You Only Live Twice の奇想曲   作:飛龍瑞鶴

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 間諜の伴侶たる妖蛆の姫は、明け方の散歩の中過去を思い出し。
 そして、未来を夢想する。その中で一人の少女と偶然会う。
 その邂逅は彼女の奇想曲(カプリッチオ)にどんな変化をあたえるのか。



妖蛆の姫の夢想曲

 『雨音に気づいて、遅く起きた朝は』

 と、私、蒔田美香にはレトロだけど、両親世代には直撃で、今でも人気歌手の初期の頃の唄が、目覚ましから流れる。

 「まだベッドの中で、半分眠りたい」

 と、歌の続きを歌いながら目覚ましを止めた。この曲の『遅く起きた』の部分でこの時間に半分起きている時には、耳に入ると一気に目覚める効果がある。

 時刻を確認する。いつもより少し早い…あぁ、今日は首を怪我した信也さんの所へ行って朝食の作ってあげる約束を思い出す。

 シャワー浴びて、歯を磨く。その頃には意識はちゃんと覚醒していた。

 最後に武偵の校則に従って、信也さんに選んでもらった。ワルサーP5Cとガバー・フリーマン・ハンター・スタッグを身に付ける。

 今日の自由履修は強襲科(アサルト)なので、信也さんからプレゼントされ、使い方を手取足取り教えてもらった。カービン状態に組んだストーナーM63をライフルケースに入れ肩にかけて、スクールバックを手に持って部屋を後にした。

 

 男子寮に向かいながら、どうして彼を好きになったんだろうと言う。『向こう側』の記憶を含めて回想に浸りながら歩く。

 『向こう側』で出会ったのは大学時代。私自身は気が弱くて何かあると、直ぐに謝るほどの周囲を恐れていた。そこから引き出してくれたのは信也さんだった。

 当時の彼は今もその片鱗を残すが。社交性と行動力のある変人で、私が入部した文芸部に所属している先輩だった。一つ上の先輩だったこともあり、よく面倒を見てくれたと思う。

 今にして思えば、かなり常識外れの所を連れまわされたりした気がするけど。

 

 告白されたのは一年後ぐらいだった。

 

 その時、彼は何時もの様に飄々とした態度ではなく、落ち着きがなく、声もかすれていた。そのかすれた声だったが、はっきりと言ってくれた。

 「美香の事が好きだ。今では君の事を第一に考えてる。付き合ってください」

 その告白に私は「はい」と、消え入りそうな声で応じたのだ。

 付き合い始めて、恋人らしい事もして解ったのは、彼、信也さんは私などより余程臆病な人だと言う事だった。

 何よりも失う事を恐れている人だった。

 それを必死に意地と韜晦で隠し続けていた。

 そして、失わない為ならどんな努力や行動をする。

 

 私はその傷ついた大きい背中を優しく抱きたかったのだ。

 そして、彼が意地を張らずに安らげる場所になりたかった。いや、なったのだ。

 

 彼との間に子供をもうけて、彼と家族になり。それなりに平凡な幸せを手に入れた。

 彼が何処かの悪意により死んだ後も、私はその天寿を全うするまで生き続けた。

 

 今度は私が失う事に怯える事になった。

 

 彼と築いた幸せの残滓と言うには未来があり、可能性がある私達の子供の未来と、彼が生きて成し遂げた事を失う事がとてつもなく怖くなった。

 それは杞憂で終わり。

 私はその後、何事もなく天寿を全うするまで生きることができた。

 子供達と孫達に囲まれて死ねたのは幸せに部類出来る最後だったと思う。

 

 二度目の人生とも受け取れる『こっち側』では同い年になり、私も彼と肩を並べて戦う力と機会を手に入れた。それを手放すつもりもないし、彼に後れを取らない様に日夜努力している。

 この世界で私が手に入れた力。

 この世界では超能力(ステルス)に部類される蟲術。

 

 この力を身に付けて居たために。『向こう側』の自分と折り合いが上手くつけられたと思う。

 信也さんは個人のあらゆる能力を『向こう側』に近づける為に努力をし続けて、視野狭窄に陥って居たと私は判断し、それを正してくれると信じて行動を起こした。昨日はその事に気がついてくれたようで、何時もより少し関係を深めると言う特典もあった。その光景を同じ超能力捜査研究科(SSR)の白雪さんに見られてしまうのは、予想外だったけど。彼女は今日から合宿だから合う事は無いだろう。私が合宿に行くのは白雪さん達のグループより3日ほど遅れる。

 

 「美香じゃない。貴方も朝駆け?」

 今と昔の甘い夢想曲(トロイメライ)と呼ぶべき夢想が思ったより深かった為、菊代さんに声を掛けられるまで接近に気がつかなかった。

 いや、諜報科(レザド)尋問科(ダギュラ)を掛け持ちする彼女だから、日常生活でも意識的に気配を消しているのかもしれない。

 しかし、良かった。夢想している事が外に漏れていない様で。

 「まぁ、そんな所です。病院嫌いの信也さんを武偵病院に引っ張って行くつもりでしたので」

 昨日の帰りに武偵病院から『傷口の経過観察をするので、一限目の前に来なさい』とのメールが届いた。信也さんは見なかった事にしようとするので、私が首に縄をかけても連れて行く。

 信也さんは、意外にも病院嫌いだ。行けば腹を括って治療や検査を受けるのだが、行くまでには何かと理由を付けて逃げたがる。本人曰く、「一生分行ったからもういいよね?」とのこと。

 気持ちは理解できますし、嫌な光景がフラッシュバックしていると思いますけど、それとこれとは話が別です。

 

 「御馳走さま。こっちは、白雪が居ないのであの怠け者(遠山キンジ)を叩き起こすのと、勝手に部屋に上がり込んだ不埒者を追い出さんと」

 そう言うと彼女は、愛銃のブローニングHPではなく。コルトガバメントをフィリピンでコピーした拳銃、バルティクスと言う.45口径のオートマチック。

 以前、信也さんから教えてもらったけど日本によく密輸される拳銃の一つらしい。

 反対の手には、白鞘から抜かれた小刀が、刀身は30センチぐらいだろうか?根元には握りこぶし二つ分のサラシが巻いてある。白鞘は本来、刀身の運搬用の鞘でそれで切り結ぶには手から抜けない様に鯉口の上の部分にサラシを巻くらしい。

 両方とも普段彼女が使っているものでは無かった。片方は恐らく密輸品。躊躇なく“使ったら”捨てる算段だろう。

 「神崎・H・アリアさんですよね。遠山さんの寮に押し掛けたのは、信也さんを引き取りに行くときに少し見ましたけど、相手はSランク武偵ですよね?それも強襲科(アサルト)の」

 私の発言を肯定するように菊代さんが頷く。

 「間違いないわよ。昨日、指向性集音機で拾った声紋も神崎・H・アリアの声紋と一致したわ。自由履修で情報科(インフォルマ)履修していてよかったと思った瞬間よ。掛け持ちしている貴方の恋人には負けるけど、私の情報集能力もなかなかよ」

 つまり、菊代さんは相手がSランクの武偵であることを承知でカチコミに行くらしい。

 

 『Sランク武偵1人は特殊部隊と同等の戦力』特殊部隊の規模は言う人間によって変わるが、これは武偵歴が4年の私でも誇張だと思う。

 「ある条件下では」と言う前置きを言う必要がある。それはSランク武偵1人では一つの方向しか向けないし、同時に複数の場所に存在できない。一人と言う制約がある以上、戦力としての評価は限定的な物になる。

 仮に前提条件を上回る規格外が居たとしても、そう言うモノに対抗するために人はチーム、集団を作って対抗してきた。だから、Sランク武偵の戦力評価には「特定の条件下において」と言うべきだと私は思っている。

 だが、菊代さんが神崎・H・アリアに挑むのは、その「ある条件下」に見事にあてはまる。無謀な行動だと思い。思い留まる様に言葉を出そうとしたが、その前に菊代さんが口を開いた。

 「Sランク武偵にビビって何もしない様じゃ。キンジの隣に立つ資格なんか無いのよ」

 彼女の眼は覚悟を決めた女の眼だった。彼女に、このような覚悟をさせるような恋心を抱かせる遠山キンジは果報者だと思った。

 「それに、来年には白雪との“正妻戦争”が待ってる。Sランク武偵程度で怯む訳にはいかないのよ」

 それは、白雪さんとの間に何があったの?菊代さん!

 彼女たちが入学当初に数度ぶつかったと聞いている。その後に淑女協定が結ばれた事は知っているけど、淑女協定の中身には興味がなかったので知らないけど、今ので余計に知りたくなくなった。

 「ご、御武運を」

 「ありがとう」

 私は菊代さんを見送ってから、信也さんの部屋に向け歩みを早める。少し興味と言うか、純粋な好奇心から、妖蛆(ムシ)を放ってみたくなったが。『好奇心猫を殺す』と言う言葉を思い出して、止める事にする。どうせ、結果は信也さん経由で聞けるだろ。

 他人の恋路より、自分の恋路を優先するのは悪いことではない。

 

 

 信也さんの部屋は男子寮の諜報科(レザド)区画の一角にある。同室の先輩方が非公式に隠れ家(セーフハウス)に雲隠れしたらしく。信也さんの占有状態にある。

 ―信也さんも隠れ家(セーフハウス)の一つや二つ持ってそうですが―

 「美香です。入りますよ」

 一応、チャイムを鳴らして、渡されているカードキーで室内に入る。

 玄関を確認、信也さん以外の靴は無し。確認中に香ばしいコーヒーの匂いが鼻孔をくすぐった。

 ―信也さん、もう起きてるか。それにサイフォンでコーヒーを淹れてるとは珍しい―

 「美香。俺以外誰も居ないが、朝食まだか?」

 「はい、まだです。今作りますね」

 私は靴を脱いで揃えると、急いでキッチンに向かう。向かったキッチンでは、信也さんがこま切れの牛肉を炒めている。トースターには縦から真ん中辺りまで切られたロールパンが入っている。

 彼は料理ができる。自炊能力は意外に高いが、凝り性なのか珍しい調理器具や調味料を揃えるのに結構なお金を使うのが玉に瑕だ。

 「ロールパンを食べたい分追加して、ステーキサンドで朝食を済まそう。早く武偵病院に行かなきゃならないから」

 その言葉に私は耳を疑った。信也さんが積極的に病院に行こうとするなんて。

 「色々と考えてね。長く付き合う体だし。こう言う事は専門家に任せた方が良いから」

 彼は少し、照れくさそうに言う。病院嫌いの彼にしては上手い口実だ。

 ―口実を作らないといけない辺りは変わりませんね―

 

 人は変われる。その変化は急激だったり、鈍足だったり様々だけど、それが良い方向なら。歓迎すべきところだ。

 

 「お弁当は作りますね」

 「うん。任せる」

 私は少し微笑むと、二人分のお弁当を作り始める。信也さんの方には少しご褒美を入れよう。

 鼻歌を歌いながら私はメニューを考える為に冷蔵庫と冷凍庫をチェックする。

 

 何時もと同じような朝の情景、しかし今日は少し違うのを彼女は感じていた。




残され天寿を全うして、再び巡り合えた彼女。
彼女の回想と、その恋人によって変化した状況。

少しづつの変化。
果たしてそれが、どう影響するのか。

次回もベストを尽くして書きますので、よろしくお願いいたします。

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