他の小説を書いていたら遅くなりました。
では、本編をどうぞ。
『ゲゲル・ゾ・ザジレス!』
その女──ズ・メビオ・ダは、声高に宣言した。
鋭い爪、発達した脚部、黒い皮膚に覆われたヒョウを思わせる顔面。
そしてギラリと光る、真っ赤な眼球。
誰が見ても化け物と言う風貌のズ・メビオ・ダは、高速道路の真ん中で佇んでいる。
ズ・メビオ・ダの正面から走行してくる車に乗った人間が、彼女を見てギョッとした。
ニヤリと口元を歪めると、その人間をターゲットに定め──フロントガラスすら貫いて、のどを綺麗に切り裂いた。
運転手が動かなくなった車は制御を失い、隣の路線を走っていた車を巻き込んで横転した。
何転もした上で更に後続の車に突っ込まれた者は、恐らく生きては居まい。
悲惨な事故現場と化したこの場を楽しそうに眺めると、ズ・メビオ・ダは次のターゲットを探しに駆け出した。
△▼△▼△▼△▼
ズ・メビオ・ダが事件を起こしてから少しして、警察車両が現場に駆けつけた。
車両から出て来たのは一条と杉田だ。
「こりゃ酷いな。一体何台横転してるんだ?」
「分かりませんが、まずは救助に回りましょう。救急車はすでに手配しているので、我々でも助け出せる人を先に救助しておきましょう」
「そうだな」
2人は横転した車に残された人々の救助に入った。
少しして救急隊が到着してからは、救助が一気に進んだ。
救助を進めて行くと、不自然な遺体を見つけた。
「一条、この遺体の傷を見てみろ。のどがパックリ切り裂かれてやがる」
「ガラスで切った……訳ではなさそうですね。それにしては傷が深い」
その遺体は、もう少しで首が離れるほどにのどを切り裂かれていた。
ガラスで切ったならば、もっと傷は浅いはずである。
「何か気になるな。まさか未確認の仕業か?」
「とりあえずは生存者に事情を聞いてみましょう。何か有力な情報を聞けるかも知れません」
そして話を聞いて回った所、核心的な情報を聞くことに成功した。
車よりも早く走る化け物が、攻撃を仕掛けて来たと言うのだ。
「おい、一条」
「ええ、恐らく未確認の犯行ですね」
「だったらこうしちゃ居られねぇ、未確認を探すぞ。次の犯行が行われてるかも知れん」
「はい。本部には連絡しておきます」
後は救急隊と応援の警官達に任せて、一条と杉田は未確認の捜査に踏み出した。
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AM11:26
文月学園Fクラス
「──ここはこう解くのだが、実は応用が使える。詳しく解説すると──」
明久は今、平和な日常を過ごしている。
ただの授業で、しかも本来勉強は嫌いであるのだが、未確認との出会いからはそれすらも愛しい。
だがその平和な時間も、携帯電話が電波を受信したことで終わりを告げた。
「電話……一条さんから?」
マナーモードにしているので音が出ておらず、西村教諭には気づかれていない。
だが、流石に教室で電話に出ることは出来ないので、トイレと偽って出ることにした。
「先生、お腹が痛いのでトイレに行っても良いですか?」
「む? 吉井が体調を崩すのは珍しいな。出来るだけ早く戻るんだぞ」
「はい」
さっと教室を出てトイレの個室に入ってから、電話に応じた。
すると、幾分か焦ったような声で一条が話し出した。
『吉井君、大変だ!』
「どうしたんですか?」
『未確認生命体第5号が現れた!』
「──!」
やはり未確認はまだいたか、と苦い顔をする。
しかしそれも一瞬のこと。
次の瞬間にはもう、戦意に満ちた顔になっていた。
「それで、5号はどこに?」
『都内の高速道路だが、君は移動手段がないだろう。今から迎えに行く。学校には捜査協力を求めると連絡しておくから、勝手に抜け出すことにはならないはずだ』
「分かりました」
伝えることは伝えたのか、それから一条は電話を切った。
明久も通話が終了したことを確認した後、ポケットに携帯を仕舞って教室に戻った。
しばらくして、教室に男性教諭が訪問した。
その教諭は西村教諭と2、3ほど言葉を交わすと、明久を呼んだ。
「吉井君、お客さんだよ。君を呼んでいるんだ」
「分かりました。……西村先生」
「ああ、行ってこい」
西村教諭とクラスメイト達に見送られ、男性教諭に連れられて行く。
連れられた先で待っていたのは、当然一条だった。
一条が教諭といくらか話してから、覆面パトカーに乗り込んだ。
移動中、明久は第5号の情報を聞いた。
「第5号って、どんな奴なんですか?」
「奴はとにかく速い。目撃証言によれば、車をも追い抜くそうだ」
「他には?」
「そうだな……それほどの速度で走るなら、強力な脚力を持っていると考えられる。奴の蹴りには注意だ」
「分かりました」
それからは被害者数や目撃場所等の情報を聞いていく。
そのまましばらく走っていると、車両に警察無線が入った。
一条は即座に反応する。
『こちら警視庁本部。未確認生命体第5号の所在を特定しました。付近の警察車両は現場に急行して下さい。場所は都内高速道路の──』
第5号の居場所が判明したとたん、一条はサイレンを鳴らして文字通り現場に急行した。
もうすぐ始まる戦闘を前に、明久は汗に湿った手をグッと握りしめた。
△▼△▼△▼△▼
『パダギ・パ・ザジャギ!』
都内のある高速道路で、ヒョウを思わせる化け物──ズ・メビオ・ダが佇んでいた。
彼女は前方から自分を追い抜いた車を猛然と追い掛ける。
あっという間に追い付くと、ナイフのように鋭い爪の生えた手を振り上げ──
ザシュッ。
運転席に座る女性ののどを深く切り裂いてしまった。
噴水のように吹き出る血と制御を失った車から、女性の命がないことはよく分かった。
やはり横転した車を眺めながら、ズ・メビオ・ダは爪に付着した血液を楽しそうに舐め取った。
次のターゲットを探す為にこの場を後にしようと身を翻した所で、やかましい電子音が近づいて来ることに気がつく。
それはすぐにやって来た。
黒塗りの車──覆面パトカーがズ・メビオ・ダのすぐ前方で停車する。
その車のドアが開き出て来たのは、明久と一条。
2人は多量の血溜まりの上で大破し横転した車を横目で見ると、険しい表情でズ・メビオ・ダを睨み付けた。
「お前が第5号……!」
「吉井君、油断するなよ。私も全力で援護する」
「はい!」
ズ・メビオ・ダは彼らを怪訝そうに見ると、日本語ではない言語で話し掛ける。
『バンザ・ゴラゲサ?』
「何だ? 何て言ってる?」
「……分かりません」
当然明久達には通じないのだが、お構いなしに彼女は話し掛け続ける。
獰猛な笑みを携えながら。
『ン・ゲゲル・ジョグデビ・ビ・ギデジャス!』
そしてナイフのような爪を構え、2人に襲い掛かった。
「くっ!? はあ!」
明久は一条を後ろに押し退け、ズ・メビオ・ダの迫る勢いを利用して蹴り飛ばした。
ズ・メビオ・ダはそのままバランスを崩し、転倒する。
転がっている間に、明久は腹部に手を添え、ベルトを出現させる。
中央の宝玉は燃え上がる炎のような赤。
そして左手を腰に、右手を左から右へと水平に切ってから、左腰のスイッチを押し込んだ。
「変身!」
今度は明久が攻める番だ。
「はっ! やぁ!」
右の拳で殴り、左の脚で蹴る。
その度に身体は戦闘用のそれに作り替えられてゆく。
「だぁっ!」
最後に頭部が作り替えられる。
昆虫の複眼と同じ且つ真っ赤な眼が、しっかりとズ・メビオ・ダを捉えていた。
変身した明久──クウガの姿を見て、ズ・メビオ・ダは驚愕をあらわにする。
『クウガ……!?』
何故ここに、とでも言いたげな雰囲気だが、それは隙にしかならない。
先手必勝、クウガは思いきり腹部に拳を打ち込んだ。
『カハッ──』
一条達からの格闘技の教えが活きているようで、ズ・メビオ・ダは痛そうにうずくまる。
クウガはこのまま畳み掛けようとするが、流石にそう上手くは行かない。
ズ・メビオ・ダは持ち前の脚で機敏に動き、攻撃のことごとくを避ける。
「クソッ、当たらない……!」
『ゴゴギ!』
攻撃が当たらないことに焦りが募ってゆく。
やがてそれは大きな隙を生み出し、ズ・メビオ・ダに反撃の機会を与える結果となった。
クウガの腹部に彼女の痛烈な蹴りが突き刺さる。
「ゴフッ!?」
あまりの痛みに、今度はクウガが地に膝をついた。
ズ・メビオ・ダはうずくまるクウガの顔面を、音速に近いと感じる速度で蹴り飛ばす。
為す術もなく吹き飛ばされたクウガに、更に追い討ちの蹴りを放った。
「ぐあぁぁ!!」
空恐ろしい暴力に晒されているクウガ。
そんな彼を援護するべく、一条は支給された拳銃でズ・メビオ・ダの顔面に鉛玉をぶち込みに出る。
「今助ける!」
パァン、パァン、パァン!
硝煙とともに打ち出された弾丸は、見事ズ・メビオ・ダの顔面に吸い込まれていった。
すると偶然にも、撃った玉の内一つが、彼女の右目を貫いた。
『ガアァァァァァァァ!?』
流石の彼女もこれにはたまらず、目を押さえてのけ反る。
その隙にクウガは痛みを無視して気合いで起き上がり、トドメの蹴りを打った。
だが、ズ・メビオ・ダは紙一重でそれを避けると、一気に後方へと下がった。
そして忌々しそうに一条を睨み付ける。
『リント・レ……ジュスガンゾ!!』
今にも一条に飛び掛かりそうな雰囲気だが、クウガが間に割って入ったことでその気配も薄まった。
『クウガ……!』
流石に手負いの状態でクウガに勝てるとは思わなかったようで、ズ・メビオ・ダは非常に悔しそうに身を翻した。
どうやら、逃げるつもりらしい。
彼女はそのまま圧倒的な速度で走り去って行った。
「待て!」
クウガは逃がしてなるものかと全力で追うが、彼我の距離は縮まることはなかった。
結局、クウガ達はズ・メビオ・ダ──第5号を逃がしてしまった。
完全に逃げられたことを理解して、クウガは変身を解き明久の姿へと戻った。
そして悔しそうに拳を握りしめる。
「逃がした……っ。僕がもっと強けれ……ば──」
ばたり。
「お、おい吉井君!? しっかりしろ!」
明久は地面にうつ伏せに倒れてしまった。
一条が怪我を確かめる為に服をめくると、身体のあちらこちら……特に腹部に酷いアザが出来ていた。
「これは酷い……すぐに救急車を呼ばなくては!」
一条は携帯を取り出し、救急車を呼ぶ。
すぐに救急車が来て明久を最寄りの病院へと運んで行った。
△▼△▼△▼△▼
「う……っ」
第5号との戦闘から3時間後、明久は目を覚ました。
むくりと上体を起こすと、彼の視界に映るのは清潔なベッドとバイタルを測定する機械。
明久は、自分が今どこにいるのかを理解した。
「病院……そうか、僕は気絶しちゃったのか」
そして第5号にやられた腹部を擦る。
すると違和感を感じた。
「痛く……ない?」
うずくまるほど痛かった腹部は、何故か擦っても全くと言って良いほど痛みを感じなかった。
不思議に思い病着の前を開いて自分の身体を見てみると──
「嘘でしょ……? 何ともないなんて……」
アザだらけだったはずの身体は、傷一つない綺麗な状態に元通り戻っていた。
そこから考えられることは──
「まさか、治ったの? たった数時間で!?」
明久は時計と今日の日付を見て、戦闘からどれほど時間が経っているのかを理解し、驚いた。
いや、気味の悪さを感じた、と言った方が正しいか。
確実に人間から離れて行っていることを自覚し、明久は何とも言えない複雑な気分になった。
苦虫を噛み潰したような顔をしている所で、病室のドアが開けられ人が入って来た。
その人物とは、明久の担当医──椿 秀一である。
遅れて一条も入って来た。
そう、ここは椿の勤める病院である。
近くの病院が偶然ここだったのである。
椿は目覚めている明久を見て、もう起きたのかと驚いていた。
そして明久に話し掛ける。
「よう、どうだ気分は? 吐き気とかおかしな所はないか?」
「椿さん。はい、何ともないです。……何ともなさ過ぎますけど」
「ん? どういうことだ?」
「これを見て下さい」
そう言って明久は病着の前を開く。
椿と一条はその傷一つない身体を見て、心底驚いた。
「おいおい嘘だろ? どんな再生力してんだ」
「椿、やはり例の神経組織が関係しているんじゃ……」
「多分そうだろうな。やれやれ、こいつは検査し直さなくちゃな」
椿は明久のバイタルを確認し、身体に異常がないか簡単に触診等をしてから病室を出て行った。
後には明久と一条だけが残る。
一条は明久に向き直ると、頭を下げた。
「すまなかった、吉井君」
「え!? ちょ、ちょっと一条さん、顔を上げて下さい!」
「いや、もう治ったとは言え、君が怪我をしたのは私が満足に援護出来なかったからだ。本当にすまない」
「そんな! 一条さんが5号の目を撃ってくれなかったら、もっと酷い怪我をしてたに違いありません。一条さんは悪くありませんよ! 僕が弱かっただけなんです!」
「しかし──」
と、何度かこのやり取りを繰り返す。
数回繰り返した所で、話が終わらないと切り上げることにした。
そして、一条は本題を切り出す。
「吉井君、第5号への対抗手段を用意したんだ」
「対抗手段……ですか?」
「ああ。奴は恐ろしく脚が速い。次にまた追い詰めても、何も対策を打たなければ先ほどのように逃げられてしまうだろう。だからだ」
「なるほど……それで、その対抗手段と言うのは?」
そう問われ、一条はバッグから1枚の資料を取り出した。
明久はそれを受け取り目を通すと、その資料には1台のバイクの写真とスペック情報が記されていた。
正直な所、明久はスペック情報は難しい言葉ばかりで全く理解出来ていない。
明久はバイクの写真を指さし、一条に訊ねる。
「これが対抗手段、ですか?」
「そうだ。これに乗って奴を追い詰めるんだ」
「でも僕、バイクの免許を持ってないですよ?」
「それに関しては問題ない。上層部からの伝達でな。未確認との戦闘に限り、運転を許可する方針だそうだ」
「はあ……」
まさか無免許運転を許可されるとは、と明久は呆け気味に返す。
その様子を流して、一条は言葉を続ける。
「もちろん、近い内に免許は取って貰うさ。費用に関しては警察側で出すことで許可が降りている。……ちゃんと勉強するんだぞ?」
「うへえ、勉強ですかぁ……。でも、人の命が掛かってるんだから、嫌だなんて言ってられないな」
「その意気だ」
意気込む明久だが、そこで素朴な疑問を抱いた。
「所で、このバイクは本当に第5号に追い付けるんですか?」
「何だ、それなら安心すると良い──」
一条は至極真面目な顔でバイクの写真を軽く叩き、根拠を言う。
「──このバイクは、最高時速が300㎞だ」
「3びゃ……!?」
明久は想像を超える速度に、思わず仰天する。
確かに、その速度ならば追い付く所か追い越すことが可能であろう。
見えてきた勝機に、自然と布団を握る手に力がこもった。
その様子を見て、一条は一瞬、少し悲しいような情けないような、そんな複雑な表情を浮かべた。
だがそれもすぐに収めると、再度写真を軽く叩き、この対第5号への切り札となるバイクの名を口にする。
「こいつの名前は《トライチェイサー》。正真正銘の、モンスターマシンだ」
やっとこさ次話でトライチェイサーを出せそうです。
少し文章の書き方を変えてテンポを早めたんですけど、どうでしょうか?
もし読みづらいようなら感想で報告下さい。
どうにかします。
感想、誤字脱字報告受け付けております。