You Only Live Twice の奇想曲   作:飛龍瑞鶴

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 同じ、探し出す者でもその在り様は違う。
 その違いが手段と方法とそして結果を変える。

 そして、不均衡な青年は、自身とどう向き合っていくのか?



間諜と探偵―チグハグなふたり―

 キンジの部屋での休憩をそろそろ終わりにして、この体を引きずって自室に帰ろうと思っていたところ。

 携帯に着信があり、もう少しこの部屋に留まる事になった。

 さて、時間つぶしに目の前の無自覚な人誑し能力者(遠山キンジ)を少し、からかうとしよう。

 相手は思考の迷路を探索している様だから、思考の仕切り直しの手伝いをすると言う。

 私の心からの親切心である。

 

 「しかし、転校するとなると…来年には結婚か。式には呼んでくれよ。なんなら、仲人もする」

 「はぁ?何を言ってるんだ。本当に大丈夫か病院行った方が…」

 キンジは一瞬”コイツ何言ってるんだ?“と言う表情をしたが、首の怪我と貧血の方を心配し出した。

 

 ―いや、その反応は正しいが。こっちとしては予想外で困る―

 

 「大丈夫だ。出血は止まっているから、貧血はない。それに首処置もちゃんとしてある」

 「そうか、で、なんでそんなこと言いだすんだ?」

 私は仕草で、キンジに座りなおす様に促すと、指折りで数えながら言う。

 「キンジ、お前。少なくとも二名の女性から好意を持たれているのは、理解しているよな」

 「あ、あぁ…」

 その辺りは、理解していると言うか。ヒステリアモードにならんように注意して、女子に一定の距離まで接近させないと言う。ある意味で器用な生活をしているキンジが一定のラインを越えさせている女性が二人居る。

 無論、星伽白雪嬢と鏡高菊代嬢の事だ。片方は私の仕業とも言えるが。

 

 「で、お前が、言い訳にしていてのは『俺は武偵、それも強襲科(アサルト)だからいつ死ぬか判らない。俺は、残された者だから残された者の悲しみは解るから。自分に納得が行くまでは武偵の技能を磨くことで精一杯なんだ』だっけ?探偵科(インケスタ)に移ってからアプローチが激しくなった気がしないか?」

 「そうかもしれない」

 「それが、今度は武偵ですらなくなるのだから。彼女たちが遠慮する理由はないわな」

 私の言葉に、彼は過去の言動に後悔している様なので、素敵な未来予想図を語ってやろう。

 「一つ目のパターン。白雪嬢と結ばれる。彼女、愛が深くて、星伽巫女と言う時間制限があるから一気に来ると予想できる。既成事実で婿入りと言った所か」

 指を折り、二つ目を宣言する。

 「二つ目。鏡高組の若頭コース。菊代嬢も家業と言う制約がある。こっちは、陰で俺の町を守ってくれ」

 「他人事だと思って好き勝手に」

 怒りより疲れが前面に出たキンジの声を聞き、彼を弄る話はこの辺りで止める事にしよう。

 「まぁ、その辺も含めて、別の視点から自分を見つめなおす良い機会になると思うぞ。転校は」

 「なんだよ。結局は最初に戻ってるんじゃねぇか」

 キンジが不満を漏らすのを聞きながら、私は笑って答える。少し、傷が痛む。皮が繋がるまでの辛抱だが、違和感は嫌なものだ。

 「そりゃそうだ。お前の決心は変わらないなら。弄るしかあるまい」

 「まったく…所でいつまで居るんだ?そろそろ遅い時間になるぞ」

 時刻は確かに遅くなっている。

 その証拠に夕日が差し込み、部屋をオレンジ色に染めていた。

 日常生活では、目先が利くと言うかなんというか。

 「もうすぐ出てくよ。迎えを待って……」

 

 私が言いかけた時、キンジの部屋のチャイムが鳴らされた。

 「ほら、来た。それじゃぁ……」

 立ち上がって礼を言おうとした所、チャイムがドラムロール並みの速さで連打された。

 私とキンジは顔を見合わせる。

 「迎えか?」

 「違う、チャイムで出なければ電話するとメールには書いてあった」

 「じゃぁ、俺が出るしかないか…放課後ぐらいゆっくりさせてくれ」

 「すまない」

 これは心からの謝罪だった。

 キンジの意思を確認するには別の日でも良かったのだ。彼も今朝から大変だったのを失念していた。

 やはり、思考力を含めた全部が、バランスを崩している気がする。

 これは今後どうするべきだろうか?

 「お前が謝る事はないさ。ゆっくり雑談はできたからな」

 「そう言ってくれると助かる」

 「いいさ。俺とお前の仲だろ」

 そう言って、キンジは玄関へと向かった。

 ヒステリアモードにならなくても、天性的に人心を掌握する術は身に付いていると思う。私の様に『向こう側』の経験等から必死で習得したものでなく。生まれながらに手に入れた力。

 遠山キンジに嫉妬と羨望が入り混じった感情を懐くのは、欲張りなのだろうか。

 等と考えていると、玄関の方で言い争う声が聞こえ出したので、念のために増援に駆けつけられるように準備をする。

 ご近所の事も考えて、鞄の隠し収納スペースに常備してあるハイ・スタンダードHDM(22LR・サイレンサー付き)を引き出し、室内戦用の銃自体を体に引き付けた構えを取る。

 

 「ほら!さっさと飲み物ぐら…なんで、アンタが居るのよ」

 入ってきたのは、HRで私が撃った少女、神崎・アリアだった。

 向こうが行動に出る前に、構えをとき姿勢を正して、深々と頭を下げた。

 「今朝は、申し訳ない。4発も撃ち込んでしまったが大丈夫でしたか?」

 頭は有利な時に下げること最大限の効果を出す。

 この場合は、神崎嬢が反応する前に、頭を下げるのが最上である。聞いた話によれば、プライドの高い御仁らしいので、会話を始める前に謝罪をするというアクティブ・ディフェンスを行う。

 「弱装ビーンバッグじゃ、防弾制服着ている武偵には痣を作るのも難しいわよ。狙いは正確だけど効果は薄いわよ。何を撃ったの?」

 質問には素直に答えよう。

 報道されるだろ事件だし、守秘義務も相手の名前ぐらいである。

 「銃器で武装した小中学生のコンビニ強盗」

 「世も末ね」

 暗澹たる表情を浮かべた神崎嬢が言う。

 「同感です」

 これは心底同意する事だった。

 「キンジ、コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!一分以内!」

 「神崎嬢。それは無理だ」

 私は思わず声をあげてしまった。

 

 

 「無理だ」と言った男にアリアは視線を向けた。

 「理由は?」

 即座にアリアは理由を問う。

 不真面目な理由だったら、今度は胴体に風穴を開けてやろうとも思っていた。

 「理由ですか。神崎嬢、我が国でコーヒーが大衆に飲まれるようになったのは、進駐軍が入ってきた戦後になります。最初に入ってきたのが、アメリカンスタイルのペーパードリップのレギュラーコーヒーでした。その後、珈琲豆の輸入量は関税が高い為に少なく。我が国は珈琲豆が取れるような所に植民地を持ったことが無い物で、コーヒー=レギュラーコーヒーと言う時代が長く続きました。我が国の飲料メーカーもコスト面からその方向で製品開発を行ったと言う事もありますが。ここ数十年で一般大衆にもエスプレッソ等のコーヒーも認知されてきましたが、これは外食産業の発展が影響しています。なので、殆どの家庭では、エスプレッソ等は外で飲む物と言う認識と、利便性に優れたレギュラーコーヒーのインスタント製品の普及がその印象を強めました。アリア嬢が先ほどキンジに注文したエスプレッソは、この学園がある島にも出店してきましたシアトル系のコーヒーショップならお飲みになれるでしょうが。珈琲豆を砕くミルすらないこの家では、飲むのは無理だと申し上げた次第で。キンジ、アリア嬢に我が国の飲料メーカーの努力の結晶であるインスタントコーヒーをお出ししろ!」

 「そ、そうなの」

 「そうなのですよ」

 流れる様に発せられる信也の言葉に、アリアは圧倒され頷くしかなかった。

 キンジはあきれ顔でキッチンに入り、インスタントコーヒーを手早く準備する。

 「失礼、銃をしまうのを忘れていました」

 信也はハイ・スタンダードHDMを鞄の中に収納する。

 「珍しい銃を使うのね」

 アリアが尋ねる。一般的でなく、マイナー銃器と言ってもよい拳銃が物珍しかった。

 「諜報科(レザド)が専門ですので、こう言った静かな銃の方が仕事向きなんですよ」

 信也がそう答えた時に、玄関のチャイムが鳴り。ソプラノの声がリビングまで響いた。

 「すいません。笠原信也が此方に居ると思いますが、受け取りに来ました」

 「おぉ、今行く」

 信也は自分の荷物を手に取り、立ち上がる。多少、ふら付いたが確かな足取りで玄関へと向かっていく。

 「では、神崎嬢。また、今度」

 とアリアに一礼してリビングから消えた。途中、キンジにも例を述べる声が聞こえる。

 「おまたせ。しかし、上手く丸め込まれたな」

 マグカップにインスタントコーヒーを入れたキンジが、アリアの前にそれを置き。自分自身も、対面するように座って言う。

 「事実を交えながら、嘘をつく。嘘のつき方の基本だけど、あそこまでよどみなく一気に言えるモノなのね」

 アリアはキンジの一言で自分が騙された事を理解し、それに使われた手法を冷静に分析する。

 「あいつが丁寧語で一気に言う時は大体そうだ。家にインスタントコーヒーしかないのは本当だが、どこまで本当のこと言ってるんだか……それ飲んだら帰ってくれよ」

 「なんでよ」

 そこから二人の言い争いは過熱していった。

 

 

 

 「大丈夫でしたか?信也さん」

 美香が心配そうに彼に尋ねる。

 彼女が知っている情報は、彼が撃たれたと言う情報だけだった。

 「大丈夫。弾が首皮一枚を裂いただけ。内部には異常はないとのこと」

 信也は首筋の裂傷に貼られたハイドロコロイド素材の絆創膏を撫でながら答える。

 「もう少し、精神を鍛えないとなぁ」

 「どうしたんですか?」

 信也が腹の腑から吐き出す様に言うのを美香は不安げに尋ねる。彼女も似たような考えを持っている。

 「いや、色々とチグハグだから、せめて精神は統一しようと思って」

 思い返せば、今までは『向こう側』で貯め込んだ色々なモノを習得して、実践することに必死になっていたから気にならなかった。それが、一段落ついた今になって、そのチグハグさが表に出てきたのかもしれない。

 「チグハグでも良いと思いますよ」

 美香は信也の手を握り、腕を絡ませて、肩に頭を乗せる。

 ロングの黒髪が背中を服越しに撫でる感覚と、彼女から漂う柑橘系の香り。そして、彼女自身の温もりが、信也の鼓動を速めた。

 『向こう側』ではよくしていた事だが、『こちら側』ではやっと、自然にできるようになった事である。

 最初は気恥ずかしさがお互いにあった。

 そう、最初は気恥ずかしさが…

 「そう言う事か。ありがとう」

 信也は空いている手で、美香の髪を弄びながら彼女に感謝する。

 結局は『向こう側』はリアルな知識でしかない事を、そしてそれをカンニングに利用しているのが『こちら側』の自分であると、だから実践して慣れるしかない。

 「カンニングペーパーを手に入れてからまだ四年ですよ。下手に焦る必要はないですよ。信也さん」

 肩に乗せた頭を捻って美香が瞳を合わせていた。そして、ゆっくりと目を閉じる。

 何を求めているかは識っている。

 でも、実践した回数は少ない。

 「これも、慣れないとな」

 信也も目を閉じ、首の怪我が痛むのを無視して美香の唇を奪う。

 その瞬間を、星伽白雪嬢に目撃される事になるのだが。それも、良い経験になるだろう。

 チグハグは所を持つ二人は、寄り添う事でお互いの不足分を補ってゆく。それが、この二人のあり方であり。生き方でもあった。

 




 『向こう側』と。どう向き合うか?
 信也くんは、焦らずに慣れて行く事を四年の時間をかけて決断しました。

 恐らく、美香さんの方が先に『向こう側』との付き合い方に自分なりの答えを見つけたでしょう。
 信也君は目的の為に気がつくのが遅れたのです。
 さて、彼らはどの様な選択をしてゆくのか。

 次話もベストを尽くして書きますのでよろしくお願いいたします。

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