彼らが死ぬまでの話   作:逸環

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一番目は『水無月(みなづき) 六禄(むろく)』の前世の話です。


柳田正晴の生き方。

真冬の人が入り乱れる街の雑踏の中、黒いカーゴパンツに黒いダウンジャケットという出で立ちの、まだ幼さが残る少年が歩いている。

何かを探すように、常に視線をあちらこちらへと送るその姿は、好奇心旺盛な子供というよりも、獲物を探す狩人のそれに近い。

しばらく歩き続けていると、そのうちに何かお目当てのものを見つけたのか、先程までフラフラと歩いていたのが、真っ直ぐになる。

そして、一人の女子高生の前まで行くと、

 

 

「ククッ、おねーさーん。暇してるんだけど、俺と遊んでくれない?」

 

 

これは、『柳田(やなぎだ) 正晴(まさはる)』が14歳の時の話。

 

 

 

 

 

 

 

部屋に朝の日差しが差し込み、全身を襲う倦怠感と爽快感を感じながら、正晴の眼が覚める。

その視界に最初に映ったのは、全身を汗を始めとした体液で汚したまま寝入る、一糸纏わぬ姿の女性。

昨日声をかけた、あの女子高生だった。

それを見ても特に何も思うことはなく、身体を起こして頭を掻くとベッドから降り、テーブルに置かれていた『キャスター』を口に咥えてジッポで火をつける。

そのまま一緒に置きっぱなしになっていた缶チューハイを開けると、一息に中身を飲み干す。

 

 

「はあぁー………」

 

 

安い女だった。

少し甘い言葉をかけると、簡単に股を開いて喘ぎだす。

顔が良いから声をかけたが、言ってしまえばそれだけの女だった。

そう思いながら煙草を吸い続けていると、そのうちにフィルターギリギリにまでなっていたので、灰皿に押し付けると浴室に向かってシャワーを浴びる。

熱い湯を被っていると、昨夜のことがまた思い出される。

女の身体は、遊んでいる身体だった。

今まで、何人の男と身体を重ねてきたのか分からない。

入れた穴はガバガバで、正直ガッカリした。

まあ、中学生と寝ようという女なのだから、当然と言えば当然なんだろうが。

そこまで考えて、気付く。

 

 

「…あー、そういや、名前知らねーや」

 

 

 

 

 

 

浴室から出ると、いつの間にか起きていた女がベッドの上で媚を売ってくるが、それを適当にあしらい入れ替わりで浴室に入れる。

出てきた女と連絡先を交換して、今更ながらに名前を知った。

そのままホテルを出て女と別れると、その足で目的地へと向かう。

今日は平日だが、学校はサボったところで大きな問題はない。

火のついた煙草を咥えながら、歩く、歩く、歩く。

適当にそこらへんに違法駐車してある車やバイク、自転車を盗んでもよかったが、今日は歩きたい気分だった。

歩き通して20分。

裏路地の袋小路に在るその廃ビルに、いつもの仲間たちは既に集まっていた。

 

 

「遅ーよ、マサ」

 

 

『セブンスター』を吸いながら文句をつける、黒いジャンバーを羽織ったガタイの良いのが『七星(しちせい) 和平(かずひら)』。

 

 

「どないせ、また(おなご)を抱いとったんでっしゃろ?」

 

 

中学生にしては発育の良い、黒い帽子を被った京都弁を話す、この中で唯一の女子が『二条(にじょう) 城弥(せいや)』。

 

 

「ヒャヒャヒャ!ちげーねーや!!」

 

 

甲高い笑い声の、黒い眼帯をしたひょろい体系の男子が『九重(ここのえ) 才貴(さいき)』。

 

 

「うるせーよ、阿呆ども」

 

 

そして今来た、『柳田 正晴』。

 

この四人に共通していることは、割と少ない。

同じ中学に在学し、同じ学年だということ。

心のどこかに、虚ろな部分があること。

ただ、それだけ。

だが、それだけでよかった。

彼らがつるむのには、それだけで充分すぎた。

毎日のようにこの廃ビルに集まり、街を練り歩き、遊び、遊び、遊ぶ。

 

 

「ま、そんなことは、どうでもいい」

 

 

そんな彼らは、

 

 

「さて、お前ら。今日は何をしようか?」

 

 

今日も遊んで暮らす。

 

 

 

 

 

結果的にゲームセンターにカラオケと、オーソドックスで月並みなプランで時間を潰し、四人はすっかり日も暮れた夜の街を歩く。

『ナンパして一番早く引っかけることができた奴が勝ちゲーム』という案が九重から出たが、二条の「ウチ(おなご)なんやけど」の一言で封殺された。

経緯は何にしろ、カラオケとゲームセンターだけでも時間は充分に潰せる。

時間は既に21時。

帰るきっかけには充分な時間だが、まだ遊びたい時間でもある。

朝のように、四人がこれからどうしようかと夕食がてらファミリーレストランで話していると、急に照明に影がさした。

 

 

「よう。柳田ってのは、どいつだ?」

 

「ん?柳田は俺だが、あんたは?」

 

 

突然降ってきた剣呑な声に、顔を向けず目線だけ向けて答える。

声をかけたのは、大学生くらいの今風な男。

耳と鼻にピアスを空け、脱色した髪にそこそこの顔が特徴と言えば特徴だ。

そのそこそこの顔が、怒りで歪んでいる。

こんなそこらの大学にでも行けばいくらでもいるような男は、自分の記憶の中にはない。

見れば、男以外にも十人近い数の仲間が見て取れる。

どれもこれも下卑た笑みを浮かべ、中には既に(二条)を犯す相談まで始めている者達もいる。

どこかで恨みでも買われたかと考えながらチョコレートパフェを突いていると、男が答えを言った。

 

 

「オメーが昨日寝た女の彼氏だよ」

 

 

そこで合点がいった。

ああ、そこか。と。

パフェを食べ終わり、煙草を一吸いして余韻を味わう。

彼が愛飲している『キャスター』はバニラの匂いが強い、比較的甘い銘柄で、甘党の彼が一番好んでいた。

 

 

「ッ!ヨユーこいてんじゃ、ねえぞコラッ!!」

 

 

余裕を全身から出している正晴に、男はただでさえ頭に上っていた血が沸騰し、場所を考えずに殴りかかる。

それを正晴は見る。

ただ、見る。

そして嘆息する。

 

こんなものか。と。

 

 

「よっ」

 

 

ダンッ!!

 

 

「オワッ?!」

 

 

伸びてきた手を掴み、力の流れを変えてテーブルに叩き付ける。

強く握ってはいないが力の支点を抑えたため、彼が手を離さない限りは男の手は動かない。

 

 

「落ち着けよ。あんな安い女一晩盗られたぐれえで、ガタガタ言ってんじゃねえよ」

 

「てめっ?!」

 

「やっぱり、(おなご)を抱いとったんではおまへん」

 

「ヒャヒャヒャ!予想通りってか?ヒャヒャ!」

 

「お前!ヤルなら俺も誘えよ!」

 

「黙れ色情魔」

 

 

殺気立つ店内の中、場違いに落ち着いた様子の四人。

徐々に四人を囲む人の隙間は(せば)まり、一方的に一触即発の空気を作っているというのに。

 

 

「お、お前ら!このガキどもをやっちまえ!!」

 

「「「「「「「「オオオオオオォォォォッッッッ!!!!」」」」」」」」

 

 

腕を掴まれていた男の声で、囲んでいた男達が動き出す。

それを見た四人は、

 

 

「ひーふーみー…、12人ってとこだな」

 

「ほな、1人あたり4人ってとこな」

 

「…城弥、お前自分を数から抜いただろ?」

 

「当たり前でっしゃろ?ウチは(おなご)なんよ?」

 

「ヒャーヒャヒャヒャ!!ぶち殺ぉす!!」

 

「…才貴、お前は落ち着け」

 

 

相変わらず、これが日常だとでも言うかのようだった。

 

 

 

 

 

 

「和平ー。これちょっと開けてくれるー?」

 

「んー?…ああ、いいぞ」

 

 

ガゴンッ、という音と共に、路地裏のマンホールの蓋が開く。

そこになにやらモゾモゾ動いている布包みを蹴り落として、後から来た人が落ちないように蓋をし直す。

 

 

「ふぁ…。じゃ、帰るか」

 

「おー、じゃーなー。シッチー」

 

「正晴、ウチを家まで送りよし」

 

「別にいいぞ」

 

 

時刻は22時。

気分もなにやら白け、なんとなしにそれぞれが帰りだす。

 

 

「あ、そうや」

 

「ん?どうした?」

 

 

しばらく何気ない話をしていると、二条が何かを思いついたかのような声を出す。

 

 

「カラーギャングっぽく、ウチらもチーム名とかつけてみへん?」

 

「なるほど、面白いかもな?」

 

 

少し考え込み、数歩歩く内に思いついた名前を口に出す。

 

 

「…『ブラックヴァニティー』ってのはどうだ?」

 

「あら、なりええんではおまへん?」

 

 

黒い虚無(ブラックヴァニティー)』。

いつかこの時間を、なかったことにしたくなる日が来るのかもしれない。

自分が求めるものが見つからないこの時間が、ただの虚無として終わるかもしれない。

いつまでも自分たちは、満たされないのかもしれない。

そんな、あるのかないのか分からない虚ろな時間。

それが名前の理由だが、自分達には丁度良いだろう。

そんなことを考えながら、煙草をふかしつつ歩く。

 

明日もまた、彼らはあの廃ビルに集まり一日を過ごす。

満たされることはないと知りながら。

傷を舐め合うように、心地の良い時間に耽溺する。

 

心のどこかに、虚ろを空けながら。

 

 

 

 

 




以上、『水無月 六禄』の前世、『柳田 正晴』が14歳の時の話でした。
本編に比べて、どこか薄ら暗い、退廃的なイメージが出たらいいのですが…。

次回は『アベル・スカリエッティ』の前世、柳田家長男『柳田 真澄(ますみ)』が19歳の時の話の予定です。
次回の更新を、お楽しみに!

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