You Only Live Twice の奇想曲   作:飛龍瑞鶴

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過去は人に必要であり、未来の指針となる。
しかし、過去は容易に人を束縛し、未来への道を捻じ曲げてしまう。
過去と未来天秤の平行(バランス)が重要なのだが、それに気がつく時は手遅れの場合がある。



これまでと、これからと

 ―数年前、某所―

 

日本の防衛機関の諜報組織は公式には存在しないと言われている。

 調査部別室と言う部署がそうであると言われたが。防衛庁、今では防衛省は沈黙を続けている。

だが、注意深く公開資料を読み解けば、そういう機関が存在する事は判別できる。

 諜報活動の殆どは公開情報から情報を収集すると言うのは、諜報の世界では一般常識である。

 では、非合法な活動する機関は存在するか。それについては言及を避けたい。かつて私が落ちた泥沼に新たな道連れを増やすのは、個人的にも許容できない問題である。

 

 さて、公安0課が、英国秘密情報部MI6の00課(ダブルオーディビジョン)に範をとって作られたように。日本の軍事情報機関は英国諜報機関を参考に作られている。

 要するに秘密なのだ。表に出る諜報工作は失敗であり、その組織が明るみに出てもそれは抜け殻である。実像を掴めない、掴ませないのが日本の防衛機関の特徴であった。

 近年は情報本部なる表向きの軍事諜報機関が出来たが、その本体は日本と言う国家の黒い霧の中に存在する。

 

 この日、省への格上げが近い防衛庁の一室にその諜報戦で闘う者の一部が揃っていた。

 情報本部と呼ばれる部署の一角に執務室を与えられた早瀬陸将補は、二人の工作担当者(ケースオフィサー)を前に困惑したような顔で執務机の物を見ていた。

 「横浜を中心とする南関東の暗黒社会の相関図ですか」

 空自の制服を着ている鹿内二佐が言う。

 「各組織に情報提供者(資産)を複数獲得していますね。誰の仕事です?」

 陸自の制服を着ている浅岡二佐が感心した様に言う。

 「しかし、少し字が汚い」

 と、本筋と関係のない事を付け加える。

 「これが、武偵校付属中学に通う学生の仕事だとしたらどう思う?因みに製作者は教育を受けて一年と数か月しかたってない」

 早瀬の言葉に、二人の工作担当官は一瞬、診察室を間違えた患者を見る医師と本来の患者の様な視線を早瀬に向けた。

 「これは、本当の情報でしたか」

 浅岡が尋ねる。信頼できる上司の一人が裏を取らずに、この情報の提供者を議題にするような会議を招集したりしないと確信しているからこそ尋ねた。

 「確認は三重に行った。結果、これは本当の情報であり。資産(情報提供者)も実在した」

 早瀬が重々しく言う。

 「驚きです。背後関係を調査する必要があるでしょう」

 鹿内は背後関係を疑う。

 「それと、これがココに持ち込まれた経緯を調べる必要があるでしょう」

 浅岡はこの相関図が持ち込まれた経緯を疑問に思った。

 早瀬は二人の疑問に答えるように視線を相関図から上げる。

 「最初は佐々さんの所に持ち込まれたそうだ。それで、方向性を検討してウチに回ってきた。背後関係を調べたよ。14歳の中学生が何処で佐々さんを知ったか。家族に我々の同業者が居た。笠原信勝元海軍中尉、旧軍特務機関出身、戦後はスイスを拠点に活動するS機関に所属、まだご存命だ」

 佐々氏はその著書で警備警察が警察官人生の殆どだと、印象付けられて居るが。その警察官人生は公安警察が主であり、そして戦後有数のスパイハンターにしてスパイマスターでもあった。

 そんな人物と直接連絡を取れる老人、戦後、地下に潜った旧軍特務機関でも欧州で活動を続けたS機関は諜報の世界では伝説となっており、まもなく都市伝説の部類に昇華するだろうと思われる。

 そんな組織出身の祖父を持つ少年が、熟練の工作指揮官の様な相関図を作成し情報提供者(資産)を獲得したのは恐らく、この祖父が懇切丁寧に彼に自らの持つ技能を伝授したのだろう。

 「で、その少年は我々にこんな手土産片手に何を売り込んできたのですか?」

 鹿内が尋ねる。

 本来は警察関係に持ち込まれて活用さるべき、情報資料を片手に防衛機関の非公開部署に持ち込む理由が謎だった。

 二人の工作担当者が様々なケースを想定していたが、答えは早瀬が早々に出した。

 「将来の就職先を早めに見つけたいとの事と、指定暴力団・鏡高組のテコ入れが情報提供の条件だった」

 「なんとまぁ。手堅いと言うか、無謀な人生設計と言いますか」

 浅岡二佐は呆れたように言う。喜んで諜報の闇に飛び込む必要はなかろうに、いや武偵制度下で確実な就職先を見つけるなら。この方法もあり得るか?と、彼は思考を巡らす。

 「もう一つの鏡高組テコ入れの理由は?反社会勢力を強化する理由は無いと思われますが」

 鹿内が現実路線を維持して言う。その質問に早瀬は改めて相関図を示しながら答える。

 「この相関図によれば、南関東の裏社会の勢力図は均衡状態だが、最大戦力の銀星会が壊滅したのは周知の事実だ。このままでは、大規模な抗争が予想される。それに外国勢力の浸透も問題になるだろう。彼は比較的穏健派の鏡高組を銀星会の後釜に据えたいらしい。そして、人、薬、武器の流れを把握するのが狙いだろう。鏡高組はフロント企業が多く、積極的に落伍者を受け入れている面もある」

 「そこで、非合法手段がとれる我々に売り込みですか……彼の目的はなんでしょうね。横浜を陰で操るとか中二病逞しい発想だと困りますが」

 オタク文化に理解を示す浅岡二佐が彼らしい表現で言う。早瀬陸将補は、それを理解しながらある種の安堵を浮かべた声で答える。

 「あぁ、彼の言い分だと、妹や友人知人が抗争に巻き込まれてケガや最悪の結果になったり。薬にハマって堀の中の常連になるのが嫌だからだそうだ」

 早瀬の言葉を聞いて、鹿内も浅岡も砂漠での井戸掘りに成功したような表情になる。この場にいる全員が所帯持ちで無論、子供を持っていた。

 「優しいと言いますか…ある種の臆病者ですかね」

 鹿内が言う。

 「臆病なら、鍛える必要がありますね」

 浅岡が言った。その言葉の意味を十分理解している早瀬が締めくくる。

 「そう言う事だ。実際に働いてもらうのは、大学を卒業したあとだろうが。それまでは、クエストだったかな?を出して鍛えるとしよう」

 こうして、笠原信也は将来の布石と、現在の問題への対処に成功した。

 

 ―数年前 神奈川武偵付属中学―

 

 「なぁ、鏡高」

 「何よ」

 同じ諜報科(レザド)と言う事で、簡単に呼び出しに成功したが、鏡高菊代は全身から警戒の空気を放っていた。

 まぁ、私がキンジとつるんでいるから警戒しているのだろう。武偵流の「少し過激な説得」を行うかもしれないと思っているのかもしれない。

 しかし、一人で来るのは度胸が据わっている。こういう場合、増援を伏せていたりするものだが。あえて、一人で来たと言う事は相当に肝が据わっている。流石は極道の娘と言う訳か。

 「お前さん。遠山の事、好きだろ?」

 「はぁ」

 鏡高が予想外の声をあげる。

 イジメを受けていた所をキンジに助けられてからずっと好意を持っている事は見れば解る。他の利用しようとする女子とは誘惑する時の本気度と、僅かに見える羞恥心からそれがわかる。

 「だったらなんなのよ」

 図星か、諜報科(レザド)ならもう少し感情を出さない様にしないと、いずれ足元をすくわれる。

 「あぁ、簡単だ。奴との距離を近づけてやるよ。そのかわり、遠山を利用する女子を纏めて管理して、遠山が必要な案件だけを持ってこい」

 さて、どう出ますかね?

 「なんで、そんなことする必要があるのよ。それに、私は遠山のことなんか…ことなんか…」

 初々しいさが眩しく感じる。『向こう側』の経験がこれは墜ちると確信した。

 「利用してくる女子の中で、一人だけその負担を軽くしようとする女子が居たらどちらが好感度は高いかな?それが、利用していた奴が急に変わるんだ。最初は疑われるのはかくじつだろうが、二度、三度、続けば心的障壁は低くなる。続ければ友人くらいまではなれると思うぞ。恋人は…」

 わざと、ここで言葉を切り。必死と真剣さが混じった表情を作る。そして、内心で遠山に詫びる。

 「このままだと、アイツ。男に走りかもしれん。今でも、女性恐怖症一歩手前だからな」

 「そ、それは困る」

 食いついた。後は手繰り寄せるだけ。

 「なら、協力してくれ」

 「私がアイツらを纏める事が出来ると思ってるの?」

 予想通り、それの答えは君には最悪の答えだよ。

 「出来ると思うよ。それに、出来なきゃ困ると思うよ。家業的に、一般の中学の娘さん達を生まれた時から極道の娘さが律する事が出来なくちゃ、今後が大変でしょ」

 「そこまで言うならやってやるわ」

 「じゃぁ、遠山との距離は任せろ」

 私はそう言うと、その場を後にした。

 

 彼女は私の見込み通り、お嬢様方をまとめ上げた。私も情報支援と助言は行ったが、様々な手段を使い相手を納得させる彼女の手腕には、将来、家業の方でも大成する事を予感させた。

 肝心のキンジとの仲だが、下の名前で呼び合えるくらいまでにはなった。

 ついでに付け加えるなら、彼女も東京武偵高校に進学し。その際に、星伽白雪嬢と幾度か衝突したらしいが。現在は淑女協定が結ばれているようだが、その内容は恐ろしくて調べていない。

 

 ―現在 キンジの部屋―

 

 「辛いのは解るが、寝るなら自分の家で寝てくれ」

 どうやら、軽くうたた寝をしていた様だ。本当に血が足りないのかもしれない。造血剤や生理食塩水のストックが部屋に残っていたかを考える。

 とりあえずは、懐かしい記憶を脳裏に片付けて、現実問題に対処する。

 「すまん。しかし、少しは回復した」

 キンジに礼を言う。自分の荷物から、恐らく日本で一番売れていると言われるドリンク剤を出す。

 ―ぬるいが仕方あるまい―

 最初の一本の封を開け、一気に飲む。味がしないのは本当に疲れている証拠だなぁと、苦笑を漏らす。

 「さっきの話だが。俺は辞めるつもりだ」

 キンジが先ほどの話題に答える。こいつのこう言う面は好ましいのだが。

 「そうか。俺にとやかく言う資格は無い。お前の判断を尊重する」

そう、こいつは良く耐えてきたと思う。親族を失い、その親族をマスメディアが死体に鞭打ち、さらに未成年にも容赦のない取材攻勢。

 並みの人間なら心療内科…いや、精神科。最悪は火葬場のお世話になっているだろう。それなのに武偵校に通い、新しい進路に向けて歩き続けている。並大抵の精神力じゃできない。

 『向こう側』の経験などが無い私では無理だろう。さっさと頭を吹き飛ばしている筈だ。

 「視野を広げるにはいい経験になると思うぜ。お前さんは、武偵的な考えに染まりすぎている気がしていたんだ」

 経験は広い方が人生の為になる。そして、青春時代の経験は特に。過ぎてから得難い日々だと気がつくのだ。

 そう言う意味では、二度目の人生とも言える私の現状は、良い物なのだろう。

 等と考えている私の想像や予測を超えた事態が、一歩一歩接近してくる事を、神ならぬ私が知る術は無かった。

 




 過去に信也の行った事で、菊代さんが東京武偵高校におります。
 白雪さんとは、謎の協定が結ばれキンジくんの知らない所で堀は埋まっているかもしれません。
 主人公の信也くんは、防衛省が根元にあるクエストを受けて心身ともに鍛えられています。あと、いくばくかの金銭的利益も

 次回もベストを尽くして書いていくので、どうぞよろしくお願いいたします。

 今回は佐藤大輔作品から、早瀬氏、浅岡氏、鹿内氏と佐藤大輔作品の諜報関係者が一気に出ました。

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