IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第六章(5):迫る悪意

Side 一夏

 

 俺がその報告を聞いたのは、ちょうど幻神獣(アビス)が出現した地点への道中の中間地点と言える辺りだった。

 

「……東京に暴走したISが向かっている!?」

『ええ。

 色々と予想外の事態になってしまったけれど、やることは変わらないわ。とにかく自衛隊のISを動けるようにして。其の後は消耗の具合を見て決めましょう』

 

 更識会長からの返答に、歯噛みした。

 

(よりによって、こんなタイミングで!)

 

 現場に居られないもどかしさが募るが、更識会長の言っている事が現時点で取り得る最善の選択であると俺も理解している。故に、行動に支障をきたすようなことは決してしない。

 

『……ねえ、影内君』

「なんでしょうか?」

 

 ここまで話したところで、更識会長が唐突に話を振ってきた。

 どのみち、情報が欲しいのでそのまま俺も答えてゆく。

 

『……タイミングが、良すぎると思わない?』

「……認めたくないですが、同意します。

 偶然にしては出来過ぎです」

 

 俺の返事に、更識会長が溜息を吐いたような声が聞えた。尤も、俺もその気持ちはよく分かるので何も言わない。

 

『やっぱりかぁ……。

 ……こっちもこっちで裏に何か無いか探ってみるわ』

「お願いします」

 

 返した返事に、更識会長が最初は調子よく、だが直ぐにその勢いをなくしながら更に応えてくれた。

 

『任せて、と言いたいところだけど……流石にこの時間中には厳しいわね。

 時間が無さすぎるわ』

 

 普段は中々に自信満々な更識会長がこの台詞である。

 

(どうやら、嘘偽りなく厳しいみたいだな。

 確かに、時間的猶予は無い……今回の事態に対する情報は、今後の課題か)

 

 俺も俺で勤めて冷静を保ちつつ、今回の事態に対して思考していく。

 

『……影内君、もうそろそろ機体の切り替えポイントよ。

 準備して』

「委細了解しました」

 

 そんな最中、更識会長からの指示に従って機体を下げていく。

 

(これ以上、何も起こってくれるなよ)

 

 心の中だけで願いながら、すぐさま指示通りに動いて行った。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「諸君に《銀の福音》――以後は《福音》と呼称するが――これの迎撃を行って貰いたい」

 

 この言葉を聞いた全員に、驚きはありませんでした。

 そもそも、ここに専用気持ちの面々が集められた時点である程度予想できていたからです。

 

「……そうか。諸君らの協力に感謝する。

 では、これから作戦会議とする。意見のある者は遠慮なく述べるように」

 

 そこまで言ったところで、織斑先生が不意に影内君がいない事について言及してきました。

 元々、伝言を預かっていた身としてはここで答えない訳にも行きません。そのまま、伝言の内容を伝えておきます。

 

「……ところで、影内の奴はどうした?

 来ていないようだが……」

「本社からの緊急の呼び出しがあったとのことで、急遽、帰りました」

「ええい、こんな時に……!

 なぜ肝心の時に居ないのだ、アイツは!」

 

 悪態をついた織斑先生ですが、それも仕方のない事だと思って割り切りました。

 と言うより、私の言葉だけで今回の作戦に参加することになった面々は大体何があったかを察したようだった。示し合わせたかのように一度、それぞれの顔を見合うとそのまま《福音》迎撃作戦に関する質問へと移っていく。

 

(……ここにいるのは以前、一度は『(ネスト)』攻略戦で影内君の本当の機体(アスディーグ)の事を知っている人ばっかりだもんね)

 

 そんな今は全くではないけれどあまり関係の無い事を考えるのはいったん止め、目の前の事態への対処を優先して動いていきます。

 

「織斑先生、今は目の前の事態への対処を優先すべきです。

 目標ISの詳細な性能(スペック)データの閲覧許可を求めますわ」

 

 まず真っ先に言ったのはオルコットさんだった。その内容は至って現実的なもので、おそらくオルコットさんが言わなくても誰かしら行っただろうことが予想される内容でもある。そして、その情報の重要性など此処で言わなくても誰しも分かっている。

 

「いいだろう。

 だが、これも本来は軍事機密だ。そのことを忘れるなよ」

 

 それは当然のことだけど織斑先生も例外でなく、簡単な注意だけを挟むとすぐに情報を開示してくれました。

 

「……」

 

 食らいつくように全員がデータに見入る。

 だけど、その情報の内容を見た瞬間、全員が覚えたのは戸惑いでした。

 

「ねえ、このISって……?」

「ああ、間違いないな」

 

 デュノアさんとボーデヴィッヒさんが二人で言い合っていますが、恐らくこの場の五人全員が同じ感想を持っていたと思います。

 

(間違いない……『(ネスト)』攻略戦の時に一緒に戦った人だ!)

 

 あの時、影内君の《アスディーグ》の持つ《消滅毒(アナイアレイト・ヴェノム)》の支援を受けつつ目下の敵への一人爆撃を行った姿は今も覚えています。

 

「……? 二人とも、知っているISか?」

 

 そうして言い合っていた二人に対し、織斑先生が若干、不信感を見せながら問いかけました。

 

「はい。

 以前、本国の方で少し」

「申し訳ありませんが、軍機密に抵触しますのでいかに教官といえど詳細は……」

「いや、さすがにそれはいい。

 だが、知っている相手なのだろう? 役に立ちそうな情報はあるか?」

 

 二人とも少し考えると、まずボーデヴィッヒさんから話し始めました。

 

「まず、お見せいただいたスペック表にもある《銀の鐘(シルバー・ベル)》による広域攻撃能力と高い機動性能が目に付きます。暴走状態とのことですが、あの広域に対する火力と機動性は純粋に脅威と呼べるのではないかと」

「ですが、その分エネルギー消費が激しく、また砲身の冷却にも時間がかかるため一斉射などをした場合は次射までに幾許か時間があります。

 ですので、機動力のある機体で撹乱し、一斉射を誘発、次射までに包囲し順次攻撃を仕掛けるのが現実的かと思われます」

「ふむ……手持ちの戦力だとそうなるな」

 

 織斑先生がボーデヴィッヒさんの出した作戦案に賛成し、話がその方向に進み始めます。

 ですが、そこでボーデヴィッヒさんがさらに追加の質問を発します。

 

「教官、作戦立案にあたり日本の自衛隊の動きを知りたいのですが、可能でしょうか?」

 

 ボーデヴィッヒさんが聞いたところで、織斑先生は少し忌々しそうに告げました。

 

「どういうわけかまでは話されていないが、今は動けないらしい。増援は期待しない方がいいだろうな。

 ……ったく、肝心なところで役立たずな連中め」

 

 悪態をつきながらも告げられた内容は重要なものでした。

 

(そうなると、ここにいる学生だけでどうにかしなきゃいけないっていこと……)

 

 改めて考えると事態が悪い方向に転がって行っていることをより一層認識してしまいます。ですが、それでも何とかしなければいけない、そのことはよく分かっています。

 

「……そうなると、どうやって追いつき、突破するかだな。

 聞きたいのだが、ここにいる人間のISで追いつける可能性のあるのは?」

 

 参加者全員に問いかけたのは箒でした。

 

「私の《ブルー・ティアーズ》でしたら、問題ありませんわ。

 本国から送られてきた高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》なら、十分追いつけますわ」

「長距離高速飛行の訓練は?」

「20時間ほど」

「なら十分か……」

 

 オルコットさんの申し出に、織斑先生が確認するように聞きました。ですが、それに対する答えは十分に織斑先生を満足させるものだったようです。

 

「僕の《イクス・ラファール》も追いつけるよ。

 元々、素の状態だと移動性と火力の両立が主眼に置かれているからね。ただ、理想を言わせてもらえるなら《ラファール・リヴァイブ》の追加ブースターがあると盤石だね」

「わ、私の《打鉄弐式》も追いつけるよ。

 機動性には余裕があるから!」

「お前たちの長距離飛行訓練時間は?」

「僕は18時間ほど」

「わ、私は20時間ほどです」

 

 デュノアさんと私の答えに、織斑先生は頷いて納得していました。

 ですが、織斑先生が本当に注意しないと分からない位に私の方を睨んでいるような気がします。

 

(多分、《白式》のことだろうけど……)

 

 今は気にしても仕方がない、そう思い目の前の事態への対処に集中していきます。

 

「剣崎、お前は?」

「私の《陽炎》も、長距離高速飛行はできます。私自身も30時間程度の訓練は積んでいるから、一応、先行できるかと」

 

 私とデュノアさんが答えてからそう間を置かずに、織斑先生がすかさず箒にも聞いていました。

 

「そうなると、高速飛行可能なISは四機か……。

 凰、ボーデヴィッヒ。お前たちのISはどうなっている?」

「私の《甲龍》は追加パッケージの《崩山(ほうざん)》が攻撃力重視なので、機動性は大して変わっていないか低下しています。ですので、そのままでは追いつくのは不可能です」

「私の《シュヴァルツィア・レーゲン》も、火力と装甲を重視した追加パッケージでしたので長距離高速飛行は不可能ですね」

 

 二人の言葉に、私を含むその場の全員が一瞬、考え込みました。

 

(今の戦力で火力重視が抜けるのは……でも、そうなると二人を何とかして連れて行かないといけない……)

 

 現在この場にいる面々で十分な火力を出すには、おそらく全員が必要。だけど、そのためには二人を何とかして連れて行かないといけない。

 

(……影内君だったら、なんて言ってたんだろう?)

 

 ふと、そんなことを考えてしまいました。

 そして、そこから連想するように、ある記憶がよみがえります。

 

(そういえば……影内君とデュノアさんは箒のISを……)

 

 そこまで考えたところで、一気に作戦案が思い浮かびました。これだったら速度の問題も解決できます。

 

「あの……」

「ちょおおぉぉっと待ったあああぁぁぁぁぁーーーーー!!」

 

 作戦案を言おうとしたとき、突如、作戦会議していた部屋の襖が勢いよく開けられました。

 それは、ある意味でとても予想外な来訪者の登場でもありました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 暫く飛んで、ようやく目的地が見えてきた。接続している機竜は既に《アスディーグ》へと切り替え、全力戦闘の準備は済ませてある。

 

「あれ、ですか」

『ええ、そうよ。

 速やかにお願いね』

「委細了解しました」

 

 最後となる通信を切り、戦闘に集中していく。

 

「《機竜光翼(フォトンウイング)》」

 

 すぐさま特種武装《機竜光翼》を使用し、背面からエネルギーを大量に吹かせて一気に加速。標的である《ガーゴイル》五体への距離を一息に詰める。

 

「……正体不明機が接近! 全機警戒!!」

 

 IS部隊の隊長らしき人物がこちらを捕捉し、全機に警戒するように促している。だが、こちらに弾が飛んでこない限りはそれに取り合わず、向かうは最も手近なガーゴイル。

 

「《竜毒牙剣(タスクブレード)》、アックスモード」

 

 今現在、すぐに出せる中では高威力の形態へと《竜毒牙剣》の形態を変更。そのまま《機竜光翼(フォトンウイング)》を準備。

 

「――旋墜斬(せんついざん)

 

 《機竜光翼》と通常の推進器を同時に吹かし、一気に加速する。同時に《竜毒牙剣》を一太刀のみ構える。次いで、神速制御(クイックドロウ)を《アスディーグ》が最高速に達する瞬間を合わせていく。

 

  ザギンッ

 

「ギエアアァァァ!」

 

 速度任せの一撃を叩き込み、まずガーゴイル一体の上半身と下半身を強制的にさよならさせる。

 

「……味方!?」

「気を緩めないで! でも、標的は例の化け物を最優先!」

 

 隊員らしき人物が発した言葉に、間髪を入れずに隊長と思しき人物が指示を入れる。

 

(だが、こちらには都合がいいか)

 

 最優先は化け物、つまり此方は後回しになるということである。それだけ狙われる危険性が低くなるというのは、動きやすさへと繋がってくる。

 

(今のうちに、決着をつけるべきか……!)

 

 次ぐ一太刀を別なガーゴイルに叩き込みながら、この後の行動を思考していく。

 

 

 ――この後に待ち受ける敵を、俺はまだ知らない。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「……何をしに来た、束」

 

 呆れと怒りを半々に混ぜたような口調で一番先に来訪者へと口を開いたのは、織斑先生でした。

 その言葉に、この場の全員がその正体を察します。

 

「まさか……篠ノ之博士!?」

 

 一番最初に反応したのはオルコットさんでした。ですが、当の篠ノ之博士はどこ吹く風と言わんばかりに無視するとそのまま織斑先生と会話をしていきます。

 

「フフン、いいことを聞いてくれたねちーちゃん!

 今回の作戦なんだけど……断ッ然! 《紅椿》の出番なんだよ!」

「《紅椿》?」

 

 聞きなれない機体の名前に、鸚鵡返しのように聞き返していたのはデュノアさんでした。

 ですが、やはり篠ノ之博士はデュノアさんの言葉には反応せずにそのまま箒と織斑教諭の方だけ見ていました。

 

「どういうことだ?」

「な、な、なんと! 《紅椿》のスペックなら、パッケージなしでも超音速機動が可能なんだよ!

 《紅椿》の展開装甲を調整すれば、その福音を凌駕する速度だって出せるんだよ!」

 

 今までの話をまるで無視するかの如く、篠ノ之博士は一方的にそう前置くと話し始めました。

 

「……仮に、それを投入しようとするとしてだ。

 調整にはどれくらいかかる?」

「ん~、ざっと10分ってとこかな。

 箒ちゃんがどれだけ協力的かによるけどね」

 

 其の一言に、皆の目が一斉に箒の方を向きました。

 

「箒さん、が? これは一体……?」

 

 オルコットさんがまるで訳が分からないとでも言いたげな表情になりましたが、ほかのだれかが何かを口にするよりも早く、篠ノ之博士が答えていました。

 

「うん? 箒ちゃんが私の妹だからだよ。

 私は大事な大事な箒ちゃん用に《紅椿》を作ったんだからさ♪」

 

 この発言に、場に一斉に動揺が広がります。

 ですが、そうではない人もいて――

 

「箒、アンタ乗り換える気あんの?」

 

 篠ノ之博士の発言直後、ほぼノータイムで箒に聞いたのは鈴でした。

 

「……慣れている、という意味であれば《陽炎》のほうがいい。

 それに、一気にそんなに性能を上げられても戸惑う上、一人だけ突出して勝てる相手とも思えない、な」

 

 一方、箒は頭を抱えながら、それでも何とか状況の打破を考えている様子でした。

 

(でも……箒には、《陽炎》の方がいい気がするんだよね)

 

 これは私個人の経験と考えですが、箒は一機を乗りこなすのにも相当な時間を使っていました。決して箒の学習能力が低いわけではありません。ですが、ズバ抜けて高いわけでもない。

 言ってしまえば、数多の搭乗者と大きく変わるわけではない。けれど、足りないと感じたものを徹底的に努力して何とか埋めようとする、そういう人が箒だった。

 だからこそ、失敗できない状況で使ったことのない機体というのは怖かった。

 

「剣崎、冷静になれ。

 今は少しでも性能の高い機体が欲しいはずだ。後のことは後にするとして、今は《紅椿》の方を受領した方がいいのではないか?」

 

 ですが、織斑先生の考えは違ったみたいでした。

 確かに織斑先生の高性能なISを使うべきであるという考え方にも一理あるとは思います。でも、箒のISを変更しただけで勝てる相手とは思えません。

 

「織斑先生、恐縮ですが成功確率についてはあまり変わり映えしないかと。

 付け加えれば、むしろ調整にかける7分間を移動に費やし、作戦行動に充てるべきですわ」

「教官、お言葉ですが調整を要するISがこの作戦に適当であるとは思えません。

 現シチュエーションにおける理想論として、必要なISは、すぐさま動け、そして操作ミスなどで致命的な事態に陥ることのない機体です。

 この点を踏まえて考えれば、むしろ《陽炎》の方が適切ではないかと」

 

 そして、この点について素早く反論したのはオルコットさんと、少し意外でしたがボーデヴィッヒさんでした。

 驚いたように二人を見る箒と、そちらを向いて微笑で答える二人がそこにいました。

 

「箒ちゃんが、私が箒ちゃんように調整したISに乗ってそんなISに……」

「いえ、今回は《陽炎》で行きます。おそらく、今の私が最も戦力になるのは《陽炎》とともにあるときでしょうから。

 それに、《陽炎》ならここにいる面々も性能を把握しています。多少は連携も取りやすくなるでしょう」

 

 箒の言葉に、織斑先生は一応、頷いていました。そのまま「よし、いいだろう」とだけ言い、作戦会議の続きを促します。

 ですが、篠ノ之博士は思いっきり渋面になると何か言おうとします。それも、最終的には織斑先生に一睨みされて黙ることになりましたが。

 

「簪、さっきは何を言いかけたの?」

「あ、えっと……作戦案の事なんだけど……」

 

 さらに篠ノ之博士が何かを言う前にデュノアさんが問いかけてきました。私の言おうとした話を促す内容に、一瞬だけ驚きながらも再度、簡潔にその内容を説明していきます。

 

「どういった作戦案?」

 

 さらに続きを促してきたのは、鈴でした。不敵な笑みを浮かべながら、私の方を見据えています。

 

「う、うん……。

 まず、今いる六人を二人づつに分けようと思う」

「内容は?」

 

 織斑先生が促してきますが、内容の準備はできています。

 

「箒と鈴、私とデュノアさん、最後にオルコットさんとボーデヴィッヒさんの三組です」

「更識、その組み合わせの理由は?」

 

 間髪を入れずにより深く内容を追求してきた織斑先生ですが、ここで答えられないほど考えなしでこんなことを言ったわけではありません。

 

「まず、私とデュノアさんが中距離遊撃を担当します。一番最初に《福音》に近づいて先制攻撃、その後は一時的に避けに徹する。その次に、箒と鈴に前衛を担当してもらって揺動を担当。二人とも威力の高い格闘装備を持っているから、何回か交戦すれば《銀の福音》を無視できなくなる……と思います。その間に、私たちは高威力の装備で攻撃。最後に、オルコットさんとボーデヴィッヒさんが後衛、定点からの長距離攻撃で《福音》のSEをとにかく削る、といった内容です」

「二人組の意味は?」

「作戦上の順番です。私とデュノアさんはともに高速移動が可能ですので、追いついての先制攻撃ができます。箒と鈴、オルコットさんとボーデヴィッヒさんのペアはそこまで速度性能での違いは出ないと思いますが、互いに片方が長距離高速移動が不可能である以上、運搬役として高速機と組むのが適当かと」

 

 いくらかの問答の後、織斑先生はわずかに考え込みながら頷きました。相変らず篠ノ之博士が不貞腐れていますが、今はどうしようもありません。

 

「……骨子はそれでいいだろう。

 では、煮詰めるか」

 

 そこからさらに、より具体的な作戦が寝られていきます。

 ですが、私自身、影内君がいない今の状況に、内心で()()()()を抱いていました。

 

 ――不安が敵中することを、この時の私は知りません。

 

 

―――――――――

 

 

Side セルラ

 

(中々以上……さすが、特級階層(エクスクラス)というだけありますね)

 

 特装機竜の迷彩を使用しそのまま監視していましたが、やはり新王国の機竜使い(ドラグライド)、名前を「影内一夏」の腕前は、素晴らしいものがありました。

 

(攻撃と回避に特化している分、装甲自体は薄く扱いも中々に面倒そうな神装機竜を、よくもまああそこまで手足のように操るものですね。

 これは、どうやって刺し殺そうか悩んでしまいますよ)

 

 頭の中で昏い愉悦交じりに思考し、その予感に震えます。

 

(でも、今回は最後までできない……というか、下手すると堪能する前に死んじゃうかもしれないのが惜しいですねぇ。

 かといって、今手を出してもなんとなく避けられそうな気がしますし)

 

 異様としか言えない回避技能を思い出し楽しみな気持ちも出てきましたが、今回の任務内容を思い出し、ややげんなりとした気持ちになっていきます。

 

(まあ、いいでしょう。

 その時はそれまでの手合いだった、というだけです)

 

 心の中で何とか納得しようと努力しつつ、観察を続けていきます。

 

『おい、棘刑(きょくけい)

 いい加減に撤収しろ、もうそろそろ時間だ』

 

 そんな風に色々と考え込んでいる中、無粋にも通信してきたのは『(オータム)』とかいう同僚でした。

 

「はい、ただいま移動しますね」

 

 軽く返事を返し、離脱していきます。

 

「私にも、その剣を堪能させてくださいよ。

 影内一夏さん♪」

 

 聞こえない一言を呟きながら、私はその時を楽しみに待ちました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「全員、準備はできたな」

 

 織斑先生の号令に、全員が頷きます。 先ほど立て、その後さらに細かくして行った作戦が全員の頭の中に叩き込まれています。装備も、調整できる範囲で最適化されました。

 準備は、思いつく限りでできる限りの事はしました。

 

「それでは、出撃!」

 

 それを確かめた織斑先生は、その厳しい顔のまま号令を下しました。

 

 ――長い一夜の悪夢が、足音を立てて近づいてきていることに、まだ誰も気づいていませんでした。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「これで……」

 

 《消滅毒(アナイアレイト・ヴェノム)》も使用し、《竜毒牙剣》をパワードモードに変更。

 

「終いだ!」

 

 間合いに入ってきたガーゴイルへと、神速制御(クイックドロウ)の一閃。幻神獣の核まで一気に消滅させる。これで自衛隊駐屯地に出てきた幻神獣はすべて倒したことになる。

 

(さて……早々に立ち去らせてもらうとするか)

 

 役目を終えた以上、ここに留まり続ける気もない。騒ぎが大きくなり過ぎないうちに、というかこちらの正体が割れる前に立ち去るべきだろう。

 そう考え、背翼の推進器を起動――

 

「そこの白いIS、少しいいかしら?」

 

――した直後に、IS部隊の隊長と思しき人物から声をかけられた。

 ISではなく機竜だが、そこは気にしても無意味なことだと判断し続きを聞いていく。

 

「まずは、助力を感謝します。

 ですが、所属不明機をそのままにはできません。所属と階級を言ってください。不可能ならご同行をお願いします」

 

 言っていることは至極まともだが、此方も急いでいる。そのうえ、正体をそうあからさまにするわけにはいかない。

 

「それは出来ない」

 

 此方が拒否の意を示すと、IS部隊が一斉に銃火器を向けてくる。素晴らしい反応だが、此方も急いでいることに変わりはなかった。

 

「それよりも、いいのか?」

「何が……!」

 

 IS部隊の隊長がまくし立てるように言葉を発そうとするが、その前に更識会長へと通信を入れる。

 

「更識会長、《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》について教えても?」

『ええ、いいわよ。

 ただし、あくまで暴走したISが首都東京の方へと向かうのを来る途中に見た、位にしておいてくれないかしら?』

「委細了解しました」

 

 通信で更識会長に連絡を取り、伝えてもいいかどうかを確認する。無論、この間はマスクの発声機能を止めておいた。

 

「ここに来る途中だが、ISが一機、東京の方へと向かうのを見た。

 こんなところで油を売っている場合か? 東京が火の海になっても俺は責任を取れないが」

 

 意図して慇懃な口調にしておき、多少の挑発を入れておく。

 そして、俺の一言に一気にIS部隊が浮足立った。

 

「ぼ、暴走したIS、ですって……!?」

「落ち着きなさい! 司令部、確認を」

 

 浮足立った隊員たちの中でも、やはり隊長格と思しき人物の落ち着きようは見事としか言いようがなかった。

 そして、隊長がとった確認によって此方の理想の流れが形作られることとなる。

 

『……確認、終了!

 現在、アメリカとイスラエルが共同で開発していた軍事用IS《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》が暴走状態。東京方面へと進行中!』

「な……あ……!」

 

 どうやって通信を此方にまで回しているのかまではわからないが、それでも概ね目論見通りだった。

 さらに、この場限りの幸運が続く。

 

『総司令部より入電!

 目の前の機体は必要最低限の監視のみ付けたうえで《銀の福音》の迎撃を最優先せよ、とのことです!』

「必要最低限って言ったって……!」

「ISなんてそう何機もあるわけじゃ……!」

 

 総司令部からの入電により、此方へのマークよりも暴走したIS《銀の福音》が優先されたことが知れた。

 となれば、彼女たち自衛隊IS部隊の行動を妨げる要因はもはや俺のみ。取るべき行動の特定は容易かった。

 

「更識会長、この場から離脱しても?」

『ええ、そうして頂戴。

 道中でポイント指示するから、そこでもう一度切り替えて』

「委細了解しました」

 

 更識会長へと簡単に確認を取り、了承を得る。

 ここまでくれば躊躇する気はない。すぐさま、《機竜光翼》と通常の推進器を起動する。

 

「それでは、な。

 さようならだ」

 

 それだけ言い残し、すぐさまその場を離脱。自衛隊のIS部隊も僅かな間をおいてから周囲を確認したのち、すぐにその場から飛んで行った。

 

 

 ――おそらくは、暴走した《銀の福音》の方向へと。


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