独立戦線異常ありっ   作:エコー

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懲りずに書いてしまった第二弾。
だっ、誰も読んでなくたって悲しくなんかないもんっ!


清水湊の名物は

 

 旧校舎の三階、階段から一番遠い部屋が郷土研究部の部室である。

 じめっとした木造校舎特有の空気に、梅雨のおかげでターボがかかっている。

 つまり、不快指数がめっさ高い。

 

 そんな湿気地獄の中でも、部長を務める近野ありは元気……というか暴走している。

 それは去年の冬にこの部室に引きずり込まれてから変わる事は無い。

 

 

 先ほど戻ってきた竹中が手にした紙袋は、まさか。

 

「みそまん……か?」

 

 和菓子屋「みつよし」のみそまん。隠れた俺の大好物である。

 味噌が練り込まれた小振りな饅頭の中は、甘さ控えめの上品なこしあん。

 これを目の前に百個並べて、飽きるまで食べるのが夢のひとつである。

 うむ、美味い。濃いお茶が欲しい。

 

「──ねぇ。そういえば、清水の名物って少なくない?」

 

 おっ、今日の部活はソフトな入りだな。いつもこの感じなら、普通の郷土研究部といえるのに。

 ならば、久しぶりに自ら参加するか。

 

「そう言えばそうだな。名物って言ったら、追分で売ってそうなあの羊羹(ようかん)くらいだし。あとは、長いロールケーキとか」

「あー、あのバカ長いロールケーキねー」

 

 バカ長いとか、バカすごいとか、こういう場合の「バカ」は侮蔑の言葉ではない。静岡の方言で「すごく」を意味する強調の言葉なのだ。

 なので「バカすごい」は「すごくすごい」となる。

 要するにだ、江戸っ子が前置詞や接続詞代わりに「ばかやろう」って云うのと同じ……いや違うか。

 それを近野は、それこそ馬鹿の一つ覚えの様に多用する。

 近野曰く、静岡弁は清水の母国語、だそうな。

 いやぁ知らなかった。てっきり母国語は日本語だと思ってたよー。

 

「……ツナ缶」

 

 ぽしょりと竹中が呟いた。

 あー、美味いよね。

 炊き立てご飯にツナ缶開けて、醤油を少々垂らして……。

 もう堪りません止まりませんっ。

 

「そうね、清水の缶詰は全国シェアナンバーワンだもんね」

 

 ツナ缶に限っての話だけどな。

 しかし、確かに一理ある。

 清水は漁港を中心に栄えた街だ。しかもかつては冷凍マグロの水揚げ全国一位、だったらしい。

 缶詰の会社や工場が多いのはそういう理由からだろう。

 昔は清水も景気が良かったらしい。

 遠洋漁業が盛んな頃には、陸に上がった漁師さん達が札束持って遊んでいたらしいし。

 しかしそれも過去の話。

 今では冷凍マグロの水揚げは焼津港の方が多い。

 にしてもだ、缶詰は良いかもしれない。

 

「それよ、それっ」

 

 部長、近野の目が光る。

 こういう時、決まってこいつはロクでもないことを云う。

 

「何が入ってるか分からない缶詰を作るのよっ。名付けて、びっくり缶詰!」

 

 ほら来たよ。

 開けてみるまで中身が分からないなんて、そんな缶詰、誰が買うかよ。

 

「いいですね、それ」

 

 あらぁ、まさかの賛同者登場ですわ。

 

「そうと決まれば──」

「まだ何にも決まってないだろうが」

 

 ここはきっちりストッパー役を務めなければ。

 じゃないとこいつら、本当にこのまま缶詰会社に駆け込みそうだからな。

 

「大体、そんな素人が考えた缶詰なんか作ってくれる会社なんて、ある訳はな──」

「あっ、ありましたよ近野先輩」

 

 竹中がスマホを弄りながら告げる。この秀才巨乳メガネめ、こんな時に仕事出来ちゃ駄目だろ。

 

「どこどこ?」

「えっと……あ、駄目ですここ」

「どして?」

「ここ、葵区の会社ですよ」

「じゃあ却下ね」

「なんでだよっ」

 

 うっかり突っ込んでしまった。

 

「だって、葵区は静岡市。静岡市は清水を占領した敵よ? 敵に塩を贈る訳にはいかないじゃない」

 

 てかお前、どんだけ静岡を敵視してるの?

 もう仲良くすればいいじゃん。

 それに高校生の思いつきなんて、大した「塩」にもなりゃしないだろうが。

 ──あれ?

 俺っていつから「びっくり缶詰」賛成派になったんだ?

 却下されたままの方が楽でいいじゃん。

 

「でも、そうね。独立しても外貨獲得の手段として貿易は必要だし、敵に貸しを作るのも悪くないわね」

 

 あーあ、失敗だ。

 乗り気になっちまった。

 

「近野先輩はどんな缶詰が欲しいですか?」

「えっとね、んー」

 

 おい、なぜ身を捩る。

 何故ちらちらと俺を見る。

 お手洗いか。なら急いで向かうべきだ。そして三十分ほどゆっくりしてきてくださいお願いします。

 

「お、思い出の缶詰……かなぁ」

 

 静まる部室。

 固まる空気。

 静謐でも何でも無い、ただ呆気にとられただけ。

 てかこの子ったら、なに突然そんなノスタルジックなこと口走っちゃってるのかしら。

 

「昔ね、美濃輪のお稲荷さんのお祭りに行ったの──」

 

 え、これ昔話を延々と聞かされる流れだよね。

 よしっ。なんかこっちをちらちら見てるけどスマホに逃げよう。

 へー、あの芸能人って破局したんだー。

 

「へぇー、中々ロマンティックですね」

 

 さすがは帰国子女で秀才の竹中。無駄に発音が良いな。

 

「……ねえ傭兵、あんた美濃輪のお稲荷さんに行ったことある?」

「ああ、子供の頃はあの近所に住んでたから行ったな。春の例祭も良いけど、大晦日も良いぞ。賑やかな雰囲気と厳かな空気が同居してて……あ」

 

 何を俺は雄弁に語ってるんだよ。まるで俺が地元大好きみたいなキャラになっちゃうじゃねーか。

 俺は高校卒業したら東京の大学に行くんだい。

 そんで、大学デビューするのさ。

 

「ふふっ、やっぱり傭兵も清水っ子なのねっ」

 

 なんか良い笑顔とか向けないでっ。恥ずかしいから。

 

「もしかしたら誰よりも清水に詳しいのかもしれませんね。清水に対してのツンデレ。なんてスケールの大きな先輩だ」

 

 こらそこ、勝手な妄想を繰り広げて勝手に感銘を受けるんじゃないよ。

 

「と云うわけで、今日も保留ねっ」

 

 ……毎回保留じゃねえか。

 結論が出て独立戦争おっ始められるよりはマシだけど。

 

 

 

 




お読み頂いた奇特な読者さま、本当にありがとうございます!

かなりローカルな話なので、正直ちんぷんかんぷんだと思いますが、よくぞ堪えて読んでくださいました。

また書くことがあったら、お願いしますね!

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