瓦礫の中で目が醒める。
(これは、あかん……。気を抜いたら一瞬で意識飛んでくな)
はやては胸元のデバイスを杖に変形させる。
「こお、れ……」
杖を壊れた蛇口のように血を吐き出す腹部へと向けて、凍結魔法を発動して簡易的に傷口を凍らせる。十分な処置とは言いがたく、シャマルの手を大いに煩わせることとなるが文句は言っていられない。
「こほっ、時間、ないな……」
血反吐が上がってきたのをなんとか吐きだしながら、自分の最も信頼を置く騎士たちへと念話を送ろうとする。
(あかんな、結界のせいで妨害されとる。そないな遠くまで念話が飛ばせへん)
腹部が絶え間なく痛みを訴え、気が狂いそうになる中必死に今の状況を打破する為に思考を続ける。
(距離的に、あそこが、限界か……。くそ、ここほんま田舎やな管理局支部でもここに来るまで一時間以上かかる)
はやてがぎり、と歯を噛み締めて、最後の魔法を発動した。
(説明する力は、あらへん。言うんは一言だけや)
デバイスの助けを借りて結界の中から結界の外へ。ピンチの人間から、助けられる人間へ。大人から、子供へ、念話が送られる。
────ファビアを助けたって。
その念話を最後にはやての意識は闇に飲まれた。
黒い拳が振り下ろされて、鈍い音が辺りに響いた。
「──?」
拳を振り下ろした白いフードが首を傾げた。確かにクロゼルグ向けて叩きつけたつもりだったのに、白いフードの拳はコンクリートを砕くにとどまっていた。
首を傾げた白いフードの背後にいくつかの気配が現れていた。
「ファビアさん、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうび……」
「全然大丈夫そうじゃないですよっ。クリス、回復魔法いける?」
どうやら白いフードはファビアを殴る直前で誰かにさらわれてしまったらしかった。もう動けないと踏んで警戒を怠ったが所以のミスだった。
金髪の少女はファビアを治療しながら、白いフードの視線を遮るようにして立つ緑髪の少女へと声をかける。
「私たちはファビアさんが危険域を脱したら離脱します」
「ええ、そうしてください。はやてさんは?」
「今ヴィクトーリアさんからはやてさんと結界の外に出たって連絡が来ました」
緑髪が安心したように小さく息を吐いた。
「ナハトヴァール……。さっきの今で現れるとは、流石に予想外でした」
「誰?」
白いフードが首だけ振り返り、自分を見据える緑髪へと言葉を投げかける。
緑髪の女性──アインハルトは、既に防護服に身を包み、凛とした態度で自らの名を告げた。
「ハイディ・
白いフードがゆらり、と幽鬼の如く立ち上がる。
「そうか、お前が、覇王」
白いフード──ナハトヴァールの目が緑髪の覇王の背後のヴィヴィオの金髪と
「そして、お前は、聖王……いや、聖王女」
そして、ナハトヴァールはきょろきょろと何かを探すように辺りを見渡す。
「雷帝は、いない。まあいい。取り敢えず、二人、逃さないようにすれば」
そう言って、ナハトヴァールは右手を空にかざした。何事かと警戒したアインハルトには目もくれずナハトヴァールは、トリガーワードを紡いだ。
「堅固な檻を、アイアス」
ばちり、と黒電が走り、目に見えるほど確かに結界内が書き換わっていく。ほとんど現実世界と変化のなかった薄いものから、空を黒く染め上げながら明確に異界として世界を塗りつぶして行く。
「結界が黒く……?」
ヴィヴィオが首を傾げた。彼女にとっての大きなものは目に見える変化であり、色の変化とは最もわかりやすい違いだった。しかし、魔法のプロフェッショナルであるところの『魔女』クロゼルグは、いち早く現在の結界の脅威を理解した。
「何、この結界強度……。普通こんなのありえない。どれだけのデタラメな魔力と術式構成が必要だと……!」
「いったいどうしたのですか?」
「だって、こんなの張られたらもうっ!」
「クロッ!」
アインハルトがナハトヴァールへの警戒を緩めず背後のヴィヴィオの腕の中のファビアへと叫んだ。そこでようやくファビアがアインハルトの声に気がついた。
「……結界強度があり得ないほど高い。たぶん、もうこの結界はハッキングでも物理破壊でも出られない」
「あ、あの物理破壊でも、ですか?」
「……うん」
「どれ程の攻撃ならば破れるかはわかりますか?」
「アインハルトやヴィヴィオが、どれ程の攻撃魔法を持ってるかは、知らないけど……少なく見積もって、
そして、ファビアはそこまで言って力尽きたように気を失った。
術式難度S級の収束砲撃。管理局のエース級魔導師レベルがようやく使えるような超高レベル魔法。ヴィヴィオの母である女性の使う『スターライトブレイカー』などが、該当し一発で戦局をひっくり返す性能を秘めている。そんなものが、少なくとも十発必要だと、ファビアは言った。
生憎、術式難度S級レベルの破壊力など格闘家のアインハルトが持ち合わせているはずもなく、ヴィヴィオもそうだった。
「そうですか、なら方法は決まってしまいましたね」
アインハルトが左手開手右手握手の構えをとった。
「ヴィヴィオさん、クロを頼みます」
「アインハルトさんまさか……」
「ええ、
じゃり、とアインハルトが地面を踏みしめる。すると、ナハトヴァールは両の腕を上げて、黒い魔力を腕に纏わせた。
「ーーー」
アインハルトは、なんだかその魔力の雰囲気を知っているような気がした。
だが、すぐに気のせいだと切り捨てて、ナハトヴァールと相対する。
「覇王流、アインハルト・ストラトス、参りますッ!」
ズ、と地面が蹴られアインハルトの体が弾丸のように飛び出した。一瞬でナハトヴァールとの距離をゼロまで詰めて、全力の右ストレートを叩き込む。しかし、ナハトヴァールはそれを体を後ろへとそらすことで容易くかわして、カウンター気味に拳を振るう。黒い魔力に覆われた右腕にガードは危険だと判断して、サイドステップで横に逃げた。そして、軽いフェイントを挟みながら、ナハトヴァールの顔を狙う。
それを煩わしそうにナハトヴァールがかわして、水平に薙ぐようにアインハルトの腹部へと蹴りを放つ。拳を放ち、体が前に流れていたところへの蹴り。流石にいきなりかわせるほど器用ではないため、なんとか腕のガードを挟み込んだ。みしと蹴りが腕に食い込んだが、その勢いに逆らわず、むしろバックステップのタイミングを合わせることで、後ろへ跳んだ。
アインハルトの体が吹き飛ばされるように後ろへ向かった。
距離ができ、そこでアインハルトがこれからの攻め方を思案するために息を吐いた。そして、当然のごとく息を吸おうとして、
「な、ぎっ!」
息を吸って吐く、その一秒にも満たない時間に割り込むようにして、ナハトヴァールは黒い腕を振るった。周囲の魔力を消し飛ばしながら、アインハルトの腹に拳が炸裂する。ナハトヴァールの黒腕は、堅固な防護服を消し飛ばしながら、拳が振り抜かれていく。耳に、みしみし、と体の内部から軋むような音が聞こえる。
そして、殴り抜かれて、アインハルトの体が地面を転がっていく。受け身を取りながら体幹の力で体を起こし、また一息つこうとして、割り込むようにしてナハトヴァールが現れる。
アインハルトが慌ててガードを固めると、それとほとんど同時にナハトヴァールの黒腕が防護服を削りながらアインハルトを叩く。
(これは、まさか
呼吸を盗む、という技術がある。人の呼吸の間の意識の死角に回り込み、相手に悟られる事なく動く、というものである。言葉にすれば簡単だが、その難易度は驚く程高い。人の息など、かかる時間は一秒にも満たない。そんな僅かな時間の、呼吸の切り替わる意識の間などと、認識できようもない間に割り込んでみせる技術。そんなこと、アインハルトには真似できず、知識の上でしか知らないものだった。
(技量が思った以上に高い……。これは私やエデル級、いやそれ以上……?)
アインハルトの脳裏に勝てるのか、という疑問が浮かんだ。今のところ自身にクリーンヒットはなく、既にナハトヴァールには何発も攻撃を食らってしまっている。
明らかに技量が己を超えた域にいる相手に、アインハルトの心が怖気付く。
黒腕が振るわれる。もうこれ以上のガードは腕へのダメージが深刻になると判断して、黒腕の軌道上に極小の高硬度シールドを形成し、押しとどめることで時間を稼ぐ。そして、ナハトヴァールの射程外にでて、
アインハルトが、踏み込みとともに力を関節を通して右拳へと力を集める、簡易的な断空拳でナハトヴァールに殴りかかる。ナハトヴァールはそれを黒腕で弾きながら、感心したように声をあげた。
「呼吸を読めない、ように、息をとめたのか。悪くない、考え」
「ーーー」
「でも、いつまでもつ?」
殴り、かわし、蹴り、弾き、そうした攻防を行いながら、ナハトヴァールがさらに攻撃の回転を上げていく。
息を止めていることにより呼吸を読まれ不意をつかれることは無くなったものの、息ができなければ体力は回復できず、意識は鈍化する。
今まで弾けていた攻撃が守りきれず、アインハルトの体に抉るような傷が加速度的に増えていく。怪我をした先から融合型デバイスアスティオンにより治癒を行うが、それでもダメージを補いきれない。
「しまっ────」
「
そして、ついにアインハルトが自分の顔を狙う黒腕を弾き損ねた。今まで散々防護服を削ってきた高密度収束された魔力が、アインハルトの顔を狙う。堅固な防護服を触れるだけで消し飛ばしてきた黒腕。そんなもので顔を殴られればどうなるかなど、考えなくてもわかる。
(なんとか、回避を──)
必死に回避しようとステップを刻もうとして、ナハトヴァールがアインハルトの爪先を踏み潰した。めしり、という何かが折れた音をおまけに、地面へと体が縫い付けられた。がくん、とアインハルトの体が揺れる。
そして、アインハルトの顔に黒腕が炸裂する。
「ジェットステップッ! そして、アクセルスマッシュッ!」
寸前、虹の閃光が走り、黒腕を弾き飛ばした。
「ヴィヴィオ、さん……」
「大丈夫ですか、アインハルトさんっ!」
アインハルトとナハトヴァールの攻防に割り込んだヴィヴィオは、そのまま蹴りを叩き込んでナハトヴァールを吹き飛ばした。
伸ばされたヴィヴィオの手をとってアインハルトが立ち上がる。どうやらアスティオンが治癒を頑張ってくれたらしく踏み潰された爪先は、少しのしびれを残すだけで概ね問題ないと言えた。
ふう、とアインハルトがようやく息をつく。
「ヴィヴィオさん、ナハトヴァールの動きを止めます。協力してくれますか?」
「勿論です! 最後は、あの人?」
「ええ、あの人に任せます」
緑髪の覇王と、金髪の聖王が、並び立つ。
そんな何気ないことにアインハルトは少しばかりの過去に叶わなかったことの虚しさと、それを大きく上回る喜びを感じた。
「行きますよ、ヴィヴィオさん!」
「わかりましたアインハルトさん!」
目と目が合わされて、同時に強く頷く。
アインハルトが駆け出すと同時にナハトヴァールも前に飛び出した。
「覇王、空破断ッ!」
アインハルトがそれを牽制するように
「邪魔」
しかし、ナハトヴァールは容易くそれを黒腕で吹き飛ばす。だが、アインハルトにとっては、それで目的は達成されていた。ナハトヴァールの視界を埋め尽くすような激しい旋風で生まれた死角に、ヴィヴィオが回り込む。
「ストラングルバインド! かーらーのー、チェーンバインド!」
かなりの強固な縛りだが、それでもナハトヴァールはしばらくすれば全てを砕いてしまうだろう。
故に、この作られた僅かな時間で勝負を決める算段を立てる。
だん、とナハトヴァールの左側からアインハルトが踏み込むと、足を起点に深緑の三角形の魔法陣が展開、拳に魔力を集中させていく。
ひゅ、と音を切るような踏み込みとともにナハトヴァールの右側から躍り出て、足元に虹色の魔法陣を展開した。そして、右拳に普段防御魔法に使っている魔力、その全てを収束させていく。
そして、二人の少女がナハトヴァールを挟んで、ほとんど同時に魔法を完成させた。
「真覇王断空拳ッ!!」
「エクシードスマッシュッ!!」
深緑と虹の拳がナハトヴァールに迫る。そのどちらも決着をつけるのに充分な威力を内包しており、バインドに縛られたナハトヴァールはガードできない。
「……ハッキング、完了」
ぱきん、と鈴のような音がして、手首と肘を固定していた虹色の輪っかが破壊され、ナハトヴァールの黒腕が自由になる。ヴィヴィオはあまりにも早すぎる破壊に驚き、なんとか軌道を変えようとしたが、勢いのついた拳はやすやすと変えれるものではなく、そのまま黒腕へと向かう。
必殺の一撃が、ナハトヴァールの黒腕に受け止められる。
「残念、だった」
深緑も虹も等しく黒い魔力に塗りつぶされていく。「真覇王断空拳」「エクシードスマッシュ」。どちらも二人にとっては最後の切り札に近い技。しかし、アインハルトもヴィヴィオも自分の攻撃が受け止められて、不敵な笑みを浮かべた。
じゃらり、と魔力の鎖が現れ、ナハトヴァールとアインハルトとヴィヴィオを強固につなげた。ヴィヴィオの虹の鎖はエクシードスマッシュを打った右手を基点に右半身を。アインハルトの緑の鎖は断空拳を放った右手を基点に左半身を。
「残念? いいえ、違います」
「私たちは、最初からこれが目的でした。その為に、手首と肘のバインドは強度を下げてたんですから」
「何、を…………?」
ナハトヴァールは体を動かすが、鎖は堅固で全く砕けそうにない。
ヴィヴィオもアインハルトもナハトヴァールを縛り付けるのが目的だった。ならば、ナハトヴァールを倒すのは一体誰なのか。その答えはただ一つ。
「後は、任せましたよ」
「凄いの一発お願いしますっ!」
二人の言葉に、答える声が一つ。
「ああ、後は
突如、
最初から結界に入って気配を殺し、怪我したファビアを遠くから眺め、アインハルトがやられても信じて見守り、ただただこのチャンスだけを待つという屈辱に耐えてきたジークが、現れる。
ジークの脳裏に結界に入る直前のヴィヴィオとの会話が思い起こされる。
─────
「ジークさん、お願いがあるんです」
「
「はい。ジークさん、これから結界に入る時隠れててくれませんか?」
「え、なして? 八神司令の念話の感じ強い人はおった方がええんちゃう?」
「現状、相手の力はわかりません。でも、Sランク魔導師のはやてさんを倒しちゃうような相手なんです」
「でも、ハルにゃんやヴィヴィオちゃんを危険に晒すのは……」
「私の買いかぶりだったらそれでいいです。でも、そうじゃなかった時のため、切り札としての存在がいると思います。だから……」
「わかった。もうええよ。
「ありがとうございます。私、ジークさんのこと信じてますっ!」
「おー、任せときー。最後は
─────
「鉄腕、解放」
全てを削り取り、消し飛ばす。それが、『黒のエレミア』の『鉄腕』。外敵を討ち亡ぼすためのジークの腕。それは何度もジークを苦しめてきた呪いの証。
何度も涙を流した。何度も傷つけたくないものを傷つけた。何度も、何度も後悔した。
それでも、今この瞬間友を守れる為に使えるならば、ジークの呪いは無駄ではなかった。
ジークがバインドで雁字搦めのナハトヴァールの正面で踏み込んだ。狙うは、胸部。エレミアとしての戦闘経験が、そこが弱点であると訴えていた。
「
『黒のエレミア』としての極地の一撃が内包された腕を、最も慣れた状態の拳として放つ。一撃で胸部のコアを打ち抜き、倒す為に。
鉄腕が風をきって進む。そして、ナハトヴァールが直前ではったシールドも消しとばしながら、ナハトヴァールの思いのほか柔らかな胸部を殴りぬいた。
そのタイミングでアインハルトとヴィヴィオはバインドを解除。そして、衝撃に耐えきれなかったナハトヴァールの白いフード姿が吹き飛んでいく。
「な、なんとかなった……」
「そうですね、本当に綱渡りでした」
「はあ、はあ、はあ……そ、そやね……」
そして、残ったのは荒い息で振り抜いた拳を下ろしてへたり込むジーク。そして、ダメージのあまり思わず膝をついたアインハルト。魔力を一気に使いすぎてふらふらのヴィヴィオ。
何か一つでも要素が決まらなければ入らなかった一撃。ヴィヴィオの立てた案が本当に奇跡のようにハマって、叶った作戦だった。
「まあ、何はともあれ良かった良かった。さーて、魔女っ娘でも回収してさっさと帰らなあかんなぁ。きっとヴィクターも心配しとる」
よっこらせ、と比較的疲労の少ないジークが立ち上がってファビアの下へ歩いていく。そして、気を失って倒れているファビアの頰をペチペチと叩く。
「早よ起きや、寝坊助」
「うる、さい……エレミア。女って気づかれてないくせに……」
「いや、なんの話やねん」
ジークがファビアの頭にチョップを入れると、ようやく寝ぼけていたファビアの意識がしっかりし始める。
「ナハトヴァール、は……?」
「倒したで、魔女っ娘寝とる間に、
「嘘、あのナハトヴァールを……?」
「はっはっはっ、褒めてくれてもええんやで〜、ふみゃ」
「顔が近い」
すごいドヤ顔で迫りながら煽ってくるジークの顔を手で押し返す。そしてファビアは、遠くにへろへろのヴィヴィオが手を振り、地面に腰を下ろしたアインハルトが手を振ってるのに気がつく。
そして、その先に土煙の中で砕けた民家があるのが見える。方向的にナハトヴァールが突っ込んだのだとファビアが推察する。
「ホントに、倒したの……」
「やからそうやって言っとるやん。ほら、さっさと結界から出るで。後は局員さんに任せよ」
「うん、そうだね……ねえ、ちょっと待ってさっきなんて言った?」
「ん? 魔女っ娘寝とる間に……」
「違うそうじゃない! もっと後! もういいバカミア!」
「ば、ばかみあ……?!」
ファビアが急に鬼気迫る表情で空を見上げた。その色は、青ではなく、絵の具で塗りつぶしたかのような黒色。
「エレミア! まだナハトヴァールは倒せてない!
「やから、それが────」
光が、走った。
「え?」
ジークが胸を抑えてよろめいた。びちゃびちゃと抑えた指の間から血が滴る。
「エレミアァァ!」
「ありゃ、おかしい、なあ……」
ジークが糸が切れた操り人形のように地面に倒れ伏した。ファビアは急いで回復魔法を発動し、ジークの傷を塞ごうとするが、ジークの背中から胸にかけて弾丸が突き抜けたような傷跡は、治癒阻害の魔法でもかけられたようになかなか治ろうとしない。
アインハルトとヴィヴィオがその光景を見て、弾かれたように弾丸の飛んで言った方向、つまり、土煙の向こう、吹き飛ばされたナハトヴァールのいる方向を見る。
煙の向こうで、人影がゆっくり立ち上がる。
「まあ、そこそこ、きいた」
がしゃん、と瓦礫が砕けるような音ともに人影が土煙の中から出てくる。
「でも、『鉄腕』としての練度は、まだまだ足りない。だから、
人影が、攻撃を受けてボロボロになった白いフードを投げ捨てた。今までフードに隠れていた顔がアインハルト達に晒された。
「さて、まさか、これで終わりじゃない、よね?」
そして、軽く腕を回してアインハルト達を見据えた。
「う、そですよね……」
ヴィヴィオの目が驚愕と絶望に見開かれ、口から言葉がこぼれた。先ほどの攻撃は完璧だった。おそらく、いまヴィヴィオ達にできる全力で、あれ以上のものはもうない、最強のコンボといっても差し支えなかった。
だが、ナハトヴァールには足りない。
ナハトヴァールには効かない。
ただ、力不足だった。ヴィヴィオ達では、どれほどの攻撃を放ってもナハトヴァールは倒せない。それが、事実で、現実だ。
「う、あぁぁぁぁ! ディバインバスター!」
ヴィヴィオがゆっくりと近づいてくるナハトヴァールに自棄のように高速砲撃を放つ。音に及ばず速度といえど、至近距離で撃たれれば避けるのは困難なスピード。
ナハトヴァールは、それに右手を合わせてみせる。
「
今まで唯の黒い魔力だったものが、ついに形を作る。ナハトヴァールの両腕に、ジークリンデとよく似た籠手が装着され、ディバインバスターを
「こういう、魔法、だな?」
そして、全く同じ黒い砲撃魔法を放った。
ヴィヴィオが、魔力の奔流をくらい、力なく崩れ落ちた。そして、助けを求めるように少し離れたところで座る、アインハルトに手を伸ばす。
「アインハルト、さん……?」
その言葉を最後にヴィヴィオの意識が落ちた。
しかし、アインハルトはそのことに気づきもしないし、返事をしない。ただ、呆けたように、ナハトヴァールの顔を見つめている。まるで、よく知る誰かの顔をそこに見たように。
そして、呟いた。
「えれ、みあ……? ヴィルフリッド・エレミアなのですか、
かつての、
そして、ナハトヴァールは、アインハルトのよく知る顔で、見下ろした。
「そうだ。
アインハルトが、今の現実を否定するように首を振った。
「嘘、です。彼女は、エレミアは、エデルとともに僻地に移り住んだ! ナハトヴァールに出会うはずがないんです!」
「現実を、否定して、どうする?
「その顔で、喋るなァァァァッ!!」
激昂したようにアインハルトが構えも何もなく、ただがむしゃらに殴りかかるが、そんな攻撃が通用するはずもなく、鼻っ柱に手痛いカウンターをくらい、吹き飛んだ。
地面に、這いつくばりながらアインハルトがナハトヴァールを睨む。
「そうか、得心行きました。貴方が、貴方がエデルの未練というわけですか。
それこそが、目の前の存在であると、アインハルトは直感的に理解した。
ぎり、と歯をんでアインハルトがボロボロの体に鞭を打つ。しかし、蓄積された攻撃と、先ほどの黒腕による一撃はアインハルトを立ち上がれないほどのダメージを与えていた。
それでも、立ち上がろうと足掻くアインハルトをリッドの顔をしたナハトヴァールが見下ろした。
「何故、そこまでする?」
「貴方を倒さなければいけなくなりました。他ならぬ、エデルのために」
「…………そうか」
「く、そ、体が……」
ナハトヴァールが拳を、鉄腕を振り上げる。
「ようやく、『覇王』を、この手に……」
そこまでしてようやくファビアがアインハルトの危機を察した。しかし、あまりの距離に助けにもいけない。それに、今ジークの元を離れればそれだけでジークは死亡する可能性があった。
ジークは瀕死。ヴィヴィオは気絶。アインハルトは満身創痍。そして、ファビアも動けない。
ナハトヴァールの拳がアインハルトに向かう。それは、避け得ぬ必殺であり、間違いなくアインハルトを死に至らしめるもの。
ファビアではどうすることもできず、アインハルトの力でも避けられない。
「た……けて……」
だから、ファビアの口からその名前が出たのは自然なことだった。
「たす、けて……ル」
きっと、その名前はファビアが今世界で一番信じている名前だったから。
「助けて、
そして、いつだって、彼はファビアの願いを聞いてくれていた。
「猛虎硬爬山ッ!!」
苛烈な赤が、地を走り。ナハトヴァールに一撃、否、高速の三撃を放った。
しかし、ナハトヴァールはそれを容易く打ち払って反対にカウンターを放った。
黒腕が苛烈な赤を殴り返し、吹き飛ばす。しかし、赤は殴られ吹き飛ばされながらも、アインハルトの襟首を掴んで後ろへと下がった。そして、ついでに遠くに転がっていたヴィヴィオを蹴りとばして、全員で安全圏まで離れてみせる。
「すまんな、遅れた、ファビア」
「もう、エデルは、いつも遅い……!」
苛烈な赤が、ファビアの隣でふっと笑ってみせた。その、見たくても見れなかった顔に思わず気が緩んで涙が溢れる。
「エデル、また、お前か……」
ナハトヴァールが苛立たしげにエデルを睨んだ。それなナハトヴァールを気にした様子もなくエデルは、相対してみせる。
「何度でも来るさ。貴様から、リッドを解放するまで」
「エデル、お前は、もう負けた。もう、戦える体ではない、はず」
「戦えるかどうかは、自分が決める事だ」
そういったエデルの戦闘服の袖から、血の雫が滴り落ちた。よく見れば、エデルの体には身体中に包帯が見え隠れしており、何時もの苛烈な赤の戦闘服も、ところどころ血が固まったように赤黒くなっている。
「もう、
「気にするな、アインハルト。ただ、一度負けただけだ。ただ、それだけだ」
「それだけって、エデル体が……」
「アインハルト」
アインハルトは体のあまりの痛々しさに思わず声をかけたが、それはエデルの猛禽の瞳に見つめられて、無理やりとめられた。エデルの瞳には底冷えするような冷たさが含まれており、それ以上喋れば殺すとまでいわんばかりだった。
「以前、言ったはずだ、忘れたか?」
────
「話すのは構わない。だが、その前に一つ約束してほしい」
「絶対にオレの目的に関わるな」
「今から言う事に、協力するな。止めてくれるな。他言してくれるな。オレと、関わってくれるな」
─────
「其れが約束だったはずだ、あの場での」
「────っ」
エデルはそれ以上何も言わずに血だらけの体を引きずって、ナハトヴァールへと向かっていく。
「エデル、待って! それじゃあエデルは死んじゃうよ!」
エデルの歩みが止まる。だが、ファビアの方を振り向くことはなくただ短く、
「ファビア、許せ」
そういってまた歩き出した。
ナハトヴァールとエデルが向かい合った。
「エデル、無駄だ。お前は、一週間前、既に負けた。アレは、致命傷だったはず」
「だからなんだというのだ。 今は勝てるかもしれぬ」
「……度し、難い、愚かさ」
ナハトヴァールが黒腕を構える。ヴィルフリッド・エレミアから奪い取った、黒い魔力を纏ったその腕を。
エデルが、
しかし、それでもエデルは身体強化をやめずナハトヴァールを睨んだ。
「さァ、歯ァ食いしばれ」
「……さァ、終わりを、始めようか」
黒と赤の姿が消えて、二人の距離のちょうど中心で拳が炸裂した。しかし、エデルの拳が、ナハトヴァールに押し込まれていく。
「今日こそ、
「今度は、もう逃がしたり、しない。今度こそ、息の根を、止める」
────エデルの因縁を断ち切るための、最終決戦が始まる。
なんか予定より一話増えそうだなとか思ってたり。
本文でもいってましたけど、因みに、エデルは既に一回負けています。まあ、ちゃんと次話あたりで書くのでわかんなくても気にしないでくだされ。
その代わりに私は