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異形達の狂気の宴から、1週間が経った。
狂気の宴以降から、世間には不気味な噂が流れ始めた。
だが、その噂も大して広まっているものではない。
社会は今日も変わらない日常を送っている。
それは、ここ文月学園も同じ。
「──そのため、ここの回答はこうなる。……今の説明で分からないやつは居るか?」
「「「「「…………(スッ)」」」」」
「ほぼ全員分からんか……これは補習だな」
「「「「「ふざけんな鉄人!!」」」」」
「いい加減西村先生と呼べ!!」
時刻は昼前、今は昼休み直前の授業中だ。
鉄人こと西村先生が問題の説明をしていたのだが、アホばかりが集まるFクラスの知能では、いかんせん理解が及ばなかったようだ。
それに呆れた鉄人が、僕らFクラスに補習を課そうとしたので、クラス一丸となって阻止しようとしているのが現在の状況である。
ギャーギャーと騒いでいるうちに授業終了のチャイムが鳴る。
必死の抵抗も虚しく、結局補習は放課後行うことで確定した。
そして、夕方まで時間は過ぎる。
時刻は18時、部活を終えた学生達がそれぞれ帰宅する時間帯だ。
そして部活もしていないのに、そんな時間まで補習で残っていたFクラスのメンバー。
やっと地獄のような時間が過ぎ去った……。
荷物を通学バッグに詰め込み、さっさとこのささくれ立った畳の教室からおさらばしよう。
よっこらせ、とオヤジ臭い掛け声を口に出しながら立つ。
それが目に映った僕の友人達が、帰りの挨拶を掛けてくれた。
「お、帰るのか明久。また明日な」
「気を付けて帰るんじゃぞい」
「……最近は物騒。寄り道はしない方が良い」
「うん? 何が物騒なの?」
ムッツリーニがいつになく真面目な顔で忠告をしてきた。
僕、そんな話初めて聞いたけど。
彼は人差し指をピンと伸ばし、言い聞かせるように話し始める。
「……あくまで噂なんだが、ここ数日で、変な言葉を話す化け物が何度か目撃されてるらしい」
「変な言葉を話す化け物? 宇宙人か何か?」
「……その説もある。ただ、問題はそこじゃない」
「勿体ぶってないで教えてよ」
「……その化け物が目撃され始めてから、殺人事件が数件立て続けに起こっている。それも、そのほとんどが妙な死に方で」
「妙な……死に方?」
思ったよりもヘビーな話だった。
思う事はあるけど、まだ続きがあるみたいだし、とりあえず聞こう。
「……死亡した被害者の大半が、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされてから、のどを一突きにされていたらしい」
蜘蛛の糸? ぐるぐる巻き?
「じゃあ犯人は巨大蜘蛛って事?」
「……それは分からない。ただ、化け物を見たって人は皆、口を揃えて人型の蜘蛛だったと言ったらしい。恐らく殺人事件と関わってるとは思うが……」
「ふーん……確かに物騒だね。分かった、しばらくは寄り道せずに帰るよ」
「……そうした方が良い。俺も早めに帰る」
そう言ってムッツリーニも帰る支度を始めた。
今の話を聞いてた雄二と秀吉、更にその周りのクラスメイトも支度を始める。
正直、蜘蛛の話うんぬんは余り信じてない。
ただ、殺人事件が起きてるのは事実だから、事件に巻き込まれないようすぐに帰る事にした。
──この頃の僕は、まだ他人事だと思っていたんだと思う。
これは、他人事と聞き流してはいけなかった。
もっと、深刻に捉えるべきだった。
じゃなきゃ……あそこで寄り道したりしなかった。
これが──地獄のような日々の、始まりだった。
△▼△▼△▼
現在、僕は学校を出て自宅へと向かって歩いている。
周囲には肉屋や八百屋といった店が建ち並んでいる……俗に言う商店街だ。
今は夕方、この時間帯は主婦の方が大勢集まっている。
どうにか値切りをしようとするおばさん達の大きい声と、それに負けない位張り上げた店番のおじさんの声。
うるさくはあるが、それは活気に満ちているという事。
今日もこの辺は平和だ。
さてと、さっさとここを抜けて家に帰ろう。
商店街を見るのもそこそこにして、歩を進める。
すると、反対方向から聞いた声が掛けられた。
「あ、アキじゃない。やっほー」
「こんな所で偶然ですね、明久君」
「美波と姫路さんじゃないか。2人してどうしたの?」
声を掛けて来たのは、我らがFクラスに2人しか存在しない女子である島田 美波と姫路 瑞希さんだ。
島田 美波の特徴と言えば、まずはポニーテールが挙げられるだろう。
そして忘れてはいけないのが、絶望的に無い胸だ。
本人に言うと殺されるので、絶対に声には出さないが。
そして、姫路 瑞希さん。
彼女の特徴は、毛先にウェーブが掛かったピンク色の長髪だ。
もっと言うなら、たわわに実ったメロンの様な胸もある。
……さっきから胸の事しか語ってないような気がする。
それはともかくとして、こんな所でこの2人に会うのは珍しい。
2人して下校ついでに夕飯の買い物でもしに来たのだろうか?
「アキは今帰り?」
「うん。2人は夕飯の買い物?」
「そんな所ね。瑞希は文房具の買い足しだけど」
「へぇ、流石に勉強熱心だね。……所で、2人は最近の不穏な噂、知ってる?」
「ううん、知らないわね。瑞希は?」
「私も知りません。何かあったんですか?」
どうやら2人は知らないみたいだ。
僕も今日知ったばかりだけど。
物騒な噂があるし、女の子2人だけで歩くのは危険だから教えとこう。
「ここ1週間で、殺人事件が立て続けに何件も起きてるんだって。しかも、そのほとんどが蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされて死んでるとか。嘘か本当か分からないけど、化け物の姿も目撃されてるみたいだし」
「嘘、殺人事件? 知らなかったわ……」
「それに、何か不気味ですね……」
殺人事件と聞いて、彼女達は怯えた様子を見せる。
「だから、出来るだけ寄り道はしない方が良いってさ。2人とも買い物は済んだの?」
「うん……」
「済みましたけど……」
「だったらすぐに帰った方が良いね。そうだ、家まで送るよ」
「え、流石に悪いわよ」
「それじゃ明久君が寄り道になってしまいますよ」
「そうだけど……もし2人に何かあったら僕が嫌だからさ。男なら女の子を守らないとね」
遠慮されたけど、僕もここは譲れない所。
食い下がると、2人は諦めたように頷いた。
「はぁ……こういう事に関しては、アキは言い出したら聞かないもんね。正直怖かったし、お願いするわ」
「すみません、よろしくお願いしますね。明久君も、私達を送ったら真っ直ぐ帰って下さいね。私達も明久君に何かあったら嫌ですから」
「了解」
なるほど、確かにそうだね。
2人が嫌な思いをしないように、僕も無事に帰らないと。
「それじゃ、遅くならない内に帰ろうか。美波と姫路さん、どっちが先に帰る?」
「ここからなら瑞希の家の方が近いわ。先に瑞希を送ってあげて」
「ええっ? そんな、美波ちゃんに悪いですよ」
美波の提案に、姫路さんは首を振って遠慮する。
「良いのよ。ほら、ウチの家から行くとアキが遠回りじゃない? それはアキに悪いから」
「う……分かりました。じゃあ、すみませんけど私からお願いします」
「うん。僕としても早く帰れるのは助かるよ。じゃ、行こうか」
僕の言葉に彼女達は頷くと、家まで案内を始めた。
歩き出した2人に着いて行こうと1歩足を踏み出し──そこで足を止める。
「?」
ふと、視線を感じた気がするからだ。
誰だろうと周囲を見回すが、目に映るのは、夕食の材料を品定めする奥様方ばかり。
誰1人として僕達を見ていない。
唐突に足を止めた僕を不思議に思ったのか、美波と姫路さんが声を掛けて来た。
「アキ? 何ボーッとしてるの。行くわよ」
「遅くなるといけないと言ったのは明久君ですよっ」
「ああ、うん。ごめんごめん。今行くよ」
2人に急かされ、小走りに追いかける。
もう視線は感じなかった。
「何だったんだろう」
気のせいかも知れないけど、物騒な噂もあるし、一応周りを警戒しておこうかな。
そして僕らは、人々の喧騒の中を歩いて渡って行った。
△▼△▼△▼△▼
──少し歩いた時だった。
「それでですね、お母さんったらコンセントを刺さずに掃除機を──……? 何でしょう、あ……れ……っ」
他愛もない話題に花を咲かせ、開いた花のような笑顔を見せる姫路さんの顔が、凍りついたのは。
「姫路さん?」
「ひ……と、が──」
「人? ──姫路さん!?」
何かを見つけた姫路さんは、顔面を蒼白く染めてへたり込んだ。
一体何を見たのかと、彼女の視線をなぞると──
「ま……まさ、か……」
視線の先には、細い路地裏があった。
日が暮れてきた事もあり、薄暗いその場所には──白い何かで包まれた……いや、白い糸のような物でぐるぐる巻きにされた、成人男性程の大きさの『何か』が転がっていた。
急速に口が渇いていくのを自覚しながら、ゆっくり……ゆっくりと近寄る。
段々見えてきた、この瞳に映るのは──
「き……きゃあああああっ!!」
──鮮やかな赤と、人だった肉の塊だ。
「殺、人……事件?」
そして僕は、殴られたかのようなショックのせいで、気づくのが遅れた。
──暗がりから姿を現した、人の形を取った、化け物に。
その化け物は──8つの瞳で僕を捉え、茶色の皮膚に覆われた指で指差し、蜘蛛を連想させる黒い牙の生えた口で、こう言った。
『ズギザ・ゴラエザ……』
不思議と、化け物が笑ったような気がした。
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