亡霊&坊ちゃん 『悪霧』   作:マチカネ

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 次元大介と石川五右エ門と銭形警部の登場。


第2章 霧

 戸巣見島にある宿屋の2階。

「平和だね」

 窓辺から風光明媚な景色を眺めている次元大介。たまには、こんなのんびりな日々もいい。

 堂々とレベッカは、ここで映画を撮影すると記者会見で発表。ルパン三世に見せるのが目的だろう。

 一応、次元大介たちは休暇がてら、戸巣見島に来てみることにした。

 部屋の中には斬鉄剣を持って、座っている石川五右エ門。

「やべっ」

 慌てて窓辺から帽子を押さえて身を隠す。

「如何した?」

「銭形だ、銭形がいやがる」

 窓辺から様子を伺う次元大介の視線の下には銭形警部。のんびりな日々は、ここで終了。

「本当でござるか」

 うまく隠れたと思ったが、甘かった。銭形警部は宿屋の窓を見ると、ニヤッと笑って乗り込んでくる。

 

 突然、乗り込んできた銭形警部を女将は制したものの、

「私はインタポールの銭形警部だ」

 身分を明かし、警察手帳型パスケースを見せて身分を証明し、事情を説明すると、女将は次元大介と石川五右エ門の部屋を伝えた。

 

「逮捕だぁぁぁぁぁぁぁぁルパン!」

 襖を開け、飛び込んでくる銭形警部。

「おいおい、今回は予告状も出していないのに、よくここが、解ったな」

 いつでも窓から逃げ出せるように身構える次元大介。今回は泥棒をするために、ここへ来たわけではない。したがって、予告状は出しておらず。

「ハハハッ、どこにルパン三世がいようが、私には解るのだよ」

 まるでルパン探知機てある。

「おや、ルパンはどこだ?」

 部屋を見回してもルパン三世の姿は見えない。

「今回は別行動だよ」

 今にも窓から飛び降り、逃げようかと次元大介。今にも飛びかかろうかと銭形警部。

 一番、最初に異常に気が付いたのは石川五右エ門であった。

「あの霧、妙でござる」

 何のことだろうと、次元大介と銭形警部も窓の外を見てみる。

 窓の外には、いつのまにが霧が迫りつつあった。

 次元大介と石川五右エ門も銭形警部も、只者ではない。一目で霧が尋常なものでないのは解った。

 まるで生きているかのように霧は蠢き、たまたま歩いていた通行人を包み込む。

 たちまち、巻き起こる悲鳴。

「なんだ、何が起こったのだ」

 ルパン三世たちを捕まえるのが仕事ではあるが、市民を守るのも仕事。

 何が起こっているのか、霧が邪魔して見えず。碌でもないことが起こっていることだけは確か。

 泥棒と警察、そんなことに拘っている状況ではない。

 怪しい霧を目を細めて石川五右エ門は見つめる。

「霧の中に、何かがいるでござる」

 

 

 

 1階のロビーでアクションシーンのリハーサル。

 唸るジェイコブの拳が飛び交う。それをヒョイヒョイとライは躱す。

「あらあら、あのゴリラちゃん(ジェイコブのこと)、ライくんのこと本気で殴ろうとしちゃってるわ」

 レベッカだけでなく、本気でジェイコブがライを殴り倒そうとしているのは誰の目から見ても明らか。

「確か彼は学生のころ、ボクシングをしていました」

 ロブソンがプロフィールを見た時、確かにその履歴が乗っていた。言われてみればジェイコブの戦闘スタイルはボクシングそのもの。

 ロビーの面々に不安が走る。あのジェイコブのこと、リハーサル中の事故ということでライにケガさせ、病院送りにすれば、再び自分に主役が回ってくる。そんな浅はかな考えを持っていることなど、火を見るよりも明らか。

「ねぇ、止めないの」

 いつまでも中止を宣言をしないジャスティンに、不安になったクリスティーンは思わず一言。このままではライは潰されてしまう。

「その必要はない」

 きっぱりと断る。

 クリスティーンをはじめ、女性陣が抗議しようとしたら。

「止める必要はない。完全にライは攻撃を見切って、躱している。それも余裕で、な」

 言われて女性たちは確かめてみる。

 確かにライは、簡単にジェイコブの攻撃を躱していた。

「あいつはライの顔ばかり、目がけて攻撃をしている。見切るのは容易い」

 それだけではない、ロブソンには解った。ライが素人ではないことを。単に護身術を学んでいるというレベルではない。

 

 全く攻撃がヒットしない。ますます、ジェイコブをイラつかせる。

「!」

 いきなり、ライは隙を見せた。

 今だ! ジェイコブはライの顔面を目かけて、体重の乗った拳を放つ。

 この時、ジェイコブの脳裏には顔面を砕かれたライの姿が映っていた。

 

 ハッとしたとき、ジェイコブは、何故、自分が天井を見ているの理解できないでいた。

 やっと、投げ飛ばされたんだと解った途端、背中に痛みが走り、おもいっきりの咽る。

 

 反射的にジェイコブを投げ飛ばしてしまったライ。そんなことより、今は確かめなくてはならない。先程、感じた異様な気配の正体を。

 皆が唖然と、見ている中、外を確かめるため、ロビーの大きな窓の前へ。

 ライに遅れること、数秒、ジャスティンも気配に気が付き、外の様子を確かめるために窓に向かう。

 その後、ロブソン、レベッカが続く。

 クリスティーンたちは、何が起こったのか理解が出来なかった。

 まだ、ジェイコブは起き上がれない。

 

 

 

 外で、黙々と作業を行っているアルバイトたち。

 巨漢の進は重い荷物を持ち上げ、運ぶ。見た目通りの力持ち。

 長い材木を来人が持ち上げようとしたら、ふいに軽くなる。

 何だろうと後ろを見てみたら、みのるが材木の端を担いでいた。

「ありがとう」

 素直にお礼を述べると、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

 来人とみのるが材木を運び終える。次の材木を運ぼうとしたら、

「なんすか、この霧は」

 廃ホテルに入ってくる霧。なんだろうと進が確かめようとした。

「だめだ! その霧に近づいちゃいけない」

 経験によって、磨かれた来人の感性が、霧の危険を知らしめす。

「なんすか?」

 立ち止まった進が来人たちに顔を向けた瞬間、霧の中から昆虫を思わせる大きな腕が伸び、進を掴む。

 進が悲鳴を上げるより早く、走り出した来人。走りながら、並べられた鉄パイプを一本手に取り、大きな腕の関節を叩き壊す。

 関節を破壊された大きな腕は進を落とす。その大きな体がクッションの役割を果たし、ケガはなし。

 さらに追撃を躱そうとしたら、大きな腕は霧の中に引っ込んだ。

 辺りで悲鳴が上がる。見回してみれば、霧から伸びる、毛むくじゃらの手、棘のある手、まだら模様の手、ぬめぬめした触手、緑色の蔓などが、アルバイトたちを捕らえ、霧の中に引きずり込んでいく。

「くっ」

 助けようにも、数が多すぎる。

 廃ホテルの玄関のドアが開き、

「みんな、早く、中に入るんだ!」

 ライの呼びかけで、恐怖で硬直状態だったアルバイトたちは我に返り、一斉に廃ホテルへ。

 腰が抜けて、すぐに動けない進の両端を来人とみのるが、担ぎ、廃ホテルに飛び込む。

 全員が入ったのを確かめると、ライはドアを閉じる。

 まるで生き物のように霧は迫ってきて、閉じられたドアにあたり、上下左右に霧散。

 

 

 

 すでに廃ホテルの周囲は霧に包囲され、1メートル先も見えない。

 ホテル内の人たちは携帯電話を取り出し、救助を呼ぼうとするが、通じない。お約束。

 エキストラやアルバイトの中には、戸巣見島で雇われた人もいて、その人たちの携帯電話は通じた。

 家族、親戚、恋人、友人、知人に連絡が付いたものは、ホッと胸をなでおろす。

 どうやら、島の内部なら連絡は取れるようだ。

 連絡が付いた相手も同じような状況で、周囲を霧に覆われ、家などの建物内に閉じこもって、外にて出れない。

 島の出身で相手に連絡の取れないものは、相手に何かあったのではと不安に陥る。

 

 レベッカも携帯電話を掛けるが通じず、一旦、切って、再度、掛けるとロブソンの携帯が鳴る。

 出てみると、やはり、相手はレベッカ。

「やっぱり、島の中しか通じないわね……」

 携帯電話を切ってから、冷静に状況を分析。こんな時に慌てていたら、余計に状況を悪化させるのみ。

 唐突に携帯電話が鳴る。すぐに出る。

『ようお嬢さん、無事のようだな』

「次元!」

 電話の相手は次元大介。

「ルパン三世はいるの?」

『おいおい、お嬢ちゃん。いきなり、ルパンかよ」

 笑い声が、向こうから聞こえてくる。レベッカの頬の色は桃色。

『ここにはルパンはいねぇ、ここにいるのは五右エ門と銭形だけだ』

「銭形警部もいるの? おかしな組み合わせね」

 追う者と追われる者の組み合わせ、奇妙な取り合わせ。

『状況が状況だからな、一時的に手を組んでるだけだ』

 次元大介たちも心配して掛けてきた。イタリアではいろいろあった仲。

 電話の相手が、銭形警部に変わる。

『その様子だと、そっちにもルパンはいないのだな。うむ、あいつが女性を放って置くことなど、ありえないのだが……』

 長年、ルパン三世を追っているから、ルパン三世のことをよく知っている。ましてや、偽装とはいえ、レベッカとは結婚した間柄。さらにレベッカはルパン夫人の座を宣言したのだから。

 ふと、レベッカに嫌な考えが走る。もしかしたら、峰不二子のもとにするのではないかと。

 レベッカは峰不二子はルパン三世を巡るライバルと認識している。

 

 

 

 何度、携帯電話を掛けても繋がらない。

 支離滅裂な罵声を浴びせ、ジェイコブは携帯電話を床に叩きつける。八つ当たりされた携帯電話は木っ端微塵。

「あーあー」

 思わずアーネストは声を漏らす。

 

 

 

 両目を閉じると、ジャスティンは靴の踵で床を叩いて音を反響させる。その反響によって、周囲の状況を把握する。エコーロケーションという蝙蝠やイルカの持つ能力。

「囲まれているな……」

 霧のことだけではない。人でもない、また動物でもない、霧の中に何か得体のしれない何かがいて、そいつらにも廃ホテルは包囲されてしまっている。

 ふと、横を見たら、来人も瞳を閉じて、窓ガラスに手を触れていた。 目を開くと、

「モンスターに囲まれている」

 と一言。

 まじまじと来人を見るジャスティン。

 見た目は中学生ぐらいの子供が、ジャスティンと同じように廃ホテルが得体のしれないものに包囲されていることに気が付いたのだ。

「囲まれちゃってるよ、こいつらは化け物としか呼べないな……」

 ジャスティンの耳にライのセリフが飛び込んでくる。視線を向ければジャスティンとは違い、両の目を閉じはいない。

 ジャスティンはライと来人を見る。2人ともエコーロケーションとは違うが、何だかの方法で周囲の状況を把握した。

 ジャスティンは確信する、ライも来人も、見た目通りの子供ではないと。

 

 

 

「電話が通じなかったら、直接、島を出りゃいい。霧が濃かろうが、港までは遠くない。どうせ、ただの霧じゃねぇか」

 ジェイコブの大声に、ライ、来人、ジャスティンは一斉に顔を向ける。同じ思い、これは、ただの霧じゃないぞ。

 3人とも注意をしようとしたが、見た目は、一番、年長者のジャスティンが片手で2人を制す。

「辞めておけ、お前が無事に島を脱出できる確率は0%だ」

 何をと食って掛かろうとしたが、ジャスティンに睨まれ、引き下がった、役者が違い過ぎる。

 

 

 

 階段に座って来人は、状況を整理していた。霧や霧に潜むモンスターは【外】の匂いがする。

 だとしたら……。

「少しいいか」

 ジャスティンが話しかけてきた。

「どうして、霧の中の奴らのことが解った?」

 顔は怖いが、敵対心は持っておらず、むしろ、娘と同じぐらいの背格好の来人に対しては、親近感に近いものがある。

「気配を感じたんです」

 素直に話す。

「そうか……」

 引退したとはいえMI6のエージェント。ウソは見破れる。

「でも、ライさんは、どうして、解ったのかな?」

 それは来人にもジャスティンにも解らない。ただ、気配を呼んだのでもない、エコーロケーションとも違うことだけは確か。

 

 

 

「くちゅん」

 三角巾を頭に巻き、割烹着を着たライがくしゃみ。

「あら、可愛いくしゃみじゃない」

 横にいたレベッカ。派手なエプロンを着ている。

 ここはホテルのキッチン。廃墟も同然だったが、ホテルのロビーや部屋をリホームする際、ここも使えるようにした。

 このような状況、腹が減っては戦が出来ぬ、食事は、何よりもの癒しになる。ロブソンは皆に食事を用意しようとした。人数が多いので、ライも手伝うと。

 他にも進を始め、料理ができるという人が手伝いを名乗り出る。

 意外だったのはレベッカも名乗り出たこと。

 さっき想像してしまった、ルパン三世と峰不二子。少しでもルパン夫人の座を近づけるため、料理を身に着けようと決心。

 

 中華鍋を躍らせ、直火で野菜を炙る。進は調味料を手に取り、的確な味付けをする。

 料理の心得は進にはあるし、自信もある。チラッと周囲を見て見ると、女性陣は誰一人、彼の鍋さばきを見ていない、誰一人として。

 落ち込みながらも、もくもくと料理を続けている進を慰めるみのる。

 軽快なリズムの包丁さばきで、まな板の上の野菜をライは刻む。

 細かく刻まれている上、形も揃っている。

「すごい」

「かっこいい」

「流石はライちゃん」

 女性陣の黄色い声援。

「母さんから、男も料理が出来なくてはならないって、みっちり仕込まれたからね」

 今は亡き母親の思いで。

 

 切ったニンジンを持ち上げてみたレベッカ。見事に皮一枚で繋がっていた。

 男に負けた。ムキになって、もう一本のニンジンを切ろうとする。

 包丁を振り下ろそうとした時、その手を掴むライ。

「そのまま、降ろしたら、指を切っちゃうよ」

 自然にレベッカの背後に回り、

「包丁はね、こうやってもって、こう使うんだよ」

 母親に教えられた時と同じように、丁寧に包丁の使い方を教える。下心無し。

 少し頬が桃色になる。

 これはルパン三世と同じジゴロスキル。でも決定的な違いは意図してやっていることと、意図してやっていないこと。

 ただ、ある意味、後者のほうが凶悪かもしれない。

 

 息を切らせ、クリスティーンがキッチンに飛び込んでくる。

「大変よ! ジェイコブたちが、外に出て行っちゃったわ」

 

 

 

 話によれば、ジェイコブが、こんなところにも埒が明かないと言い出し、男なら、ここは打って出て、戸巣見島から脱出するべきだ主張。

 何人かの男が賛同。クリスティーンたたちは止めたが、聞く耳を持たず、アーネストともに出て行ってしまったと。

 

 

 

 話を聞いた来人。何も言わずに玄関のドアを目指す。

 その肩を掴むジャスティン。

「放っておけ、俺は警告した。それを無視したんだ、どうなろうが自己責任だ」

「ジャスティンさんの言うとおりだよ。今、行けば二重の犠牲になる。それだけは、何としても避けなくてはならない」

 冷たく聞こえるが、ライの言ったことは正論。

 来人にも頭では解っていた。でも気持ちが付いていかない。

「酷な言い方ですが、これは自業自得です。そんな者たちのために、誰かが犠牲になることはありません」

 きっぱりと言い切るロブソン。

 他の者は何も言わないが、目が同意だと語っていた。

 こんなれば、来人も諦める以外の選択肢はない。

 

 

 




 ライがジェイコブを投げ飛ばしたエピソードは、1人の柔道家が植芝盛平(うえしば もりへい)に喧嘩を売った時の話をもとにしております。

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