「どうした、二人とも。この程度か?」
「まだまだ!」
「まだいける!」
一誠は冥界に来てから『神滅具』である『獅子王の戦斧』の保有者にしてバアル家の次期当主であるサイラオーグ・バアルをヴァーリと一緒に鍛えていた。
一誠は『ドラゴン・ボーン』を纏いヴァーリは『白龍皇の鎧』を。サイラオーグは『獅子王の戦斧』の亜種の禁手の『獅子王の剛皮』だ。
レグルスを鎧として身に纏い攻撃力と防御力が上昇し、飛び道具に対する防護性能も健在になる。
「どんどんいくぞ!!」
「はあぁぁぁ!!」
「のおぉぉぉ!!」
ヴァーリとサイラオーグは一誠に負けじと力を振り絞った。それでも二人合わせても一誠にはまったく歯が立たない。
しかしそれで諦めるほどなら彼らはここにはいない。これまでの苦悩の人生を経験した三人にはそれぞれに思う所がある。
兄に騙され「バケモノ」と呼ばれた者
祖父に命令されて父に暴力を振るわれた者
無能と呼ばれ母に苦労をかけた者
三人が三人違う人生を歩いてきた。そして出会った。ほか二人が歩いてきた道など知らないしその苦労は分からない。
しかし互いに高め合う理由はある。
魔神は自らを殺せる者を育てるために。
白龍皇は自身を最強と証明するために。
獅子王は己の力で勝ち取るために。
戦う理由など些細で構わない。やるなら徹底的に容赦なく思う存分に。自分が納得するまで戦えばいい。
(そうだ!二人とも……もっと!もっと俺を楽しませろ!俺に生きていると実感させてくれ!)
生きる理由が欲しかった
死にたいと願った
自分で自分を殺した事があった
でも死ねなかった。
それから魔神は生きる屍になってしまった
「はははっ!!俺を楽しませる奴がまだ居るとは予想外だ!サイラオーグ!」
「そうか。だが戦いを楽しむなど……」
「楽しんで何が悪い?戦いを楽しまない者など戦士と言えない!だから心のそこから満足するまで戦え!サイラオーグ!」
真神一誠は喜んでいた。冥界に来たのはオーディンの護衛のためだ。正直、最初は乗り気ではなかったが、今は違う。
(サイラオーグもいつか俺を……)
自分を殺せるかもしれない存在が目の前に居る。それは一誠を何より喜ばした。自分が生きている事を実感させてくれるかもしれない。
それは一誠にとって何より吉報だ。彼は心から喜んだ。
(この感じは……)
ヴァーリ・ルシファーはかつて感じた自身の血が沸騰していくのを感じていた。会談の時に一誠と戦った時ほどではないが、自分の魂が―――本能が戦えと叫んでいる。
目の前の『神』を超えない限り自分が最強だとは言えない。全てを見返すために全てを覆すために。
自分を鍛え強くなってきた。だが、そんなのは目の前の魔神に比べたら足元にも及ばない程度だ。しかしそれは絶対ではない。
自分自身で証明する。最凶たる魔神を倒すのは自分だと。
「ヴァーリ!お前はどうなんだ?この程度か!?」
「いいや!まだだ、これからだ!!」
「ははっ!!そうでないとな!」
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
一誠との戦いは常に命がけだ。だからこそ掴めるものがある。ヴァーリはそれを知っている。一誠と何百回と戦った彼だからこそ分かる。
アザゼルの所に居た頃はどこか安全な修行をしていた。しかしそれでは足りなかった。
覚悟が。
自分を知る覚悟
自分を超える覚悟
自分を傷つける覚悟
自分を守る覚悟
それらがヴァーリには足りなかった。だが、今は違う。一誠との戦いでヴァーリはついに高みが見える場所まで到達する所まで来た。
(ああ、分かるぞ!俺に足りなかったものが!)
一誠の攻撃で飛ばされたヴァーリはフラフラになりながらも立ち上がった。ヴァーリから噴き出したオーラはこれまでと比べられないくらい大きく純度の高いものになっていた。
「アルビオン!いくぞ!!俺はこの時をもって!己を超える!!」
『ああ、ヴァーリ。見せてみろ!お前の示す道を!!』
「我、目覚めるは律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり
極めるは、天龍の高み往くは、白龍の覇道なり
我らは、無限を制して夢幻をも喰らう
無限の破滅と黎明の夢を穿ちて覇道を往く
我、無垢なる龍の皇帝と成りて
汝を白銀の幻想と魔道の極致へと従えよう」
『Juggernaut Over Drive』
ヴァーリはついに呪文を口にした。これまでの白龍皇が唱えてきた呪文ではなく自分だけの―――ヴァーリ・ルシファーだけの呪文を。
そこには白い龍ではなく白銀に輝く覇龍がいた。
「くくっ……ははははっ!!ヴァーリ、お前はついに至ったんだな!」
「ああ、そうだ。これが俺の『白銀の極覇龍』だ!」
「ついに!いつに至ったか!覇龍を超えたか!ならその力、存分に俺で試せ!お前の本気を見せてみろ」
「ああ!いくぞ!」
最凶の魔神と白銀の覇龍が今、衝突した。拳と拳がぶつかると空間が悲鳴を上げているように空気を震わせてた。並みの上級悪魔だったらオーラだけで吹き飛んでいただろう。
それだけ二人から出ている魔力が計り知れなかった。
(これが神と龍の戦いか……)
サイラオーグ・バアルにとって戦いとは自分の存在意義を有一証明する事の出来るものだった。しかし今は違うと断言出来ると。
目の前の神と龍との戦いはこれまで戦いと明らかに違った。
拳を合わせる度に身体の奥から溢れ出てくる感情があるのを感じていた。これまで味わった事のない不思議な感情だ。
不快とは思えない。むしろ心地よかった。
だからなのだろうか?彼らとの戦いは命がけだと言うのに楽しいと思えるのは。
(母上……)
サイラオーグは今、病に伏せている母親の事を思い出していた。魔力をまったく持たない自分を産んだばかりに様々な苦労をしてきた。
しかしどんな時でも自分を見て力強く言い聞かせてくれた母。寝たきりになる前に時より見せた寂しそうな顔は今でも忘れない。
(俺は……)
拳を握り考える。
何をすれば超えらる?
何を得れば超えられる?
何を捨てれば超えられる?
目の前の神と龍を
自分は大王だが魔力無しだ。彼らと対等に戦うには何が必要か。それはすでに己の心に聞けばわかる事だ。
「はははっ!これでヴァーリ、お前は歴代最強の白龍皇だ!」
「そうか!それは俺としても嬉しいな!だが、まだまだこれからだ!!」
「そうでないと鍛えている意味が無いからな!」
「はあぁぁぁ!!」
サイラオーグは『獅子王の戦斧』から何かを感じていた。するとレグルスから話し掛けてきた。
「サイラオーグ様」
「……レグルス」
「行きましょう!私はすでに貴方様の『力』!ならば、遠慮など無用です。思う存分、お使いください!」
「ああ、いくぞ!レグルス!!」
「はっ!サイラオーグ様!」
次の瞬間、サイラオーグの出していたオーラが変化が起こった。オーラの量が増え、床を陥没させたのだ。
「此の身、此の魂魄が幾千と千尋に堕ちようとも
我と我が主は、此の身、此の魂魄が尽きるまで幾万と王道を駆け上がる
唸れ、誇れ、屠れ、そして輝け
此の身が摩なる獣であれど
我が拳に宿れ、光輝の王威よ
舞え 舞え 咲き乱れろ」
レグルスの鎧は先ほどと違い、金色と紫を基調としてフォルムがより攻撃的に変化した。サイラオーグのオーラもそれに合わせるかのようになった。
「……おい、ヴァーリ。見てみろ、あれを。サイラオーグもまたお前同様に自分だけの『覇の理』を見つけたようだぞ」
「……ああ、そのようだな。これでまた楽しみが増えたな」
「ああ、あれを名づけるなら……『獅子王の紫金剛皮・覇獣式』って所か?」
まさに覇獣のようにレグルスは変化していた。そして次の瞬間、サイラオーグは一誠の目の前に移動して殴り飛ばした。
「なっ!?」
一誠はサイラオーグの重い拳の一撃に思わず驚いてしまった。先ほど戦った時とは明らかに威力が上がっていた。
それも『ボーン』を纏っていたなければ一誠ですら骨折しても可笑しくはないほどであった。しかし『ボーン』には変化があった。
サイラオーグの拳を受けた『レフト・アーム』が白く変色した。
「イッセー。それは?」
「これはボーンクラッシュだ。一定以上のダメージが蓄積するとこうなる。しかも腕が上がらないほど重くなる」
ボーンクラッシュ。ボディ、ライト、レフト・アーム、レッグの四つのパーツが一定以上のダメージが蓄積すると白くなりそのパーツが使用不能になる。
これまでの戦いでこのクラッシュになったのは『無限の龍神オーフィス』との戦いだけだ。
(嬉しいぜ……二人の力は俺を殺せるまでに上がった。だが、まだ足りないな)
一誠は嬉しさを感じると同時に物足りなさも感じていた。何故ならまだ一誠は全力でも本気ではないからだ。
「イッセー。魔神を呼べ」
「……ヴァーリ」
「全力のお前にこの状態がどの程度、通じるのか知りたい」
「ああ、いいぞ!」
一誠は二枚の『ボーン・カード』を出現させた。『フェニックス・ボーン』と『グリフォン・ボーン』の二枚だ。
「『フェニックス・ライト、レフトアーム』、『グリフォン・レッグ』着装!」
一誠は両腕と足の『ボーン』を変えた。それはかつて会談でカテレア・レヴィアタンと戦ったのと同じ状態になった。
「ライン構築。風の魔神よ。現れろ!魔神降臨!!」
一誠の後ろに巨大な魔法陣が出現してそこから蒼い身体を持った巨人―――魔神が現れた。その姿は翼を持った騎士のように見えた。
すると一誠が出していた魔力の色が変化した。風の魔神と同じ蒼い色になった。
「……さあ、二人とも。かかってこい!第二ラウンドだぁ!!」
「ああ!イッセー!やはり君は最高だぁ!!」
「望みところだ!全力でいくぞぉ!!」
この日、最凶の魔神と歴代最強の白龍皇と最高の獅子の大王は隔離空間でぶつかった。拳と拳がぶつかる度に空間が悲鳴を上げた。
それでも三人は戦う事を止めない。その程度のなど些細な事に過ぎない。
(二人になら見せてもいいかもしれないな……)
一誠が動きを止めたらヴァーリにサイラオーグも動きを止めた。いきなり今の三体の『ボーン』を纏っている状態から『ドラゴン・ボーン』だけに戻した。
魔神もラインが無くなったので霧散して消えた。
「イッセー?どうしたんだ?」
「真神一誠。どういうつもりだ?」
ヴァーリもサイラオーグも訳が分からなくなっていた。
「なに、お前ら二人なら俺の本気を見せてやろうかと思ってな」
「それは願ってもない事だ!」
「お前の本気か興味があるな」
「ああ。見せてやるよ!火の魔神よ、我が声に想いに答えその姿を今こそ現せぇ!!」
するとまたしても一誠の後ろに巨大な魔法陣が現れた。そこから赤い身体に四本の腕を持つ魔神の火の魔神が現れた。
ここまでは先程見た風の魔神を似ていたがヴァーリは異変に気が付いた。
「……実体があるだと?」
「なに?」
そうこれまでの魔神降臨と違い魔神には実体があったのだ。その証拠に魔神が足を動かすたびに地響きが轟いた。
「いくぞ!これが俺の本気だ!マジン・ボーン!!」
一誠は魔神の胸にある紋章に飛び込んだ。そして現れた存在を見た瞬間、ヴァーリとサイラオーグの意識は暗転した。