英雄の剣聖譚≪ブレイブ・オラトリア≫   作:朱雀

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 ベート視点、ティオナ視点で、戦闘での出来事と、帰路途中の十八階層での出来事の保管。
 思った以上にティオナの話が長引いてしまった。
 ちゃんと、キャラが描けていればいいなぁ。


挿話 誓いと願い

 

 ―――――クソッタレが。

 口の中で、言葉を吐き出した。外へと漏れる事ない言葉は、体の中で渦を巻く苛立ちへと変わる。荷を纏める団員達を尻目に、視界に収めるのは英雄(メシュア)と謳われるレインと剣姫と呼ばれるアイズの二人の戦い。

 新種の芋虫型に、人型。どちらも体外へと吐き出す体液は、第一級冒険者が使う武器さえ溶かしてしまう強酸性。体に触れれば、簡単に耐久値を貫き皮膚が爛れる。そんな相手に、大立ち回りを繰り広げ、互いを互いで庇いあう戦い方。

 言葉を交わしていない事なんて、遠く離れた所からでもよくわかる。だからこそ、密かにアイズに想いを寄せるベートは羨ましく妬ましかった。

 二人の共闘は、最早―――剣舞。戦いを更に舞へと昇華させた、その動き。方やlv.6でもう片方は同じlv.5。なのに、どうしてここまで離れている?

 ―――――どうしたら、あいつ等に追いつける。

 胸中を覆いつくそうとしたその思いを、舌打ちを一つして消し飛ばす。首を振り、思考を追いやる。ダメなのだ、こんな考えでは。こんな事を考えるのは、最も自分自身が忌み嫌う在り方だ。

 弱者の考え方そのものじゃないか。俺は強者であらなきゃならないのに、ずっと這いつくばって暗い未来に絶望しているだけの自分じゃダメなのだ。そんな弱者じゃいけないのだ。

 強者がその在り方を見せなきゃいけないのだ、弱者を奮い立たせる存在であらなければ。這いつくばってる尻を蹴り上げて、現実を叩き付け見つめなおさせ、奮い立たせなければ。

 何のために、探索系トップのファミリアに入った? 何のために死に物狂いで、lv.5まで這い上がってきたんだ。まだだ、まだいける。自分の限界はここじゃないんだ。

 ―――――甘ったるいレイン達に代わって、俺が見せなきゃなんねぇんだろうが。本当の『強者』ってやつの在り方を。

 誓う。自分自身との、誰とでもないベート・ローガ一人との誓約。

 羨望なんてしない、憧れもしない。

 だけど―――追いつく。

 追い越す。

 そして見せるのだ、強者という在り方を。

 全身全霊を以て、この命が燃え果てるその瞬間まで、弱者を見下ろし、蔑み、奮い立たせる存在になるのだ。

「―――おい、フィン」

「なんだい、ベート」

 眼下で、アイズの大技であるリル・ラファーガが放たれて人型の姿が消し飛んだ。それを機に、フィンへと声をかければ横目でもう何を言いたいかわかっているかのような表情で、言葉を返してきた。

 全身が唸っている。脳内から警鐘を打ち鳴らす様に吼えている。戦え、蹴散らせ、死に物狂いで食らいつけ! そう心が叫んでいるのだ。

「もういいだろ、俺は()るぞ」

「……そうだね、なんだかまたあの芋虫達がやってきたみたいだし。やるしかないみたいだ」

「はッ。いつまでもあいつ等にやらせっぱなしは癪に障る、俺はもう行くぞ」

「わかった。だけど、あの体液には気を付けなよ」

「誰に物を言ってんだ」

 筋肉が唸る。

 特注で作った特殊武装(スペリオルズ)【フロスヴィルト】が歓喜した。地面を砕く勢いで一気に走り抜ける、地を這う如く、獲物を狩る狼のように。

 一気に加速していき、ドンドン風が流れていく景色に、五秒程でレイン達が立つ場所へと近づく。「おい、ちょっと魔法を俺に寄越せぇ!」叫びながら抜き去る勢いで走っていく。

「【弾けろ(バースト)】」

 レインの詠唱と共に、溢れた雷撃が傍を駆け去ったベートのフロスヴィルトへと()()()()()

 第二等武器、第一線でも通じるフロスヴィルトがなぜ第二等で留まっているか。それは試作品で編み出されたものだからだ。その効力は―――魔法の吸収。

 空気がバジリと爆ぜた。同時に、風の壁を突破する。瞬く間に津波の如く押し寄せる芋虫型へと急接近する。

 この能力で戦える、やっと鬱憤を晴らせるのだ。やっと、見せれるのだ。

 

「―――蹴散らしてやる」

 

 タトゥーを刻んだ端正な顔立ちが凶悪に歪んだ。

 裂いたチーズの様に広がった笑み、犬歯をむき出して猛然と一体目を蹴り貫いて、その勢いのまま周囲の芋虫型を蹴り払い悉くを魔石へと変えた。

 やっと、俺が戦えることを見せつけれる。俺は、強者だ。

 吼える凶狼。その雄たけびは、大気を打ち震わしダンジョンの深層に響き渡った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ―――――気づいたら目で追っていた。

 本拠地(ホーム)にいる時、食事をしている時、私服に身を包んでいる時、談笑している時、笑った時、怒った時、戦っている時。

 最初は、最近よく視界に入るなーっ、なんて他人事の様に思ってた。でも、そう思い出してからだった。

 ふと、横顔を見るだけで得れる満足感。戦う最中見せる凛々しいその姿、そしてたまに子供の様に笑う彼の笑顔。

 

 ―――恋心。

 

 そう知覚したのは、最近だった。頬が紅潮する、考えれば考えるほど押し寄せる思いは津波の様。弾ける、体中を走る彼の魔法の様な電撃。

 アマゾネスという種族は、強き者に恋い焦がれる。その子孫を得ようと、本能が叫ぶ。

 実際、確かに恋をしてからはそう考える事も増えた。けれど、惹かれたのはそれだけじゃないのだ。

 昔から、小さいころから読んでいた愛読書がある。本それぞれ違う主人公がいて、そのどれもが、どの主人公も輝いていた英雄譚。その、後ろ姿にその本に出てくる英雄を幻視した。

 憧れた、羨望した。そして、恋い焦がれた。皆平等だと、特別なことはしていないと。ただ、努力してきただけなんだって。そう言い張り、皆を守るその姿はまさしく英雄だった。

 lvを昇華させる毎に、無茶をする彼が心配で。最初は守る側だったのに、いつの間にか隣にいて、そして今は守られる側になっていて。

 ―――――なんだかなぁ。

 十八階層の安全階層(セーフティポイント)で、一人内心ごちて、笑みを浮かべる。

「―――あーっ、好きだなぁーっ。なんて」

 靴を脱いで、きめ細かな褐色の足を水へと漬けて、バシャバシャと水をかき混ぜながら呟く。誰もいないからこそ出来る。そう自分の本心を言葉に乗せてさらけ出せば、余計に体中があったかくなった。

「……なにが好きなんだ?」

「へうっ!? れれれ、レインっ?! なんでいるの!」

 突然投げかけられた言葉に、酷く動揺した。身を起こして振り返ったらそこにいたのは、彼女が知る中で最も強く、優しく、そして大好きな(レイン)の姿。

 認識してしまえば、早く。聞かれた事の羞恥と、二人きりになれたこの状況に嬉しくて、頬が赤く赤熱する。褐色の肌が赤く染まり、さながらさくらんぼの様。

「いや、飯の時間だから。なんか邪魔したっぽい?」

「そんなことない! 全然邪魔してないよ、むしろ来てくれてうれしいっていうかなんていうかーっ!?」

「―――ぷっ」

「あぁーっ!? なんで笑ったの!? ひどくない?!」

「あーいやいや、悪い悪い。つい、おかしくてさ」

 あはは、とそう言った後に、お腹を抱えて笑うレインの姿。目尻に涙を浮かべて笑う子供の様な表情に、胸が高鳴った。

 ―――――やっぱり、ずるいよ。そんな無防備な顔見せるなんて、さ。

 思いもよらない表情に、更に想いが膨らんだ。

「拗ねるなよティオナ。悪かったって」

「べっつにー? 拗ねてなんかないし」

 どうもレインには、拗ねている様に見えたらしい。だから、頬を膨らましてそっぽを向く。

 突然、ぷしゅうっと音を立てて息が漏れた。頬に当たるぬくもりの正体が、レインの人差し指だと認識して、一気に熱が全身に灯った。

「あ、あうあうあう」

「ははっ、何言ってんだよばーか」

 苦笑するレイン。

 ―――――ホント、卑怯だよ。

「……レインのばーか」

「んぁ? 何て言った?」

「バカって言ったの、レインのバーカ! 間抜けっ、鈍感!」

「鈍感って……何が鈍いんだよ」

「うるさいうるさい! レインは黙ってて!」

「あー、はいはい。わかったよー、だ」

 笑いながら、「あー、まぁ。ご飯の時間だから。ちゃんと来るんだぞー」そう言いながら背を向けて去ろうとするレイン。急に寂寥感が込み上げた。行かないで、もう少しだけ一緒にいて。そう言葉に出そうとして―――

「―――レイン、何してるの?」

 ―――アイズが現れた。

 喉元まで出ていた言葉が引っ込んだ。

「ティオナを呼びに来てたんだよ。それで、少し話してた」

「……遅いっ、てリヴェリアが怒ってたよ?」

「うげっ、嘘だろ? これは、早く行かなきゃな」

 レインがアイズに掛ける言葉は、どこか、心なしか優し気だった。いや、元々優しい声音で、話してくれるのだけれど。それでも、何か違った。

 それは確信だ。レインは、アイズを大切に思っているという事に対する確信。多分―――いや、絶対レインならば、聞けば全員を大事に思っているよ。なんて言うだろう。

 そうじゃない、レインにとって、アイズはもっと特別な存在なのだ。そして、多分それはアイズも―――。唐突に悲しくなった、さっきまで一人舞い上がって、二人で話して、彼の行動言動表情に一喜一憂してバカみたいだ。

「……私、バカみたいじゃん」

 なんて切なくて儚いんだろう。さっきまでの胸の高鳴りは、痛みへと変わり胸を突き刺し、涙が零れ落ちそうになった。唇を嚙みしめる。溢れないように、目を瞑った。

「……そういえば、レイン」

「んー? なんだ?」

「……私、頑張った?」

 ―――――聞きたくない聞きたくない。やめて、私の近くで話さないで。私が私じゃなくなりそうだから。

 涙が零れた。頬を伝う暖かな滴が、服を濡らした。

「あぁ……頑張ってたよ」

「……んっ、よかった」

 おもむろに言葉と共に、アイズの頭を撫でるレイン。その仕草は、優しくて、愛しそうで。懇願すれば撫でてくれるだろうけど、あのアイズにするのとはまた別なんだろうな。

 心地よさそうに目を細めて、笑みを浮かべるアイズの表情。とても綺麗で、かわいらしい笑顔だった。

 ()()()()()

 それが、アイズがレインに対している感情を表していた。一目瞭然だった。更に涙が零れた。

 抑えきれない、もうダメだ。このままだと、バレてしまう。泣いているところを見られてしまう、見られたら心配して駆け寄ってくれるだろう。でも、それじゃ余計に苦しくなる。

 バレないようにするには、どうすれば。考えて、目を開いて目に映ったのは水面。

「ティオナ、早く行こう。リヴェリアに怒ら―――」

 レインが言い切る前に、目の前に広がった池へと顔から飛び込んだ。「―――ティオナっ!?」声が遠く聞こえる。レインが名前を呼ぶ声が聞こえる。

 全部無視して、揺らめく水の流れの様に身を委ねて。このまま、涙を流し、燻ぶった感情を流す為に。水の中で嗚咽した。

 清らかなティオナの涙は、水へと溶けて、募った思いもそのまま流す。

 急速に体が抱え起こされた。

「バカッ、何やってんだよ! 全部濡れてんじゃないか」

「……えへへ、ごめんね。レイン、アイズ」

 視界一杯に広がった、心配した表情を浮かべるレインの姿。その後ろにいるアイズの姿。レインの赤い瞳は、酷く透き通っていて。なにもかも見透かされてしまいそうで。

 自分の力で起き上がって、先に陸へと上がって、また込み上げてきた涙を食いしばってこらえる。

 俯いて、アイズを抜かしてまっすぐ歩いて、天井を仰いだ。

 ―――――どうやっても、届かない。一瞬でやられちゃったなぁ、私。

 負けず嫌いだし、諦めたくない。冒険者はハーレム合法。一夫多妻が認められる。でも、ティオナ(わたし)は、レインの横にいれないだろう。仲間としては横にいれる、けれど一人の女性としてはいれないと確信する。

 レインは真面目だ。分かる。レインは一人の女性を、一生涯愛し続ける性格だってことは、長い付き合いだ。よくわかる、言われなくても。

 なら、何が出来るだろう。そう考えて、あぁ、っと答えに辿り着いた。

「ティオナっ、もう大丈夫なのか?」

「うんっ、当たり前じゃん。何々、心配したの? ちょっと暑いから飛び込んだだけだって」

 そう笑って言ってあげれば、「なら、いいんだけど」とぼやくレインに苦笑する。

 恋して、想って、負けて、諦めて、考えて、答えを出した。

 出来る事なんて、一つしかないじゃないか。自分自身へ誓う。

 不器用な二人を、ずっと傍で支えてあげること。

 それで―――いつか一緒になった時に一番に喜んで二人の事を祝う事。

 ―――――レインを好きになった私の負けだよね。

 今更思えば、初めっから負けてたのだ。憧れた時から、目で追っていた時から、好きだと気付いた時には。そして、今確信して、完敗して、立ち直って。

 もう、心配かけてられないなぁ。そう考えて、本当に心の底からの笑みを浮かべる。

 

「―――早くご飯食べにいこっ! もーっ、お腹ぺこぺこだよ!」

 

 そういえば、二人は見つめあって笑った。

「元はと言えばティオナが悪いんだろ?」

「……うん、早く行かないとリヴェリアに怒られるよ?」

「やっばー!? それは一大事! 早くいこ!」

 願わくは、二人が一つになれるように。そして、生涯を通して添い遂げれますように。

 誓いと願いは、吐き出した息と同化して空気へと溶けていった。

 




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