其の八極に   作:世嗣

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『オレ』は、彼は、彼女は、地獄を生きた。


覇王邂逅

食事を口に運ぶ。

食欲とは人間の三大欲求の一つであるからして決して我慢出来るものではない。

 

注文し出てきた料理を異世界の道具、たしか『ハシ』と言ったものでつまみ口に放り込む。

 

咀嚼。

そして口に広がる多幸感。本当にいつ来てもこの店は飽きることはない。

 

一通り食べてしまうと近くにいた桃色に近い淡い茶色をしたウェイターを呼び止めてコーヒーを注文した。

 

「お味はどうでした」

「うむ、相も変わらず美味かった」

 

カウンターの向こう側にいるマスターが「それは結構」と笑い、コーヒーを目の前においてくれた。

ありがとう、と言って口にコーヒーを持っていく。

 

「今日は随分人が少ないな。この時間帯でもこの少なさは珍しい」

周りには普段は多くいるはずの客は何時もの半分ほどである。

 

「ええ、最近は物騒ですからね。通り魔も出たりなんかして」

「通り魔」

「なんでも『覇王』と名乗ってるとか」

 

ふざけた話ですよ、とマスターが呟いて奥に引っ込んだ。愚痴って気分が晴れたのだろう。

 

「『覇王』とはな」

 

コーヒーを飲んでその言葉を反芻する。

 

『覇王』とは今から約一千年前、ベルカ諸国王時代と呼ばれる時代に生きた王の名だ。

曰く「その拳は空気を切り裂き海を破る」とまで言われたらしい。

 

自分にはあまり関わりのない名だが、オレにとっては少々関わりのある名だ。

 

「そうか、覇王な……」

 

それはその名を語る不埒者の仕業なのか、それとも『覇王』()()()()()

本来ならば議論の余地などない事案なのだろうが自分に関しては少々安易に捨て置けない事でもある。

 

ピシリという甲高い音で正気に戻ると、手の中のカップの持ち手部分が砕け散っていた。

 

まだまだ自分も精進が足りない。少し心乱した程度で力加減を見誤るなど未熟者もいいところだ。

 

「わぁ!お怪我はありませんか?!」

 

先程コーヒーを注文したウェイターが走ってきて自分の様子を伺う。

わたわたと慌てて砕けたカップを持とうとするウェイターの手を握って止める。

 

「自分ならば大丈夫だ。それよりこのカップはまだ中身が残っているからすぐに触れることはお勧めしないぞ」

「は、はい」

 

自分としてはカップを砕いたのは自分なのだから、こうして心配される筋合いなどないも同然だが、客商売とはどっこもそんなものなのだろうか。

 

「本当に大丈夫ですか……?」

「問題ない。鍛えてるからな」

 

片目を瞑ってとんとん、と二の腕を叩く。するとその仕草が可笑しかったのかウェイターは小さく笑みを浮かべた。

やはりこの子はこうした笑顔がよく似合う。

 

「じゃあ、急いで片すもの探してくるのでちょっと待ってて下さい」

 

とたた、と効果音がつきそうな感じで店の奥に引っ込んでいった。その様子をぼんやりと眺めながら、先程聞いた話へと想いを馳せる。

 

「『覇王』か」

 

もし本当にいるならば、合わねばなるまい。そして確かめなければ。

その『覇王』が彼であるのかどうかを。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

夜、草木も眠る丑三つとはいかないがそれなりに人気の静まった時間。

辺りには耳に痛いほどの静寂が広がり、照らす光は古ぼけた街灯と月光のみ。

 

「そこに居るのだろう?良いから出てこいよ」

 

背後の闇へと話しかける。

 

「いつから気づいていましたか」

「最初からだ。そんなに敵意剥き出しで来られれば嫌でも気づくだろうさ」

 

コツコツ、とコンクリートを叩く音と共に姿を表す人物。

夜の闇のなかですら自己を主張する煌めく緑髪に黒のサンバイザー。

 

「其方が噂の『覇王』で良いのかな?」

 

自分がそう問いかけると相手は僅かに体を揺らしたが、それがどんな感情に基づくものなのかはわからない。

目隠しはこういう意味でも役に立っている。

 

「その名、どこで」

「最近暴れまわってるそうだな。知り合いのレストランが商売上がったりだとボヤいていたよ」

「そうですか……それは申し訳ないことをしました」

「はは、そう思うなら通り魔などという無粋な真似はやめておけ」

 

相手の体をさっと見てみる。

古代ベルカの時代の男性の戦闘服、特に『覇王』の物によく似たものである。

 

大きな違いは、相手が少女であることだ。それに伴ってか本来は洋袴(ズボン)でなければならないものがスカートに変わっている。

 

「私とて好き好んで通り魔などという真似をしている訳ではありません。ただ、()()()()()()()()()()()があるものでして」

 

そう言うと少女から僅かに敵意と魔力があふれ出た。

 

「お嬢さん、名前は」

「ハイディ・E・S・イングヴァルト。『覇王』を名乗らせて頂いています」

 

そう言うと自称『覇王』ハイディは、

腰を落とし、左手開手右手握手の構えをとる。

 

「武装形態」

 

今まで着ていた赤のパーカーに黒のジーンズが苛烈な赤の戦闘服へと変化した。

ハイディの態度を見てこれ以上戦闘を遠ざけ、情報を引き出そうとするのは無理だと判断する。

聞きたいことはこの後この少女を叩き潰して聞けば良いだけだ。

 

「最後に一つ問う。何故其方は拳を握り相手を痛めつける」

「知れたこと。私の『覇王流(カイザーアーツ)』を天下無双と証明するためです」

 

その答えを聞くと自分も静かに拳を握り戦闘のために構えた。

 

「生憎自分に名乗るほどの名は無くてね。唯、八極拳士だ、とだけ」

「八極……?」

 

ハイディがその聞きなれない響きに僅かに首をかしげた。

 

「気にするな。自分はちゃんと強い」

 

その言葉を最後に唇を真一文字に引き締め、目を鋭くする。

拳士にこれ以上の語らいは不要。全ては拳で語れば事足りよう。

その自分の感情を感じ取った訳でもないだろうがハイディも今までの敵意を一層強める。

 

「参ります」

 

言うや否や、ハイディが一瞬で距離を詰めた。

 

「ほう」

 

ハイディの引かれていた右手が弾丸の如く打ち出され自分の顔を狙う。

思わず声が漏れた。その少女の拳の迷いのなさに、洗練されたその威力に。

自分の右手にスナップをきかせてハイディの右拳を払うように弾いた。

パァンという甲高い拳同士がぶつかり合う音が響く。

 

「良い拳だ」

「まだまだですーー!」

 

ハイディがゼロ距離のまま今まで前に出して構えていた左手を少しだけ下げて、掌底を打ち出した。

この一撃は弾く余裕はなく、両腕を重ねて防御するも、あまりの威力に地につけた足がそのまま数歩下がった。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

そして追撃に自分の左肩目掛けて踵が落とされる。その攻撃を紙一重でかわして地面を蹴って距離をとる。

 

「強いな、ハイディ」

「ええ、あなたも防御は随分とお上手で」

「はは、言ってくれる」

 

ハイディは自分が反撃しないことに随分と不満げなようだ。

 

「ならば少しだけ反撃に転じるとしよう」

 

再び拳を握り構えを半身に腰を落とす。ハイディの実力がどのようなレベルかはわからないが、少しだけ、ほんの少しだけ、やりすぎない程度ならいいだろう。

 

足を僅かに上げて地面を踏みしめると、ズドン!とコンクリートの地面から爆発音のごとき音が響く。

八極拳震脚。本来ならば踏み込みのために使われる技だが、今回は少し威嚇のために使わせてもらう。

 

「こけ脅しですか」

「それは受けてみてからのお楽しみだ」

 

いいからおいで、と挑発するように手招きする。

 

「ふざけるなっ!」

 

再びハイディの一気に距離を詰める踏み込み。一発目は驚いて反応できなかったが、二回もみればタイミングを計るのには十分だ。

今度は自分の腹部目掛けた拳を左手で優しく逸らす。すると、こちらに体重をかけていたハイディの体勢がぐらりと揺れるが、ハイディもさるもの。通常ならば不可能であるレベルの場所からギリギリ踏みとどまって見せた。

 

こんな芸当相当体幹が強くなければ不可能であろう。

ハイディはそのまま突っ込んだエネルギーを逃すことなく体を駒のように反転させる。

見事にタイミングを逃さずに行われたそれは当たれば自分にもしっかりダメージを与えられたであろう。

 

まあ、()()()()だが。

 

「が、がぁぁ!」

 

その攻撃が来ることを読んでいた自分はハイディの振り向く場所に肘打ちを叩き込んだ。

 

ハイディの目を覆っていたサンバイザーが粉々に砕けちり、よろよろと後ろに下がる。

 

「八極拳、肘撃(ちゅうげき)

 

所謂、肘打ちである。

至近距離でもあまり使用されないこの攻撃法も、こと八極拳においては岩壁を打ち破る強力なハンマーと化す。

 

本来はこの後に投げ技や掴み技に繋げるものなのだが、今回の自分の目的は目の前の少女、ハイディの正体を見極めることだ。そこまでの本格戦闘は求めていない。

 

「さて、如何かな」

 

自分は目を抑えるハイディへと言葉をかける。そして、ハイディの素顔を覗き込んで、言葉を失った。

 

虹彩異色(オッドアイズ)──!」

 

(ラスピラズリ)(サファイア)の異なる色の虹彩。それは明確にハイディが()の血筋であることを表していた。

 

「構えてください」

「うん?」

「出し惜しみしては勝てないと判断しました。本気で参ります、構えてください」

 

ハイディの足元に緑の三角形を基調とした魔法陣が出現した。真性古代ベルカ魔法形態の魔法陣だった。

ハイディの忠告通り此方も攻撃に備え構えをとる。

 

それを確認するとハイディは、三度(みたび)一気に距離を詰め、此方へと拳を振るう。

 

覇王(はおう)断空拳(だんくうけん)!」

 

足元の魔法陣から旋風が発生しそのまま加速されてハイディの左拳を包み込んだ。

ごうごうと風が空気を切り裂く音が辺りに響く。

 

大した威力だ。

だが、この程度なら躱すのは訳ない。

体を僅かに傾けて紙一重を通す、旋風が自分の左の頬を僅かに撫でた。

 

「残念」

「いえ、これでいいんです。布石はうちました」

「な、どういう──ぐぅう!」

 

自分の言葉の途中で緑の鎖が自分の体を絡め取った。

 

「拘束魔法だと?」

「今一度お受けください」

 

ハイディが自分の叫びに答えることはなくただただ、淡々と宣言した。

 

「覇王断空拳、双撃!」

 

次いで右の拳が自分の腹部へとぶち込まれた。

それと同時に自分を拘束していた鎖が引きちぎれ、自分の体をゴム毬の如く後方へ吹き飛ばす。

 

「がっはっ……」

 

汚いコンクリートの道路を転がり、頭を三度打ち付けた所で体が止まった。

腹部がじくじくと痛む。まるで内側から焼きごてを当てられてるかのようだった。

 

「此処にもまた私の求める強さはない」

 

ハイディが這い蹲る自分には目をくれずそう言った。そして踵を返してここから去っていこうとする。

 

「まて、よ……」

 

激しく咳き込む。口の中に鉄の味が広がった。つばとともにそれを地面に吐き出しゆっくりと立ち上がる。

 

「何ですか?勝負はもうついたはずですよ」

 

そう言って再びハイディが踵を返す。

それを見るや否や、体に魔力を循環、毛細血管の下まで潜り込んだ毛細魔力回路(マジックサーキット)に魔力を流し、身体能力を強化。

 

「待てって言っているだろうが」

 

一歩。

それで己が最高速度に至り、ハイディとの距離を一気にゼロまで詰めた。

 

「なっ、速い……!」

寸勁(すんけい)

 

足首から体の各部を通して回転を加速させ、定まった型へと力を伝達。右手を掌底の形でハイディへと打ち出した。

 

「悪いなハイディ。謝ろう」

 

自分の掌底をうけてよろめき距離をとったハイディに謝る。ただ、頭は下げず目線はハイディから逸らさない。

 

「有り体に言って其方を過小評価していた」

 

大方、『覇王』の名を騙った偽物、若くは本物でも()()()()()()()()と高を括っていた。

 

「しかし、其方は一流の武芸者だ。その拳を受けた自分が言うのだ間違いない」

「だ、から……、何だと言うのですか」

()()()()()と言っている」

 

そう言うと自分は足幅を少し広げ左手を開手にし、まるで拳銃の照準を合わせるように真っ直ぐハイディへと左手を向ける。

 

ハイディはその珍妙な構えに目を細めたが、直ぐに元の無表情へと顔を戻した。

 

「──我が八極に二の打ち要らず」

 

万感の思いで言葉を紡ぐ。

謳うように、呟くように、呪うように。

ハイディはそれを確認すると四度目の断空拳を放つため、足元に魔法陣を展開した。

 

「私は、負けられない!だって、生きて『彼』の悲願をーー!」

 

足元から旋風が巻き起こり右手を包んでいく。その光景には目もくれず、自分はただ、唱え続ける。

 

「全て拳一つ有れば事足りる」

 

足を踏みしめる。震脚の踏み込みとともに行われたそれは、足元のコンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂をはしらせる。

 

「覇王!」

「受けるがいい」

 

ハイディが疾風に包まれた拳を振るう。視界の端にハイディを捉えたまま体の型を確認する。

足は力を逃さぬように地を踏みしめ、腰は回転を威力へと変換するために備え、ハイディに向けられた拳は力みすぎていない自然体。目はハイディの一挙一動を逃さぬために見開く。

 

そして、()は、唯是殺す事だけを。

 

是ぞ、我が八極の集大成。

遥か太古に生きた『オレ』の魔拳。

 

「断空──っ!」

无二打(にのうちいらず)

 

拳が音を超え、先に放たれた筈のハイディの断空拳をいとも容易く追い抜いた。

拳がハイディの体にめり込む、手の先にごき、という骨の音が伝わった。

 

先程とは反対にハイディの体がゴム毬の如く跳ね飛んだ。

 

「息があるな。此方は()()()()()だったのだが」

 

ゆっくりと惨めに転がるハイディへと近づく。そして、その体をしげしげと観察してはたと気づいた。

 

「ほう、我が必殺の魔拳を()()()()か!」

 

自分が狙ったのは胸の中央、つまり心臓。しかし、ハイディが押さえているのは、左肩。目測で15センチはズレている。

まだ、未熟であった頃の自分ならともかく、今は八極拳継承者の末席を汚す者だ。そんなミスは考えられない。

 

「大方、直前で体軸を傾けでもしたか!はははっ、面白い!」

 

ハイディは間違いなく一流の武芸者であった。そして、間違いなく覇王の子孫だった。

本来なら、それで自分の目的は達せられたのだが、残念なことに()()()()()()()。どうしようもないほどに、体を燃やす程に、ハイディとやり合いたくなった。

 

「立て、若き覇王。よもや其方の怨讐がその程度という事はあるまい」

「当たり、前ですっ──!」

 

ハイディが震える体に鞭打ち、親の庇護を求める小鹿のように足で立ち上がった。

 

「嗚呼、それで良い。行くぞハイディ覚悟はいいか」

 

にやぁ、と唇を三日月型に吊り上げた。対峙するハイディも僅かばかり左肩を庇いながら拳を構える。

 

「さあ、死合おうか」

 

足を踏みしめる。亀裂の入ったコンクリートから破片が散り、僅かな砂塵を吹き上げた。

広がるのは完璧なる自分とハイディの空間。妨げる者はおらず、ただただ自分らを内包するのみ。

そんな世界に僅かにノイズが走った。

 

「無粋な」

 

残念ながら死合いはここまでようだった。自分の感覚がコイツは敵だ、と伝えてくる。

自分とハイディの騒ぎを聞きつけて管理局が嗅ぎつけたのか。

 

「ハイディこの死合い其方に預ける。この続きはまたの機会に」

「え──?それは、どういう──」

「またな」

 

構えを解いて、ハイディの怪我していない方の肩を軽く押した。ハイディの満身創痍の体はそれに耐える事はできず、背後の()()()の中へ飛び込んだ。

 

「転移」

 

すると紅蓮の光と共にハイディの姿が掻き消えた。適当な場所に転移させたが何とか自分で帰るだろう。

 

「さて、こんな夜更けに何の御用かな」

 

振り返り電柱の上から此方を見下ろす者に言葉をかけた。その言葉を聞くと、相手は展開したハンマー(デバイス)を肩に背負いゆっくりと此方へ向けた。

 

「テメェが噂の『覇王』か」

「ほう」

 

片目を瞑って驚きの言葉を漏らしてしまう。予想外の言葉に僅かに口角も緩んでしまった気もする。

 

「テメェ、何が可笑しい」

 

相手が電柱から飛び降り自分の目の前に降り立った。

そこに現れたのは、紅い騎士甲冑に身を包み、(くろがね)の伯爵を肩に背負った、紅の鉄騎。

 

「ほほう、亡霊に会うのは二人目だ。久しいな()()()()

瞬間、ヴィータの鋭い眼光が自分を射抜いた。心が一瞬で冷え切るような、鋭い殺気を伴った良い目だった。

 

「何でアタシの名を知ってる」

「はてさて、何でかな」

 

ふふん、と鼻で笑って内功を練り上げる。もはや自分がここに居る理由は消え失せた。というより自ら遠ざけた。

コレは有効だが、自分の技量では発動までに少しの間が必要だ。

 

「答える気がねえってんなら、ぶっ潰して吐かせるだけだ」

 

ごうん、とヴィータが頭上でハンマーを一回し。

 

「はは、それは心躍るが、すまない。今回は引かせてもらう」

「何?」

 

顔をしかめるヴィータに少し笑いかけ、体のスイッチを入れ替える。

 

「圏境」

 

瞬間、自分の姿が消え失せた。

 

「なっ、消えた?!」

 

正確にはヴィータの視覚から消えた。

『彼』の使う奥義の一つ『圏境』。

これは本来気を巡らせることで周囲の状況を把握するもの。

しかし、『オレ』は()()()()では満足しなかった。

鍛えに鍛え、鍛え続ける。己を痛めつけるように、剣を()つように。

ひたすらに唯々鍛え続けた。

そして、極めた。

極めたそれは最早他人の使う「圏境」とは乖離していた。

完全な体術によって気を支配。自分を取り巻く世界と一体化し、己の存在を視覚的に消滅させた。

未熟な自分はそれを完璧にではないが、扱うことができる。

 

「さらばだヴィータ。再び相見える事を願っているよ」

 

そういうと静かにヴィータから去って歩き出した。

 

「待て!逃げるんじゃねぇ卑怯者ォ!テメェはナニモンだ!何でアタシを知っている!いいから……いいから答えろよォ!」

 

静かに立ち去る。最早彼女に付き合う道理はない。

 

「逃げるな……逃げんなぁぁ!」

 

立ち去る自分の耳にヴィータの慟哭が響き続けた。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

夜は辺りを静かに帳で包み、人工の光だけが空を照らす遍く広がる星々のように夜を照らす。

 

「緑髪に(ラスピラズリ)(サファイア)虹彩異色(オッドアイズ)ね」

 

想起されるのは、瞳に強い決意を讃えるが、何処と無く壊れそうな危うさを持つ少女。

拳は何れもが『彼』を連想させる様な重いものであった。

 

「それに紅の鉄騎までいるときた」

 

彼の記憶が正しければ、かの『雷帝』もいる様であるし『黒のエレミア』の名も何処かで聞いた覚えもある。

 

「ははははっ!まるであの地獄の再現じゃないかっ!愉快だ!痛快だ!血が滾るっ!」

 

彼は思わず誰もいない虚空へと叫んだ。

楽しくて、愉しくて、たのしくて、笑い、嗤い、わらった。

そして、唐突に嗤うのを止める。

 

「そうか、お前の子孫なんだな、クラウス」

 

 

ぽつりと呟く。

まるで、思い出す様に、()()()()()()()()()記憶を懐かしむ様に。

 

 

 

彼は、唯の拳士。

太古に生きた『魔拳士』の技術と共にその記憶を継いだミッドチルダ唯一の八極拳士であった。

 

 




静かに、静かに、唯静かに、運命はズレた。

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