You Only Live Twice の奇想曲   作:飛龍瑞鶴

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善意で死体と鮮血で道を舗装する。

「私が、機関長、です……か?」

 

佐々氏の発言を聞いて、思わずなせけない声が漏れる。

それを見ていた祖父は楽しそうに笑った。

 

「信也も年相応に焦る事があるんだな。それが判っただけでも連れて来たかいはあったな」

 

「い、いや。私はまだ17ですよ。それが、一機関の長なんて……」

 

機関長と言うスパイマスターを纏めるような人物に推挙されるとは思わなかった。その任に正直、今の自分の精神が耐えるかが不安であった。

 

「そう、困惑と緊張をしなくても良いよ」

 

佐々氏が穏やかな声で私に告げた。

 

「機関長と言っても今の立場とそう変わらない。信也くん。君のS機関について知りうる限りの情報を言ってくれないかい。無論、推測、憶測を含んでいても構わない」

 

佐々氏の瞳が鋭く、こちらを値踏みしようとするような目になる。老いていてもその能力は健在と言う事だろう。

私は噂、仄めかし、伝説、そして自分で調べた情報を素早く纏めながら答え始める。

 

「機関の成立は、恐らく一次大戦前後、主導は陸軍省と外務省。その後、外務省が主導権を握り組織改編を実施したものと思われる。改変後の初代機関長は杉原千畝氏、本拠地はスイス。ユダヤ系コニュニティーネットワークを利用しての情報収集が主な任務。所謂『命のビザ』もその活動の一環。戦後はイスラエル建国に関与、その後はイスラエルの諜報特務庁(モサド)、英国に秘密諜報部(SIS)、西ドイツのゲーレン機関、米国の中央情報局(CIA)、その他の可能性としては、国防情報局(DIA)国家安全保障局(NSA)とも協調関係を構築して、対ソ諜報戦を展開。手法は主に商社社員を使用したヒューミントと公開情報の分析。冷戦終結後は、東独の国家保安省(シュタージ)ソ連国家保安委員会(KGB)の人員の一部を吸収し、また、ロシア連邦内部に多数の資産(アセット)を獲得したと推測される。……以上です」

「何をもって、S機関が商社マンを利用したヒューミントを行っていると判断した?」

 

 私の推論に佐々氏が質問を飛ばす。その質問内容から、自分の推論が在る程度は正しかったと推測できた。

 

 「祖父が戦後すぐにスイスの船舶用機関メーカーに採用された事と、欧州で日本人が目立たないのは商社マンであることから推測しました」

 

 音頭を執っているのは、外務省だろうが。あの省……いや、日本の省庁は外部からの浸透が激しい。また、知らずに情報を漏洩する人間が多すぎる。この辺の問題は、諸外国でもあるのだが、それに対する抑止となる法制は抑止とならず。公安0課が見せしめ的に、市ヶ谷(フーチ)はそれを利用して、欺瞞情報等を流しているのも確かである。ゼロは殺し過ぎると思うが……。

 

 商社マンは突発的事態を除いて殺人を犯す可能性は少なく、また、その忠誠先が国家ではなく企業であるために、相手方にこちらの意図を予測されにくい。核心的な部分には、現在、佐々氏が率いている様な。“存在すら認知されない組織”の人員が投入されるとしても、商社マンがその行き先で見聞きした情報を収集し、分析すれば、その絶対数の多さから広域情報が入手可能であり、他の手段で収集した情報と対比させることで全体像を俯瞰できる。

 それに、武装検事と公安0課が派手に動いてくのが、絶好の隠れ蓑になっている。諜報活動の最前は相手に本命を気がつかれる事無く、“何かが動いている”ことを信じさせるが、“何が動いているかは判らない”と猜疑心を膨らませる事である。

 

 「合格だよ。S機関自体は市ヶ谷(フーチ)と合同で、英連邦の諜報機関にモサド、米国諜報コミュニティが参加する戦後最大の諜報コミュニティ『ナインアイズ』に参加することになる。表向きは防衛省情報本部と公安調査庁だが」

 

 「欧州……いや、EUの機関が見事に省かれていますね。まるで……」

 

 佐々氏の言葉に対して軽口を言うつもりだったが、その軽口が示す可能性に戦慄して、言葉は途切れた。

 

 「そうだ、既に我々のコミュニティは英国がEUを離脱し、そう遠くない未来にEU自体が崩壊する前提で体制を作りはじめている。その場合の、最大の障害となるのは……」

 

 「世界最大の信徒(エージェント)を抱えたヴァチカン(神の代理人)

 

 僧衣を纏ったスパイマスターを擁し、信徒と言う純粋な善意と信仰心で動くスパイを抱えるヴァチカンこそが、世界最大の諜報機関と言っても良い。

 実際に世界最大で最も有名な、石工職人の相互扶助組織を原典に持つ秘密結社(リバティーメイソン)の非公式ロッジを利用して、イタリア政府の転覆を謀った。

 また、ナチス関係者を南米に逃がしたのも彼らであり、更にたどればナチス党の成立にも深くかかわっている。

 流石に今日まで生き残ってきただけの事がある。

 最近の例だと、ヴァチカン銀行の汚職問題があったが、その関係者と、事件を精査しようとした教皇が不審死を遂げている。

 

 どうやら、神の代理人の両手は拭い様も無く汚れているらしい。

 

 「そう言う事だ。所で、魔女連隊というのは知っているかい?」

 

 佐々には急に話題を変更した。どうも、私が知るべき情報は此方らしい。

 

 「いえ、名前からヒムラーSS長官が名付けそうな部隊ですが……まさか、WWⅡ中にSSR能力者を集めて編制した部隊とかになりますか?」

 

 「そう、そのまさかだ。そして、彼女たちは現在も活動中だ。主に傭兵業を主としてNK(北朝鮮)やリビア等の国際社会からの敵視や白眼視されるような国家の下請けで糊口を凌いでいる様だが。SSRの世代交代なのか伝統なのか知らんが構成員の殆どが未成年の女子らしい」

 

 「未来を薪として炉にくべる神経が理解できませんね。世界的に戦闘要員の低年齢化ですかね?」

 

 「その立場の君が言える言葉かい?……一人の老人としては返す言葉が無いが。世界規模でのベイルート、ベオグラード化現象が発生していると言える」

 

 その発言をする佐々氏の姿が一瞬、ものすごく小さく見えた。言葉には悔恨の念と深い絶望が、しかし、この戦後日本で護民官として戦い続けている老戦士は、それを決して認めず。最良の未来への道を模索する意思が瞳に宿っていた。

 

 「だから、君に新機関を任す」

 

 佐々氏はその人格的迫力を復活させて、私に言う。自然と姿勢が正されて、膝上の拳に力が入る。

 

 「表向きは『未成年武偵の倫理的問題に関する国際意見交換機関』となる。実質は、欧州での非正規戦作戦ユニットになる。指揮系統は、私の直属となる。任務は……」

 

 「承知しました。して、人員と規模、そして根拠地は?」

 

 任務については承知していた。汚れ仕事であるのは間違いない。

 

 「根拠地はスイスのジュネーブだが、固定ではない。君の実働部隊はNATO及び、在欧米軍の施設を間借りする事になる。現地での扱いは技能実習生。規模は人数で言えば300名。君が直接動かせるのは90名より少し多いぐらいになる。人員は、市ヶ谷(フーチ)と『ナインアイズ』がスカウトした人員が欧州で用意済みだ。更に、イタリアの中道左派政権が90年代から運用し、EU全体の情報コミュニティが活用、拡大運用していた。末期の死病の子供、孤児達を素体に使った強化人間による非正規戦部隊。解体、証拠隠滅される前に、S機関とSISが押さえていた部隊だ。君は嫌がるだろうが、彼女たちには未来が無い。今の我々では、平穏に暮らせる体にする事はできない。向こうも承知している。だから、意義ある死を用意してくれと要請された。彼女らの現状を作った原因の一つと闘える事を彼女ら自身が望んでいる」

 

 祖父が答えた。新機関は既に人員を確保している様だ。

 欧州で活動する以上、構成員は現地の人間の方が良い。しかし、孤児等を強化人間に改造して、非正規戦をしていたとは、我が国でも異能、SSR等の軍事転用や実際にエージェントも居る訳だから、欧州の事をとやかく言える立場ではない。それに、覚悟が決まっていて死に場所を求めているなら、その舞台を用意するのはやぶさかではない。

 

 「情報収集要員は?」

 

 自分が指揮することになる一部の者たちを人間ではなく、運用に柔軟性が在り、能力が不安定である兵器と認識し始めた自分に対して、些かなりとも残っていると信ずる道徳的観念が怒りを感じ出している事が嫌になりなった。その感情、或いは悲鳴を仕事の話で押しつぶす。

 

 「今月末には成立する『ナインアイズ』が全面的にサポートする。いわば、君の機関は『ナインアイズ』の短剣であり外套だ」

 

 腕と頭脳は大人が責任を持つと言う事か。道具に責任追及はできない。

 

 「して、私は何時頃、その機関を頂けるのですか?」

 

 私は、「やる」「やらない」と言う回答をあえて省略した。この様な場面では回答は「はい」か「イエス」しかない。

 そう応える人物であると判断されたから、私はこの場所に連れてこられた。

 

 「8月には現地入りしてもらう。実働は9月過ぎになるだろう」

 

 「それとな、信也、お前と美香ちゃんには武偵校と武偵を辞めてもらう。7月か8月に」

 

 祖父のその言葉の意味を理解して、数秒間は硬直したと思う。私は内心が千々と乱れるのを感じながら、出来るだけ諧謔の様に聞こえる言葉を紡ぐ。

 

 「私は宝物を安全な場所に置いておきたいのですがね。それに最終学歴が中卒でも困りますね。母が泣きそうですよ」

 

 「大検扱いで、東大でも、ハーバードでもケンブリッジでも好きな所に官費学生で二人とも行かせてやる。同行は彼女の意志だ。SSR対策に必須だと、私に売り込んできた。彼女はお前並みか、それ以上の調査力と危機探知能力はある。信じてやれ、それに……」

 

 祖父はそこまで言うと、意地の悪い笑みを浮かべて言う。

 

 「お前の背中が一番安全じゃないのか?」

 

 言い返せなかった。そう、彼女に言ったのは自分だった。

 

 「私の負けです」

 

 素直に降参する。下手にごねると、底なし沼の墓穴に沈みそうだ。

 そのやりとりを微笑ましく眺めていた。佐々氏の卓上の電話がなって、彼は立ち上がって半身になって、受話器を取る。その空気が一気に変化するのを私と祖父は感じ取り、私は姿勢を正すが、祖父は自然体で席に座っていた。

 

              ―これが、経験の差か―

 

 私は祖父と自分を比べて、自身の心身の余裕と言う物が足りていない事を痛感した。それの事に祖父が気がついている様で、私の初々しさを眺めるような優しい目をしていたが、佐々氏の動向を窺っていた。

 

 「わかった」

 

 佐々氏はそう言い受話器を置くと、素早く内線電話を手に取り、二~三命令を告げると。私達に向き直った。

 

 「伊・U(イ・ウー)の人間が動いた。羽田の第二ターミナル付近で確認された。目的はハイジャックだろう。ANA600便に英国の『アノ武偵』が登用している。そして、君の護衛対象も向かっている。伊・U(イ・ウー)の人間の写真だ。知っていると思うがね」

 

 佐々氏は、一枚の写真付き資料を私の前に滑らせる。写っている人物は良く知っており、自力で調べた結果でも『胡散臭い』と言う評価しかできなかった人物であるので、心的衝撃波なかった。資料の内容に目を通す。なるほどねぇ……

 

 「尻尾を掴ませませんでしたが、伊・U(イ・ウー)関係者とは、それに、リュパン四世とは……」

 

 まったく、私の周りは、有名人の子孫(ブランド血統)だらけなのだろうか?

 

 「羽田まではこの車両で送ろう、直接グランドに出れる様に手配している。機体には資材搬入口から侵入して、我々からの連絡を待ちたまえ、無線はこの車両を出る時に渡す。あと、注意してほしいが、空自は9.11を恐れて、最終手段に出る可能性が高い。念のために装備を貸与する。羽田に付く前に、後ろの車両で着替えと装備を整えられるだろう」

 

 「了解しました。ご配慮に感謝いたします」

 

 私は一礼すると、足早に後部車両に向かう。

 未来を、死体と鮮血で舗装しに征く。

 

              だが、それは今日ではない。

 

 だからこそ、残されたわずかな時間は、正義の味方の手伝いをしたいと思うのは、贅沢な事だろうか?

 




何とか再開できることが出来ました。

S機関は架空の存在です。
故に、関係する実在の人物とは一切関係がありません。

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