真冬の人が入り乱れる街の雑踏の中、黒いカーゴパンツに黒いダウンジャケットという出で立ちの、まだ幼さが残る少年が歩いている。
何かを探すように、常に視線をあちらこちらへと送るその姿は、好奇心旺盛な子供というよりも、獲物を探す狩人のそれに近い。
しばらく歩き続けていると、そのうちに何かお目当てのものを見つけたのか、先程までフラフラと歩いていたのが、真っ直ぐになる。
そして、一人の女子高生の前まで行くと、
「ククッ、おねーさーん。暇してるんだけど、俺と遊んでくれない?」
これは、『
部屋に朝の日差しが差し込み、全身を襲う倦怠感と爽快感を感じながら、正晴の眼が覚める。
その視界に最初に映ったのは、全身を汗を始めとした体液で汚したまま寝入る、一糸纏わぬ姿の女性。
昨日声をかけた、あの女子高生だった。
それを見ても特に何も思うことはなく、身体を起こして頭を掻くとベッドから降り、テーブルに置かれていた『キャスター』を口に咥えてジッポで火をつける。
そのまま一緒に置きっぱなしになっていた缶チューハイを開けると、一息に中身を飲み干す。
「はあぁー………」
安い女だった。
少し甘い言葉をかけると、簡単に股を開いて喘ぎだす。
顔が良いから声をかけたが、言ってしまえばそれだけの女だった。
そう思いながら煙草を吸い続けていると、そのうちにフィルターギリギリにまでなっていたので、灰皿に押し付けると浴室に向かってシャワーを浴びる。
熱い湯を被っていると、昨夜のことがまた思い出される。
女の身体は、遊んでいる身体だった。
今まで、何人の男と身体を重ねてきたのか分からない。
入れた穴はガバガバで、正直ガッカリした。
まあ、中学生と寝ようという女なのだから、当然と言えば当然なんだろうが。
そこまで考えて、気付く。
「…あー、そういや、名前知らねーや」
浴室から出ると、いつの間にか起きていた女がベッドの上で媚を売ってくるが、それを適当にあしらい入れ替わりで浴室に入れる。
出てきた女と連絡先を交換して、今更ながらに名前を知った。
そのままホテルを出て女と別れると、その足で目的地へと向かう。
今日は平日だが、学校はサボったところで大きな問題はない。
火のついた煙草を咥えながら、歩く、歩く、歩く。
適当にそこらへんに違法駐車してある車やバイク、自転車を盗んでもよかったが、今日は歩きたい気分だった。
歩き通して20分。
裏路地の袋小路に在るその廃ビルに、いつもの仲間たちは既に集まっていた。
「遅ーよ、マサ」
『セブンスター』を吸いながら文句をつける、黒いジャンバーを羽織ったガタイの良いのが『
「どないせ、また
中学生にしては発育の良い、黒い帽子を被った京都弁を話す、この中で唯一の女子が『
「ヒャヒャヒャ!ちげーねーや!!」
甲高い笑い声の、黒い眼帯をしたひょろい体系の男子が『
「うるせーよ、阿呆ども」
そして今来た、『柳田 正晴』。
この四人に共通していることは、割と少ない。
同じ中学に在学し、同じ学年だということ。
心のどこかに、虚ろな部分があること。
ただ、それだけ。
だが、それだけでよかった。
彼らがつるむのには、それだけで充分すぎた。
毎日のようにこの廃ビルに集まり、街を練り歩き、遊び、遊び、遊ぶ。
「ま、そんなことは、どうでもいい」
そんな彼らは、
「さて、お前ら。今日は何をしようか?」
今日も遊んで暮らす。
結果的にゲームセンターにカラオケと、オーソドックスで月並みなプランで時間を潰し、四人はすっかり日も暮れた夜の街を歩く。
『ナンパして一番早く引っかけることができた奴が勝ちゲーム』という案が九重から出たが、二条の「ウチ
経緯は何にしろ、カラオケとゲームセンターだけでも時間は充分に潰せる。
時間は既に21時。
帰るきっかけには充分な時間だが、まだ遊びたい時間でもある。
朝のように、四人がこれからどうしようかと夕食がてらファミリーレストランで話していると、急に照明に影がさした。
「よう。柳田ってのは、どいつだ?」
「ん?柳田は俺だが、あんたは?」
突然降ってきた剣呑な声に、顔を向けず目線だけ向けて答える。
声をかけたのは、大学生くらいの今風な男。
耳と鼻にピアスを空け、脱色した髪にそこそこの顔が特徴と言えば特徴だ。
そのそこそこの顔が、怒りで歪んでいる。
こんなそこらの大学にでも行けばいくらでもいるような男は、自分の記憶の中にはない。
見れば、男以外にも十人近い数の仲間が見て取れる。
どれもこれも下卑た笑みを浮かべ、中には既に
どこかで恨みでも買われたかと考えながらチョコレートパフェを突いていると、男が答えを言った。
「オメーが昨日寝た女の彼氏だよ」
そこで合点がいった。
ああ、そこか。と。
パフェを食べ終わり、煙草を一吸いして余韻を味わう。
彼が愛飲している『キャスター』はバニラの匂いが強い、比較的甘い銘柄で、甘党の彼が一番好んでいた。
「ッ!ヨユーこいてんじゃ、ねえぞコラッ!!」
余裕を全身から出している正晴に、男はただでさえ頭に上っていた血が沸騰し、場所を考えずに殴りかかる。
それを正晴は見る。
ただ、見る。
そして嘆息する。
こんなものか。と。
「よっ」
ダンッ!!
「オワッ?!」
伸びてきた手を掴み、力の流れを変えてテーブルに叩き付ける。
強く握ってはいないが力の支点を抑えたため、彼が手を離さない限りは男の手は動かない。
「落ち着けよ。あんな安い女一晩盗られたぐれえで、ガタガタ言ってんじゃねえよ」
「てめっ?!」
「やっぱり、
「ヒャヒャヒャ!予想通りってか?ヒャヒャ!」
「お前!ヤルなら俺も誘えよ!」
「黙れ色情魔」
殺気立つ店内の中、場違いに落ち着いた様子の四人。
徐々に四人を囲む人の隙間は
「お、お前ら!このガキどもをやっちまえ!!」
「「「「「「「「オオオオオオォォォォッッッッ!!!!」」」」」」」」
腕を掴まれていた男の声で、囲んでいた男達が動き出す。
それを見た四人は、
「ひーふーみー…、12人ってとこだな」
「ほな、1人あたり4人ってとこな」
「…城弥、お前自分を数から抜いただろ?」
「当たり前でっしゃろ?ウチは
「ヒャーヒャヒャヒャ!!ぶち殺ぉす!!」
「…才貴、お前は落ち着け」
相変わらず、これが日常だとでも言うかのようだった。
「和平ー。これちょっと開けてくれるー?」
「んー?…ああ、いいぞ」
ガゴンッ、という音と共に、路地裏のマンホールの蓋が開く。
そこになにやらモゾモゾ動いている布包みを蹴り落として、後から来た人が落ちないように蓋をし直す。
「ふぁ…。じゃ、帰るか」
「おー、じゃーなー。シッチー」
「正晴、ウチを家まで送りよし」
「別にいいぞ」
時刻は22時。
気分もなにやら白け、なんとなしにそれぞれが帰りだす。
「あ、そうや」
「ん?どうした?」
しばらく何気ない話をしていると、二条が何かを思いついたかのような声を出す。
「カラーギャングっぽく、ウチらもチーム名とかつけてみへん?」
「なるほど、面白いかもな?」
少し考え込み、数歩歩く内に思いついた名前を口に出す。
「…『ブラックヴァニティー』ってのはどうだ?」
「あら、なりええんではおまへん?」
『
いつかこの時間を、なかったことにしたくなる日が来るのかもしれない。
自分が求めるものが見つからないこの時間が、ただの虚無として終わるかもしれない。
いつまでも自分たちは、満たされないのかもしれない。
そんな、あるのかないのか分からない虚ろな時間。
それが名前の理由だが、自分達には丁度良いだろう。
そんなことを考えながら、煙草をふかしつつ歩く。
明日もまた、彼らはあの廃ビルに集まり一日を過ごす。
満たされることはないと知りながら。
傷を舐め合うように、心地の良い時間に耽溺する。
心のどこかに、虚ろを空けながら。
以上、『水無月 六禄』の前世、『柳田 正晴』が14歳の時の話でした。
本編に比べて、どこか薄ら暗い、退廃的なイメージが出たらいいのですが…。
次回は『アベル・スカリエッティ』の前世、柳田家長男『柳田
次回の更新を、お楽しみに!