IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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投稿間隔開いてしまい申し訳ありません。




仕事が忙しかったりとかクトゥルフ神話TRPG動画やボドゲが楽し過ぎたりしたのがいけないんや……。


第六章(9):光と陰と(前編)

Side 楯無

 

 箒ちゃんから貰った連絡は、私の背筋を凍りつかせるには十分だった。

 

「影内君が、重症……!?」

 

 報告された内容は衝撃的であり、あまりにも重大な意味を含んでいた。

 けれど、それを噛みしめているような余裕なんてない。

 

「虚ちゃん、すぐに即時対応可能な病院をリストアップ、その中から最大限の設備と人材を揃えた病院を選定して連絡して!」

「もう始めています!」

 

 簪ちゃんや箒ちゃんたちは現在旅館。迂闊に派手な行動がとれない以上、それは裏方を引き受けた私たちの仕事になる。

 けれど、さすがに事が事なだけに大変なことになっていた。

 

「お嬢様、連絡取れました!

 影内さんの搬送始めます!」

「お願い! それと、家に連絡して警備も固めて!」

「はい!」

 

 とにかく指示を出しつつ、私も必要に応じてやることやっていく。

 

(影内君がやられた……一体、何と戦ったっていうの!)

 

 その中で引っかかっていた疑問。

 それの正体と、この後にもたらされるある二機の情報は、状況がいかに悪いかを物語るには十分過ぎていた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「……教官、帰還しました」

 

 ボーデヴィッヒさんが僅かに目を伏せながら、織斑先生と篠ノ之博士、山田先生を取り巻いている生徒達をかき分けるようにして前に出ます。

 さすがにここまですればある程度は察したのか、生徒達も道や場所を空けてくれます。ですが、その顔には未だに覚めない興奮が宿っているようでした。

 

(……結局、何だったのかな)

 

 今の今までやっていた戦闘などここにはまるで無い。そんな錯覚さえ覚えそうになって、歯を食い縛って耐えた。

 賞賛が欲しかったわけじゃない。必要だった、だからやった。ただ、それだけの筈だと、自分に言い聞かせて。

 

「お前たち、無事だったか!」

 

 それさえ把握していなかったのか。怒鳴りそうになって慌てて自制した。

 

「……とりあえず、臨時指令室の方で報告したいのですが、宜しいでしょうか?」

「ああ、無論だ。

 よくやってくれたな」

 

 私たちの帰還に対してなのか、はたまた自分自身の手で討伐したという事実に対してなのか、その両方なのか。織斑先生は満足気な笑みを浮かべながら私たちを先導しました。

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

 その場にいた山田先生も同じように先導してくれます。此方を振り向いたうえで労いの言葉をかけてくれたその人の顔には、どこか私たちの帰還とは違う事への喜色が見られるような気さえしてしまいました。

 

「ですが、これからは皆さんに頼らなければいけないような事態も減っていくことでしょう。

 ようやく、私達でもあの化け物に対抗できるかもしれないですし、それだけの能力があれば皆さんに暴走ISの相手なんてしてもらうような事態にだって……」

 

 山田先生に、悪意なんてないことはよくわかっている。私達に戦わせた責任を感じてのセリフであることも想像するくらいはできる。

 けれど、どうしても我慢できなくなりそうになった。

 

「……簪」

 

 思わず叫び声を上げそうになった私の握りしめた手を、そっと包み込むように握ってくれた人がいた。

 箒だった。

 

「……耐えろ。

 今は、まだ駄目だ……」

「…………ッ!」

 

 大歓声とまでは言わないにしろ、多くの生徒が何かしら騒いでいる中でそんな事をすればどうなるか。少なくとも今回の一軒に関する妙な噂が飛び交うだろうし、そうでなくても影内君を含めた面々の今後に厄介事が増えかねない。

 だから、今は黙って付いていく。

 まだ、その時じゃないから。

 

 

―――――――――

 

 

「では、報告させていただきます」

 

 臨時作戦室でボーデヴィッヒさんが話し始めました。

 

「まず、我々は作戦通り《福音》と接敵、交戦に入りました。

 その後、暫くの間は横槍もなく作戦通りに状況は推移、さらに自衛隊所属のIS部隊も増援に駆けつけてくれたことも手伝い、()()()《福音》の無力化に成功しました」

 

 たったここまでしか話していないのに、織斑先生と山田先生、篠ノ之博士は浮足立った様子を見せた。と言うか、先生方はとにかく篠ノ之博士は色んな意味で居ていいんだろうかと素で考えてしまう。

 そんな考えを一旦止めて横を見れば、ボーデヴィッヒさんと同じように報告のために座って待機している一緒に出撃した専用気持ちの友人たちが目に入った。全員、気持ち程度に俯き加減になっている。

 

「その後、任務完了の報告をして一度は帰還しようとしました」

「ああ、そこまでは私たちの方でも確認している。

 その後に通信不能になったが……何があった?」

 

 織斑先生が私達を見据えながら、普段と変わらない様子で問うてきた。

 ボーデヴィッヒさんも、それまでと同じ様子で答えていく。

 

「はい。その時に、所属不明機が現れました。

 此方が何かをする前に攻撃を仕掛けてきており、敵意をもっての襲撃であったことは明確です」

 

 淡々と答えられた、その内容。それに、その場が浮足立つ。特に山田先生の驚き様は凄かった。

 

「あ、新しい敵ですか!?」

「はい。

 その者は『亡国六刑士(ファントム・サーヴァンツ)棘刑(きょくけい)』と名乗っています。機体の特徴としては四つ足とロボットアームのような形式で動く腕部、そして異様に細い槍が特徴のISです」

 

 IS、という単語にその場が凍り付いた。

 

「IS……ですって……!?」

「強奪か、どっかの差し金か……どこの馬鹿だよ……!」

「……待て。

 そのISの特徴は、まるで……」

 

 織斑先生が何かに気付いたような表情になりましたが、その先を言う前にボーデヴィッヒさんが続きの報告をしていました。

 ある意味で追加の敵よりも問題となる敵のことについて。

 

「さらに、その『棘刑』がその後、不可解な行動を取りました」

「その行動の内容は?」

 

 織斑先生はそれまで問おうとしていた質問を飲み込んだようで、ボーデヴィッヒさんの報告の詳細を求めていました。

 

「はい。自身の所持していた槍を真下へと向けて投擲、海中へと投げ入れました。

 その後、例の化け物の上位種と思われる巨大な個体が出現しています」

「……上位種、だと?」

「……ど、どうして上位種だと思ったんですか?」

 

 織斑先生と山田先生がそれぞれに聞いてくる。

 二人とも信じがたいというか、そうであって欲しくないと言う願望のようなものが見え隠れしていたと思う。

 

「はい。まず、これまでに出現した個体よりも種々の能力が圧倒的に高かったです。筋力等の生物としての能力だけで触腕の射程内に捉えた自衛隊のISを拘束、締め上げることで気絶寸前にまで追い込んでいます。

 また、あの『白い機体』の攻撃の直撃を受けても数分としないうちにほぼ再生していたことから、自己治癒能力も常軌を逸するものがあると推測されます」

 

 淡々としながら放たれた報告に、しかし食いつく所が違う人がいた。

 織斑先生である。

 

「待て。あの白い機体がいたのか?」

「はい。途中からですが、先ほど述べた『棘刑』と化け物と戦っており、此方にも手を貸してくれた形になります。

 最終的には、この機体への増援と思われる未確認機体と共に離脱しています」

 

 そこで、織斑先生がやや渋面になりながらボーデヴィッヒさんに問いかけました。

 

「……追えなかったのか?」

「残念ながら。その時の私達と自衛隊機は既にエネルギーが枯渇寸前であり、弾薬もそれ以前の戦闘ですでに尽きかけていましたので、断念せざるを得ませんでした」

 

 それまでと大きく表情は変えていませんが、心なしか僅かな苛立ちを感じます。

 

「そうか。

 ……待て、だったら増援として出てきたと思われる機体の特徴は?」

 

 そこで一旦、影内君の《アスディーグ》に関する話は終わったかに思われましたが、織斑先生はなおもそこを気にしているようでした。

 

「鬱金色の機体で、形状は装甲等の違いによりあまり似ていませんが特徴は先の白い機体と酷似していました」

「そうか。分かった」

 

 そこまで言うと、ボーデヴィッヒさんは言葉を切りました。織斑先生もさすがにそこで《アスディーグ》に関する話は終わりにしたみたいです。

 

「では、話を戻させていただきます。

 先の鬱金色の機体よりも先行して到着していた白い機体が事実上、例の化け物の上位種と思われる巨獣を相手していました。我々はその間、『棘刑』と名乗った正体不明のIS乗りと戦闘していましたが、その間に『棘刑』が停止していた《銀の福音》へと『何か』を銃弾として打ち込みました」

「何か、とは何だ?」

 

 織斑先生が訝しみながらもその詳細を求めてきましたが、あの現象は何が何だか分からないため報告のしようがありません。

 それはボーデヴィッヒさんも同じだったようで、困惑しながらも結局は『何が起こったか』だけを報告することにしたようでした。

 

「正体は現時点では不明です。

 ですが、《銀の福音》はそれを撃ち込まれた瞬間に再度起動し、そのまま暴走状態に陥っています」

「……再起動し、直後に暴走したのか?」

「はい。

 最終的には再度、SEを削り切って再停止させるまで暴走し続けています」

 

 そこまで聞いた段階で、織斑先生は完全に頭を抱えていました。

 

「……つまり、正体不明の敵は何らかの外的な手段を用いてISに干渉できるという事か。

 それも、再起動と暴走と言う正規の手段でもどうやればいいか分からないようなことを」

 

 織斑先生は頭を抱えたまま、簡潔に内容を纏めていた。その顔には苦悩が見てとれたけど、今回ばっかりはその苦悩に対してなにも思えない。

 

「内容はわかった。

 今はお前たちも疲れているだろう。各々の部屋で、ゆっくりとくつろいでくれ」

 

 最後の最後、取ってつけたような感じでそれだけ言うとやや疲れた表情で頭を抱え始めた。

 私達としては、全くそんな気にならなかった。

 

 

―――――――――

 

 

Side ラウラ

 

 師匠が相打ちに近い形に倒れた。これは私にとって衝撃以外のなんでもなかった。

 

(……あの巨獣。

 私達だけではやられていた。しかも、師匠ですら死力を尽くしてなお互角。最後の鬱金色の機体の援護がなければ逃がしていた可能性もあることを考えれば、とても楽観視は出来ないな……)

 

 後でこれらの事実を本国にも伝えるべきか。箝口令が敷かれているが、それでも事が事なだけに軍人としては報告しなければいけないのではないか、という考えが抜けなかった。

 

  ヴー

 

「ん?」

 

 そうして悩んでいる直後に、秘匿回線のコールが鳴った。

 

『隊長、今お時間宜しいでしょうか?』

 

 通信の相手は『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』の副官でもあるクラリッサだった。

 

「ああ、問題無い。

 しかし、秘匿回線を使うという事は何か緊急の事態か?」

 

 定期報告の時間でもない以上、無闇にこの回線を使うというのは考えにくい。故に、何か緊急の事態か早急にしなければいけない報告の二択ではないかというのは簡単に思い当たることだった。

 

『ハ! ()()()()に関して、追加の調査報告があります』

「例の……分かった。

 少し待ってくれ、場所を変えたい」

『了解しました』

 

 クラリッサに断りを入れ、人影の無い場所を探していく。

 ほどなくして、旅館の一室で物置代わりに使われている場所にこっそりと入ることができた。入る前に周囲に人影がないことを確認し、また、監視カメラなども位置を全て調べた後で報告を受け取った。

 

「それで、内容は?」

『例の、ウェイルと言う人物と、VTシステムに関することです』

 

 その一言で、体に緊張が走ったことが実感できた。

 

『まず、最初に申し上げますが……。

 これから話すことは、あまり現実味が無いことになります』

「何?」

 

 言われた内容があまりにも突拍子もなく、聞き返した。

 それに対する回答はこれからの回答で順を追って語るとのことで、私は報告を静かに聞くことにした。

 

『まず、隊長の《シュヴァルツェア・レーゲン》の記録ログを徹底的に洗い直した結果、VTシステムを搭載されていた時にコピーを取られた形跡が発見されました』

「……そうか」

 

 この報告に私自身も大きな衝撃を受けたが、同時にそうでもなければ状況の説明がつかない。故に、ここまでは素直に受け取ることができた。

 だが、現実味がない、の言葉の意味を私が理解するのはこの後だった。

 

『ですが、その……妙なんです。

 もし、その時にコピーが取られていたと仮定した場合、そのための機材にも同時刻にそれが行われたという記録が残るはずです。ですが、旧研究所でそれを行える機材の記録にはそれが残っていなかったのです』

「……どういう事だ」

『つまり……ウェイルという人物は、機材を使っていないか、携行できるレベルの機材でVTシステムのコピー作業を行った、ということになります』

「そんな事が可能なのか?」

 

 もしこれを行える場合、ウェイルと言う人物は突出した技術力を持つ個人と言うことになる。そうであって欲しくないという思いも、少なからず存在していた。

 

『現在の我が軍の技術ではおそらく不可能です。時間的な問題を鑑みても、状況的なものを鑑みても可能性はありません。

 さらに、もっと不可思議なことがあります』

「まだ、何かあるのか?」

 

 これ以上にまだ何かあるのか。さらなる最悪がもたらされる予感に、努めて平静を装った。

 

『その……当時の《シュヴァルツェア・レーゲン》の検査記録なのですが、奇妙なのです。

 当時、VTシステムがコピーされていた場合、《シュヴァルツェア・レーゲン》の検査記録にもそれに類する記録が残っているはずです。ですが、それに関連した資料には何一つ残っていませんでした。しかも、これはVTシステムのデータ破棄の際に監視・監査を担当した当時の国連の資料でも同様でした』

「……ありえるのか、そんな事が」

 

 確かに、今までの報告が全て真実なら最初に言われた通り現実味に欠けている。

 だが、それでも現実にそういう結果が出てしまっているのでは受け入れるしかない。

 

(どうなっているんだ……?)

 

 それでも、私の心の中には拭い難い不安が巣食っていた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 楯無

 

「なにコレ……ふざけてるの?」

 

 送られてきたとある二機のISのスペック表を見て、頭を抱えた。

 確かに、上げた戦果は目覚ましいものがある。だが、そのための条件が余りにも厳しい。事実上、実戦での運用には向いていない試作機と言わざるを得ない。しかも、この方向性では今後の発展も望めないレベルで厳しい。

 

()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()……発展性はもはや《無段階移行(シームレス・シフト)》に完全に依存、って……」

 

 頭が痛くなってくる仕様だった。

 拡張領域(バススロット)を全て使用しているので後付装備(イコライザ)が一切付けられないとかそんな領域じゃない。もはや()()()()()()()()()()()()()()ほど設計に全くと言って余剰が無いという意味なのだ。たとえるなら、これまでの既存のISは外縁しかないパズルだろうか。内部はこれから作っていくから、いくらでも変えられる。半面、この二機は最初からパズルのすべてのピースが埋まっている。もはや変えようが無い。

 そして、操作性については最悪の一言。《舞桜》に至っては《白式》よりも悪化しているかもしれない。

 それが何を意味するか、考えたくない。

 

「……短期間での発展性は皆無。その上で操作性は最悪の一言。

 仮に同仕様の機体を生産したとしても、扱える人が居ない……」

「……虚ちゃん、悲しくなるから言わないで…………」

 

 私の言葉に、今度こそ虚ちゃんは私の方をまっすぐに向いた。

 

「その悲しさは、どんな意味ですか?」

 

 その目を見て、逃れられないな、と思った。

 でも、虚ちゃんで良かったとも思う。虚ちゃん以外にこんな弱音言えない。

 

「……今までのことが、裏目に出過ぎていることよ。

 バックアップ諸々やるって言って取引した手前、この体たらくとはね……」

 

 正直、世界にそれまで碌に存在していなかった第四世代IS――《白式》と箒ちゃんからの報告にあった《紅椿》は事実上稼働時間が0のために除く――が存在しているという事実は、普通に考えればそれだけでも各国が喉から手が出るほど欲しい物。故に、形式的にではあるけれどこの学園に所属することになったらしい。良くも悪くも、この学園は中立地帯を謳っているから。

 これだけでも否応無しに注目を集める要因になる上に、特に篠ノ之博士は色々な意味で狙われている都合上この学園に様々な篠ノ之博士個人への報復行為が来る危険性も跳ね上がる。何より、ISと篠ノ之博士をセットで嫌っている人も少なくはないのでISもさほど抑止力足りえない。この学園の危機管理体制も近年の事件でようやくまともになってきたくらいで、銃火器の入手が民間レベルでは厳しい日本以外から来る手段が乏しいために何とかなってきた側面が無い訳でもないのだし。

 

「今後は学園が狙われることも増えるだろうし、警備もさらに厳重にしないといけませんね……」

「それだけで済めばマシよ。

 さっきの対バケモノ定例会議の時、どんな言葉が出てきたと思う?」

 

 影内君も関わってくる対バケモノに置いても頭の痛い問題が出てくる。これまでは録に対抗できる戦力が無かったがために全員で共同して時間稼ぎなどをして避難誘導などを迅速に行うという方向だったから、影内君が到着するまでの時間を稼げた。加えて言えば、本格的な戦闘はその後になるが、それは人的被害を抑えることに繋がっている側面もあった。

 

「存じ上げております。

 織斑先生と篠ノ之博士に丸投げしようと言う意見ですよね?」

「当たらずとも遠からず、かしら……」

 

 けれど、これからはそうも行かない。人的被害と設備被害を最小限に抑えるためにも織斑先生と篠ノ之博士のISで速攻で殲滅しようという意見が出てきている。

 正直、フランスでの一件やこれまで出現した際の個体数、そしてあの二機の撃墜率を見るととても現実的な手段には思えない。

 

「……これまでの戦闘データから考えれば、今後も影内さん達を頼らざるを得ないと考えますが……」

「それも、今回の一件で分からなくなってる。

 影内くんの負傷もそうだけど、何より彼らがあの二機をどう見るかがわからない」

 

 この二機は共同でなければその性能を生かしきれない。と言うより、単機での運用は性能の半分も引き出せない構成になっている。そんな二機で、しかも機能を削る形でしか追加機能を実装できないのでは実用性の一点に関してだけ見ればあまりにも不合理に過ぎる代物だった。

 勿論、この二機しか手段がないのならそれを最大限に生かしつつ被害を最小限に抑える手段を考えるだろうし、その理屈は私だって理解できる。だから、あの二機に一定の役割を持たせること自体は良い。

 問題は、明らかに手段が最適化されていないこと。つまり、あの二機に過剰な期待を持っている人があまりにも多い。

 そして、織斑先生(世界最強)篠ノ之博士(天災)の二名が、万が一にも負けるような事態があれば。その後に起こる惨劇は、想像したくなかった。

 

 ―――だけど、この場における最大の問題はおそらくこの一点。

 

「……今更、影内さんが《アスディーグ》の搭乗者だと言ったところで、大きな効果は」

「無いわね。

 最悪、逆効果になりかねないわ」

 

 そう、この点。

 私達は影内君たちの活動を隠蔽してきたけれど、このタイミングでのこれは今後の彼らの活動の妨げにもなりかねないうえ、仮に公表したところで先日のフランスでの一件のことが露呈してしまえば大混乱では済まなくなる可能性もある。

 さらに言えば、それを抜きにしたところで影内君の表向きの立場は一生徒。現状ではある程度裁量を利かせたところで良くて教師部隊の指揮下に入るのが関の山で、今までのように制約がある代わりにフットワークの軽い動きは望めなくなる。けれど、初動対応が遅れたために致命的な事態になったという事例は古今東西、珍しい物でも無い。

 

 ―――つまり、被害の拡大が起こる可能性が高い。

 

 しかも、今回影内君は致命的な負傷を負った。

 

「もし、あの二機と今回の影内君の怪我を理由に彼らが手を引くと言ったら……」

「……何としてでも、引き留めるわよ。

 今はまだ、私達だけであの化け物をどうこう出来る実力は私達には無い」

 

 頭を抱えながら、それだけは宣言しておく。

 正直、此方の立場はハッキリ言って弱い。戦力的優位は彼らにある上、バックアップ云々に関しても今回の一件での不備――でっち上げ同然の物であったとしても――を指摘される可能性は非常に高く、しかも機体情報の流出に関したところでもさほど高い成果が出ていない。というか後回しにしてしまっている。

 

 ―――彼らが手を引く理由は、実のところ十分に存在している。

 

「何だって、こう……!

 悪いほうに悪いほうに進むのよ…………!!」

 

 頭を抱えて、呻くような言葉を零すしか今の私にはできなかった。




それでは皆さん、よいお年を。

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