英雄の剣聖譚≪ブレイブ・オラトリア≫   作:朱雀

4 / 6
 |д゚)

 ……ふぅ、週一の更新に間に合ったよね?ね?


第四話 共同戦線

「―――ッ! 今の声、ラウル、か?」

 今轟いた臓腑の底からの絶叫は、ロキファミリアで第二級冒険者に属するラウルの声に似ていた。実際、声がした方角的にはフィン達がいる場所だから、ラウルでは合っているんだろうが。

 今の様な声は、久しぶりに聞いた。大怪我、それも一瞬で全身のどこかに負傷を負った時か、死に直結するほどの怪我を受けたかのどちらかだからだ。この世界にやってきて、目の前で死んだ人はいないし、ああいった絶叫も聞いていなかった。

 焦燥。心中を覆いつくさんばかりの焦りが生まれたのがわかる。何があった? 強竜(カドモス)がいたのか? フィン達に限ってしくじるなんて無い筈だが。

「なんだっ、今の悲鳴は? どこからだ!?」

 背後から、陣営を守る為にフィンに配属されテントで指示をしていたリヴェリアが現れた。その表情には、焦りと心配の色が見える。俺たち高位の冒険者は、第六感すら含める五感が常人に比べて発達しており遠い所の物音も聞こえる為だろう。

「フィンが向かった方角だ。多分……ラウルだと思う」

「まさか、強竜(カドモス)が?」

「いや、どうだろう。いくら相手が強竜(カドモス)だとしても、フィンにガレス、ましてやベートもいるからそう遅れも取らないとは思うんだけどな」

「しかし、今の絶叫は」

「分ってるよ、異常だ」

 深刻になる空気に、俺たちの雰囲気を察して辺りにいた団員たちの空気も酷く落ち込んでいく。このまま、もし戦闘となったら負傷者が増えるに違いないだろう。

 この空気は、()()()()()()()。前世、魔王軍とたたかった時に、殿を務めていた騎士団長が死亡した時と同じ空気だ。嫌な予感がする。

「―――レインッ!」

「…………おいおい、マジかよ」

 その時だった。

 リヴェリアの突然の声に、振り返って見れば驚愕した。

 遥か前方から、突如立ち上がる砂埃。その砂埃の前に位置するのは緑色の軍団。まさしく、魔物の姿だった。ザッと、目視してその数は―――()

「多すぎンだろ!」

 文句を吐き出しながら、腰に携えていた黒色の直剣【シュヴァリエ】を抜刀。同時に、地面を蹴り飛ばして真っすぐに駆ける。

「レイン、どうする気だ!?」

「俺が相手して、時間を稼ぐ! この様子だと、あいつ等にフィン達が襲われたに違いない! だから、荷物を纏めて逃げる準備をしてくれ!」

「だがっ、お前はどうするんだ!?」

「―――スキルを使うに決まってる」

 それだけ言って、一気に加速する。目の前に現れた芋虫型。ぶよぶよとした体表に彩られた酷く濃い濃紺色の色彩、無数にあるかの様にさえ見える節足、まさしく新種。

 見た目からして、物理攻撃には弱そうだが何かあるだろう。

『―――――ッッ!!』

 突如、数体の芋虫の口腔が開きゴポリという音を響かせて、液体を噴射する。突然の行動に驚きはしたが、こんなの余裕でかわせる。

 前方への加速度をそのままに、地面を蹴って中空へと体を躍らせる。吐き出された液体が、さっき俺がいたところに直撃して―――ブシュゥ、と不快な音を立てて()()した。

「溶けたァ? 直撃食らったらマジでやばいな」

 俺がやられれば、後ろにいるリヴェリア達、他の団員が危険に晒される。無数の敵意に、背後にいる護るべき対象。そこまで思い描いて、体の奥底から力が漲った。

 ―――――全ステイタスの超上昇。敵の脅威と、自分が護るべき対象と決めた人たちの為に宿ったスキル。かつて英雄として生きてきた名残。

 この世界に落ちて、かつての身体能力はなくなったが、スキルにより再現された英雄の力。【英雄思想(ブレイブハート)】の発現。

 これで、俺は戦える。救う人たちの為に。

 だからこそ、

「【英雄(メシュア)】として、この先に通らせる訳にはいかない」

 着地と同時に、近くにいた芋虫型へと斬撃。ステイタスが上昇した俺の一撃は、バターを裂く様にして、成人男性ほどの体躯を両断した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あれは、レイン!? うっそ、一人で?!」

 傍らでティオナの声が響く。ティオナの目先、その先では黒い髪を揺らしその真剣な表情に焦燥を滲ませてレインが一人剣を振るい、先ほどの芋虫が進化したかのような人型モンスターと対峙していた。

 レインの無事と、レインの遥か後方にあるキャンプ場の無事にフィンは安息する。だが、それも一瞬。すぐに思考を切り替える。

「あの様子だとまだレインが踏ん張ってくれる、この間にリヴェリア達と合流するぞ」

「……けどっ、レインが!」

 走りながらも、アイズが不安に満ちた表情を浮かべてフィンを見る。アイズの視線は、ずっとレインに向いたままだ。

 今にも剣に手をかけて走り出しそうな表情に、フィンは仕方ないか、と内心諦めて新たな指示を出した。

「分った、アイズ。先行してレインと共闘だ。その間に僕たちはリヴェリア達に合流し、荷物を纏める準備と迎撃の用意をする。アイズ、いいね?」

「うんっ」

 そう言うや否や、愛剣である【デスペレート】を引き抜いて突貫する。それを傍目にしていた、アイズと同lvであるベート達が口々に反対の意を唱える。

「アァ!? レインとアイズに二人っきりでやらせるっつぅのか?! 俺は認めねぇぞ!!」

「ベートの言う通りだよ、私たちだって戦える!」

 やはりか、そう考えて嘆息する。

「ベート、ティオナ。君たちだって見ただろう、あのモンスター達の溶解液を。あれに対抗するのはレインか、アイズの魔法だけだ」

「クソがっ! だからって、後ろであいつ等が戦ってんのを唇噛みしめて見てろっていうのか!?」

「そうだ、ベート。君の力を低く見るつもりはない。けど、相手が悪い。リヴェリア達と合流し、一掃する方が早い」

「クソッタレがァ!」

 ぎりり、と歯を食いしばるベートの表情は悔しさに歪んでいた。けれど、この案が一番だと。フィンが言っていることに間違いがないために何も言い返せない。その現状が、自分の力があの二人に及ばないという現実が絶対的実力主義であるベートの心に突き刺さった。

 そうこうやり取りしていうる内に、キャンプ地へと辿り着き、周囲を見渡して団員たちの無事を確認して安躇する。すると、フィン達に気づいたリヴェリアがこちらへと駆け寄ってきた。

「フィンッ! 無事か?」

「あぁ、リヴェリア。けれど、ラウルが深刻な状態だ。すぐに回復魔法を。それと魔法部隊に伝令を」

 背中に背負ったラウルの回復を任せて、それと同時に眼前にいるモンスター達へと振り返る。

「何て伝えればいいのだ?」

「そうだね、とりあえずまた現れた芋虫達を一掃しようか」

 常に冷静で、誰よりも落ち着き払って周囲の状況を確認する団長であるフィンの表情。それは、いつもの穏やかな顔とはまったく違い、好戦的な笑みを浮かべていた。

 その言葉は、とどのつまりこうだった。

 

「―――反撃開始だ」

 

 準備は整った。反撃の狼煙が上がる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 超短文詠唱。その発動キーとなる言葉を呟いて、アイズの体の周囲に風が召喚した。纏わりつく風は、鎧となり、敵を打ち砕く矛となる。

 【エアリアル】―――それが、アイズの魔法名だ。青色のブーツで、地面を踏みしめて跳躍する。風が更に追い風となり体を運び、その速度は疾風へと至る。

 一瞬でレインと打ち合っていた人型モンスターへと肉薄すると、その胴体を一気に切り結ぶ。

『―――――ッッ!?』

 声にならぬ声をあげて、人型モンスターがたたらを踏んだ。それを機に、レインは後ろへとステップを踏んで距離を置く。その隣にアイズが、重力を感じさせずふわりと着地する。

「アイズっ、なんで俺の所に!」

「レインだけじゃ危ないから」

 レインの透き通った赤目が、宝石を埋め込んだかの様に綺麗なアイズの金色の瞳を映す。その眼には、決して引き下がらないという思いが込められていて。

「あーあー、わかったよ。言ってもどうせ聞かないんだろ?」

「……うん」

 こくり、と頷いて返答するアイズに、空いた左手で頭を掻きむしってレインは首を振る。正面を見据えたその顔には、好戦的な笑みが張り付いていた。神々すらも嫉妬する程の整った容貌が、今や狂戦士とすら見間違う様な凶悪な笑みを浮かべて。

「―――俺の後ろ、頼んだ」

 言葉と同時に、レインが弾ける様に飛翔した。全身を黒衣に包んだ軽装、比較的軽量化する為に作られた胸当てに、ガントレットに膝当て。速度を出す為に重量を限界まで削ったレインの装備は、未だに傷一つもついていなかった。それこそが、レインの動作を害する事がないという最大の利点であり、攻撃を食らえば容易く負傷してしまうという欠点。

 つまり、今の言葉はその攻撃を受けるかもしれないという事に対してアイズに援護を頼んだのだ。その事実が嬉しくて、羨望し憧憬すらしていたレインに頼られていると感じアイズは喜色を浮かべた。

「うんっ!」

 金色の髪がなびいてカーテンの様に揺らぐ。風の恩恵を得て、一瞬でレインの後ろへと位置するとそのまま抜き去る様に人型モンスターへと肉薄する。

 肘を折りたたみ、しなる弓の弦の如く。引き絞られた力は、風の助力を受けて金と銀の閃光を瞬かして矢の様にモンスターのその醜悪な顔面へと打ち出された。

 刹那に危険を察知した、女体型が首を逸らして躱すが、後頭部から伸びた管が貫き落される。体液が噴出し、自身に怪我を与えた憎き相手へと標的を決めて、扇の様な二対四本の腕を振りかぶって―――斬撃が背中を駆け抜けた。

 上背部から、人間にすれば腰にかけて一瞬で迸った黒の閃光。緑色の血が噴出した。

「お前の相手はこっちだろう?」

 声をする方へと、憤怒のままに振り返れば、そこにいたのは黒い腰巻をはためかし、着地。凶悪な笑みを浮かべるレインの姿。おもむろに、腕を薙ぎ払えば軽々しく跳んで避ける。

 またしても、そこへとアイズの一撃が入りモンスターは体の至る所から体液を出して絶叫する。

 モンスターの苛立ちが募る。

 四本の腕を広げて、嘶きを上げてその声とは裏腹に、胸中へと愛しいものを抱くかのようなモーション。同時に、七色の粒子が噴出する。

 鱗粉、あるいは花粉だろうか。極彩色の光粒は漂って―――それを知覚すると同時に、背筋がわなないた。

「【弾けろ(バースト)】ォ!」

 レインの詠唱が響く。それはアイズと同じ、短文詠唱。同じ付与魔法。アイズが風に対してレインの魔法は―――雷。

 バヂィッ! 空気が炸裂して、レインが一瞬でトップスピードへと至った。その速度は先ほどとは比べ物にもならない。まさしく雷撃(ボルテクス)。一秒にも満たない間でアイズへと接近すると、同時にその体を抱えて鱗粉の範囲内から脱出。

 刹那、爆火。

 モンスターの周囲の空間が悲鳴を上げる。音すら置き去りにして光が立ち上り、周囲の草々が焼き払われる。爆撃地、その中心で人型が笑みを張り付けて佇んでいる。

「……ありがとう」

「ああ、それよりも厄介だな」

 アイズの謝辞に、一言で返して端正な顔立ちを歪めた。あの人型のモンスター、その肉体の防御力は強竜(カドモス)達に及ばないが、それを埋めるほどの攻撃力に多彩な攻撃手段を持っている。

 遠くに離れたら溶解液、近くによれば四本の腕による打撃に、先ほどの爆発。特にこの爆発が厄介だ、多分見せつける為にあのモーションを取ったのだろう。ノーモーションであれを行えると考えるべきである。

 明らかに手ごわい敵だが、それでも不思議と二人に不安はなかった。

「まぁ、大丈夫だろう。アイズがいるしな」

「……うん、レインがいるから。安心して戦える」

「んじゃ、行くか」

「うん」

 駆けるのは同時だった。だが、lv.6へと至り尚且つスキルの恩恵を受け、更に雷すら味方につけたレインの速度はまさしく雷速。ロキファミリア随一の敏捷性を持つベートですら置き去りに出来るであろうその速度は、易々とモンスターの体の前へと体を踊りださせた。

 剣閃が閃いて、モンスターの胴体に一条の傷跡がつく。その反対側では、遅れて到達したアイズの斬撃。胴体の両側面からの攻撃に、体液が噴出して、地面へと降り注ぎ夥しい程の黒煙を巻き上げる。

「一気に……決めるッ!」

 痛みに背筋を反らしたモンスターを視界に収めて、距離を置くように後方へと跳躍する。デスペレートへと風を収束させて、必殺の一撃を撃つ為に力を注ぐ。

 それを視界の隅に確認した、レイン。笑みを浮かべて、直剣を鞘へと納めて腰だめに構える。対するモンスターはクロスを描くように二本の腕を繰り出し、同時に鱗粉を吐き出そうとして―――「遅ぇよ」と、レインの急加速した蹴りがクロスを描いていた二本の腕の中心へと突き刺さり、蹴り飛ばす。

 更に、腰巻を翻して中空で宙返りを行うと、背後で電撃を噴出して前進する。たたらを踏んでいたモンスターが更に、まだ弾かれていない二本の腕を薙ぎ払おうとして、空を切った。

 いや、違う。

 両の腕が断絶していた。断たれた腕の断面から、体液は出ず。まるで焼かれたように醜悪な匂いを上げる。

 驚愕に満ちた表情で、レインを見やれば雷撃を纏い先ほど納刀していたシュヴァリエを振り切っていた。つまり、極限に力を研ぎ澄ませあの刹那で居合切りを行い、同時に纏った雷撃で体液を噴出させないように焼きとめたのだ。

 血振りして、鞘へと納め着地する。

「後は頼んだ」

『―――――ッ!!』

 怒りに体を震わせて、巨大な体躯で押しつぶそうと人型がレインへと前進する。その光景を眼下に、アイズは、任せて。と口の中で呟く。

 思い出すのは主神(ロキ)の言葉。

『ええか、アイズたん。必殺技っちゅーのはな、言葉に出したら威力が増加するんやでーっ!?』

 純粋なアイズは、騙されているとは知らない。だけど、それ以来この一撃を繰り出す時は言葉を紡ぐ様にしている。

「【吹き荒れろ(テンペスト)】」

 暴発する様に更に噴出した風が、一気に莫大なエネルギーを伴って剣先へと収束。空中を蹴れば、風が後押しする。アイズに後ろを見せる新種の人型モンスターの後背部を狙う必殺の一撃。

 その名は―――、

 

「―――――リル・ラファーガっ!」

 

 ―――金色の閃光が、神風となってモンスターを貫いた。全てを撃ち滅ぼす程の大威力、先ほどの爆炎ですら退ける程の大質量の突風は一条の流星へと姿を変えて、モンスターの体を砕き伏せた。




 要所抜けた場面は、違う話で挿入予定。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。