其の八極に   作:世嗣

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そして彼は人となる。



魔拳追憶

 

体から急速に力が抜けていく。

自分のもののはずなのに手足は鉛のように重く、冷たい。

 

「……ない」

 

意識に霞がかかったようで、耳に届く自分の声でさえ何と言っているか判別できない。

 

「し……たく……」

 

それでも消えない想いがある。

とうに切り捨てたと思っていた。それでもオレの中に残り続けた、愚かな淡い夢。

 

「死にたく、ない」

 

まだ何も知らない。

 

暗い洞穴。顔も知らぬ同士。冷血な師。そして、今もへばりつく生温かい赤いもの。

 

「死にたくない……!」

 

そんなもの生きていた印とは言えない。

オレは暗殺者であったとしても人ではなかった。

いつか見た何気ない親子の日常。彼らには当たり前のものでも、オレには決して届かぬ幻想(ユメ)

 

──人として生きたい。

 

それは遍く人々が当然に持つ『普通』。そして胸より出づるオレの原初の願い。

 

もう言うことの聞かない四肢を惨めにずりずりと引きずり朝露に濡れた草木の上を這っていく。

何処か目的地があったわけではない。それでも体を動かさなければ死ぬという確信があった。

 

通常、オレたち(暗殺者)は役目を果たせば其処で死んでも良いという心持ちが必要とされる。

だからオレのように意地汚く生き足掻くというのは暗殺者としては恥ずべきことだ。

 

一人一殺。

 

それがオレたちの価値で全てだ。

 

すとん、と体から力が唐突に抜けていった。まるでオレが操り人形で唐突に糸を切られたかのようだった。

視界から色彩が失われていく。わんわんと耳の中で音が反響して、ユメと現実との境が曖昧になる。

 

「……まだ死ぬわけにはいかない」

 

死ぬならば人になってからだ。人に使われるモノとしての死など享受できない。

その結果がたとえ酷いものだとしてもオレは人として死ぬ。

 

黒と白だけの世界で瞼を押しとどめ再び体を引きずる。

 

まだ何もできてない。

 

だから────、

 

「─────生きてみせる」

 

 

どれほど進んだかはわからない。

体力はとうに尽きて、気力すらも消えかけようとしていた。

 

その時、一つの影が目に入った。

 

世界から色が消えて長い時間が経つが、その世界でさえはっきりとわかる黒。

上から下まで黒に身を包み目深にフードを被っている。

 

「──ぁ」

 

助けを求めるべく必死に口を動かしたが、口からは絞り出すような呻き声が出るだけ。

もしかすると声は出ているのかもしれないが、耳がうまく働かない。

 

「──!────?」

 

黒が焦ったようにオレに駆け寄り抱き起こす。

 

「────」

 

何事かを言っているようだが何と言っている。

だが、オレはその声を聞き取ることができなかった。

耳が聞こえなかったわけではない、いや、実際に聞こえていなかったが、オレはただただ見惚れていた。

目深に被ったフードから覗くその瞳の美しさに。色がない世界でもわかる夜空のように美しい、黒。

 

──綺麗だ。

 

思わず口から言葉が出ていた。

 

死にたくないと足掻いた。何かに惹かれるように。

無様に体を引きずった。モノのままは嫌だったから。

体力が尽きても諦めなかった。人としてありたかったから。

 

そうして愚かに進んだ先に此れと逢えたならば、生き足掻いた甲斐はあったのかもしれない。

 

自分を覗き込む顔に手を伸ばす。

 

──ありがとう。

 

きちんと音に出せたかはわからない。

でも、自分を覗き込む瞳の大きさが僅かに大きくなったのだから、つまりはそういうことだろう。

 

そんなことを思いながらいつしか意識は闇に飲み込まれて────────。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

ぱちり、と目が覚めた。最初に目に入るのはここ数ヶ月見続けている白い天井。

枕元の時計に目をやればいつも起きる時間より一時間ほど早い。

ならば再び寝ようと思ったが、意識はすっきりと冴えていて眠れそうにない。

 

ため息をつき身を起こした。

 

少し早いが庭で型の確認でもしよう。日々鍛錬はしているがオーバーワークでなければ多めにしても構わないだろう。

 

そうしてベットから抜け出そうとするところで、ようやく左手が動かないのに気がついた。

訝しげに思い、自分の左隣を見ると布団の中に明らかに自分の左手を超えた膨らみがあった。

 

その布団から僅かに覗くくすんだ金髪を見て隠すことも無く大きくため息をついた。

 

ゆっくり起こさないように布団をめくれば無防備な寝顔を晒す幼い少女が一人。その手は自分の左手を強く掴んでいる。

 

「またか……」

 

頭を掻くと長く伸ばした赤髪がうっとうしく纏わりついてくる。

時計の脇に置いてある紐に手を伸ばして、荒く一つに結ぶ。

 

「さて、どうしたものか」

 

ファビアが自分の布団に潜り込んでくるのは何も初めてのことではない。

仕事で疲れて寝ぼけた時や、怖いテレビを見た時、後は()()()を見た時など、自分の承諾を取らず勝手に潜り込んでくる。

この幼い少女に劣情を抱くことは無いが、それでも褒められた行為ではないので止めろと言っているのだが。

 

「いつになったら治るのやら」

 

苦笑を浮かべて優しく金髪を梳く。

クロがオリヴィエみたいだと喜んでいた燻んだ金。

しかし、その()()はもういない。自分がファビアに切り捨てさせたから。

誰かと過去を共有したいという自分の身勝手のために、この幼い少女を()()()()にした。

自分は過去を捨てきれてないのに。

今でも()()として生き続けているのに。

それは、ファビアに言ったこととはまるで真反対の事であるはずなのに。

だが、自分の勝手を後悔してはいけないし、する事など許されない。

 

もう一度優しく髪を梳いた。

 

「ん……」

 

するとファビアがむずがるように自分の手を押しのけて、ゆっくりと動作で目を開いた。

 

「すまんな、起こしてしまったか」

「……いいよ、エデルなら、許す……」

 

眠そうな仕草で起き上がると自分の左手を掴んでいた手を離し目を擦り始める。

 

「おはよぉ……」

「ああ、お早う」

 

ようやく解放された左手で眠たげなファビアの頭を撫で、寝巻きから着替えるため立ち上がる。

 

タンスの中から適当に黒のジャージを取り出すと袖を通そうとして、思いたつ。

 

「おい、ファビア。いくら自分とは言え、乙女が(みだ)りに寝床に潜り込むものではない」

「だってそれは……」

「言い訳は聞かぬ」

「むぅ…………」

 

ファビアが不満そうに頬を膨らませる。

それを尻目にタンスの中の彼女の部屋着を取って投げつける。

ファビアが自分の部屋に勝手に置いているものだが、注意しても片付けないし、放り出しても次の日には元に戻ってしまうので諦めて好きにさせている。

 

「これは可愛すぎるからやだ」

「なら買うな」

「だってはやて(お姉ちゃん)が勧めてきたし」

「それは居候に拒否権はないなぁ」

 

八神はやてに最初こそ苦手意識を持っていたようだが、今ではお姉ちゃんと呼ぶくらいには懐いている。

その八神はやての勧めてくれた服だ。心底嫌なわけではあるまい。

そも、嫌なら自分の部屋にわざわざ置いたりしない。

 

ファビアが寝巻きを脱ぎ着替え始める。

所詮幼い体見て何か感じるわけではないが、一応目を逸らしておく。本当に何か感じたりしない。おそらく。

 

「エデル、もう良いよ」

「そうか、それは良かっ……なにしてる」

 

振り向くとファビアは寝巻きを脱いで自分の服を羽織っていた。いわゆる、『かれしゃつ』とかいう奴なのかもしれない。

 

「ふふん、どう?」

 

ファビアが大きな袖の中に隠れてしまった手をパタパタと振って感想を求めてきた。

その姿を上から下まで眺め、何も言わないと怒りそうなので取り敢えず感想を述べる。

 

「見てる此方がいたたまれん。服を着ろ」

「むぅ、そこまで言わなくても良いと思う」

「事実だ。年齢に釣り合った服を着ることだな」

「大人になったら覚えておいて」

 

ファビアが堂々と服を脱ぎだしたので再び目をそらす。

実は真っ白な肌や柔っこそうな太もも、薄く肉のついた鎖骨など実に目の毒だったのだが黙っておくことにする。

ずりずりと衣擦れの音が耳に届く。

 

「いいよー」

「本当であろうな」

「流石に同じ手は二度使わない」

 

それもそうか、と納得して後ろを向くと真っ白のワンピース姿のファビアが立っていた。

普段は黒基調のいかにも魔女という服を好むことが多い彼女が着ると非常に新鮮で魅力的に映る。

 

「似合ってるぞ」

「ありがとー」

 

自分の褒め言葉を適当に流し、大きく伸びをして、部屋を出て行こうとするファビア。

 

「もう行くのか」

 

早くないか?そういう意味を込めて尋ねる。

 

「お姉ちゃんもそろそろ起きてるだろうし髪梳かしてもらう」

 

エデルじゃできないしね、と続けられ、思わず苦笑して肩をすくめた。

ファビアとしては自分にしてもらいたかったようなのだが、生憎自分は不器用だ。そんな繊細なことはできない。

自分の拳は破壊するためのもの、髪を梳くなどという細やかな作業には向いていない。

 

ファビアが部屋の扉に手をかけ出て行こうとするとき、ふと思いついたかのように「そうそう」と此方を振り向く。

 

「昨日、追体験したよね、エデル」

「──ッ、な、何故……」

 

唐突に投げかけられた言葉に誤魔化すこともできなかった。

そんな自分にファビアは頰の筋肉を緩めるように優しく笑う。

 

「悪気は無かったんだけどね。昨日ちょっと部屋を覗いたらすごく苦しそうにしてミアの名前呼んでたから、ああこれは追体験してるなぁって」

 

説明していて少しバツが悪くなったのか少し口を尖らせて自分をちらりと視界の端で伺う。

 

「そう感じたら一人にしておけなくて、一緒に寝た。ごめんね」

 

ファビアの勝手だと思っていた行為は自分のためだった。

今までも幾度か一緒に寝た時、その半分ほどは自分の追体験があった日では無かったか。

もちろんそれだけが理由ではないだろうし、ファビアの勝手だという時もあったはずだ。

それでも、彼女が自分を思ってくれた、それは事実だ。

 

「……ファビア、自分は」

 

気づけば弁解するように言葉を漏らしていた。

情けない、許しを請うような声色。

 

「いいよ、別に謝らなくて。他でもない()()を捨てさせたエデルだからこそ許す」

 

今度は少し恥ずかしげに頬を朱で染める。

 

「だって私は、エデルがファビアを肯定したからここにいる。クロの呪縛(記憶)に囚われずファビア(わたし)でいるべきだと、貴方が言ったからここにいる」

 

ファビアが扉のそばから自分の方へと歩み寄る。

二人の間、およそ二歩分。

近いが触れ合うには僅かに遠い、そんな微妙な距離。

 

ファビア(わたし)がエデルといたいからいる。だから、気に病まないで」

 

ファビアはそう言うと再び部屋から出て行くため扉の方まで歩いていく。

扉に手をかけ部屋に出て行く間際、ファビアはもう一度此方を振り向く。

 

「ああでも、辛くなったら何時でもわたしに言って欲しいかな」

 

はにかむようにもう一度笑って今度こそファビアが部屋から出て行く。

部屋は急にしいんとしてしまって、ただ一人いなくなるだけでこんなにも変わるものなのかと思わせる。

 

「──は」

 

息を吐くように声が漏れた。

 

「──は、はは、ははは……」

 

もしかすると彼女には自分の隠し事はばれてしまっていたのかもしれない。

自分が醜い打算で彼女を側に置くようにしたのも、自分が今も()()の事を引きずっているのも。

 

「本当にファビアには敵わんな……」

 

思わずファビアが寝る時掴んでいた左腕に触る。

起きてから随分経ったにも関わらず、其処はまだ人の温もりを持っている気がした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

すぐに降りてファビアと顔を合わせるのも照れ臭かったので、雑念を飛ばす意味も兼ねて30分ほど筋肉を苛めて階下に降りる。

 

「お早う」

「おはようさん」

 

階段を降りて挨拶をすると八神はやてからすかさず返事が返ってきた。

薄い紫のエプロンをつけた八神はやては、気のいい姉のようにも見え、やもすれば母親にすら見える。きっと歳のせいだろう。

この独り身に素晴らしい伴侶が現れる事を切に願う。

 

「エデルー、なんか失礼なこと考えとるやろ」

「よくわかったな」

 

自分が頷くと八神はやては額に青筋を走らせ、笑顔のままちょいちょいと指先で自分にしゃがむ事を要求してきた。

自分は八神はやてより幾らか高い頭を下げる。

 

「せいやっ!」

 

すると八神はやては半ば飛ぶように自分の首を極めてギリギリと締めてくる。

 

「私は年上のおねーさんやよ、敬え!」

「八神はやて、そんなにくっつくな」

「文句は許さへん!いいから私の怒りを受けるんや!」

「いや、胸がだな……」

「ははーん、思春期男子のエデルくんはおねーさんの胸に動揺を隠せへんのやな」

「いや、歳の割に無くて不憫になる」

「おらああああああ!」

 

八神はやてが満身の力で首を絞め始めた。しっかり極まらないようにズラしているが痛いことは痛い。やめてほしい。

 

「ごはん、冷めるよ」

 

自分と八神はやてがじゃれあっていると呆れたような声が割って入る。

 

「ファビアーー!」

 

此方もエプロンをつけたファビアが近づいてくると八神はやてはヘッドロックを外して、はるか年下の少女に泣きつく。

 

「聞いてくれへん!エデルが人の身体的特徴をネタにするんよ!最低やと思わへん?!」

「大丈夫。お姉ちゃんは充分魅力的だと思う」

「そー言ってくれるのはシグナムとシャマルとヴィータとなのはちゃんとフェイトちゃんとミウラとファビアだけや〜〜」

「結構沢山いるのだな」

 

だが、みんな女だ。そして身内。

 

これ以上八神はやてのネタに付き合うのも疲れたし、体がしきりに空腹を訴えていたので、八神はやてとファビアが用意したであろう朝食を食卓に並べた。

 

ちょうど並べ終わった頃に八神はやてがファビアから離れ、食卓の彼女の席に座る。

続くようにその対面に自分が座るとその隣にファビアが腰掛けた。

 

「いただきます」

 

みんなで手を合わせると食事をはじめた。

 

「エデル、リモコン」

「ん」

 

八神はやてがリモコンを受け取ってテレビをつけ、チャンネルを回していく。

 

『おはようミッドチルダ!今日は最近話題沸騰中の女子インターミドルについての話題から────』

 

「それ、私も作るの手伝ったよ」

「そうか、美味いぞ」

「ありがと」

 

ニュースに目を向けながら味噌汁をすする。

八神はやての作る食事はどれも非常に美味しく、栄養価も良い。

悔しいが野宿していた頃と比べると健康的な生活を送れていて感謝しているという現状を否定できない。

 

「そう言えばシグナムたちはどうしたの?」

 

もごもごと口に物を入れながらファビアが尋ねる。

通常八神家の食卓は、八神はやてとシグナム、シャマル、ヴィータ、ツヴァイ、アギト、自分、ファビアの8人に囲まれている。あと、床にザフィーラ。

それが今日は三人のみ。多いと喧しいが少なければ、何処か物足りなく感じてしまう。

 

「あれ言ってへんかった?ヴィータとザフィーラは八神家道場の合宿。リィンは定期メンテで外泊なんよ」

「言ってない」

 

ファビアが半目にして八神はやてをじろりと見ると、八神はやてがたはは、といって視線を虚空に泳がせた。

 

「エデルは知ってたの」

 

すると、ファビアは昔のクロが混ざっていた頃を思わせる目を此方に向ける。

 

「一応ミウラには聞いていたな」

「言ってくれたら良いのに」

「聞いていると思っていた」

 

何故ファビアだけ聞いていないのか少し考えてみると、そういえば八神はやてがみんなの予定を尋ねたのはファビアが仕事の日だった。

まあ、原因がわかったところでどうにかなるわけではないし、ファビアに連絡する事を忘れていた事を咎められても面倒くさい。黙っておくことにする。

 

「じゃあ、シグナムとかシャマル、アギトは?」

「あー、それはなぁ……」

 

そこで急に八神はやてが言葉を濁す。その目は「あまり聞かないでほしい」と訴えており、またもや虚空を見つめていた。

はっきり言って八神はやてがここまでわかりやすく、心乱す事は珍しかった。

 

「あの三人は……仕事やよ。ちょっと遠いところまで」

「仕事とは随分ぼかし言い回しをする」

 

今まで比較的無言だった自分が喋ったことに八神はやてが驚いた顔をした。

すまないな、八神はやて。お前は隠したかったのかも知れぬが、少々興味が湧いた。

 

「その口ぶりからして三人の仕事は別件ではないな。()()()()()()()

「別に、田舎のちっちゃい事件やよ」

「ほう、ヴォルケンリッターの二人と古代ベルカの融合機の三人が出向くとは、確かに()()()()()だ」

 

ふっと皮肉げに笑うと、ファビアが若干引いたような顔をする。もしかするといつの間にか極悪人、と評される顔をしていたのかも知れない。

八神はやてはじっと自分を見つめ、少しの間迷っていたが、やがて諦めたように大きくため息をついた。

 

「私、勘の良い子は嫌いやよ……」

 

八神はやては少し冷めた味噌汁を啜り、居住まいを正す。

その八神はやての変化を悟り、自分とファビアも心なしか気が引き締まる。

 

「あんな、最近辺境の異世界で通り魔が出とるんよ」

「──通り魔、だと?」

 

思い起こされるのは、数ヶ月前『覇王』を名乗り、暴れ回っていた緑髪の拳士。

自分が微妙な表情をしているのに気づいて、八神はやてが愉快そうに笑う。

 

「アインハルトじゃないから安心してええよ」

 

ぱち、と此方に目配せをして八神はやてが言葉を続ける。

 

「んー、詳しくは話せへんのやけど、ちょっと厄介な事件でな。被害者の多くが一線級の武芸者か魔導師なんよ」

「一線級ってどのくらいの人たち?」

「魔法メインやあらへん人もおるから一概には言えへんけど、魔導師ランクがAAからAAA−、俗に言うニアSの実力の持ち主ばっかりや」

「ニアS?!」

 

ファビアが驚いたように目を見開いた。

だが、自分は魔導師ランクやらニアSなど意味不明な単語が飛び交っているため、さっぱり理解できない。

でも、それをそのまま口に出してファビアから呆れられるのも癪なので、わかったふりをして頷いておく。

 

「エデル、わかってないよね」

「そんなことはない」

「嘘。吐くならもっと上手く吐いて」

 

速攻でばれたのて観念して八神はやてに意味を尋ねる。

 

「えっ私?そうやなぁ……エデルにわかるように言うなら、空中戦闘に限定したシグナムぐらいってとこやなぁ」

「ほう」

 

それは強いな。シグナムの強さは地上、空中に問わず、遠中近、その全てにおいて必殺の一撃を持つことによる、適応力の高さにある。

それならばファビアが驚いたのも頷ける。

 

「後は……あかんなぁ、何処まで喋って良いかわからへん」

 

八神はやてがむう、と唸って側に置いてあるテレビのリモコンを手にとって、チャンネルを回した。

 

「確かこんくらいの時間に……」

 

女子インターミドルを特集していた番組から、朝の情報番組、お天気お姉さんの姿へとテレビが目まぐるしく変わっていく。

八神はやてはしばらくチャンネルを変えていたが、やがてその手を止めた。

 

『──の管理世界で通り魔が現れた事件についてです』

 

「これや、この事件」

 

八神はやてはテレビを指差す。その番組は、管理局がスポンサーについているテレビ局の番組だった。

 

『管理局は犯人は不明としており、周辺住民の不安を煽っています。また、類似した事件は数年前にも一度起こっており──』

 

「私も責任ある立場やからこれ以上はこのニュースで勘弁してくれへん?」

「うん、無理言ってごめんね」

「ええよええよ、ワガママ言ってくれるんは嬉しいんやで?」

 

テレビに映し出された映像に目が吸い寄せられる。

抉られた地面、映像越しにすらわかる立ち込める激しい戦闘の跡。

 

「エデル?」

 

八神はやてが首を傾げながら自分の名を呼ぶ。

 

「ん、如何した?」

「いや、なんやぼーっとしとったから。何かあったん?」

「いや、何か見覚えがあってな。何処で見たのか……」

「行ったことある管理世界なの?」

「行ったことは無いはずなのだが、見覚えがなぁ……?」

 

テレビを見ながら頭を掻く。

こう、胸の辺りまで来ていてあと少しで思い出せそうなのだが……。

 

「ふむ……?」

 

自分が首をかしげる様子に、八神はやてとファビアも同じ様に首をかしげるだけだった。

 

いくら考えても答えは出なさそうだったので、諦めて味噌汁を啜る。

 

──────忘れない。

 

「──()っ」

 

チリっと額の奥が痛んだ。

 

『捜査は難航している様子で、管理局は引き続き民間からの情報を募集していると──』

 

その何かを訴える様な痛みを感じながらも、自分は心当たりを思い出すことはなかった。

 

 

 




其れは、警鐘。

日常を過ごす()への、

忘れてはならぬ、過去の記憶(痛み)


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