残酷描写があるので、苦手な方はブラウザバックを推奨します。
──どこか遠い場所で、声が聞こえた。
声は、2つ。
月光と静寂が世界を支配する時間帯で、薄らと響いている。
声のする方へ足を運ぶと、突然、視界が赤々と燃え盛り、暗闇を払いのけた。
この瞳に映るのは、死体。
死体、死体、死体、死体、死体。
数えるのも嫌気が差す程の、死体。
そして、2つの声が響き渡った。
──片や、心底楽しそうな、無邪気な笑い声。
──片や、狂ったような、全てを呪う怨嗟の声。
ようやく、声の主達を視界に捉えた。
白い青年と、黒い少年だ。
互いに声を叩きつけ合い、拳で殴りつけ合う。
やがて2人は限界を向かえ、倒れ込む。
ふと、哀しみが頬を伝う。
拭っても拭っても溢れ出る。
彼はもう居ないのだ。
彼はもう居なくなってしまったのだ。
既に、自分の知る彼ではない。
せめて、彼の地獄をこの手で終わらせてあげよう。
起き上がる、彼だった異形に暴力の塊を向けて──
──引き金を、引いた。
彼はやっと。
地獄から、闘いの日々から。
開放された。
△▼△▼△▼△▼
僕の名前は、吉井 明久。
文月学園2年Fクラスの生徒だ。
今は学園に登校中。
自己紹介ついでに、文月学園の紹介もしよう。
僕の通っているこの文月学園は、特殊な学校だ。
特殊と言われる由縁は試験召喚システムという物にある。
これは召喚獣と呼ばれる、自分をデフォルメさせた存在を召喚するというものだ。
学生はこの召喚獣を使役し、互いに戦わせるのだ。
召喚獣にはそれぞれ強さがあり、その強さを左右させるのは学生自身のテストの点数だ。
点数が高ければその分強く、低ければその分弱くなる。
試験召喚システムは、学生同士競わせ、互いに切磋琢磨させる為にある。
ただ、その思惑に乗せられるのは向上精神溢れる者か、負けず嫌いが殆どだ。
生憎と僕は勉強嫌いで、向上精神も無ければ、大して負けず嫌いでもない。
つまり、どこの学校にも少数はいる、成績不良者というやつだ。
ちなみに、誠に遺憾ながら、僕は観察処分者というバカの代名詞を学園で唯一保持している。
つまり、皆から吉井 明久=バカだと認識されているのだ。誠に遺憾だが。
……と、いつの間にか校門に着いてしまった。
これから授業があると思うと憂鬱だ。
そんな暗めの顔の僕を迎えたのは、筋骨隆々の鬼、鉄人こと西村教諭。
彼は僕が校門をくぐろうとすると、声を掛けてきた。
「おはよう、吉井。どうした、浮かない顔して。それと遅刻ギリギリだぞ」
「おはようございます、鉄人」
「西村先生だ。お前らFクラスの生徒は何度言えば俺の呼び方を改めるんだ」
「トライアスロンが趣味なんだし、呼びやすいから良いでしょう?」
「ほほぅ? よほど補習が受けたいと見える。何、安心しろ。観察処分者の吉井が勉強したいと言っていると報告すれば、すぐにでも補習が受けれる」
「ごめんなさい調子乗ってました西村先生」
「それで良い。……それと、浮かない顔をしていたが、何か悩みがあるなら相談に乗るぞ」
「お気遣いありがとうございます。でも、大した事じゃないので大丈夫です」
「そうか、なら良い。……もうこんな時間か。早く教室へ行かないと遅刻だぞ。遅刻すれば補習だ」
「それは大変ですね。ではまた後で」
「ああ、廊下は走るなよ」
「はーい」
今の会話から何となく分かるだろうが、鉄人こと西村先生は事あるごとに補習を課そうとしてくる鬼のような人だ。
しかし、本当に生徒想いな優しい人でもある。
だからこそ、ほとんどの生徒はあの厳しい先生の事を慕っているし、僕も口答えこそすれど本当は慕っている。
鉄人という呼び名とは、親愛を込めた愛称なのだ。
おっと、もうこんな時間だ。本当に遅刻しない内に自分の教室──Fクラスへと移動する事にしよう。
見慣れた廊下を渡り、ボロボロの我らがホーム──Fクラスのドアをくぐる。
それとほぼ同時に朝礼開始のチャイムが鳴った。
どうやらギリギリ間に合ったようだ。
遅刻ではない事に軽く胸を撫で下ろし、机と椅子の代わりにちゃぶ台と座布団が置いてある教室を見渡す。
クラスメイトの中に、友人達の姿を見つけた。
「おはよう、皆」
僕の声に一番初めに気付いた、野性味溢れる大男が挨拶を返す。
「おう。相変わらず遅刻ギリギリだな、明久」
「今日も何とか間に合ったよ」
彼の名前は、坂本 雄二。このFクラスの代表だ。
雄二との間柄は、悪友という言葉が一番合っていると思う。
よく一緒になってバカをやっている。
雄二の挨拶で僕に気付いたのか、友人達がそれぞれ反応を返す。
「おはようなのじゃ、明久」
「おはよう、秀吉」
特徴的なじじい言葉を遣うのは、木下 秀吉。
美少女と言って差し支えない容姿だが、男である。
容姿ゆえに周囲から女子として扱われる為、何かあるたびに、わしは男じゃ! と叫んでいる。
「……おはよう」
「おはよう、ムッツリーニ」
彼の名前は、土屋 康太。通称ムッツリーニだ。
本人は否定するが、ドの付くムッツリスケベである。
また、盗さ……写真撮影が非常に上手い。彼の撮った写真は高価で取引されるほどだ。
変わった友人達だが、僕はそんな彼らと過ごす毎日が楽しい。
学園を卒業しても、こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
と、そこで担任の教師である鉄人が来たので、自分の席に着く事にした。
△▼△▼△▼△▼
──場所は文月学園から変わり、とある廃れた建物内。
そこには、バラのタトゥーを額に入れた妙齢の女がいた。
その女は言う。
『さあ、ゲゲルを始めるぞ』
周囲に誰も居ないにも関わらず、しかし大勢に聞かせるように発せられた、日本語ではない女の掛け声。
それは、確かに大勢に聞き届いていた。
どこからともなく現れた、蜘蛛と人が合わさったような異形。
床を突き破って現れた、キノコと人が合わさったような異形。
空から舞い降りて現れた、コウモリと人が合わさったような異形。
他にも、数十を越える数の異形が、女の下へと集った。
異形達が、やはり日本語ではない言葉で言う。
『やっとゲゲルが始まったか。待ち長かったぜ』
『早速始めてぇ! リントを殺しまくってやる!』
異形達の思い思いの言葉に対し、女は簡潔に答える。
『慌てるな、まずはルールの説明を行う』
女は一息置く。
『今回のゲゲルだが、ルールを変則的にする。べ、ズ、メ、ゴの階級からそれぞれ5人が代表してゲゲルを行う』
女の説明に、異形の1体が異を唱える。
『おいおい、ちょっと待てバルバ! つまり合計して、たった20人しかゲゲルに参加出来ないって事かよ!? せっかく楽しみにしてたってのに、そりゃないぜ!』
バルバと呼ばれた女は、その言葉に対し面倒そうに答える。
『文句ならダグバに言え。これは奴が言い出した事だ。もっとも、言った後で生きているかは分からんがな』
『くっ……』
余程ダグバと呼ばれた存在が恐ろしいのか、異形達は押し黙る。
そんな中、一体だけバルバへ質問を投げ掛ける異形がいた。
『何故、ダグバはそんな事を?』
『簡単だ。全員のゲゲルが終わるまで待ち切れないそうだ』
『……ダグバらしいな。仕方ない、今回は納得しよう。……だが、次は全員参加にしてくれよ』
『ダグバがその気になればな』
あっさりと納得した異形に、周囲の異形達が異を唱える。
『おい! そんな簡単に納得して良いのかよ!?』
『そうだ! せっかくのゲゲルに参加出来ねぇなんて、我慢出来るわけねぇだろうが!』
『では聞くが、お前達にダグバを説得出来るか? ダグバを説得するにはそれ相応の力が必要だと思うが』
皆、一様に顔を伏せた。
『俺達ではダグバには敵わない。結局、弱者は強者に従うしかないんだよ』
『クソッ!』
その異形は悪態をつくと、近くにあった空き缶を思い切り蹴り飛ばした。
バルバは唸りながら部屋の隅まで飛んでいく空き缶を目で追いながら、周囲の異形達に聞こえるように呟く。
『……参加出来ないと嘆くのは勝手だが、私は序列5位以上のみが参加出来るとは一言も言っていない。実力を示せば良いものを……』
バルバの呟きを聞いた異形達が、皆勢い良く顔を上げた。
『バルバ、そいつはつまり……』
『何の事だ? ……そういえば、お前達は気が立っていたな。お前達の事だ、喧嘩でも始めるのだろうが……私は別に止めん。──例え死人が出てもな』
『『『『!!』』』』
その瞬間、異形達は互いの命を奪う為、己が全力を以て拳を、牙を、爪を、武器を振るった。
全ては、ゲゲルという儀式に参加する為に。
『これでゲゲルが早く進むな。……だが、簡単に終わってしまっては面白くない。難しいからこそ、ゲゲルは面白い』
バルバは、いつの間にか手にしていた物に声を掛ける。
『そうだろう? ──なぁ、クウガ』
ねっとりとした笑みを、携えながら。
石のベルトは、何も答えない。
『フフフ、今回のゲゲルも愉しくなりそうだ』
それはとても愉しげで、しかしどこか背筋の凍る嘲笑い声だった。
その声は、喧騒の中に混ざって溶けていった。
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