Side アイリ
「……古代の
そういうこと、ですか……?」
「大まかにまとめれば、そうなりますね」
私達にとっては周知の事実でも、それは私達の世界での話です。やはり、そもそも別な世界の住人である簪さんからは私達の世界の科学水準と装甲機竜の存在がチグハグに見えるのでしょうか。
「そして、その装甲機竜が産出される……と言うよりはその物の生産施設でもある
「そうなりますね。
そして、ここからが簪さんたちにとっては一番重要な点になるのでしょうが……」
そこで一旦言葉を切り、様子を見ます。簪さんもわかっているのでしょうか、真剣な様子で頷き、続く言葉を控えめな声で話し始めます。
「あの、化け物……
「はい。
あれらも、本来なら出現するはずがないのですがね……」
苦々しい表情になった簪さんですが、私も多分、似たような表情だったと思います。
「確か、装甲機竜と同じように遺跡からしか出現しないはずで、今はその遺跡全ての幻神獣を発生させる機能自体を封じている状態のため、本来なら出現しないはず、と……」
所々で詰まりながらも、先ほどの説明の要点をまとめながら話す簪さん。呑み込みの早さと情報の処理能力はやはり一級品の物があるみたいです。
だからこそ、気付いたのでしょう。
「……これって、敵の側に機竜とIS双方に詳しい人が確実にいて、その人がこれまでに私達の世界で起きた幻神獣関連の事件や機竜の流通に関して何かしら関わっているってことですよね?」
「その可能性が高いと考えています。だからこそ、先遣隊として一夏が派遣されました。
そして、そこから齎された情報をもとに対策を練っていく予定だったのですが……」
そこまで言って、簪さんも苦い表情になっていました。
「短期間でいろんなことが起きすぎて、対策の内容が膨大になりすぎた上に迂闊に手を出せるような世界でもなかった、ですか?」
「端的に言えばそうなりますね。挙句、
私が愚痴のように呟いた一言に、簪さんが怪訝な表情になりました。
そのまま、抱いたのであろう疑問を投げかけてきます。
「あの……終焉神獣、とは?」
「……そういえばまだ説明していませんでしたね。
では、簪さん。貴方達が行った臨海学校で見た、あの巨大な幻神獣の事を覚えていますか?」
私の一言に、簪さんは神妙な顔になって頷きました。
「はい。
影内君も、その……あんな事になってしまってしまいましたし。記憶に焼き付いています」
「ならば、話は早いですね。
……あの時に現れた、巨大な幻神獣。アレが、終焉神獣と呼ばれる存在……なのかもしれません」
簪さんの表情に一気に真剣みが増しましたが、同時に疑問を持っていることも読み取れました。
内容は想像に難くありません。
「あの……なのかもしれない、と言うのは、いったいどういう事ですか?」
その疑問は、おそらく隠す意味も無いか、あるいは確認の必要性を感じたのでしょう。さほど間を置かずに放たれた疑問は、私の予想と内容としては全く同じでした。
「……まず、簡潔に終焉神獣が生み出された目的から話します。
そこから話さないと説明が難しくなりますので。いいですか?」
「はい、お願いします」
真剣な顔で真っ直ぐに渡すを見ながら、簪さんは頷きました。出会ったばかりの頃の気弱な面影もやや見受けられますが、同時に立ち向かおうとする強さも身に着け始めているように見えます。
(短期間で、本当に強くなりましたね。
……考えてみれば色々とあったせいかもしれませんが)
思考があらぬ方向にそれ始めたことに気が付き、一回、気持ちを切り替えます。
「まず、遺跡については話しましたよね?
終焉神獣とは、その遺跡一か所につき一体存在していた、文字通りの意味での最強格の幻神獣です。それぞれが特異な能力を備えている、特別に強い幻神獣でした」
私の説明に、簪さんが少し考えるそぶりを見せてから口を開きました。
「……存在していた、というのは?」
私の説明が全体的に過去形だったことに気が付いての事でしょう。目敏さに感心しつつ、そのことについても説明していきます。
どの道、彼女が此方側に来た時点で説明自体は必須のものとなってしまっています。隠したてることもありません。
「過去、大きな戦いがありまして……その時に、全ての遺跡に存在していた終焉神獣は討伐されているんです。
その後にも、出てきていないわけではありませんが……何れにしても、その物を生み出す施設である遺跡のすべてが停止している以上は本来生まれるはずが無いんです」
私の説明に、簪さんは再度考え込み始めました。私達も急かすことはせず、次の言葉を待ちます。
「……私達の世界に、クローンという技術があるんです」
「クローン、ですか?」
聞きなれない言葉に、今度は私が疑問符を浮かべる番でした。簪さんは真剣な顔で
「クローン、と言うのは、生物の細胞を人工的に増殖させることで作り出される人工生命のことです。
私の知る限り、羊などで既に成功事例のある技術です。人間でも、この技術を応用して壊死してしまった体の一部を入れ替えて再生させる再生医療と呼ばれる技術があります」
この説明を聞いて、すぐに簪さんが何を懸念しているのかが分かりました。あるいは、彼女からしてみれば遺跡よりもこの技術の方が馴染みがあるのかもしれません。
「……もし仮にですが、先ほど私が話した終焉神獣の細胞が何らかの経緯で回収されていたとして。その細胞を用いクローンという形で生み出されている可能性はありますか?」
「私も、その道の専門家と言うわけではないので確実なことは言えません。
ですが、もし本来既に生み出されるはずの無いその……終焉神獣、というのと同じか近い存在がいる現状、懸念はすべきかと思います」
簪さんが真剣に、私に話しています。私も、彼女の言葉に頷きました。
(……やはり、此方とは科学技術が大きく違いますね。
まさか、遺跡に依らない終焉神獣の複製などと、私達の世界の人ではどのくらいの人が思いつくのでしょうか)
私達と彼女たちの世界の違いを実感し、同時に彼女たちとのつながりを作れた偶然に感謝します。私達だけでは、根本的な文明水準の差から「クローン」などと言うものを知ることなどなかったでしょうから。
「アイリさん、簪。少しいいですか?」
そうこうと話し込んでいたら、一夏が何か確認すると私達の方に話しかけてきます。
私も簪さんもつられて一夏の方に顔を向けました。
「ルクスさんが戻られました。
簪と今から面会したいとのことですが」
「ええ、分かりました。
簪さん、いいですか?」
一夏からの報告に、私はすぐに頷きました。元々そうするつもりでしたし、むしろ手間が省けた分良いでしょう。連絡は私達が話し込んでいる間にセリスさん経由で一夏がしてくれたみたいでしたし。
「は、はい。私は問題ありません」
若干、噛みかけていたことから緊張が見て取れた簪さんですが、それでも了承してくれました。
「では、此方にルクスさんを案内します」
そこまで言うと、一夏はいったん玄関まで出迎えに行きました。
―――――――――
Side 一夏
ルクスさんが軍議を終え、帰ってきたことを確認する。もともと、簪が来てしまったことについてはセリスさんを経由して伝えてあるはずだし、この家にいることも同様に伝えている。
だからか、特に問題なく本題に入れる。
「ようこそ、簪さん。
改めまして、僕はルクス・アーカディア。先日の作戦ぶりだね」
ルクスさんが挨拶を交わし、そのまま席に着く。
「では、私も。
お久しぶりです、簪さん。セリスティア・ラルグリス、この新王国では軍の教官とルクスの補佐官をしています」
セリスさんも同じように簡単な自己紹介をし、ルクスさんの隣の席に着く。
「後でリーシャ様……以前の作戦に参加した人の一人で、朱色の機竜を操っていた人だけど、その人も聞き取りに来ることになっているんだ。
だからまず、僕らで答えられることがあれば答えるよ。何か聞きたいこととかはある?」
その言葉を聞き、簪は少し考えてから口を開いた。
「……えっと、あの。
まず、私は今後どういった処遇になるのかを確認させてもらってもいいですか?」
やや言葉選びに難儀したのかもしれないが、出てきた質問自体はごく自然な物。ルクスさんも一つ頷くと真剣な表情になりつつも答えます。
「まず、基本的にはアイリか一夏が案内役を務めることになるね。
場合によっては僕も対応するから、分からないことがあったらその都度遠慮なく聞いて」
その台詞に簪は頷き、ルクスさんもその反応を確認して次のセリフに繋げていきます。
「次に、ISは緊急の事態、つまりは幻神獣や
勿論、緊急事態になったとしたら最大限、出来る限りの抵抗をしてくれていいからね」
やはり大事な部分なので、それこそ言い聞かせるような優しい口調で、だがはっきりと言っていた。
「最後に、此処から帰るまでの話になるけれど。
ひとまず、諸々の話を付ければ帰れるけれど、そのために日数は少しもらう事になると思う。けれど、帰れない、という事は現状ではないから安心してほしい」
簪はその台詞に少し驚いたような表情になり、そのまま恐らくは勢いで次に繋がる台詞を叫んでいた。
「か、帰れるんですか!?」
ルクスさんもその勢いに若干驚くが、すぐに落ち着くと説明に入り始めた。
「うん。
実のところ、僕たちが君たちの世界を認識する切欠になった物があってね。今現在での話になるけれど、ソレを通ってもらえれば帰れると思うよ」
あまり深くは言及していないが、それでも『
簪もルクスさんの話を聞き安堵したようで、体から緊張が一気に抜けている。
「分かりました……。有難う御座います」
緊張が抜けたためか、簪も幾分柔らかい表情になっている。
(まぁ、無駄に緊張されてもお互いにやりづらくなるだけか)
頭の中だけでそう結論付け、後の成り行きを見守る。元々、ルクスさんとしても簪を邪険に扱う気はないのだし、それ以前に彼女自身が本人の自覚あるなしに重要人物でもある。そう軽々には扱える人でもない。
これ以降は更なる説明や簪の質問にルクスさんが答える展開が続き、場合によってはセリスさんも答えるといった展開が続いた。
―――――――――
Side ルクス
最初にセリス先輩経由で報告を受け取った時は驚きもしたけれど、簪さん自身が協力的なこともあって何とかなりそうな形に収まりつつあった。
(簪さんも納得してくれたみたいだし、後はこっちで手続きとかになるのかな)
一応、立場も立場なのである程度の融通をきかせることはできる。いろいろと反対意見もあるかもしれないけれど、今の彼女たちとの関係性を考えれば彼女をここに留まらせるということ自体が、危ない橋を渡ることと同義と言える。敵の詳細も分からないままの現状なのに、向こうの世界でほぼ唯一と言っていい情報源である彼女達との関係を険悪にするのは悪手としか言えない。
「あの……」
そんなことを話しつつ考えていたら、話が途切れたタイミングで簪さんが話しかけてきた。
「なにかな?」
できる限り威圧的にならないように注意しながら、僕もその言葉に答える。彼女も身一つでここにきてしまったんだし、不安に思う部分があってもおかしくはない。
「その……ISや緊急事態のことはさっき聞かせてもらいましたけれど、それ以外でもやっぱり行動制限とかが付くのでしょうか?
後、数日かかるとのことでしたけれど、寝泊まりに関してはどうすれば……」
その言葉に、少し考える。
前者に関しては正直なところ、制限した方がいいのかもしれない。けれど、下手に制限しすぎると却って何かあると怪しまれかねない部分があることも否めない。
(……彼女自身も聡明さも併せて考えると、いくつかの注意事項さえ守ってもらえれば特に厳しい行動制限は付けなくても問題ないかな)
少しだけセリス先輩の方も見ると、彼女も頷いてくれていた。
「ルクス、私としては私達の内誰かが一緒にいるときに限り、行動制限はむしろ足枷になると思っています。
それに、彼女にとっても私達の現状を知ってもらうのは悪いことではないと思います」
そこまで言うと一呼吸置いて――
「それに、もう隠し通すことが半ば不可能になってしまいましたしね」
――と、諦めに近い表情を一瞬見せた後そう付け加えていた。
身も蓋もない言い方にはなるけれど、確かに隠し通すことが事実上不可能になった以上はむしろ最大限信用してもらうための努力をするべきなのかもしれない。
「僕としても、彼女の行動に着けるべき制限は僕らの内誰かと一緒にいる、というだけでも十分かと思います」
僕もセリス先輩と主だった制限に関しては同じ意見だったし、そのまま伝える。これで確定というわけではないけれど、言った以上は反故にする気はない。
簪さんも僕らの言葉を聞いていくばくかは安心したのか、少し力が抜けたのが見て取れました。
「……主に同行するのは私か一夏あたりですか? 兄さん」
既に察していると言わんばかりの表情でアイリが聞いてくるけど、こればっかりは仕方がない。
またアイリに無理を言ってしまう事になるけれど、ここは頼ませてもらうしかない。
「できればお願いしたい……かな。
簪さんの事情に関しては二人が一番詳しいと思うし、そういった面でもフォローが効くと思うからさ」
「予想できた内容ですし、別に良いですよ。
兄さんが私に頼み事をしたり無理を言うなんてそれこそ今更ですしね」
アイリに呆れた表情で言われた一言には少し凹むけれど、さすがに言われるだけのことをしている自覚はあったからそこは何も言わない。
「ごめん、ありがとうアイリ。
……後で一夏と二人きりになれるようにはするから、今回は」
「だからなんでそういう話になるんですか!?」
簪さんに聞こえないようにコソっと伝えたら、顔を赤くして小声で怒鳴られた。けれど、アイリが一夏に対して抱いている感情も知っているから、その顔の赤さがどういう意味かはすぐに分かった。
それに、二人になれる時間を結果的に奪ってしまう分の埋め合わせをしておきたいのも本音だった。アイリを預ける相手としてもかれこれ数年来になる一夏なら十分信用できる。
(今までアイリには散々無理を言ってきたからね……。
政治とかそんなことを抜きに、せめて一生を一緒にする人くらいはアイリ自身が好きになった人と結ばれてほしいからね)
今までも散々無理を通してきたのだから、この上政略結婚なんてしてほしくはない。相手に大きな問題があるならば当然止めに入るけれど、その相手が一夏ならば信頼できるし安心もできる。
――だから、少しの寂しさは感じるけれど、アイリのこの恋は応援しよう。せめてアイリが幸せになれるように。
―――――――――
Side 簪
今の自分が事実上ほぼ身一つで異世界なんて言う場所に来てしまうという、考えようによっては絶望的とも言える状況に私自身が置かれているにも関わらず、それとはまったく関係の無い思いが頭の中をよぎっていた。
「……」
目の前の光景を、少し羨ましく思っていた。
(本当に、仲がいいんだ……)
事務的な話でもあるはずなのに、目の前にいる兄妹の会話は温かみさえ感じさせてくれていた。
昔々の、本当にただの子供だった時なら私とお姉ちゃんもそうだったのかもしれないけれど、今となっては遠い思いですらあります。
(いつか、もう一度こういう風に話し合えたらいいなぁ……)
心の中で思ったことは間違っても表に出さないように細心の注意を払いながら、今後のことに意識を向けなおします。
(……ひとまず、ルクスさんの言葉を全て信じるならあんまりこっちの方でのことを心配する必要はない……のかな。
戻れるようにするまで数日かかるってことだけど、さすがに全く知らない国の制度や手続きなんてわからないし……)
総じて、ルクスさんや影内君たちに頼らざるを得ない状況。そもそも根本的に社会制度そのものが分からないこの国で私が能動的にできることはほぼ皆無と言っていいかもしれない。
(これから、どうなっちゃうんだろうなぁ……)
頭を抱えても抱えきれないこの状況に、諦めにも近い気持ちで流れに身を任せることにしました。
(でも……)
切り替えたつもりでも、頭の片隅で考えてしまっていること。
(……帰ったら、今度こそ、お姉ちゃんとちゃんと話そう。
もし、今回みたいなことが起こっても、後悔しないように……)
―――――――――
Side 一夏
一通りの説明が終わり、ひとまずの今後の方針も現時点の物にはなるが決まり、一息付ける段階となった。
食事には少し早い時間と言う事もあり、僅かながら空き時間ができていた。
「さて、一夏。
簪さんへの説明も終わりましたし、客間に案内しましょう。少しですが時間も空いてますしね」
「委細心得ました」
夕食にはまだ少し早い時間だったことも手伝い、まず簪を彼女が泊まってもらう事になる部屋まで案内することになった。
この後にやることもあるが、気にするほど時間が圧迫されるという事もなさそうなので二つ返事で頷いて歩みを進めていく。この時はアイリさんも一緒に行くことになった。
「もう少しすれば夕食になりますし、そこまでに新しく疑問に思ったことなどがあったら私か一夏に聞いてください。
それ以外の時でも、気軽に声をかけてくださって構いませんから」
アイリさんの言葉に「はい、ありがとうございます」と返事して頷いた簪だったが、そこから何かに気付いたらしく少し表情を曇らせた。
「あ……でも、普段からずっと一緒っていうわけにもいきませんし、お二人の部屋を教えてもらってもいいですか?」
簪の言葉にアイリさんは少し考えこむと、何かを決心したらしく俺の方に顔を向けてから話し始めた。
「そう、ですね……。
一夏、少しの間だけ部屋替えをお願いしてもいいですか?」
簪の警備も込みにしての事なんだろう。問われた言葉の意味はすぐに分かったので、二つ返事で頷く。
「はい、問題ありません」
俺の返事を聞き、アイリさんも微笑を浮かべて頷く。
その後、簪の方に再度、顔を向けると――
「という事なので、私か一夏が隣の部屋にいます。
なれない家屋で迷ってしまっても仕方ありませんしね」
――若干の冗談も交えつつ簪の質問に返していた。
俺としてもその意見に反対はない。
「あ……なんだか、無理に変えてもらったようになってしまってすいません」
一方、簪はと言えば自分の言ったことが結果的に部屋替えを要求する形になってしまったことに申し訳なさを感じているのか、ややきまりが悪そうにしている。
「いえ、何も問題ありませんよ。それに、ある意味で事故のようなものなのですから気にし過ぎないでください。
一夏、そういえば夕食の準備は大丈夫ですか?」
話題を変える意味もあるのだろう。アイリさんが振り向き、訊ねてくる。
「え? 影内君が料理してるの?」
簪は完全に思案の外のことだったのか、意外そうな感情を隠しもせずに聞いてくる。
確かにルクスさんの立場などを考えれば召使の類がいても可笑しい話でもない、というより彼女たちがイメージする此方の文化レベルを考えればいない方がおかしいのかもしれない。そう考えれば意外と言うほどの疑問でもなかった。
「ええ、今の我が家のコック長は一夏でしてね。
腕には期待してもいいと思いますよ。身内贔屓も入ってしまうかもしれませんが、下手なお店で食べるより一夏に作ってもらった方が美味しいです」
何故だか少し得意気になってアイリさんが説明したが、実際に作るものの味はとにかく今現在のアーカディア家の炊事は俺が取り仕切っていた。
(前の世界でも多少やっていたし、ルクスさんとアイリさんは立場的な意味で時間が削られまくるし、夜架さんはそもそもできないし)
他の人が一緒に夕食をとっている姿も珍しくないが、この家で夕食をとることの多い四人の内で俺が炊事に一番時間をとりやすかった、というのが多分一番大きな理由だとは思う。
「そう、ですね……。
それでは、夕食の準備に行っています」
簪を部屋に案内して少しの相談をして、気付けばちょうどいいくらいの時間になっている。
断りを入れて一旦席を外し、厨房に向かった。
(……さて)
厨房の前に立ち、いつも通りの手順で料理を進めていく。
(いつもより一人分、量は多めか)
どういう訳かいつもよりもやる気になっている自分を感じながら。