You Only Live Twice の奇想曲 作:飛龍瑞鶴
さて、準備はできた。それは此方の方だけの話になる。しかし、我々には必ず相手が居る。いや、既に我々が出遅れていることは確かだ。相手の策を阻止し続け、相手に行動を強要して、そこに必ず発生する差異とでも呼ぶべき瞬間に切り込む。それが、『時間』と言う速度で勝る相手に対する対抗手段である武器『静止』である。
相手は恐らく複数、―でなければ、あの規模のテロ行為を、痕跡を残さずにできる筈がない―既に仕掛けてくるかもしれない。
故に信也は神経を張り詰めさせていた。この学園島では酷く神経を摩耗させる行為だった。
(この島ほど、暗殺がしやすい所はないんじゃないか?)
信也は常日頃から考えていることを脳内の端で考えていた。この島の武偵を目指す連中に―特に
正直、辞めたいのは此方だよと愚痴も言いたくなる。真夜中でも普通に銃声が響いている日の方が多いってどういうことなの?
(せめて、教師陣がマトモならな……此処は蠱毒か?)
教師陣が自衛隊や警察の天下りなら、もう少しましな教育を受けれただろうに……殉学する連中は自業自得の連中が多いが。巻き添えをくらった市民の皆さんや、同情できる同学の連中は哀れで仕方ない。
国内の銃器の流れも異常だが、治安悪化も世界規模で悪化している。
これは、警視庁や警察庁、公安委員会の中にしつこく生き残ってる内務省復活論者が活気づく訳だ。日本版KGBや日本版シュタージを作ろうと言う論者も最近は力を付けてきた。
現状を思うなら、そちらの方がマシじゃないかと思えるので、始末におえない。
権力欲は人一倍の集団である。既に「三権分立は絶対ではない」との与党議員なら議員辞職モノの発言を平気でする集団……次の選挙が日本国での最後の選挙にならんことを祈るか。
「連中、武偵崩れを集めて、
「何物騒な事を言ってるんですか?信也さん?」
「笠原、機嫌の悪い時に独り言の声が大きくなる癖。直しなさいよ」
「鏡高何でお前が居る」
美香だけだと思ったのが、予想外の人物に思わず声に出してしまった。
「すいません。家出たところで遭遇しました」
その言葉だけで信也は解ったと言う風に腕を軽く振った。
「アンタがなんか暗躍しようとしてるのは、理解してるわよ。でも……今は、私にとってもチャンスなのよ」
少し色気を孕んだ菊代の声に理由を察した信也は、仕方ないと言う風に肩を竦めた。
「確かに邪魔者が二人とも居なくて、
信也はそこまで言うと、自分でも余計と思うが、汚い笑顔が浮かんで言葉を口にした。
「避妊はちゃんと、な……それとも必要無い?」
返答は肝臓への鋭い突きだった。自業自得、因果応報。なので、黙って突かれて痛みに耐える。
美香が顔を赤くして何か呟いているが、あえて無視する。
今夜はベットの上でフルマラソンをする可能性が発生したのも、意識的に無視する。無視するったら無視する。
「キンジ生きてるか」
菊代の持つ合鍵でキンジの部屋に突撃する。
「わるい。一人増えた」
と、悪びれることもなく室内奥深くに入る。
「まぁ、いいさ」
リビングから、投げやりな返事が返ってきた。
―どうも、我が友は自己嫌悪の真っ只中らしい―
(神崎嬢の被弾を自分の責任だと思ってるな。アイツはここぞと言う時、心がぶれる。そして、零れ落ちるものすら助けようとするからな)
―そう、だからこそ
目の前で行われる悪に真正面から立ち向かう。他人の為に本気で怒る事ができる。私の様に社会と国家と現実に魂を汚されていない。いや、私の様に諦め切り捨てる事を良しとしないのだろう。
―その高潔さに私は惹かれ、そして妬んでいる。醜いものだな―
手が届かないモノなのは、理解して納得もしている。だから、その高潔さを守るために喜んで私は悪役を張ろう。
内心とは別に食事は華やかに進んだ。投げやり感だったキンジも、自分以外全員がボケに回る事態には流石にツッコミを入れずにはいられなかったらしい。
「キンジ、仕事道具広げて良いか?」
美香と菊代が台所を借りて、夕食の洗い物をしているの間の暇を使い。キンジの知識と意識を確認する。
「構わないが……もう、新しい仕事か?今日も朝まで仕事だっただろ。働き過ぎだと思うが」
シートを広げ、分解し、スポーツバックに詰め込んだ得物を弾薬から取り出す。キンジの疑問に作業をしながら答える事にする。
「運が無いんだよ根源的に、俺は。事情説明終えて帰ろうとしたら、その場で次の依頼さ。『遠山キンジの護衛』って言う依頼の。な」
「なんだよソレ。何で俺を護衛する必要がある?」
如何にも不服そうなキンジに、
「お前、二度。『武偵殺し』に狙われているだろう?事実は兎も角、そう言う事になっている。お前の兄さんも死んでいる。お前の親父さんに恩がある連中からの依頼さ」
「そうか……って、戦争でもする気か?」
微妙な顔をして話を聞いていたキンジだが、私が箱から取り出した弾薬ケースを見て顔色を変える。箱にはハッキリと英語で「グレネード」と書いてあるのを発見したらしい。それ以外にも、各種手榴弾を入れた専用ケースも取り出している。こっちで気がついてくれると嬉しかったが仕方ない。
「相手は爆弾ジャンキー、恐らく集団だ。仕掛け爆弾は吹き飛ばすに限る。液体窒素や水包弾も注文してるから安心しろ」
「何処をどうすれば、安心できる。あと、長物替えろ、それプロが使う銃じゃないだろ!」
その瞬間、室温が二℃ほど下がったと後に菊代は証言する。その発生源は、目の前でAKS74Uを無言で組み立てている男である。
「遠山様のプロの定義はなんですか?」
恋人の変化を機敏に感じ取った美香が妙に丁寧な声でキンジに尋ねた。
「そりゃ。正規の訓練を受け、ちゃんとした装備を持っている連中…例えば、軍人だろう」
「お前の言い方だと、AKシリーズを正式採用して扱いに熟練してる連中はプロじゃないと?」
「いや、そう言う訳では…でもその銃。連射すると銃身がひん曲がるんだろ?」
「ルーマニアや北の糞コピーや、ノリンコの60年代から80年代までの製品ならそれもあるが。こいつはロシア純正品、イズマッシュ社製だ。チェチェン紛争等でバトルプルーフ済みだ。キンジ、お前…武偵辞めるからって知識がいい加減だぞ。転入前に留年しないためにも、一度、覚え直せ」
その怒気にキンジも思わず首を上下に振った。
「じゃ、菊代先生お願いします」
いつの間にか装備を全て身に付けて居た信也が、灰色のコートを羽織り。美香を伴って部屋から退出していこうとしていた。
「ベットの中でも、盾になってくれる覚悟の女性は貴重だよ。大事に、優しくしてやれ。それじゃ。俺は準備があるから」
そう言うと、影の様に静かに退出した。
「すいまん。信也さん遠山様に死んでほしくないんです。だから、生き残るための力になる知識を身に付けて欲しいと。……その、よろしくお願いします」
美香が菊代の方に深く一礼すると信也を慌てて追っていった。
残された二人がどうしたかは、神のみぞ知る。
ただ言えることは、キンジと信也。双方寝不足で登校していた。
まぁ、深夜に何があったかは不明。