ある所に人間の父と猫の妖怪の母を持つ姉妹がいた。幼い時に両親を亡くし頼るものなどいない姉妹は苦しい日々を送っていた。
そんな時にある純血の悪魔が姉に眷属になるように言ってきた。その際に『僕の眷属になれば妹を保護してあげよう』と話を持ち掛けてきた。
姉にとってそれは救いの手だった。親も頼る者もいない彼女達にとってそれは地獄の日々からの脱出だった。
しかしそれは更なる地獄の始まりに過ぎなかった。姉は『僧侶の駒』二つで悪魔に転生した。それから彼女は才能を開花させた。
そして彼女の主は次第に無茶な命令を出すようになった。それは日に日にエスカレートしていった。
そこで姉は気がついた。自分達は救われたのではない。嵌められたのだと。それから姉は主に歯向かおうとしたが、妹を人質に取られており下手な事が出来なかった。
姉は我慢した。我慢に我慢を重ねて主の命令に従順になった。
全てはたった一人の妹のため。自分が我慢すれば、妹は幸せになると信じて。
だが、そんな姉の想いを主悪魔は踏みにじった。妹を自分の眷属にしようとしたのだ。そして姉の我慢の限界だった。
ついに主である悪魔を自分の手で殺したのだ。はぐれ悪魔になってしまうが妹が幸せになるなら姉はいくらでも罪を背負うつもりでいた。
しかし姉が思い描くような結果にはならなかった。妹は上層部より姉のように『力』に飲み込まれて暴走するのではないかと危険視されたのだ。
その中には処刑を強く言うもまでいた。だが、魔王サーゼクスが待ったをかけた。その妹を保護して自分の妹の眷属にしたのだ。
流石の上層部も魔王が相手では強く言えるはずもなくそのまま引っ込んでしまった。そして時は経ち、姉妹は再会をする事になった。
それは姉が想い描いていたのとは少し違うがそれでも幸せを感じられるものだった。
「白音ぇ……」
「黒歌姉様ぁ……」
黒歌と白音は何かを確かめるようにお互いに抱きしめ合っていた。それを一誠を始めゼノヴィアとヴァーリチームの面々は暖かい視線を送っていた。
その視線に気がついたのか黒歌と小猫―――いや白音は顔を赤くして照れ臭そうな顔をしていた。
「……真神先輩聞いてもいいですか?」
「何が聞きたい?塔城」
「……黒歌姉様はどうして『悪魔の駒』を抜いたのに生きていけるんですか?」
小猫の疑問はもっともだった。本来『悪魔の駒』が身体から出た時点でその転生悪魔は死んでしまう。
だから一誠は『悪魔の駒』を抜き取ると同時に『ボーン・カード』を黒歌の身体に入れた。ゼノヴィア同様に眷属神にしたのだ。
それにより一誠から魔力供給がされている限り黒歌は生きていける。その事を一誠は小猫に告げた。
「……そうですか。では、黒歌姉様の事をどうぞよろしくお願いします」
「ああ。もとよりそのつもりだ。俺にだってそれなりの責任があるからな」
「……多分、相当ご迷惑を掛けると思いますけど」
「ああ。もちろんだ、拾ったからには最後まで面倒見るさ」
「白音ぇ!?それに一誠ちん!?二人とも!!どう意味かにゃ!!!」
一誠と白音は黒歌をまるで捨て猫を見るような視線を向けて遊んでいた。それが分かったのか黒歌は顔を先ほどより真っ赤にしていた。
「ふ、二人の事なんてどうでもいいニャ!!」
黒歌はそれだけ言って部屋から飛び出して行った。と、言っても家の中に居るのだが。
一誠と白音は悪戯が成功した子供のような顔をしていた。
「流石にいじめ過ぎたな。塔城、少しかまってやってくれないか?」
「……分かりました」
白音は黒歌の後を追った。そこには先ほど違ってどこか自信に満ちている瞳を持った塔城小猫いや白音が居た。
(これで大丈夫だろう……)
一誠は白音を見送ってから準備を始めた。魔王の顔を立てるために冥界に行く準備を。
白音は黒歌の居場所はすぐに分かった。これまではあまり使わなかった仙術で黒歌の気配を探したからだ。
黒歌が居た場所は台所だった。そして白音はそこで酒瓶をラッパ飲みしている黒歌を目撃した。
「ぷはぁ~……このおしゃけ、おいひいにゃ♪」
「……黒歌姉様、勝手に人のお酒を飲むのは駄目ですよ」
「あへ?しろねがよひん、いるにゃ♪」
「……黒歌姉様、もう酔っているのですか?」
白音は黒歌が持っていた酒瓶を奪い取った。その瓶にはラベルが何も無かった。ただ強烈な臭いが白音の鼻を刺激した。
(……これは一体、何の酒なのでしょうか?……まさか!?)
そこで白音は気がついた。ここが誰の家で何が住んでいるのか。ここは魔神一誠の家だ、そしてその保護者は北欧の主神オーディンだ。
ならここにある強烈な臭いの酒は『神酒』なのではないかと。
そしてそれは正解だった。黒歌が飲んだ酒は一誠がオーディンに送るように買っておいたものだ。それも一番強力のものだ。
それを黒歌は短時間で3瓶も飲んだのだ。黒歌が酒に強かろうと弱かろうと関係ない。日本でも指折りの酒なのだ。すぐに酔ってしまう。
「……………(弁償しないと不味いですね)」
白音は呆れて何も言えなかった。それどころか飲んだ酒を一誠に弁償しないといけない事を考えていた。
その時だった。いきなり白音は黒歌にキスされた。
「んんっ!?んっ……ぱぁ……な、何をするのですか!!黒歌姉様!!!」
「しろへもいっしょにのふにゃ♪」
「……一緒に飲む?……まさか!?」
黒歌は白音にキスすると同時に『神酒』も一緒に飲ませたのだ。お酒に耐性のない白音はそのまま酔い潰れて寝てしまった。
「わたしもいっしょにねるにゃ………」
黒歌も続けて白音の横に並んで寝てしまった。そしてこの眠ってしまった二人を一誠達が見つけるのは一誠達が冥界に行く準備を終わらせる事になる。
一誠は冥界に行くに当たってまずユグドラシルに居るオーディンに連絡して魔王からの招待で冥界に行く事を告げた。
「―――そんな訳で俺はヴァーリ達を連れて冥界に行く予定だ」
『そうか。魔王……というより堕天使の小僧あたりが提案した事だろうのぉ。それにちょうど良かったわい』
「ちょうどいい?」
一誠は首を傾げた。オーディンの言うちょうどいいとは一体なんだろうか?
『少し前に魔王から同盟を結ばないかと申し出があってな』
「……それ、大丈夫か?破滅する未来しか想像出来ないんだけど……」
『まあ、そこのあたりは魔王しだいといったところじゃろ』
「ふ~ん……それで?一体、何に釣られたんだ?」
一誠はオーディンを怪しんでいた。何のメリットも無いのに同盟など結ぼうとはしない。それにオーディンは同盟に関してかなり前向きに検討しているように一誠には見えたからだ。だから怪しんだ。
『なに、悪魔どもの「レーティングゲーム」の映像をこっちに流してくれると言っておったのでな。神は最近、暇なのじゃ』
「なるほど……」
一誠は納得した。神は基本、暇を弄んでいる。神には神の役割があるが、その役割を果たす時以外は何もしていない。
だからこそ娯楽が大好物なのだ。特に悪魔が開発し始めた『レーティングゲーム』は心躍るものだ。それを同盟を結べば見られるのだから食いつかないわけが無い。
(まったくこの爺さんは……)
一誠はオーディンに呆れていた。だが、一誠は思う。自分が戦ったり誰かの戦いを見るのは面白いと感じている。それが白熱しているならなお更だ。
だからこそ、オーディンは魔王の同盟に前向きに検討している。
「まあ、同盟に関しては俺からは何か言う事はない。爺さんはそれでいいんだな?」
『もちろんじゃよ。他の神々も賛成しておるからの。問題は賛成しておらん神があるという事じゃ……』
「そうだよな。居ると思ったよ……」
賛成している神は居るが、それと同時に反対している神も居る。それは一誠が一番分かっていた。何故なら一誠は反対派だからだ。
悪魔と直接関わってきたからこそ一誠は反対派なのだ。
だが、一誠は反対の事をオーディンには言わない。オーディンの決定には余程の事がない限り反対の意思を表さない。
命を救ってくれた恩人でここまで育ててくれた親代わりだからだ。それに何かあるようなら一誠自身が動けばいい事だからだ。
「ちなにみ聞くけど、反対している目ぼしい神は誰だよ?」
『一番は……ロキ辺りかのぉ……』
「悪神ロキか……」
一誠はかなり嫌な顔になった。一誠の中で悪神ロキはダントツで嫌いな神になる。それはまだ一誠がユグドラシルに来て間もない頃、一誠の力を危険視したロキが一誠を処刑するべきだとオーディンに強く進言したからだ。
それからはロキは一誠の力の危険性などを他の神々に言い一誠を殺そうとした。しかし主神の庇護下にある子供を殺すなど出来る訳でもない。
なによりロキ以外の神は一誠をそれほど危険視してはいなかった。所詮は子供、神に勝てる筈も無いと揃いも揃ってロキの事を小馬鹿にしていたのだ。
だが、一誠がオーフィスと対等に戦って見せたものだからそれまでロキの事を馬鹿にしていた神達は手の平を返したように一誠を危険視した。
しかしオーフィスと対等に戦えたという事は一誠は神や他の種族では決して勝てない存在だと証明されたと同義だ。
だから手が出せなかった。それに一誠に戦いを挑めば、必然的にオーディンも敵に回すという事だ。主神を敵に回せばもはやユグドラシルでは生きてはいけない。
『まあ、お主を敵に回すほどロキも馬鹿ではないじゃろうよ』
「そうでありたいけどな。でもあの悪神は昔から俺を殺そうと虎視眈々と狙っているからな。まあ、何にしても警戒はしておくさ。それじゃ冥界で合流で良いんだよな?」
『そうじゃ恐らくこっちが遅く着くかもしれんから冥界旅行でもしておいて構わんぞ』
「……気が向いたらそうしておくよ。それじゃ……」
一誠はオーディンとの連絡を切った。それからヴァーリ達が居る居間に戻った。そこではヴァーリと美猴、フィルがテレビを見ていた。
黒歌と白音はまだ戻ってきていたなかった。それとゼノヴィアとアーサーの姿が無かった。
「ヴァーリ。ゼノヴィアとアーサーは?」
「中庭で手合わせをしている」
「そうか。黒歌と白音はまだ戻ってきていないのか。まあ、いいか。ヴァーリに美猴、フィル。お前ら冥界に行く気はあるか?」
三人は顔を合わせてから一回頷いた。
「ああ。イッセーが行くなら行くさ」
「いいぜ。冥界って一回行ってみたかったんだぜ」
「はい。私も大丈夫です」
三人全員行き気になっていた。一誠は満足そうに頷いた。
「ゼノヴィアとアーサー、黒歌には後で説明するとして各自準備をしておいてくれ。無ければ冥界で買えば良いだろ」
最凶の魔神はついに冥界に向けて準備を始めた。物語は更なる混沌へと向かおうとしていた。