IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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前回の更新から三か月……遅くなりすぎてすいません。


第六章(8):死力

Side 一夏

 

「オオオオオオオオオォォォォオォォォォォォォオオォォォォォォォォォ!!!!」

 

 叫び声を上げて、無理矢理に《アスディーグ》を動かしていく。

 

「《竜毒牙剣(タスクブレード)》、全機能開放(フルオープン)!」

 

 本来であればそもそも出力が圧倒的に不足しているうえ、制御面が不安定になりすぎるために使わないというか使えない形態、全機能開放。

 だが、強制超過の応用で出力が異常なほど膨れ上がっている現在の《アスディーグ》なら問題にすらならなかった。

 

 ――《超過起動(バーストドライブ)》。

 手品の種を明かしてしまえば単純なもので、極論を言えば「強制超過(リコイルバースト)の使用によって暴走した出力状態を戦陣(センジン)の応用で維持する」という、ただそれだけの物。

 メリットも単純。強制超過ほど一撃の威力はないが、それでも通常時に比べれば圧倒的に高威力の剣戟となる。加えて、そもそもとして強制超過時に本来なら緻密に操作するはずの出力バランスの操作を初期以外では一切していないために、他の複雑な操作との併用さえできる。色々な危険性を無視すれば、神速制御(クイックドロウ)との併用さえできるほどだ。しかも、出力バランス自体は調整するその全てを最低限――それでも通常時よりは遥かに高い――を結んだ値での固定であるため、最高時の出力との差ができる。その余剰分は全て武装と神装に注ぎ込むことで、馬鹿食いしやすい《アスディーグ》の装備の連続使用を可能にすらする。

 

 だが、早々全てが上手く行く訳ではない。と言うより、欠点が割と致命的すぎるのだ。

 まず、最初の欠点として余剰分の出力が大きすぎる。確かに普段では絶対に出来ないような荒業も可能とするほどの出力が得られるが、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。常に、武装か神装の使用を強制される、という状況になるのだ。それは戦術その物の狭窄化を招き、読み合いにおいて不利になりやすい。特にルクスさんを相手にしたりしたらこの弱点は致命的だった。

 二点目。機体へと掛かる負担が尋常ではない。《アスディーグ》が耐えられるギリギリかそれに近い範囲で常に稼働し続けるこの状態においては、ただの一動作にかかる負荷でも機体の崩壊や予想外の挙動に繋がりかねず、今現在の状態で言えば最悪、推進器の破損などによって海面に超速で突っ込みかねない。

 そして、最後。性能の半ば無理矢理な強化、特に速度系の性能強化に対して()()()()()()()()()()()()()()()()。単純な性能の強化という意味ではそれなりに有効だが、限界突破(オーバーリミット)のように真っ当な手段とは言い難いこの手段では当然最適化された出力バランスなど設定されていない。強制超過のように一撃で済むわけだはなくある程度の連続使用を前提にするこれでは、ただ動くだけでも相当な負担が俺自身の体にもかかっている。現在進行形でミシミシという音が聞こえてきているような気さえしていた。

 

(だが―――)

 

 嘗てこの敵に抗い得た、或いは討ち取って見せた人は、俺よりも遥かに強かった。その中には、俺が師匠と呼んだ人だっていた。

 だからこそ、よく知っている。その人たちと自分の機竜使い(ドラグナイト)としての実力の差くらいは、特に。

 だが―――その人たちは、今ここには居ない。

 

(それでも!)

 

 故に、俺が今この場を切り抜けるか、最低でもこの場で押し止めなければならない。

 足りない実力を、足らせなければいけない。

 圧倒的な経験の積み重ねに、超過装甲(オーバーユニット)を生み出すほどの機竜に関する深い造詣に、完全結合(フルコネクト)を可能とするほどの適性に、長く積み重ねた鍛錬と戦術眼に、圧倒的といえる身体能力と覚悟に、戦闘に対する先天的、後天的な適正に。

 紛い物でも、二番煎じでも、下位互換でも。

 

(―――なら、ば……!)

 

 ()()()()()()()()()()()で、足らせなければいけない。

 生きるべき人がいる、それはこの《アスディーグ》を預けられたあの世界でなくても変わらない。

 足りない実力で、それでも為さなければならない。

 

 ―――それこそ、自身の命を賭ける事になったとしても。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 目の前の光景が、あまりにも非常識に過ぎていた。

 影内君の駆る《アスディーグ》が何かをするたびに禍々しいほどに白い光の毒が巻き散らかされ、あの烏賊の化け物とも言える巨獣の足の一部が切り刻まれていく。

 だけど、状況は一進一退。それ以前の状況に比べれば改善こそしているけれど、だからと言って此方から攻勢に出られるほどじゃない。嫌な予感と強い焦燥感を覚えずにはいられなかった。

 

「簪!」

「!!」

 

 かく言う私はと言えば《福音》の大出力ビームから避けつつ、《山嵐》のミサイル攻撃を仕掛けていく。けれど、これもビームの弾幕に迎撃されてしまう。

 この一連の動作も、箒からの呼びかけが間に合わなかったら危なかった。けれど、それだけに終わってくれない。

 

  ヒュオ!!

 

 真横で何かが高速で突き出されたような音。

 咄嗟に身を捻って躱したそれは、あの《竜髭棘槍(ニードル)》という異様に細い槍でした。

 

「上手く避けますねぇ……。

 これは、中々に殺し(ヤり)甲斐がありそうですねぇ……♪」

 

 避けられたと言うのに全く動じずに、むしろ嬉々とした様子でごく当たり前のように感想さえ述べてくる。そのある種の異常性に、やはり寒気を覚えます。

 

「だが、後ろがお留守だな!」

 

 直後、いつの間にか後ろへと来ていた箒が手に持った武器の引き金を引きました。その引き金が引かれると同時、私もその場から離脱します。

 

  ガガガガガガガガガガガガ!!

 

 けたたましい音と共に、大量の弾丸が一気に吐き出される。

 五連想マシンガン《フィンガー》。束ねられた五つの銃身がそれぞれにマズルフラッシュの光と共に弾丸が放たれ、『棘刑(きょくけい)』の機体へと牙を向けた。

 

「ッチ!」

 

 だけれど、『棘刑』もやられるままじゃない。身を捻って回避しつつ、その槍を突き出そうとする。

 

  ガガガガガガガガガ!

 

「させないよ!」

 

 だけど、その攻撃行動はデュノアさんが放った《ファランクスⅡ》の多量の弾丸によって阻止された。

 

『La♪』

 

 そのデュノアさんへと、福音が翼を向ける。そのままエネルギーを前面に収束し、放とうとして―――

 

『オルコット、《福音》へ攻撃!』

『了解ですわ!』

『各機、《福音》へと攻撃!』

 

 自衛隊のISと後衛を務めてくれているボーデヴィッヒさん、オルコットさんの二人から福音へと攻撃が再開される。発射体制に入っていた福音は反応が僅かに遅れ、結果的に全断被弾した。

 

『―――し、簪。聞こえるか?』

 

 聞こえてきたのは、影内君の声。

 

「かげ」

『やってほしいことが、ある……』

 

 どこか苦しげな声で紡がれたその言葉に、息を吞んだ。けれど、そうしてばかりもいられないから。

 

「―――、分かった」

 

 内容だけ確認し、二つ返事で頷く。決して、不可能なことじゃなかった。

 

「ハァァァァアアァァァ!」

 

 そのまま、全力で《福音》への距離を詰めていく。右手に握るのは、対複合装甲用超振動薙刀《夢現》。

 

  ガギイイィィィン!

 

 その刃自体は、福音が両手で強引に受けてしまった。けれど、その時には既に―――背面に収納されている連射型荷電粒子砲《春雷》に、途轍もない高速機動で此方まで来た影内君が触れている。

 《消滅毒》を適用しながら。

 

  ガギュゥガギュゥガギュゥガギュゥガギュゥガギュゥ!!

 

 ひたすら、《福音》がそのSEを枯らせるまで鍔迫り合いつつ《春雷》を打ち込んでいく。

 けれど、《福音》もされるがままではなく、その背翼でエネルギーを収束し、こちらへ撃とうとする。

 

『―――すまんな。

 利用させてもらう!』

 

 瞬間。影内君が《福音》へと肉薄する。そのまま福音へと組みつくと、私から一旦引き剝がしました。そのまま正面へと移動します。ですが、その直後に《福音》は大出力化されたエネルギー砲を撃ち放ちました。

 無論、そのまま食らう影内君ではなく、むしろ回避しつつ前に出ました。そのまま再度組み付くと、そのエネルギー弾の弾道を自前の大推力を用いて無理やり変えていきます。同時に、そのエネルギー弾の内部へと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その直後に、《福音》の放ったエネルギー弾の色が()()()()()()()()。そして、無理矢理修正させられた弾道の先には―――あの、烏賊のような巨獣が、今にも影内君を倒さんとその大量の触腕を向けていました。

 

「―――ヴゥゥェェェアァァァアアァァ!!」

 

 ですが、その触腕は白く変色した《福音》のエネルギー弾によって悉く消滅させられていきます。

 

(これで、あの巨獣を倒せれば……!)

 

 影内君が教えてくれた策。それは、現在は敵である《福音》の大出力エネルギー砲を利用してあの巨獣を倒す、というもの。その時に《消滅毒》も利用することを視野に入れ、十分に引き付けてから撃たせるという事だった。

 結果としては上手く行った。あの巨獣の触腕の大半以上を吹き飛ばし、本体と言うか大本へと届きそうかどうかというところまでなっている。

 

「おっと、そこまでですよ」

 

 すかさず、『棘刑』が邪魔をしに来ました。ですが、それは後衛の二機や自衛隊のIS部隊からの攻撃に阻まれます。

 

『……足りない、か……!?』

 

 だけど、それでも足りない。たしかに触腕の大部分を吹き飛ばせたけど、それでも本体へと到達するころには威力を大幅に減衰させられていた。

 

「うっとうしいですね。

 まあ、それ位のほうが相手のし甲斐がありますか」

「だが、ここまでにしてもらうぞ?」

 

 さらに邪魔しようとする『棘刑』でしたが、その前に箒が立ちはだかりました。瞬時加速(イグニッション・ブースト)瞬時旋回(イグニッション・ターン)の加速を両方とも乗せた《叢》の一撃を見舞っています。

 さすがにあの細い槍で受けることはせず、障壁で受け止めています。

 

「《アリエス》、行け!」

 

 ですが、箒はむしろこの展開を待っていたようでした。そのまま、両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に内蔵された特殊連装拡散ビームガン《アリエス》を起動しました。

 そのまま、異様に細い三連装の銃身それぞれからビームがばらまかれます。それが二機分。もはやそれだけで簡単な弾幕になっていました。最も、射程距離に至っては近接用の槍とかと比較するようなレベルでしたが。

 しかし、今回に至っては―――放たれたビーム弾全ての色が、白くなっていました。影内君が、私へと適用する前に箒の方にも手を回していたのです。

 

「この距離……串刺しにしてあげますよ」

「ンな事させるわけないでしょ!」

 

 至近距離での攻防になりかけていたところに、第三者からの声。鈴が衝撃砲であの槍を持った手を打ち抜きながら、《双天牙月》で切りかかりました。

 やむを得ず回避しようとした『棘刑』でしたが、箒がそれを許しません。そのまま鈴によってあの槍が打ち払われます。

 そして、《消滅毒》によって変質した《アリエス》の弾丸が『棘刑』へと殺到しました。

 

「……ここまで、とは!」

 

 最終的に多量の弾丸を食らった『棘刑』は、なぜかその顔に妙に艶のある笑みを浮かべつつ撤退していきます。

 一方、《福音》も既にエネルギー砲の放出が終わり、影内君によって抑え込まれています、すぐにその場へと向かうと、残っていた《消滅毒》で変質した《春雷》を用いて再度絶対防御を引き出し、強制的に停止させます。

 

 残った敵は―――あの、巨獣だけ。

 

 

―――――――――

 

 

Side ???

 

「……」

 

 緊急の要請に、だけど本当にただの偶然で対応できた。『全竜戦』の下見という名目で現地であるアティスマータに入っていたら、この要請があった。

 現在の一応の本国であるトルキメス連邦にも話をつける算段はあったのでそのまま来た。

 何より、自分を救ってくれた友達(ルクス・アーカディア)から自分にやや近い側面を持った友達(影内一夏)の救援、それも内容が内容なだけに手出しできるレベルの機竜使いが七竜騎聖かそれに近しいレベルの実力ある機竜使い(ドラグナイト)でなければ手出しすら難しいという状況。となれば拒否する理由は無かった。

 

「……あれは」

 

 そうしてできる限りの速度で飛行しているところに見かけた、三体の《ガーゴイル》の影。

 

「《風の威光(マハプラーナ)》」

 

 《ヴリトラ》の神装を起動し、一気に近づく。その勢いのまま手に持った《機竜牙剣(ブレード)》を振り抜き一閃。まず一体を仕留める。

 さらに追撃。迫ってきた二体の内一体の行動を《風の威光》を用いて止め、その隙にもう一体の背後に回り込む。

 ガーゴイルも反転して攻撃しようとしてきたけど、もう遅い。

 

「……さよなら」

 

 《機竜息砲(キャノン)》を構え、振り向いた直後のガーゴイルの頭部へと向けて接射。これで二体目を倒した。

 最後の一体も、《風の威光》を此方へと加速するように変える。そのまま、その勢いを全く殺さずに《機竜牙剣》で切り捨てる。

 

「……早く、支援に行かないと……ん?」

 

 足止めにもなっていないような幻神獣の襲撃から気持ちを切り替えて支援へと急ごうとしたその時だっった。

 私が、あの光景を目撃したのは。

 

 

―――――――――

 

 

Side 真耶

 

「織斑先生!」

 

 通信が雑音(ノイズ)だらけになって《福音》迎撃に向かった面々の様子が分からない、そんな中でその事態は起こった。

 

「ちーちゃん!」

「織斑先生!

 旅館に待機している生徒から、例の化け物が接近しているとの情報が!」

「ッ!!」

 

 最悪と言える情報に、さしもの織斑先生も張り詰めた表情になりました。

 ですが、すぐに何かを決断したようでした。

 

「束、()()は!?」

「飛行系の機能が未調整! それと、装甲も未完成部分がある!」

「使えればいい!

 《打鉄》よりはマシだ!」

「OK! 《舞桜》、出すよ!」

 

 それだけのやり取りの後、篠ノ之博士がどこからかISコアを取り出しました。

 織斑先生は躊躇う事無くそのコアをふんだくる様に掴むと、そのまま外に向かって走り出しました。

 

「山田先生、《福音》撃墜の指揮を頼む!」

「織斑先生、何を!?」

 

 いくら迎撃しないといけない敵が来たとは言っても、現場責任者が直接戦闘に加わるのは当然、問題がありすぎます。

 さすがに止めようとはしましたが―――

 

「すぐに済ませる!」

 

―――そう一方的に言い捨てると、全力で旅館の外へと走って行ってしまいました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

 圧倒的だった三騎の敵、内一騎であった《福音》を再度の行動不能に、もう一騎であったあの『棘刑』もなんとか撤退まで追い込み、残るはあの―――巨獣、ただ一騎だけだった。

 

「影内君……」

『全員、あの白いISを援護しろ!

 どのみち、今のままだとあの化け物だけは撤退させることも出来ん!』

「各機、あの白いISを援護!

 なんでもいい、とにかく当てなさい!」

 

 ボーデヴィッヒがすぐさまIS学園から出撃していた面々に指示を出し、一斉に各々の攻撃が再開される。同時に、自衛隊のIS部隊も攻撃が再開される。

 

  ドドドドドドン!

 

 だが、これだけの砲火でも碌な牽制になっていない。そのほぼ全てがあの触腕に防がれる始末だった。しかも、大本の触腕の数が異常に多いため、それだけ使わせて尚、影内への攻撃の手もさほど緩まっていない。

 

(影内があれだけの攻撃を叩き込んで尚、これほどの力を残しているのか……!)

 

  ドンッ!

 

 そんなことを考えた直後、影内が駆る《アスディーグ》が上空へと逃れた。だが、あの化け物も逃がす気がないのか触腕を伸ばし、捕らえようとする。

 

『……裂光覇』

 

 呟くようにその言葉が紡がれた直後、二振りの《竜毒牙剣(タスクブレード)》を迫りくる触腕の大群へと向ける。

 向けられた《竜毒牙剣》の切っ先から放たれたのは、無数の光波と光弾。雨霰と降り注ぐ光の刃と弾丸は、白く輝くその光を以ってあの触腕を食い荒らしていく。

 やがて、あの触腕が届かない高度まで上昇すると、《竜毒牙剣》を一刀仕舞う。

 

『落鋼刃』

 

 そのまま、光刃がさらに巨大化した《竜毒牙剣》を真下へと向ける。直後―――背面の推進器を全力で吹かせたのか、狂気的なまでの加速を得て真下へと向かう。

 その切っ先を、あの化け物の大本へと向けながら。

 

「―――!! 各機、全力で援護!」

 

 その意図を読み取ったらしいボーデヴィッヒが、声を張り上げた。言われずとも、各々がすでに得物を取って少しでも援護しようと砲撃していた。自衛隊IS部隊に至ってはもはや何も言わずにただ真剣な目で黙々と砲撃支援を開始している。

 だが、それでも影内の刃が届くかどうかは賭けだった。それほどに分厚い防御を持っており、同時に水中へと逃げられでもすればその時点でどうしようもなくなる。

 

(届いてくれ……!)

 

 半ば祈るような気持ちで、それでもデュノアから借りた重火器で支援攻撃を続けていく。

 だが、その場にいる人間の気持ちをあざ笑うかのように、あの巨獣は潜水しようとして―――

 

『《風の威光》』

 

―――()()()()()()。声のような何かが響くと同時に、あの巨獣が縫い付けられたようにその場で動きを止める。

 

『……動きを止める。あなたは、切り裂いて。

 ―――私の、友達』

『―――委細、了解しました』

 

 影内と、新たに出てきた鬱金色の機体が交わしたやり取りはそれだけ。だが、それだけでも十分だったのだろう。

 もはや白い流星と化した影内駆る《アスディーグ》が、その手に持っている剣の切っ先をあの巨獣へとまっすぐに向けている。

 その進むべき道にいる触腕は、あの鬱金色の機体が放つ光弾が的確に逸らしていく。

 

  ザガジュウウウゥゥゥゥ!!

 

 異常に大きな音を立てて、あの刃が巨獣の切り裂いて沈んでいく。巨獣の醜悪にも聞こえる叫びが辺り一面に木霊する。

 

  ―――ヴゥゥアァァァアアァァ……

 

 その叫びも徐々に小さくなって行き、巨獣の目から活力が失われていく。

 それを確認した影内は、光刃を消し、あの異様な状態となっていた《アスディーグ》も通常の状態にまで戻してから、《竜毒牙剣》を引き抜いた。

 だが、そこから動く気配がない。むしろ、力が抜けており

 

  ゴッ

 

 そんな状況下で、一番最初に動いたのはあの鬱金色の機体だった。すぐに影内の元までたどり着くとその体を機体ごと持ち上げ、そのまま影内とともに離脱していく。

 

『この子は、私が連れて行くから』

 

 一方的に言い捨てると、そのままの姿勢ではありえない速度を出しながら離脱していく。私を含めた何人かが追おうとしたけれど、後の祭りだった。

 

『……こっち側の協力者さん、聞こえる?』

「……!?」

 

 ですが、離脱されたと思った直後にあの鬱金色の機体に乗っていた褐色肌の人物と思しき声が聞こえてきた。

 

『聞こえているなら、早く医療施設を手配して。

 早くしないと、手遅れになる―――!』

 

 その一言に、私と、簪はそろって動悸が激しくなっていた。

 

「ど、どういう……」

『あの状態は、身体への負荷を無視しているから実現できる。今の影内は、その負荷が全部跳ね返ってきている。内蔵とか、骨とか、多分無事じゃない。

 死なせたくないなら、早く医療機関を手配して』

 

 その言葉に、私達の背中は凍り付いた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 千冬

 

「《舞桜》、起動!」

 

 それだけ言い捨て、未完成のISを起動する。確かに言っていた通り、装甲が所々張られておらずに内部が剥き出しになっており、飛行系の機能も使用しようとするとエラ-が表示されていた。

 

(だが、まあ……やれないことは、無い)

 

 現状使える得物を確認し、覚悟を決める。

 

  ドッ!

 

 飛行はできないが、PIC等々の移動に関する機能自体は十分に動いている、故に、地上に限定すれば踏み込み等の動作を十分以上に強化してくれる。

 

「《雪片参型》!」

 

 右手に現状唯一の獲物を呼び出し、居合の構えをとる。狙うは最速の一閃。

 

  ギィイィィン!

 

「チィッ!」

 

 だが、さすがにただの斬撃では大した傷にならない。無傷とは言わないが、有効打とは言い難かった。

 

「束!」

「オッケーだよ、ちーちゃん!

 《白姫》、起動!」

 

 束が用意していたもう一機のIS、私の《舞桜》と対を成す支援特化機体――

 

「《白套》!」

 

――《白姫》。その展開装甲《白套》が内蔵された砲口を向け、多量のエネルギー弾を吐き出す。

 

  ガガガガギュギュギュイギュウウウ!

 

 とは言っても、完成していないその機体では限界があった。故に、早々に次の一手を打つ。同時に、()()()()()()()()()()()

 

「《無明》、《極光》、射出!」

 

  ガガシュン  ヒュッ!  ヒュォ!

 

 《白姫》最大の特徴にして大本命と言える二種のビットが射出される。

 内一種、《無明》。円形の一部が切り取られた、視力検査で見るような形をしたそれは待機状態ではISの二の腕の二倍ほどの直径を持っている。それが超速で飛んで行き、例の化け物の腕をその円の内部へと捉える。

 もう一種のビット、《極光》。これは、私の《舞桜》のリアスカートに当たる部分に接続された。

 そして――

 

「起動!」

 

――あの化け物の腕を捕らえている《無明》の内部が歪む。同時に、私の《舞桜》と《極光》のエネルギーバイパスが接続された。

 《無明》、その機能は()()()()()()()()()()()。円形の中心方向へとPIC等にも使われている慣性制御を応用して発生させるそれの目的は、それ単体での攻撃ではなく敵の拘束。腕をその内部へと捕らえられたあの化け物は、そこから抜け出せなくなっていた。

 

「《絢爛舞踏・神無月》、行くよ!」

 

 さらに、束が《白姫》の単一使用能力(ワンオフ・アビリティ)《絢爛舞踏・神無月》を起動した。瞬間、束の《白姫》が白く発光する粒子に包まれる。

 そして、その輝くは《極光》を通して私の《舞桜》にも届いていた。同時に、エネルギーゲインが全快まで回復する。

 《白姫》の単一使用能力《絢爛舞踏・神無月》は、本来は箒へと渡される予定だった《紅椿》の単一使用能力をさらに一段階引き上げたような能力で、エネルギーの増幅能力の他に、本来ならIS同士が直接接触しなければ行えないはずのエネルギーの譲渡を、ビットなどの遠隔操作型子機を介しても行えるように改良されている。

 その多量のエネルギーの支援を受け、私も《舞桜》の単一使用能力を起動する。

 

「《零落白夜・羅刹》!」

 

――《零落白夜・羅刹》。通常の《零落白夜》は対エネルギー消滅能力であったのに対し、この《零落白夜。羅刹》は対エネルギー、対物理能力としても使える。厳密には、《零落白夜》の能力に加えて、そのエネルギー全てを転用して超高熱の光刃としての使用を可能とする。

 その光刃で、あの化け物を思いっきり切りつける。

 

「ッアアアァァァ!」

 

 そのまま、刃を徐々に徐々にあの黒い体躯へと沈めて行く―――。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 余りにも大きすぎる、だけどそんな中にも不幸中の幸いと言えるだけの傷跡を引きづりながら、私たちは帰還した。

 途中から別れざるを得ない事態となった影内君と、その立場上の上官に当たるという褐色の肌の人―――本人は友人だと言っていた―――が既にハイパーセンサーを使っても確認できない距離まで離れてから、少し。

 最初は既に終わったと思っていたけど、ある意味で終わっていなかった。

 

 帰還した旅館には、例の有翼で硬質な体の黒い化け物の死体が一つ、横たわっていました。

 その近くには、未完成と思われるISを纏った織斑先生と、同じく未完成と思われるISを纏った篠ノ之博士、そして山田先生の三人。

 現場責任者とその補佐、そして重要人物だけど一応は部外者。そういう三人。

 

 ―――その三人が、多くの生徒と、帰還した教師部隊に囲まれて賞賛されていた。

 

(……何なんだろう)

 

 普通に考えれば喜ばしい事の筈だった。

 条件は厳しいけど、影内君と言う戦力に依存しないで私達の知るISであの化け物を倒せる、それは本来喜ばしいことの筈。

 

 ―――なのに、全く良い感情が湧いてこない。

 

(……詳しいことはまだ分からないから、それが原因かな)

 

 内容が分からないのであれば、何も言う事は出来ない。理性の上ではそう結論付けていた。

 

(……影内君)

 

 そして、同時に思ってしまった。

 多くの人に称賛され、陽の光の当たる場所に立つ姉。陽の光の当たらない場所で、己の信じた人のために、或いは守るべき人のために戦う弟。

 

(……どっちが、正しいんだろう)

 

 どうしても称賛できなかった、感情の上での理由。

 それは多分、今回の戦闘における最大の功労者にして最も大きな傷を負った()()()の存在を知っているから。

 

(どうか……無事でいて……)

 

 正体を隠しているが故にこの場に現れる事の無い一人の存在。

 その人の安否が、私達の心に深い影を落としていた。


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