IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第七章(3):波乱の序曲

Side 一夏

 

 先日の簪の要求から、早一週間。

 ひとまず俺の方は退院することができた。IS世界側の医療技術が高いこともそうだが、医者からは「治りが早い。今までもこんな怪我をしたことでもあるのか?」と言う旨のことを言われた。

 

(心当たりがある分、否定できないな……)

 

 以前の『超過起動(バーストドライブ)』の一件を始め、機竜の世界で少なくない回数の怪我を負ってきた身としては強く否定できることでもない。

 

(まあ、生きているし、それはいいか)

 

 そんな風に思ったが、意識の回復と同時に真相を知っている一部の面々からは凄い形相で心配されていたのに意外な思いを抱いていた。特に箒や鈴なんかは回復が知れるや否や半ば泣きつくような感じにすらなって見舞いに来てくれていた。

 あの二人には俺自身の素性を隠していることもあり、罪悪感に近い物を覚えてもいたのでむしろ申し訳なさを強く感じてしまっていたのでよく覚えている。

 

(今後は、こんな事態になっても対応できるようにより一層の鍛錬が必要か)

 

 そんなことを考えて、ふと別な事にも思考が行きつく。簪のことだった。

 

(それもだが、簪の要求もだな。どう判断されるか……)

 

 現状、新王国からの指示は特に何もない。今現在は現状維持となっている。

 だが、内容が内容なだけに気にもなる。しかも、簪も簪で本当に更識会長に言っていないのか、寮では未だに同室なだけに気まずい物がある。

 

(急かすような発言も今はないが、何時出てくるか……)

 

 内心では微妙な緊張感を持ちつつ、目下に迫ったある意味で面倒なイベントをこなすために教本を読み広げる。

 

 ――そう、期末試験と言う地獄(イベント)を。

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

 残り数日と迫った期末試験のために、主に一般科目の勉強を進めていた。

 と言うのも、実のところ代表候補性や企業代表の面々はその手に必要な勉強をすでに終えている場合がほとんどだったりするからだ。そもそも、その立場を手に入れるための必要最低限なのだから。

 故に、必然として割合として、一般科目の勉強の比重が高くなっていく。特に、元より頭の出来が特別良い方ではない私にとっては

 

(そう言えば……)

 

 ふと、友人のことを思いだす。一応は企業代表ともなっており、さらにあまりにも高すぎる、けれど精神的に問題を抱えた友人。

 

(あれほどの腕前を持っている上、二機を任されている割にはIS関連の知識には疎かったな……)

 

 悪口を言うわけではないが、意外な思いを抱いたのは確かだ。

 

(性格的には勉学に手を抜きそうに見えないが……人間、何処かには苦手があるものか)

 

 そんなどうでもいいような内容を考えながら一般科目の勉強を進めていく。

 

「あ、ほーちゃんその問題の解答違うよ」

「ん?」

 

 本音に言われ、確認する。結果、やってはいけないレベルの凡ミスが発覚した。

 

「違う問題の解答を書いている、だと……」

「場所さえ違えば正解なのにね~……」

 

 これには一緒に勉強していた本音も苦笑い。

 そんなこんなで私達の試験勉強は進んでいく。

 

 ――おそらく、私の人生一の波乱となったあの夏休みに向けて。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 期末試験真っ最中のIS学園。

 私はIS関連の勉強については代表候補性になるときに勉強したので、ある程度は教えられるくらいだったから一般科目を中心に試験勉強を進めていくことにしました。

 ですが、それと同時に同室の影内君にもIS関連のことを教えたりもしました。《アスディーグ》という余りにも強力過ぎる機体を任されているにも関わらず少しアンバランスにも思えましたが、今はそれを気にしても仕方が無いと思い口には出しませんでした。

 

(あるいは、特異な操縦系だけに特化した訓練を受けたのかな……?)

 

 影内君の機体が特殊であることは見た目からして分かりきっていることですが、操縦系も謎の代物と言っていい物です。常に待機形態の剣をもって操作していますし、他と全く同じと言う事は無いでしょう。

 それにのみ特化した操縦知識を学び訓練を積んだと考えれば、このアンバランスさも納得できはします。

 

(でも、何か違う気がするんだよね……)

 

 自分で考えて一応の納得は得ましたが、何処かに感じる違和感を払拭できません。何かを見落としているような、そんな気さえします。

 

「簪、すまないが此処と此処は……」

「あ、その問題はその参考書の……」

 

 そんな今考えても仕方のない、今やっている試験勉強には全く関係のないことを考えていたところ、やや決まり悪そうな影内君からの質問が来ました。

 どのみち、今の私ではこの違和感に対する回答を出せるほどの情報を持っていません。彼らに投げかけた私個人としての要求も私としては急かす気はありません。

 

(すぐに答えが出るとも思っていないし、そこだけはゆっくりとかな。

 それに、一応は私個人としての欲求として出しておいたし、今まで隠していたってことは影内君の素性に関しても知られたくないっていう事……。

 となれば、すぐに知らされるっていう事も無いと思うし)

 

 今まで関わってみた感じから、影内君たちの一味がある意味でものすごく優秀であることはよくわかります。だからこそ、差し迫っていない状況で一か八かの策に出るというのは考えにくかったというのもあります。

 とはいえ、それも向こうの出方次第。私にできることは待つことだけ。

 

(後の心配事と言えば、最近活発になってきたっていう『IS狩り』かな。

 更識の情報網どころか、倉持での噂話でも聞こえてくるくらいには活発になっているみたいだし)

 

 此方も詳細は分かりませんが、かなり危険な内容であるという事だけはわかります。そもそも詳細が各国によって隠蔽されている状況でも噂話程度ではあるけれど聞こえてくる、と言う方が異常なのですから、危険ではないはずがありません。

 以前、お姉ちゃんがアイリさんに話したIS搭乗者への襲撃が、より激しさを増して噂話になってしまったと言えるでしょう。

 

(それが私達のところに来ないとも言えないわけだし、警戒はしないとね)

 

 この件の恐ろしいところは、攻撃対象にされる条件が不明な点と、ほぼ確実にISが撃破されている点。代表候補生も撃破されていると言う話もあるのだから、私達だって安心できる話ではない。

 しかも、ISを狙っているという点だけに限ってみれば、IS学園だって狙われないとは言い切れない。

 

(いずれにしても、今は情報が少なすぎるし保留するしかないのかな。

 お姉ちゃんも『ウェイル』っていう人の件と合わせて調べているみたいだしね)

 

 更識の方でも調べてはいるみたいですが、私自身はもともと家の仕事からやや離れてしまっている面もあって、どちらかと言えば情報をお姉ちゃんやお父さんたちが持っている形になっています。

 

(それ自体は今となっては仕方のないことだし、できるところから始めていくしかないかな)

 

 今更な思いを抱きますが、それでできることが増えるわけでもありません。

 今後のことに対する心配をしつつも、今すべきことをしていきました。

 

 

―――――――――

 

 

Side ラウラ

 

 一度は勉強したがそれでも難しい日本語を重点的に復習しながら、試験勉強と言うものを進めていく。大真面目な話として、これができないことにはそもそも試験問題を読むことも難しくなってくる。

 

「ラウラ、その問題多分読み間違えてるよ」

「む……そう、だな」

 

 一緒に勉強しているシャルロットからの指摘を受け、解いていた問題を見直す。確かに、日本語の意味を間違えていたようだ。

 改めて読みなおし、解きなおし、解答を書きなおす。今度は当たっていた。

 

「教授、感謝する」

「大袈裟だよ」

 

 シャルロットに礼を言ったが、微笑を伴って軽く流される。彼女にとっては本当に大したことではないのだろう。

 とはいえ、自分のことのみならず相手の状態や作業内容にまで気を配れるその能力は素直に賞賛に値するものだ。私も見習っていくとしよう。

 

「……そう言えば、さ」

「なんだ」

 

 今までとは幾分か真剣な口調で放たれた言葉に、私も身構えた。試験勉強の内容を教え合っていた時の口調とは明らかに異なっている。

 

「最近噂になっている、『IS狩り』は知っている?」

「ああ。

 我が軍でも事実関係を調査中だな」

 

 シャルロットが振ってきた話題は、最近になって方々から聞こえるようになってきたものだった。

 とはいっても、シャルロットに言った事もすべて本当と言うわけではない

 

「そっか……。

 デュノア社(ウチ)のほうでも、実は結構大きな話になっていてさ。《イクス・ラファール》を卸した先でも何度かそういう事があったって話もあるんだよ」

「最新鋭機を配備した先でも、か……。

 そうなると、IS学園(ここ)も安全とは言い切れんな」

 

 基本的に最先端の技術が寄せ集められて作られているIS学園だが、何も万能の施設と言うわけではない。運用する人間もそれは同じ。

 いつ、どこで、どのような形で追いつめられるか分かったものではないのだ。

 

(しかも、狙いがISだとするとこの施設はむしろ格好の的になってしまうのが辛いところだな)

 

 ここは声に出さなかったが、そういう認識を持っている人間もいないわけではないだろう。だが、多数派かどうかは怪しい物だった。と言うより、少数派で確定だろう。

 なにせ、ISに関わって数年としない人間が圧倒的に多数なうえ、その中で実働戦力として動ける人間は少数。しかも、その中ですら試合ではない戦いを想定している人間がどれだけいる事か。

 

(……大事にならなければ、いいな)

 

 『ウェイル・アーカディア』なる人物の一件や、最近になって活発化している『IS狩り』を含め、拭いきれない不安が心の中に広がっていくのを感じていた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「……」

 

 配布された試験結果を見てため息をつく。特別悪いものではなかったが、上位と言えるほどでもない。真ん中よりは上と言った結果に終わった。

 

(赤い点数ではなかっただけマシと見るか……いや、もう少し遅れた分を挽回することを考えるべきだったか……?)

 

 あの《ポセイドン》擬きと戦った後、暫くは入院したためにやや勉強が遅れ気味になってしまっていた。

 一応の退院後から簪はじめ幾人かの友人たちから授業内容を聞いたりはしたものの、やはり最後の詰めが甘かったのだろうか。

 

(そればっかりは、次の試験までに十全にしておくしかないか……)

 

 そもそもあの一軒も自身の未熟から来たものなのだから、今更いったところで仕方がない。今後は、入院で休養していた分を取り戻すためにもより一層、鍛錬と勉学に力を入れるとしよう。

 

(……まあ、その前にもう一つ、ある意味で試験なんかよりも大事な用事があるが。

 そのためにも、今はひとまず鍛錬の方を優先するか)

 

 IS世界では夏休みに当たる期間、機竜側では全竜戦がある。可能であれば出場してほしいとのことだったし、出れるように色々と整えておこう。

 

(その間の任務のことも、まだ決まってないしな。

 ひとまず、そのあたりのことはルクスさんかリーシャ様、あるいはセリスさんか……)

 

 今後のことをいくらか考えつつ、試験結果の印刷された紙を仕舞う。

 周囲の面々はその結果に一喜一憂しているみたいだが、事情が事情だったため今回に限り元より悪いこと前提で行動している身としてはそこまで気にすることも無かった。

 何の気無しに周りを見れば、いつも通りの緩い笑顔を浮かべているのほほんさんに、やや渋い顔をしている箒、笑顔を浮かべているオルコットにシャルロット、いつも通りの硬い表情のボーデヴィッヒの三名が見える。

 そんな風に過ごしていると、授業終了の時間となる。

 

「影内、少しいいか?」

 

 この時間になればある程度は自由時間として扱えるため、いつもはこの後に鍛錬時間が挟まれる。だが、その移動に入る前に箒から声がかけられた。

 

「……? なんだ?」

「えっとね~、かいちょ~が来てほしいって~」

 

 一緒に現れたのほほんさんからの一言で、この後の鍛錬が遅れることが決定した。だが、一応は生徒会に属している身としては無視するわけにもいかない。

 

「わかった。すぐにか?」

「そうだね~……。

 急で申し訳ないわね~って、言ってたけど~」

 

 そもそも今までも緊急の事態や突然の呼び出しなどはよくあることだったので、それ自体は特に何も問題ないし、俺としても文句の一つもない。二つ返事で返して、そのまま行くことにした。

 二人も一緒に行くとのことだったため、三人そろって生徒会室の方へと歩いていく。さらに、道中で簪とも合流し、合計四人で歩いていく。

 

「そういえば、影内。

 さっき、何か考え事でもしてたのか?」

「ん? ……ああ、そうだな。

 近々、本社の方で少し用事があってな。参加可能ならしてほしいと言われているから、そっちに行くことになるかもしれない。その時の調整とかをどうしようかと思ってな」

 

 機竜側に関する詳細な情報を入れない限りは話したとしても問題ではないし、ある程度そのまま本当のことを話しておく。

 そうすると、

 

「近々って、何時頃になりそうなの?」

 

 そう聞いてきたのは簪だった。心なしか、不満そうな、或いは不安そうな表情を浮かべている。

 あの《ポセイドン》擬きが出てからまだそう経っていないし、不安に思うのも仕方がない。だが、不満そうな部分が見受けられたのは理由がわからなかった。

 

「多分、夏休みの初めごろになるな。

 期間がどれくらいになるかはわからないが……」

「そうか……。

 そうなると、その間は私達だけでどうにかするしかないか……」

「いや、さすがにそこまで言う気はないぞ?」

 

 一応その間のことは今後の相談次第になるとしても、此方のことを完全に放り出すというのは考えていない。さすがに誰か交代人員を手配してもらうつもりだった。

 

「そうか……。

 しかし、こうもそちら側の都合一つでガタガタになるというのは……」

「仕方ないだろう。

 それに、俺たちとしても蔑ろにするつもりは無いから、安心してくれ」

「でも、やっぱり頼りすぎな気がするよ」

 

 剣崎の愚痴じみた一言に対して言った言葉に、さらに重ねたのは簪だった。

 

(やはり、先日の一件を気にしているのか……?)

 

 確かに小さくは無い怪我を負ったが、こうして復帰できているのでそこまで俺自身としては気にしていない。それでも

 

「ま、いずれにしても今は呼び出しの内容だな」

 

 やや強引かもしれないが、これ以上の言及は無関係な一般生徒にも聞かれる可能性があるのでこれ以上は好ましくない。そう思い、会話をいったん切った。

 それは三人にも伝わったようで、そのまま別な話題が展開されていく。

 

(さて、実際のところは何の要件なのか……)

 

 心の中だけでそのことを気にしつつ、俺自身も歩を進めていった。

 

 

―――――――――

 

 

「急で悪いわね~」

「お気になさらず」

 

 相も変わらぬようにも見える更識会長が待つ生徒会室に到着して早々、

 だが、その様子は普段よりは緊張しているようにも見える。

 

「さて、今日は早急に聞きたいことがあってね。

 よかったら聞かせてもらえないかしら?」

「内容によります」

 

 だが、次に発せられた言葉の声音がそれが冗談でも何でもないことを告げていた。

 此方も構えなおし、その後に続く問いかけに備える。内容によっては答えられないこともあるだけに、

 

「聞きづらいと言えば聞きづらいんだけどね……。

 先日、影内君が戦ったっていう烏賊の化け物のような相手のこととか、その時に出てきた『棘刑(きょくけい)』とかいう人の機体について。貴方の見解を聞いてもいいかしら?」

 

 確かに大けがの元凶となった一件ではあるが、だからと言って言いづらいというほどでもない。二つ返事で了承した後、わかる範囲でなおかつ当たり障りのないことだけを話すことにした。

 

「まず、巨獣のことですが……。

 実のところ、我々としては以前、あの巨獣と類似した敵との戦闘経験があります。それ等との関連性は詳しくは分かりませんが、その時の敵と同様に常軌を逸した再生能力を持っており、また、水中に対して高い適性があるように思われますね」

「……以前、戦ったことがあったの?」

 

 更識会長が目つきを鋭くしつつ聞いてきたが、その質問には語弊がある。そして、それは回答するべきものだった。

 

「俺自身は直接の戦闘経験はないです。

 以前の時は、師匠達が討伐してくれましたから」

「ああ……あの人達ね」

 

 どこか遠い目をした更識会長が変な方向で納得してしまったような感じだったが、フランスでの一件でしか実際の戦いぶりを見ていないのでは仕方ないと思った。それに、態々それを正して際どい部分の説明をする必要もないので、そのままにしておくにとにした。

 

「でも、そうなると……そうね。

 影内君、もし仮に貴方達が何らかの理由で即応不可能な場合、私達だけで倒せると思う?」

「……正直に申し上げて、現実的ではないと思います。

 先日の臨海学校の時に俺が倒せたのも、ある意味で奇跡の親戚みたいなものでしたし」

 

 辛辣なようではあるが、こればかりはそのまま正直に言うしかない。下手に対抗策を考えて空振りなどしてしまえば、それこそ取り返しのつかない事態になりかねないのだし。

 その考えは更識会長もわかってくれたのか、或いはこの質問をした時点で予測済みだったのか、特に大きな落胆もなくただ困った様子を見せただけだった。

 

「やっぱりかぁ……。

 でも、さすがにその人たちレベルの人に常駐してほしいってのは……」

「……一応、言うだけ言ってみることはできますが、あの人達は文字通りの意味で誇張無しの此方の最高戦力です。さすがに無理があるかと」

 

 更識会長もただの確認程度だったのか、これまた落胆した様子もなくさらに困った顔になっただけだった。

 だが、こればっかりはさすがに仕方がない。七竜騎聖かその補佐官レベルの機竜使い(ドラグナイト)を友好国でもない他国に長期間滞在させるなど、そうホイホイできる事でもない。むしろ不可能と言って差し支えない。

 

「それもやっぱりかぁ……。

 今すぐどうこうってのは無理そうだし、これは追々やっていくしかないかしら」

「あの一体だけであれば、楽だったのですが。

 そうとも限らない以上は、何かしらの対策は必要でしょうしね……」

 

 現状、即時実行可能な対抗策はない。少なくとも、この場にいる人間には思いつかなかった。

 重い空気が場を支配しかけるが、その中で一人、別なことに気を向けた人間もいた。

 

「楽っていうほど楽でもなかっただろうに……」

 

 剣崎だった。心なしか。やや半目気味になっている気がする。

 

「ま、確かにね」

「一歩間違えばどうなっていたかわからない状態だった、と当時の担当医からも話がありましたし、楽と言える相手ではないですね」

 

 意図は不明だが、更識会長と虚さんも同意していた。しかも、虚さんに至っては手にした手帳をめくりながら担当医だった人からの証言すら引用している。

 

「一応、今後の対応にのみ絞ったつもりだったのですが……」

 

 さすがに旗色が良くないうえに、このままよくない流れを維持するのは好ましくない。

 一応の反論を混ぜつつ、適当なタイミングで『全竜戦』のための帰還のための話題でも出そうかとした時だった。

 

「そう言えば、影内君」

 

 この一言で、場の空気が一気に変わる。その声の主は、簪だった。

 

「あの事は言わなくていいの?」

「あの事……ああ、確かにそうだな」

 

 簪が何を言いたいのか薄々察しが付き、自身の言いたかった話題でもあるのでそれに感謝しながら続きと要件を言う事にする。

 

「ん? あの事って?」

「ええ、実は……復帰したばかりで申し訳ないのですが、近々本社の方の用事で可能なら戻ってくるように言われていまして」

「え……」

 

 更識会長の表情が、おそらくは素で固まった。

 

「可能でしたら、交代人員等のことについて相談するために本社の方に行きますが……」

「そうして頂戴。

 さすがにこの状況で貴方達の助力が無いのは辛すぎるわ……」

 

 あからさまな安堵の表情を見せた更識会長に、内心で胸を撫で下ろす。これで変に話がこじれることも無いだろう。

 

(後は、新王国の方でどういった判断が下るかだけか)

 

 目下に迫った最大の不安要素を顔に出さないように努めつつ、更識会長と詰められるところを詰めていった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 影内君が帰還のための相談に赴くことになって、もう数日が経過しました。この機に諸々の報告もすることになったとのことだったので数日かかってしまっているみたいです。

 交代人員として今は一時的にバルトシフトさんが来てくれていて、私の家(更識家)を仮の拠点として待機してくれています。

 

「お疲れさまでした」

「はい、お疲れ様。

 今日はここまでで大丈夫だから、帰ってもいいよ」

 

 そして、私は《打鉄弐式》の点検と必要であれば整備も行うために倉持技研まで来ています。

 例のごとく如月さんが異様な手際の良さで仕事を終わらせ、ついでに予定外のチューンを空いた時間でやってもらい、今に至っています。

 そのままお礼だけ言い、帰らせてもらいました。もう遅い時間と言う事もあり、周囲は暗いです。

 そのまま電車に乗り、今度はちゃんと終点まで乗れました。そのまま駅のホームを出て、迎えの車に乗り込む。人通りも少ない場所で遅い時間と言う事もあって家の人が来てくれていた。

 

  ―――イイィィィ……

 

 そうして車に乗ろうとした瞬間に、微かにだけど聞こえた耳障りなほど甲高い音。

 そして、視界に僅かに映った月明かりに光る細い何か。

 

「逃げて!」

 

 咄嗟に叫んで、その場から飛びのいた。

 

  リイイイイィィィィィ!

 

 音は一瞬だけ大きくなり、運転手として来ていた人も飛びのいた。伊達や酔狂に家で訓練を受けているわけではない。

 

  ギャリィィィィィィン!!

 

 一際大きな音が一瞬だけ聞こえた直後、乗ろうとしていた車が十八分割されてしまっていた。

 さすがに悪寒を感じ、直ぐにISを展開する。

 

「下がって!!」

 

 同時に、運転手さんにも下がる様に伝えた。運転手さんも一も二もなく頷き、直ぐに下がってくれる。

 

  ヒュオ!

 

 運転手さんに警告した直後、今度はダガーのような短剣が飛んできた。

 

  ガギャン!

 

「……誰?」

 

 間一髪のところで私のIS《打鉄弐式》の展開が成功し、短剣を弾き何とか事無きを得ます。

 

「一応は《亡国六刑士(ファントム・サーヴァンツ)》。『糸刑(しけい)』のセイカ。

 ……気に食わないけど」

 

 襲撃してきたのは、敵だと分かっていても一瞬目を見張ってしまうほどの綺麗な人でした。月明かりに照らされたその姿は、着ている服が服なら大和撫子と言う言葉が似合う容姿に伸ばしていればさぞ見事だっただろう綺麗な濡羽色の髪を雑に短く切り揃えていました。

 そして何より、異様な執念の輝きを宿した髪と同じ色の瞳が目を引きました。。

 

「さて」

 

 《ユナイテッド・ワイバーン》や以前襲ってきた『棘刑(きょくけい)』と名乗った人物の機体とよく似ている、四つ足のISにも見えるそれに忍者刀のような短い直刀をロボットアームのような手に握り、逆に西洋的で装飾が成された短刀を彼女自身の手に握り、幽鬼のように立っているその人は、一種の悲壮な覚悟すら感じさせる居住まいでした。

 構えその物は自然体で、両手をダラリと下げ何処にも力を入れていないようにも見えます。ですが反面、周囲への警戒は怠っておらずすぐには隙が見えません。体からも無駄な力が抜けて、自然体にも見えるそれはその後の動きが読みにくく、同時に素早く動けるのだろうことは想像に難くありませんでした。

 

「貴女に恨みはありませんが、まあ仕方ありません。

 死んでください」

 

 それは、余りにも分かりやすすぎる脅威との戦いの合図でした。


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