免れない。喰らった者は、例外なく、炎を上げて吹き飛ばされるはず。
しかし、
「何ッ!?」
ジークラスは目の前で起きた光景に、思わず目を剥いた。
キラはとっさに機体を傾けると、零距離から放たれた攻撃を回避してのけたのだ。
常識では考えられないほどの超反応速度。
いったいどんな神業をもってすれば、至近距離から放たれたビーム攻撃を回避できると言うのか?
とてもではないが、人の業とは思えなかった。
だが、呆けてばかりもいられない。戦いはまだ続いているのだ。
後退し、距離を取るデスティニーとグラヴィティ。
尚も衰えない闘争本能の元、両者は互いにライフルを抜き放つと、殆ど同時にトリガーを引いた。
迫り来るグロリアスを、エストはライフルを放ちながら牽制している。
その高い戦闘能力によって、エストは未だに敵機の侵攻を阻み続けている。
キラが敵のエース機に拘束されている現状では、エストがフューチャー号を守る唯一の盾である。何としてもここを抜かせるわけにはいかなかった。
エスト機が放つライフルによってまた1機、グロリアスが肩部分を貫かれ、戦闘力を奪われていく。
更にエストはフラガラッハを抜いて構えると、一気に距離を詰めて斬り掛かる。
鋭い斬り込みを前に、地球軍のパイロット達は対応しきれない。中の1機が、とっさにライフルを向けて来るが、それすらもエストにとっては取るに足らないほど遅い。
瞬く間に、3機のグロリアスが斬り裂かれて戦闘能力を失う。
エストはフューチャー号へ向かおうとする敵を、的確な判断力を駆使して排除していく。ヤキン・ドゥーエ戦役の頃から、キラ・ヒビキと言うある意味「人外」とでも称すべき存在を、オペレーターとして的確にサポートし続けた状況判断力は未だに健在である。
しかし、やはりフリーダムが抜けている穴は大きい。一隊がエスト機を包囲する一方で、別働隊がその脇をすり抜けようとしてくる。
対して、
「やらせません!!」
すり抜けようとする敵機に、フルスピードで追いすがるエスト機。
背中を向けた地球軍のグロリアスに対し、背後からライフルを浴びせて撃ち落していく。
地球軍はエスト機を包囲しようと展開してくるが、しかしエストはそれを許さない。
包囲網が完成する前に、高速機動を発揮して抜け出すと反撃の砲火を閃かせる。
同じ機体を使っているとは思えないような高機動である。反撃の砲火を閃くたびに、確実に地球軍の機体は数を減らしていく。
その時だった。
奮戦するエスト機の頭上から、斬り掛かってくる機体がある。
「ッ!?」
とっさに機体を翻し、回避行動に入るエスト。
斬り掛かった機体は、攻撃を回避された事を悟ると、すぐに制動を掛けてエスト機に振り返ってくる。
エストも機体を振り向かせて、新手の機体と対峙した。
見覚えの無い、新型の機体である。
細身の漆黒のシルエットに比べ、若干太い両腕には大型のシールドを持ち、その内部には攻撃用の武装を内蔵している。
ややアンバランスな印象がある機体である。
GAT-X247「ハウリング」
ブリッツ級機動兵器と同系統の機体であり、同列機の特徴であるミラージュコロイドの戦術利用を前提に開発された機体である。
「目標確認、これより攻撃を開始する」
ハウリングを駆るメリッサは静かに呟くと、エスト機に対して一気に距離を詰めてきた。
「クッ!!」
対して、ライフルを放って迎え撃つエスト。
しかし、放たれる閃光は目標を捕える事は無く、悉く空を切った。
「これはッ!?」
接近してくるハウリングの姿を見て、エストはグロリアスのコックピットで息を呑む。
自分が放った閃光が機影を貫くたびに、ハウリングの姿はまるで幻のように消えて別の場所へと出現するのだ。
恐らくミラージュコロイドを利用した兵装である事は予想できるが、本物だと思って攻撃した次の瞬間には、ハウリングは別の場所に出現して攻撃を掛けてくる為、エストは照準が追いつかないのだ。
「なら、これで!!」
エストは遠距離攻撃を諦め、フラガラッハを抜き放ちハウリングに斬り掛かっていく。
スラスター出力を全開にして突撃、一気に懐へ飛び込むエスト機。
迸る斬撃。
しかし、
「甘い!!」
叫ぶような声がメリッサの口から放たれる。
エスト機の刃が、ハウリングを斬り裂いた。
次の瞬間、
空を切るグロリアスの刃。
「まさか、偽物!?」
思わずうめき声を上げるエスト。
エストが本物だと思って斬り掛かったハウリングは、またも幻影だったのだ。
次の瞬間、ハウリングが現れたのは、
「後ろ!?」
背後で両腕の砲門を構えるハウリングの姿に、絶句するエスト。
メリッサは幻影を囮にして、エストがそちらに気を取られている隙にグロリアスの背後へと回り込んだのだ。
既に、回避が間に合う距離ではない。
どうにか、防御すべく機体を振り向かせようとするエスト。
しかし、その前にハウリングの砲門が発光する。
もう遅い。
そう思った次の瞬間、
一斉に駆け巡った無数の閃光が、攻撃態勢にあったハウリングの機体に撃ちかけられた。
「なッ!?」
驚いたのは、メリッサである。
今まさに攻撃を開始しようとした瞬間に邪魔が入った為、攻撃を諦めて後退せざるを得なくなる。
その間にも攻撃は続き、縦横に駆け抜ける閃光によって、地球軍側のグロリアスが次々と撃墜されていく。
皆が、謎の攻撃を前に、手も足も出ない状態だ。
「いったい、何が!?」
メリッサが焦ったように叫び声を上げる。
自分自身も攻撃を回避しながら呻くように視線の向ける先。
そこには、
12枚の蒼翼を広げて駆けて来る熾天使の姿があった。
「フリーダム・・・・・・アーヴィング大尉ですか?」
エストが見ている前で、宇宙戦用の装備へ調整を終えたライトニングフリーダムは、比類ない機動性を発揮して一気に戦場を駆けてきた。
《下がれ、エスト・リーランド!! 巻き込んでも知らんぞ!!》
スピーカーから聞こえてくる、クライアスの叫び声。
その声に押されるように、エストは反射的に機体を後退させる。
ほぼ同時に、フリーダムは全ての武装を展開してフルバーストモードに移行する。
地上戦用装備では空力用の翼だった背中の12枚の翼は、宇宙戦用に変更された事で、全てドラグーンに変更されている。
これはフィフスドラグーンと言う、ザフトでもまだ採用されていない新装備であり、かつてストライクフリーダムが採用していたスーパードラグーン機動兵装ウィングの後継に当たる武装だ。
ただし威力はけた違いである。何しろ翼1基に付き大型砲1門、小型砲4門と、合計5門の砲を備えている。
つまり12枚の翼で60門。さらに、ビームライフル、カリドゥス、連装レールガンを合わせ、一斉発射される。
解き放たれる67連装フルバースト。
かつて、これほどの大火力を、ただ1機のモビルスーツに搭載した事があっただろうか?
その光景を前にして、もはや「抵抗」と言う言葉すら、根こそぎ粉砕される。
キラやエストの交戦で数を減らしていたとはいえ、それでも尚、20機近く残っていたグロリアスが、一斉に放たれるビームに貫かれ、打ち砕かれ、爆炎を上げて散っていく。
そこにあるのは、一切の寛容も慈悲も排した光景。
ただ、自分の前に立ちふさがる全てを踏み潰して進軍する、帝王の姿があるだけだった。
「クッ これまでだな。メリッサ、撤退するぞ!!」
《了解!!》
素早く決断し、ジークラスはデスティニーを振り切って機体を後退させる。
30機近くいた仲間が殆ど撃墜される様子を見て、ジークラスも撤退せざるを得なかった。
反転する地球連合軍。残っていたのは、グラヴィティとハウリングの他には、グロリアスが5機のみ。完全なる敗北だった。
後には、ただ1機で地球連合軍を殺戮したフリーダムが、その場にあり続けるのみだった。
PHASE-10「其れは暴君の如く」 終わり