―――――それは、まだ小さいが確かな魂の輝きを放つ英雄の産声だった。
視界の端で捉えたのは、純白の穢れを知らぬ髪色に、深紅色の瞳。いまだあどけない顔立ちはウサギを彷彿とさせる。
一瞬遅れたら取り返しがつかない出来事だった。十六階層で現れたlv.2相当のミノタロウスの群れ。遠征の帰りである俺たちの目の前に現れたそいつ等の掃討なんて、第一級冒険者の集まりであるロキファミリアからすれば、遊びでも屠れる程の隔絶とした差がある。
だが、ミノタロウスがその隔絶とした差を認識した為だろうか、悲鳴を上げて踵を返し上層へと逃げ出していったのだ。そんな事もあるものなんだなぁ、と呆気にとられている間に逃げていくミノタロウスに気づいたのはそれから数瞬後で、思わず走って倒しはしたが、逃げに逃げおおせた一匹がなんと五階層まで逃げ込んだのだ。
敏捷性に優れる俺と、アイズとベートが先行し追いかけ、俺が一足早く追いつけばそこには新品の鎧とナイフを装備した新米冒険者の姿。棍棒を振り下ろさんとするミノタロウスに肉薄し、シュヴァリエで細切れにすれば目の前には真っ白な髪に塗料を頭から大量にぶっかけた様に鮮血に染まりはてた冒険者の姿。
魔石を拾い上げ、腰が抜けたのだろう。少年に手を差し出す。
「ごめんな、俺たちの不手際で君を恐怖に陥れてしまった。立てるか?」
「―――……えっ、あぁ、はぃぃ!? たたたた、立てます!」
おっかなびっくりした様にして、少年の手を握りしめ立たせようとした瞬間に脳天から背筋にかけて電気が走った様な錯覚を覚えた。まるで、それは魔王を討伐するための勇者として王に命じられた時、聖剣と盾を手にした時と同様の感覚だった。
思わず呆気にとられた、こんな感覚、もう一度味わうとは思わなかった。そう、多分これは。この少年が、この世界にとっての―――
「―――――英雄、か」
「っは? え、英雄?」
「あっ、あぁ。ごめん、俺はオラリオでは
不意に出た言葉を拾った少年に、誤魔化すようにそう名乗り出れば全身を真っ赤に染め上げた少年がこれでもか、という程に口と目を広げる姿。
「め、メメメ、
「ははっ、何を取り乱しているかはわからないが、夢じゃないよ現実だ。だからこそ改めて謝るよ。申し訳ない、俺たちのミスで君を危険に晒した」
「いいいい、いえ!! 危険だなんて、そんな!? こちらこそ助けてもらってありがたいっていうか、出会えてうれしいというかなんというか!?」
「そうか。そう言ってもらえると助かるんだけど。あぁ、そうだ。君の名前を教えてくれないか?」
そう尋ねれば、俺の手を離し姿勢を正すと、「ベル・クラネルです! レインさん!」と、大きな声で仰々しく名乗ってくれた。
ベル。ベル・クラネル―――きっと、俺は忘れることはないのだろう。英雄の資質がある少年の名を、
「ベル、か。覚えたよ、それと、俺の事はレインでいい。さんを付ける必要はないよ」
「いえ、そんなの失礼極まりないです! あの、僕の憧れの
そう叫びながら、更に小声でボソボソと自虐する様な言葉を呟くベルを見て思わず苦笑する。そんな時、後ろから足音が二つ聞こえた。
ふと、振り返ると。金色の髪を靡かせながらアイズが俺の隣へとやってきて、その後方からベートが走ってくるのが見える。
「お前ら、遅すぎるんじゃないか?」
「っはぁ、はぁ……そんな、事ない。レインが、魔法なんて使わなかったら追いつける」
「おーおー、なら今度勝負してみるか?」
息を乱しながら、言葉を返すアイズに悪戯心が騒ぎ、笑みを浮かべて挑発すれば、予想通りにその瞳に戦意を宿して「望むところ」と、返してくる。
「それより、ミノタロウスは……?」
「あぁ、倒したよ。それで、目の前にいるのがさっきミノタロウスから助けた少年で―――」
「―――――ほあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
「っはぁ!?」
アイズにベルを紹介しようと、ベルを見れば奇声めいた言葉を上げながらどこに力が残されているのかという程の速さで上層へと駆けて行った。
……アイズが、何かしたのか?
「………念のために聞くけど、アイズ。お前なんかあの子にした覚えは?」
「………………ない」
心なしか―――いや、本当に落ち込んだようにどんよりとした空気を伴いながら返すアイズとは、対照的に後からやってきたベートが腹を抱えて大爆笑をしていた。
その光景をみて、更に落ち込むアイズに苦笑しながら、ベルの事を思い浮かべる。
あぁ、きっと今回だけの出会いじゃないんだろう。英雄の素質を持つ少年、ベル・クラネル……か。
修行をつけてみるのも面白そうだ、そう考えながらやってきたフィン達と合流し、アイズを宥めながら俺たちも遠征の帰路についた。
これは、