元文科省職員が学園艦廃艦計画阻止のために奔走する話   作:単細胞

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第7話

「辻さん、確かに世界大会誘致で忙しいのも分かるんですがね、こちらとしても戦車道全国大会の優勝校を廃校にしてしまうのも困るわけですよ」

 

「理事長さん、文科省としてはそれに関する話は書面で連盟本部に送ったじゃないですか?今さら言われてもですねぇ・・・」

 

「文部科学省は若者に対してスポーツを推進している政策を打ち出したばかりじゃないですか?それなのに実力のある学校を潰すなんて・・・」

 

「蝶野さん、文科省が打ち出した政策はなにも戦車道だけじゃないんですよ、そのほかにも武道、スポーツだって色々あるじゃないですか?そういた面を吟味していった結果なんです」

 

「貴方にとっては星の数ある中の高校の一つかもしれませんが私たちにとってはかけがえのない母校なんです。それの3年生も折り返そうかといったこの時期に転校なんて、いくらなんでも急すぎです」

 

「ですから、そのあたりはきちんと此方で振り分ける高校を精査した後に適切に分けますから・・・」

 

俺の思った以上に議論は平行線を辿っていた。必死の訴えをのらりくらりと躱していく、まさに役人だな・・・まぁ俺もここに居た人間だから何とも言えないが。

 

しかし此方としても引くわけにはいかないのだ。何のために様々な場所に行って、頼んで、ここまで来たのか。

 

それに大洗女子学園の・・・いや、それだけじゃない。

 

今回の一件に賛同してくれた高校、その皆の思いを背負って霞が関まで来たのだ。

 

その時、ずっと黙って議論を聞いていた西住しほが口を開いた。

 

「若手の育成無くしてプロ選手の育成は無しえません、これだけ考えの隔たりがあっては、プロリーグ設置委員会の委員長を私が勤めるのは難しいかと・・・」

 

此方側が諦めて帰るのを待っていた辻さんの表情が変わった。やはりプロリーグ設置委員会の委員長の座にしほを置くことは重要事項であるらしい。

 

「いや、それは・・・今年度中にプロリーグを設立しないと戦車道大会の誘致が出来なくなってしまうのは先生もご存じでしょう?」

 

「優勝した学校を廃校にするのは、蝶野さんの言った通り、文科省が掲げるスポーツ振興の理念に反するのでは?」

 

痛いところをズバズバと突いてくるしほの発言に辻さんはたじたじになっている。文科省がしほに委員長の座を依頼している手前、あまり強気な発言は出来ないのだろう。

 

「しかしまぐれで優勝した学校ですから・・・」

 

辻さんの苦し紛れの言い訳にしほはダンッと湯呑を机へと置いた。その大きな音に俺は体が一瞬ビクッとなる。それは俺だけではないはずだ。

 

「戦車道にまぐれなし、あるのは実力だけです!どうしたら認めてくれますか?」

 

迫るしほにボロボロの辻さんは目線を反らしながら小さく呟いた。

 

「まぁ、大学強化選手に勝ちでもしたら・・・」

 

その発言に目を光らせたのは角谷杏だった。

 

「わかりました!勝ったら廃校を撤回してくれますね?」

 

「えぇっ!?」

 

辻さんは頓狂な声を上げた。俺だってそうしたかった。

 

「今ここで、覚書を交わしてください。噂によると口約束は約束ではないようですからねぇ」

 

平仮名で"せいやくしょ"と書かれた紙を懐から取り出す彼女。それを見た辻さんは「やってしまった・・・」といった表情だ。

 

「あの・・・角谷さん、こちらにちゃんとした紙がありますので・・・」

 

俺はファイルからきちんと体裁をなす誓約書を取り出した。名前と印鑑を押す欄もある、後に難癖を付けられては困るからな。

 

「さすが敷島君、用意が良いわね」

 

今日の段階で何としても辻さんに戦車道の試合を執り行い、その試合に勝てば廃校の撤回を確約するという約束を取り付ける予定だったのだ。

 

「すみませんが理事長、こちらにサインとハンコをお願いします」

 

自前の筆ペンで達筆なサインを書いて印鑑を押す。そして生徒会長の角谷杏の名前・・・

 

そして辻さんの番、しばらくサインを躊躇していたが俺を含めた5人の鋭い視線に耐えられなくなり、渋々自身の名前を書いて判を捺した。

 

「さて、これで終わりです、後ほどコピーを学園艦教育局へ送りますので、それでは私たちはこれで失礼します」

 

俺達は応接室を後にしようとする。

 

「これが、君の正義か?」

 

項垂れていた辻さんがそっと呟いた。全員の視線が俺に集まった。

 

「そうです」

 

俺は一言だけ言って部屋を後にした。

 

これで俺の仕事はほぼ終わった。あとは彼女たちの頑張り次第だが、きっとやってくれるだろう。

 

 

 

 

しかし、これで引き下がる辻さんではなかった。

 

 

 

 

「なんだって!相手は30両!?」

 

船で輸送されてきたシルビアを受け取るために訪れた港で俺は大声を上げた。

 

作業員の視線が一斉に此方へ向いた。俺はバツが悪そうに声を潜める。

 

「大洗女子の戦車保有台数は8両だろ?フルボッコどころの話じゃないぞ・・・」

 

『分かってるさ、でも局長が施設やら上やらに必死で掛け合って既に決まってるんだ。それにもう時間もない、どうしようもなかったんだ・・・』

 

「・・・分かった、教えてくれて感謝するよ。こっちでも何かしらの対抗策を考えてみることにする」

 

とは言ったものの・・・

 

「どうするかな~」

 

俺は受け取ったシルビアの中に納まり天井を仰いだ。

 

いくら全国大会の優勝校とはいえ相手は社会人チームをも破ったエリート軍団、しかもそれが30両。

 

流石の大洗女子でもこれは無理だろう。無理難題を押し付けて彼女たちが辞退するのを待っているのだろう。

 

本部に戻って考えようと車を走らせる、その間もいいアイデアは思い浮かばなかった。

 

本部の駐車場へシルビアを停めると丁度理事長も帰ってきたようだ。

 

車から降りた理事長の表情は沈んでいた。

 

「理事長、どちらへ行っておられたのですか?」

 

「試合の会場だよ、大洗女子の娘たちにルールの詳細を伝えて来たんだ」

 

「大学選抜が30両って事ですよね?」

 

「・・・それだけじゃないんだ」

 

「えっ?」

 

まだ何かあるのか?理事長の表情から察するに大洗女子が有利になるものではないだろう。

 

理事長は重い口を開いた。

 

「今回の試合・・・殲滅戦なんだ。もう大会準備は殲滅戦で進めてるんだそうな」

 

俺は愕然とした。30対8で殲滅戦なんて・・・勝負は火を見るよりも明らかじゃないか。

 

「どうにかならないんですか?」

 

理事長はゆっくりと頷いた。

 

「もう時間がないよ・・・」

 

事務室へと戻る。自分の机には今回の一件に関する資料やリストの束が堆く積み上げられていた。

 

「クソッタレが!なんでこうなるんだよ!」

 

俺は机を思い切り叩いた。積み上がっていた紙の束が雪崩のように崩れ落ちる。

 

そこまでして大洗女子を潰したいのかよ辻さん・・・

 

「珍しいわね、貴方がそこまで感情的になるなんて」

 

入り口には蝶野が立っていた。イヤな所を見られてしまったな・・・

 

「だってそうだろ!?30対8で殲滅戦だぞ!卑怯にも程がある!」

 

「確かに今回の試合に関してはどうかと思うわ、でもあなたがここで激昂している暇はないんじゃないの?」

 

その言葉に俺は我に返る。そうだ、物に当たっている暇はない。

 

崩れた資料を直して俺はパソコンを起動する。

 

「裁判でも起こすか・・・でも裁判所は統治行為論があるから無理だな。だとしたら文部科学大臣に直談判。いやいっそのこと野党を味方に付けて不信任決議で―――」

 

必死で考えを巡らせる中、俺は彼女のある言葉を思い出した。

 

 

戦術とは一点に全ての力をふるうことである。

 

 

聖グロリア―ナ女学院戦車道チーム隊長のダージリンが言っていた言葉だ。

 

一点に全ての力をふるう・・・

 

そして俺は一つのアイデアを思い付いた。

 

「簡単な話じゃねぇか。要は大洗女子が勝ったらいいんだ・・・」

 

俺はスマホを取り出してある人物へ電話する。

 

 

 

 

 

 

「・・・ダージリンか?大洗女子の試合の件は知ってるな?それで一つ頼みがあるんだが―――」


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