電車を降りて会社までの道を歩く。
下車した人達は波のように出口へ流れていく浮ついた気持ちを落ち着かせるように腕時計を見る。
昨日の様な早すぎるものでなく時間としてはちょうど良いのではないだろうか。
胸がトクトクと早鐘を打ち今日の始まりの期待を裏付けている。
会社の門を潜り警備員さんに挨拶とカバンから出した社員証を提示し、そのまま問題なくエレベータに乗り込む。
乗り合いした方は上層階のようであっさり俺が下りる階に到着した。
「よし、今日も一日がんばりましょ」
自己暗示のようなものだろうか、軽く両手で頬を打ち事務所の扉をあける。
「おはようございます、千川さん。」
開けた先には恐らく先に出社していた千川さんが待機していた。
「おはようございます、真壁さん。」
ニッコリと笑いながら業務開始前の準備らしきことをしている千川さんが少し作業を止めて挨拶を返してくれた。
「カバンをもったままで構いませんのでレッスンルームへ直行して頂いてもよろしいですか。事務所集合でなくレッスンルームに変更みたいです。プロデューサーは午後の資料を持ったらすぐにレッスンルームへ行くと言っていましたよ。」
その言葉を聞き自分のデスクに置きかけたカバンを元に戻して返事をする。
「ありがとうございます、千川さん早速行ってきます。」
千川さんに会釈をした後にそう言って事務所を出た。
「うーん、それにしても本当に広いな。」
今回の目的地は多人数用レッスンルームでそれまでにいくつかの部署を超えて行く。
中庭が見え、足を進めると通路の脇に自動販売機が設置されていることに気づき水分補給用のミネラルウォーターを購入する。
時間を確認しまだ余裕があることを把握、中庭の風景を見ながら水の入ったペットボトルの蓋を開けて口に含む。
「ん?こんなところにもレッスンルームがあるのか。」
姫川さんに案内されたレッスンルーム、これから行く予定の場所とは別に設けられたものを見つけた。
規模自体は大きくないことと、目的地のレッスンルームは事前調整が必要な事を考えると自主練習用の施設だろうか。
離れた場所から様子を眺めていると扉にある覗き窓から中の光景が目にはいった。
視線の先にはまず薄い紫色の髪の毛、身長は低く小学生の高学年ぐらいだろうか、その少女は対面に置かれた鏡を見つめながら自身の動きを確かめるようにステップを踏んでいる。
鏡越しに微かに見えるその姿は真剣そのもので額には汗が光っていた。
「俺には少しまぶしいなあ。」
ため息をひとつつき手に持っていたペットボトルをカバンの中へと直すと視界からその少女を離し目的地へと足を進めた。
始業15分程前になるかというところでレッスンルーム前に着いた、部屋の名前を改めて間違いがない事を確かめてドアノブを握る。
「真壁さん、おはようございます。」
声の方向に顔をやると武内プロデューサーが小型のクーラーボックスを肩にかけていた。
俺の視線がそこに向けられていたことに気付いたのか先輩が口を開く。
「差し入れです、まだ夏ではありませんが脱水症状等はこれからに響きますから。」
空調があっても安心できません、と続けて呟いていた。
その後先輩はレッスンルームの入口に目をやる。
「それでは真壁さん入りましょうか。」
武内先輩の言葉に頷き、ノックをしてから扉を開け入室する。
そこには3人のアイドルが待っていた。
「おはようございます、十時さん、小日向さん、佐久間さん。」
先輩はレッスンルームの奥側の脇にクーラーボックスを置くと3人に挨拶をした。
「うふ・・・おはようございます、武内プロデューサー。」
「お、おはようございます!、武内プロデューサー。」
「おはようございますっ武内さん!」
・・・なんというかこれまで容姿の整った人たちが3人も並んでいる光景なんてそれこそTVでしか見たことがなかったので純粋に圧巻の一言である。
その所為か挨拶が遅れてしまったのは事実で俺は武内先輩の右後ろに立っていた。
挨拶をした3人の視線が俺に向けられると共に先輩が助け船を出す。
「皆さん、昨日から私と同じ部署に配属された真壁草太さんです。今日は私と一緒に間島プロデューサーの補佐兼見学をしますのでよろしくお願いします。よろしければ真壁さん、一言どうぞ。」
お膳立てを頂き一歩前に出る。
「おはようございます!初めまして、短い時間にはなりますが見学させて頂きます真壁草太と申します。恐れ入りますが本日はよろしくお願いします!」
そう言ってからお辞儀をし頭を上げる。
すると左手に立っている少女が口を開いた。
高校生ぐらいだろうか身長は153~6cm、身振りをみると何か小動物を連想させるような可愛らしい子だ。庇護欲を掻き立てられるとはこういう事だろう。
「は、はじめまして!わたしは小日向美穂といいます!今日はよろしくお願いします!」
あほ毛というのだろうか、ぴょこんと髪の毛が跳ねているトレーニングウェア姿の彼女が少し緊張した表情を見せながら挨拶をした。
続いて中央にいる女性が次に口を開く。
背丈は小日向さんより少し高いぐらい、ツインテール?二つ括りが少し幼さを感じさせる。
今、彼女が俺に向けている笑顔は大らかさがあり大人っぽさや包容力のようなものを感じさせた。
しかし・・・なにより・・・うん、なんというか発育が良い。
小日向さんはピンク色の可愛いジャージに対して、なんだか露出が目立つ、全体的に薄着だった。
「はじめましてっ、真壁さん私は十時愛梨ですっよろしくですっ!」
なるべく視線を下に向けず会釈をして終える。
もちろん動揺を最大限見せないように努力はした。
最後に一番右にいた彼女。
背は小日向さんとほぼ変わらず、この3人の中で一番服装に気合が入っていた。
もちろん、レッスンには支障がでない程度に機能的、動きやすそうな服装だ。
トレーニングウェア姿でさえ品を感じさせる立ち姿、たとえファンに見られていなくてもある種、万全でありたいと思うプロ意識だろうか。
左手首に着けられたリボンのアクセサリがより彼女を魅力を引き出していた。
それとなんというか目が少し怖い、本当にそうなる訳ではないけれど例えるなら吸い込まれそうな瞳ってやつだ。
「丁寧にありがとうございます、わたしは佐久間まゆです。真壁さんよろしくお願いしますね♪」
彼女のその笑みは綺麗だった。
その後3人から俺に関しての質問がいくつか出てそれを返答しているうちに、武内先輩のさらに先輩である間島プロデューサーがきた。
「いやー、ごめんごめん。お待たせ!」
黒味が濃い茶髪の男性が扉を開け入って、隅にある机にカバンを置く。
「小日向さん、十時さん、佐久間さんおはよう!」
彼女達は元気よく間島プロデューサー挨拶を返した。
「武内ー、彼が新人だな!俺は間島、よろしく!」
俺に向かって片手を出し握手を求める、ラフな話し方もあってか自然と緊張がほぐされていくのがわかった。
俺は彼の手を取り握手をする。
「新人の真壁草太です、今日からよろしくお願いします!」
間島プロデューサーはうんうんと頷きながら握手した手を振った。
「それじゃ見学をって言いたいところなんだけど見てるだけって暇でしょ?」
そういうと彼は隅の机に置いてあった少し集めの袋を2つ持ってきそして笑いながら俺と武内先輩に紙袋を渡す。
「武内!真壁!一緒にレッスンしようぜ!」
そこにはスーツをその場で脱いで、下に履いていたジャージと346と書かれたTシャツ姿になった間島プロデューサーがいた。
俺は困惑したように視線を武内先輩に向けると俺以上に困った表情をしたまま首を手にあてていた。
そして追い出されるようにレッスンルーム横の空き部屋で着替えをするよう促される。
数分後、先輩と俺は346と書かれたジャージを着てレッスンルームに立っていた。
「武内、心配する事ない、アイドル達には迷惑はかけないよ。簡単にレッスンがどういうものか体験してもらおうってだけだ。これから真壁がプロデュースをするって事になるなら知っていて損はない。スケジュールを組むのは真壁だ内容を知らないと痛い目みるからな!もちろん真壁もアイドルもだ。」
活力のある笑みを浮かべていた間島プロデューサーが笑みを薄めて真面目な顔をする。
武内先輩は納得がいったのか小さくうなずいた。
横にいる武内先輩と目が合うと
「がんばりましょう」と呟いた。
―――――――――――――――――――――
おこなわれたのはダンスレッスン。
346と契約をしているベテラントレーナーさんがアイドル3人の指導と漢3人の扱きがあった。
休憩をとりながらではあるがレッスンを開始して1時間半程立っていた。
漢3人は慣れないことをして満身創痍、主に最初の柔軟運動で体の固さが露呈したあたりからこうなるんじゃないかと思っていたのは秘密。
一区切りついたレッスン、ベテラントレーナーさんはクーラーボックスからだしたスポーツドリンクを間島さん、先輩、俺に配った。
「間島さんに武内さんに、真壁君だっけ?」
へたり込んだ間島さんは見上げ、両ひざに手を着いたまま肩で息をしている先輩はそのまま横にいるベテラントレーナーさんをみる。
俺も座り込んだ体制のまま体をその方を向いた。
「運動不足だね、健康管理の為に体を動かした方がいいよ。」
武内さんと真壁くんは鍛えればバランスの良い筋肉が付きそうな良い体してるのに勿体ない。とアドバイスを貰えた。その間、間島さんは磨かれたレッスンルームの床に『○』の記号を指で書きいじけていた。
その傍らには佐久間さんが寄り添うように励ましていたような気がする。
休憩が明ける頃、間島さんがニヤリと笑いベテラントレーナーさんに近づいていき少し話し込んだのち満面の笑みのまま戻ってきた。
その後、ベテラントレーナーさんと小日向さん、十時さん、佐久間さん達が話し合って3人は移動する。
ベテラントレーナーさんが手でokサインを出すと、間島さんは立ち上がり一礼し
「さぁ、レッスンの大変さも体感したってところでこれを見ていただこう!『お願いシンデレラ』特別3人verだ!!」
特別ライブが始まった。
―――――――――――――――――――――――――
「すごく貴重な体験をしたんじゃないだろうか。」
アイドルのライブを体感したことはないが、恐らくこんなに近くで生歌を聴ける事なんて普通はあるわけない。
感想だけ言うなれば。
小日向さんはそれまでの小動物ちっくな動きは突如消え堂々としたダンスと声を響かせ、十時さんはダンスの一挙一動が丁寧、佐久間さんの声に耳がふやけそうになったと言っておこう。
これでまだ完成形ではないと間島さんは自信を感じさせる笑みを浮かべ、彼女達の表情にも間島さんへの信頼が伺えた。
その後、レッスン見学は終了し着替えを経て現在お昼には少しはやい頃、本社入口に30分後の集合を命じられて足を進めていた。
また中庭を通るとき、ふと自主練習用レッスンルームの事を思い出す。
気になって覗き込むとまだあの薄紫色の髪の少女はダンスを踊っていた。
「時間にして大体2時間以上か・・・。」
俺は中庭の道を戻り自動販売機でスポーツ飲料水を購入しまた来た道を通る。
そしてレッスンルームの前に立つと扉をノックし開けた。
ルーム内には先ほど3人が踊っていた音楽が流れており、その少女も踊っていた。
しかし、扉が開いたことに気付いたのかダンスを止める。
「誰ですか?」
ご尤もだ。
俺は警戒されないように社員証を提示する。
「真壁草太っていうんだ、よかったらこれ飲んで。」
スポーツ飲料水を持った手を彼女に向けて伸ばす、少し警戒したように彼女は受け取った。
「どうしてこれを?私が飲み物を持ってるとは思わないんですか?」
彼女は視線をペットボトルに向けをぐにぐにと両手で握っている。
「間違ってたらごめん、まず目に見える範囲に飲み物はない、君のカバンはあるけど閉じられてハンドタオルだけ出されてる。もし飲み物があるとしたら汗を拭うものはあるのに水分を取らないのは考え難いからかな。」
その少女は一驚してから少し間を置いてから手に持ったペットボトルの蓋を切った。
すぐに飲料水を1口2口と飲み下すとカバンのそばに置き、自信を持った顔で言い放つ。
「はは~ん、さては可愛いボクのファンですね!」
朝見かけた娘だったが彼女自体は初めて会う人であるのは間違いない。
「あぁ、君は綺麗だ。ある意味ファンかもしれないな。」
何かに憧れ追うよう一心不乱に踊る姿は神秘的で綺麗だった、お世辞じゃない正直な感想だ。
「な―――!?」
腕時計が集合時間まで残り少ない事を示し彼女の言葉を遮った。
「わかってるとは思うけど練習のしすぎは怪我の元だ。レッスンをするのはいい事だだけど君の唇を見ると乾燥しているし軽い脱水症状のそれだ。」
「あ、あとは自主練習するなら必ずこまめに休憩を挟むこと、いいね?」
一方的に捲し立てた後俺は時間に急かされ扉の前に立つ。
「は、はい!ところで・・・」
「良い返事だ、じゃあね。」
急げばまだ時間に間に合うかという懸念を抱えつつ扉を開けて部屋にいる彼女に向けて小さく手を振った。
「・・・っもう!!なんなんですかあの人は!」
部屋に残った彼女はカバンの傍に座り、何度かペットボトルに口をつけて気持ちを落ち着ける。
「ついにボクは可愛さだけでなく大人の綺麗さもみにつけてしまいましたか!」
上機嫌で両手に持ったペットボトルをにぎにぎと揉みながら彼女は物思いに耽る、そして思い詰めていた彼女は今日初めての休憩を取ったのだった。
なんだかんだで5話続く。
幸子は天使、それ一番言われてるから。
私生活多忙の為、更新遅れます。
書き貯めできたらしておきます。